シナリオ詳細
彷徨える砕氷船。或いは、サザエの殻は非常に硬い…。
オープニング
●彷徨える鉄帝軍人
海洋国家のとある海上。
鋼鉄の装甲に覆われた巨大な船……砕氷船の甲板には揃いの軍服に身を包んだ男たちが立っていた。
彼らはいずれも半透明。
ゴースト、とそう呼ばれる類の者たちだろう。
そのうちの1人。周囲の者たちのものとは多少意匠の違った軍服を身に纏った大男が『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)を見下ろし告げた。
『まったく、このような寒い時期に、海上を彷徨うことになるとは不運であるな』
「えぇ、本当に。でも、おかげで助かったのです」
毛布にくるまり寒さに震えるユリーカは、そこではてと小首を傾げた。
この寒い時期に、どうして自分は小舟で海に乗り出したのか?
その辺りの記憶がはっきりしないのだ。
けれど、しかし……。
(まぁ、たぶんこの人たちに呼ばれたのでしょうけど)
何しろ目の前に立つ彼らは皆、死者のようだ。
この広い海、偶然に彼らの砕氷船の前を流れ、救助される確率とは一体どれほどのものだろう。
ユリーカの予想を肯定するように、ゴースト……艦長と呼ばれている大男はおもむろに口を開いて告げる。
『時に、君は先ほど新米の情報屋と言っていたな。つまり、誰かに情報を提供することを生業としている。そうであるな?』
「んん? それはもちろん、そうなのです」
新米であるかどうかはともかくとして。
ユリーカの返答を聞いた艦長は、表情を明るくしてこういった。
『で、あるならば誰かに我らの存在を伝えてほしい。我らはこの海より帰還したいのだが、アレのせいで難しくてな。恥ずかしながら手助けを頼みたいのだ』
と、そんなことを言って。
艦長は船の前方、遥か彼方を指さした。
薄暗がりの中、目を凝らすユリーカ。
果たして、その瞳に映ったものとは……。
「……巨大な、サザエ?」
『然様。付かず離れずこの船について回るのだ。まったく、忌々しい……っと、すまないな。そろそろ夜が明けてしまう』
よろしく頼む、と。
そう告げて、艦長及び軍人たちはすぅと姿を消し去った。
●サザエの殻は非常に硬い
「というわけで、皆さん、サザエは好きですか?」
ボクは嫌いになったのです。
そう言ってユリーカは、サザエの殻をペンチで挟んで砕き割る。
ユリーカの前には殻に収まったサザエが多数。
そして砕けた殻の欠片が散乱していた。
殻を割るのに難儀しているようだ。
「依頼の内容としては、幽霊軍人たちと協力して巨大サザエを討伐すること。……なのですが、どうにもあの巨大サザエもゴーストのようなのです」
ゴーストの軍人が追う、ゴーストのサザエ。
或いは、ゴーストの軍人を追う、ゴーストのサザエ。
どういった関係性かは不明だが、艦長の話を聞く限りではサザエと軍艦はセットのようにも思われる。
彼らがどれほどの期間、海上を彷徨っているのかは不明であるが……。
「見たところ10年以上……ともすると20、30年以上も彷徨っていたかもしれないです。大砲も使えるのは4門ほどでしょうか」
残りは破損し、まともに機能しないようだとユリーカは言う。
今回の依頼の内容と戦場を考えるに、主な活動範囲は船の上となるだろうか。
サザエに肉薄できるのであれば、それに取りつくことも可能かもしれないが。
「サザエの殻は非常に頑丈なのです。殻をどうにかしなければ、まともなダメージを通すことも難しいのです」
大砲による砲撃だけでは、殻にヒビを入れるだけでも10発は撃ち込む必要があるだろう。
また、サザエもただ黙って砲撃を受けるだけではない。
「サザエの攻撃には【ブレイク】や【懊悩】、【暗闇】がついているです」
サザエは砕氷船が移動を開始すると、付かず離れず付いて来る。
けれど、船が南方へ進路を変えた時だけは積極的に攻撃を仕掛けてくるらしい。
「……南方? そちらに何かあるのか?」
と、そう問うたのはオライオン(p3p009186)であった。
落ちていたサザエを1つ手に取り、彼はそれをじぃと眺める。
