シナリオ詳細
<アアルの野>戦場のトラモント
オープニング
●金色の暴風
その男は、クリスタル遺跡に繋がる地底湖に忽然と現れた。
「……なんだ、お前は」
逃走中の盗賊達と交戦していた傭兵らが、その男に注意を向ける。雰囲気からしてラサの傭兵やイレギュラーズといった味方側の増援ではない。傍らに浮いているのは胎児の形をした召喚モンスターの類か。
「厄介事は御免なんだ。通してくれないか」
そのように道を空ける事を求められた。盗賊達に雇われた剣客だろうか。なんにしても、この先へと通すわけにはいかない――何よりも、獣種としての勘が告げるのだ。『この男は今すぐ殺すべきだ』と。
他の仲間が盗賊らに睨みを利かせている間に、傭兵の何人かがその男に斬りかかる。
――瞬間、一番早く斬りかかった者が鎧ごと胴を真っ二つに断たれ、上下に別たれた体が地面に落ちた。
「!!!!」
仲間が一瞬で倒された事実を把握し、仲間の傭兵は男が操る返しの刃を転げるように避けた。
傭兵らは警戒するように少し距離を置く。その男は、その腰に備えた剣による攻撃以外の手段を持たぬようである。
ラサの傭兵は、この手合いの戦術においていくらかの知恵がある。対巨大生物と同じ要領でやればいくらかの活路は見いだせよう。そう思って纏まった陣形を組もうとした。
――望む、『殺し合え』。
一人の傭兵の耳に、鈴のような囁き声が耳に聞こえた気がした。
なんだ? それを確認する間もなく、後頭部に激痛が走った。
「あぁ、そうだ。……そうだ、敵兵を追い払わないと……」
後ろを振り返れば、殴り掛かってきたのは味方の傭兵。何か意味の分からない事を喚いている。
周囲を確認してみればその者だけではなく、自分以外の傭兵全員が味方同士で斬り合い始めた。どころか、盗賊らも同士討ちを繰り広げ始めている。
傭兵はそれを見て瞬間的に、『どういう攻撃を受けた』のか理解した。次に、その内容と対抗手段を迷宮外の仲間に伝達すべくその場を全力で逃げようと駆け出した。
――望む、『動くな』。
また囁き声がして、逃げだそうとした傭兵の体が凍り付いたように動かなくなった。
胎児の主であるだろう謎の男に胸ぐらを掴まれるが、やはり体が動かない。
「……成る程、正気を保つ精神力とその判断力は見事だ。それを見込んでローレットに伝えて欲しい事がある」
七十キロ以上はあろう傭兵の体が、その男の片腕一本で十数メートルは投げ飛ばされた。
「……私は魔種、グラーノ・トラモント。私を止めたければ、イレギュラーズと――可能ならば『フラーゴラ・トラモント』を呼んでくれ。それこそが、今の私の望みだ」
その男――グラーノ・トラモントが傭兵に告げ終えると、傍らにいた胎児はにっこりと微笑みを浮かべて。周囲で殺し合う者達へ向けて残酷な言葉を囁いた。
――望む、『死ね』。
●狗刃の傭兵
「胎児の魔種は呪殺使いか」
傭兵の小隊と盗賊群がたった一人を残して全滅した話を聞き及んだ『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)は、相手の戦法をそのように分析した。
話に聞いている限りその胎児の攻撃は強烈だが、戦闘経験がある者からすれば対抗手段が思いつかないわけではない。むしろ、問題なのが『グラーノ・トラモント』という男との食い合わせだろうか。
生き残った傭兵は迷宮から帰ってくる間に、死に体のところをモンスターに襲われて瀕死の重傷を負っている。体を縛る症状が以前として治っていない。呪いの術式か。これを伴うものは自然治癒せぬ。
自分の死期を悟っている傭兵は矢継ぎ早に、グラーノがその胎児を異様に気遣って戦っていた事。そして迷宮にて何を行おうとしていたかを周囲に伝える。
「……相手のやり方は分かった。俺達に任せて、あとはゆっくり休め」
情報を伝え終えて安堵した傭兵は、そこで目を閉じて息を引き取った。
グラーノ・トラモントについては――名乗りが本当ならば――その正体についてエディの頭に思い浮かぶものはあった。
幻想国に仕えていた『金色の牙』と呼ばれる軍人。名前くらいは聞いた事がある。いっときを境にその軍功は聞かなくなったが、その人で間違いないはず。
エディは集まったイレギュラーズに対して、事の次第を述べ始める。
