PandoraPartyProject

シナリオ詳細

死臭に塗れた残滓

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 天義は強欲冠位の事件以降、頑強な面があった宗教体制に緩和を見せている――
 しかしそれは全ての過去が流れた訳ではないのだ。
 『かつて』とは永遠に存在し続ける。
 どれだけ時が流れようとも。
 その痕跡が消える事はないのだ――


 天義聖都フォン・ルーベルグから見て北東方面。山を越えて更に進んだ先には大きな湖があった。
 その中心には小島が位置しており……そこには島に沿って城壁の様な壁が築かれている。
 立派なものではない。あちらこちらに苔と草が茂っており、老朽化している痕が幾つも見える壁だ。もはや管理されなくなって久しいのであろう……壁に沿って往けば、やがて小舟を着ける事が出来る場所が見つかった。
 その先には壁内に入る事が出来るであろう唯一の扉があって。
「な、なんだこれは……酷いな」
 と、中に入った天義の騎士達は思わず鼻を覆った。
 ――死臭がする。
 壁の中には小規模ながら建物が一つ確認できたのだが、そこから嫌な臭いが醸し出されているのだ。彼らはこの島……『ナハト・ラグランジュ』と呼ばれる、かつて異端審問の拠点の一つとして使われていた地の『調査』に来た者達だった。
 ナハト・ラグランジュは元々不正義の疑いがある者、罪ある者が移送される場所だった。無論そこで取り調べなどが行われるわけだが……しかし密閉空間である事をいい事に、苛烈極まる異端審問が行われていたらしい。それこそ最早『拷問』というべきレベルの行いが。
 水責め、爪剥ぎ、鞭打ちなど日常茶飯事。
 外からは見えぬように覆い隠された壁と、湖と言う余人近寄れぬ場所である事が行いを更に加速させた。男も女も大人も子供も関係なく、この地に運ばれた者で出てきた者はいなかったとか……
 最終的には残虐な行いが聖都に露見しナハト・ラグランジュの異端審問グループは解体された。
 不正義を罰すとはいえ、あまりに惨いと……やがて異端審問グループの行為を精査し、施設そのものも取り壊す予定があったのだ――が。自らの内から湧き出た不正義――わざわざ臭い物には触りたくないとする者達の妨害や、強欲冠位の大規模な事件などが重なり後回しにされてしまっていた。
 そして遂に諸々が落ち着き調査の騎士が来た所で。
「おい、地下があるぞ。どうやらこの先が牢獄に繋がっているようだ」
「よし、灯りを付けて進もう。だが慎重にな?
 内部構造の資料も残っていないんだ……崩落の危険が全くないとは言えないぞ」
 そして一通り地上を見て回った騎士達は、建物の内部に地下へと続く階段を発見した。
 地上には異端審問官達の、かつての宿舎があった程度でめぼしいものはなかった。
 彼らの忌まわしい成果はきっと地下にある――
 そう思考し歩を進めれ、ば。

「んっ……おい。今何か聞こえなかったか?」

 最も前にて歩む騎士が立ち止まる。
「何――なんだ? 俺には何も聞こえないぞ?」
「いや……間違いない、聞こえる、聞こえるぞ!
 助けを求める声だ! もしかすればまだ生存者が……!!」
「おい、待て! どれだけの間閉鎖されていたと思っているんだ!」
 生存者などいる筈がない――言葉を投げかけるが、しかし騎士は突如として駆け抜けた。
 まるでこちらの声が聞こえていないかのように。
 暗き道を自ら走っていく。幾度も角を曲がれば、やがて後続は見失ってしまって。
「くそ! どうしたんだいきなり! アイツはこんな迂闊な奴じゃ……」
「離れるな! ここは未知の空間だ! ひとまずは奴を探しながら動いて――」

 タス、ケテ。

「ッ! な、なんだ今の声は! どっから聞こえた!?」
「はっ――どうしたんだお前も。声なんて何も聞こえな……」
「いや、聞こえる! 聞こえるぞ確かに! 助けを求める声が――」