「分からないのです。ちなみにサザエが襲って来るのは砕氷船だけなのか、それとも他の船もなのかも分からないのです」
とにもかくにも、サザエの殻は硬いのです。
なんて、言って。
ユリーカはサザエの殻をペンチで割った。
- 彷徨える砕氷船。或いは、サザエの殻は非常に硬い…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年01月14日 22時01分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●その船はどこへ行く
しんしんと冷たい雪の降る夜だ。
老朽化の進んだ砕氷船。
その甲板の片隅で『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は紫煙を吹かしつつ問うた。
「南にいったい何があるのか。それとも帰路を塞いでいるだけなのか。艦長、アンタならわかるんじゃないか?」
咥えたパイプに白い体毛。2メートルを超える巨体の白熊のような彼の視線を真正面から受け止めて、艦長は帽子の縁に手をかけた。
「それが、記憶が曖昧なのだ。我々がなぜ、ここにいるのか。奴がなぜ、我らの帰路を塞ぐのか……ただ、故郷へ帰りたい。そんな想いだけが胸の奥に燻っている」
「そうかよ。まぁ、いいさ。あんたらをきっちり軍港まで送り届けてやっから、こんなとこでくたばんじゃねぇぞ?」
ふぅ、と紫煙を吐き出してエイヴァンはにやりと笑うのだった。
砕氷船と、そして『幻耀双撃』ティスル ティル(p3p006151)の小型魔道船が波を割り、小島のような巨大サザエに近づいていく。
砕氷船に乗る船員たちも、巨大サザエもゴーストだ。
操舵輪を握るティスルは、サザエを見上げぽかんと口を開いて告げる。
「うっわあ、本当に島みたいなサザエがいるー」
「これはまた見事に美味しそうな幽霊で……まぁ貝の魂に味があるかは全くの不明ですが」
『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)の本性である夢魔の状態であるならば、ゴーストのサザエも、船員たちも喰らえるだろうか。
砕氷船から見て南側。
船員たちの話では、サザエはいつもその位置にいるという。
船が進路を南へ向けて、サザエに近づいたことによりソレはいよいよ動き始めた。
サザエが向きを反転させたその拍子、海面が大きく揺れて、利香が小さな悲鳴をあげる。
「あのサザエは本当にサザエのゴーストなのかしら、どうかしら? ふふふ、まぁわからないわよね」
海がいかに荒れようと、船がどれほど揺れようと、精霊を引き連れ空を舞う『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)には関係ない。
彼女はただ悠然と、眼下のサザエを見下ろすのみだ。
「まずはサザエ狩りだー! 行くよ、さん、にい、いち……」
砕氷船へ合図を送り、ティスルはカウントダウンを開始。
『撃ぇ!!』
艦長の号令に合わせ、4門の砲台が火を噴いた。
「今っ!」
大砲の弾が、サザエの殻に着弾。
轟音と、火炎を散らす。
その瞬間、ティスルと、そして『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が小型船からサザエへ向けて跳躍した。
「ゴーストがゴースト退治を依頼するなんて、何だか珍しい依頼ね……兎に角、あのサザエを調理するわよ!」
鍬を振り上げ、跳んだイナリはサザエの殻に脚をかけ、着弾地点を目掛けて駆ける。
刹那、氷が砕けるような高い音が周囲に響いた。
目にも止まらぬ疾走と、一閃される鍬の一撃により殻の一部が砕けて散った。
けれど、浅い。
4発の砲弾と、イナリの一撃だけでは、まだ足りない。
「ゆ、幽霊が相手、なのです……? こ、怖くなんかありませんわ!? な、殴れるなら大丈夫ですもの!」
2人の後を追い『物理型お嬢様』碧紗(p3p008350)が殻に飛び移る。
その手には1本の槍。
