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シナリオ詳細

再現性東京2010:黄金の揺籠

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 もう夜も更けて久しい時間だというのに、夕べに差し掛かったような黄金色の光が当たりに満ちていました。
 眩しすぎず、暗すぎず。ともすれば眠くなるような暖かさで、こんなにも明るいというのにうとうとと昼寝に誘うように目蓋が降りていきます。
 ロッキングチェアに揺られるように一定間隔でゆらんゆらんと揺られては、意識が薄衣一枚ずつ剥がされて「もうお眠りなさい」と暗に言われているようでした。
 ゆらん、ゆらん。
 微かに聞こえる子守歌を聴きながら、ゆったりと体を預けて力を抜く。
 黄金色の靄の中、ただ一切は過ぎていく。
 ――私は、一体何を。
 と、そこまで考えたところで、私は「わたし」がどんな名前であったのか忘れている事に気がつきました。
 時既に遅し。取り返しのつかない事をしてしまったのだという罪悪感が、ちくりと胸の隅を刺しました。
 しかし、もうそれでいいやと投げやりに放り出して、心地好い眠気に身を任せて仕舞いました。
 ああ、眠い。
 煩わしいことなど忘れて、今は眠ろうと思ったのです。
 引き返せないのならここで全て投げ出しても、結果は変わらないように思えました。
 もう帰り道も分かりません。
 そして私は、暗闇に落ちるように意識を手放したのです。


 練達、再現性東京(アデプト・トーキョー)。
 それは異世界『地球』より混沌に召喚され、変化を受け入れなかった――受け入れられなかった――者たちの聖域である。
 神秘を遠ざけ科学文明に浸かっていた彼らにとって、混沌という世界は耐えがたい世界だったのだろう。
 超常を廃した『現実』が続く世界、故郷を模した箱庭の中で旅人達は生きている。

 2010街『希望ヶ浜』、カフェ・ローレット。
 モノクロのタイルが綺麗に敷き詰められ、チェス盤を思わせるフロアでは新作のスイーツを楽みお喋りに花咲かせる学生達が多く集まる場所だ。
 日も暮れて人気の少なくなった一角で、音呂木・ひよのはaPhoneの画面から顔を上げると「お集まりいただきありがとうございます」と丁寧な口調で礼を述べた。
 ひよんのは「早速ですが」と前置きして、依頼の詳細を語り始めた。
 最近希望ヶ浜東区で、幸福な夢に誘われるという不可思議な連続失踪事件が発生しているという。
 事の発端はSNSに投稿された流れた噂だ。
 ――廃墟となったビルの一室でロウソクに火を点し、23時59分59秒ぴったりに「私を夢に連れて行って」とお願いすると、金色の光で出来た蝶が現われ『黄金の夢』に誘われる。亡くしたものや、もしもの世界がそこに広がるだろう。
 『黄金の夢』。それは何の苦しみも悲しみもない、正に理想郷のような場所だと言われている。
 夢枕に立つように現われた淑女からの『あなたの望む世界はなに』という問いに答え、その世界を望む者に門を開き自ら招き入れて共に夢を見るのだという。
 あの時こうしていれば。
 違う選択肢を選んでいれば。
 亡くした人が生きているような、ある種の後悔と願望を掬い取り現実であるかのように見せて閉じ込めてしまう。
 全てのしがらみを忘れて甘く蕩けるような微睡みに包まれれば最後、この夢からは永遠に醒めることはない。
「噂の通り黄金の夢に囚われた人々は、誰一人現実に返ってきていないんです」
 そう告げるひよのの声は固く重い。
 傷付いた心を持つ者にとって、この怪異はあまりにも毒だ。
「ネットの情報を纏めると、この理想郷の主は優しく微笑む女性となっています。
 悲しみに浸り、絶望した彼女が最後に見た永遠の理想郷。傷つける者のない楽園」
 果たしてそれは、本当の救いなのだろうか。
 皆さんならどう答えるでしょうか、と問うひよのは小悪魔めいた笑顔だったが、響きは真剣そのものだ。
「いずれにせよ、失踪者と矢妖<ヨル>をこのまま放置するわけにはいきません。
 皆さんには夜妖<ヨル>の展開する黄金の夢――結界へと侵入し、まずは自分自身の理想の安息と向き合ってこれを打ち破ってください。
 そうすれば夜妖<ヨル>本体が現われるので、退治すれば夢も終わります」
 夢が覚めれば結界は解かれ、失踪した人々も現実へと帰ることが出来るだろう。
「女性は鎮魂歌を歌い、歌声は敵と見なした者を切り裂く刃となって皆さんを襲います。また子守唄は傷を癒やす効果があります。
 それと足元の地面から生えた『腕』と夢の成れの果てです。腕は学校の怪談でよくある、壁から生えた白い腕を想像するとわかりやすいと思います。
 成れの果ては夢を見た主が死んでしまった後に、夢だけが残ったものです」
 腕は手招くことで意識を自分に向け、指を指せば対象に傷をつける呪いを放つ。
 成れの果てとなった夢の登場人物は、手に持った刃物や鈍器などの凶器を複製し、範囲内にばらまくのだという。
 夢と腕を振り払って、歌声の主を退治すればいい。シンプルな依頼だがひよのは「ただ」と言葉尻を濁らせて切った。
「女性が現われるのは夢に囚われた者の前にだけ。倒す為に皆さんには一度夢に囚われて頂かなければなりません」
 夢から醒めるには自らが望んだ理想を破り、心地好い夢を壊さなければならない。
「辛い方も居ると思います。ですが、どうか作り出されたまやかしを越えて解決へと導いてください」
 よろしくお願いします、とひよのは頭を下げた。


