PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ヴァーリの裁決>生命の辺は死をも抱く

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●それは海から現れしモノ
 避暑地「渡り鳥」。
 嶺渡・蘇芳(p3p000520)の有する領地であり、バルツァーレク領南西部にある海辺の街だ。
 食を特に重視する彼女の性格を反映してか食料に困らず、それに伴って衛生状態や上下水道の整備も良好。今なお新たな住民達を受け入れつつある新進気鋭の幻想所領の1つである。
 海辺にほど近い位置に立てられた家々は母なる大海を――正確には湾部であるが――臨み、日々の疲れを癒やすに足る地となっていた。
 ……つい最近までは。
「あらあらー、一体何が起きたのかしらー」
 蘇芳はその日も、いつもと変わらぬ調子で領地の巡視に来ていた。その折、執政官に呼び出され海辺の家屋、その1つに足を向けたのである。
 冬と春のあわいにあるこの季節、暖炉に火が灯っていないのはやや不自然だ。それどころか、薪が全て濡れて使い物にならないではないか。
 そればかりではない。その家は『生活感がありながら人の気配がごっそりと抜け落ちている』。
 恐らくは夕飯だったのだろう食事が並んだまま、水浸しになっている。
 家のアチコチが、粘性のある水に浸されたようになっている……家の中だけ、だ。あとは玄関、窓のサッシなどが豪雨に遭ったかのように濡れている。『昨晩はよく晴れた月夜だったというのに』!
「……これ、ここに住んでいた人の服かしらー」
 そこには、脱ぎ捨てられたでもなく『先程までそこにいたかのような形で』服が残っていた。
 いよいよもって――これは、怨念じみたなにかの、そして海、水に関するなにかの仕業だ。もしかしなくとも、先日の『内緒話』由来だろう。
 蘇芳は(戦うのは余り気乗りがしなかったが)ローレットへと向かう。
 これから春を迎え夏が来る。だから、今解決せねばならぬのだ。

●求めるは平穏、今こそは騒乱に発つ
 今回、蘇芳の領地に現れたと思しき怪異は、『古廟スラン・ロウ』に由来するものだろう、と『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)は結論づけた。近日のあれこれを想定すれば、概ね間違いはないだろう。
「類例の敵がいないわけではありませんが、情報が足りません。状況証拠からの推察と参りましょう。
 まず、敵に関する目撃情報が一切ない点から出入りはごく自然に、水として窓や扉の隙間から侵入して具現化、そして被害者に襲いかかったと見られます。
 そして、魔物は展延性に長け、部屋全てをカバーするように広がり対象を飲み込み、衣類を残して『捕食』した」ということでしょう。食物になんら手を付けていないことから、人間を襲うことに特化していると思われます。
 最後に、現状での被害状況がごく限定的なのは、力を蓄えているか仲間が然程いないか……ですから、今はさておき、爆発的に被害が拡大する余地があるということでもあります」
 つまりは早々に片付けなければ、間違いなく今後目に見えて被害が拡大するということでもある。
「ただ、対処は容易かと思います。現時点で狙われてるのは住宅街を西から2軒ずつ。海辺の住宅街は相当数ありますので現時点であたりをつけて住民を避難させ、そこで待ち伏せすることが可能です。……お誂え向きにも、次の2軒はやや広いですから。ふた手に分かれる必要はありますが、やる価値はあるでしょう」
「私、荒事は得意じゃないのだけど……対策とかあるかしらー?」
 蘇芳はどこか不安げにそう問いかける。三弦はしばし考えてから、こう答えた。
「水をベースにするなら凍結系、窒息系の不利を被る能力はあるでしょう。水を模した敵ですから、単体相手でも範囲攻撃で『潰す』感覚で攻撃するのも一案かと。あと……多分、不定形の敵はきまってコアを叩けと言われていますよ」

GMコメント

 ホラー……っぽくしようとしたけど全然駄目でしたね。

●成功条件
 『粘性の水』の全殲滅

●粘性の水×??
 『古廟スラン・ロウ』から現れたと思われる、水にまつわる怨念の塊が具現化したもの。幽霊が水を媒介にしているといえばいいだろうか。
 戦場となる家屋2軒にわかれて現れる。
・不定形不特定体(P):複数の個体が1つの体を形成している。常に複数回行動(各個体の行動)、個々のEXFが高く、『必殺』で複数回トドメを刺す必要がある。単体攻撃に若干の耐性があり、複数対象(『ラ』含む)の攻撃は追加ダメージを被る。
・粘液移動(A):物中単、【移】【副】【ダメージ微量】
・頭部溶呑(A):物至単、【窒息】【猛毒】
・濡呪冷吸(A):物至範、【凍結】【呪い】【暗闇】
 その他、複数を対象にする攻撃を保有すると見られるが詳細不明。そちらの危険度はやや低め。

