シナリオ詳細
<神逐>狂花の恋
オープニング
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恋しい人を待っていた。
届く文を頼りにする、淡い恋だ。
闇に包まれた高天京で、誰かが名前を呼んだ気がした。
その声に反応して、微睡んでいた女はふるりと睫毛を震わせた。
「あれは……?」
月を振り仰げば、聳え立つ天守が見える。
神々しくも悍ましき気配を纏った、巨大な獣の姿があった。
息つく度に薄く開かれた口から立ち上るのは煙だろうか、白く美しい毛並みや夜に溶けるように消えた胴の先も同じような靄が立ち込めている。
いや、違う。あれは炎だ。
目を眇めて凝視すれば、離れているのに炉端に居るような熱を感じた。
屋根に前足をかけ、爛々と光る瞳に見つめられれば――みるみるうちに『私』が書き換えられていく。
炎に焼かれるようにして、怨嗟が体を蝕んでいく。
焼けただれた傷跡はぐずぐずに爛れて水膨れとなり、原型を留めることなく醜く変えてしまった。
手足の震えが止まらない。これは恐怖? 違う、これは『歓喜』。
病に蝕まれて床に伏すままならない体も、痩せ細った手足も、今なら真っ直ぐにどこまでも駆けていける。
愛しい人、恋しい人。
「――さま」
どうか私が行くまで待っていて。
●
悲願の果てに『絶望の青』を越えて、その先に存在した島、黄泉津。
その一国家たる神威神楽は、愛と呪いが蔓延る魔境であった。
巫女姫エルメリア・フィルティスが捕虜に夢中になるあまり呪縛が緩んだ合間に、『中務卿』建葉・晴明は霞帝を救出する。
霞帝と晴明は『自凝島』からの転移魔方陣を発動させる事を決定し、『大呪』を封じ込めるために四神の守護を得てきて欲しいとイレギュラーズに告げた。
イレギュラーズがそれぞれ四神の守護を手にし、歪んだ形で発動した大呪とけがれを高天御所に封じ込めるために。
それは未来のために打つ布石。
時は迫る。
黄泉津瑞神――それは神威神楽の守り神の名である。伝承に依れば犬の姿で顕現し、時の権力者へと預言と加護を与えると伝わっている。
しかし膨れ上がった大呪とけがれは、かの神の在り方さえ歪めてしまうほどに強大になっていた。
守り神は今や厄神となり、守り続けてきた国を滅ぼそうとしているのだ。
「このままじゃ、黄泉津瑞神の叫びが高天京全体へと響いちまう。悍ましい魔性の月の加護を得れば、けがれの焦土へと変えちまうだろう」
そうなれば京に住まう無辜の民が犠牲となってしまう、急ぎ対処せねばならない。
紙巻きのフィルターを囓りながら、『砂礫の鴉』バシル・ハーフィズは唸った。
時間がない。黄泉津瑞神は天守閣の上に姿を現して京を睨んでいる。
四神の結界によって封じられた高天御所は、魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿と化した。
「その中で複製肉腫となった八百万の姫――若紫を救出して欲しい」
偶々近くに居ただけで、複製肉腫へと変わってしまった若紫。
恋い慕う殿方への慕情を振り翳し、邪魔するものを力尽くで排除しているという。
「キーマンのところへ向かうにせよ、彼女が障害となるだろう。
幸い彼女にはまだ意識がある。お前達には彼女の救出と、大呪の影響で凶暴化した妖と怨霊を倒して欲しい」
若紫は魔法に長けており、魔力を矢に変えて撃ったり花弁の嵐を呼ぶという。
複製肉腫である若紫は命を取らぬように注意しなければならない。
彼女を囲うようにして蝶の妖と女の怨霊が現われ、蝶は鱗粉を撒き小規模な爆発を起こし、怨霊は鋭い爪でイレギュラーズに襲いかかるだろう。
「若紫が現われるのは、高天御苑の一角にある庭園、『不変池(かわらずのいけ)』のほとりにある藤棚の下だ。