 きゃらきゃらと楽しげに笑う声がする。
 声のする方へと顔を上げると、陽光を細く丁寧に撚り合わせたような髪がさらりと頬に流れた。
 愛しい子供達が幸せな夢を見て、笑い声を上げたのだろう。
 笑い声につられるようにして、女も笑みを象った唇を開いた。
 ――眠れ 眠れ 愛し子よ
 ルララ ルリラ ララララ……。
 楽しい夢を見ましょう。
 もう悲しみに沈まなくてもいいの。
 失ったものも、取り返しのつかないことも。みんなみんな塗り替えて、幸せな夢を見るの。
 さあ、私にすべて委ねて。
 黄金に包まれて、夢を見ましょう。
 ルララ ルリラ ララララ

GMコメント

●成功条件
 黄金の淑女の撃破。

●流れ
 儀式を行い黄金の夢へと突入し、あなたの望む世界を見たら、それを振り払ってください。
 夢を拒絶した者に対して、淑女は容赦なく攻撃します。
 これを倒すことで成功となります。

●夢の内容
 淑女に答えた内容が形となって現われた世界です。
 見ることが叶わなかった成長した子どもの姿、亡くなった人やペットが幸せに暮らしているなど『今見ることが出来ない一つの可能性』が現われます。
 夢の内容や、どのように振り払うのかをプレイングに記載してください。

●戦場
 戦場となるフィールドは、夕日に差し掛かったような黄金色の光で満ちています。
 ただ空間が広がっているだけの、寂寞とした空間です。
 視界は良好で遮蔽物はありません。

●敵
 黄金の淑女
 金の髪に金の瞳、優しげな顔立ちの女性です。
 憂いのある表情で傷付いた者へ手を差し伸べますが、彼女の手を取れば緩やかに肉体と精神が滅びるのを待つのみです。
 深い悲しみに暮れており、怒りに対して耐性があります。
・鎮魂歌 広範囲の敵を切り裂く鎌鼬を呼ぶ滅びの歌。ダメージと【狂気】
・子守唄 味方の傷を癒やします。
 いずれも自身を中心とした神域。

