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シナリオ詳細

天の繁栄・地の汚濁

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――咀嚼音。
 硬い『何か』が折られる音と『何か』を嘗め回す音が響いている。
 ここは暗い。暗い場所だ。
 周囲に灯りはない上に、酷く汚らしい臭いで満ちている。
 とても人の住まう所ではなく――だからこそ此処にいるのは。
『――』
 人ならざる者、だ。
 それはまるで肉塊が如き存在。巨大にして歪たるソレは巨大な歯と複数の触手らしきモノを蠢かせていて――奴は実に、実に腹を空かせていた。
 最初は小さかった。故に『此処』にいる鼠達でも満足していた。
 だが段々と成長し始めた個体はやがて鼠を貪りつくしても満足できなくなった。
 もっと大きな個体が必要だ。もっと、もっと――
『――』
 そしてある日気付いた。何か『声』がどこからかする事に。
 鼠ではない。もっと何か別の存在……
 ああいやもう何でもよい。腹が減ったのだ、どこにいる?
 声を辿りて異形は往く。辿り、辿り、行き着く先にあったのは。

 大きな――『蓋』で――


「なんだと? 行方不明者が出ている?」
 天義の北部側にある都市『カッシーニ』の警護を務める騎士団の長は、部下から齎された報告にそう零した。
 この街は天義の中でも北部に位置し、普段は風光明媚な地として知られている――周囲には木々が広がり、近くには穏やかな湖もあって治安も比較的良好だ。
 強いて言うと更に北に位置している山からは時折魔物が降りてくる事もあるが……それも騎士団が兵を展開すればさほど難しくもなく撃退できる程度で、常はやはり平和といえよう。
 だがそんな街で珍しい問題が起こっていた。行方不明者だと――?
「はい。子供から大人まで複数人……それも、行方不明者は別に街の外に出かけた訳では無いようです。外へ出たという目撃情報もないですし、行方が分からなくなる前に外へ出る用事があった訳でもないと」
「つまり『街の内部』で消えたという事か?」
「今の所の情報からはそう推察するしか……勿論調査してみなければ分かりませんが、何か異変が起こっている事は間違いなさそうです。人攫いに攫われたか、それとも……」
「むぅ……とにかく早急に調べねばならぬ、が。しかし弱ったな。
 魔物が降りてくる時期だ。騎士団の人数をそちらに割かねばならぬ」
 団長は頭を抱える。どうして時期悪くそのような問題が発生するというのか。
 無論善良なる民が――もしかすればなにかしらの事件に巻き込まれているとすれば放ってはおけない。だが全ての物事に全力で取り組めるだけの人手が必ずしもあるとは言えないのだ。
 魔物を放置すればそれでも民に被害は出よう。さてどちらをどう優先したものか……
「ならばイレギュラーズに依頼してみてはどうでしょうか。彼らならばきっと」
「おおそうだ。それは良い考えだな! よし。彼らに早急に連絡を取ってくれ。行方不明者の情報だけは纏めておいて、後で彼らに渡すのだ。騎士団は魔物の相手の方を優先するとしよう」
 ハッ! と部下は軽快なる返事をして、ローレットへと連絡を取りに走っていく。
 これで安心だ。かの英雄達であれば街で発生している事件もきっと解決に導いてくれるだろう。どこへ消えてしまったかは分からぬが、行方不明者達の足取りもきっと掴めて万々歳の結末となるだろう――
 少なくとも団長は、この時はそんな結末になるだろうと思っていたのだ。


「行方不明者が発生した地点――正確には最後の目撃情報は街の各地です。
 公園であったり住宅街であったりと統一性はなく……中々困っております」
 依頼を受諾したイレギュラーズ達に説明を行っているのは街を守護する騎士の一人だ。
 実際に街を巡り、同時に地図を広げながら印を付けて行く――行方不明者の数は十にもなっており、流石に放置してはおけない訳だが手がかりがとんと掴めないらしいのだ。街の治安は良好で例えば人攫いの者達が入り込んでいる様子はなさそうなのだが……
「ふむ……一ついいかな。これは何?」
「これは――ああ。下水道へと繋がる道ですね。この街の地下には下水道が整備されているんですよ。大型で、人が入る事も出来はしますが――しかし下水を排出する地点に近付くにつれて穴が狭くなっていますので、人が出入りするスペースは存在していません」
 イレギュラーズの一人が指差した先、そこは下水道へと繋がる道がある場所だ。
 『マンホール』
 硬い鉄製の『蓋』がしてあるそれは、とても一人では開ける事は叶わない。力自慢の人物であったりすれば話は別かもしれないが……しかし。
「怪しいね。ちょっと調べてみようか」
「こ、ここをですか? しかし下水道は相当な臭いがありますよ。
 それにさっきも言ったようにここに人が潜む事なんて……」
「あらゆる可能性は考慮すべきだよ。それに……『生きた人間』がいるとは限らないしね」
 言うは最悪の事態の可能性である、それもあり得るのだ。
 行方不明者が生きているとは限らない。
 例えば殺されて死体を投げ捨てられているのかもしれないし――或いは――

