PandoraPartyProject

シナリオ詳細

くすぶる導火

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●数十秒のロス
「Excuse me sir。道をおたずねしたいのですが……」
 ただ道を尋ねられただけではあったのだが、男はひどく狼狽した。
「……! あ、ああ」
 なぜならば男はテロリストで、その鞄の中には大量の細菌兵器が眠っていた。
 なんとか求めに従って地図を開き、近い宿を説明する。
 無視してもよかったのだが、男の身なりは良かった。さっきみたいな「孤児」であれば突き飛ばすことができた。が、今は、騒ぎを起こしたくはない。
 そしてここは幻想と鉄帝の国境にほど近い。ここで騒ぎを起こすのは計画外だ。
 しどろもどろであったかもしれない。幸いなことに、その男は満足したように頷いて、慇懃に礼を言って去っていった。
 1分にも満たない。
(大丈夫だ、大したロスじゃない……)
 気の遠くなるほど長く感じられた数十秒。
 しかし、無意味に思えたその時間の浪費は、テロリストの男にとって幸運に働いていた。交代の鐘が打たれ、国境警備員は几帳面なオズワルドは、定年間際のパルミア・マーゴットへと変わった。御年100を超す大柄な鉄騎種の老人は、定型的な質問をして、規則通りに荷物を改めた後。「どうぞ」と、商人たちを通したのだから。
 警備員の名誉のために付け加えておけば、妥当な処置だった。それは単なる空気が閉じ込められた瓶にしか見えないもので、この時点で疑問を抱くのは難しい。

●「国のために」
 幻想出身のテロリストは、幻想を愛しているがゆえに、幻想に牙を剥こうとしていた。彼は幻想内で、団結するべき貴族たちが勢力を争っていることを嘆いている。
 これを一枚岩にするためにはどうするか。
 簡単だ。外敵を作ればいい。鉄帝との関係が悪化すれば、さしもの貴族たちであろうと団結せざるをえまい……。
 そうとも、”国のため”に。
 男は、歪んだ愛国心を持っていた。
 男が狙うのは鉄帝人ではない。
 鉄帝で過ごしている幻想の使者。
 目の前でこの生物兵器を叩き割って、解毒剤とともに金を要求する。……絶対に間に合わない時間で。そうだ、人質に子供をとれればなお悲劇性が増すだろう。
 そう、『取引は失敗するためにある』。
(そして、要求を渋ったとして、体中から血反吐をまき散らして死んでくんだ。ヒヒヒ、最高だなあ。解毒剤はたしかにそこにあったのに、そこにある可能性をお前たちがつぶすんだ)
 なあ、何もかも運命だったような気がする。
 神が俺に味方してくれている気がする。思えば、幸運にも推薦が認められ、練達に留学したときから……。

●孤児は見ていた
 数刻前。
「何をするであるか!」
 ローガン・ジョージ・アリス (p3p005181)は付き飛ばされた孤児に駆け寄った。男は舌打ちして去っていく。
 ちょうど、馬車が通るところだった……。
 アリスは衝撃に備え、子供をかばうように抱きかかえて身を固める。しかし、馬はゆっくりと止まった。
「おい、どうした!?」
「ごめんね、子供が転んでたから。止めさせてもらったよ」
「???」
 美咲・マクスウェル (p3p005192)が反射的に馬車を止めていた。いや、御者はどうやって美咲が馬車を止めたのかわからない。ただ一瞥しただけ……に、見えたのだが。
「なんとかなったようであるな。ケガもすりむいたくらいで済んで何よりである!」
「あの男、ひどいね?」
 しかしまあ、心配だということで、孤児院まで送ることになったのであった。

「それでね、このお兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたの」
 ちょうど、ヒィロ=エヒト(p3p002503)は孤児院に顔を出していたところだった。
「アリスさん、美咲さん、ありがとう」
「当然である!」
「まあ、ついでだから」
 孤児時代はつらいことも多かった……けれども、こうして助けてくれる人もいたものだ、となんとなく思い出す。この孤児院での思い出も、決して悪いものではない。あたたかい寝床も。食べ物も。
 元気いっぱいの孤児たちが押し寄せてくる。
「うむ、元気なのは良いことであるな!」
 自身も孤児院出身。子供の扱いになれているアリスは、うんうんと頷いて見せる。美咲は「じゃあ、またね」とちゃっかりいなくなっていた。”挙動不審なあの男”が気になった。
 そしてその男は冒頭のテロリストである。