 白い腕×6
 地面から生えた白い腕です。怪談にある「壁や地面から生えた白い腕」のようなもの。
・手招き 神遠単 対象にダメージと【怒り】
・指差し 神単 指差した対象にダメージ

 成れの果て×4
 溶けるように崩れた輪郭の人間たちです。彼らを夢見た人物はもう居らず、淑女の手足となって反抗的な人物を襲います。
・排除命令 物近扇 包丁やコンクリートブロックなどを大量に複製し範囲内に投げ飛ばす。

●『黄金の夢』
 希望ヶ浜に流れる噂の一つ。
 
 『黄金の淑女』のテリトリーとなっており、結界で閉ざされています。
 黄金の夢の領域に入るには、廃墟となったビルの一室でロウソクに火を点し、23時59分59秒ぴったりに「私を夢に連れて行って」とお願いしなければなりません。
 そして現われる淑女の『あなたの望む世界はなに』の問いに答えると、あなたの理想の世界が夢となって現われます。
 廃ビルはひよのが特定しており、儀式に必要な蝋燭なども用意してくれました。

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 水平彼方です。幸せな夢は中々見られませんね。
 どんな夢を見るのでしょうか。

  • 再現性東京2010:黄金の揺籠完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月27日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
ノワール・G・白鷺(p3p009316)
《Seven of Cups》

リプレイ

●Bug
 秒針の進む微かな音が騒音に聞こえた。
 か弱い蝋燭の明りを鍵にして、黄金の夢の扉が――隙間から漏れ出る細い光の柱が現われた。
 一日の終わり、23時59分59秒。「私を夢に連れていって」と願えば、女性の声が『あなたの望む世界はなに』と優しく問いかける。
 そして歌声が響く、眠りへと誘う女の歌が。
 隣に居る誰かの願いを掻き消して、自分の声しか聞こえない。
 ――眠れ 眠れ 愛し子よ
 ルララ ルリラ ララララ……。
 そして、夢に落ちて――。

●茜より赤く
「ねねこちゃん、どうしたの。分からないところがあった?」
 眠気から醒めた『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)は茜が心配そうに顔を覗き込んでいるのをみて、なんでもないと首を振った。
 気を取り直して教科書とノートに向き合うと、問題の続きに取りかかった。
 かっこよくかわいい茜ちゃん。
 日が傾いた教室を出て、職員室で遊びの申請をして。にこやかな教師に送り出された後は一緒にお昼を食べて穏やかに『日常』を過ごす。
 茜ちゃんのオススメスポットを探索して、その後は日が暮れる前に家に帰ってぐっすりと眠る。
 何の変哲もない日常、繰り返してきた日々。
「ねねこちゃん」
 別れ際、茜はねねこを呼び止めた。
「なあに?」
「楽しかったね!」
 明るい声でねねこの言葉を待つ茜の白いワンピースの裾が風を孕んで膨れ上がる。
 きっと笑顔だっただろうその表情は、照りつける黄金色の光の所為で霞んで見えなかった。
「……。まぁ……楽しかったです。懐かしかったです。茜ちゃんやっぱりかっこよくて可愛くて……」
 だが覆水は盆に返らず、起きたことは変わらない。
 こうして一日過ごしてみればねねこは既に昔とは変わり果てていて、染みついたネクロフィリアも自分の一部だということを再認識した。
「……ふふふ♪ 知ってましたか? 死んだ茜ちゃんはもっと可愛くて素敵なんですよ♪」
 だから変わり果てたねねこには、今いる混沌の世界の方が過ごしやすい。
「……夢をありがとうございました。でもやっぱり夢は夢でしかないんです」
 ばいばい、茜ちゃん。
 一番綺麗な茜ちゃんを知っているから、これからも美しいものに会いに行かないと。

