シナリオ詳細
<神逐>忠誠のかたち
オープニング
●黒い影
ぎらりと光る刃が黒衣の隠密を捉えた。
軽さと頑丈さを兼ね備えた黒装束を切り裂き、鋼の如く鍛えられた五体ごと床にたたきつける。
「こいっ、つらっ」
警備隊で1番の凄腕は疲労困憊で息切れしている。
休憩中の部隊がいきなり冥に襲われた。
防具を身につける時間どころか精神を立て直す余裕も与えられず、奮戦はしたがたった1人を除いて全滅した。
ある意味幸運で、別の意味では最悪なことに、冥は己以外を殺さなかった。
生き残りは大量の重傷者の世話をしなけれなばならない。
「隊の、動きをっ、止めるのが目的か」
だが冥は殺した。
部隊として勝利したとは到底いえないが、戦士としても隠密としても凄腕である冥を数人討ち取った分、他の場所の警備隊の戦いは楽になるはずだった。
「おーい、無事かー!」
「こっちだ、治療を手伝ってくれ」
味方部隊に呼びかける。
その瞬間、心の臓が止まっていたはずの冥が、ぎこちない動きで起き上がった。
「おい、後ろだ!」
「な……」
視界が歪む。
猛烈な睡魔が疲労した心身に染みこんでくる。
二度寝の誘惑を数十倍にしたような、甘美な死への誘いであった。
●数時間前。
すぅすぅと安らかな寝息が響く。
包帯をまかれた幼子が、羽毛枕の感触を楽しむかのように何度も寝返りを打つ。
「んにゃ……とりさん……けんしさん」
空気が凍る。
純正肉腫「ねむり」が上機嫌になればなるほど、常人には秒も耐えられない気配が部屋を満たして変質させる。
小さな体を柔らかく包む羽毛布団も、赤黒がいくつもついた包帯も、時間が超加速したかのように風化し崩れ去った。
「肉腫殿」
古びてしまったふすまの向こうから声がかけられた。
戦場になる直前の高天御所とは思えないほど落ち着いた声だ。
「はい……ねむりです。おきてます」
身を起こそうとして手が滑る。
朽ちた畳に小さな身体がめり込み、じたばた手足を動かすが抜け出せない。
「えっと、入ってくださーい」
ふすまが音も無く引かれる。
冥の正装ともいえる装備を身につけた八百万達が、礼儀正しく頭を下げていた。
「?」
ねむりが首だけを向けようとして傷みに身体を震わせる。
身体の表面の傷は小さく見えるが内部の傷は深刻だ。
純正肉腫の凄まじい頑丈さと回復力でも補えないほど、ねむりはイレギュラーズに徹底的にやられていた。
「お願いがあります」
ねむりが理解出来る平易な言葉使いで、主以外に対する態度としては最も丁寧な礼をする。
「力を貸して欲しい」
そのためなら文字通り何でもすると態度で示していた。
「ん、んー」
ねむりがなんとか上半身を起こす。
力が回復に裂かれているので眠気が凄くて頭がまわらない。
「めい、さん?」
豊穣の闇の中で悪名と勇名が轟く隠密達も、人の世に敵対する肉腫にとっては普通のひとでしかない。
「はい」
「まくらと、おふとん? ありがとうございます」
正座を真似て、頭を下げる。
羽毛布団と枕だったゴミで身体が汚れても、ねむりは頭をあげない。
「きもちよかったです」
「はい」
急かしも心理誘導もせず、冥は誠意を以てねむりに対す。
「できること、あんまりないです」
「この場にいる全員を肉腫にして欲しい。出来れば理性が残る形にして欲しいが無理でも恨みはしない」
「んんー?」
自意識を持ってから初めて言われた台詞に途惑う。
「実はましゅさんとか?」
「八百万です」
「なるほどー」
ねむりの頭がようやく動き出す。
事情はまったく分からないが、礼を尽くされているのはなんとなく分かった。
「気持ちよいねむりなら確実にごてーきょーできます!」
滅びのアーク以外の滅びは自然にして必然。
安らかな眠りこそが救いであり喜び。
姿形は幼子でも、ねむりは世界を冒すガイアキャンサーであった。
「いえ、最終的に眠ることになるのは構いませんが戦える肉腫化でお願いします」
「はい……」
がっくりと肩を落とし、無意識に出そうになった欠伸を気合いで引っ込める。
「よく分かりませんがなんとなく分かりました!!」
最後列の冥が息を呑む。
ほんの少し漏れた干渉力が、一切苦痛を与えぬ眠気を押しつけてくる。
ねむりがおぞましい怪物であることを、改めて実感した。
「いきますよーっ」
純正肉腫としてはあまりに未熟な、しかし生まれたて故の剥き出しの力が冥に押し寄せ五体を冒す。
「長胤様、御武運を」
闇に生きた者共の、最後の戦いが始まった。
●ローレットにて
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が真顔だ。
「高天京の城下町で冥が暴れてるです」
休憩中の警備隊を襲い、治安維持に動きそうな組織の武器庫に火を付け、大規模な迎撃部隊が到着する前に姿を消すことを繰り返している。
このままでは被害と混乱が際限なく拡大する。
「様子も変なのです」
冥の本業は隠密だ。
職業戦士複数を相手に勝てる者は多くないはずなのに、この一件に関わる冥は何故だか強い。特に頑丈さが飛び抜けている。
「動きが鈍いのも危険なのです」
隠密としての技も知識もほとんど無くしたのと引き替えに、凶悪な広域デバフを仕掛けて来る冥もいるようなのだ。
守る側は対抗するため戦力を集中するしかなくなり、その結果治安の回復も遅れ、高天御所に増援として向かうことも難しくなる。
「次に襲って来そうな場所は特定出来てるです」
城下町と高天御苑の接点である門の1つ。
次に城内の妖怪が溢れ出すならここだろうという、中規模の門だ。
「もともとの警備もいるですが主力が怪我して戦力ぼろぼろなのです」
城(高天御苑)側から来る妖怪を何度か撃退しているがもう限界だ。
冥にまで襲われると確実に全滅する。
「超危ないから気を付けていくです!!」
門と彼等を守ることが豊穣の民を助けることに繋がる、重大な依頼であった。
- <神逐>忠誠のかたち完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月17日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●忠誠果てる地で
月の光は艶やかで、闇の濃い戦場を淡く照らす。
数時間前まではいくつもあったかがり火も、妖怪相手の戦いでほとんどが地面に倒れている。
「これでは全く見えぬでありますな」
『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は焦げた木を踏みつけ足を止めた。
かがり火の周辺だけが明るく、それ以外の闇が濃い。
城からも城下町からも戦闘音が響き、耳を澄ませても小さな音は全く聞こえない。
暗殺者が仕掛けるのには絶好の機であった。
視界が揺らぐ。
体が軋む。
不自然な感覚に5つ以上同時に襲われそのほとんどをはねのけるが、極一部だけで十分深刻な不調になる。
そのタイミングで、光を反射しないよう黒く塗られた刃がエッダに向かって放たれた。
「天晴れ天晴れ」
両腕を回して装甲で弾き飛ばす。
細く鋭い刃が3つ、重厚な装甲で砕かれ地面に転がる。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるでありますな」
振り返る。
道も建物もない場所に、実に10の冥が立ち攻撃直後の体勢でいた。
「ご褒美に貴方達とは、正々堂々相対してやるであります」
エッダはイレギュラーズと比べれば薄紙に等しい門を庇い、構えをとった。
「こんな夢心地じゃ、私の護りは崩せませんよ?」
『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)がたおやかに笑う。
色気滴る夢魔の体は夜に似合っていて、心を刃に変えたはずの冥に反応を引き起こす。
「前に見た時より随分とのろまですね」
利香の笑みが消える。
「というよりは、寝てる……?」
隠しきれない嫌悪が表情に表れる。
「いや、この気持ち悪い感覚は、嗚呼」
滅びのアークを薄く浅く引き延ばした気配に気付く。
誑かすことはあっても襲う事はない夢魔にとっても、相容れぬ敵だ。
利香は一切手加減せず、奇妙なほど動きの鈍い冥のうち6人を自らへ引き寄せた。
「スティアちゃん、みんなをお願い!」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は閉じさせた門の向こう側へ呼びかけ、最も隙を大きな晒した冥府に斬撃を浴びせる。
ただ早く抜くための居合術ではなく、殺傷力を限界まで高めた一撃だ。
狂い咲く花のような閃光が、冥にしては雑な防御しかされていない腹から胸までを切り裂く。
だが倒れない。
八百万としても鬼人種としても頑丈すぎる体が倒れることを許さない。
「ここは通れないよ、ボクたちがいるから」
『雷虎』ソア(p3p007025)は敵の事情を気にしない。
彼等を放置すれば戦う力を持たない人々にも大きな被害が出る。戦う理由としては十分だ。
「銀の森の精霊の力を見せてあげる」
エネルギーを大量に使って自身の力を引き上げる。
その上で、虎の形をした両腕に風の力を纏わせ鋭く振るう。1度だけでなく複数回だ。
正気な冥3人から微かな動揺を感じる。
強烈な風が異様な頻度で吹きつけ、機動力を半ば殺されたからであった。
「これが豊穣の精鋭?」
『流離人』ラムダ・アイリス(p3p008609)は違和感を覚えるが決断と動きの速度は鈍らせない。
体調が万全なときのみ全力を引き出せる剣鉈「咎人斬り」と共に、不吉な気配を漂わす冥6人に真正面から仕掛ける。
居合で抜いた剣鉈の先端部は少なくとも音速を超えている。
アイリスから迸る紫電と遠くまで解く斬撃が重なりあい、非常に頑丈な体を切れ味と破壊力で以て大きく削る。
明らかに八百万でも鬼人種でもない手応えに、アイリスはとても嫌な感じがした。
「攻めてくるのならかかってきなさい、全部まとめて穿っていきますから!」
どこからどう見ても不健康そうな『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)が、良い品ではあるが魔槍でも神槍でも業物でもない槍を繰り出す
だが使い手が飛び抜けている。
孤屠が文字通り「血反吐を吐きながら」の鍛錬で会得した槍術は、ただの鍵槍に戦術兵器級の威力を与える。
その結果発生するのは残酷なほどの破壊だ。
3人の冥は異様なほどの反応速度で跳躍し避けたが、反応も速度も鈍い他の冥達は体のあちこちを穿たれ上半身が不安定に揺れた。
異様な気配が7つ、否、事切れた冥2人分減って5つ重なる。
孤屠の体が微かに揺れ、口から零れた鮮血が白い肌を艶めかしく目立たせる。
「やはりこちらが主戦場ですか。思うようにはさせませんよ」
門の向こう側で大きな術を何度も使った直後であるのに、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は広域に作用する回復術を行使する。
不浄なる脅威から解放され活力まで与えられたのは孤屠だけでなく、細かな不調も1度の術で回復していた。
「一度で見切られるなんてね」
細い投擲刃を肩に受けたアイリスが、力を引き出し難くなった剣鉈を構え直す。
警備隊を蹂躙するための陣形から対強者用の陣形に変わった冥に対し、対人用の戦闘術ではなく対部隊用の術を行使する。
「常闇は来たれり、恍惚へと誘う不吉の月は昇り咎人達の心を狂気へと駆り立て呪縛する」
空には月。
地には闇。
アイリスと冥の中間地点で殺意の火花が散る。
「対群精神感応術式「狂月」」
狂気が闇に浸透する。
視界を奪い、正気を奪い、体に覚え込ませた防御術すら奪い取る力が、技を無くした冥を襲った。
「干渉力……ですか。警備隊の方々を肉腫にはさせませんよ」
防御を許さぬ一撃で1人を仕留めた孤屠が、アイリスが冥にもたらした混乱を見て戦い方を変える。
「人がいてこその門の防衛、絶対に守ってみせますとも」
敵陣に飛び込み槍を振り回す。
初心者的とすらいえる戦い方だが、孤屠ほどの使い手がすると効果は絶大だ。
肉腫に堕ちて思考力が減った冥では強烈な槍に対処することが出来ず、文字通りに打ち倒された。
とすりと小さな音がする。
黒塗り刀が服と皮膚を裂く音もする。
盾兼爆弾を無くした3人の冥が、イレギュラーズに対し猛攻を開始した。
●妖の軍勢
音は爆竹並。
圧力は迫撃砲並。
体へのダメージは圧力ほどもないが、各々が10メートル跳ばされると陣形の維持はもちろん集団行動の継続は不可能だ。
「我々は何時も生還してきた! ソレは!」
『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)が前進する。
広範囲に炸裂する音は実に巧妙かつ巧緻で、心技体全てが半端者である妖怪部隊には耐えられない。
奇跡的な偶然で耐えた個体も極少数いたが、夏子を襲おうとして噛みつくことも出来ずに防がれる。
「貴殿等の様な! 烈士の助力があるからだ!」
門全体を守る役目を負った八百万部隊が夏子を追い抜き妖怪部隊に突撃する。戦意を煽られに煽られたため破壊力は十分だ。
物理的にも精神的にも崩れた妖怪達は、数秒ももたずに部隊としては崩壊した。
「これなら勝てっ」
興奮する八百万を夏子が怒鳴りつける。
「立て直しぃ! 今こそ意地の張り所ぉ! 目に物見せろよ豊穣魂ぃ!」
城から妖怪が溢れ出す。
統制は全くとれていないが今倒した妖怪の十倍近くいる。
八百万達は必死の表情で駆け戻り、スティアによる広範囲回復術の援護を受けながら改めて陣形をつくって妖怪を待ち受ける。
「仲間が勝つまでココは堅守! しきれば我々の勝利だ!」
炸裂音を響かせる。
足止め出来るのは直径10メートルの範囲の相手を数秒から10秒程度だが、この規模の集団戦では一騎当千の強者並に有効であった。
●果て
体術と剣技。
そこに複製肉腫としての頑丈さが加われば、特殊な性質など無くても危険な相手に変わる。
「我が身を魔に落としてまで主君への忠義を尽くす、か。その覚悟は見事だけど」
サクラが冥の間合いに踏み込む。
剣技ではサクラも負けてはいない。
その上で彼女特有の技を使いこなし、負けたという結果を冥に押し詰ける。
黒衣の冥は見事な体術で直撃を避けたが、受けたダメージも体勢の崩れも深刻だ。
「やるでありますな」
刃が装甲を食い破る音が遅れて聞こえた。
エッダの腕部装甲が切り裂かれ、痛みを堪えても汗が出る。
だがまだ十分やれる。
「お返しであります」
冥が急所をついてくるなら、エッダは新たに作った急所を突くだけだ。
精妙なコントロールをされた鉄の拳が、イレギュラーズによって冥に押しつけられた呪いを刺激し内と外から肉腫の体を破壊する。
「貴方達は、畏れられたりとはいえ国の為戦うものだと聞くであります。それがなぜこのような戦いを、ヒトでなくなってまで」
冥の戦意は変わらない。
イレギュラーズに数でも逆転された冥は、1秒でも決着を長引かせるための戦いをする。
(全ての夢は幸福であるべし。無への昏睡に誘われるくらいなら、私の手でその魂を――)
純正肉腫の介入により逆鱗に触れられた利香が自重なしで誘惑する。
生き残り3人のうち最も傷が浅かった冥が呻き、自らに小さな刃を刺して心を保とうとする。
「嗚呼、しかし臭い。せっかくのひとの命を汚して」
別の冥の飛び道具が利香の両目を狙う。
だが、常識的な範囲で強いだけの刃は利香の命には届かない。
夢魔の魔剣がぺしりと打って、鋭いが軽い刃が闇の中へ消えた。
「貴方達が正しいとは全く思わないけど、その心意気だけは見事と言っておくよ!」
サクラの刃が追撃する。
利香に対して前のめりになった冥の首に、居合いを完璧に成功させた。
冥の命は急激に弱り、狂気の域にある忠誠心で抑え込まれていた肉腫が活性化する。
月の光よりもなお艶やかに、冥の変化に利香が介入する。
甘い香りの瘴気が堕落を誘う。
純正肉腫「ねむり」が刺激する睡眠欲とは方向性が違い、何よりすぐには死なない。
「どうせ眠りについちゃうのなら、私になっちゃわない? ……いひひ♪」
『レベル1』の影響で弱体化しているが、冥を通じて戦う相手はうまれたばかりで力の扱い方を知らぬ「ねむり」だ。
精神を掌握して情報を引き出すのは十分可能なはずだった。
「……もう、邪魔をして」
残る冥2人が慣れた動きで同胞を始末する。
死に巻き込まれた利香が、胸を押さえてうずくまった。
月光とは異なる光が戦場を覆う。
凄まじい速度で利香を回復させるスティアの術の、割合としては微かで量としては膨大な魔力の残滓だ。
花弁を象った残滓は、忠誠を優先させ人の世に背を向けた冥を癒やすことは決してない。
「……貴方達は何故、肉腫になってまで戦うんですか」
孤屠の槍が黒装束を突き刺す。
体の外も内も傷だらけでも、孤屠の視線は黒装束の目を真正面から射貫く。
「倒れた冥は全員明らかに様子がおかしかった。ここまで人を狂わす力が本当に黄泉津、貴方達の仕える人に利をもたらしますか?」
政争とは別次元の、人の世の敵対者の気配を感じる。
「忠誠のかたちが様々なのは結構。最期まで戦うのも結構です。だとしても、そんな危険な物はこの先残してはマズいことは分かりませんか」
彼等は分かった上でやっている。
しかし喜んでやっている訳ではないと、孤屠は直感した。
「長胤だっけ? 忠誠を誓うのも人の勝手だけどさ」
アイリスが後ろに飛び退く。
冥の刀と飛暗器の間合から逃れ、傷つき疲れた体を休ませる。
「道を踏み外そうとしていたならそれを止めるのも君たちの役目でしょうに。ったく一緒になって堕ちてたら世話ないんだからね? 正す気があるのなら君達をそんな体にした肉腫の居場所聞いておくけど?」
自供するなら後始末はする。
実力と覚悟は戦いで示したので説得力は十分にあった。
「心遣いは、有り難く」
生気も感情も抜け落ちた、鋼に刻まれた文字の如き声が戦場へ響く。
冥の1人が分身にも似た高速移動でイレギュラーズの目を一瞬惑わせ、最後の1人が特別な薬を塗って針より細い刃を飛ばす。
「そう、言えるなら」
スティアが痛みにあえぐ
「そう、思えるなら」
強固な対状態異常抵抗力を貫通しようとする薬に抵抗し、周囲の不浄なる気ごと術で消滅させる。
「この国を大事に想っていそうな長胤さんが滅ぶようなことに手を貸したりするのかな」
こうなる前に手を打つだけの能力と時間はあったはずだ。
「普段の言動からそういうことは読み取れなかったの」
気付くだけの能力と機会もあったはずだ。
冥の名は汚辱に塗れているかもしれないが、これまで豊穣を支える1要素だったのは事実なのだから。
「神使殿」
冥の戦意は変わらない。
このまま戦えば人として死ぬことすら出来ないのを理解した上で、スティア達を傷つけ足止めを強いる。
「これが我等の……わたしの、精一杯なんです」
最後に残っていた人として柔らかな部分が、言葉になった。
「ねえ」
人ではないものの声がする。
「ねむりを何処にやったの?」
人の形をして人と交われても、自然そのものでもある精霊種が現実を突きつける。
「分かるでしょう、とても恐ろしいものに力を借りたこと」
冥から大気にしみ出す眠りの干渉力もソアには届かない。
「貴方達が長胤さんのために命をかけたのは知ってる」
奇怪な軌道を描いた刃がソアに迫り夢魔の尻尾で弾かれる。
予期していたソアが爪を繰り出し冥の胸を裂く。
心臓と肺には届かず、しかも追撃は行わず、堕ちないよう手加減している。
「でもね、もう終わったんだよ、だから最期に教えて。純生肉腫を手放しの自由にすることはきっと長胤さんも望まない」
「そうでしょうね。そうだと思いたい」
冥の声の響きが不安定になる。
肉腫化を肉体強化の手段として使うなどひとの分を超えている。今の状態が奇跡なのだ。
「ですが、こうでもしなければ」
主君がどう戦い何を掴むことになるのかは分からない。
それでも、イレギュラーズや帝側の戦力が一度に集中すれば何も為せずに敗れてしまうだろう。
部下としても1個人としてもそれだけは耐えられなかった。
刃が安全な空間をなくし、敵と味方の血の臭いが戦場へ満ちる。
「サクラちゃん!」
スティアのオッドアイに焦りが浮かぶ。
明らかに臓器まで届いていて、動揺を精神力で押さえ込んで癒やしの力を送り込むが効きが悪い。
「自分たちの忠義を通す為に協力してくれた相手に義理を通すのは理解するし、それ自体は立派な行いだと思うよ」
サクラは言葉ではなく交えた刃を通して冥の心を知った。
「だけど」
サクラの剣が冥の剣を上回る。
攻撃直後で微かに乱れた構えを叩いて関節部を痛めつける。
「貴方の主君は神威神楽を愛し、その滅亡を望まない。天香長胤が勝っても、あの肉腫を生かす道を望まない」
「勝手に心を推し量るな。あの方はもう十分豊穣に尽くされた。もう自儘に生きて良いだろうっ」
この期に及んでも冥の剣は乱れずサクラを削る。
サクラは目を逸らさない。
残酷なことを言っているのを自覚して、冥へ言葉を叩き付ける。
「忠義の為に、神威神楽の為に、全てを捨てなさい」
冥の剣先が初めて乱れて揺れた。
「これ以上、貴方達のような人を増やしたくないから!」
スティアの心が千々に乱れる。
怒りも後悔もあるが、今はただ悲しく感じる。
「またこんなことを繰り返させるつもりなの。純正肉腫を残せば、何倍にも何十倍にも拡大して同じことが起こります!!」
まだまだ戦えるはずの冥が1人片膝をつく。
心が折れ、死へ至る眠りに負け、純正には及ばないとはいえ肉腫を増やす干渉力を無差別に撒き散らす。
雷纏う虎爪が、堕ちた冥を抉る。
喉、心臓、頭蓋と、1つでも必殺といえる一撃を三度繰り出し複製肉腫を破壊する。
「どう転んでも最期はこの手で看取ってあげる。選んで。もう選ぶことも出来なくなる」
負の精霊種ともいえる「ねむり」とは根本的に異なる力強い瞳に、疲れ果てた冥が映った。
「主に殉じるってんだ。とやかく言うのもお門違い、やり方選んでないのも分かった」
夏子は荒い息を吐きながら槍を構え直す。
「だたソレマジ取り返しつかねーから」
門の内も外も騒乱はおさまらない。
「ねむり」が回復し本格的に関与し始めたら、騒乱はより大きくなり、長引く。
冥が跳躍する。
勝ち目が完全になくなったと判断し、イレギュラーズに自らを追いかけさせて時間を稼ぐつもりだ。
だがそれでは足りない。
再び凄まじい加速をしたソアが一度大きく追い越し、捕捉する。
冥であった者の唇が、末期の息と共に微かに動く。
「そう。ありがとう、おやすみなさい」
末期の言葉を聞き取った後、意思を持たない怪物に堕ちる前に処理を完了した。
●ねむり
川沿いにある小さな宿の戸が蹴り破られた。
混乱する店員の真横を通り抜け、エッダと夏子が細い階段を駆け上がる。
他の面々は脱出手段である船の確認と確保だ。狭すぎて一度に二階へ上れない。
「神使さん?」
そこに彼女はいた。
直りきらない傷をそのままに、古びた布団の上にちょこんと座っていた。
エッダが微かに目を見開く。
この純正肉腫は滅びを目前にしているのに怯えない。
滅びは必然。
イレギュラーズが死ぬのもねむりが死ぬのも順番が変わるだけ。
ねむりを殺すのはマシな滅び方を1つ消すだけだと、理性でも感情でも確信しきった目でイレギュラーズを見ている。
エッダは退路を封じ、至近距離から押し寄せる眠気に耐える。
ねむりが弱り切っていても、可能性が揮発してしまうほど濃く重い。
「間に合った。しかしきつい……」
夏子は奥歯を噛みしめ眠気に抵抗する。
穂先を小さな体に当てて、防がれることを一切考えずに渾身の力を込める。
肋骨を折り心臓に届き、前回の戦いから回復しきれていないねむりが完全に致命傷を負った。
「……おやすみ」
ここは戦場だ。
エッダは余計なことを考えない。
ねむりの攻撃能力が失われた直後、ねむりの人間に近い体の形を利用して折り、砕き、潰す。
痛みは感じているようでも悪意と敵意は感じられない。
「早めに潰せたのは幸運でありますな」
ねむりは劇薬だった。
絶望したものが最期にすがる甘い死として、混沌に蔓延する可能性すらあった。
「似たようなのがまた現れるのは、止めて欲しいでありますな」
窓の障子に、夜明けの光が微かに見えていた。
純正肉腫と複製肉腫の遺体は荼毘に付された。
その後徹底的に浄化され、名前の刻まれていない墓石の下へそれぞれ封印された。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
敵の能力を完封する能力および戦術。
忠誠心MAXではあっても主の有様に心痛める冥の急所をつく説得。
いずれも素晴らしいプレイングでした。
戦勝、おめでとうございます。
純正肉腫「ねむり」の討伐成功です。
GMコメント
■成功条件:門の防衛成功
警備隊の生き残りが多ければ多いほど、成功度が上昇します。
■ロケーション
空に大きな月と天守閣が見える、静まり返った門とその周辺です。
イレギュラーズが現地に到着してから数分後、城下町側からは冥が、城(高天御苑)側からは雑魚妖怪が襲って来ます。
■エネミー
敵の主力は、主君のため少しでも時間を稼ごうとする冥の精鋭達です。
●冥(複製肉腫)
総勢3名。
人格と技能をある程度保ったまま肉腫化し、頑丈な体を得た者達です。
一定以上のダメージを受けると堕ちた冥に変化します。
変化せずこの戦いを生き延びても、確実に深い眠りに落ちて死亡します。
命中はかなり高いです。
・黒塗り刀 :【物中単】【移】
・飛び道具 :【物遠単】【必殺】
●堕ちた冥
総勢7名。
肉腫化に耐えられず心が壊れた冥です。
冥(複製肉腫)の指示を受け、遠方から突撃してきます。
技と判断力が衰えているため命中と回避は低いです。
・体当たり :【物遠単】【移】 体が頑丈なため威力は高いです。
・干渉力(劣化版):【神中範】【無】【停滞】【不吉】【麻痺】 長時間干渉力を浴び続けると複製肉腫変化する可能性あり。
●雑魚妖怪
負の気配に惹かれて集まった残酷雑魚妖怪です。大量。
全高は50センチ程度。
戦闘力は雑魚。機動力は低く、警備隊と戦って負けたり、イレギュラーズの戦いの背景で吹き飛んでいたりします。
主な攻撃手段は殴る蹴る噛みつく。
遠距離攻撃手段を持っているものも少数いますが、威力はとても弱いです。
■他
●警備隊
武器の八百万で構成された警備部隊、の生き残り。総勢14名。
主力が負傷し、重傷者の輸送と護衛に戦力を裂かれ、しかしまだ戦意は保っています。
イレギュラーズからの要請がない場合、門の城側で守りを固め、雑魚妖怪との死闘を演じることになります。
●純正肉腫「ねむり」
傷を癒やすため熟睡中です。
冥(複製肉腫)がどこかに隠しました。
冥(複製肉腫)から情報を引き出すことに成功すれば、仕留めることが出来るかもしれません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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