「魔物が潜んでいるかもしれなしね」

 彼らの様な人に非ずの存在であればどこであろうと関係はあるまい。
 人が進めぬスペースにも存在する事が出来て、この鉄製の蓋をこじ開けるも容易かろう。
 ――開く。
 風光明媚な都市に似合わぬ異臭が湧き出てきて思わず顔を顰めるが。
「……なんだか嫌な気配がするね」
 異臭だけではない。単なる、直感でしかないが……
 なんとなく不穏な気配がこの先にあると――確かに感じていたのだ。

GMコメント

●依頼達成条件
 『異形』の撃破

●フィールド
 街の地下の下水道です。灯りは一切ありません。
 上の街の、綺麗に整った様子とは全く見違える程の光景です。
 おおよそ人が四人程通れるスペースの通路らしき道が複数本、まるで迷路のように或いは蟻の巣の様に……とにかく延々と続いています。ただし通路の真ん中(人間二人ぐらいのスペース)は下水で満ちており、下水を回避出来るのは両端のスペースのみです。

 また内部は酷い異臭で満ちています。
 長く留まり続けると『AP』が減少していきますのでご注意ください。

●『異形』×2
 通路を埋めるぐらいの巨大さがある魔物です。実は『二体』います。
 シナリオ開始当初どこにいるかは不明ですが、下水道のどこかには必ずいます。

 元々は小さな個体だったようですが、段々と異常成長し始めた結果巨大な存在にまでなりました。ですが巨大になってしまったが故に更なる栄養が必要で――
 行方不明者達は異形に連れ去れた者達です。彼らは既に犠牲と成ってしまっています……依頼背景的には『行方不明者の捜索』が主ですが、こうなってしまっては異形の撃破が完遂条件となります。撃滅してください。

 複数の触手で対象を掴み、引きずり込む能力があるようです。(『飛』能力の逆版だとお考え下さい)優れた膂力。また噛みついた際に対象からHPやAPを吸収する能力も備えている様です。
 ただし巨体である事、通路ギリギリにまで成長していることから速度関係――反応や回避能力は低いものと思われるでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 天の繁栄・地の汚濁完了
  • GM名茶零四
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月29日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
アレフ(p3p000794)
純なる気配
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
一条 佐里(p3p007118)
砂上に座す
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
玄緯・玄丁(p3p008717)
蔵人
微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