 タスケ、テ。
 タ、スケテ。
 脳髄に響く声は幾つも。しかしどこにも対象の姿は見当たらない。
 切なる声が聞こえるというのに――それでも。
「うわああ……どこだ、どこにいるんだこの声の主は!!?」
 見えぬ『何か』からの声。
 まるで心を鷲掴むかのような言葉に駆り立てられた焦燥が――騎士をまた一人駆けさせた。


「――成程。そのナハト・ラグランジュなる施設に入った者が帰ってこない、と」
「ええ。本来なら追加の人員を派遣するべきなのですが……今の所、早急に編成できる数がいなくてですね。それで、是非ローレットの皆様にご協力いただければ、と」
 後日。天義にて話を聞いているのはギルオス・ホリス(p3n000016)である。
 閉鎖された異端審問施設――ナハト・ラグランジュ。
 そこへ向かった騎士達と連絡が取れなくなってもう数日だと。
「依頼の目的としては、騎士達の安否の確認でしょうか?」
「そうなります。内部で何が起こっているのかは不明ですので、こちらから情報を提供できるものが少なくて心苦しいですが……現地入りした後に、慎重に歩みを進めてほしくあります」
「建物は元々天義の所有物ですよね。内部構造の情報はないのですか?」
「残念ながら――元々秘匿性の高い施設であったからか資料が残っておらず。拘束されていた当時の異端審問官達も……アストリア枢機卿の乱のどさくさに紛れて解放されたそうで。あの事件で戦死したり、一部は逃亡していたりと……情報を持っている者がいないんです」
 まあ、だからこその『調査』でもあったのだろう。
 判明しているのは小島の建物には地下があり、そこが施設としても本命と目されているのだそうだ。牢獄に拷問部屋などが立ち並んでいるらしく、正確な規模は不明。相当な期間放置されていた施設でもあり――一般人の類は内部には当然いない。
 だからこそ分からない。なぜ騎士達が帰ってこないのか。
「それぞれ武装して者達です。仮に賊が紛れていたとしても一人も帰ってこないというのは……」
「不審ですね。分かりました……こちらでメンバーを編成し、探索に向かいます」
 いずれにせよ何らか不測な事態があったのは確かだ。
 何があっても大丈夫なように、英雄たるイレギュラーズに向かってもらうという訳で。
 さて――閉鎖された拷問島か。
「鬼が出るか蛇が出るか……」


 闇の中に生命の灯は無い。
 ナハト・ラグランジュの地下は死で満ちていた。牢獄の奥にあるのは白骨化した死体が幾つも。
 それだけではない。長期間放置されていたからか、骨に草がまとわりついていて――

 タスケテ。

 声が、した。
 誰かの脳髄に直接響くような声がした。
 骨が喋った? いや、そんな筈はない。生命の光はおろか物理的動きすら見えないのだ。
 しかし声は確かにした。
 どこから? そう、それは――

 タスケテ、タスケテ、イヒヒヒヒッ。

 その、骨に纏わり付いている『草』からだ。
 いや。草ではなく『薔薇』の蔦と言うべきだろうか。闇の中ではよく見えぬがしかし、もしも灯りを近付ければ薔薇であると分かろう。一見すれば普通の薔薇に見えない事もないが……違う。
 奴らは人を喰う草である。
 異端審問の際の道具として仕入れられた『食人草』だ。
 それは人の肉に根を張り、内側から激痛を齎すモノ。施設の閉鎖と同時に放置された期間に死肉を喰らって成長した、この独房――

 異端審問施設『ナハト・ラグランジュ』第一地下牢獄の支配者。

 人の脳髄から言葉を学び、惑わしの言葉をかけてくる肉喰らいである――

GMコメント

●依頼達成条件
 食人草の撃破。

●フィールド
 異端審問施設『ナハト・ラグランジュ』第一地下牢獄。
 内部は灯りが無いのでなんらかの光源を用意しておいた方がいいでしょう。
 じめじめとした湿度と死臭がそこかしこにあり、あまり気分のいい場所ではありません。

 それなりの広さを持ちますが、基本的には通路と、通路の左右に牢獄が立ち並んでいる構造が続いているだけです。後述の食人草はあちこちから襲ってきますので、ご注意ください。

