シナリオ詳細
<無貌の海原>無数の民
オープニング
今宵の境界図書館の一角は、旧い歌声にて満ちていた。
果てしない海、悠久の刻、遠い水平線の彼方の国々を詠うその音色には、賛美と、憧憬と――それからどことない離愁が含まれている。
けれどもそんな旋律は、不意に途中で止まるのだった。まるで、これ以上はその歌詞を思い出せぬとでも言うように。
理由は……歌声の主が手に取り広げる書物を見れば、自ずと窺い知ることもできたろう。本の頁は真っ黒に塗り潰されており、内容を読み取ることは叶わない。そこにあるのは奪われた歌。二度と奏でられぬ曲――誰かが取り戻してやらぬのならば。
歌声の主――深海色の鱗を持った人魚の女王は、そこで手の中の本を傍らに置いた。
「お蔭様でこの本の墨も、幾分晴れては着もうした。それでも、『無貌の海原』の全容を取り戻すにはいまだ至ってはおらぬ……」
本そのものと同様に、全てが闇に覆われた海洋世界、『無貌の海原』。特異運命座標は自身の想像力と女王の持つ『星の砂』の力を大いに振るい、少しずつ海洋世界の闇を晴らしてはきた。が、今はまだ、その闇の全てを晴らし切るには遠い。
この世界では、『星の砂』を持つ者が想像力を膨らませたならば、闇の中に、思い描いた通りの光景があったことにできる。その結果、『無貌の海原』にはとりどりの文化を持った無数の種族・民族が暮らし、繁栄を謳歌していたことが“判明”しはじめている。
彼らの中には闇の正体を知る足がかりとなる言い伝えを憶えていたり、半人半魚の神々を祀る古代海洋帝国の遺産を管理したりする者たちもいるかもしれない……だとすれば、それらはどのようなものか?
南では自然と調和して生きる人々が、太古からの警鐘を語り継いだかもしれない。
北では高度な文明を築いた人々が、誰も知らぬ真理を解き明かそうとしているかもしれない。
想像し、創造せよ。
それが『無貌の海原』を闇から救う、唯一の手段であると女王は語る。
そうして皆がこの世界のありようを定めていったなら、きっとその重なりの中から真実とすべきものが現れて、必ずや闇を祓うのであろう。
- <無貌の海原>無数の民完了
- NM名椎野 宗一郎
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年12月15日 22時05分
- 参加人数4/4人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
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参加者一覧(4人)
リプレイ
●西の街にて
賑やかな街の喧騒の中を、『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は散策していた。
見たこともない様式の建物に、何処から来たかも解らぬ人種。滅多なことでは“主さん”の元から離れずにいた生い立ちが故、この海にて連なる世界の多くが想像でしか語る他はない。
それでも色鮮やかな魚たちを競り、湯気の立つ料理を拵えて。それを売り、それを買い、頬張りながら歌と踊りに現を抜かす……そんな人の営みに欠かせぬものは、どこの世界においても変わらない。
だが――その中でどうしても慧の意識が向いてしまうのは、庭番の傍らの畑仕事という生業ゆえか、やはり農作物の部類であっただろう。
「どうしたね? 何かお探しのものでもおありかね?」
「いやぁ、何がってわけじゃないんす。実家でも色々育ててるんすけど、こう、新しい食材も欲しいんすよね」
八百屋の前で佇んだところを店主に呼び止められて、そんな返しが口を衝いて出る。
店主が、いいものを仕入れたばかりだという顔をした。
「こんなのはどうだ? こいつは南の旧い島でしか採れない珍しい果物で――」
この海原全てから見れば、はじまりの島と目と鼻の先に浮かぶ西の島。慧が向かった港付近は、昼夜を問わぬ活気が満ちたこの島の顔だ。
ただし、そこから少しばかり山沿いに向かったならば、静寂に包まれた街並みも現れるものだった。白亜のドームの宮殿に、幾何学タイルの領事館。けれどもアーマデル・アル・アマル(p3p008599)の目的地はそのどちらでもない……それらの脇に堅牢に佇む、島立中央図書館だ。
足を一歩踏み入れた途端、肌を撫でるのはひんやりとした空気。受付脇の案内図を見れば、世界各地より届いた書物が、分野別、時代・地域別に整然と分類されているのが判る。
「神話・伝承……ここか」
人の背よりも高い棚の迷宮を彷徨った末に、アーマデルは一つの区画で足を止めた。パピルス、貝葉、羊皮紙、昆布紙……棚には収納性の高い素材で作られた蔵書ばかりが並んではいるが、出典の古い文献類の多くは、恐らく石碑や粘土板から転写されたものも含まれているだろう。
時代によってあやふやに遷り変わっていった伝承が、変わりゆく姿そのものを遺されていた。或いは最初に記録された時点で、既に何らかの解釈を通したものであったかもしれない……ある島では半神の英雄として現れた人物が、別の島では似た名前の悪魔として伝えられるなど。
そして、その遷り変わり続ける伝承の中に……一柱の神がいた。
(旧い、火山神とも呼ぶべきか)
道往く数多の種族に問うてみたところ、誰もが自分たちの知る火山と関連付けた神。恐らくは『パウダー・アクアの拳』黎 冰星(p3p008546)が見つけた礼拝施設が、信仰対象としていただろうもの――。
●真実への登山
管理する者のいなくなって久しい礼拝堂を調べ終えた後、冰星はそれを後にした。
どこにでもありがちな自然崇拝の一つ――そう単純に結論付けてしまうのは容易く、しかしそれでは喪われた真実は、決して冰星の前には現れないだろう。
だから、礼拝堂を後にしたその足取りは、これまで来た方角とはまるで逆。調べれば調べるほど存在が明らかになった同じ様式の礼拝施設の中には、火山から大きく離れたものまであったのは何故か? それほどまでに『火山』という存在が、古代の人々にとって大きなものであったのか?