●ビター&スパイシー
 良い子はふかふかのベッドで眠る時間。『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)は深夜だというのに、碧玉色の目をぱっちりと開いていた。
 メイは悪い子ではなく、イレギュラーズだから。
「今日はこれを飲んで頑張るのですよ!」
 闇に紛れて人知れず平和のために戦う使命を胸に、苦いブラックの缶コーヒーを一口飲み込んだ。
「うぇぇ……もうこれいらないのですよ」
 背の低いスチール缶を豪華なテーブルの脇に退けて、所狭しと並べられた皿を――メイの大好きな辛い食べ物がいっぱい並べられ、食べて欲しいと言わんばかりに誘っている様に見えた。
 アラビアータ、エマダツィ、麻婆豆腐を始めとした四川料理の数々。
 口の中に残るコーヒーの後味を消すために、赤いスープ皿からひと匙掬い取った。
 ぴりぴりと鼻腔を刺す刺激がメイの食欲を刺激して、自然と口の中にじゅわっと唾液が溢れるのが分かった。
 美味しそう!
 魅力的な料理を前にして、メイは「知らない人から貰った物は食べちゃいけません」という母親の言葉を思い出す。
「むむむ……食べ物いっぱい気になるですが、メイは良い子なのでちゃんとお母さんの言いつけは守るのですよ!」
 気合十分に両手を握り締めて、メイは手に持ったスプーンを手放した。
「それに夢で食べてもお腹が膨れるとは限りませんし、騙された気がするのです!」
 夢の中にはない美味しい料理を思い浮かべて、メイは黄金色の境界線を勢いよく飛び越えた。

●彩度のない幸せ
 望む世界を見ることが出来る夢、なんと甘美な響きでございましょうか。
 無彩色に染まった『真術師[マジュツシ]』ノワール・G・白鷺(p3p009316)は歌うように述べ、黄金の帳を潜る。
「ただ、覚めない夢はございません。ありきたりな常套句でございますが。
 囚われた人々、お寝坊様の夢を覚ましに参りましょう」
 ……少々芝居がかり過ぎでしょうか、と微笑む様はいっそ艶美なほど。
 そして相対したのは、両親の手を取り嬉しそうに笑うただの『娘』の姿だった。
 おや、とノワール目を瞬かせていると、娘は瞬く間に成長し少女となる。学び遊び、様々な人との出会いを重ねていく。
 伸びやかな四肢は柔らかく丸みを帯びて、自我の目覚めと恋を知る。
 美しい女性となったその人は、一人のパートナーを選び契りを結ぶ。
 そうして寄り添い生きて、老いてゆき、出会いと別れの繰り返して天寿を全うする。
 ノワール・G・白鷺が、本当に?
 極々平々凡々な人生は幸せなのだろうか、果たして満たされるのだろうか。
「甘いだけの夢なんて、私は御免です。胃もたれしてしまいますから」
 寄り添い歩いてきた、そんな夢を共に見たパートナーの手を思い切り払い除ける。
 『どうして』と悲嘆に暮れる表情を見て、にこりと笑って胸を軽く押す。
「辛酸甘苦味わってこその人生。私が望むのは、味わい深い現実です」
 さようなら、甘いだけのあなた。悲しみにくれたその顔が、怒りに歪むことはないでしょうが。