●戦場
 住宅×2。ふた手に分かれての戦闘となります(プレイングで班分け等の記載の必要があり、これが不明瞭だと場当たり的な班分けになり戦力バランスの偏り等を誘発します。ご注意下さい)。
 住宅といっても、幸いにしてコテージのようなもので内装に邪魔なものは余りありません。
 ただ、高機動で縦横無尽に動き回れる場所ではありませんので注意が必要です。
 代わりと言ってはなんですが、エスプリなどの範囲バフ系は大体どこにいても範囲に収められる為有利ではあります。

●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ヴァーリの裁決>生命の辺は死をも抱く完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
嶺渡・蘇芳(p3p000520)
お料理しましょ
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
シラス(p3p004421)
超える者
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ヲルト・アドバライト(p3p008506)
パーフェクト・オーダー
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶

リプレイ


「水、水ねぇ。これもスラン・ロウに由来するモンスターか。一体どうなってやがんだよ、ほんと」
「おやまァ、いっぱいいて賑やかだこと。さながら『波の乙女』たちだね」
 『被吸血鬼』ヲルト・アドバライト(p3p008506)の嫌悪感を滲ませた言葉に、『闇之雲』武器商人(p3p001107)は興味深げに口の端を歪めた。反応は対照的なれど、両者ともに敵対者に対する情のようなものは持ち合わせていない、というのは共通している。2軒並んだ民家の西側に足を踏み入れた両者の背を、背後から叩く者がいた。
「でも、ある程度は広い場所で良かったぜ。十分に離れられる……ってわけでもねえんだけど、それでも十分」
 『鳶指』シラス(p3p004421)である。彼は民家の奥行きや広さを鑑み、序盤は距離をとって戦えることを再確認する。足でかき回すことはできない。右から左に、最大射程を維持するのも容易ではない。されど、彼の戦い方を保証する程度の広さはある。
 間合いを離した上での嫌がらせじみた戦い方もあったが、彼の本意気は接近戦にこそある。当初の予定は崩れはしたが、さりとてそれで彼自身の格は落ちまい。
「最近、何処も怪物騒ぎで大変そうですね。個人的にはこうして事件が頻発すると何かドラマが生まれそうで楽しみですけど」
 『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)のぽつりとこぼした本音に、3人は(表情こそ違えど)静かに頷く。『古廟スラン・ロウ』に由来する怨念や悪鬼の類は相当数を数え、幻想国内での被害は広がりを見せている。対応に追われるローレットも、所領を狙われる貴族やイレギュラーズの心境も穏やかではないだろう。
「随分と食欲旺盛のようだが、可愛い『落とし子』たちとどっちが大喰らいだろうねぇ? 尤も、このコたちの方がよほど悪食だがね。ヒヒヒ……」
「死人を出したこと、後悔させてやるぜ」
 不敵に笑う武器商人と、冷静さを失わぬまま熱の籠った息を吐き出すヲルト。その視界の隅で、屋根が僅かに水で滲んだ。