●食人草
 外見上は薔薇に似ている存在です。
 元々は拷問用に仕入れられていたもので、この草は人の肉体に根を張り、やがて全身を内側から激痛と共に蝕んでいくものでした。異端審問グループの解体に伴って放置された期間、死体を栄養とし己を強化。
 今と成っては地下牢獄に根を張る巨大な存在と成ってしまいました。
 彼らは地下に迷い込んだ者の総てを喰らいます。肉も、そして――魂も。

 完全に魔物と化している食人草はテレパスの様なモノで皆さんに語り掛けてきます。
 タスケテ、という声を聞いてしまうと【怒り】もしくは【混乱】を付与される事があります。ただしこれらはプレイングや精神的に己を支える様なスキルがあると防げる確率が非常に高まります。

 弱点は花弁です。
 フィールドにある全ての花弁を処分すると撃破する事が出来ます。
 ただし『近』接の範囲で攻撃をすると棘を飛ばして『反』の効果を与えてくるようです。

 また、遠距離攻撃として、自らの種子を飛ばしてきます。
 クリーンヒット以上になると寄生され、ターンが経過するごとに『毒→猛毒→致死毒』と同じ効果を受けます。これは毒ではないので毒無効では防げませんが、規制された部位にダメージを与える事によって取り除く事が可能です。

●備考
 皆さんはシナリオ開始時、食人草の存在を知りません。
 勿論『魔物がいるかもしれない』という警戒はしていて構いません。ただし食人草の存在に如何に早期に気付けるかはプレイング次第となるでしょう。食人草がどのタイミングで本格攻撃してくるかは分かりませんが、奥に引き込んで殺そうとする動きを見せてきます。

  • 死臭に塗れた残滓完了
  • GM名茶零四
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月31日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
シルヴェストル=ロラン(p3p008123)
デイウォーカー
ガウス・アルキ・メデス(p3p008655)
翡翠の守人
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
ネリウム・オレアンダー(p3p009336)
硝子の檻を砕いて
久遠・N・鶫(p3p009382)
夜に這う

リプレイ


「……『異端審問』と名が付くモノは大体ロクでもない……というのは、世界共通なのかな」
 『デイウォーカー』シルヴェストル=ロラン(p3p008123)は小島に上陸し、辺りを眺めながら呟いた。異端審問――『違う』を問うという事。世界を跨いでもどこにでもある宗教的要素の一つだ。
 ……ここの異端審問はとうに崩壊したそうではあるが。
「しかしそれでも爪痕の残る地に長居したくはない――早々に立ち去りたいね」
「ああ、悪趣味な場所だ。とっとと仕事を終わらせてここからオサラバしてやろう」
 『翡翠の守人』ガウス・アルキ・メデス(p3p008655)もまた肌に感じる『嫌な空気』に舌打ちを一つ。依頼であればこそ仕方ないが、しかし淀んだ空気が未だに残っている気がすれば……やはりどうしても良い気分にはなれないものだ。
 だが、だからといって引き返す訳にもいかない。
 ――進める歩み。
 騎士達が消えたとなれば何か脅威があるとみるべきだと『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は推察し、地下に降りる前にランタンに明かりを灯して。
「依頼主の話によるとこの先から行方が分からないんだっけ……何がいるかは分からないけど、心配だね」
「うん――まさか天義にこんな場所があったなんて。まぁ今と成っては過去の遺物みたいだけど……とにかく騎士さん達を探して、帰りたい所だね」
 同時。『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)も頷きながら慎重に階下を眺める。
 薄暗い場所だ。鼠などの小動物がいれば使役して偵察とする事が出来るのだが……しかし、妙に見当たらないし気配も感じない。幾ら放棄された場所とはいえ、全くいないというのは不穏極まるものだ。
「まぁこういう事もあろうかと拾ってきてはいたんだけどね、ほら。行ってきな」
「放置されていたのもあるんでしょうけど随分と暗い通路ね。迷わない様にしておきましょ」
 故に道中で拾った蛙を使役して、それに己がギフトの炎を放ちて光源とする。それは痛みを感じぬ焔の加護だ――燃え広がりはしないが、光の源としては十分で。
 同時に『自堕落適当シスター』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は光によらぬ暗闇を見通す目を持って索敵代わりとする。灯りは頼りにしつつ、しかし灯りだけではカバーできな部分を彼女の目が見るのだ。
「……おかしい。生物はおろか精霊すらいないぞ。
 どういう事なんだ……? やはり『何か』いると見てよさそうだ」
 そして辿り着く地下牢獄。さすれば『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)が周囲の精霊達に騎士の情報が無いかと問う――が、肝心の精霊達が見当たらない事に気付いた。私達以外で生きている者がいれば居場所を、と思っていたのだが……
「精霊たちが怯える何かが、いるぞ」
「……騎士達が無事である事を祈るばかりだね。何が待ち受けていようとさ」
 周囲を警戒する『夜に這う』久遠・N・鶫(p3p009382)の目にはまだ何も映らないが、初めての依頼にして――想定よりも遥かに物騒な場所に来てしまったみたいだと思考していた。
 手にはランプを。突如の事態があっても問題ないように握って固定し辺りを照らし。
 目を凝らして先を見据える――多くの命が散ったであろう、嘆きの監獄を。
「へぇ……ここが『ナハト・ラグランジュ』……いいねぇ、凄く、凄く興味深い。何か資料の一つでも持って帰りたいくらいだよ。地下がまだ手付かずなら……何か残ってたりするんじゃあないかなぁ……?」
 そして『硝子の檻を砕いて』ネリウム・オレアンダー(p3p009336)は薄暗き壁に手を添えながら笑みを口の中に含んでいた。おどろおどろしい雰囲気――なんらかの研究が行われていた跡――ネリウムにとっては興味の対象として心を擽られる。
 何がいようと。騎士達がどうであろうと。
 満ちる空気に――心を躍らせていた。