「魔種であるグラーノ・トラモントの目的は『ホルスの子供達』を配下にする事だと思われる」
死者蘇生の噂を何処かで知ったのか。それとも盗賊側がローレットを壊滅させる為に誘き寄せたのか。単にイレギュラーズないし特定のイレギュラーズが関わっているから現れたのか……発端は判然としないし、今はこの際どうでもいい。
「グラーノはホルスの子供達を起動させると、それぞれに名前を与えている――えぇっと、たぶん、いくらか前の戦争で死んでいった部下達の名前を」
幻想国家から取り寄せた戦没者リストの中から、グラーノが指揮した戦線で当てはまる者が数名確認出来た。グラーノは従軍において一度だけ、己の失策で部隊を壊滅させてしまった過去がある。
「……彼は、戦死した者達の名前をいちいち覚えてるのか? 数百にものぼる戦没者全員を、魔種が従える姿なんて想像したくもないが……」
グラーノは使えそうなホルスの子供達へ無作為に名前を与えており、配下となった彼らが特別強いわけではない。だが、しかし、『兵士』として振る舞う彼らはまがりなりにも戦術を活用しようとする。つまりは、数を打ち砕く手段を持ち合わせておかねば非常にまずい。
「……対呪縛、対強敵、対多数の戦術。それぞれの作戦を全て用意出来るか?」
エディ・ワイルダーは――珍しく怯えたような顔をした。魔種が同じ戦場に二体、そして侮れぬ取り巻きが複数体。今すぐ準備出来る人員はそう多くない。この段階でグラーノ・トラモントを討ち取ると望むならば、凄まじく効果的な手段を考え出しておかねばならぬだろう。そうでなくともせめて計画を阻止させるくらいは……
そんな事を思い浮かべながら、イレギュラーズと顔を見合わせて、フッと笑った。
「君達となら上手くやれると信じている。作戦には全て従おう。俺の命、君達に託すぞ」
- <アアルの野>戦場のトラモントLv:5以上完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年01月25日 22時01分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
イレギュラーズは情報を頼りにその場所へ踏み込むと、遺跡の中だというのに内部はまるで北部戦線の戦場痕の様相を目にする。
その少し踏み入ったところに、武装をしたいくらかの騎士――そして魔種『グラーノ・トラモント』が地面に剣を突き立ててイレギュラーズを見据えていた。
「……きたか」
落ち着いた様子でそう呟く。まるでイレギュラーズ達の到着を待っていたようにさえ思える。
そんな真っ先に彼に話しかけたのは、『恋の炎に身を焦がし』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)だ。
「ワタシには過去の記憶がない……。ワタシと同じ姓を持つ人、アナタは誰……? 何をしようとしているの……?」
やり取りをしている合間に、仲間達に合図を送った。戦場が狭小地で自分達の作戦に不備が出ないかを確かめるのが主な目的だ。
異形の胎児、スティルバースがそれに気付いてすぐさま攻撃を仕掛けようとしたが、グラーノがそれを静かに手で制した。
「金色の牙、グラーノ・トラモント。キミの――」
「……父親だろう」
エディがそう口にした。『策士』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)などのフラーゴラと親しい他の者は薄々気付いていたが、「だからといって手加減するつもりはない」と武器を構えて誇示した。
「ふむ? フラーゴラの親族か? まぁ、やることに変わりはないさ。魔種……殺す」
「あぁ、そうだ。私は魔種であり、彼女の養父だ。……フラーゴラ、イレギュラーズになったという噂は本当だったのだな」
戦場の状況を確認し終えた『煌希の拳』郷田 貴道(p3p000401)達は、その合図代わりにグラーノに対して言葉を投げる。
「グラーノ・トラモント、有名らしいな? 北部戦線でならしてたってんなら……HAHAHA、期待できそうじゃないか。その態度は余裕ってヤツか?」
「いいや、出来る事なら君達とはお互い万全の状態で戦いたい」
騎士道精神か。各々がそう納得していたところで、それを意に介さない者が動いた。――スティルバースだ。何か魔術を詠唱している!