●トラスト商会
「奇妙な瓶、ね……」
 トラスト商会の現会長、エリザベス=トラストは孤児からの報告を聞くと、ふと、考え込む仕草をした。保護した孤児たちがもたらす何気ない情報は有益だ。
 大事そうに空っぽの瓶を抱えていた男。
「気になって男を調べました。幻想出身で、練達へと技術交流に出かけていたこともあります。学友に、非常に過激な思想を漏らしていたそうです。……思い過ごしかもしれませんが、危険人物という可能性も」
 青薔薇を見つめ、しばし最悪の可能性を考えるエリザベス。
 危ういところで保たれている国のバランスが崩れ落ちれば……。
「難しい事態になったわね……」
 エリザベスは、この機会を良しとして、混乱に乗じて儲けよう、などと考える人間ではなかった。
「いかがいたしますか?」
 事が鉄帝である以上、公にも見張りは出せない。露骨に「知っていた」と思われるのも困る。
「そうね。彼らに頼ることにしましょうか。名目は隊商の護衛、行先は鉄帝。臨機応変に、と」
 エリザベス=トラストは采配を振るう。間に合うように願って。
「条件はそうね。……有能で、お人好しであることかしらね。……あるいは、少なくとも意図を察して、利をもたらして良きに計らってくれればいいわね。冷静に、冷徹な手段を使うことも辞さない、そんな観点も必要でしょうね」
「先ほど報告にあったお二人は、いかがでしょうか」
「申し分ないわ。そうそう、懐かしい名前もあったわね。あの子にも頼もうかしら。きっとうまくやってくれるはずよ。あとは……」

 まどろみの中。
 夜乃 幻 (p3p000824)は微かな風の音を聞いた気がした。懐かしいような導き。依頼を受けた理由はほんの偶然。その渦巻きが、懐かしいものに見えたが……。
(奇遇、でしょうか? いえ、これは)

●予定調和
 荒っぽい男たちがばたばたとレストランに侵入する。
「おい、あんたが幻想の大使か?」
「なんだね、君は」
 レストランで、大使の前に現れた男。
 懐から取り出したのは見てわかる武器ではなかった。
 瓶が割れる。
「ゲホ、ゲホ、ガハ……!?」
 客が悲鳴を上げて逃げていく。
(ああ、そうとも。これこそが……。これこそが望んだ予定調和だ!)
 男は哄笑する。

「ひ、人質がいるというのに! これ以上の介入は……できないのですか? 手を引け、と……!? そんな!」
 エミリア・スカーレットは声を張り上げる。
「待機せよ、と指示があります」
 幻想の人間が、幻想の者に害されている……。
 そして、強硬手段はためらわれていた。
 人質は毒を受けているようだ。
 これをしくじってしまえば、鉄帝と幻想の火種となりかねない。「できなかった」と見做されるのであればまだいい。大使は鉄帝にも、毅然とした態度をとっている立場にある。邪魔な大使を始末した……そう「仕向けた」と邪推されてしまえば、開戦の火種にもなりかねない。
「理屈は分かりました。けれど、命の危険にある民を放っておくなど……!」
「今、身代金を集めております」
「間に合わなかったら……っ!」
「待たなくても大丈夫だぞ、エミリア」
 エミリアのもとへとやってきたのは、溝隠 瑠璃 (p3p009137)。
「瑠璃っ……!」
 トラスト商会の利用する街道は、騒動からはほど近く。
 偶然にも、今回の交易品は医薬品であり。
「なんかね、臨機応変にって言われてるんだよね」
 ヒィロが言った。
 中立のローレットならば、自由に動ける。

GMコメント

布川です。ご指名ありがとうございます!
さまざまな思惑が交錯し、織りなされる偶然と必然。
とはいえ解毒剤を取り戻しながら、テロリストを程よくのすための依頼です。
どうぞよろしくお願いします!