 焔は石を投げる。自らのギフトにより火を付けながら、先往く光として。
「うーん……幽霊の気配も感じないね。なんでだろう。まぁこんな場所で死んだ人達だと人を恨んでたりするかもしれないから、話せたとは限らないだろうけど……」
 同時に焔は周囲の霊魂から情報を得ようとするが――一切の気配を感じなかった。ポテトが精霊の気配を感じない、とは言っていたがまさか霊魂もいないとは……となると物理的な罠などが待ち構えている訳ではないのかもしれない。
「罠で無ければ或いは賊――いやその場合でも霊魂や精霊に干渉できるとは思えないね。
 ……ただ、念の為注意はしておくよ」
 可能性がゼロでなければと、シルヴェストルはコルネリア同様に暗視の目を前へ。
 どこかに霊魂たちがいないという事と罠が無い――というのは必ずしもイコールにはならないのだ。光源の届かない暗がり特に警戒しつつ、仕掛けられている物がないか目を凝らしてゆく。
 であれば気付くものだ。白骨化した死体に纏わりつく様にしている『薔薇』の姿を。
「……なんだろうねこれ。結構瑞々しいみたいだけど……こんな暗い所で植物が育つんだっけ?」
 直接触れないようにしながら窺うのはスティアだ。
 植物――地下にあるにしては随分と茎や花自体に元気がありそうに見える。自然に通じる幻想種の一人にして『違和感』を感じたのは当然と言えるものだろう。
 そして妙なのはそれだけではない。
 植物が応えてくれないのだ。
 この辺りで何かあったか知らないかと問うても――反応を流すかのように植物は平然とそのままそこに在り続ける。元々断片的な情報を得る事が出来る程度ではあるのだが……しかし、これは……