「魔種が赤ちゃん連れて人形遊び……どんだけ病んでる奴かと警戒してたけど、そっちの方が止めないとヤバそうだ!」
『一般人』三國・誠司(p3p008563)が真っ先に気付いて、星堕の大筒を構えて、スティルバース目掛けて発射した。不運の魔力を込めた砲弾だ。通ればだいぶやりやすくなる。
砲弾が当たると、鋭い音を立てて怯んだ。「やったか?」と、様子を窺っていた者が口にする。
――かかれ。
スティルバースは、立ち直るなりそのままホルスの子供達に強化の魔術を付与し号令を掛ける。今までグラーノの命令を待っていた彼らも、意味の分からない叫び声をあげながらイレギュラーズに向かって猪突猛進してくる。まるで狂戦士のようだ。
「あぁ、くそ。アレ相手は分の悪い賭けになりそうだ」
「いえ、ダメージはちゃんと通っていますの。魔種としては――だいぶ脆い!」
敵味方の強弱を選別していた『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が、味方にそう示唆した。スティルバースは、それを聞いて露骨に不愉快そうにする。攻撃をやめる素振りはもはやない。
フラーゴラはお互いの事を話す余裕は既にないと悟って、溜め息をついた。
「貴方とスティルバースは……私とエディさんが食い止めてみせる!」
●
ホルスの子供達たる騎士達は、集中攻撃を仕掛けるべく動く。
「トラモント――うちの弟子と同じ姓みたいだけど。刃が曇らないなら、戦友として並び立つのみよ」
ホルスの子供達を一番手で迎え撃ったのは『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)だ。
比較的新しい手合いであるホルスの子供達の詳細は判別に困ったが、少なくとも弓や銃で後衛を乱れ撃ちしてくる相手ではないと理解して作戦通りに雷返しを詠唱する。
「『神がそれを望まれる』――全力で相手してあげるわ」
地面に走った雷の波は、射線に入ったホルスの子供を一人二人と複数人を巻き込んでいく。感電によって脚がもつれたのを見て、改めて仲間にこう告げる。
「やっぱり、絡め手に強いのはスティルバースだけみたいね」
だが、スティルバースに強化された事も併せてなのか相手の脚が遅いわけでもない。術を仕掛けながらだといずれ追いつかれる。誰かが前に出て引き受ける必要がある。
「……ま、何でもいいさ。やる事は変わらねぇ。言葉重ねようが話をしようが撃退しなきゃならねぇんだ。そうだろ?」
雷の波を駆け抜けてきた先頭のホルスの子供に対応したのは、『無名の熱を継ぐ者』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)。
イレギュラーズの一人が攻撃を仕掛けられようとしていたところで、AKAを乗せた無数の斬撃を刻み込み、敵が纏った硬い鎧ごとバラバラにしてみせた。
「オーケイ、まだ引き撃ちはやれる状況だ。こいつらはそんなに強くねぇ」
周囲を見て、仲間に引き続き射撃を促す。それを受けて拳を構える貴道。
「インファイトだけじゃなくアウトボクシングも俺の得意とするところだ!」
