PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ひきこさん

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●人形使い

 ――ひきこさんひきこさん。ひきこもりのひきこさん。ひきずりまわすひきこさん。

 重く濡れそぼった雲からとうとう雨が零れ落ちた。アスファルトに点々といびつな円が描かれていく。
 ママの言うことを聞いてちゃんと傘を持ってくればよかったとサトルは思った。
 雨のせいだろうか。もともと人通りの少ない通学路だけれど、拭い去ったように人っ子一人いやしない。サトルの足音だけが雨音に紛れて響く。ひとりでいると自然に学校で流行っている噂話が思い出された。

 ――ひきこさんひきこさん。ひきこもりのひきこさん。ひきずりまわすひきこさん。小雨降る日に現れて、おまえをさらってひきずるよ。

 そんなのいやしないもんとサトルは虚勢を張った。クラスメートのタカシくんが居なくなって今日で一週間。それはひきこさんのせいだと最近は団地のおばさんたちまで騒いでいる。雨はサトルへまとわりつくように、湿気た空気と共にぬかぬかと降り注いでいる。心細くなったサトルは歌いだした。

 ひきこなんてないさ、ひきこなんてうそさ、ねぼけたひとが……。

 そこまで歌ったところでサトルは黙り込んだ。
 向かいから誰かがやってくる。小雨のカーテンに遮られていたその姿がしだいに露わになってきた。
 そしてサトルは見てしまった。長いぼさぼさの髪を足元まで垂らした女が歩いてくるのを。女は汚れた着物を着ており、小学生くらいのマネキンを引きずっている。ずいぶん使い込んだのか、マネキンは傷だらけのボロボロだった。
 サトルの心臓がバクバク言い出した。冷や汗が脇を濡らし、背中を氷が流れ落ちる。何故ならその女が握っているマネキンはどう見ても、いなくなったはずのタカシくんだったから。
 恐怖に駆られて動けなくなったサトルはしばしその女と見つめあった。無感情な瞳には何も映っていない。ただ深淵のみがそこにある。
 少しずつ後ずさり、逃げようとした瞬間、女はタカシの死体を振り回しながら襲い掛かってきた。先ほどまで茫漠としていた瞳は獲物を前にしたカラスのように真っ赤で、目と口は極限まで吊り上がり裂けている。
 コンクリートの塊を叩きつけられた気がした。その一撃でサトルは永遠に意識を失った。新たな玩具を見つけた夜妖はタカシの死体を放置してサトルを引きずり夕暮れの中へすうっと消えていった。

●カフェ・ローレットにて
「**町で行方不明になっていた五反田タカシくんが全身を強く打った状態で発見されました。タカシくんはかけつけた警察によりただちに死亡が確認されたことが捜査関係者への取材でわかりました」
 KBHニュースが淡々と凄惨な事件を読み上げている。
 シェイク片手にくつろいでいた金野・仗助 (p3p004832)は顔をしかめた。
「おい、チャンネル変えていいか」
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえよ。被害者がガキってのはどうも胸糞悪い」
「同感だね。店員に頼んでバラエティにでも変えてもらう?」
 などと相川 操 (p3p008880)と話していたら次のニュースが始まった。
「本日午後4時ごろ、**町で設楽サトルくんが行方不明になりました。**町の皆さんは不要不急の外出を控え、念入りに戸締りをしてください」
「二件連続で子どもが被害者か……」
「まったくどこのどいつがこんなことをしてるっスかね」
 仗助と共に日向 葵 (p3p000366)も眉を寄せていると、小さな靴音が鳴った。そちらへ顔を向けると、どこか浮ついたカフェの空気に少々そぐわない陶器の人形のような少女が立っていた。
「おう、嬢ちゃんも気を付けて帰れよ。なんなら家まで送ってやろうか?」
 彼女は仗助の申し出に頭を振り、手にしていたaPhoneをタップするとあなたたちへ見せた。そこには噂話のまとめサイトが映し出されていた。
「……夜妖発生、迅速な撃破を望む」
 情報屋だとあなたたちは姿勢を正した。まとめサイトの目玉は今話題になっている都市伝説「ひきこさん」。少女の名は『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)。リリコは引き続き説明した。
「……ひきこさんは小雨の降る夕方に出る。いじめられた過去があるという噂で、小馬鹿にした相手の前に出現するみたいね。……出現と同時にあたりは異界になる。戦いの音も衝撃も外に漏れだすことはない。ひきこさんはこの異界を子どもの悲鳴を消すために利用していたみたい」
「けったくそ悪いっス」
 葵はコーヒーカップをぐいと飲み干そうとし、とうに空になっていることに気づいて舌打ちした。
「……さっき流れていたニュースはあくまで表向きのもの。実際にはタカシもサトルもひきこさんの犠牲になった。これ以上子どもたちが巻き込まれる前にひきこさんを倒してほしい」
「ねえ、行方不明のサトルのほうはまだ生きてるの」
「……残念だけど、諦めたほうがいい」
 リリコは透明なガラス玉のような瞳にかすかに憂いをにじませて操を見上げた。
「……ひきこさんは小学生くらいの少年少女を見ると優先的に狙ってくる。気をつけてね」

