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シナリオ詳細

<アアルの野>何者にもなれなかった男

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●何者にもなれなかった男
 ラサ砂漠、フェルネスト遺跡深層、クリスタルの迷宮を進むイグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)たちイレギュラーズ。
 彼らには……特にイグナートには、この先へ進まねばならない強い理由があった。
 彼にとって大切な過去。大切な死者。その名を奪い姿を模した土人形『ホルスの子供達』。深層へ向かう彼らを阻んだ怪物たちは、『博士』なる人物により色宝を用いて作られたという。
 その借りを返さなければならない。これ以上誰かの過去を奪う前に。
「それに、あれだけで終わるとは思えない……」
 人生には、いろんな別れがある。
 愛する者との別れ。友との別れ。
 そして――『敵』との別れ。

 しこしばかり、昔話をしようじゃないか。
 季節を四つほど遡った頃、鉄帝首都に隣接するスラム街モリブデンにて、一人の男の計画が地図を大きく書き換えた。
 男の名はショッケン・ハイドリヒ。
 鉄帝軍の将校であり、武力に偏向する鉄帝軍人でありながら知略や金策に長けた男だった。
 彼はスラム街であるモリブデンとその土地に居座る危険勢力を内外から破壊し、新闘技場お呼びニュータウン計画による大規模な利益の獲得を目指していた。
 結果、聖女アナスタシアの反転とそれに触発された古代兵器の暴走という結果を招き、ショッケン自身もまた古代兵器に取り込まれ半機会仕掛けの怪物へと姿を変えてしまった。
 彼はローレット・イレギュラーズとの戦いの中で自我を取り戻し、一人の男としてぶつかった。
 それを象徴するような、レイリー=シュタイン(p3p007270)の言葉がある。
『お前はその中で、他者から奪い取ることを選択し、そしていまここにいる。
 決して善行をなさなかったが……しかしお前は、お前として名を残すだろう。
 それが、選択の結果だ』
『そうか、ありがとう。最後に夢がかなったよ』
 『何者にもなれなかった男』のまま、ショッケン・ハイドリヒという一人の男になることができたのだ。
 そんな男が……。

●奪われた聖戦
 話を戻そう。クリスタル迷宮の攻略を依頼されたイグナート、レイリー、そしてその仲間達。
 彼らは迷宮内を巡回、ないしは防衛していたゴーレムとの戦闘にあたっていた。
「コイツら、ナカナカ手強いね」
 蒸気を噴出して突進してくるゴーレムのパンチを回避するイグナート。
 身の丈3mはあろうかという巨体から繰り出されるパンチはそれだけで危険だが、蒸気の噴射と展開式のスパイクナックルが石の床を破壊。まき散らされる小石の量がその凶悪さを物語っている。
 レイリーは格納していた突撃槍を腕から展開。
 両足からスラスターを展開するとすさまじい速度でゴーレムへと突撃した。
 防御姿勢をとるも、レイリーの突撃とイグナートの拳が集中されたことでゴーレムは崩壊。大量の歯車や鉄板に分解され散らばっていった。
「しかしこのゴーレム、どうも既視感があるな」
「やっぱり? オレもソウ思ってたんだよね。なんだか……」
 刹那、二人はフロアの奥にひろがる闇から閃光がはしるのを察知した。
 察知と同時に身体は動き、イグナートは飛び退きレイリーは盾を展開。
 三本ものレーザーが浴びせられ、レイリーは盾でそれを受けるもあまりの衝撃にイグナートもろとも吹き飛ばされてしまった。
「この攻撃は……まさか!?」
「■■■■■、■■■■■?」
 くぐもった声が聞こえた。
 電池の切れかけたテープレコーダーのように重く歪んだ声は、しかし、なぜだか聞き覚えがあったように思えた。
 ゆっくりと歩み寄るその姿は、半分ほどが機械と入れ替えられていたが……紛れもない、彼だ。
「……ショッケン・ハイドリヒ!」
「■■■■」
 両手を広げ、カタカタと笑う。
 イグナートとレイリーは同時に身構えた。
 姿形はかのショッケンとうり二つだが、中身は全くの別物だ。
 無数のアルキメデスレーザー発射板が空中に浮遊し、こちらへ狙いを定めてくる。
「お前も名を奪われたか。だが、軽々しく奪っていい名ではないぞ。なぜなら……」
 その名は、私たちが胸に刻んだ名だからだ。
 突如として周囲の風景が変容し、巨大な歯車や蒸気や、いびつに歪んだパイプオルガンが形作られていく。
 そう、ここはかつての決戦の場。
 ギアバジリカ内部そっくりだ。