「待て――なんだ、この声は……」

 その時だった。皆に止まる様に声を発したのは、ポテト。
 声が聞こえる――助けを求める声だ。
 タ、ス、ケ、テ.
 行かねばと駆られる想いがあるが、しかしポテトは同時に不穏さを感じ取っていた。
 ――なぜ精霊達がいない?
 精霊達すら恐れる様な場所で、助けを求める声など――まだ生き残っている者など――
「落ち着け、先走るな……!」
 それは周囲に。或いは自分に言い聞かせるように。
 足を留める。此れより先に安易に進んではならぬと直感しながら。
「おい――なんだこれは? 蔦が、動いてやがるぞ……!」
 そうしていれば最も前を歩くガウスが見た。壁に伝っている蔦が蠢いているのを。
 松明をかざせばよく見える。まるで動物の様に……物言わぬ植物ではない動きをしているソレがあるのを。しかもそれだけではない――壁を覆うかのように短時間でびっしりと生えてきている。それには葉も維管束も通常とは異なる事を感じ取れば――!
「まさか、魔物か! こいつ……牢獄を覆うレベルで巨大な魔物かよ!!」
 同時。植物が飛ばしてくる種子を後方に跳ぶ形で交わし――臨戦態勢を。
 タスケテ、の声は彼にも飛んでいたのだが助けを求める感情がどこにも無かった事が彼に虚偽の可能性を脳裏に浮かばせていた。強き意思によって奴らの干渉を跳ねのけ……そして見据える。
 完全にこちらを獲物として見ている食人草を。こいつらが騎士を襲ったのかと。
「なんだコイツァ……薔薇がこんなに根を張ってやがったのか。
 帰って来ねぇ奴等はコイツに殺られたか?」
 反射的にコルネリアも『敵』に備えて武具を構える。
 ――危ない所であった。ポテトが耐え、ガウスが気付かなければ奇襲されていたかもしれない。そうでなくてももしも迂闊に走り出していれば仲間との距離が離された上で戦闘ともなっていただろう。
「こりゃ禍々しいね。うーん花弁は赤いようだけど……もしかしてこれは死体から吸った血の色素が滲み出てるのかな? ここに居た異端審問官たちが飼っていたのか、それとも廃れた後に住み着いたのか……」
 ま、どっちでもいいやと明確なる『敵』の姿が見えればネリウムが攻撃に備えを。
 しかし実に興味深い。人間を養分にし、人間の声を真似て誘き寄せるとは……
「モンスターにも人の悲鳴を真似して餌を招き寄せるやつがいるって聞いたことあるけど、植物がテレパスを使ってやるなんて聞いたことないね。随分と知性を持っているらしい」
 欲しいなぁ。思わず零した言葉は研究対象として。
 どうにも厄介そうな種子を飛ばしてくるようだが、それを差し引いても魅力的だ。

 ――タ、ス、ケ、テ――タス、ケテ――ケ、ヒヒヒッ!

 直後、周囲の草が一斉に騒ぎ出したかと思えば、あらゆる方角から種子が射出された。
 それは内から身を侵食する肉食いの力。
 受け続ければやがてその辺りに転がっている者達と同じ末路を辿ってしまおう。
「チッ! だがよ、アタシは仕事で来てんだ……そう簡単に殺れると思うなよォ!」
 故に動く。コルネリアは跳躍し、声を荒げながらも――その思考は冷静だ。
 こんな所では死ねないし、金も欲しい。植物の餌になるなんぞ永遠に御免である。
 助けの声に乗ればまるで甘い蜜を吸うかの様な幸福感を得られるのかもしれないが。
「――ミッションをこなせなくて仕事人は名乗れねぇからさ」
 射撃戦。食人草が放つ種子を見極めながら、己の一撃もまた交差させる。
 放つは魔弾。長大にして遥か彼方まで届く一撃を蔦に沿って射出するのだ。
 最終的な狙いは花弁。種子を打ち込んでくるそこさえ潰せば攻勢も衰えようと。
「しかしこれだけ数が多いなんて厄介だね……まぁ一匹一匹ずつ駆除させてもらうとしようか」
 同時に鶫も動く。コルネリアと同様に放つ狙撃の弾丸が敵を捉えるのだ。
 特に狙うのは味方の火力と合わせての集中攻撃。
 人に害成す雑草は刈られて然るべきだ。助けての声なんて――一度戦闘の『スイッチ』が入ってしまえば惑わされる事もない。引き金を絞り上げ、硝煙を漂わせながら。