イーリンの雷撃で脚がもたついたホルスの子供達を狙い撃ち、八岐蛇槍を撃ち放つ。拳撃の衝撃波が相手の体を突き貫いて、その動きを完全に止めた。
「HAHAHA! 今日は調子が良い! これなら残りの奴も無傷でやれるんじゃあないかっ!」
「ま、まったく……あんまり調子に乗るんじゃないよ」
額を抑えるメーヴィン。拳撃が異様に強力なのは彼女がソリッドシナジーを付与していたおかげもあるが、それを最大限発揮出来ているのは貴道の実力あってこそともいえよう。
しかし、濁流のように食いかかってくる彼らにいつまで遠距離戦を保てるか……。
グラーノは剣を構えながら、イレギュラーズ達の戦い方や目の前に立ちはだかる者達を眺めていた。
彼の後ろに隠れながらスティルバースはくすくす嗤い、「殺し合え」だの何だの呪詛を囁いている。しかしエディとフラーゴラは全く動じない。
「残念。混乱の術へ対策はしてきてる」
……フラーゴラの余裕な態度を見て、スティルバースは凄まじく不服そうに彼女に顔を向けていた。
「ごっこ遊びがしたいのか? 一度失われた役が、輝かしい舞台が、蘇ることは二度とないというのに」
『何人犠牲になったと思ってるんだ。俺はお前を絶対に許さないからな……!』
怒りたいのはこっちの方だ。人形遊びのようにラサの傭兵達を殺された事を思い返し、『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)はスティルバースとグラーノに言い放った。
「……死者は何も語らない。死者は意思を表さない。これはまるでお人形さん遊びのそれ。そんな道理もわからない?」
フラーゴラもそう言いながら、グラーノにブルーコメットで高速の拳打を放っていくが、容易く片方の腕で受け止められる。
「フラーゴラ、君は昔からの癖は変わってないな。右の拳で仕掛ける時に予兆が――」
「エディさん!」
フラーゴラが合図を送る。――その瞬間、独特の形状を持ったダガーの一閃がグラーノの頬を薄く切り裂いた。
「……人形遊びに興じていた貴様に格闘技の講義を垂れる余裕があるか」
フラーゴラとエディが、グラーノ相手にいくらかの近距離戦を繰り返す。数十秒間。二人の短剣や拳が繰り出され、それらを防ぐ為の抜刀から、鋭い斬撃が放たれて獣種達の血煙が戦場に舞った。
「おいおい、こっちよりそっちの方が圧倒的にヤバくないか!?」
『畜生! 近距離戦はお手の物ってかよ!』
状況に気付いたメーヴィンや虚が慌てて接近して、治癒の魔術を放ち続けた。回復量より与えられるダメージの方が多い。だが、メーヴィン達によってスティルバースの呪詛がほとんど防げたのが幸いか。これならホルスの子供達を倒すまでの時間稼ぎくらいは――
「――甘く見られたものだ」
グラーノは剣撃を弾く事に集中していたエディの足の甲を思いっきり踏み抜いた。骨が折れるイヤな激痛。足を止められた事に顔を顰めるエディだが、口を大きく開いてグラーノの首筋に牙を突き立ててる。
「っっ……す、すぐに回復を!」
パンドラの力を消費しながらエディと交互に盾役を担っていたフラーゴラは、スラスターの安全装置を外しながらブルーコメットを撃ち込んだ直後に仲間達へそう指示を出す。彼女の頬へパサリと何かの鉄片が飛んできた。
なに?