●目標
テロリストの捕縛、あるいは撃破(任意)

●テロリスト
「さあ! 開戦だあっ!」
「この戦争で、幻想はもっともっと強くなるんだっ!」
オビュ・ボンバルディエ(テロリスト)
 大使のお忍び中の食事でレストランに現れ、「毒瓶」をぶちまけました。
 レストランの店員と、大使の子供を人質にとって立てこもっています。要求は膨大なゴールドですが、この取引が破綻し、全員を殺害することこそが目的です。
 ガスマスクを着けています。

手下×7
 志を同じくする手下たち、というわけではなく金で雇われた悪漢です。金が手に入ると思っています。
 ガスマスクを着けています。

●場所
 鉄帝のとあるレストラン。
 大使夫妻、大使の子供1名、給仕3名、コックが被害を受け人質となっています。毒を受けており、身動きが取れずにその場で倒れこんでいる状態です。
 障害物は多く、警戒はされていますが裏口や窓など侵入手段には事欠きません。

●状況
 毒が充満しており、死に至ることはないものの、毎ターン毒関連のBSを受ける可能性があります(回避・抵抗できる可能性はあります)。
 なお、対策により【致死毒】→【猛毒】→【毒】と効果が減少していくことでしょう。

・瓶毒
 オビュの開発した細菌兵器。接種して数時間が経過すると、体の細胞が壊死していくものです。
 解毒薬はオビュが所持している小瓶に入っています。本物ですが、もともと、この取引が失敗するほうが都合がよいため、「破棄する」可能性があります。
 なお、イレギュラーズたちには解毒剤は必要ありません(至近で浴びた人質たちのみ)。
 その他の方法(スキル)や対処などでも軽減できますが、確実な解毒のためには薬があったほうがいいでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • くすぶる導火完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年12月31日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
※参加確定済み※
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
※参加確定済み※
ローガン・ジョージ・アリス(p3p005181)
鉄腕アリス
※参加確定済み※
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
※参加確定済み※
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
溝隠 瑠璃(p3p009137)
ラド・バウD級闘士
※参加確定済み※
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

リプレイ

●突入作戦
「すごい! 映画みたいな立てこもり事件!」
 Dr.Cartesian-THは、『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)の興奮――心拍数の増加と多少の血圧の上昇を示している。
「ヨハナ達のチーム名なににしますか? 作戦名は?
「特攻ゴリラGチーム」にしましょうよ超かっこいいですよ!」
「わはは、特攻とはまた思いきるであるな」
『鉄腕アリス』ローガン・ジョージ・アリス(p3p005181)は豪快に笑い、それから真面目な顔になった。
「あーんまり感心できぬ男だとは思っていたらテロとは……しかも、マイ地元練達の技術であるか。道義的にも個人的にも気に食わぬ男であるが……まずは最優先の目標を見据えねばな」
「子供を人質にするなんて、なんて悪魔のような方でしょうか」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)のカードは、夢のように形を変える。宝石、ゴールド、……そして、ずっしりと重そうなアタッシュケース。
 目くらましには十分だろう。
 どのみち、相手はその中身には興味はなさそうだ。
「どんなに崇高な理想のためであっても子供が犠牲になっていい革命なんてない。全くこういう大人のお客様が一番醜くて嫌いで御座いますね」
「うむ、同意であるな。人質の皆を、きっちり救出なのである!」
「それにしても、幻想と鉄帝の戦争……ね。両国関係の薄氷さを実感だわ」
『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)はため息をつく。
「共通の敵を作る事で一致団結する……理屈は理解出来ますが、はたして本当に出来るでしょうか」
『狼拳連覇』日車・迅(p3p007500)は、軍事国家『鳳圏』を思う。小国故に厳しい生存競争に身を置き続けてきた祖国。その経験から言えば、今回のテロリストの計画は、「もしこの計画が上手くいったとしても、その通りに事が起こるか」は甚だ疑問だった。
「確か何度かぶつかっている筈ですよね。ですが未だにまとまっていないのですから、難しいのでは?」
「ええ、おっしゃるとおり無理というものです。それなりの理由があっての安定状態……というもの」
『新たな可能性』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は頷いた。
「ウィルド殿もそう思いますか。罪のない人を傷つけてまで試す価値は無いように思います。せっかくの頭脳が台無しですね!」
「まったくであるな……」
 毒を生み出すための情熱が別のところに向けられていれば、とローガンは思う。幻想でも練達でも、人の役に立てる道はあったのではないだろうか。
「まあ悪漢の主張などどうでもよい事です。毒が回り切る前に殴り飛ばして人質を助け出すと致しましょう!」
「おーっ!」
 ヨハナが勢いよく拳を突き上げた。
「全くこんな愚者に無辜の民を害され、さらにエミリアにも迷惑を掛けるなんて……許されない……」
『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)の瞳は暗く輝く。
「万死に値する行為……だゾ」
――相応の卑劣漢には、相応の報いを。
(さて、幻想貴族としてどういった顔をすれば良いものか……どちらかと言えば悪徳貴族な私からすれば、余計な世話と言った所ですがね)
 ウィルドはジャケットを直す。居合わせた以上、降り掛かる火の粉は払う方が良いだろう。
(待っててね、みんな……)
『きつねに続け!』ヒィロ=エヒト(p3p002503)の目的は、解毒薬の奪取だ。とはいえ、犯人は簡単にはそれを手放すことはないだろう。 
”高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に動きなさい”――脳裏に浮かぶのはあの人の言葉。
(トラスト商会の名前を売っておけば、あの人も褒めてくれるよ。たぶん!)
 左瞳に宿る緑の灯火が、揺らめいた。