●埋み火
 白い毛並みを優しい手が撫でる。
 春の日差しの中、温かな膝の上で背を優しく撫でられて、『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は猫の姿で幸せそうに喉を鳴らした。
 気持ちいいか、と問う琳瑯の柔らかな声に、彼女の存在が肌から沁み体の隅々まで行き渡るような心地がした。
 これは夢だ。分かっていても、まだこのままで居たいと思ってしまう。
 今も背を撫でられている心地よさが、気色ばむ汰磨羈の神経を宥めてしまう。
 違う、彼女は汰磨羈の目の前で、毒を飲まされて死んだ。
 苦しみの中血を吐き、共に居られぬ事を詫びながら――そんなことは言わずとも分かっているのに! ごめんね、の分だけ命が縮まるのを見ているだけしか出来なかった。
 もう『決して叶わぬ』黄金の日々。
「これに惑わされたら、あの世で笑われてしまう」
 ――これ白瑩、それは私では無いぞ
 妖刀『絹剥ぎ餓慈郎』の柄に手をかけ、音も鳴く抜き切り捨てる。
 琳瑯、と一度だけ、御主人の名前を呼んだ。
「その名の猫は、もう居らぬ」
 『飼い主に幸運を齎す』瑞獣はもう居ない。
 あの日炎に焼かれて、御主人と共に灰になったのだから。

●針と剣
 人は誰しも幸いを望むものだ。
 特別なものは望まない、それはいま『艶武神楽』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)が手に持っているから。
 ただ『普通』である世界。
 一人の娘としてドレスに身を包み、左眼は黄金色に輝くことはなく、特筆すべき身体能力もないただの令嬢。
 恋をして結婚をし、我が子を腕に抱きながら寄り添う夫に微笑みかける。
 温かな温もりを抱いて、ブレンダは疑いようもなく幸せだった。
 愛おしい人々と共に笑い、辛い時に涙して歩む人生。
 争いも諍いもない、唯々平和な世界。黄金色の光りに包まれて、微睡むように幸せに溺れる。
 ズキリと前髪に隠れた翠色の左眼が痛んだ。
 呻き片手で押えると、心配そうに声をかける夫と子どもの姿があった。
 幸せな光景がずっと続けば良いと思う。
「しかしそうはいかないんだ」
 ひらいた左眼はいつしか金色の輝きを取り戻していた。
 平穏を生きるブレンダであれば、混沌に呼ばれることもなく、あの人と出会うこともなかっただろう。
 こんな世界を望んでいた。けれど憧れ望むより、もう現実を受け入れていた。
 混沌に呼ばれることもなく、あの人と出会うこともなかった世界を考えられない。
 何より今のままのブレンダでいいと言ってくれる人がいる。
「私は淑女として針を持つのではなく剣に魅せられたのだ!!!」
 ドレスのスカートを大きく裂いて一歩踏み出し、両手に二振りの愛剣を握り締める。
 道は常に平坦では無い、だがそれこそがブレンダの歩む道なのだ。
 いつもの鎧姿に戻っていたブレンダは、幸せの象徴だったものを握り締めて果敢に振るう。
 黄金の靄を裂いて、黄金の輝きを宿した女騎士は夢を後にした。

●最適解の“痛み”
 機械に夢を見る機能はない。与えられたプログラムを実行する為の筐体を持ち、人工知能は演算とシミュレートを重ねていく。
 そうして『痛みを背負って』ボディ・ダクレ(p3p008384)の導き出した理想とは、得られなかったifは、『痛み』と共に現われた。
 天使によって生きながらえた少年が奇跡的に回復し、泥に成り代わられた少女と、存在理由を問うた黒い泥は『何事もない日常を歩み』ながら親友とショッピングを楽しんでいる。
 誰かを犠牲にして生きている必要も、死ぬ必要も無く、朗らかに生きて、学校に通えている世界。
 ソメイヨシノは白く眩いばかりに咲き誇り、優しい雨の様に降り注ぐ。
 目隠しをして針の穴に糸を通すような、奇跡の中で日常を歩み続ける二人。
「きっとそれは私にとって理想郷なのでしょう。
 ……そして、不完全な世界です」
 スピーカーから発せられたのは沈痛な声。
 間違いなくボディの人工知能が導き出した『理想』であった。
 しかし目の前の理想が彼の背負う『痛み』を否定して無かったものにしてしまったことが、ボディに改めて結果を突きつけるものとなっていた。
「私はあの時、演算をし、思考をし、行動をし、『殺す』ことが最適解だからこそソレを選んだ。
 そこに『もしも』を挟む余地は無い。そんな物はただの夢の言の葉だ」
 自身の選択で痛みを感じたとしても、ボディはソレを背負うと決めた。
 過去は変わらない。それを隠す物はいらない。
「機械は、夢を見ないのです」
 だから、お休みなさい。