狙う箇所は砲弾が着弾し、イナリが穿った殻の中央付近である。
「巨大なサザエのゴーストか……つくづく驚かせてくれる世界であることを認識させられるな」
『元神父』オライオン(p3p009186)の放った火炎が、サザエの殻に火炎を灯す。
小島のような巨大なサザエだ。
口も無いような生物であるため、炎に焼かれ悲鳴を上げることもない。
小型船の甲板で『アンラッキーハッピーガール』リズ・リィリー(p3p009216)は、懐から宝石を取り出した。
それは血を塗り固めたかのような紅色。
彼女が“魔法少女”ラブリー☆ラズベリーへと変身するためのアイテムである。
「サザエと言えば壺焼き! それを肴にお酒をキューッと! むふ♪」
当の本人は、年齢23歳と少女というにはちょこっときついお年頃である。
当然、お酒もOKな年齢だ。
そう。
サザエは硬いが、あれでなかなか酒に合う。
●殻を撃ち砕け
紅色の燐光がリズの身体を包み込む。
「らぶりー ちぇんじー らずべりー ちーるはーと あんぶれいくっ」
螺旋を描き、足元から頭部へ向けて光の渦が駆けあがる。
爪先、スカート、胴、胸、指先と纏わりついた。
形成される衣服は、フリルやリボンの満載された“いかにも”なものだった。
「不運に負けずにキラメキシャイニー! 魔法少女!!! ラブリー☆ラズベリー!」
黒いグローブに覆われた腕を顔の高さに掲げてピース。
キラキラとした光を振りまき、バチっと笑顔&ウィンク。
「ピカッと参上! ヨロシクねっ♪」
僅かに引き攣った口元。
朱の散る頬。
照れをごまかすかのように、彼女は手にした短剣をサザエ目掛けて一閃させた。
リズの放った燐光が、サザエの周囲を取り囲む。
形成されるは封印術式。
サザエのスキルを阻害するための一手であった。
「船を寄せろ。サポートは俺がしてやる。一砕氷船を操る軍人として他人の気もしないんでな。さぁ、リズに合わせろ! 砲弾を撃ち込め!」
砕氷船の船首に駆け寄り、エイヴァンが叫ぶ。
【メイドインメイド】を付与し万全の体制を整えた彼は、サザエの攻撃から砕氷船を守る壁となる心算であった。
その身を盾に……彼の覚悟を艦長はじめ船員たちは誰もが正しく理解した。
『よーそろー!!』
だからこそ、彼らは揃って応と返した。
海の男の覚悟や想いを、裏切る真似は出来ない。
『砲塔を向けろ……狙いを付けろ。タイミングを合わせ……撃てぇっ!!』
艦長の号令と共に、4門の大砲が火を噴いた。
風を切り裂き、鋼の砲弾が疾駆する。
けれど、しかし……。
『――――――――――――――!!』
サザエの周囲を囲むように、吹き上がった海水が砲弾を飲み込みその勢いを減衰させた。
大波に揺られ、砕氷船が大きく傾く。
迫る大量の水柱がエイヴァンを飲みこむ、その直前……。
「やらせはしねぇ!」
氷を纏った大盾と、その身を盾に彼は水柱を受け止めた。
サザエの殻を這いあがるのは、水に濡れた1人の少女。
「……携行品って便利ですね 泳げない私でも泳げるようになるんですから」
髪も服もびしょ濡れのまま、利香は両手でしっかとワイヤーを握りしめる。
そうして、着弾地点に辿り着いた彼女は手にした剣を頭上へ掲げた。
「っし、到着……こいつが二枚貝だったらパかッと空いて楽だったんですけどね」
迸る紫電がその身を包む。
剣に宿るは桃色の魔力。
大上段より放たれたその斬撃は、桃色の軌跡を描き殻を打った。
一撃では、殻を僅かに削ることしか叶わない。
で、あるならば……。
「殻を割る程鋭い物ではないですが衝撃と熱を与えて少しずつ硬い殻を脆くして見せます!」
2撃、3撃と刃を当て続ければいい。
空気の爆ぜる音がして、利香の周囲に電気が散った。殻の表面を奔るそれを厭ってか、サザエはゆっくりと、その身を海中へと沈めていくが……。
「硬くても叩いていればいつかは割れるの」
「1点集中!!」
殻の上部より駆け下りて来たティスルとイナリは、同時に剣を一閃させた。
光の速さで放たれるティスルの斬撃。
駆ける速度を上乗せした、イナリの斬撃。
タイミングを合わせて撃ち込まれたそれが、サザエの殻に僅かな……けれど、確かな罅を走らせた。
砕けた殻が飛び散って。
その衝撃は、殻の内部にまで到達したのだろう。
身を悶えさせるように、サザエはその巨躯を左右へと揺らし、盛大な水しぶきと共に海中へと沈んでいった。
激しく揺れる足元に、頭上から降り注ぐ海水の飛沫。
翼を広げ、離脱したティスルはともかくとして、空を飛べないイナリの身体はその衝撃で宙へと放り出されてしまう。
「っ⁉ 捕まってください!」
ワイヤーを握った利香が咄嗟に手を伸ばすが……その指先は、イナリの腕を掠めて宙を引っ掻くばかり。
届かない。
金の髪を風に靡かせ、海へと落ちていくイナリ。
沈むサザエの起こした海流に飲み込まれれば、そのまま海の深くにまで引きずり込まれてしまうだろう。
そうなれば、復帰には長い時間がかかる。
「イナリさん!!」
翼を畳んだティスルがイナリを追いかけるが、直後吹き上がった水しぶきに打たれ、彼女の身体は殻に強く打ち付けられた。
「2人とも、攻撃を続けて!」
自分は大丈夫だから、と。
イナリが笑った、その刹那……。
「フィニクス、ジャバウォック、精霊達……行きましょう」
紅色の軌跡を描き、降下したのはフルールだった。
彼女の周囲を舞う輝きは、不死鳥、兎、蛇、蛸、仔猫の姿を模した精霊。さらには、その背後に立ち上がる紅蓮の巨人が、その剛腕をイナリへ向けて差し伸べる。
「さてさて、本当に倒すの? 倒しても良いけど、この子が南方を守る理由は知りたいじゃない? 私はそのためにここにいるのだもの」
イナリの救助を終えたフルールは、沈みゆくサザエを見落ろしそう呟いた。
どうしてサザエは南への進路を塞ぐのか。
どうして、砕氷船と付かず離れず彷徨い続けているのだろうか。
そんな疑問が、彼女の心の奥深く……どこか大切な部分に引っかかっている。
だからこそ、彼女は問うた。
「サザエのお化けさん。聞こえてる? あなたは本当にサザエなの? それともサザエを模した誰かなの? 南に行かせたくないのはあの船だけ? それとも私達も?」
彼女の問いは、けれど空しく波と風に掻き消えた。
「っと、おい。平気か?」
「え、えぇ……やはり冬の海は冷たいですわね。まあ、熱いよりは幾分かマシではありますけど」
砕氷船に引き上げられた碧紗に向けてエイヴァンは乾いたタオルを投げ渡す。
タオル一枚で拭いきれる水量ではないが、何もしないよりはマシだろう。
「幽霊の相手はあんまりしたく無いですわね……それに、風邪を召さない様にしなくては」
血の滲む両の腕を一瞥し、碧紗はそう呟いた。
両腕の傷は、殻から転落する際に負ったものだろう。
彼女は落下しながらも、しかしサザエを攻撃し続けていた。彼女の連撃をもってしても、殻を砕くことは叶わなかったけれど、数ヶ所に罅を入れることは成功している。
「ですが……」
おぼつかない足取りで立ち上がった碧紗は、海面へと視線を向ける。
暗い海中に見える影。
沈んだサザエは、砕氷船の一定の距離を保ったまま動かない。これ以上、南へ進めば再び姿を現すのだろうが……。
「……何故南方への道を塞ぐ? 何故砕氷船を狙うのか」
甲板の縁に腰かけたまま、オライオンはそう問うた。
巨大なサザエの本性はゴースト。
ならば、彼の持つ【霊魂疎通】でその意図を汲めると考えたのだ。
「さぁ答えてみろ。その先に……何があるというのか」
静かな声が水面に落ちる。
砕氷船が南へ進む。
サザエの巨体が、ゆっくりと海面から浮上する。
その殻に奔る幾つかの罅。
砕け、へし折れたトゲ。
砲弾によって焼け焦げた痕跡。
夜の闇に浮かぶそのシルエット。
「近くで見るとやはりこの巨大さは異常だな。もはや食材としては見れんがな」
そんなオライオンの独り言。
その言葉を耳にした艦長は、頭痛を覚え目を閉じた。
オライオンは巨大サザエを指して「食材としては見れない」と言った。
けれど、艦長の想いはその真逆。
これだけ大きなサザエなら、船員も、基地の皆も腹いっぱいに食えるだろう、と。
そんな想いが脳裏を過る。
『船員……基地の皆……基地?』
基地とは、一体どこにある?
自分たちは、何のためにこの海域を彷徨っているのだ?
その答えは……。
『思い出した……』
病に倒れ、飢餓に苦しむ仲間たち。
血を吐き、倒れた上官の姿。
遥か南方。今はもう、海に沈んだ小さな島の小さな基地。
『我らの帰還する場所なんて……もう、どこにも残っていない。こいつを持って帰ったところで、誰も……』
仲間たちは皆死んだ。
高波に飲まれ、沈む基地を甲板から眺めたではないか。
持ち帰った巨大なサザエは、果たしてどうしたのだっただろうか。
あぁ、そうだ……。
『基地の傍に、沈めたのだ。先に旅立った仲間たちへ贈るため』
「……どういうことだ? サザエから、敵意のようなものは感じないが」
そんなオライオンの問いかけに、艦長は乾いた笑みを返した。
●硬い殻の護るもの
『長い時間の中で我らも、あいつも目的を忘れてしまった。我らは何のために南を目指しているのかを、あいつは何のために南を守っているのかを』
そう語る艦長の目には大粒の涙が溜まっている。
『いや、それはすべて我らのせいだったのかもしれない。サザエを沈めるその時、私は願ったのだ。どうか、この惨劇を忘れられるように……と』
その願いを、サザエのゴーストは汲んだのだろう。
サザエは死闘の末に打ち倒され、艦長たちによって基地へと運ばれた。サザエの思考は分からないが、ともすると艦長たちのことを好敵手と認めたのかもしれない。
『基地のことを忘れたいという我らの想いを汲んだサザエは、ゴーストとなった後にそれを叶えてくれたのだ。同じくゴーストとなってなお、目的さえ忘れ、海を彷徨う我々があの悲劇を思い出すことがないように……と』
けれど、今のサザエはもはやある種のシステムだ。
砕氷船を南へ向かわせないための盾。
思考することもなく、ただその命令を遂行し続けるだけのシステム。
しかし、艦長は思い出した。
自分たちに帰還する場所など無いことを。
帰りを待つ仲間たちなど、どこにもいないことを。
大切なことを忘れ、長い時をただ彷徨い続けたという事実を。
で、あるならば……。
『もう、ここで終わりにするべきなのだろう。我らも、あいつも』
そんな艦長の呟きを、エイヴァンは黙って聞いていた。
ふぅ、と紫煙を空に向けて吐き出した彼は、一言「そうか」と言葉を紡ぐ。
「だったら乗り越えてかねぇとな。乗り越えるべき壁……氷が分厚いほど燃えるってもんだろ?」
『あぁ。すまないが、協力してくれないだろうか?』
なんて、艦長の言葉を受けて……。
フルールが。
ティスルが。
イナリが。
碧紗が。
オライオンが。
一斉に海へと跳び出した。
攻勢に出たイレギュラーズを阻むべく、サザエが水の柱をあげた。
進路を阻まれた一行を追い越し、利香が跳ぶ。
掲げた剣に奔る稲妻が、その勢いを一層増した。
振り下ろされる斬撃が、水柱に穴を穿つ。
姿勢を崩し、海へと落ちていく利香は仲間たちへと親指を立てて合図を送る。
「ぜぇんぶ終わったら、サザエパーティと行きましょうか!」
その身は海に落ちるけれど、しかし彼女は役目を果たした。
「狙い、付けとけよ」
と、そう言ってエイヴァンは船首に歩み寄る。
その手に掲げた巨大な盾を氷が覆う。盾を、エイヴァンの巨体を氷が覆う。
まるで要塞。
堅固という言葉の体現。
甲板に押し寄せる波を、その身を挺して庇う彼の内臓が水圧に潰され悲鳴を上げた。
吐血。
骨の軋む音。
しかし、1歩たりとも後退することはない。
彼の矜持が、その1歩を許さない。
「一気に決めてやりましょっ♪」
そう告げてリズは、空中に短剣を泳がせる。
放つ魔光が陣を描いた。
それはサザエの身を覆い、スキルの使用を抑え込む。
降り注ぐ雨……否、崩れた水の柱の残滓を浴びながら、彼女は笑った。
「不思議だけど、爽快ねっ!」