●機を窺う
「ヒィロ、いける?」
「うん! ボクがなんとか解毒剤を奪ってみせる。そうしたら……頼むよ」
「ええ、まかせて」
 ディアノイマン……美咲の思考は、パズルのようにかみ合っていく。
「もし、ダメだったら、ううん、ダメでもなんとか」
「大丈夫。臨機応変に、でしょ? それに、もし奪い取れなくてもゲームオーバーにはならない。商会の薬だってある。……最善を尽くすわ」
「そう。そうだね! ありがとう」
(こういう時こそ平常心で……)
 美咲と迅のファミリアーが、交じるように飛んでいく。美咲のファミリアーは物陰に潜み、ゆっくりと敵に接近する。
(すさまじい悪意であるな……なにがあればこういう思いを抱くものであるか)
 その中で、ローガンは「助けてほしい」という声を聞いた。人質の様子に、胸が締め付けられる。
(絶対に、助けるである!)
 迅のファミリアーは、敵ではなく、幻の背を追っていく。
「配置についたみたいだね。そういうわけでOKの時はゴリラのポーズでお願いします! ダメな時はVサインで!」
「了解である!」
「はいっ」
「あれ……OKならゴリラのポーズってどうやるである? ドラミング??」

●予定外の取引
 コトリと音がした。――テロリストたちはそちらを向く。
「ああ、なんだ!?」
「全額はすぐにご用意できなかったので、前金を持って参りました銀行員の幻と申します」
 運んでいるのは、アタッシュケースだ。わざとつまずいたようによろける。どんくさいやつだ、と思ったろう。
「前金、だと!?」
 確かに、――この状況で「間に合わない額」を要求した。だが、まさか少しでも持ってくるとは思わなかった。
「そちらにお伺いしても?」
「よし、こっちに」
「通すな!」
 なんといっても手下は金目当てなのだ。予想外の動きをされるのは困る。
「待て、来るな」
「まずはこの前金を受け取って頂かないと、僕の銀行内での立場というものが……」
 留め金が外れた……かに見えたのは手先の早業のなせるものだった。札束が覗く。
「いいだろう、そこに置け。妙な真似はするなよ」
「心得ております。上司は解毒薬の存在を疑ってます。解毒薬をせめて見せて頂けませんか。その代わりにこの前金を全て差し上げますから」
「ふん、確認か」
 ジャケットを裏返す。いくつかの試験管。
「安心いたしました。……請求の金額についてなのですが、双方の意に沿うように」
「しつこいぞ!」
 そのときだった。
 鳥が鳴いた。
「突入!」
「GO!」
 幻はアタッシュケースをふりかざす。札束が舞った。
 熟練の奇術師がお客様の注目を集める術は、千を超える。