GMコメント

■オーダー
 クリスタル迷宮探索中、ショッケンの名を奪った『ホルスの子供達』が出現しました。

 このシナリオは『歯車大聖堂攻略』『VS改造ショッケン』『VSショッケン』の三つのパートで構成されています。

■歯車大聖堂攻略
 スタート地点となる『自動的なチャペル』から扉を開き、無数に連続したいくつものフロアを突破していきます。
 これらはランダム生成ダンジョンとなっており、次のフロアがどうなっているのか判別することができません。

・敵だらけのモンスターハウス:模倣的ブラックハンズ
 ハグルマゴーレム含め様々なモンスターが大量に現れ皆さんを取り囲んだ状態から始まります。素早く陣形を組み、敵の群れを効率的に排除しましょう。
・罠だらけのトラップフロア:狡猾な懺悔室
 重力感知、魔力感知、光学感知など様々なトラップが仕掛けられたうねうねと続く通路。罠に対処する能力や、対処中敵に襲われても守れる人員、もしくはゴリ押ししながらでも突破できる構成を用意しておきましょう。
・迷路型フロア:何者にもなれない修道院
 道が複雑に分岐した立体迷路のフロアです。透視や透過能力もほとんど通用しません。
 フロア内を移動する敵の足音を探ったり規則性を計算したりといった工夫で乗り切りましょう。

 以上の三種類がランダムに連続しています。どれが出てても対応できるようにしておきましょう。

■VS改造ショッケン
 歯車大聖堂によって改造され自我を失ったハグルマモンスター・ショッケンとの対決です。
 下半身は巨大な多脚戦車となり、複数の重火器と無数に浮かぶアルキメデスレーザーが驚異的な破壊力をもっています。
 正攻法は戦車の攻撃を凌ぎ続けながらアルキメデスレーザーを一枚ずつ破壊していくことです。
 地味に【怒り】の付与が通じやすい性質があるようです。

■VSショッケン
 最終決戦の末自我を取り戻したショッケンとの対決です。
 この時点の彼は他社への嫉妬や執着から解放され心身共に強さを手に入れたショッケンであるため、非常に強いですがそのぶんちょっとだけ性格がサッパリしています。
 『ホルスの子供達』による模倣ですし、故人ショッケンの記憶も全く持ち合わせてはいませんが、彼との再戦を望むわずかな気持ちがこの土人形を生み出したようです。
 IFの最終決戦を楽しんでみてはいかがでしょうか。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

■解説
●ギアバジリカ
 鉄帝地下に眠っていた古代兵器です。暴走によって無数の物資を奪い成長し、巨大な聖堂めいた移動要塞となりました。
 今回舞台となるのはそんなギアバジリカ内部。複雑に入り組み大量のモンスターや警備システムが設置されています。

●ショッケン・ハイドリヒ
 以下の全体シナリオ群で主に登場した鉄帝の悪徳将校です。
・Gear Basilica
https://rev1.reversion.jp/page/gearbasilica_seidoutekuteku
・黒鉄のエクスギア
https://rev1.reversion.jp/page/exgear_nguruzokonohage

  • <アアルの野>何者にもなれなかった男完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月18日 22時01分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)
皇 刺幻(p3p007840)
六天回帰

リプレイ

●過去に溶けぬる
 現れたショッケン……いやショッケンをもした『ホルスの子供達』を前に、『魔法騎士』セララ(p3p000273)は素早く剣を抜いた。
 魔法の光が刀身を覆うように走り、魔法の靴からは光の翼が膨らんでいく。
 武装状態にある魔法騎士セララの臨戦態勢モードである。
「君はショッケン? あの『何者にもなれなかった男』と、同じ夢にとりつかれてるのかな?」
 つるぎを向けられたショッケンは一転、両腕をだらんと下げて肩をすくめてみせる。
「ショッケン? ふむ、私は『ショッケン』というのか……」
 その口ぶりに、セララたちは首をかしげた。様子が変だ。
「できれば期待に応えてやりたいが、私は自分が何者かも分からないのでな。そのショッケンという男がどんな男だったのかも知らん。私の心にあるのは、貴様等をここで始末するという使命のみ」
 そこまで言うと、足下からはえたレバーを靴でガコンと操作した。
 たちまち彼我の間に壁が生まれ、巨大なエレベーターにでも乗ったかのように足場がぐらついていく。
「迷宮化が始まったわね。クリスタル迷宮ではこうして物理的な規模感を無視してフロアが巨大な迷宮になる現象がたびたび報告されてるわ。今回の場合、私たちを遠ざけたんだと思うけど……」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はまだ振動を続ける足場を踏み固めるかのように踵でタップしてから、目を僅かに細めた。
(何者にもなれなかった男と、天才になれなかった女、か。なんだか叙情的ね。
 あの時私は街を守るために戦った。交わらない線を今一度……。
 嗚呼、始めましょう)
「神がそれを望まれる」

 腕組みをした『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)。彼は記録としても新しいモリブデンでの戦いを思い返していた。
「何にもなれなかった男、か。ふむ、良いイメージはないが一部では英雄だろう。俺達からしても、何かしら印象に残るやつだろう。人それぞれ感情は違えど、『何か』にはなれたと思うよ」
「そうだね……」
 応えるセララは、少しだけ沈んだ様子で剣を鞘に収めた。だがそう見えたのは一瞬のことで、すぐにパッと笑顔になって振り返る。
「どんなダンジョンになるのかな。やっぱり歯車だらけ?」
「おそらくな」
 アンタはどう思う、と振り返ると『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がどこか憮然とした様子で立っていた。
(戦ったのは、海洋での二度のみ。鉄帝での最後は、話に聞いた、が。
 何者であったかも、何者になりたかったかも、知らない。知る気も、無い)
 エクスマリアの記憶の中にあるショッケンという男は、外洋遠征中に突然現れた悪者……という印象に収まっていた。
 こちらのことをある程度知っているようだったしそれなりに見聞の広い奴なのだろうが、エクスマリアの性格からしてひっかかりは小さいようだ。
 ましてその偽物となればなおのこと。
 『廻世紅皇・唯我の一刀』皇 刺幻(p3p007840)はといえば刀の柄に指を這わせ、ゆっくりと小指から順に握っていく。
 これから始まるであろう戦いらしき何かに、集中力を尖らせている所なのだろうか。
(『ホルスの子供達』……名乗る神に、自ら信仰を乱すとは。
 全くこの世界も、己が神を愚弄するのが好きらしい。
 手加減はなしだ。貴様ら食い散らかす夢現ごと、この唯我で偽りをねじ伏せる)
 やっと柄を握り込んだ刺幻は、僅かに抜いた刀を再びガチンと鞘へ収める。それが自らの心を着火するための撃鉄であるかのように。

 一方で『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は目を瞑り、来たるべき時に備えて深く呼吸を整えていた。
(ショッケンの名を得て生まれた『ホルスの子供達』……。
 その名と姿は思い出の中で眠っているべきモノよ。
 死者が蘇る事なんてあり得る筈がないのだから……)
 生きて出会った者。死して別れた者。思い出の中には沢山ある別れが、ある日突然偽りの肉をもって顕現したなら、きっとアルテミアは許さないだろう。
 たとえば妹がさっきみたいに立っていたなら、きっと自分は……。
「よりのもよって、レイリーの因縁、か。
 悪いな、私はこういう時黙ってられるほど、薄情じゃねぇんだ」
 思考を丁度良いところで遮って、『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)はこきりと首をならした。
 美しい緋色の翼がゆっくりと膨らみ、しぼみ、生きた呼吸を繰り返している。
 彼女の力のひとつであった聖剣はいまや一つの剣となり、青い刀身がフロアの灯りをてらてらと照り返していく。
 『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はそんな仲間達の様子を横目に、準備運動に入っていた。
「あの男は……」
 何か言おうとする前に、『旋律だけは覚えていて』リア・クォーツ(p3p004937)が口を開く。
「同情に値しない極悪人であった……けど、死者は静かに眠らせておくべきものよ。
 例え其れが模倣の泥人形だとしても、魂の冒涜は許さない。そうよね、レイリー?」
 リアの記憶に焼き付いている、ショッケンのもつ独特な旋律。傲慢で汚くて、けれどまっすぐに何かを追い求め、追い求めたのに目標を見失ってしまった迷子の旋律。
 目標のために手段を選ばなかった者が目標を見失ったという、もしかしたらありふれた悲劇。
「奴の存在は、蛇足だ。蛇足は切り落とさなければならない」
 『ショッケンが倒せなかった女』レイリ―=シュタイン(p3p007270)は両腕をかざし、両手を開き、グッと拳を握りしめた。
 腕各所が開いて武装を展開。盾と槍がそれぞれ握られ、格納されていた装甲が胸周りや腰回りを覆っていく。
「ショッケンは死に、モリブデンは生まれ変わり、ブラックハンズも新しい役目を得て彼らなりに生きている。だが……私はどうだ」
 幾度もぶつかり続けて、それでも『ショッケンが倒せなかった女』。
 それは、どういう意味だ。
 私は誰だ。
 今何者かになろうとしたのは、自分だったのではないか。
 その願いが、彼の名をこの場所に呼び出したのでは、ないか。
 そんなロールシャッハテストめいた考えがめぐる。
 答えはでぬまま、フロアの揺れはとまった。
 閉じられていた壁は巨大な歯車の運動によって開き、道が示される。
 道の名は――。