思わずそちらの方に振り返る。
「……前に言っただろう、フラーゴラ。『一度の大技で動きを止めるな』と……」
フラーゴラの傍に何者かの肉体が倒れ込む。
そこには――鎧が粉砕され、胴体の深くを横一閃に断たれたエディが横たわっていた。
●
スティルバースが幼児のように喜んでいる。そんな魔種に、ネバネバした弾頭が飛んできた。
「おっと失敬。急造で新作の弾頭は作ってきたたからおみまいしたくなった」
飛行状態の機動力の関係か、誠司が魔種を抑える側に回ったらしい。
「スティルバース。お前は不愉快だ。幕からご退場願おう」
一瞬孤立したスティルバースへ、稔と誠司は連携して衝撃の青と黒顎魔王を放つ。硬質的な魔種の体が、ギャリギャリと音を立てて削れられていく。
「……!」
彼らの狙いを見て、吹き飛んだスティルバースの元へ一旦退くグラーノ。
これを延々続ければ彼らを撤退させられるだろうか。
――……。
スティルバースが元の位置に戻ってくる最中、硬質的な体が再生していく。回復魔術を自分に使っているのか。
だが二人の行動は無意味ではない。スティルバースの行動は自身の回復にいくらか潰された。
誠司は、スティルバースの行動を妨害する為に再び攻撃を仕掛けた。
「主よ、慈悲深き天の王よ……!」
だがホルスの子供達を担当しているイレギュラーズの状況も楽観視出来るものではなかった。回復役がグラーノを引き止めるエディやフラーゴラに注力せざるを得ない部分もあって、攻撃を受けた者の体力が徐々に失われていく。ついに足を使った戦い方は追いつかれ、後衛を守るヴァレーリヤが集中攻撃を食らい始める。
「ッッ……どっせえーーい!!!」
直前の依頼で重傷を受けた箇所に、槍が突き刺さって苦悶の顔を浮かべる。だが、決して倒れない。パンドラの力を使ってその道理をねじ曲げる。まだだ。まだ敵を倒し切ってない。
「チリ掃除なんざ趣味じゃねえんだが、積もり積もればバカにならねぇな」
ヴァレーリヤの打ち上げたホルスの子供達をインファイトで打ち砕く貴道。
「まったく、こういった手合いは集中攻撃がイヤらしいわね……!」
イーリンが味方の被害を少しでも減らそうと、襲い来るホルスの子供達に対して雷返しを放った。
ホルスの子供達に対しては、イレギュラーズは善戦しているといえよう。順調だ。
だが戦術に聡いイーリンや、駆け引きに強いニコラスの思考に嫌な悪寒が走る。
「……おい、魔種とやりあってる方はどうだ?」
「あ、あ、エディさん。血が……」
知り合いが目の前で瀕死の状態になり、フラーゴラは真っ青になっていた。
『おい、目の前に集中しろ! 殺されるぞ!!』
「しっかりしろ! あいつの元に戻るんだろう!」
虚とメーヴィンが回復を行使しながら叫ぶ。フラーゴラも剣閃をその身に受けて、相当に血を失っている。立っているのがやっとだ。
「どうした、フラーゴラ。戦いはまだ続いているぞ」
目の前の魔種は、相変わらずの太刀さばきでフラーゴラに攻撃を続けている。
――怯えから早めに退くかどうか考えたが、そうするとすぐにスティルバースと連携して他のイレギュラーズに『動くな』という強烈な呪いや『鎧断ち』を仕掛ける素振りをみせた。
味方のほとんどはスティルバースの呪いに抗う術が無い。あっても彼女ほど完全ではない。
対策で『死に体』に抑えていたはずのスティルバースの存在が、ここにきて尋常ならざるものなのだと再認識させられる。
フェイントで体術を仕掛けられ、エディと同じように足の甲を潰される。
「いっっっ……!」
フラーゴラはカウンターとして相手の腕を切り返す。そしてエディのやられ方を思い出して、すぐに激痛が走る足を無理矢理動かして間合いを取った。
「フラーゴラ、何故そのまま逃げない。キミは生きたいのだろう?」
「仲間を見捨てたら、好きな人に見せる顔がない!!」
「――ならば、私も『金色の牙』としてキミに応えよう」
――悪寒。来る。
予想通り体術を仕掛けてきたグラーノに、フラーゴラは策を考えた。
時間は少し遡る。
「いい、フラーゴラ。近接戦闘は最終的には体術による戦闘になるわ。何故なら武器を振るよりも速く、確実だから」
イーリンは目的地に進軍中にそんな事をフラーゴラへ教え込んでいた。
相手の性質から体術を心得ていないわけがない。たぶん、剣術と体術を流れるように使い別けてくる。
「……お師匠先生、そういう相手に対して有効な戦法ってある?」
「HAHAHA! いい方法があるぞ、まずは刃を拳で受け止め――」
「いや、この子にそれ無理だから!」
「そうか? ガントレットとかを使えばラフファイトで有効な手段だぞ」
「……うぅん。とりあえず相手の動きをよく見て、頭を使えば――」
イーリンや貴道から教えられた事は専門的な事もあって、この一瞬で全て思い出せる事ではない。
ラフファイト――頭を使え――。
「ふっ、んンっっッ!!!」
体術を喰らう瞬間、フラーゴラは接近してくる相手にブルーコメットの要領で加速しながらその顔面に頭突きした。
これには喰らった側のグラーノも文字通り面を喰らう。こんなデタラメな荒技は教えてない。
「くっ……」
グラーノの体が揺らいで、一瞬だけ膝をついた。
――失神、いや【恍惚】?