 窓が割れた。
 迅がガラスを割って素早く飛び込んでくる。
 続いて、頭上から星夜ボンバーが降り注いだ。
(あれは美咲殿、ですね!)
 注意をひいている間に、接近する。――その間に。
「ウォオオオオ!」
「なんだ!?」
 ドラミングか? いや、ローガンの咆哮だ。
 なるべく息を吸って、思い切り死角から飛び込んでいく。
「こいつ、マスク、……つけてないぞっ!」
(吾輩は好き嫌いせず何でも食べる健康優良児であるからして! 頑張れるである!)
 人質をかばうように名乗り向上をあげる。
 そして、それと同時に、
「そおおおい!」
 二階の窓から飛び込んでくる何か。それは明らかに人に見えた。
 ダイバージェンスメーターが、でたらめに逆向きに回り出し、3・2・1のカウントダウンを刻む。
 TENSION-HIGH。
 振り切れる感情はエネルギーだ。閃光。轟音。そして、爆発。物理エネルギーは異様な計算式を描いて、ヨハナその人にまとわりついている。
 そしてそのまま、五接地転回法で地面をえぐりながら着地する。
(我が輩たちの目的はっ!)
(気をひき混乱を引き起こして、場を乱すことっ!)
 ダイナミックエントリー!
 派手に目立つことならばこの未来人の右に出るものはいるまい。
(こんなところにガスマスクなしで、しかも半ば自由落下みたいにやって来るなんて、たとえイレギュラーズでも馬鹿中の馬鹿にしか見えない……すなわち侮られる、はず!)
 ヨハナの読みは当たっていた。というよりも咄嗟に構えてしまった。有利であると誤認すれば上々。自然と凶器はこちらを向く。
(一生バカの相手をし続けてください!)
 不利を演じる遅延行為。
 それが、意識の隙間を作り出していた。
(ボクの役割は解毒薬の奪取)
 不意に、ヒィロは天井をすり抜ける。目指す先はただ一点、オビュだ。机に着地し、壁を蹴り。
 全ての神経を研ぎ澄ませて狙う。
「うおっ!」
 のしかかる、けれど、押し倒したりはしない。
 ひねりあげ、組み付くようにしてしがみつく。
「くそっ……があっ!」
 渡すくらいならたたき落としてやろうと、男の手が咄嗟にガラスをつかんで振り上げる。
「油断大敵、だゾ!」
 至近距離、壁を抜けた瑠璃が刀を構える。
 一直線の遠くから、容赦のない魔飛刃六短が、男の腕を切り裂いた。
 殺人剣。
 別に殺してしまってもいいと思った。そんな勢いの攻撃だ。
「馬鹿な、なぜ息ができる!?」
「ふふん」
 説明してやる義理はない。
 ディープ・グリーンが煌めいている。
「……やっぱり無事に解放する気なんてなかったんだね、わかっていたけどがっかりだゾ」
 落とした薬は、そのまま重力にひかれ……。
「あとは任せたゾ!」
 瑠璃からのパスだ。
 緑の灯火が燃え上がる。ゆっくりと、ゆっくりと時間は引き延ばされていく。
 かつての思い出が頭の中を駆け巡る。
 生きるために、こんな状況を何度もくぐり抜けなければならなかった。
 ひとかけらのパンのために。
 日々を生き延びるために、危険を侵してきた。
――あら、この子はまだ警戒心を解いてないわ。ううん、責めてるんじゃないわ。才能があるわね。きっと大物になるわ――。
”高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に動きなさい”。
「……ココ!」
 手から離れた一瞬をついて、かじりつくように奪い取る。そしてそのまま、決死の覚悟で後ろへとパスする。
 合図の通り、そこに、いてくれるはずだった。
「受け取ったわ」
 美咲が華麗に着地する。ざっと見渡し、キュアイービルで毒を打ち消した。
「なるべくしゃがんで、この毒は上にこもるわ」
 身を低くさせ、解毒剤を調べる。
 この解毒剤の効果は。投与の量は。そもそも、これは本物の解毒剤なのか――観察力と知識が、その性質を補っていく。
「大丈夫よ」
 心拍数を数える。大丈夫。間に合ったはずだ。
 最良の動きをした。