●名無しの夢
「おはよう、ニコラス」
 名を呼ばれたことに――その声が幼く懐かしい声だった事に驚いて、『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は部屋の中を見回した。
 リリ、デリ、リディ、イート。
 彼らの名前を呼べば「何だ改まって、仕方がないな」と邪気のない表情で笑った。
「ここは安全な場所だし、外は嵐だから晴れるまで休むべきよ」
「ニコラスは頑張った、だからもう休め」
 心地好い温もりに微睡み、それもいいかと思いかけた時、彼らの背後で陽炎のように一人の男が現われた。
『俺の代わりに世界を救え』
 ハッと息を呑み手を止めた。
 吐息のように漏れ出た名前は、声帯を震わすことなくひゅうと喉を鳴らしただけ。
 ニコラスにとって夢から醒めるにはそれだけで十分だった。
「立ち止まれ? 休め? 微睡めと? 馬鹿言ってんじゃねぇぞ」
 それは悪かねぇ選択肢だ。しかし、しかしだ。だからこそ。行くしかねぇんだよ。
 この身を焼く炎を感じて誰が立ち止まれる?
 この身を突き動かす意志の炎を感じて誰がぬるま湯なんぞで満足できる?
「立ち止まれるわけがねぇ。満足なんざできるわけがねぇ。あいつらの最期を、糞爺の言葉を覚えている俺がこんな所で止まれるかよ!
 この程度の安らぎで満足するなんて考えてんなら大間違いだ。俺はこの夢を拒絶して外に出る」
 咆哮と共にディスペアー・ブラッドを握り締めた腕を引き、前へと突き出した勢いそのままに横に振るう。
 ナナシの纏う衣と同じ赤色が、未来を求める意志を称えるように鮮やかに黄金を破った。

●涙は孤独の抗体になるか
 初めてみる映画作品を見るように、ゆっくりと辺りを見回した。
 小さな村の、懐かしく感じるが見知らぬ景色だった。
「『    』さん」
 その声を聞いて『特異運命座標』トキノエ(p3p009181)は首を捻った。引っかかりはあるものの、気に留めずそのまま歩き去ろうとした。
 だがあちこちから知らぬ名前が聞こえ、あっという間にトキノエは村人らしき人々に囲まれてしまった。
「『    』さんお帰り!」「みてみて、お花摘んできたのよ」
「今日はウチで晩飯食ってけよ」
 子どもに手を引っ張られ、大人には無遠慮に肩を組まれ。もみくちゃにされていたら差し出された花を『つい』受け取ってしまった。
 花は腐らず、トキノエの手の中にある。
「……平気、なのか」
「何を今更、これ位どうってことねぇ!」
 恐る恐る問いかけた言葉を、肩を組んだ男は「今日は可笑しな反応だな」と磊落に笑い飛ばした。
 ああ、ここは。トキノエの望む理想だったか。
(確かに望んだ世界だ……ま、ずっと居たいとは別に思わねえが。
 あとは、ここを『拒絶』すりゃ出られんのか?なんだ、簡単じゃ……)
《いやだ、此処ならみんながまだ生きている。
 毒でないのなら過ちを繰り返すことはない! 此処でなら俺は、救――》
 うるせぇ! と心の中で罵り、勢いに任せて言葉を叩きつける。「こんなのは知らねえし、要らねえ」
 慟哭を振り切って、拒絶を叩きつける。
 トキノエを囲んでいた人々は『あの日と同じように』、「ありがとう」と言って『最期まで』笑って消えていく。
 喉が痛い、誰かの叫び声がうるさい。
 咄嗟に耳を塞いで、骨を伝う声にハッと我に返る。ああ、なんだ。うるさい奴は『ここ』に居たのだ。
 ……バカみてえに泣き叫んでいたのは、俺だ。
 掠れた声を引き取って、夢が終わる。
 余韻は涙と共に、トキノエの肌の上を伝って落ちた。