リプレイ


 異臭。それはあらゆるを包み込み、あらゆるを隠す見えぬカーテンだ。
 この状況では鼻など効かない――
「それ故に『何か』が潜むには悪くない場所ではある。はたして鬼が出るか、蛇が出るか……何もなければそれが最上だが、油断せずに臨むとしよう」
「はぁ……どうであるにせよ年頃乙女達の労働環境にあるまじき劣悪さ。下がるわぁ……テンション下がるわぁ……これで『何もない』って事になったら最悪よねホントに……」
 それでも人は意思をもって前に進めるのだと『純なる気配』アレフ(p3p000794)は地下に降り立ち、次いで『never miss you』ゼファー(p3p007625)もまたげんなりした顔ながら地に足を。
 しかし言いながらも『何もない』ことはないだろうとゼファーは直感していた。
 キナ臭い雰囲気が充満している。悪臭の中に潜む『何か』を本能で感じ取っていて。
「ふふ……余り人の立ち入らぬ闇の中に漂う不穏な気配。ええ、確かにきな臭いですねぇ……これだけ臭いと紛れる程に。流石に本来ならば立ち入るのも遠慮したい場所ですが――これも仕事ですか」
 頑張っていきましょうと『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は紡ぎ、覚悟を決めて下水道へ。口を覆う布をしっかりと捲けば完全な遮断とはいかないまでも多少マシになるものだ。必要な者がいれば渡しておこう、良くも悪くもそう高価なものでなければ。
「うう、頂きます……別に死ぬことはないでしょうが、気分の問題と言うかなんというか……」
 覚悟の前動作というか、あるだけ本当に少しばかり気が楽になると『砂上に座す』一条 佐里(p3p007118)は四音より布を受け取りながら深呼吸。
 一拍、二拍。さすれば意を決して跳び込むものだ。
 下水道と言えばワニが住むという都市伝説もあるが……この先にいるのは一体何なのか。悪臭に顔を歪めながら佐里は前を向く。
「とにかく手がかりでもなんでもいいから、早く見つけないとね!
 ……そして手がかりが行方不明者に繋がるものだと良いんだけど」
 なるべくなら落ちるのは避けたいと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は思考しながら、発光の力を手に宿して貴重な光源の一角とする。
 ここに本当に行方不明者の手がかりがあるかは分からない。
 それでもゼファーや四音が直感しているように、己が心がざわめくのだ。
 『ある』
 或いは『何かがいる』――と。
「とてもじゃないけどこんなところに人がいるとは思えないほど臭いんだけど……
 まぁ進んで確認してみるしかない、かぁ」
「下水道探索……暗いし、変な臭いがするし、あんまり楽しいものじゃないね……早く探索を終わらせて明るい所に帰ろう……」
 故に『蔵人』玄緯・玄丁(p3p008717)も進むのだ。優れた耳を用いて『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)は周囲の索敵と成して、人でもなんでもなにかいないかと探りを入れる。
 何であれ早めに発見し、明るい場所に戻りたいものだ。
 ここは人の住まう地ではない。
「さぁ参りましょうか――ええ。どれ程の広さなのか、実際に確かめてみるとしましょう」
 それでも根気が必要だと『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は確信していた。短時間では終わるまい。この穢れた道を、暫く往くしかないのだから――


 悪臭は進めば進む程酷くなっている気がした。
 実際は長く留まっているが故の錯覚かもしれないが……
「ふふふ、これが身体に異常が出るレベルの臭気というヤツですか。なかなか興味深いです……ですがこの程度、心頭滅却し耳を澄ませば匂いも気にならなく……ふっ、難しいです」
 笑顔の表情の四音。でも内側ではなんとも言えない気持ち悪さが巡っていた。おえぇ~
 布で口元を覆っていれば大分マシだが、それでも微かな隙間から異臭はやはりするものだ……が、それで観察を怠る訳にもいかない。暗視の目で周囲を見渡し、味方の後方側に位置して突発的な事態にも対応できるように備えていれば。
「うーん人の気配はしないね……というか、動物の気配も全くしないような……」
「私も些か気になっている所だ。人はまだしも、このような地であれば鼠の類はいそうなものだが」
 下水道をアレクシアが照らし、照らす以外の方向をアレフが暗視の目にて視線を巡らせる。同時に彼は聴覚をも使って不審な物音がないかも探っている――が。
 『何も感じない』のだ。
 水の音が垂れる様な音はするが、生物の気配が全くしない。ゼロであるというのもおかしい話だ……人の住む地ではないとは言え、逆に言えば『人でなければ』住まうモノもいよう。例えば鼠などの生物が……
「どこかに隠れている……? 虱潰しに探す訳にもいかないから、何とも言えないけれど」
「そうねぇ……ま、考えようでもあるわ。何の気配もしないのであれば、この先で何かを感じた時――明らかに異変であると気付けるもの」
 玄丁は自らの鯉口を切りながら――その音の反射を耳で受け取り、周囲の地形の把握に務めんとする。エコロケーションの原理がこういった狭い空間では効果を発揮するものだ。
 同時。ゼファーは巡る下水道の道のりを記憶していた。
 優れた方向感覚で歩いてきた道の方角を正確に気取りながら、同じ道を何度と歩かぬようにだ。迷えばそれだけ時間を浪費する故に……そしてアレクシア達と同様に生物の気配があまりにも希薄な事にも勘付いていた。
 だが、だからこそと思う。自分達以外の何かが動く音を察知もしやすいと。
 水の流れが乱れる音や堰き止められる不審な音があればそちらにだけ注視しやすい。
「んっ。それなりに歩いた気がするけれど……あとどれぐらいあるのかなこの下水道は」
 更に記憶した道のりを雷華はマッピング。辿った道を紙に記して。
 今の所異変なく、辿れているが……しかし同時に行方不明者が見つかる気配もない。
 どうなる――この先で見つかるのか。或いは只の。

 徒労と成るのか?

 そんな事を想い始めた――その時。
「――待ってください、今、なにか」
 気配がしたと、言うはアリシスだ。
 微かに見えた気がする。何か――奥の方で何かが動くのを。
 よく耳を澄ませば這いずる様な……異質な音も響いているのだ。暗視の目をもってしても距離があって見えなかったが、間違いない。
 人ではない何かがいる。
「鼠でも人でもありませんね。これは……いえ、来ますッ!!」
 同時。優れた五感を持つ佐里が気付いたのは『ソレ』の接近だ。
 這いずる音が――壁を擦る様な音が明らかな意図をもってこちらにやってきている――! 巨大だ。壁を擦る音からして、この下水道の通路とほぼ同じぐらいの――
 思考した瞬間、飛んで来たのは触手だった。
 佐里の一声により警戒していたが故に寸での所で皆躱せたが、これは。
「うぇ~何よコイツ! 乙女が相手するようなヤツじゃないわよね、絶対ッ!!」
 肉塊。おお、もう見るだけで嫌悪感を催す姿だとゼファーは表情を歪めていた。
 通路一杯に広がっている化物め。そしてこんな所にずっといる故にか、これまた異臭が最悪クラスに酷い――いや、まさか、これは。
「……人の血だ。まさか、行方不明の人達はこれに……?」
 下水道の臭いだけではない。アレクシアが光を照らしてみれば、紅き色が付いていた。
 ――死臭も混じっているのか。
 今先程伸ばしてきた触手には膂力もあった。あれでマンホールを開けて、近くを歩いている人物を引きずり込んでいたのだとすれば……この行方不明事件の真相は……
「成程、これが例の件の犯人という訳か……確かに、コイツならば可能だろう。
 そしてそうであるならば――我々の役目も決まったという訳だ」
 故にアレフは奴を見据える。行方不明者探しから『敵討ち』に変更だ。
 奴を討伐し、もう誰も犠牲にならぬ事を結末として――依頼の完遂とする。
 覚悟せよ異物。怪物。人に仇名すならば、貴様を滅そう。


「はぁ。どうせならこういう化物型よりも人型の方が良かったなぁ……
 いえね、ちゃぁんと斬りますけどぉ」
 玄丁は前へ。こちらを食さんとする触手を躱しながら、敵の注意を引きつけるように。
 向けば鞘に収めし刃を――抜刀。
 本来であれば深呼吸の動作を挟むのだが、この場においては無呼吸にて。抜き筋一閃、影を纏いて敵を啄む――烏が如き一翼の刃。
 触手を切り落とす。
 頭も喉も鳩尾もどこにあるか知らないが、斬り続ければやがて果てよう。
「やれやれ。これに行方不明者が犠牲になったのだとすれば、安否はもう絶望的でしょうか……ですが、ひとまずは斬り捨てて安全を確保しなければなりませんね」
 更に佐里の一撃もまた奴へと。曲芸の射撃が指先より放たれし生命糸にて形成。
 ぶ厚き肉を抉るかのように幾度となく放ち――肉塊を震わせる。
 痛みは通じているようだ。幸いというかなんというか、デカイが故に当てるは容易で。
「んっ……こんなの相手に接近戦なんてしたくない、ね」
 直後、雷華が弓を鳴らして一矢を放つ。
 呪いを齎しその身を内から削ろう。何よりあんな気持ちの悪いものに近寄りたくなどない。無論場合によっては『そう言ってられない』場合もあるかもしれないが……その時はその時だ。
 それまでは撃つ。撃ちて距離を取りながら触手を退け、奴を討とう。
「……下水の整備は歴史的に見ても重要であり、ここまで規模の大きいものがあるとは中々のものです。とはいえ……この世界においてはそういう空間を設ける事にリスクもあるという事なのでしょうね」
「どこから潜り込んだろうね。でもまぁ……出所を気にしてる場合じゃない、か!」
 そして異臭により削がれている活力はアリシスとアレクシアが治癒する。
 浄化の魔力が周囲に満ち、戦う力を与えるのだ――態勢を整えれば後は地力がモノをいう。アレクシアは即座に氷の戒めの意を宿す花の一片を創り出し、投擲。奴めの周囲で茨が広がり、異形の身を縛る様に。
 さすればアリシアもまた呪いの理を紡ぎて。
 地下の汚泥で生まれし異形の魂を刈り取らんと刃を刻み込む。
「外から入り込んだのか、或いは中で『発生』したのかはわかりませんけれど。
 人に害なしやがて地上へ至る危険があるのならば――排除するのみです」
「ああ。鬼でも蛇でも異形でも同じ事。全て等しく、倒すのみだ」
 容赦はしない。例え如何程に巨体であろうとも、その巨躯であるからこそ自由には動けまい。アリシアに次いでアレフもまた見えぬ一撃を奴へと振るえば、攻勢を重ねていく。
 触手を幾度蠢かそうと万全を整え続ければ――決して難敵と言う訳ではない、と。
「っていう感じで上手い事いければ良かったんだけど、そうはいかない、かッ!」
 しかし戦闘が始まっても万一を警戒していたゼファーが気付いた。
 後ろから――もう一体が迫ってきている!
「あーもう! ロクでもない予感はしてたんだけど、二体もいるの!? ちょっと、三体目とかいないわよね! マジで三体は勘弁してほしんだけれども!?」
 簡易なる飛行を駆使して立ち位置を即座に調整。
 仲間の射線を阻害せぬ様に立ち回りながら――二体目から跳んでくる触手を弾いて。
 あああもう冗談ではない! 掴まれようものなら下水ダイブだ、そんな趣味はない!
 だからこそ一刻も早く倒す。悪臭を吹き飛ばす風であるかのように。
 流麗に放つ一閃が――真と芯を捉えるのだ。
「ふふふ、別方向からもう一体ですか……ですがご安心を。
 皆さんの命を癒し守るのが私の使命――ええ。下水に落ちるのまでは防げませんが」
 傷であれば必ず癒してごらんにいれましょう、と。四音が紡ぐ治癒術が皆を癒す。
 異形共は力が強い。捕えられれば思わずその内側に引きずり込まれてしまう――が。たかが一撃で倒れるようなイレギュラーズ達ではないのだ。生きてさえいるのならば四音が紡ごう。
 下水で下劣なる魔物に食べられて死亡――そんなつまらない終わりにはさせません。
(尤も。物語の影にて語られぬ、そんな呆気ない終わりも冒険者らしいとは思いますけど、くふふふふ)
 思わず思考を巡らせてしまえばまた別の笑顔の色が漏れるものだ。おっとっと。
 それはさておき異形達も中々油断しかねるものである。一体だけであれば先述した様に大したことは無かっただろうが……二体と成ってからは片方だけに構っていればいいという訳ではない。縦横無尽に飛んでくる触手は全て躱せるとはいかず。
「――おっ、とッ!」
 瞬間の隙を突いて触手が佐里の足を捕える。
 強力な圧が加わりそのまま引き摺る膂力――危機を感じた佐里は下水の強烈な臭いを感じながらも。
「そうはいきませんね……!」
 引き摺られたと同時に異形へと衝撃を叩き込む。
 それはまるで爆裂する花の如く。激痛を感じ思わず異形は佐里を放り投げる様に壁に叩きつけて。
「それ以上はさせませんよ――幾人もの人々を喰らった、貴方の罪を数えなさい」
 だがそこへアリシスの剣が顕現する。
 それは生ける者も死せる者もその罪ごと滅する『浄罪の剣』――彼女の秘蹟にして罪在りし者を断罪する光の刃。
 投擲する様に空を穿つ。超速の果てに到達せしめる一撃は異形の身を大きく退け。
「さぁ……終わらせよう。これでお仕舞い、だよ」
 そこへ雷華の一撃が着弾する。
 最初に補足していた一体は度重なる攻撃の羅列、そしてその肥大した肉体が故にこそ退却の暇もなく数多の攻撃を浴びて――絶命する。
 どこから声を出しているのかも分からぬ断末魔を下水道に響かせながら。
「しっかしよく共食いしなかったねぇ、縄張り争いも無かったのかなぁ、偉いねぇ。
 同族だと思ってたのかなぁ。それとも偶然だったのかなぁ?」
 さすればもう一体のみ。三体目がいるかと危惧していたが――これ以上の気配が無ければ、恐らく打ち止めだろうと玄丁の切り刻みが奴へ到達する。
 彼は変わらずに全てを狙うのだ。触手も牙も何もかも、残してなんぞやらない。

『――■■■!!』

 理解不能な言語が異形より。追い詰められているが故の抵抗か、激しい。
 触手を振り回しイレギュラーズ達を薙がんとしている。
 先程まで引きよせて食べようとしていたのに。
「あと一歩だよ……! ここで禍根は断つんだ!
 これ以上――誰の犠牲も出させたりなんてしない!」
 瞬間。下水の中に身を投じるのはアレクシアだ。
 唯の水ではない、妙な滑りと肌に纏わりつくような汚泥の感覚には嫌悪が少なからず走る――ものだが、彼女の表情にはそんな色が一切見えない。気にすべきは己が身よりも、未来の為に。
「綺麗も汚いも気にしてられないよ!」
「そうね――あと一歩、踏ん張るとしようかしら!」
 襲い来る無数の触手。アレクシアは氷の華を形成し、援護するかのようにゼファーが往く。
 捕まろうものなら徹底的に振り払おう。捕まえようとしてくるならば斬り捨てよう!
 戦線を押し上げる。異形の身を削りながら段々と、そして――
「その生命力、大した者だったがこれで――終わりだッ!」
 アレフの魔力が収束し――異形へと振るわれる。
 それは絶大なる威力を携え、敵対者を滅ぼさんとする絶対の一撃。
 減りし触手で防げる訳もなく、二体目の異形は――

 断末魔を挙げる事すら許されず、消し飛ばされた。


 戦いは終わった……が、最後にやる事が残っていた。
 本当に生存者はいないか?
 一抹の希望と確認の意味を持って探索を続ければ。
「……ありました。やはり、金属までは消化できなかったようですね」
 アリシスが見つけたのは時計だ。残念ながら持ち主の方は――見つからないが。
「……騎士団の人に預ければ、所有者ぐらいは分かるかもしれませんね。
 そうして……せめて家族の方に届けば……」
 少しは慰めになるだろうかと佐里は思考する。
 状況からみて元々依頼の段階で手遅れだったのだろう。だから、イレギュラーズ達に瑕疵などない。
 だが――そうではないのだ。佐里はどうしても思わざるを得ない。
「……まだまだ、難しいですね。みんなが笑顔でいられる――世界は」
 微かに見つかった遺留品をその手に。
 目を伏せ思い巡らせ――地上を目指そうか。
 もう、これ以上探してもきっとないだろう。生存者も、遺留品も。
「でも、見つかったなら弔ったりする事は出来る。
 遺族の人だって、せめて亡くなった人たちの証は欲しい筈……」
「ああ。持ち帰る事には確かな意味がある。臭いを浄化してから、届けるとしよう。」
 最初は早くこんな所は脱出したかった雷華だが――誰もが犠牲になった結末しか残ってないならば、せめて出来る事はやっておきたいと留まっている。怪物の餌食になったのだとしても、せめて少しでも彼らの証をと……アレフも同様に想いを紡ぎながら遺留品を回収して。
「ええ。祈りましょう。不明者の冥福を……どうか天にいる方々に届く様に」
 そして四音が祈りを彼方へ。
 ああとても悲しい。彼らは罪もなく、しかし怪物の戯れによって犠牲になったのだ。
 祈ろう。祈ろう――この悲劇は。物語の一片となる素晴らしい悲劇の礎になった――者達に。

 やがてイレギュラーズ達は地上へと戻る。

 穢れなき地上の光の下へ。
 失われた者達の一品を――確かに、手にしながら。

成否

成功

MVP

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

状態異常

一条 佐里(p3p007118)[重傷]
砂上に座す

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。

 犠牲者たちは依頼開始段階で既に死亡しており、手にする事が出来たのは彼らの一部の遺留品のみですが……しかしそれは悪臭を取り除かれた後、確かに遺族たちの下へと届けられたことでしょう。
 最後には日の光の下に戻る事が出来たのです。彼らも。

 MVPは下水道の探索や複数体の襲来への警戒など多岐に渡っていた貴女に。
 ありがとうございました。

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