●計画は破綻する
「余計なことを!」
 怒りを向ける男の攻撃を、ヒィロは鋭く受け止める。
「テロリストさん、計画が台無しになって怒ってる?」
その声は、静かで、……すごみがある声だ。
「実はボクも怒ってるんだ。卑劣なやり方で誰かや何かを壊そうとすることに。そんな計画、キミ達ごとボクがぶっ壊す!」
「のうのうと生きてきたおまえたちに俺の気持ちがわかるかよ!」
 そんなことなかった。
 生まれた場所は、ひどいところだった。あたたかい寝床があればと思っていた。
 今だって、現実的な視点を持った、どこか冷めた自分がいる。
 けど。けれど――。
 その力は、こう使うと決めたのだ。
「ボクは弱者の守りの守り、守りはここに、この胸に!」
 ヒィロは胸を張る。名乗りを上げる――。
 幸せを壊させてたまるモノか。
「ええ、その計画には、断固として賛成いたしかねます」
 撃鉄が跳ね上げられる。ぱらぱらと舞う金は蝶に変じる。
「――罪のない子供を巻き込むなどと」
 幻の奇術『昼想夜夢』は、既に相手を包み込んでいた。弱いモノを狙って起こす悲劇など、我慢ならない。
「お客様、ステージはまだこれからです」
 それは、毒とは比べものにならぬほどの甘美な夢――。瞬きをするたびに合わせ鏡のようにくるくると変わる幻想的な風景。
「くそっ……人質を取り返せ!」
 男たちがヒィロに飛びかかる。一手、読める。力任せの軌道。身をわずかにかがめて回避する。
 続けて、凶器が振り下ろされる。……当たらない。
 ヒィロに攻撃は当たらない。まるで、全て読まれているかのように。
 誰も。
 誰も、助けてくれなかった頃の生きる術。
――その気持ちも、生きていく上では必要ね。
 手を差し伸べて貰ったから、誰かを助けようと思った。
「ヒィロ!」
 仲間がいるから、頑張れる。
 何が起こるかわからない。上手くいくとも限らない。立ち止まらずに臨機応変に。
(美咲さん!)
 彼女は背を向け、一心に治療に当たっている。
 後ろの人質と仲間を守るために、盾になる。追撃に構えるオビュを、瑠璃の剣撃が貫いた。
外三光。やはりその構えは人を殺すためのもの。そして、ためらいのなさは結果的に――仲間を守る。
「戦いたかったんでしょう? 相手をしますよ!」
 迅は名乗りをあげ、立ちふさがる。
 何人かのチンピラが逃げようとした。だが、扉は開かない。ウィルドは歩み寄る。
「無駄ですね。そちらの経路は塞がっておりますよ」
 火種を外に逃がすわけにはいかない。……人質を取られてもやっかいだ。
「さて、下らない茶番劇は終わりにしましょうか」
 ウィルドを見た要人は、思わずはっと息をのむ。幻想貴族たるあなたがなぜここに。ウィルドは一瞬だけ目線をやると、犯人に向き直る。ここでは知られたくはない。

●めくるめく光景
 最初の一頭はひらりと。
 そして、続けて吹雪のように。
 気がつけば――瞬きするほどの一瞬で、青い蝶の群れが群がっていた。
 幻がステッキを振るった。逃れようともがくが、蝶はひらりひらりと身をかわす。敵は――ゆっくりと膝を折った。
「いきます!」
 迅は加速する。オーバーザリミット。安全装置は、今は必要ない。もっと、力を。敵は一瞬にしておいて行かれる。
 ブルーコメット・ツインストライクがひらめいた。迅速なる決着を。