GMコメント

みどりです。ご指名ありがとうございました。
オバケの友達に引きずり回されたらそこら中の人がびっくりするでしょうね。

やること
1)ひきこさん討伐

●エネミー
ひきこさん
 自分を馬鹿にしたと感じた相手の前に出現する夜妖
 初期段階では出現していません、誰かが囮になる必要があるでしょう
 サトルの遺体を武器に襲い掛かってくるほか、過去のトラウマから小学生くらいのロリショタを優先的に狙います
 EXAと命中が高く、複数回攻撃してくるタイプです
 回避をはじめとする防御系ステは低め

・ふりまわし 物自範 飛 ブレイク
・乱打 物至単 疫病 失血 致命
・飛び掛かり 物中単 移 攻勢BS回復大 HP回復中
・狂確 怒りの成功率大幅低減 ただしプレイング補正有

●戦場
 小雨そぼ降る通学路の異界
 幅10*長さ50m
 視界及び足元ペナルティなし

●特記事項
 サトルの遺体は掃除屋が適切に処理してくれますが、何かやりたいことがあればプレに盛り込んでください

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • ひきこさん完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年11月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ワルツ・アストリア(p3p000042)
†死を穿つ†
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
※参加確定済み※
武器商人(p3p001107)
闇之雲
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
金野・仗助(p3p004832)
ド根性魂
※参加確定済み※
相川 操(p3p008880)
助っ人部員
※参加確定済み※
ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)
ワルツと共に
アイザック(p3p009200)
空に輝くは星

