シナリオ詳細
キューティクルは足りているか? 或いは、その女、髪フェチにつき…。
オープニング
●キューティクルが足りない
乾いた風が吹きすさぶ。
煌々と照り付ける太陽の光。
行き交う馬や駱駝、ちょっと見慣れない顔をしたロバ(?)のたてる砂埃が景色を僅かに霞ませる。
「はぁ……」
ラサのある町。
オープンテラスのある喫茶店の店先で、1人の少女がアンニュイな溜め息を零した。
その手元にある紅茶はすっかり温くなっている。
少女の手には一冊の本。
つい先日、練達で発売されたばかりのファッション雑誌だ。
表紙を飾るは、美しい青髪に均整の取れたプロポーションのハーモニア女性。
ページを捲ると、そこには水着姿のカオスシードの女性が、濡れた黒髪を掻きあげていた。
「あぁ……皆、美しい髪をしている」
再度、少女は重たい溜め息を零した。
彼女の名は“ココ”。
この町でも有数の商家のご令嬢である。
慌ただしい世情の中でも、砂漠の女性達の悩みは尽きない。
彼女……ココの目下の悩みとは、乾いた風や太陽光で傷んだ自身の髪についてだ。
「砂漠の民は髪の傷みに無頓着なものが多いからな。まぁ、それも無理からぬことか……」
と、そう呟いてココは自分の銀髪に指を通した。
香油で手入れはされているが、やはり多少の痛みが目立つ。
「砂漠の民は、帽子やターバンで頭を覆っている者が多いからな。日差しも強いし、当然と言えば当然だけど」
身体的なダメージを与える日差しの前では、髪の手入れも二の次ということだろう。
そのせいか、彼女が趣味で仕入れたドレスや香油の類も今一売れ行きが良くなかった。
ご令嬢とはいえ商家。
現在のところ、彼女が使っている香油やハンドクリームの類は売り物として仕入れているものだ。
けれど、このまま売れ行きが悪い状態が続けば、それを仕入れることは難しくなるだろう。
売れない品に金を積むほど、彼女の家族は甘くない。
商家に生まれたのならば、自身の身でさえ広告塔とするべし、とは彼女の母の言葉であった。
事実、帽子を被りたくないが故、いつも日傘を手放さないココは家族や親族、友人たちから変わり者として扱われていた。
「はぁ……私もこんな風な、きれいな髪を手に入れたい。そしていつか、こういったファッション誌に載ってみたいものだ」
なんて、掠れた声でそう呟いてココは大きなため息を零す。
●トリートメントはしているか?
乾いた風に煽られて、ココの銀髪が波打った。
オープンテラスの1つ、ココの隣に席を取っていたエルス・ティーネ (p3p007325)は、その光景をじっと眺める。
美しい髪だ。
ラサの民には珍しい、新雪のような真白い肌も美しい。
ただ1つ、難点があるとするならばそのアンニュイな表情だろうか。
彼女にはきっと笑顔が似合う。
「ねぇ、そういうことならぜひ私とヴァイオレットさんに任せて!」
だからこそ、エルスは思わず立ち上がり、ココにそう声をかけていた。
「え……あの、エルス様? ワタクシもですか?」
名を上げられたヴァイオレット・ホロウウォーカー (p3p007470)が困惑した表情を浮かべるが、当のエルスはどこ吹く風といった様子で、ココの白い手を握る。
「え、っと……貴女は、どちら様だろう?」
「失礼。私はエルス・ティーネよ。ねぇ、それより独り言を聞いてしまったのだけれど、私たち貴女の力になれるかもしれないわ」
「私“達”!? エルス様!? やっぱりワタクシも数に入っていますね?」
珈琲カップをテーブルに置き、ヴァイオレットは驚愕に目を見開いた。
エルスが一体、何をするつもりかは不明だが……これはきっと大きな事象の引き金となる。
そんな予感がひしひしとしているのだ。
「ねぇ、聞かせて。一体、どうすれば貴女の憂いを取り払ってしまえるのかしら?」
黒い髪をさらりと書き上げ、エルスはふふんと胸を張る。
彼女の勢いに押されたのか。
それとも、心のうちに秘めた憂いを誰かに吐き出したかったのか。
ぽつりぽつりと、ココは想いを打ち明けた。
傷んだ髪を、きれいにしたい。
町の住人たちに、香油やハンドクリームを広めたい。
この町では普及していない、きれいな服を多く売りたい。
いつか、自身もモデルとして雑誌に載ってみたい。
そんなココの話を聞いて、エルスは思う。
(あぁ、なんて綺麗な銀髪かしら。トリートメントはしているの? 嫌悪感を抱かれず、この綺麗な髪に触れられて、尚且つヘアアレンジさせて貰えるなんて……なんて神依頼なの! 髪だけに!! 髪だけに!!!!)