●何者にもなれない修道院、狡猾な懺悔室
 通路を進むエクスマリア。アンテナのように立てた二本の螺旋めいた頭髪の束が、わずかにみょんみょんと伸び縮みをしている。
 新手の触覚にも見えるが、本人曰くエコーロケーションを図っているのだという。
「どうやら……この先、分岐がいくつも続いているようだ、な」
「迷路、ってことね。行き止まりはわかる?」
「もちろんだ」
 イーリンはエクスマリアの話すとおりに簡単な図面を書いて、行き止まりにはいらないようにと移動を続けた。
 とはいっても左右分岐のみならず階段やハシゴといった上下の分岐も多くあり、進んでいるうちに自分たちがどっちに進んでいるのか、そしてこの道が本当に正しいのかどうかわからなくなってくる。中には曲がるくねって移動した結果もとの場所にもどったなんてこともあった。
 普通なら戻ってしまったことにも気づけないほど景色が紛らわしいのだが……。
「ふむ。ループしたな」
 レイリーは強い確信をもってそう言うと、イーリンがつけていたマップを指でなぞるようにして順路を示した。
「このルートで移動してきたようだ。ひとつ分岐を戻ってこっちのルートへ入るのが正解らしいな」
「本当に心強いわね、『超方向感覚』」
「役立つ状況は少ないがな」
 肩をすくめ、再設定したルートを進もう……としたその時、アルテミアの額にキュンと白い電撃が走った。
「止まって、敵対的な存在が近づいてきてる。すぐに会敵するわ」
 そうよね? と振り返るアルテミアに、リアは深くゆっくりと頷いた。
「負荷からして数はそんなに多くない。けど、かなりいびつな旋律よ。気をつけて」
 リアのアドバイスが正しかったと言うべきか。行き止まりだと考えられていたルートから数体の人型歯車兵が現れた。
 イグナートたちが身構える。
 いや、人型と表現してよいものだろうか。駆動する金属の多脚戦車にマネキンの胸から上がはえ、両腕と頭をぐるぐると無限に回転させているもの。
 あるいは見えない空中から見えない糸でつられながら手足を異常な角度でばたつかせる歯車だらけのマネキンたち。
「これが最初っから配置されていたとでも?」
「理由は分からないけど、戦わなきゃいけないのは確かみたいね」
 戦車が砲撃をはじめ、マネキンたちが両腕や口を鈍色のチェーンソーに変えて駆け寄ってくる。
「出番、か」
 刺幻は剣を抜き、空を薙ぐように切り裂いていく。
 接近する兵隊のひとりが斜めに切断されて崩れ落ち、その一方でセララが盾を斜めにかざすことで戦車の丸い砲弾を受け流す。
「この距離なら……セララストラッシュ!」
 盾をオープンにして繰り出す剣。
 迸る魔法の光が戦車に命中し、更にフレイは片目を覆うような姿勢から『黒閃雷』を発動させた。
 黒き閃光が迸り、多脚戦車を貫いていく。
 崩れ落ちる戦車。
 ミーナは飛びかかってきた兵士のチェーンソーを剣によって打ち払い、返す刀で腕と胴体をそれぞれ切り裂いていく。
 更に高速で戦車へ詰め寄ると、上からはえていたマネキン部分へ剣を突き刺した。
「さて……」
 剣を引き抜いた時には、敵はもはや動かぬガラクタにすぎない。
 ミーナは剣を鞘へと収めると、仲間へと手招きをした。
「脅威は排除した。先へ進むか」