「さぁ、お仕事だね――俺に撃ち抜かれたい奴から掛かってきなァ!」

 人を喰わんとする魔物に相対す。


「おうおうおう、こんな大きくなっちまって。だがよ、大きくなっても盾役の俺すらスパスパ斬れるぜ――なんだこのザマは? 図体ばかりデカくなって、大事な所がぬけてんじゃねぇかぁ!?」
 名乗る様にガウスは植物達の方へと。さすれば彼に注意が向き、攻撃が集中するものだ。
 しかし――彼は堅い。
 そう易々とは崩れぬ構えが彼にはあるのだ。不惑の心を目覚めさせ、総ゆる悪意に抗わんとする意思すら目覚めさせれば奴らの声などもう聞こえない。
「こういうのなんて言うか知ってるか? ――うどの大木って言うんだぜ!」
 大太刀振るい種子を弾いて。味方へ種が当たらぬ様に立ち回る。
 が、奴らは生きている人間の気配を察知しているのか暗闇からも次々と弾丸を放ってきているようだ。全面はガウスの奮戦により弾かれているが、左右などからも来れば流石に全て弾くとはいかず――
「まだ声が聞こえてくるんだね……でも、もう無駄だよ。
 絶対騙される事なんてないんだから!」
 されどその暗闇に焔の炎が投じられるのだ。
 石に火をつけこれまた光源とし。見えた食人草達に――闘気の炎を。
 焼き尽くしてやる。依然として連中はテレパスの様な声を用いて頭の中に語り掛けてくるが……最早これが只の虚偽であると分かれば気を強く保てるものである。
「確実に仕留めてやらぁ――おい、その汚ねぇ花弁をこっちにむけるんじゃねぇよ! 纏めてぶち抜くぞ!」
 更にコルネリアの射撃が続く。通路上での戦闘と成れば全てを貫通する一撃は仲間を巻き込む恐れもあるが故、上手く狙えなければ精密なる射撃に切り替えて、だ。
 幾つもの銃撃音。イレギュラーズと食人草の戦いは互いに壮絶であった。
 あらゆる方角から打ち込んでくる食人草の攻勢は凌ぐに難しく、油断すれば種子が食い込んできて。
「くっ――だがこの程度で呑み込めると思わない事だ……!」
 それでも前線が維持されている理由にはポテトの治癒が満ちていることが挙げられる。
 例え肉を蝕んでこようとも、奴らが食い破るよりも早く癒しの術を紡げば、やがて種子の方が先に力尽きるのだ。
 ――負ける訳にはいかない。
 自らで受けてみて分かった。これは、あらゆるモノを食い尽くす種だ。
 人の肉はおろか霊魂すら、或いは精霊も――
 幾つもの生命を食い散らかし巨大化する、歪なる存在。
「……騎士達も喰らったのか」
 同時にほぼ確信する。騎士達はもう――生きてはいないだろうと。
 ならば自身が為すべきは一つ。
「皆に害はなさせない。私達は必ず、生きて帰るんだ……!」
 それが皆を治癒する自らの役目だと心に刻んで。
「ふぅ――ん。中々の痛みがあるね、ハハハハハ」
 同時。自らの腕に食い込んできた種子を見据えるのはネリウムだ。
 成程、拷問の痛みとしては中々適しているのかもしれない。重要な臓器を喰われれば耐える事は困難になるだろう……しかし、医療の知識を持つ自分であるならば――そう大したことは無い。
 一瞬で切除する。肉の解体などお手の物だ。
 こんなものは手術と同一。ああ、あぁそれよりも生きた検体はいないのか? 身体が変とか痛いとか、そういう事を聞ける者は本当にいないのかい? 騎士がいたんだろう?
「持ち帰りたいけれどそうもいかないのかなぁ、残念だなぁ」
 周囲に負の要素を打ち払う光を齎しながら――見るのは撃ち抜かれた食人草の一片だ。
 本体から離れたであろう茎。見れば尋常ならざる速度で枯れている。
 別たれれば死滅していくのか。植物のサンプルがあれば『面白い』事が出来たかもしれないのに残念だと――ネリウムは心の底から思って。

 タタタ、タスケテタスケテ、イヒ、ヒヒヒ!!