●夢は破れて
「どうして」
 あなたは私の夢を拒絶したのか。悲しみに震える声で問う淑女に、ニコラスは晴れやかに答えた。
「夢如きで立ち止まってる場合じゃねえって分かったからだよ」
「辛いものは美味しそうでしたけど、お母さんの言う事はやっぱり正しいと思うのですよ。
 良い子は寝る時間だから早く帰らないと、露払いは任せるのですよ!」
 ニコラスはT.O.B.道を開き、メイはロケッ都会羊のスラスターを点火し、道を更に広げるように蒼い彗星のように真っ直ぐ飛んで白い腕を引裂いた。
「……いかにもな面だな、貴様。
 今の私は、虫の居所が少々悪い。手荒に行かせて貰うぞ!」
 手招く白い腕を妖刀『絹剥ぎ餓慈郎』で地面を斬り抉る。
 放つのは厄狩闘流新派『花劉圏』が一つ、斬撃爬浪『鶏頭烈葩』。
 足元で炸裂した構成結界が鶏頭の花のように吹き上がり切り刻む。
 ブレンダは三人が開いた道を走り、淑女の元にたどり着く。
「一曲付き合ってもらおうか!」
 ダンスへと誘う代わりに、両手に携えたフランマ・デクステラとウェントゥス・シニストラを操り圧倒的な手数で攻め立て押し込む。
 淑女がブレンダに手を取られている間に、ボディは白い手へとブルーコメット・TSを撃ち出した。
 撃たれ悶えながらも手招くそれらを躱しながら、ねねこはニコラスの傍へ身代わりとねねこ人形を置いた。
「……ふふふ♪ さぁて! さくっと黄金の淑女を倒して死体でも見に行きましょう♪
 私は今少女の死体が見たい気分なんです♪」
 薄暗く恍惚と、邪気のない笑顔のねねこに、成れの果て達が鉄筋コンクリートの塊をぶつけていく。
「夢はもう十分に見たでしょうから、そろそろ目覚めては如何でしょうか」
 ソウルストライクを放つノワールの狙い澄ました一撃が、腕を穿ち消し去った。
 引き留めようと縋る手のように、夢の名残に囚われていたトキノエは掌で雑に涙を拭うと、ぬめる感触に驚いてまじまじと見つめた。
「……あ? なんで泣いてんだ俺」
 目の前を見れば仲間達の背中がある。皆眼前の敵に集中して、トキノエの涙に気づいたものは居ないのは幸運だった。
「くそ、考えんのは後だな……まずはこいつらを倒す!」
 なるべく巻き込めるように、と位置を定めて生成したヴェノムクラウドが腕と成れの果てを蝕んでいく。
 一本、また一本と引き留める腕は消えていく。
「あ、ああ……夢を見た子達が」
 涙を流し嗚咽を漏らし、彼らを癒やすための子守唄を紡ぐ。
 ルララ、ルリラ、ララララ。
 悲しみに沈む鎮魂歌と慈しむような歌声が黄金の輝きを呼ぶのをみて、汰磨羈は心の裡で厄介な! と吐き捨てた。
ブレンダの左眼に宿した統率の黄金瞳が狂気を防ぐとはいえ、手早く終わらせた方がいい。
 なら回復が追いつく前に倒しこの夢を終わらせるのみ、『鶏頭烈葩』を重ねて放ち二重三重と花で刻んでいく。
 成れの果ての一部が淑女を抑えるブレンダを何とかしようと、彼女にナイフを雨の様に降らせている。
「ブレンダさん!」
 すかさずねねこがハイヒールグレネードver.2を投擲しブレンダを癒やす。いざとなれば飛び出し庇うつもりで、戦況に目を光らせる。
 踊り続けるブレンダだけではない、散開する味方の状況を常に更新し最善手を打ち支える。パーティの柱として、ねねこは優秀だった。
「ドーンっとたたみかけるですよ!」
 トップスピードに乗ったメイがスーパーノヴァで敵を粉砕し、ボディもソレに続いて腕へと拳を打ち付けた。
 手招く腕はもう居ない。
 ならばとノワールは成れの果てへと凶手を伸ばす。歌声に抗う術がないノワールは淑女との距離を慎重に計りながら、銀のカトラリーを投げつけた男だったものへブラッドウィップを仕返しする。
 怯んだ男へトキノエが呪術を仕込み、仮初めの命を刈り取った。
 最後に残った女がメイのスーパーノヴァ倒れたのを見て、イレギュラーズ達は淑女へと一気に畳みかける。
「いいものを見せてくれた礼だ。派手に逝くといい!!」
「夢とはいえあいつらとまた会えたのは感謝しようじゃねぇか。だからお礼をしてやるよ。黄金の夢とともに眠りやがれ、黄金の淑女」
 もう逢えないと思っていた。
 仮初めとはいえ、幸せな時を過ごせたことは嬉しかった。
「変わらない過去ばかり見るのではなくて、変わってしまった私で生きていくんです」
 気づいてしまったから、もう戻るつもりもない。今の方がずっと楽しいと、再確認できた。
「やはり私は、色んな味があってこそ人生がより味わい深くなりますので」
「一応礼は言っておこう。貴女のおかげで私は今の私をもう少し好きになれそうだ」
 平凡な幸せよりも、例え困難が待ち受けようとも今ある現実の方がいい。
「夢は必ず醒めるものです。囚われるものではない。
 耽溺するだけなのならば、私はそれを否定する」
 過去は変わらない、覆らない。
 痛みごと背負うと決めたのだから此の儘がいい。
「知らねえ顔ばっかだったけど、それでも……逢えて良かった」
 この夢から醒めて、現実へ。
 さようならと別れを告げて、帰るために。
「そう、ですか。それがあなた達の、理想なのですね」
 斬り、貫かれ、打たれて。淡く微笑んだ淑女は光の中に溶けて行く。
 悲しげに呟いた声は掠れて、甘い余韻ごと消えた。