――もしかして絡め手の類、案外結構通ったりする? お師匠先生、そういうの得意だったよね? ニコラスさんや、郷田さんも……。
死ね。
フラーゴラの頭の中に、一つの勝ち筋が思い浮かんだ。
――上手くいけば、この場でグラーノを倒せる。
死ね。
「皆! 頼みたい事がっ――」
フラーゴラは声をあげながら、足の甲の傷を治すべくイモータリティを発動しようとする。
――望む。『血を吐いて、死んでしまえ』。
じくりと嫌な感触が耳の中に生まれ、視界も何故か赤く染まっていく。ぐずぐずになった足の甲や、口や鼻の奥から何かぬるいものが溢れ出てきた。
「――あ、れ……?」
フラーゴラは溢れてきたものを袖で拭う。
――赤い。血液?
――なんで、グラーノも同じように口から血を垂れ流してるの?
ほんの僅かに残存した呪いや傷が、彼女の体がほんのあと一押しで倒れるその瞬間――スティルバースが、グラーノを巻き込む事も構わず呪詛の言葉を吐き続けた。
意識を気力で繋ぎ止める。
獣種の生存本能が囁いた。アイツはグラーノの思惑とは別に、自分にトドメを刺す機会をずっと窺ってるのではないか。……もしそうなら逃げなければ取り返しのつかない事になる。
ここが最後の引き際だと悟って、潰れた足で距離を取った――最悪な結果になるはずが、身につけた外套が傷だらけの足に力を貸してくれた――魔種の元から逃げる。仲間の為にも、人質になってはならない……いいや、絶対に死んじゃいけない。
「……ワタシは……好きな人に付いて行くって決めたんだから……こんな所で死ねない……!」
撤退地点か、あるいは大勢の仲間の元へ全速力で移動する。その道半ば、弱りきったイレギュラーズを目撃したホルスの子供は、ひた走る彼女を「敵を減らす好機を逃してなるものか」とばかりに剣の腹を打ち込んで、彼女を気絶させるのであった。
●
「フラーゴラッ!!」
フラーゴラがついに倒れたのを察知して、イーリンが大声で叫ぶ。
魔種を抑止する二人が倒されたのを察知して、イレギュラーズが凍り付いた。
「おい、マジかよ……」
ニコラスがW.O.F.によって近づいてくるホルスの子供を切り裂き倒しながらも、絶句しかける。
――相手の数を減らしてはいるが、ホルスの子供達はまだ倒し切っていない。
「どうしてフラーゴラを呼びましたの! 止めてもらいたかったのでしょう!?」
ヴァレーリヤは迫り来る多数の槍や剣を薙ぎ払いながら、相手に対してそう問い詰めた。グラーノはそれに答えようとするが、熱病に罹ったように血痰を吐いて言葉にならない。
イレギュラーズ側に続けて問い詰める暇はなかった。
フラーゴラを倒し終えたホルスの子供達は、再びヴァレーリヤを狙っていた。連撃による異常な回避のしづらさで、着実に削られていく。
「こ、ンのォ!!!」
聖句を唱えながらメイスを前に突き出す。相手の体勢を崩すと、大きく下から打ち上げて相手の体が砕け散った。
残り二体。反動でヴァレーリヤの腕がプルプルと震える。隙を見たホルスの子供が震えるメイスを打ち上げた。
「あっ……」
次の瞬間、ヴァレーリヤの腹に長槍が突き刺さった。そこで彼女は意識を失う。
イレギュラーズは、気絶した彼女を庇うように陣形を整えた。――このまま戦い続けるか?