「……ああ、まだ声が聞こえるみたいだね。もうタネは明らかになったのだけれども」
「習性、と言った所なのかな。有益無益に関わらず、せざるをえないんだろう」
 その時、未だに聞こえてくる声にシルヴェストルは嘆息し、鶫は容赦せずに撃ち抜く。
 ああ――助けて欲しいのかい? でも悪いね、何事にも順序というものがあるんだ。
「始末させてもらうよ。その声ごと、ね」
 同時。シルヴェストルは飛来する種子ごと雷撃にて燃やし尽くす。
 蛇が如くうねる雷の一閃は植物を焼き尽くし、彼らにとっての災厄を齎すのだ。
 何もかも消えてしまえ。容赦はすまいよ――大盤振る舞いだ。
 己の影より生成した蝙蝠があれば、放ちて草と相争わせる。
 草は肉を求め、蝙蝠は血を求め。
 食らい合って――消えていく。

 アハ、アハ、アハハハ! タスケテタスケテ、ダーレカダレカ!

 響き渡る食人草の念話。
 最初こそ苛烈であった種子の弾丸は段々とその勢いに衰えを見せ始めている。近くであれば棘を飛ばしてイレギュラーズにダメージを与える事も可能だったのだがシルヴェストルの雷撃や鶫達の銃弾はその範囲にいない。
 ガウスの防御を穿って彼や、その後方に居る者に種を植え付けても――ネリウムが持ち前の医療技術で素早く除去し、或いはポテトの治癒術が痛みを最小限にすれば、長期戦の手段を持たない草が追い詰められるのは必然だった。
 焔が灯りを各所にばらまき、燃え盛る一撃が草を枯らし――そして。

「うん、いいよ」

 スティアが言う。食人草の囁きに応えるかのように。
 澄んだ声だ。草に届いて笑みの声が漏れる――
 獲物が掛かったと。
 しかし。
「安らかに眠れるように――浄化してあげるよ」
 スティアは聖職者だ。この天義の国の、聖職者だ。
 過去の遺物なんてもうこの国にはいらないんだ。
 己もまた――乱される訳にはいかない。こんな欺瞞に満ちた声如きに!
「君達は眠るんだよ。今、ここで。新しい天義の国には――いらないから!」
 放つ光。それは激しく瞬く神聖の光にして。
 邪悪を裁くネメシスの象徴。
 全てを光に満たし、飛来する種子諸本全て燃やし尽くす――

 アッ、ハハ、アハハハハ――ッ!!

 断末魔。この地に蔓延り続けた邪悪が消え失せる音が鳴り響く。
 草が燃えていく。一片残らず、その生命を枯れさせて――
 後に出てきたは幾つかの白骨死体。
 ……その死体の中には鎧があった。天義の騎士が身に着けている、鎧が。
「……せめて、安らかに眠れるように祈りだけは捧げていきたいね」
「ああ――彼らと、かつてこの地で失われてしまった命にも」
 スティアとポテトは紡ぐ。彼らに、天に昇れるように祝福を、と。
「チッ。まぁ……仕方ねぇわな。間に合えばよかったが、そう上手くはいかねぇ」
 同時。コルネリアもまた祈りを彼らへ。
 間に合わなかったのは仕方ないのだ。
 この案件事態、彼らが行方不明……つまり犠牲になったが故に生じた依頼なのだから。
「となりゃあ……遺品は持って帰ってやるか。家族の下に届く方がいいだろ」
「うん、そうだね――こんな薄暗い場所にはおいておけないよ」
 二人の祈りが済めばガウスと焔が手分けして彼らの遺品を取りまとめる。
 ドッグタグか、そうでなくても身元の分かる物を集めて……

「……安らかにお眠り」

 出る直前。鶫は地下を振り返って黙祷を捧げる。
 牢獄に巣食っていた闇は消滅したのだ。
 君達の犠牲は無駄ではなかったのだと――思念をも、捧げるかのように。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。

 ナハト・ラグランジュの一角に残っていた闇は払われました。
 騎士達の遺体も太陽の下に戻る事が出来たのは――幸いだったのでしょう。

 ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM