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シナリオ詳細

夜は閑かな天秤の乙女

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある乙女の手記
 アドラステイア――聖教国ネメシスより離れた海沿いの街にその『国』は存在している。
 聳え立った塀の向こう側には祈りの時間を知らせる鐘が見えているだけである。
 私はその場所ではマザー・オリアーヌと呼ばれていた。

 聖教国を襲った冠位魔種による『大いなる災い』は私の家を焼きました。
 神の徒であった筈の枢機卿は私の手を払いのけ、穢らわしいと叫びました。
 だからこそ、私は彼の地にこの身を寄せたのです。

 そうして、知りました。世の中にはバランスというものが存在して居る。
 私は不幸でした。灼熱の陽も、淫雨の昼も、颶風吹き荒れた夜も、花冷えの朝も。
 私を癒すことなく苦しめ続けたのです。
 神は不幸(しあわせにあらず)人と、幸福者(しあわせもの)のバランスを取っているのでしょう。

 ならば――私は子らへ教えましょう。
 汝、幸福になりたいのであらば、他者を不幸に陥れなさい。
 キシェフを得、幸福になるのです。

●疑雲の渓
 ――慟哭が一つ、掻き消える。その場所はアドラステイアと呼ばれた『国』の外に位置する競り立った崖であった。複数の子供――鎧や武器を持った『聖銃士』は「裁判の時間だ!」と高らかに宣言する。
 細雨に打たれながら一人の少年がロープに括られ引き摺られるように渓へと遣ってくる。
 マザー・オリアーヌの『方針』に従わぬ背信の罪に問われて処刑の時を待っているのだそうだ。魔女の烙印は痛々しくも背中に穿たれ、『聖銃士』は口々に少年を罵り続ける。
 その場に存在したのは誰も彼もが年端もいかぬ少年少女であった。『子供達』は神を奉仕することで報酬を得、『聖銃士』と呼ばれる存在になるらしい。
 そして、彼等は『魔女裁判』を行い魔女(はいしん)を許さない。
「で、でも、外の村の人は罪なんてないのに! そこに聖獣様を放つなんて!
 し、死んじゃう。死んじゃうから……だから、だから止めたんだ! マザーだって分かって……」
「いいえ、マザーは放ちなさいと指示しました」
「どうして……?」
「彼等を不幸にしなくてはマザーや私達が不幸になるからです」
「で、でも」
「貴方はマザーの意志に背いたのです。貴方を罰した後、私達は村へと聖獣様を放ちます。
 貴方がしくじったから、聖獣様はお腹を空かせていらっしゃるから……今、渓に落ちなくても、よろしいのですよ?」
 聖獣と、そう呼ばれた翼の生えた白き天使は笑っている。聖なる哉を夢見る天の使い等と決して思えぬ、醜い笑みを浮かべて。

 助けて――

 そう告げた彼の言葉は、細雨に雨垂れのように落ちていった。

●騎士の間
 ちょこり、と座っていたラヴィネイル・アルビーアルビーはぱちり、と大きな黒真珠の眸を瞬かせる。
「……こんにちは。『疑雲の渓』の魔女裁判に向かって欲しいです」
 子供が落ちて命を失う前に。刹那の間ならば止められる。聖銃士を斃し、幼子を保護してあげて欲しいと自身の境遇を思い返すような苦々しい表情をしたラヴィネイルはそう言った。
「……マザー・オリアーヌは『均衡の乙女』です。
 神の天秤が不幸せと幸せを管理している、と考えてます。それで……幸せになりたいなら、誰かを人為的に不幸せにしなくてはならない、として居るようです」
 マザー・オリアーヌが統率する『聖銃士』たちはアドラステイア外周での『旅人』の誘拐、それから、アドラステイア周辺の領地に聖獣を放つ等の被害をだしているそうです」
 アドラステイアは新興宗教と称される。それを煙たがる領主達へと『その報復』のように嫌がらせが行われるのも常らしい。
「それで……今回は、渓に落とされる子供を聖銃士が連れているのを見つけました。
 私は、子供を救ってあげたいと思っています。それに、聖銃士を野放しにして聖獣による被害が増えるのも、見過ごせません」
 ラヴィネイルは云う。
 ――魔女裁判で『マザー・オリアーヌ』の方針に背いた子供が魔女として渓に落とされるのを救って遣って欲しい、と。
 背信者は保護出来る。アドラステイアという地に馴染めずに救いを求めているからだ。聖騎士団で保護をして貰えないか、と掛け合っている最中だとラヴィネイルは静かに行った。
「刑の執行は夜、だそうです。マザー・オリアーヌの聖銃士を撃退して、ください」

GMコメント

日下部あやめです、部分リクエストでアドラステイアをお送りします。

●成功条件
 ・『断罪される少年』の保護
 ・聖銃士&聖獣様の撃退。

●ロケーション
 天義は『疑雲の渓』。底も見えぬ高い崖であり、魔女裁判で有罪で在った者が落とされます。
 その近辺で処刑準備が行われています。時刻は夜、周囲に灯、障害物はありません。
 聖銃士たちは聖獣の『発光』によって視界を得ているようです。

●聖銃士*6
 アドラステイアの『子供達』です。
 沢山の断罪を行い多くのキシェフを得た子供がファザーたちから『称号』と『鎧』を授かることで騎士になります。反抗的な子供達を『粛正』するそうです。
 皆、様々な武器を持ち、魔女裁判に高揚しているようです。

●聖獣様
 宙を浮かぶ天使。銀の翼を背に、『発光』する奇妙な存在です。
 伸びた蜜色の髪が美しく、この世の者では無いかのような姿です、が、人を喰らいます。
 聖銃士達には従うように躾けられているようです。前衛攻撃を行います。

●『断罪される少年』
 聖銃士達を統率する『マザー』の方針に従えず、近隣の村に聖獣様を放たなかったことを背信をされて有罪判決が降りた少年です。
 心優しく、罪なき人々を傷つける事を厭いますが、そうしないと『死ぬ』と言うことで心が揺らいでいるようです。
 此の儘では聖獣様の餌になるか、ならなくても崖から落とされます。

●参考:マザー・オリアーヌ
 聖銃士達が信じるお母様。その存在はヴェールに隠されていますが、子等によく教えるらしいです。
『神は不幸(しあわせにあらず)人と、幸福者(しあわせもの)のバランスを取っているのでしょう』と。
 故に、幸福そうなイレギュラーズが不幸にならないと幸せのお鉢が回ってこないとも認識しているようです。その教育のお陰で聖銃士達もとても幸福者を嫌います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 夜は閑かな天秤の乙女完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年11月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
※参加確定済み※
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
※参加確定済み※
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
※参加確定済み※
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
※参加確定済み※
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


 底さえ見えぬ常闇の如き渓――その場所で、無数の命が天秤の上で揺らいでいるらしい。
 ぐらり、ぐらり、人々の幸福(しあわせ)と不幸(ふしあわせ)の均等管理。バランスを取るために行われる残忍非道。それを是とする『管理者(しあわせもの)の王国』アドラステイアから爪弾きにあう不幸(かわいそう)な子供。
「アドラステイア……言葉は悪いですが、知れば知るほど碌なものではありませんね」
 呟く。『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は天義という国の在り方を全肯定する事は無い。宗教によって成り立った治政であろうとも、魔女裁判と唯一の神に縋るこの場所よりは幾分かはマシであろうとさえ感じられた。『かみさま』と恍惚として囁く唇に、何時の日か問うてやりたい――『国とは何か』『信仰とは何か』。
 そう、問うことも出来ず、一人の命が脅かされる。お誂え向きのお題目は幸福たる存在であった。其れは目にも見えず計ることも出来ないものだ。
「幸せになるために誰かを不幸にする、そのように教えてる人がいるなんて……とても歪んでいるように思えるかな」
 ぽつり。零した言葉は雨垂れのように滑り落ちた。『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の小さな呟きに頷いた『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は深く息を吐く。肺の奥深くにちくり、と感じられたのは胸の痛みだ。
「幸せと不幸せのバランスか……。
 今の状況を幸せと感じるか、不幸せと感じるかは人の心次第なのにな」
 それでも、幸福たる存在を妬むのが人間の在り方なのだと説かれれば納得せざるを得ないのが此の世界だ。

「――神の天秤が不幸せと幸せを管理している」

 唇に乗せられたその言葉に、『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はびくりと方を揺らした。『おかわり百杯』笹木 花丸(p3p008689)はその言葉を否定することはない。
 人間とは生まれを選ぶことは出来ず、その生涯に付随するオプションは常に他が与える物になることが多い。幸福にありたいと願えども不幸とは何処から転がり込んでくるかは分からない。故に、天秤が人々に試練を与え乍ら、幸と不幸を管理しているのだと。そう、告げられたならば。
「その言葉に一理あるって、確かに思う事はあるよ?」
「……そう、だな」
 花丸は「思うことはあるだけ」と小さく呟いた。人を不幸にして得た幸せが本当の幸せか。ポテトはその言葉には首を振り、スティアは苦しい在り方だと呟くだろう。
(――けれど、仕方が無い、と。そう想い感じる者だって居る。
 薬物投与も思考統制も経験がある。内情を知れば『必要だった』と告げる者が居たりすることも或る。だから、アドラステイアについては否定することは出来ない)
 アーマデルはアドラステイアを否定することが自分の在り方を否定するかのように感じられて、酷く不安であった。
「皆で幸せになる道を、諦めた考え方だ。
 誰かを不幸にしたって、自分が幸せになれるわけじゃない」
 冷静に考えたならば、屹度、誰もがその結論の前に辿り着く。それを冷静にも考えられぬほどの深き悔恨、深き妄信、悍ましき支配。因果関係の欠如を気付けない要因は無数にあるとマルク・シリング(p3p001309)は呟いた。
「この病巣は、深い」
「そうだな……ファルマコンを倒すまでは、アドラステイアの歪みを糺すことは叶わないのだろうか」
『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は呟いた。アドラステイアの『かみさま』は深き苦しみの上で微笑んでいる。
「……聞いてみたいね。『貴女は他人を不幸に陥れているみたいだけど、幸せになれたの?』って」
 スティアの言葉に、低く「そうだね」と絞り出した『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)の拳は震えていた。唇は震え、音を奏でる事も儘ならない。
「……違う! 幸せの総量なんて決まっていない!
 その人は自分が幸せになれなかった理由を他人のせいにして、自分の心を慰めているだけだ!」
「そうだね。私もそう思う。……だから、行こう」
 その渓に漂うは。夜の如き悍ましい深き闇。


 淡く光は天よりの贈物の如く。武器を背にした少年少女の隊列は葬列の如く厳かに進み行く。サイバーゴーグル越しにその様子を双眸に映して込んだクラリーチェは静かに息を飲む。
「あれが……」
 指先にキスを一つ合図を送るようにこちらへと誘う精霊に導かれるポテトは「ああ、あそこに居るらしい」と囁いた。声音一つ、零すことでも緊張が胸を擽る。
「あの子達は、幸せ者なんだよね?」
 問う花丸の言葉にサクラは頷いた。幸せ者が送るのは不幸せ者だ。願わくば来世が幸在るようにと――そんな『紛い物の葬列』を赦しておける訳もなく。聖奠(サクラメント)は見えないからこその神よりの恩恵だ。聖騎士たるサクラも聖職者たるスティアもその『尊さ』をして居る。
「……さっきね、花丸ちゃんは『一理あると思うだけ』って言ったよね。
 だって、人を不幸にして得た幸せが本当の幸せだなんて思えないもん。
花丸ちゃんはそんな幸せより、誰かと一緒に分かち合う幸せの方が好きだから。――だから、止めるよ」
「うん。止めよう。けれど、」
 花丸は頷いた。論を交え、言葉で掬い、手を差し伸べようとも幸せ者は聞く耳持たず。言葉は霰の如く肌を叩いて落ちていく。其れだけの途方もない堂々巡り。故に、その場に飛び込む、其れだけだ。
 見つけた。だからこそ、『光』に向かって梟が旋回した様子にマルクは「いこうか」と呟いた。断罪される小さな少年、不幸(ふしあわせ)の背信者――自分たちと同じ、こころを持つ少年。
 動き出す。スティアは、しあわせものだった。誰がどう見たって『愛された天義の聖職者(むすめ)』――それでも、その過去に刻まれた傷がどれ程に苦しいものかは笑顔にひた隠す。
 地を蹴ったのはリゲル。銀と白銀、その色彩は光の下では淡く違える。マントを揺らし、星の煌めき閉じ込めた守護宝石に力を乗せる。
「心優しき少年を罰するとは、神の御心に背く行為だ! その正義を守り、不正義をここに糺す!」
 目映き光。
 そして、姿現す白銀に聖銃士が武器構え、少年が驚き竦む。聖獣の唸る声は鮮やかなる光の許に醜く落ちる。
 視線が、移動した隙を突くように。スティアがその身を滑り込ませる。
「もうだいじょうぶ」と、柔らかく囁くその言葉。ささめきごとを告げるように声は潜み、少年いただけ届ける如く。
「……頑張ったねと伝えて後は私達に任せてね」
「あなたは……?」
「心優しい貴方の事は絶対に守ってみせるから! 私達はその為にここに来たんだ!」
 敬虔なる天義の聖職者。敬虔なる天義の騎士。敬虔なる――……『誰かの為に走る人』
 背を撫でたスティアが離れ、背を向ける。盾となるは白百合の如き娘。その『強さ』を知っているマルクは「大丈夫」と念を押すように少年へと囁いた。
「助けに来た。もう大丈夫だから、僕らの後ろに下がっていて」
「け、けど……」
「後は、絶対に護るから」
 強い言葉と共に。サクラは少年を攫われまいとする聖銃士を睨め付ける。けど、とだっては『優しい彼』の決め台詞。だからこそ、サクラはその言葉に重ねるように禍つ不正義をも斬り伏せる刃を閃かす。
「私達が必ず守る」
 ――それが『イレギュラーズ』だ。ポテトは自身達がイレギュラーズであることを堂々と口にして「リゲル!」と名を叫んだ。


 聖獣様は絶対的な正しさを抱いている。その腹へと飲まれるさいわいを手放すことと惜しい等とは思えなかった。自身の中に存在した正しさが傷つけられる不安に押しつぶされないように。
 少年を護るようにアーマデルは蛇腹剣ウヌクエルハイアを引き抜いた。狙うは『聖獣』である。
「聖獣様に何を――!」
「何を、と聞かれても答えは簡単だろう。倒す、それだけだ」
 慌て、飛びかからんとする子供達全てを引き付けるように花丸が「ちょっと待ったァッ」と声を張り上げた。マルクがクラリーチェの許へと誘う少年は「な、何をするつもりで」と慌てたように問い掛ける。その時、その場のイレギュラーズは優しい少年の気持ちを理解しただろう――友人『だった』もの。不幸せと呼ばれようとも『幸せだったときに側に居た人』。故に――
「君も、あの子達も誰も死なせたりしない。止めてみせるから、信じて?」
 少年は、その言葉に感謝を抱き、「それで、おねえさんたちは」と唇を震わせた事だろう。
 誰も彼もが、人の足を引っ張り上へと登るために歩み続ける。
「君の正しさを証明する為に花丸ちゃん達に、マルっとお任せっ! ってね!」
 少年へと「行って」と背を押して花丸は硬く、傷のてのひらで彼の背を押した。
「きっとすっごい悩んだよね? 誰だって自分の命は大切だって、そう思うから。
 でも、もう大丈夫っ! だって此処には花丸ちゃん達が居るんだもん」
「け、けど――」
「イレギュラーズは、護る為に存在して居るんだ。だから、任せてくれ」
 ポテトは優しく言葉を掛け、少年を勇気づける。精霊の調和が賦活の力となり巡る、その感覚に少年は頷いて、クラリーチェの手を取った。
「……ごめんなさい」
「いいえ。けれど、今は貴方のの安全が大事です。私の後ろに隠れていて下さいね。
 ……貴方は、何も間違ってはいませんから。だから、大丈夫」
 クラリーチェとポテトは頷き合う。ポテトは持参したサイバーゴーグルで「これで、安心してくれ」と微笑んだ。何も見えない暗闇に埋もれる恐ろしさを拭うために。
 死神の眷属の名は甘く香る。鼻先を擽り、悍ましくも広がる香りが聖獣の喉を灼く。

 ――グウウウ。

 獣の雄叫びはその爪となり襲い来る。するりと獣の爪を避け、サクラは剣を振り下ろした。
 切っ先より舞う紅蓮の雨がしとどに汚し、地に魔性を蔓延らせる。而して、それを祓うように破壊的な魔術の光が広がった。
 マルクの杖先に乗せられた目映さは聖獣にショックを与える。花丸の声音と、スティアが奏でる福音に心騒がす子供達は聖獣の有様をその双眸には映しはしない。
「ころせ」と「やってしまえ」ばかりを繰り返し、人を殺す事さえも怖れること無き子供達の周囲に広がる聖域は仄暖かに二人を包む。
「更生できる機会は与えてあげたいから生き残って欲しいの! 少し痛いかも――ごめんね!」
 それでもいのちまでは奪いはしない。人のからだを蝕む痛みが、自身らにも覆い被さるかのように感じられ、スティアは唇を噛んだ。
「彼らの罪は重い――それでも、彼らにその道を歩ませたのが天義だというなら!
 もう一度正しき道を示し、救い、守る事が天義聖騎士である私の使命だ!」
 自身らの罪でもあるとサクラは声高にそう言った。聖獣を引き付けるリゲルはそうだと頷く。彼等がアドラステイアという都市を築き外界を遮断し、そして、神に縋るのも聖なる教えが彼等の前には余りにも無残なる伽藍堂であったに他ならない。
「マザーの教えが正しいならば、君達が幸福者になれた後は、その幸福を剥奪されることになるだろう」
 ここで聖獣が斃されて、訪れる死の次に待ち受けるは幸か不幸か。リゲルの剣に乗せられる白銀は鈍閃を映す。
「それでは誰も幸せになれないんだ。
 アドラステイアの外には、皆で幸せを願える世界が存在する――視野を広げ、自分自身で歩む世界を選んでほしい」
 進むべき道を指し示すために。リゲルの剣が聖獣を地へと叩き付ける。呻く獣の喉を灼く毒の気配を孕ませながらアーマデルは幼い子供達のなまくらが重たいものに感じられた。
(それでも――彼等は何処にも行くことが出来ないから、ここに居た、か)
 故に、幸福を得る為の最後の砦としてその場所は存在して居たのだろうか。マザー・オリアーヌの教導を自身らは知らない。それでも、聞いたことから間違いが子等を惑わすことは分かるから。
「幸せ、不幸せなんてその人の心次第だ。それに誰かを貶めても幸せになんてなれない。
 そんな方法でしか心を満たせない哀れな存在だと周りに思われたいのか?」
 幸福は自分ではやっては来ない。ポテトは癒しを送り、仲間達に頑張ってくれと囁いた。
 少年の手をぎゅう、と握ったクラリーチェは「大丈夫ですから」と静かに声を震わせる。
「……ぼくは、まちがっていたのかな?」
「……いいえ、あなたはまだ、『もう一度歩む』ことができるのですから。だから――」
 目を逸らさないで。この、悍ましいことから。仲間達を救う自分たちは、向き合わなければならないと。
 神の教えを辿るが如く。
 聖獣の光が潰え、幼い子供達の前へと立ちはだかったイレギュラーズは彼等にとっての悪だっただろうか。
 それでも、大義の為に正義を振り上げるイレギュラーズは『いのち』を害することはなかった。その命が続く道は、まだ続いているのだから。
「お前たちはまだやり直せる――罪を償って、自分の力で幸せを掴んでくれ」
『母』の言ったしあわせは、立ち止まるだけでは訪れない。ポテトの言葉は、じわりと広がる水源の様に子供達の中へと満たされ、ぷつりと彼等の意識が途切れたのはその刹那であった。


「聖都で貴方の後見人を探します。見つからなければ、私の修道院でお世話致しましょう」
 連れ出す事は簡単であるとクラリーチェは認識していた。彼のこの先を考えなくては――彼はもう一度、あの『狂気』に身を寄せることとなるだろう。
「僕より、その……皆は……?」
「捕縛できた彼等は更生できるよう願い天義の司法へ委ねようと思う。
 考えを改め反省し、改心の余地が見られるなら、免罪符でより良い未来へ導けるよう後押ししようと思って居るよ」
「け、けど、マザーは……ぼくらは外では生きていけない、って」
 震える少年の言葉にリゲルは成程、と息を飲む。聖騎士団へと保護を申し出る事となるが、それでは『アドラステイアの聖銃士』として罰されると認識されているのだろう。
 スティアとポテトは大丈夫だと少年を宥め続け、マルクは「任せて」と引き取りへと訪れた騎士達へと向き直る。
「彼らはアドラステイアの相互監視・密告社会により、実質的な洗脳状態にありました。
 亡命者には厳罰を以て応じるだけでなく、反省と改悛を示せば減刑もありうる、と示す事は、今後の対アドラステイア政策に於いても有用な筈です」
 情と理。そのふたつの柱を立てるマルクを後押しするようにサクラは『ロウライト家の家紋』を聖騎士へと示した。その眸はしかと前を見据え、言葉に惑いはない。
「彼らの罪は天義の罪です。償うべきは彼らだけでなく、我々もまた、そうなのですから」
 イレギュラーズは子供達は被害者であり、罰するべき存在ではないと認識していた。彼等が『心の底から魔に侵蝕された』のならば、罪は罪として訪れるべきだ。だが、その心に僅かにでも差し込む隙があるならば。
「降伏して受入れる。其れが出来るならば、洗脳の浅い子だけは普通の生活に戻れるかも知れない」
 アーマデルの言葉に、少年は「ほんとうに、いいの?」とぽつりと零した。
「どういう……?」
「ぼくらは、村を……ひとを不幸(ふしあわせ)にしたのに」
 震える少年に、優しいのですねとクラリーチェは笑みを零した。だからこそ、彼には幸せになってほしい。今まで味わった恐怖を――上塗りするような優しいせかいへと導かれて欲しい。
「貴方の、お名前は――?」
「……キアラ」
「キアラ。光、の意味を持つ名前なのですね。貴方の行く先に、幸がありますことを」
 此れからを考えましょうとクラリーチェはそうとその手を取った。
 静寂が湛えられた渓にはびゅうと寒々しい冬風が過ぎ去ってゆく。早く戻ろうと声掛けるリゲルに頷き歩み出すイレギュラーズの中で一人、そうと背後を振り仰ぐ。
 崖下を覗き込んだアーマデルは吹き荒れる悍ましい気配だけのその場所に何かが住まうて居るのかと覗き込む。ただ、其処に存在するものを今認識できるとしたならば、人の悪意、只、それだけなのかもしれない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加有難う御座いました。
マザー・オリアーヌは祈り続けることでしょう。

また、ご縁が御座いましたら――

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