「神の怒り――」
今では木々の根に包まれた溶岩だらけの山肌を踏み締めながら、そんな言葉が冰星から零れ出た。この世界でかつて破局的な噴火を引き起こした火山があったのだとすれば、人々がそれを鎮めるために祈ったと考えれば辻褄は合う。
近いようで遠いような、不安を掻き立てるような空。暗雲のように立ち込める『無貌の海原』を覆った闇は、山頂を目指してじっとりと汗に濡れる冰星を、まるでせせら笑うようにさえ見えた。それを……彼は、何事もなかったかのように受け流す。
「さあ、『星の砂』よ。この島の未だ秘めたるもの、それを私に見せてください」
こちらには、真実を暴くための武器がある。そして冰星にはそれを使いこなすための意志――以前の初探訪で僅かなりとも明るみにできたこの島を、今度は全景として見てみたいという願望がある。
次第に薄くなりゆく植生を肌で感じつつ、山頂に続く最後の一歩を踏み出した時。
冰星がそこで見たものは、ひとつの驚くべき、そして怖気を震わせる光景だった。
●火山の秘密
この海に誰も知らぬ神話の継承者たちがいるという噂を耳にしたのは、『麗金のエンフォーサー』ロスヴァイセ(p3p004262)がこの世界の神話学者を探していた時のことだった。
人々が『旧き民』と呼んで畏れた魚人族。歴史にすっかり埋もれた末に、居場所はおろか、今も存続するかすら定かではない者ら。
が……その噂が決して出任せではない証拠は、つい先程、ロスヴァイセの目の前に現れたばかりだ。その端緒となった偶然にしては出来過ぎた幸運は、きっと『星の砂』に篭めた期待が生んだ必然だったのだろう。
「如何にも、この世界の力ある存在は、今知られて居るような『神々と巨大魚』では御座らん」
かの古代神殿の神々と同じ姿を取った、半人半魚の老人は、ロスヴァイセの疑問にそう答えてみせた。
「今となっては唯一柱、『世界鯨』のみが真の神なり――世界総てを丸ごと呑み込む、始原と終末の巨大魚こそが」
老人はかく語る。古代帝国が奉じた神々は、実のところ、彼ら『旧き民』の神話を取り込んだものであった、と。『旧き民』とは異能の民であり、その力は時に恐れられ、時に崇められもした……文明の発展と共に危険視が神聖視を上回り、迫害の末に身を隠すに至った彼らは、古代帝国の“再解釈された神話”とは異なる、“真なる神話”を伝えると言う。少なくとも、彼らは自分たちの神話こそが最も真実に近いと信じている。
「では、帝国の『半人半魚の神々』はあなたたちの中では何と伝えられているのかしら? 彼らは戦いの果てに、どこにいったのかしら?」
「今や、彼の神々には力など無し。『世界鯨』との戦いの果てに力を喪い、天より堕ちたるが儂らの祖先よ。大地の奥底より熱き潮を吹き、世界を呑み込む破壊の権化――其れの力を暫し封じた代償としては、余りにも喪うものが多すぎた……」
もしやこの世界の火山信仰は、『世界鯨』の潮への畏怖が変じたものではあるまいか? ロスヴァイセはそんな想像をせざるを得なかった。事実、アーマデルが文献を突き合わせることで朧げに浮かび上がってきた真実も、その想像を裏付けてくれる。旧い地上の文献には、火山神の権能の表現として枕状溶岩――海底火山の特徴が散見される。にもかかわらずそれは伝承が海よりやって来たことから生まれた創作らしく、元となった海洋種族の文献では逆に大気中での噴火に似るのだ。まるで、鯨が海面で潮を吹くような。
それが真に神鯨の潮と呼ぶべきものの存在を示すのか、火山を鯨になぞらえた――火山が天を煤で曇らせる様子も、巨大な鯨が世界を呑み込んだようにも見えるだろう――だけなのかまではアーマデルにも簡単に判断できはしない。だが事実――。
――冰星が山頂で目にしたものは、すり鉢状に窪んだ火口湖が空と全く同じ絶望的な闇色に染まり、そこから天に向かって闇の粒が噴き上がってゆく様子だったのだ。
●抗う光
八百屋の主人から聞いた話を元に慧が訪れた南の島は、太陽の輝きに満ちていた。
「へぇ。こんな果物のために辺鄙な島までやって来るなんて、変わってるね」
椰子を思わせる木の根元で収穫作業中の浅黒い肌の少年が呆れるが、手伝うからいろいろと教えてくれと頼み込む慧。
「いいよ。まずはこの果物にまつわる言い伝えからだ――」
濃い黄色に色づく棘だらけの果物を、人々は『太陽の果実』と呼んだ。
少年の語った言い伝えによれば、この実は世界が闇に覆われる時に輝いて、闇に抗うと言われているらしい。
葉の根元に生ったその実をもいだなら、果実は慧の手の中でうっすら光を帯びた。
「ありがとな。これで俺たちが為すべきことが、少しは見えてきたようだ」
そう返すと少年は誇らしいような表情を見せ、けれどもやはり照れたのか、すぐにまた収穫作業へと戻っていった。
●探検報告
『無貌の海原』は『世界鯨』に呑み込まれていた。
『世界鯨』とは荒ぶる火山神であり、終末であり、呑まれた世界は闇に覆われて消える。『無貌の海原』は今まさに消える寸前にある。
……が、『世界鯨』には抗うことができる。太古の時代には神にも等しい力を揮った『旧き民』が力の大半と引き換えに終末を一時退けたし、そして今も『星の砂』を手にした特異運命座標が抗わんとする。
世界は絶望の縁に立たされてはいるが、今はまだ希望を失ってはいない。特異運命座標たちだけでなく、世界には『太陽の果実』をはじめ、他にも闇に抗う術が隠されているようだ。
我々は今、反攻の兆しを見た。この兆しを育めば、必ずや『無貌の海原』は救われるであろう。
だが、そのためには特異運命座標は、より多くの光をこの世界で見つけねばならない。
必ずや、その大いなる探索行は実を結ぶであろう……特異運命座標たちが想像と創造を止めない限り。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
本来の名も忘れられてしまった世界、『無貌の海原』へようこそ。椎野です。
本ライブノベルシリーズの最終的な目標は「世界を閉ざす闇を払うこと」ですが、今すぐにそこまで辿り着く必要はありません。
これまで皆様が積み重ねた想像によって、海洋世界には多彩な人種が暮らしていることが明らかとなりました。
ただし、現状では「海域に住まう様々な文化の持ち主たちが交流している」という事実が知られているだけで、具体的にどのような場所にどのような人々が住んでいるのかは闇の中です……つまり、皆様が自由に想像することができるのです。
プレイングには、どのような場所・施設・人々などを相手に、どのような調査や交流を行なうのかを記載して下さい。そうすれば『星の砂』の力によって、探究を望めば探究の機会が、冒険を望めば冒険の機会が現れてくれることでしょう……とはいえ、世界のありようを大きく変えてしまうほどの偉大な想像を具現化するには、幾度も想像を重ねる必要があるかもしれませんが。
今回の主題は「未知の人々との遭遇」を想定しています。この『無貌の海原』は広いため、これまで判明した事実に囚われずに自由に想像を膨らませて下さって構わないのですが、だからといってこれまでの事実を踏まえたり、これまでの調査を継続したりしてはいけないわけではありません。
以下に、『<無貌の海原>呑み込まれし世界』『<無貌の海原>新たなる門出』で判明した事実の一部を記しますので、必要があればご参考下さい(より詳細な情報にご興味があれば、上記ライブノベルのリプレイをご覧下さい)。
・はじまりの島
豊かな南国のサンゴ礁の島です。特異運命座標たちの最初の冒険はここから始まりました。
・西の島
はじまりの島の西に浮かぶ、大きな港町を擁する火山島です。様々な種族・民族の様々な船が港を訪れます。皆様はこの島で海図を手に入れましたが、この海図も世界を覆う闇により、各地の港などを示す幾つかの光点を除いて黒く塗り潰されてしまっています。
荒くれ者の船乗りたちの喧嘩などはあるものの、平和の上の繁栄を謳歌していると言えます。
・古代海洋帝国
かつて『無貌の海原』を統治していたらしい大帝国です。現時点では、巨大魚ないし大海竜と神々の戦いを描いた神話のレリーフの遺された海底神殿と、西の島の火山に向かって作られた礼拝施設の遺跡が探査済みですが、調べれば至るところに遺跡が見つかるでしょう。
神々の戦いと火山礼拝との間にどのような関係があったのかは現時点では不明ですが、それらを繋ぎ得る事実が判明すれば、世界を覆う闇の正体に近付けるかもしれません。
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