 迷宮を抜けた先に待ち受けていたのは真っ暗で曲がりくねった通路だった。
 木製の懺悔室めいた扉がいくつもついた、嫌みなほどに入り組んだ道。
 エクスマリアやアルテミアたちも警戒を怠らないが、あちこちに仕掛けられたワイヤートラップや重力感知トラップなどが牙を剥くかなりいやらしいゾーンだ。
 だが、そこは百戦錬磨のイレギュラーズである。
「感知式が軸ということは、その場でかかる事が確定するように仕組まれた罠のはず。
 ならば罠本体は感知装置の前後に存在するのが殆どね」
 イーリンは罠を誤作動させるために重い石を放り投げながら進んだり、わざと光で照らしたりといったことを慎重に繰り返しながら罠を解除。プロ並み(というか実際これで度々お金を貰っている)の手際で罠を解除しながらゆっくりと進んでいった。
 ある意味、このフロアはイーリン一人勝ちのフロアであった。
 すべての罠を解除した先。イーリンたちがたどり着いたのは……。

●模倣的ブラックハンズ
 全員が突如として、そして強制的に転送された。
 罠だらけのフロアを抜けた先。円形のチャペルめいたフロアが突然暗転し、おどろおどろしく大量の歯車に浸食されたチャペルへと変わったのだ。
 異常はそれだけではない。転送されてきた彼女たちを待ち構えるかのごとく、歯車だらけのマネキンたちが周囲を取り囲み一斉に襲いかかろうとしていた。
「フォーメーションS! 全方位に防御、迎撃!」
 囲まれたと知ってからのアルテミアの行動は早かった。
 混乱しそうになった仲間達に素早く統率を取り戻し、襲いかかるマネキンの剣を短剣で防御。青い炎を纏った細剣によって打ち払う。
 頭上をとったマネキンが小銃を乱射するも、天空を指さした刺幻が――。
「【エメスドライブ】認証、術式展開。『婆娑羅』が如く、戦場に歌舞く。乱れろ、我が手中に数多よ踊れ!」
 発動させた術式によって兵隊を迎撃。
 砕け散る破片をあびながら、刀をかざし次なる攻撃に備える。
「司書殿に責を投げたのだ、私も尽力せねばなるまい」
「こっちは任せて! ミーナちゃん、行くよ!」
 隊後方へ反転して剣を構えるセララとミーナ。
 セララが迸らせた魔法の力を大上段から打ち下ろすように振り込むと、直後にミーナが切り開かれた敵集団へと飛び込んだ。
 抜刀。青い軌跡をひいた回転斬りが敵兵たちをまとめて切断していく。
 防御も回避も構うことのない強引なまでの斬撃に兵士達が警戒の射撃を加えるも、ミーナは踊るようにそれを回避。
「レイリー、フレイ、そっちは任せた! 私達はこのまま後ろを見る!」
「心強い」
 レイリーは展開した武装をそのままに、隊前方の敵兵へと突撃しながら吼えた。
 自由意志すらもたない人形たちでさえ注目してしまうほどのレイリーの『圧』に、周囲の人形たちが次々と掴みかかる。
「一人ずつそぎ落としていこう」
 黒閃雷がパチンと指を鳴らして『黒閃雷』を放つと、マネキン型の兵隊たちを閃光が矢のように貫いていく。
 そして、イーリンたちを守るように片腕を水平にかざし、まだこちらに敵意を向けたままでいる兵達に不敵な笑みを返した。
 ここから先は通さないと言わんばかりに。
 取り囲むことで有利を得たはずの歯車兵達は、こうしたレイリーたちの素早い応戦によって出鼻をくじかれ、その数を急速に減らした。
 数が減り混乱もなくなれば、もはや有利はない。
 イーリンは『カリブルヌス・改』を髪や血液内に蓄積した魔力を用いた詠唱キャンセルによって発動。防御しようと試みる兵達を強引に吹き飛ばし、壁に叩きつけていった。
「では、この先へ、通させてもらおう、か」
 エクスマリアは大きな扉の前に固まって防御する兵隊たちへ一歩二歩と踏み込み、イグナートの攻撃によって打ち倒された兵隊を踏みつけた。
 頭髪を頭上で球形にかため、暴力的な電撃を溜め込み始めるエクスマリア。
 その一方ではリアが青白く光るバイオリンを顕現させ、剣をその弦へと添えていた。
「――『雷迅のフェローチェ』」
 リアの身体を駆け巡り、指先から放たれる電撃。それはエクスマリアの放つ電撃の弾とあわさり巨大な雷の龍となった。
 歯車兵たちはそれを打ち払おうと抵抗するも、もはや豪雨に流れる枯葉のごとし。後方の扉をぶち破るほどの勢いで吹き飛び、バラバラに砕け散っていった。

●何者にもなれなかった男
 ぱち、ぱち……と遠い暗闇から拍手の音がした。
「お見事。この迷宮までたどり着けるだけのことはある」
 暗闇から聞こえる声は、確かに彼……ショッケン・ハイドリヒのものである。
 エクスマリアは壊れた扉をくぐり、暗い通路へとあえて進んでいく。
 闇に紛れた不意打ちなど彼女に意味をなさないからだ。それをショッケンもわかっているのだろう。打っていた手を止め、胸を反らしてエクスマリアを『見下ろした』。
 ガコン――というレバーの重い音と共にスポットライトがおり、ショッケンの姿が照らし出される。
 それは巨大な蜘蛛型歯車兵器に半身を埋め込み、無数のアルキメデスレーザーを搭載したかつての改造ショッケンそのものであった。
「醜い姿に、なったものだ、な」
「そうか? 美醜に詳しくはないが、随分と豪華で強そうではないか」
「そう思えるなら、その姿を使いこなせない証拠、だ」
 エクスマリアはあえて頭髪を頑強な構造に変え、巨大な蜘蛛のように脚を作って自らを持ち上げる。金色の女郎蜘蛛のごとき姿となったエクスマリアは、ショッケンへと指をさす。
「所詮は偽物。お前に向ける言葉も、2つだけ、だ。『はじめまして』、『さようなら』」
「なら私もそうしよう。『はじめまして』、『さようなら』」
 ショッケンのアルキメデスレーザー発射板が周りの仲間達をターゲットし、一斉に熱光線が発射される。
 エクスマリアは対抗して電撃を周囲に放ち、カウンターヒールを展開。
「リア――」
「分かってる。任せて」
 リアは走りながら幻想バイオリンを奏であげる。
「――『神託のコンフェシオン』!」
 優し旋律がリアの目を金色に、吹き抜ける爽やかな風を黄金に幻視させる。
「しばらく回復で粘るわ。皆の体力が尽きる前に発射板を潰して」
「了解」
 イーリンは『紅い依代の剣・果薙』を両手でしっかりと握り込むと、戦旗に魔力の電流を流し込んでいった。
 はためく波が力となり、ショッケン――いやアルキメデスレーザーのパネルへと放たれた。
「砲塔から打ち落とすか。よかろう……!」
 対するショッケンは次なる砲撃を察知して蜘蛛脚のひとつを振り回すことでイーリンたちを攻撃。
 飛び退こうとしたイーリンを伸ばしたパワーアームで掴むと、壁めがけて放り投げた。
 回転する歯車に激突――するかに思われたその時。
 横から飛び込んだレイリーがイーリンの身体をキャッチ。
 両足から展開したホイールを回転させると、イーリンをその場に残して走り出した。
「細工は流々――レイリー、再演の時間よ」
「ああ……さぁ、決着をつけよう! ショッケン・ハイドリヒ!!」
 急加速によって突っ込んだレイリーを、ショッケンはパワーアームによって殴りつける。
 盾の防御を打ち抜くほどの威力だが、レイリーは盾をあえてパージして懐へ潜り込んだ。
 両腕から湧き出た流体金属ナノマシンが広がり、巨大な籠手を構築。さらなるショッケンのパンチを正面から受け止める。
「小癪なマネを。時間稼ぎのつもりか」
「そのつもりだ。お前にとっては致命的だな?」
 首をかしげて片眉を上げるしぐさをしてみせるレイリー。
 ハッと目を見開いたショッケンのすぐ後方で……。
「【魔砲】認証、詠唱受諾。『婆娑羅』、蔓延する偽りを、魔王の下に討滅せよ。【魔刀・婆娑羅】……放て!!!!」
 派手に抜刀した刺幻が、そのエネルギーをまっすぐに飛ばしてショッケンのアルキメデスレーザーパネルを二枚まとめて破壊。
「くっ――!」
 一枚を反転させ刺幻へレーザーを発射するも、割り込んだリアの治癒フィールドがダメージをリカバリーしていく。
 刺幻やイグナートたちへぶつかったレーザーが拡散して部屋のあちこちへと撒かれていく。
「残り二枚。一枚は任せたぞ」
 ミーナはアルテミアへ顎上げてみせることでジェスチャーすると、自分は空中に浮かぶ右側のアルキメデスレーザーパネルへと走った。
「させん!」
 ミーナをしっかりと狙って打ち込まれたレーザー……が、不意をついたような跳躍によって回避される。
 ミーナは真下を光の線が走って行くのを反転してながめながら空中で宙返りをかけ、見えないパネルを踏んでまっすぐに飛んだ。
 剣を振り抜き、パネルとすれ違っていくミーナ。パネルに斜めの線が入り、バキンと音を立てて割れる。
 その一方で、細かいレーザーを乱射されていたアルテミアは青い炎を纏わせた剣を振り的確にレーザーを弾いていた。
 距離はみるみる縮まり、必至になって全力投射したショッケンに対し剣をかざすことで強引に突破。
 数メートルの距離から投擲された短剣がパネルに突き刺さり、それもまた崩壊させてしまった。
「これでラスト」
「しまった――!」
 メインの攻撃手段を失ったショッケンは焦った様子で蜘蛛脚を振り回し、新たな武装を展開――しようとするが、フレイはその動きを予め読んでいた。
「そこだ」
 パチンと指を鳴らし、ショッケンが動いた位置へと指を向ける。
 地面に仕込まれていた魔力地雷が解き放たれ、無数の黒き閃光が天井めがけてつき上がっていく。
 まるで無数の槍によって突き刺されたかのように動きを止めるショッケン。
「き、さま……!」
 むきになってフレイへと掴みかかろうと腕を動かすショッケンを、セララの剣がまっすぐに切り抜けていった。
 蜘蛛脚のうち数本が切断され、がくんと体勢を崩す。
「これで終わりだよ――セララスペシャル!」
 返す刀で繰り出された斜め上から打ち下ろすような斬撃が、赤い魔法のしぶきをあげてショッケンの肉体を袈裟斬りにしていく。
 開いた目は白く濁り、ショッケンはその場に崩れ落ちた。
「ボクたちの大勝利! だね!」
 ぶい、と二本指を立ててみせるセララに、仲間達は笑顔で応え――ようとした、その時。

「まだだ!」
 あのときのように、『彼』はそこにいた。
 ガラクタと化し、土塊へとかえっていくショッケンだったものを踏みつけ、レイリーは視線をあげた。
 途端に周囲の風景は晴れ渡る青空と破壊された町となり、前方には首都スチールグラードの外壁にめりこんだまま傾き動きをとめた歯車大聖堂(ギアバジリカ)。
 遠近感が狂うほどの巨大な建造物の、その頂点に、彼はいた。
「まだ終わっていない!」
「そうだとも」
 レイリーは、少しだけ笑って言った。
「ここからが本番だ、ショッケン・ハイドリヒ!!」

●VSショッケン・ハイドリヒ
 『ホルスの子供達』。それは死者の名と偽造された魂でできた偽物の命たち。
 しかしその名を、願いをこめて呼んだなら。
 思いを込めて呼び込んだなら。
 もしかしたら、偽物はほんの一時だけ、本物になりえるのかもしれない。
 それは死者蘇生とは全く異なる、いわば自分との戦い。
 自分の中に眠る死者たちの記録が。自分が踏み越えてきた死者たちの過去が。あるひとつの目的のためだけに、今再び焼き付けられるのだ。
「うおおっ……!」
 右腕を振り上げるショッケン。
 ギアバジリカのパーツがダイナミックに分解され、あまりにも巨大な腕となってショッケンの動きに合わせて動き出す。
「ミーナちゃん、アルテミアちゃん! 来るよ!」
 セララは剣に目一杯の魔法を込めて、魔法の光で巨大な剣の形をとった。
「これは本気でかからないと潰されそうだな。物理的に」
 ミーナもまた自らの力を最大限に剣へ込め、振り込まれる瞬間に備えて引き絞る。
「そんなのナシ……なんて言ってられないわね!」
 そしてアルテミアは両手に握り込んだ剣から青い炎を吹き上げ、ふたつを組み合わせることで巨大な炎の剣へと変えた。
「受けよ、我が無念!!」
 振り下ろされた巨大な拳のプレッシャーたるや、たとえるならダンプカーが自ら加速しながら突っ込んできたようなものである。
 対してセララとアルテミアは巨大化した魔法の剣を交差させるようにスイング。
「雷鳴一閃! ギガセララブレイク!」
「焔纏――千裂!」
 X字に交差した斬撃が巨大なこぶしにめり込み、その中央めがけてミーナがまっすぐに突っ込んだ。
 砕け、崩壊し、岩のシャワーとなって降り注ぐ。
 一方のショッケンはといえばギアバジリカの頂上。つまりは屋根の上から左手を高くかざして手のひらを開いた。
 するとショッケンに応えるかのようにギアバジリカ各所が砲台を展開。エクルマリアたちをターゲットする。
 エクスマリアとリアは顔を見合わせ――。
「耐えられそうか」
「10秒くらいなら?」
 一斉砲撃。
 対して、一斉治癒。
 弾幕と弾幕がぶつかり合い、破壊と再生を高速で繰り返してく。
 まるで前進が大きく波打ったかのような反動をうけつつも、イグナートたちは歯を食いしばって耐えた。
「あの時、あたしが聴いた彼の音色。
 何者にもなれなかった男の……彼だけの、彼にしか奏でられない旋律よ。
 偽物風情が魂を穢しやがって!
 その名を天に還して、さっさと砕けろ!」
 頭髪を広く伸ばして強力な治癒フィールドを作るエクスマリアの横で、リアはあえて攻撃に転じた。
 砲撃の中を掻い潜るように、リアの奏でる特別な旋律が風となり雷となり走って行く。
 まるでもう一人の半透明なリアが砲弾の雨を足場にして次々に飛んでいくかのような幻影をうつし、最後にはショッケンの目の前まで飛び上がって強烈な回し蹴りをたたき込んだ。
 無論幻影。強烈な風圧と電撃が見せたまぼろしだが、ショッケンが衝撃によってギアバジリカの屋根の上を転がったのは事実。
 フレイと刺幻はその間にギアバジリカにかかった瓦礫のやまを駆け上がり、立ち上がろうとするショッケンへと狙いを定めていた。
「こちらで隙を作る。あとは頼んだ」
 フレイは残りの限られたエネルギーを自らにおろして耐久力を大幅に底上げすると、『黒閃雷』をショッケンめがけて連射した。
 無数の瓦礫を吸い寄せて作った鎧で閃光を耐えるショッケン。
 そこへ刺幻の『魔砲』が強烈な遠隔斬撃となってはしった。
「ぐっ……!」
 装甲が強制的に破壊され、のけぞるショッケン。
 屋根を突き破って飛び上がったパイプオルガンが突如分解され、ショッケンの肉体へと融合していく。
 ねじ曲がった金色の管から放たれる砲撃が、フレイや刺幻たちへと浴びせられる。
 だがその隙に、イーリンとレイリーはショッケンと同じ高さまで這い上がっていた。
「思い出せ! 記憶になければ新たに刻め!
 お前の誇りを! お前の名を!
 そして――私の名を!」
「……」
 振り返るショッケン。
 頑強な怪物となった腕を振り込む彼の拳と、流体金属によって頑強さをもったレイリーの拳。その二つが正面からぶつかり合って火花を散らした。
「レイリー……シュタイン……!」
 彼女が望んでいわせたのか、それとも刻み込まれた魂の咆哮か。
 どちらでも構わない。今は――。
「終幕に相応しいコールだわ」
 イーリンの戦旗の先端が、ショッケンの胸に押し当てられた。
「これはっ」
「――『カリブルヌス』」
 ドッ、という文字表現では到底表せない。金属の集合が、肉の塊が、魔法の障壁が、その一切合切が一瞬にして粉砕され燃え尽き、塵となってなお焼かれ消えていく音。
 完全なオーバーキルによって、ショッケン……いやショッケンの名を奪った『ホルスの子供達』は破壊されたのだった。

●そして今がある
 ふと気づけば、十人の仲間達はみなクリスタル迷宮のなかにいた。
 長い通路の途中。なにもない通路のただなか。
 だが、それでいい。
 いつだって、過去はなにもない時に追いついてきては足首へと手を伸ばす。
 それを蹴り飛ばして、あるいは引きずって、前へ進むのだ。
「ショッケン・ハイドリヒ。お前を乗り越えて、私は征く」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

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