「活躍したイレギュラーズが領地を与えられ……るんだっけ? で、その領地のあちこちで事件が起きている」
「そうよー。私達だけじゃなくて、貴族の人達も襲われてるみたいだけどー。それにしても皆、ありがとうねー、助かるわー」
 『揺蕩う器』ハリエット(p3p009025)が依頼の内容や今回の経緯を思い出しつつ首をかしげると、『お料理しましょ』嶺渡・蘇芳(p3p000520)は鷹揚に頷き、改めてその場にいる仲間達に頭を下げた。
 西側の家を担当する4人は、ハリエットを除く3人が領主の立場にある。天義に領地を持つ『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はいざしらず、『ハンマーガール』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)にとっては他人事ではない。蘇芳が「建物の損壊とかは気にしなくていいわー」と軽く言うが、再建築のコストはどれ程領地運営に成功してる者でも馬鹿にならない。特に幻想においては、鉄材の無為な消費は避けたいのだから余計に。
「水のような性質を持つ敵ですか……」
「寝てる間に自分の体を補食されるなんて……考えたくもないわ」
 水であるがために厳重に警戒しても侵入は防げない。
 水であるがゆえに異常に気付くまでに時間を要す。気付いたところで遅いケースもあろう。アンナが渋い顔をするのは当然といえば至極当然なのである。
「討伐漏れなんてことがないよう殲滅しましょう」
「そうそう、一匹も残さないよう、思いっきりやっちゃってー!」
「領地を払い下げる王様もだけど、アンタもなかなか太っ腹ね……」
 アンナの硬い声に、蘇芳は明るく返す。ハリエットはその極めて軽いやり取りに世界の違いのようなものを感じずにはいられない。尤も、ここまで景気のいいことを言えるのはローレットが築き上げた信頼があり、それ以上に蘇芳の内心が相当に我慢ならない状況だから、かもしれないが。
(そう、家を壊したとしても、ちゃんと敵は取ってあげないとねー。私の領地の住民に手を出した報いを受けてもらうわー)
 静かに報復を誓う蘇芳に、リュティスは敵の襲来を告げる。それはささやかな変化だったが――わずかに湿った床板が、一同の脚を貫くべく吐き出された水の刃で弾け飛んだのだ。
「不気味っていうか……ここまで攻撃的な相手だったんだね!?」
「相手の正確な数がわかりません。慎重に参りましょう」
 飛び退り、大幅に距離をとったハリエットに対してリュティスは背中越しに声を投げかける。割れた床から這い出してきた不定形の液体は何を以て一同を認識しているのか、蠢く飛沫の先端はそれぞれが4人いずれかへと確実に向けられている。
「まだ数が少ない内で良かったですね。これで3体、4体と増えていたら対処が難しかったですよ」
「この時点で3体とか4体どころの数じゃないんだけど、これ以上分かれて人を襲う知恵がないだけマシなのかもな」
 東側の家でも、天井から滑り落ちた粘性の水が四音らと対峙する。
 天井すべてを覆うかのごとく現れたそれを真っ先に受け止めたのは武器商人。
「見てくれはスライムに近いが本質は霊、感情の塊。であればその怨念、我(アタシ)に向けてごらんよ? 無惨に散らしてあげるからさァ! ヒヒヒヒヒ……!!」
 喜色満面の口元を見せ、圧し潰すように降り掛かる水をその身で、否、その身の周囲を旋回する金環で受け止める。質量と神秘の斥力とが押し合い、家の床が強かに揺れた。


「ははっ、ほんとに怨念じみてんなぁ。そういうことなら、祓ってやるさ。早急にな」
 血が沸騰したかの如き熱量を肉体に回し、ヲルトは至近距離で粘性の水、その意思を揺さぶりにかかる。武器商人の『呼び声』のように広範をカバーすることはできないが、さりとて狙いを一点に絞ることで、『呼び声』に反応しなかった個体を引きつける暇ぐらいは確保できる。
「そのまま、足止めは任せた……必殺技ってのは、最初から使うもんだぜ」
 シラスは最初から、出し惜しみをするという思考がなかった。極限まで集中力を高めた彼の視界は赫く染まり、そのまま視線の先にあった水が『燃え上がる』。それが一撃であろう道理はどこにもない。集中した視界には幾つもの術式が展開し、矢継ぎ早に叩き込まれていく。
 粘性の水が痛みに暴れるように次々と攻撃を繰り出すが、ヲルトはその多くを避けきり、武器商人は真正面から金環を介し弾き飛ばす。家が受ける衝撃たるやすさまじいものだが、蘇芳の手引が上手いのだろうか、倒壊する気配を見せない。
「治療は任せたよ鶫の方。アドバライトとシラスの旦那を特にね」
「勿論です。最後まで全力で戦えるように尽くしますよ」
 武器商人の言葉に、四音は静かに返す。
 その攻撃一つ一つに、水の中に溶け込んだ怨念の叫びが聞こえるような気がして。その『物語』を、聞き逃さぬように凝視する。