「やっぱり……救いの手が、どちらにも必要だったのね」
「答えは得た。ならば後は、それを成すだけだ」
フルールとオライオンの放つ業火が、サザエの殻に着弾。
熱された殻が赤熱し、海水を急速に蒸発させる。
いかに殻が頑丈とはいえ、同じ場所に数度も攻撃を浴び続ければ砕け散る。
硬い殻が砕けてしまえば、柔らかな内臓が露出するのは必然だ。
一閃。
イナリの剣が、殻を打つ。
「貴方達の因縁もこれでおしまい、終わらせてみせるよ!」
一閃。
ティスルの剣が、殻を穿った。
刺突。
碧紗の放った渾身の突きが、殻を打ち破り……そして。
砕け散る殻の破片をその身に浴びて、ティスルとイナリ、碧紗は姿勢を大きく崩した。
その直後……。
『撃て! 撃てぇ!!』
響き渡る号令と、大砲が発射される轟音。
飛来する4発の砲弾は、正しく砕けた殻の内部へと着弾。
大爆発と共に吹き荒れる強い衝撃が、3人の身体を海へと落とした。
「ぶ、無事に終わりましたか……?」
小型船の甲板で、碧紗は茫然とそう呟いた。
火炎に包まれ、夜の闇に溶けていく巨大な影を見上げ、彼女は終わりを理解した。
「……彼らの冥福と、彼らの雄姿を記録しておきましょうか」
碧紗の隣で、同じく濡れたイナリが告げる。
その視線の先には、沈みゆく砕氷船と、ゆっくりと消えていく船員たちの姿が見えた。
見れば、血に濡れたエイヴァンがいつの間にやら小型船に乗っている。
敬礼の姿勢を維持したまま、消えていく船員たち。
エイヴァンもまた、彼らに敬礼を返した。
「安らかに」
と、オライオンは静かに告げて目を閉じる。
基地も、サザエも、砕氷船も。
同じ海へと沈んで消える。
この夜、彼らの長い航海は終わりを迎えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
サザエも、船員たちも、本来あるべきどこかへと静かに消えていきました。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
サザエと海の男たちの物語、お楽しみいただけましたでしょうか。
縁があれば、またどこかでお会いしましょう。
余談にはなりますが、年末に食べたサザエはとても美味しかったです。
牡蠣用のナイフを使って解体しました。
去年はペンチで砕いていたのですが、それに比べると格段に楽です。
ビバ・文明の利器。
GMコメント
サザエって食べるの大変ですよね。
そんな恨みを依頼にしました。
●ミッション
サザエ(ゴースト)の討伐
●ターゲット
・サザエ(ゴースト)×1
島のようにも見える巨大なサザエ。
その殻は非常に頑丈であり、大砲の弾なら10発は撃ち込まなければヒビさえ入らない。
砕氷船とは一定の距離を保って付かず離れず行動しているが、進路を南へ向けた時だけは積極的に襲いかかって来るようだ。
幽水砲:神遠範に中~大ダメージ、ブレイク、懊悩、暗闇
大量の水塊を撃ち出す。中心部分に近いほどダメージが大きくなるようだ。
・砕氷船×1
艦長と呼ばれる男性(ゴースト)が指揮を執る砕氷船。
長い年月、海を彷徨い続けていたようだ。
彼らはサザエの妨害を突破し、故郷に帰還したいらしい。
砕氷船には4門の大砲が積まれている。
夜が明けるまでに事を片付けてしまいたいらしい。
●フィールド
海上。
砕氷船上や、サザエの殻の上が主な戦場となるだろう。
時刻は夜中から夜明けにかけて。
月明かりや、砕氷船に積まれたライトのおかげで視界に不便はないだろう。
海に落ちると冷たい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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