「撤退しましょう!」
イレギュラーズの誰かがそう叫び、戦い続けようとしている者達は思い直した。
気絶したヴァレーリヤの体に槍を突き刺そうとするホルスの子供に対して、拳をまっすぐ叩き込んで吹き飛ばす貴道。技のキレが凄まじいあまりスローモーションに映ったが、それよりも彼の顔は直視が出来ないほど憤怒にまみれていた。
「……おいおい、ダウンした選手に追い打ちは御法度だろう?」
ホルスの子供にはグラーノと違って騎士道の欠片もない。まるでケダモノだ。
貴道はその元凶であろうスティルバースへ憎々しげに目を向け、味方にヴァレーリヤとエディを任せイーリンの差し向けた式神と共にフラーゴラの救出に向かう。
――動くな。
グラーノとスティルバースが、フラーゴラの身柄を奪おうとしていた。
戦闘力を持たない式神、貴道の体すらスティルバースの冷めた声に凍り付く。
生き残っていたホルスの子供が貴道に攻撃しようとする。貴道は咄嗟にカウンターの構えを取るが、その前にホルスの子供が十メートルほど吹き飛んだ。
「だ、弾頭新造しといてよかった……」
「一瞬だけでもいい、手助けになってくれよ」
続けザマに、目眩ましの幻影が戦場に広がる。
誠司、そしてニコラスが撤退するまでの時間を稼いでくれていた。だがスティルバースは執拗に邪魔をしようと呪いを囁き続ける。それに抗える稔、イーリンが相手よりも先にフラーゴラの元まで踏み込んだ。
「Quiet please――お前の言葉は決して届かん」
「――!」
スティルバースは思い通りに行かない事に、不快そうに癇癪を起こす。
胎児の魔種の本性を目の当たりにして、イーリンは思わず歯軋りした。
「……そっちの男と違ってアンタは余程この子を殺したいみたいだけど、そうはさせないわ」
イレギュラーズはそのまますぐに三人の負傷者を回収し、近くにあった脱出地点から撤退をするのであった。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
やがて戦場の夕日はいずこかに消えた。
GMコメント
●目標
・グラーノ配下の『ホルスの子供達』を全滅させる
・『金色の牙』グラーノ及びスティルバースを撃退する。
●状況
ファルベライズ・中核のクリスタル遺跡。
耀くクリスタルで完成された遺跡内部のはずであるが、光景は『北部戦線』の戦場を映し出している。おそらく色宝がグラーノの望む光景を映し出しているのだろう。
特別な遮蔽物となるものはないが、近くに迷宮の外に繋がる撤退地点がある。被害甚大の場合も撤退が比較的容易である。
●エネミー
『ホルスの子供達』
人数:十二体
特筆する行動と傾向:
近接戦が主体。彼らはグラーノに付き従う騎士のように振る舞っている。
強い個体ではないが、数の優位によって連携して集中攻撃する傾向がある。
『金色の牙』グラーノ・トラモント
種族:魔種・獣種
特筆する行動と傾向:
・『鎧断ち』至・単・【必殺】【防無】
鎧断ちは超高威力。中距離以内の剣術・格闘戦を中心に使いこなす。遠距離以上の攻撃手段は持っていない。その反面、前衛アタッカーとしてのステータスが純粋に高い。
補足:フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の関係者。スティルバースが大きなダメージを負うと撤退を最優先する。
望まれぬスティルバース
種族:魔種・???
特筆する行動と傾向:
・『動くな』自・域・【麻痺】【呪縛】【石化】【呪い】識別・無
・『殺し合え』自・域・【混乱】【狂気】【呪い】識別・無
・『死ね』自・域・呪殺
上記以外にも、味方への強化や回復の魔術を中心に使いこなす。スティルバース自身はバッドステータスに対する抵抗が非常に強い。
補足:グラーノの傍から離れる様子はない。
●NPC
『狗刃』エディ・ワイルダー
標準的な性能を持った前衛。近距離主体。【不殺】持ち。
装備変更という体で、イレギュラーズの指示によってどちらかの能力付与。
・対多数の手段を持ってきて欲しい ⇒ 範囲攻撃の武器とスキル
・グラーノを食い止めて欲しい ⇒ 少しのターン耐えられるHPと『精神耐性』のパッシブ
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