 ――――
 ――

 現実へと帰還したイレギュラーズ達。
 途端、静寂を裂いてぐうーとメイのお腹が大声を上げた。
「食べ物の夢を見たらお腹が空いてきたのですよ……。
 でも、こんな夜に食べちゃうと体に悪いと怒られてしまうのですよ……」
 メイは空っぽになったお腹を抱えてしゅんと耳を垂らした。
「むぅ、皆さん早く帰って寝るのですよ! それから、早く起きてご飯いっぱい食べるのですよ!
 メイは朝ご飯いつもより大盛りで食べるのですよ!」
 えいえいおー! と元気よく帰り道を進むメイを見て、誰ともなく笑い張り詰めていた体の力を少し抜く。
 夢が終わり、朝が来る。
 新しい一日は、もうすぐそこに迫っていた。

成否

成功

MVP

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて

状態異常

トキノエ(p3p009181)[重傷]
恨み辛みも肴にかえて

あとがき

お疲れ様でした。ifの世界を見せる夢の物語は如何でしたでしょうか。
皆様の夢はどれも心を打つ、素敵なものばかりでした。
皆様の夢や理想、思い描いたものたちは全て愛おしく感じられました。
MVPはトキノエさんに。あなたの涙は、きっと心から流れたかけがえの無いものだと思います。
最後に、改めて皆様に私から拍手喝采を贈ります。

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