 月下、星天。
 両手の武器と、本能が告げる。
 ううん、とヒィロは否定した。今の攻撃は避けられるけれど、そこに立つことを決めた。
 今は、逃げない。逃げるのはやめにしよう。立ち向かうのだ。
「他愛ないですね」
 ウィルドは防備を固めながら、群がってきた敵を盾でなぎ倒す。トドメまで刺すことは狙っていない。そこにいる。それこそが重要なことだ。
「くそ、逃げられねぇ……!」
「ふんっ!」
 ノーギルティで打ち倒したローガンが、マスクを人質に渡す。
「これで少しはラクになる……はずである」
「あ、ありがとうございます……」
「さて、と」
 瑠璃は立ち上がり、向き直る。蠱惑的に微笑み、誘うように口元を緩ませる。急激に香る色香。それは可憐な、サキュバスの技。
 吸精結界。瑠璃の結界が、際限なく力を搾り取っていく。
「ひるむな! 弱いところを狙え!」
 ヨハナへ向かって振るわれた刃は、ありえない強靱さで曲がった。
「な、なんだ?」
「なんでしょう?」
「はあ!?」
 エドワード式超絃理論装甲膜の仕組みは、ヨハナにだってわからない。でもみんな、自分の使っている道具がどうやってうごいているかなんていちいち気にしてるわけでもなし。
 少なくともナイフでの一撃を完膚なきまでに受け止めて勢いを殺したのだけは事実だ。理屈はあとでいくらでも、つければいい。
「盛り上がって参りましたね!」
 再び、謎のエネルギーがヨハナを包み込む。
 解毒薬は効いたろうか。……咳き込む一人を、外へと連れて行く。
(死なせたら負け……させるもんか!)
 美咲はガスマスクをあて、連れて行く。一瞥。男を衝術で引き離す。
「任せたよ!」「任せたわ!」
 ヒィロと美咲の声が交錯する。
「せぇのっ! 歯を食いしばるであるよっ!」
 ローガンのレジストクラッシュが、思い切り敵を打ち倒した。
 迅の武器はその拳。
 手技主体の武術『八閃拳』。それによって放たれる鉄拳鳳墜。鳳圏の民の、実用的な格闘技。その拳を、彼らも、敵を退け、仲間を守るために使ったろうか。
「僕は、ひきません!」
「くそっ、どいつもこいつも……なにもわかっちゃいない!」
「お客様を見ていて、少々気になったことがございます」
「虚ろ」、――幻が言う。「まるで空っぽ、思想は立派に聞こえるかも知れませんが、ええ。空っぽなのです。まるで台本をなぞっているかのように――いえ、きっと無自覚に」
「テメェ!」
 激高して殴りかかった相手はただの虚像。
 奇術『昼想夜夢』が、オビュを包み込んでいる。確かだと思っていた何もかもが、揺らぐ。ぐらぐらと揺れて霧散していく。
 からっぽ、だった。

●収束
「終わったようでございますね」
 シルクハットをかぶり直す幻。
 人質は全て無事だ。手当を受けているが、美咲の対処によって軽傷だ。
 敵は、全て倒れ伏していた。毒はゆっくりと外の空気と混じって消えていく。
「みんな、大丈夫!?」
 ヒィロの呼びかけに、ローガンと迅が答える。
「ごほっ、ごほっ……大丈夫であります。我が輩よりも先に」
「……ローガン殿! 捕まってください!」
「大丈夫ですかっ!」
 Vサイン。だめな方のサインだ。
「あの、あなたは……」
 幻想の要人が、ウィルドをまじまじと見ている。
「どうしてここへ? いえ、野暮というモノでしょうか」
「イレギュラーズとして、当然のことをしたまでですよ」
 うさんくさい笑みを貼り付け、「このことはご他言なさらぬよう」と告げる。目立ちたくないのだろうと察し、彼は帽子をとって最上級の礼をした。
「瑠璃! ご無事でしたか!」
「エミリア! 尋問するなら僕も手伝うゾ! ……エミリアは右? それとも左?」

成否

成功

MVP

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃

状態異常

ヒィロ=エヒト(p3p002503)[重傷]
瑠璃の刃

あとがき

派手な突入、人質奪還、お疲れ様でした!
素晴らしい連携作戦でした。
またご縁があったらよろしくお願いします!

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