恍惚とした表情で、ふふふ、と含み笑いを零すエルスを見てヴァイオレットは表情を僅かに青ざめさせた。
「エルス様? エルス様!? 帰って来てください、エルス様!!」
「……あ、はっ!?」
「どうした? 涎が垂れているが?」
「あ、いいえ。何でもないの。えぇ、何でも。ところで、そうね……そう言うことなら、私たち3人だけじゃ足りないわよね?」
忙しくなるわ。
なんて、言って。
細い顎に指を添え、エルスはくっくと肩を揺らした。
彼女……エルス・ティーネは偏執的な“髪フェチ”なのだ。
「あぁ、エルス様……もう、ワタクシの声など聞こえていないようですね」
こうなれば最後まで付き合うしかあるまい、と。
ヴァイオレットは諦めた。
- キューティクルは足りているか? 或いは、その女、髪フェチにつき…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年01月23日 22時05分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 6 人
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参加者一覧(6人)
リプレイ
●汝の髪は潤っているか?
ラサのとある商業都市。
土煙を巻き上げ、通りの中心を何かが駆ける。
老婆の起こす突風にあおられ、通行人たちが何だ何だと目を丸くした。
「あれは、牛か?」
「いや、馬車だろ?」
「違う……違う。婆さんだ。あれば、高速で駆ける婆さんだ!!」
「キューーーーチクル!!!!!!!!!!!」
彼女の名は『元気なBBA』チヨ・ケンコーランド(p3p009158)。
年齢不詳。
住むところはラサ。
小柄な体に白い髪といった風貌の、商人ギルド・サヨナキドリ傭兵支部長を務める、活力に溢れた老婆である。
猛スピードで駆ける老婆を誰も止められない。
中には「何だ。チヨ婆さんか」なんて言って、そのまま日常に戻っていく者もいた。
時には都市伝説として語られる「猛スピード婆」はしかし、たしかに砂漠の地に存在していた。
チヨ・ケンコーランドは都市伝説の類ではなく、また未確認生物でもない。
確かにそこに居て、日々の営みを送る1人の健康な老人なのだ。
けれど、彼女が通り過ぎて行ったその直後……店先で客の呼び込みをしていた、ある食堂の看板娘は気が付いた。
「ん……なんだか、いい香り?」
土埃の臭いに混じって、摘みたての花にも似た微かな香りが優しく鼻腔を擽った。
駆け去っていったチヨを見送り『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)はついと眼鏡の位置を直した。
眼鏡の奥の瞳は赤。
長い黒髪を、背で三つ編みに纏めた痩身の女性だ。
「さて、今回の方針ですが、ココさんの扱う商材――香油やハンドクリーム、ドレスなどで飾り立て髪も整えた“モデル”を広告塔にして、おしゃれに無関心な方々の関心を引き、実際に体験してもらい顧客になって頂く……認識に相違はありませんね?」
ある商店の店先。
そこに集まるは男が1人と、5人の女性。
瑠璃の視線を受けて、そのうちの1人、ココと呼ばれた色白の少女が深く頷く。
「あぁ、お願いする。ここは私が預かっている店だからな、今回に限り、商品は自由に使って貰ってもいい。あ、いや、あまりに赤が嵩むようだと困るけど」
銀の髪にドレスを纏った少女である。
砂漠の民には滅多にいない、青白いとさえいえる肌。日傘をさして紫外線に対する対策も万全だ。
商人一家の令嬢である彼女は、潤った髪や白い肌に憧れていた。
綺麗なドレスを好んでいた。
実家の伝手で、それらのケアグッズや衣服を入荷し、自身でも使っていたのだが、生憎と売れ行きは微妙。実家からも、入荷ストップの命令が下る寸前であった。
そんな彼女が起死回生の一手としたのが、今回の“宣伝作戦”であった。
彼女が、というより、ココの話を横で聞いていた『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)の介入によるものであるが。
「ふ、ふふふ……じゃ、私は髪を担当するわね。私が、髪を担当するわね。私に任せてくれるのよね? ねぇ!?」
当のエルスは目をぐるぐるとさせていた。
口の端から覗く鋭い犬歯。唾液に濡れて、妖しく光る。
ヘアブラシとコーム、鋏を手にしてココににじり寄るその様は、何らかの状態異常を受けているかのようだった。
そんなエルスの首根っこを摑まえて、瑠璃は小さくため息を一つ。
「エルスさんがなんだか怖いですけども……!」
一歩引いた『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が、エルスに胡乱な視線を向けた。
その視線を敏感に感じ取ったのか、エルスはぐるりと身体を反転させてシフォリィに向き直る。
「綺麗な銀髪ね! 貴女の髪もセットしてあげましょうか!!」
「ひぇっ……」
「大丈夫。貴女の髪をもっと綺麗にしてあげるから。さぁ、リラックスして!」
「あぁ、おいたわしやエルス様。もはや何かの妖のよう……それにしてもエルス様にそんなフェチズムがあったとは」
好きなことを好きと言えるのは良いことですね、と。
『木漏れ日の先』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は、エルスのフェチに巻き込まれる前に、と店の方へ進んでいった。
その際、ココを一緒に連れていくのも忘れない。
この場に放置しておくのは、あまりに“酷”だと思えたからだ。他人の不幸を好む彼女ではあるけれど、今回に関しては友人の暴走がその原因。
見捨ててしまうのは、ちょっと……ねぇ。
「衣装や化粧にはそこそこの知識がございます。コーディネートとまいりましょう」
「あ、あぁ、お願いする。私も雑誌には目を通しているが、やはり得られる情報には限度があるからな」
「えぇ、お任せください」
「うん。ところで……エルスはあのままでいいのか?」
「……いずれ戻って来るでしょう」
正気が、という一言は、寸でのところで飲み込んだ。
「っと、待った。俺もそっちを手伝うぜ」
ココとヴァイオレットを追いかけて『こわいひと』スティーブン・スロウ(p3p002157)も店内へ向かう。
男性であるスティーブンに女性用の服に知見があるのか? とココの表情が僅かに曇った。
目が口ほどに物を言ってくれたのだろう。
くっくと肩を揺らして笑い、スティーブンは言葉を返す。
「まぁ、まーかせて、こう見えて腕『だけ』は評判なんだぜ」
どことなく含みのあるその発言に、ココは思わずエルスの方へと視線を向ける。
どうしてこう……一癖も二癖もある者ばかり集まったのか。
ケッケと笑うヴァイオレットが、どういうわけか天使に見えた。
●髪様にお祈りは済ませたか? サラサラの髪で注目を集める覚悟はOK?
街の外れの民家へ向けて、チヨは声を張り上げ叫ぶ。
「湯はいらんかね〜〜〜〜〜!!!」
その声に反応し、ぞくぞくと民家から出て来たの老婆たち。
チヨの友人である。
「チヨさんや。今日も元気だねぇ。風呂の湯を淹れてもらえるかね?」
「おやすいごようじゃ~~~」
「いつもすまないねぇ。チヨさんの湯に浸かると、腰の痛みが和らぐんじゃ」
「そうかいそうかい。それなら、今回はちと効能を強くするんじゃ~~~」
老婆たちに連れられて、チヨは民家の中へと向かう。
湿った髪。
汗が一筋、首筋を伝う。
白い、枯れ木のような肌。
僅かに上気した頬が、実に色っぽい。これであと60も若ければ、男たちの引く手数多であっただろうが、御年80を向かえるサザレ婆に言い寄る男はいなかった。
「ところでチヨさんや。何やら今日は艶々してるね。それに良い香りもするんじゃが?」
「お~~、その秘密はこれじゃ!」
そう言ってチヨが取り出したのは香油の小瓶と、ハンドクリームの入った壺である。
サンプルとしてココの店から預かって来たものだ。
「呂から上がった後に髪や手につければ保湿効果があるしいい香りじゃぞ!」
「ほぉ、少し分けてもらえるかね?」
「おぉおぉ、使うがええ。ラサは乾燥した土地じゃから潤いは守らねばならんのじゃ!」
「ほぉ、これはえぇ。水仕事が多いでな。肌荒れが癒されるようじゃ」
「ハンドクリィムはええぞ〜〜〜! お手手ふっくらつやつやじゃ!」
「これはどこで買えるんじゃ?」
「ココちゃんの店じゃよ」
「なるほどなるほど。これは友達にも教えてやらんとなぁ」
うんうん、と何度も感心したように頷いて、サザレ婆は出かけて行った。
そんな彼女の後を追い、チヨはにこりと笑みを浮かべる。
「ココちゃん。お嬢ちゃんたち……頑張るんじゃよ」
店内に設けられた試着室。
その前に立ち、ヴァイオレットは顎に手を当て、ふむと頷く。
「まるで白雪のように美しいココ様ですが、その白さは砂漠の国の住民としては珍しいものでしょう」
赤の瞳が妖しく光。
ヴァイオレットの選んだ衣装に身を包んだココを見て、自身のセンスは間違っていなかったと理解したのだ。
「ゆえに彼女“だけ”に似合う服装は避けるべきと考えました。色白の方には涼しげな印象を、色黒の方には彩度を引き立てる水色のドレスが、やはり良かったようですね」
「少しウェストが余り過ぎだな。ちょっと詰めるか」
「そうですね。その間に、ワタクシはストールを見繕おうかと」
「あぁ、それと装飾品も頼む。この町は商業が盛んなだけあって裕福な者が多いようだからな。金 持ち連中相手かそうじゃないかでも見せ方ってのも色々と変わってくるってもんさ」
相談とコーディネートを進めていくヴァイオレットとスティーブン。
着せ替え人形にされている当のココは言うと、鏡の前で恐々とポーズを決めて遊んでいた。
どうやらヴァイオレットのコーディネートは気に入ったようだ。
衣装の選択を終え、ヴァイオレットとスティーブンは外に出た。
そこには僅かな人だかり。
その中心は、椅子に座ったシフォリィと、彼女の髪を触るエルスの姿。
「リラックスして、シフォリィさん。これはマッサージよ。精神的ストレスは美容に真っ先に悪影響を及ぼすからね……」
「あの、本当に?」
「えぇ、本当よ」
本当だ。
(あぁ、堂々と人の髪を触れるなんて……今日はなんて素敵な日なの!)
ただ、目的のすべてを語ってはいないだけである。
「あ、ヴァイオレットさん。スティーブンさん」
注目を集めていることに照れた様子のシフォリィが、助けを求めて2人に視線を送る。
それを軽やかにスルーして、ヴァイオレットはエルスの肩をそっと叩いた。
「ドレスアップが終わりました」
「あら、それじゃあお次はいよいよヘアセットね!」
「その間に私はスキンケアとネイルを飾りますね」
解放されたことに安堵したのか、シフォリィはそっと溜め息を零す。
「ところで、瑠璃さんは?」
「エルスさん、聞いていなかったんですか? 商品のサンプルを持って、宣伝に向かいましたよ?」
「そうだったかしら?」
「それじゃ、俺は男連中でもひっかけてこようかね。っと、そうだ。奥にお嬢さん方の衣装も見繕っといたんだ。よけりゃ着てくれよ」
と、そう言い残してスティーブンも去っていく。
香油を塗られ、艶めく黒髪。
怜悧な瞳は、知的でクール。
すれ違えば、彼女の纏う花の香りに気づくだろう。
既にココの住まう高級住宅街と市場通り、商店街での宣伝は終えた。
瑠璃が次に向かうは街の中央、噴水広場。
「“ココさんのところでこれだけ綺麗にして貰えた”というお話はすでに広めていますし……後は、現地で皆さんの到着を」
と、そこで瑠璃は言葉を止める。
彼女の前には、買い物かごを抱えた少女。
取っ手を握るその手は荒れており、血が滲んでいるのが見えた。
「そこの方、少しいいですか?」
「え、なに? お姉ちゃん、誰?」
「通りすがりの者です。それより、少し手を貸してください」
そっと差し出された少女の手に、瑠璃はハンドクリームを塗っていく。
潤いを与えられた少女の手から、痛みが僅かに和らいだ。驚いた少女は「これは何?」と瑠璃に問う。
彼女は小さく微笑むと「ハンドクリームです」と、その商品の名を口にする。
「ハンドクリームは洗い物をする方なら男女問わず、手荒れやひび割れを抑えてくれたりします。そうでなくともお肌の乾燥しやすいこの地においては、滑らかな肌を保つ必需品ではないかと。お母さまにも教えてあげてください」
「う、うん!! 分かった! ありがとね、お姉ちゃん!!」
すべすべになった手を見やり、嬉しそうに駆け去る少女の背を眺め瑠璃は笑う。
これでまた1人、ココの顧客が増えるだろう。
●であれば諸君、髪を讃えよ
ココの銀髪に櫛を通し、エルスは満足そうに頷く。
「ほら……綺麗になったわ? ちょっとパサついた髪もちゃんと手入れをすれば綺麗になれるのよ」
元々、独学とはいえ日々の手入れを欠かさなかったココである。
香油とブラッシングを丁寧に行えば、見間違えるほどに綺麗になった。
成果は上々。
「仕上げにアクセサリーね……ヘアアレンジは編み込みましょうか。きっと素敵よ!」
しばらくすると、ココの店にスティーブンが戻って来た。
呆れたように店内を覗き、通りの向こうを指さした。
「何だ、まだここにいたのか? ほら、人手が足りねえんだ。急いでくれよ」
「人手が足りない?」
「どういうことだ?」
首を傾げるシフォリィとココ。
そんな2人に笑みを返して、スティーブンは告げる。
「街の連中が首を長くして、主役の登場をお待ちかねってことだよ」
噴水広場に人の群れ。
その真ん中では、次々と客を捌く瑠璃の姿。
「うちは布を扱う商店だから……」
「でしたら、無香料のハンドクリームはございますので。ほかにもご要望があれば、お気軽にお申しつけ下さいね」
宣伝の効果か、客の入りは上々だ。
臨時に開いた売り場は混雑。
中には男性客が混じっているが、そちらはスティーブンの宣伝によって集められた者たちだろう。
「お、どうだい奥さんに? 奥さんは大喜び、お前さんも大喜び、家庭円満ってやつだ。っと、そっちの兄ちゃんも1つ買っていかねぇか? 気になる子にでも贈ってみなよ。きっと大ウケだぜ?」
仲間たちの誘導を途中で放棄し、こうして遠巻きに眺めていた男たちに気安く声をかけていた。
水色のドレスに、透けたストール。
いつもさしている日傘は閉じて、片手にそっと携えている。
銀の髪が風に靡いた。
その手はしっとりと潤い、乾きの一切を感じさせない。綺麗に整えられた爪の色はターコイズブルー。アクセントとして、小さな白いストーンが貼り付けられている。
噴水を背にした彼女は、まっすぐに姿勢を正して礼をする。
「皆さま、本日は急なお集り、誠にありがとうございます。我が商会で扱う商品のプロモーション企画となっておりますが、どうぞご自由にお楽しみいただければ幸いです」
凛とした態度。
太陽の下、輝くような白い肌に、銀の髪。
髪の一部は、丁寧に編み込まれている。
ヴァイオレットの【幻影】により、その背後には水の飛沫と、虹がかかった。幻想的なその光景は、人々の視線を集めて離さない。
誰よりも美しい、さながら雪の女王にも似たココの姿がそこにはあった。
人込みを掻き分け、前へ進む一団がいた。
それは腰の曲がった老婆たちの集団だ。
乾いた風が吹きすさぶ中、彼女たちはただまっすぐに売り場へ向けて歩いていく。
その先頭に立つ1人の老婆……チヨ・ケンコーランドに先導されて。
彼女たちの目的は、ただ1つ。
「「「「キューーーーチクル1つ、貰おうかい!!!!」」」」
皆で美しくなるために。
過酷な日々に居たんだ手肌を労わるために。
その手にキューティクルを手にするために、彼女たちは今日、この場を訪れたのだ。
「すごいな、ご老人……」
老婆たちの集団を見て、ココは目を丸くしていた。
そんな彼女に、チヨは優しい笑みを返してこう告げる。
「ご近所さんたちのためになるなら、わしは喜んで協力するぞい」
中年女性の手を取って、シフォリィはそこにそっとクリームを塗り込んだ。
まずは効果を実感してもらうことが最優先。
効果があれば、継続して買い続けるのが人間の性だ。
「おしゃれ目的でなく、手や髪の毛を保護するのにもぴったりなんですよ」
そう語るシフォリィもまた、ココ同様に着飾っていた。
エルスによってヘアアレンジを施された彼女もまた、今回のイベントにおいて立派な広告塔として機能していた。
ハンドクリームと香油、きれいな衣装。
きっかけさえあれば、薄れていたおしゃれ心も思い出す。
「あなたの髪、触らせてくれない……? きっと素敵になれると思うの」
後は髪を整えれば、立派な淑女の完成だ。
次々と声をかけては、ヘアトリートメントに勤しむエルスは実に活き活きとしている。
そんな彼女を一瞥し、ヴァイオレットは肩をすくめて、苦笑を零した。
「上手くいったかどうかはさておき……エルス様が満足そうにしていらっしゃるので、まぁ、たまにはこういうのも悪くなかったということでしょうか」
なんて、そんな呟きは誰の耳にも届かない。
人々の笑顔。
飛ぶように売れる商品。
稼ぎは上々。
これならきっと、ココもハンドクリームやドレスの入荷を続けて行ける。
今日はなんて、いい日だろうか。
けれど、しかし……。
(本当に触りたい髪には触れない……誰とは口が裂けても言えないけれど……ああ、あの赤髪をいつか)
そんな想いが脳裏を過り、エルスはくすりと微笑んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
ハンドクリーム、香油の販促は成功。
無事に依頼は達成されました。
この度は、シナリオリクエストありがとうございました。
また、縁があれば別の依頼でお会いしましょう。
それでは皆様、髪に祈りを……。
GMコメント
こちらのシナリオはリクエストシナリオとなります。
●ミッション
1・ココの髪を美しく手入れ&アレンジする。
2・ココの仕入れた香油やハンドクリーム、ドレスなどの宣伝を成功させる。
●ターゲット
・ココ
ラサのとある町、商家のご令嬢。
真白い肌に白いドレス、銀の髪。
日傘を手放さないお嬢様。
家の伝手で仕入れたハンドクリームや香油、ドレスなどを日々使用しているが、このままではそれらの仕入れが中止される可能性が高い。
乾いた風や日差しで傷んだ自身の髪と同様、上記もまた彼女の悩みの種である。
ココの願いを叶えるためには「髪型」「服装」「肌、爪」を「どうアレンジするか」が重要になるだろうか。
※彼女の家は大きな商家だ。そのため、ある程度の物資は彼女に言えば揃えてくれるだろう。
●フィールド
ラサのとある町。
商売が盛んな町であり、下記のような施設がある。
・露店の並ぶ市場通り。
・商店や飲食店、カフェなどが並ぶ商店街。
・民家や宿屋の並ぶ居住区。
・商家や富裕層の住む高級住宅街。
・住民の憩いの場である噴水広場。
町の特徴として、木材や紙、水は手に入りにくい。
商品の宣伝のためには「何処で」「何をするのか」が重要になるだろうか。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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