「水が動いてる……のかな。不気味だね」
「聞くと見るとでは圧力がまるで異なりますね。それだけ『成長した』ということでしょうか」
 ハリエットはレールガンに魔力を籠め、次々と打ち込んでいく。受け止められ、拡散していく魔力の感触に忌々しげに舌打ちするが、魔力がある限りはそれが最善手だと割り切るほかはない。
 リュティスは敵の質量、圧力、敵意のほどを正面から受け止め、鋭く息を吐きつつ収束した魔力を放つ。一直線に突き進んだそれは水を深々と貫き、しかしその最奥を貫くことなく霧散した。……想像以上に、水の厚みがあるようだ。
「1体に見えるけどその実複数、なのよね。拡散したりあちこちに手を伸ばせるとか無いわよね……?」
「大丈夫だと思うわー。そこまで器用そうには見えないものー」
 アンナは粘性の水の意識をできるだけ己に向けつつ、攻撃の向きを限定しようと駆ける。その体積の大きさを利用して、感情を揺らされなかった個体が仲間を……などというのは最悪の想定だが、幸いにしてそこまでの知恵はない模様。蘇芳は素早く近付く個体を切り裂くと、背後に控える仲間に笑みを見せた。
「私とアンナちゃんでなんとか止めるわねー、2人は思い切り仕掛けて頂戴ー」
「ちょっと危なさそうだけど……うん、頑張るよ。アンタも気をつけてよね」
「できるだけ蘇芳様のご期待に添えるよう、全力を尽くしましょう」
 ハリエットとリュティスは蘇芳の間延びした声と鋭い動きとのギャップに驚いたように一瞬だけ硬直したが、今やるべきことはなにか、を理解し得物を構えた。
 完全な優位は取れぬだろう。だが1手でも多く、一瞬でも早く、自分たちより相手が倒れれば――それは勝利だ。


「水だから少し暗い素早かったりするのかと思ったけど全然ねー。どんどん斬っていくわよー」
 蘇芳は『銀嶺』の包丁を素早く入れ替えつつ、目にも留まらぬ速度で次々と粘性の水を切り刻んでいく。自らを頭から飲み込もうとする流れを刻み、身に降り掛かった水に籠められた呪いを受けつつ、しかし彼女の勢いを止めることは能わず。
「こいつはこの距離まで詰めてくる戦い方は無い、と思ってたけど……少し考えが甘かったかな」
 ハリエットの脚に粘性の水が迫る。多数の生命がひとつの肉体を形成するそれは、つまり複数の知性を持っている、ともとれる。そうでなくても、狭い部屋のなかで遠間合いの戦闘に拘るとなれば、1手違いの末に一瞬で間合いを詰められるリスクが付き纏う。足を使ってかき回し、間合いを切って一方的に撃つのなら、集中力が切れても立ち回る工夫が要る。彼女1人では、それが足りない。
「もうこっちを見なくてもいいっていうの? 随分と余裕ね」
 だからこそ、アンナが敵の視線を釘付けにし、引きつける。数を要す複合体である故にすべてを抑え込むことは叶わぬが、肉体を共有しているならハリエットに近付けぬよう引っ張り回せばいいだけのことだ。
「ハリエット様は私の後ろへ。治療します。……その上であの水の嵩を減らします」
 リュティスは背に仲間を庇うと、治癒術式を起動する。ハリエットが負った深手は、その半分ほどが一瞬にして癒えていく。
「こういう敵は、動きの要のコアがあるって言ってたものねー……大体、どこに隠しているかの見当はついたわー」
 縦横無尽に駆け回り、当たるを幸いに刃を奮った蘇芳は次第に相手の特徴を――水の合間に見え隠れする『水が濃い場所』を知覚する。彼女の持つ知識と、懐にしまっていた羽根の加護、何れかが欠けていれば十分ではなかったはずだ。
「つまり、その辺りの水を削ればコアが見えてくるんだよね……? じゃあ、魔力は全部そこにつぎ込むよ」
 確認するように問いつつ銃を構えたハリエットは、視線の先に誤り様のないほど濃く浮かんだ水の濁りを観測した。アンナが稼いだ値千金の隙が、集中力を再び手にする余裕をくれたのだ。
「折り重なってくださっているのなら話は早いです。一気に全て葬ってしまえば事足りますから」
 リュティスは『宵闇』を引き絞ると、一陣の魔力の光を矢として打ち出した。先程までの体積なら途中で逸れてもおかしくなかった水の密度は、しかし今なら奥深くまで食い込んでなお突き進む猶予がある。
「さっきよりはずっと小さくなってるんだもの、刻むのは難しいことじゃないわ」
 アンナは一気に距離を詰め、2人の射撃によりじわりと広がった水の隙間に水晶剣を突き込んでいく。えぐり取るように弾き飛ばすように振るわれた斬撃は、確かにその液体の中心を成すコアを露出させるに足る威力を秘めていた。
 今こそが狙い目だ。ここが潮目だ。
 蘇芳は手にしていた牛刀を鞘に収めると、入れ替わりに長大な柳刃包丁を抜き、一足のもとにコアに踏み込み、突き立てた。

「ヒヒヒヒヒ、厄介だねぇしぶといねぇ、でも我(アタシ)を無視できないのは可愛いねえ! 鶫の方、怪我はないかい?」
「ありがとうございます、私は大丈夫です。もし不利を被ってもも私の手にかかれば。パッパッパッと治してしまいますよ?」
 武器商人は四音を庇いつつ足に力を込め、粘性の水の猛攻を凌いでいく。多様な攻撃手段を持つそれは攻撃射程こそ短いものの、実に手数が多い。そも、本体が内包する個体の数の見当がつかない。武器商人が向ける『呼び声』は当然ながらすべての個体に響いていようが、どの程度に有効だったのか、抵抗した個体がいるのか、は『総数がわからなければ判別しようがない』。畢竟、最重要たる四音に攻め手が伸びぬよう警戒する必要が出てくるのだ。
「お前らがそうくるなら、同じように返してやろう。通りが悪い? 通じるまで続けるだけだ」
「任せな、野郎の中に何匹潜んでようが全部ぶち殺してやるよ」
 ヲルトとシラスはその双方が、凄まじい攻撃の回転数と集中力を魔力(ないしは気力)と引き換えに実現させている。長期戦になれば必然、彼等の魔力は底を打つことになるが、さりとて今回はそれすらも織り込み済みだ。でなければ、シラスが必ず殺す為の技術を最初から惜しみなく使うなどしない。魔力がなくとも打ち込める悪意を、ヲルトが用意せぬ筈がない。
 自らに注射器を突き立てて自己輸血を行いつつ、ヲルトは息を吐き、刺すような視線を粘性の水に向けた。傷は浅くない。だが、敢えて四音からの治癒を断り、群がってくる水の刃を避け続ける。勝敗の分かれ目、自らが倒れかねぬ極限でこそ彼の魂は強く輝くのだ。
「コアを潰して終わらせられれば最善でしたが、そうでなくとも……みなさんなら大丈夫そうですね?」
「そりゃぁ、シラスの旦那もアドバライトも簡単には倒れないだろうからねえ。それにあの2人にそんな狡い真似は似合わないからね」
 鶫の方だってそうだろう? と武器商人が水を向けると、四音は薄く笑みを残しつつ神気閃光を放つ。群体であるのなら纏めて仕留めにかかればいい。殺しきれぬ分は2人が潰しにかかるだろう。
「俺だって確実に殺せるならそうするさ。多分、そうしなくても殺しきれるし、そうした方が……楽だってだけでさッ!」
 シラスの拳足の勢いは弥増し、一度の『振り』に数度の乱打が絡みつくように続く。四音やヲルトが削った体力を、その水が癒やす手段はない。ならば彼は、何発でも何十発でも『止めの一撃』を撃ち込み続ければいいだけの道理。
 沸騰するほど煮え立つ血はしかし、脳を焦がすことはない。ただ静かに突き出されたヲルトの一撃は着実に数を減らした水の中の個体の動きを縛り付け、シラスの一撃を呼び込む。もはやコアしか残らぬならば、コアを貫いて終いだ。それが、唯一の道理としての帰結である。

「皆、お疲れさまー、助かったわー。それじゃー私は住民さんにお話してくるから、良かったら街でゆっくりしていってー♪」
 蘇芳はそう言い残すと、一同に手を振って西の方へと向かっていく。終始明るい雰囲気を崩さぬ彼女は、領主としての務めを果たすのだろう。
「じゃあ我(アタシ)は掃除していくよ。使わせてもらったんだからそれくらいはねえ」
「でしたら私もお手伝いいたしましょう」
「私もするよ、折角だし」
 それを見送った武器商人の言葉を皮切りに、リュティスとハリエットも続く。
 シラスとヲルトは死力を尽くした反動で少し休んでからの合流となるだろう。家2軒まるまるの掃除となれば、流石に3人では分が悪い。
 四音は多くの死と怨念の気配を感じた身として、アンナはそうすべきだと判断し、それぞれ祈りを捧げる。
「話して来るって言ってたけど、多分……蘇芳さんもそうよね」
 べとつく服をつまみながら、アンナはため息まじりにそう呟いた。

「領主としては、気にしすぎても駄目なんでしょうけどー……ごめんなさいね、守ってあげられなくて……」
 蘇芳は最初に犠牲になった家に赴くと、静かに跪き、両手を重ねた。終わってしまったこと、そうなってしまった結果。未然に防げというのは難しい。
 だが、彼女は『私であったから』悲劇を呼び込んだのではと思わずにはいられない。そういう性分だから。
 ……きっとそうではないのだと、誰かが口にする日が来るまでは。

成否

成功

MVP

アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 なんやかんやでかなり被害が控えめ……控え……うわぁ……。

PAGETOPPAGEBOTTOM