狂い咲いた藤が満開になり、その下で彼女はイレギュラーズが来るのを待っている」
ここから先はイレギュラーズ次第。
「良い報告を待ってるぜ。ソレしか聞きたくねぇからな」
- <神逐>狂花の恋完了
- GM名水平彼方
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年11月18日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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暗澹たる夜の中を、一羽の梟が音もなく飛び大木の枝に爪を立てた。
満月のような瞳を見開き、首をぐるりと巡らせて主の敵が居やしないか目を光らせる。
彼の視界を共有するマルク・シリング(p3p001309)は、明るすぎる月明かりの下で咲き誇る満開の藤を見た。
そしてその下に佇む、細く頼りない人影も。
「若紫さんが一人……それ以外の姿は見えませんね」
「そのまま邪魔が入らなければ尚のこと良いのですが」
『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)の細やかな願いすら赦さないとばかりに、頭上では魔性の月が爛々と輝いている。
「偶然見られただけで肉腫へとなってしまうなんて。運が悪いですね、若紫さんは」
「若紫さん……まだ間に合うなら、必ず助けなきゃ、ね」
衝動に駆られて裸足で駆け出すほど、切実な恋だ。
その恋心を、正しい形で遂げてもらいたいとマルクは心中でそっと願う。
「何の罪もない人が、未来を奪われるのを黙ってみてるわけにはいかないよ!
想い人のためにも、若紫さんのためにも、絶対に助け出してみせるから!
もう少しだけ、待ってて!」
「恋い慕う相手に会いに……か。今の私には叶わぬ事故、少し若紫殿を羨ましく思う。出来る事なら会わせてやりたいとも」
『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の想いに『新たな可能性』久泉 清鷹(p3p008726)が続いた。
手を伸ばすことを諦めた清鷹にとって、恋心のままにひた走る彼女は眩しく見えた。
「若紫ちゃんを狂わせたのは複製肉腫にさせたモノか、それとも……あまりにも強い恋心か」
ゆうるりと首を傾げた頬に、白絹の髪がさらりとかかる。『特異運命座標』柊 沙夜(p3p009052)は愛おしむような眼差しを若紫へと向けた。
「まあやることは変わらんよ。この京をなくすわけにはいかんし、助けて欲しい声があるなら手を差し出すだけ」
若菜色と藤色がしばしかち合う。
姫の周りで泥のように濁った気が膨れ上がったかと思うと、形を得て女の姿となる。
花の香に引き寄せられるかのように、青白い燐光を纏った蝶が一匹、また一匹と羽ばたいた。
●
髪を振り乱し、鋭い爪を振り上げた女の情念が特異運命座標たち目がけて振り下ろされた。
先を走っていた『凡庸』浜地・庸介(p3p008438)は一撃を咄嗟に受け止めたが、その後ろから伸びた手に肩口を裂かれた。
「何のこれしき! かまい立ては無用である。
己は凡庸にして凡骨、只人なれど貴殿の振る舞い、斯様にして捨てることはできぬ。タイ捨流、浜地庸介、参る!」
庸介が声を張り上げ、仲間へと進軍を促した。彼の黒い瞳は朧気な女の霊の向こう、茫洋と佇む若紫のみをしっかと映している。
「彼女たちは私が引き付けるよ!」
その隣を抜けたアレクシアがアバターカレイドアクセラレーションで瞬発的に力を上乗せすると、彼我の中間地点――こちらへと向かってくる蝶と怨霊が密集した一点を狙い白い綿のような花吹雪を吹かせた。
「若紫さん! お願い、正気を保って! 自分を、その想いを思い出して!
一緒に藤を見に行くと約束したんでしょう!」
「ええ、約束したわ。そして彼はもうすぐここにやってくるの。
ようやく逢えるのよ。こんなに体の調子が良いのも、何もかも夢のよう」
蕩けるような笑みを向けて――虚ろな目にぎらついた欲望の光を漲らせた彼女は、見せびらかすようにその場でくるんと回って見せた。
「動けない体が動く事、それは嬉しいですよね。私にも分かります」
動く度に血を吐きながら、死を赦されずに苦しみ続けた日々を思い出し、狐屠は地を蹴った。
思い描いた動きに体が着いてくる、その素晴らしさを狐屠は身を以て感じていた。
「一歩がこんなにも軽くて、楽なのならば、逸る気持ちも起きるというものです。
逢いたい人がいるのなら、行きたいのも道理です」
若紫の元へと真っ直ぐにたどり着いた狐屠はツェアシュテーラーの柄を握り、穂先を鋭く突き出した。
「けれど、肉腫に侵された貴方のままで良いのですか。殿方へ滾る気持ちのまま敵へ襲い掛かる貴方のままで良いのですか」
「でも、逢いたいわ。逢えない時間は辛いもの」
「それがこいって言うもんやろか。こいって、ようわからんねえ」
「分からなくてもいいわ。だってこれは――私だけの感情だもの!」
まるでその激情の程を示すように、若紫が沙夜を指差すと藤の花が嵐となって吹き荒ぶ。
彼女の元へと急ぐ『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)が目を庇いながら嵐をやり過ごすと、痺れた足を叱咤してもう一度前を向いた。
「凄まじい程の激情、お相手様はよっぽどの果報者みたいだねっ!
だけど……今、此の時、此の場所で、相手するのは僕達だよ」
カインを案内するように一羽の鴉が先を飛ぶ。沙夜の放った式符だ。
「待ち人じゃなくて申し訳ない、とは言ってあげられないけども。
――君達の恋路の邪魔をする訳じゃない。でも、今、此処では、阻ませて貰うよ!
……君達の恋路の為にも、イレギュラーズとしてね!」
黒曜石の瞳で藤花の姫を見据えると、激しく瞬く神聖なる光を放った。
目を焼くような光が辺り一帯を焼いた後、真っ直ぐに飛び出したのは『夜を照らす光』ハルア・フィーン(p3p007983)だ。
低空を滑らかに飛行しながら、若紫へと詰め寄るハルア。
「動けないの、ボクが思うよりずっと辛かったよね」
恋しい人に逢えない。恋をしても思い慕うだけで、こんな体では想いを告げることすら憚られた。
部屋の中で病に冒された体を抱きかかえ、時が流れるのを茫洋と見送る苦痛と苦悩の日々。
「でもそこに幸せが確かにあるの。
辛いこともぜんぶ愛してもらえるあなたなの。
約束の藤はここだった? 思い出して!」
想いを乗せた乱打を受けながら、若紫は頭上の花を見た。
鈴なりに咲いた小さな花が房を成し、ふわりと風に乗って揺れる。
「――あ」
その光景に朧気になった記憶が重なり、短く声を上げた。つかみかけた時、蝶の翅が視界を遮ってしまう。
「お前達の相手は私が致そう! 向かって来るがいい!」
これ以上の邪魔はさせまいと、清鷹が名乗りを上げて若紫から注意を逸らした。
苛立たしげに翅をばたつかせた蝶が鱗粉をまき散らし、清鷹の周囲で爆発を起こす。
焼けた傷を庇いつつちらりと若紫の方を見れば、いきなり現われた特異運命座標達を戸惑いの眼差しで見つめていた。
姫の瞳が、もう一度愛しい人を捉えられるように。そして二人が約束を果たせるように。
可能性を信じる者たちは止まることなく、迷うことなく若紫へと手を差し伸べる。
「待っていたんだろう、ずっと、ずっと、待つと決めたんだろう!
追いかけようと思えば、たとえ病で臥せっていようと追いかけたんじゃないか?」
ハルアの後を継いで庸介が、拳を、己の想いを真っ直ぐに若紫へと突きつける。
例え凡庸であろうとも助けを欲する者がそこに居るならば、自分が出来うることをする。
「あなたは誰だ、若紫」
「わたしは、若紫よ。ここで藤を見ると約束して、あの人とみるために、ここに来た――」
「約束の藤は、春に咲く花だ。まだ半年も早いよ」
マルクは迷い捻れた想いを解くように、丁寧に言葉をかけていく。
「どうして不変池で待ち続けているんだい?
約束の場所が本当に此処なのか、家に帰ってもう一度、文を確かめたほうが良いんじゃないかな?」
「見ずとも、確かに文にはそう書いて……」
そう、藤の花を添えた文には書いてあったのだ。
体調が悪く伏せるばかりの日は、爽やかな花の香りを焚きしめた料紙を胸に抱き、約束の日まで生きるのだと只管耐えた。
ぽつりぽつりと語る若紫の言葉を聞いて、カインはただただ彼女の純粋な恋に感じ入っていた。
「だからこそ、ハッピーエンドを見てみたいんだけども」
禍々しい月よりも眩しい光で照らしながら、思い描く未来は一つだけ。
「ねぇ、貴女は殿方の前ではどんな貴方でいたかったですか?」
「どんな……?」
狐屠の質問は思わぬものだったのか、戸惑い
「考えたこともなかった……。ただ、でもあの人に好いて貰えるような人だったら何でもいいわ。
でもそれはどんな人かしら。病気で気味の悪い女だと思われた……夢から醒めるみたいに、恋からも冷めてしまうのかしら。
そんなの嫌よ! 見るのは私だけにして欲しい、私だけを恋しく思って欲しいの」
湧き上がる感情を偽ることなくぶつけていく若紫を見て、沙夜は変わらぬ笑顔のまま内心で感嘆の息を漏らした。
(すごくすごく強い感情。うち、そういうのあまり感じたことなくて。
ううん。恋しい人に逢いたいって想いだけで、閉じこもってた部屋から飛び出してくるんやもん。よっぽど強い思いがなかったら、こないな事せえへん)
だが今の若紫が複製肉腫となった影響で一時的に健康な体を手に入れていたとしたら、彼女は思い人とは会えなくなるかも知れない。
一抹の不安が沙夜の脳裏に過ぎる。そうだとしたら『複製肉腫となった』状態は都合が良いのではないだろうか。
少なくとも逢いたい人に逢いに行ける、願いは果たせるのだ。
「けれど……これはひと時の夢や。甘くて優しくて都合のいい幻。本当の意味での願いは叶わない。だから早く目ぇ覚まし?
現実で好いた人と会わな、後悔するのは自分よ」
沙夜が純粋な破壊の力として放った魔力は、肩口を裂き鮮血がぱっと散る。
「私とて出来る事なら合わせてやりたいとも。だが、それは人として逢瀬をはたして貰いたいのだ!
そのために私に出来ることをさせて頂く。少々手荒かも知れぬが、許されよ!」
清鷹の風斬十字が素早く蝶の翅を斬り落とす。悶えるように体を震わせた蝶は、最後のあがきとばかりに翅自体を爆発させる。
「人を食らってしまいたいって悲しい恋だった? ボクは二人で寄り添う愛だって信じてる」
「待っていたんだろう、ずっと、ずっと、待つと決めたんだろう!
追いかけようと思えば、たとえ病で臥せっていようと追いかけたんじゃないか?」
「まだまだその人と話がしたいんでしょう、同じ時間を過ごしたいんでしょう!?」
ハルアが、庸介が、アレクシアが。
投げかけられる言葉はどれも、若紫の心の奥底にじんと熱と痛みを持って響いた。
「あなたが居たいと思った場所を、あなたが信じた約束を思い出せ。
たとえ心と体が忘れても、魂が覚えているだろう! 願いを! 想いを! 交わした約束を!」
「願い、想い、約束……」
「お前は誰だ! お前は今どこにいる! お前は、お前が信じたいものはなんだ!
お前が本当にやりたかったことはなんだ、若紫ッ!」
叫ぶ庸介の声に、若紫ははっと息を呑んだ。
●
鮮やかに蘇ったのはひとつの光景、御簾で仕切られた外を見て重い体を横たえていた時のこと。
頂いた花が枯れてしまったと文に認めたら、新しい花と共に返事が届いた。
――今度は花の盛りに、私の庭で咲くところを是非見て欲しい。
この花は私があなたを思うように、あなたもそうであって欲しいと願いを込めた花なのだから。
一度だけ聞いたことがある声を頼りに、頭の中で彼そっくりの口調で再生する。
「藤の花言葉には『決して離れない』っていうのがあるんだ。
だから私たちはその言葉通り、あなた達を、その恋心を、別れさせやしない!」
がきん! と鋭い音を立てて怨霊の爪を受け止めた清鷹は、刃を翻して怨霊の体を斬り伏せながらここぞと言葉を重ねてゆく。
「不変池の池か、藤棚も美しい。場所は違うが、この池の名の通り焦らずとも貴方の相手は、いつまでも待っている事だろう」
「今から半年でゆっくり身体を治せば、今度こそ藤の季節だよ。大呪の騒ぎの中なんかじゃなくて……ちゃんと正しい時期と場所で、今度こそ、その文の相手との逢瀬を迎えよう?
その手伝いは惜しまないよ。戦いが終わった後でも、ね」
若紫へと真摯に向けられた言葉の数々は、波紋のように優しく彼女の胸中へと広がっていった。
「わたし、は……」
生と恋。何もかもを諦めていた心をつなぎ止めていた、たった一つの想い。
「逢って、約束の藤を見たい……」
ただそれだけで、生きようと思った。
「だから……生きて、もう一度逢いたい」
その想いだけで、生きていけた。
「彼女の体力が少なくなってきた!
僕達はお相手様じゃないからね、優しくはしてあげられないけど――さぁ、もう少しだよ。任せてね!」
仲間へと刻限を知らせると、カインの神気閃光が爆ぜる。ざっくりと切れた左の肩口から、異様な肉塊が覗き見えた。
「必ず助け出すから、もう少し頑張って! そして叶うなら、私たちの手をとって!」
蝶の鱗粉を、女の爪を受け止めながらアレクシアが声を張り上げる。
もう邪魔はさせないという意志が、白い花嵐となって戦場を吹き抜けた。
重ねるようにして、藤の花が旋風と共に暴れ特異運命座標の視界を奪う。
だがそれも最初の頃のような勢いは無く、肩で息をする彼女は立っているだけでも辛そうだ。
「ごめんなさい、でももうすぐ……必ず助けます!」
力を加減して槍の石突で殴打する狐屠。体を折り曲げて悶える彼女を見下ろして、咳き込む彼女に手を伸ばしかけて――止めた。
「願いは、叶う……かしら」
「大丈夫、今から叶えよう」
「ほやなあ。きっと今の若紫ちゃんやったら、辛抱できひんくなって飛び出してってしまいそうや」
ハルアの慈悲深き一撃を受けて、若紫は遂に膝を膝をつく。
「せやから今のうちに、ようよう休んどき」
沙夜の術が肉腫に触れると、その場所から崩れるように崩壊していった。
やがてぼとりと落ちた塊は、ぼろぼろと崩れて跡形もなく消えた。
●
地面に倒れた若紫の状態を慌てて確認した庸介は、穏やかな表情を見てほっと安堵の息をついた。
「眠っているだけのようだ」
「よかった……。私の一撃が強すぎたのかと心配で……げふっ」
吐いた血を指で拭いながら、狐屠は何事もなかったように笑顔で
「さて、残ったのは怨霊と蝶だけ。ここからは遠慮なく行かせてもらうよ!」
「ええ。ああ、嬉しくてまた血を吐いてしまいそう……」
カインがクリュサオールの切っ先を向けると、怨霊達を巻き込んで裁きの光で包みこんだ。蹈鞴を踏んだ女を狙って、狐屠の鍵槍の穂先でなぎ払っていく。
せめて、この光が苦しみから解放してくれたら。
そんな目上からものを言う事は出来ないが、恨み辛みの激情が少しでも静まればとカインは願う。
「怨霊になってまで恨むなんて怖いねえ。けど残念、恨まれるんはうちらやないよ」
「貴殿等の恨み、今ここで断ち切る」
沙夜が放った魔力が霊体に触れると、蝕むように輪郭を崩していった。脆くなった体を、清鷹が一刀のもと斬り伏せる。
行き場のない感情をぶつけるようにアレクシアに向けて振り下ろされた爪を、クロランサスを嵌めた指先でひらいた盾が受け止めた。
「仲間にも、若紫さんも傷つけさせない! おいで、私はここだよ」
戦場に降り続けた白い花が、雪のように降り積もり始めた。
怒りに身を浸した彼らを狙い、ハルアが気を込めた掌打を叩き込む。
「ここから若紫さんの恋がもう一度始まるんだ、それをあなた達に邪魔させない!」
「若紫は俺たちに助けを求め、手を取った。一度手を取った者を、みすみす失わせるわけには行かない!」
触れた場所から送り込まれた気が、霊体を掻き乱し狂わせていく。抱えていた感情すらも分解するようにして、空気に溶けるように消えていった。
残った蝶の体を、吠え猛る庸介の拳が抉るようにして砕いた。
「この物語は『ハッピーエンド』を迎えるんだ。その為に僕たちは、彼女を導いて行きたい。
――君達も、もうお休み」
マルクの掲げる杖先に点された禍々しい災厄の炎が落ちる。
怨嗟も、悲哀も、欠片も残さず灼熱の波が飲み込んでいく。
やがて肌を焼く熱が引くと、残ったのは散り始めた藤の花と、眠る乙女のみ。
恋しい人への想いを募らせながら、新たな恋路の行く先を夢見ていた。
――叶うなら次の花の盛りに、あの日約束した藤の下で。
微笑みながらあなたと寄り添う『花』でありたい、と。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
皆様の想いが若紫の恋と命を繋いだこと、大変嬉しく思います。
彼女の恋は、きっとこれからも続いていくことでしょう。
それは幸せな恋なのだと思います。
MVPは説得が強く胸を打った浜地・庸介さんへ送ります。
ご参加有り難うございました。
GMコメント
●目的
若紫の救出
●若紫の救出について
若紫を【不殺】の効果で『戦闘不能』にすることによって肉腫から戻すことが出来ます。
また彼女へ呼びかけることによって、僅かに残る彼女の心へ働きかけることが出来るかも知れません。
●ロケーション
高天御苑にある庭園、その一角に『不変池(かわらずのいけ)』があります。
そのほとりにある藤棚の下で若紫が待っています。
ここで花を見る約束をしたと若紫は語りますが、見に行くと約束した藤の花は御苑ではなく別の場所のようです。
ですが今の彼女はこの場所だと信じています。
灯りはありませんが、晴れた月夜で視界は良好です。
ペナルティ等はありません。
●敵
若紫、蝶3体、怨霊6体。
・若紫
複製肉腫となった八百万の姫。
純粋な恋心は歪み、彼をいっそ喰らってしまいたいという猟奇的な情へと変化しています。
単体に魔法の矢を射かけ、花嵐で広域に攻撃を行います。いずれも射程は遠距離で、花嵐には敵を【麻痺】させる効果があります。
皆さんからの呼びかけに反応して、手を止めることがあるかも知れません。
・蝶
鱗粉を撒き、任意の地点に小爆発を起こします。射程は中。
・怨霊
恋に破れた、または手酷く裏切られたなどして怨霊と化した女性です。
鋭い爪で至近距離の対象を引裂きます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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