リプレイ


 人気のない住宅街をイレギュラーズたちは歩いていた。
 天気予報どおりの小雨、夕暮れの雲は暗く重い。
「人通りが少ない方がいいよね。万が一ってこともあるかもしれないし」
『都市伝説“プリズム男”』アイザック(p3p009200)が帽子のずれを直した。カツラと包帯で顔を隠してはいるが、その下は紛れもなく人外。スレンダーな肉体は添え物でしかない。
 そんな彼をチラ見しながら『紅擁』ワルツ・アストリア(p3p000042)は、だいじょうぶホラーじゃないホラーじゃない、と呟いた。
「そうね。このあたりがいいんじゃないかしら」
 ワルツの言葉に全員足を止める。
「それじゃア始めようか。召喚の儀式を、ヒヒヒ」
「そうッスね」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)のセリフに『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は短く答え、やや距離を取った。戦場を俯瞰的にながめるためだ。どこに誰がいるのかを肌で感じ取り、最適化された行動をする。それは一流スポーツ選手もイレギュラーズも変わらない。
「ひきこさんがどちらから来てもいいように、位置取りには気をつけなくてはな」
『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が仲間へ声をかけた。自身はすでに大太刀の柄へ手をかけている。
「……なんというか、やりづらい敵だな。王子様を目指す身としては」
「ラクロスには荷が重い?」
「そうではないよ。ひきこさんをお姫様扱いするのが不快なんだ」
「じゃあやらなきゃいいじゃない」
 あっけらかんとした『特異運命座標』相川 操(p3p008880)に、『貴方の為の王子様』ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)は儚げに微笑んだ。
「そうだね。残念だけれど、心を鬼にして戦わなくてはならないようだ」
「よし、覚悟も決まったみてえだし、やるぞ」
『ド根性魂』金野・仗助(p3p004832)が腕を組む。仗助はざっとあたりを見まわし、誰もいないことを再確認すると声を張り上げた。
「ハッ、知ってっか? ひきこ……とかいうんだっけか。親戚のガキが意地悪してたみてえに言ってたけど、ブサイクだわ身汚いわ、髪はぼさぼさでゲロみてえな臭いがするわ。やられる側にも理由はあるってんだよなァ、それで世界は私のテキーみてえなのよ」
 アイザックが自らの口元を人差し指でとんとんと叩いた。チェンジボイスの予備動作だ。とたんに幼い子どもの声がアイザックから漏れる。
「そうなんだねお兄ちゃん」「ひきこさんってばジコチューだね」「いるならでておいでーだ」「ぼくらがこわいのかな」「あめでよごれて、きたないのかも」「みられたくないくらいひどいんだ」
 ……ずる。
 かすかな、しかし精神をやすりで逆撫でするかのような音が、感覚が、皆を襲った。
「異界だねぇ」
 のんびりと武器商人がつぶやく。
 ……ずる、ずる。
「出やがったぞ」
 仗助が盾をしっかりと握りこむ。雨の奥からそれは姿を現した。汚れたぼろぼろの着物、そしてひきずっているのは、小学生の死体。
(サトル……まだほんとにガキじゃねェか。それをあんなにボロボロにして、許せねェ!)
 怒気が仗助の全身へ熱い血を送り込む。
 アイザックは声を戻し変装を解いた。
「ふう、やはりこっちのほうが気楽だ。さて、呼ぶための演技とはいえ、悪口申し訳ないね」
「まさか、おはなししようってんじゃないッスよね?」
「止めることに異論はないよ。ひきこさんにとってどうかは知らないけど、僕にとっては悪い子じゃないからね、その子は」
 葵の問いにアイザックは飄々と答えた。サトルの死体を眺めやりながら。
「ずいぶん様変わりしているけれど、此方にも僕らと似た存在があるんだね」
 彼女には彼女の法則があるのだろうとプリズムの怪異は考える。
 ひきこさんが近づいてきた。ワルツはその見た目に顔を引きつらせる。
「こっわ、私ガチめのホラーは苦手なんだけど……」
「学校で広まる怪談としては”王道”な、陰湿なモノガタリだからねぇ」
 武器商人は、まァと言葉をつづけた。
「最近はこの辺もリリコの活動範囲なのだからこういった夜妖は少し都合が悪い。手っ取りバラク暴力でねじ伏せるとしようじゃないか、ヒヒヒヒヒ……!」
「そーね、夜妖とわかれば適切に排除するのみだし、まぁまぁ気も楽ね。首位よくこの街の脅威を仕留めましょう!」
 スナイパーライフルのスコープで狙いを定め、ワルツは頭のスイッチを戦闘へ切り替える。
 葵はぼろぼろになったサトルの姿にため息をついた。
「子どもだけ狙うヨルとは、随分といい趣味してるじゃないっスか。しかも何か異界を使いこなしてる感が余計に腹立つっスね」
 ……ずるずる、ずる、ブオン。
 空を切る音。ひきこさんがサトルを振り上げたのだ。同時に葵は動いた。シルバーのサッカーボールをリフティングからキック、ボールは砲弾のようにひきこさんへ突き刺さった。
「ゲシャアアアアアアアアアアアアア!」
 もはや人間とは思えない絶叫があたりへ響き渡る。手元へ戻ってきたボールを足先で止め、葵は吐き捨てた。
「アンタが何を思ってこんなことしてるかなんて知ったこっちゃねぇ……もう二人も犠牲になってんだ。これ以上の被害が出る前にオレたちできっちり潰してやるっスよ!」
「ああ、これ以上、無関係の子供が犠牲になる前に撃滅するぞ!」
 地を蹴った汰磨羈がひきこさんへ素早く近寄る。
「よりにもよって『ひきこさん』か……胸糞の悪さに於いてはトップクラスだな」
「そーお? あたしは正直いじめられっこの気持ちなんてわからないんだよなぁ」
 操が至近距離へ割り込み、強烈な一発をひきこさんへ。そうしながら元の世界でのことを思い出す。不幸の手紙、同級生の冷たい視線、一歩引いた憤怒、そんなものを味わってきたけれど……。思い起こせばそうなったのは、『面白そう』という理由で飛び入り参加し、ひたむきに努力する子をずんずんと追い抜いてきたからだ。それを思えば自分は加害者の側だと操は自認する。
「あたしはいじめっこ。抵抗できない子どもに八つ当たりするしかできない弱虫を、全力でぶっ飛ばしてあげよう!」
 それを聞いたラクロスが魔剣で十字を作る。アスファルトに落ちたその影が伸び、ラクロスのシャドウとなる。彼女はひきこさん相手に堂々と宣戦布告した。
「どんな理由があったって。自分をいじめた子を思い出すからって。君は罪のない幼い子供を恐怖に叩き落としてその命を奪ったんだ。許されることではないよ」
 魔剣で空を切りはらい、鋭い視線をひきこさんへ突き刺す。
「君をお姫様と呼ぶことはできないね」
「ゲア、ゲアアアア!」
 ひきこさんが吠える。その咆哮は人間をやめたモノだけが出せる怨念に彩られていた。


 アイザックは胸に手を当てた。それを天へかざし、声をあげる。
「戦場に於いて勇猛と無謀は区別されるべきである。無謀ならざる者は我に続け」
 落ち着いた声が広がっていく。同時に足元から七色に光輝くオーラが立ち上り、声を追いかけるように真円を描いた。仲間の命中を引き上げたアイザックはいったん後ろへ下がり、戦場を見渡す。
(まだひきこさんは自由に動けるみたいだ。後衛のところまで移動してくるかもしれない、そうなったら陣形が崩れる。引き付けを頼んだよ)
 そして振り回しで吹き飛ばされた仲間へ治癒を贈る。
「悪い子には石炭、良い子には幸運が齎されるべきだよ」
 地面を貫いて幾本ものプリズム柱が顔を出す。それは癒しの光を帯び、手近にいる仲間の傷をふさぎ、痛みを取り除いていく。
 盾で応戦した仗助は「畜生」とつぶやいた。振り回されたサトルの死体が盾に当たった瞬間、たしかにサトルの骨が折れる感触がしたからだ。
「てめえみてえなクソ野郎が俺は大っ嫌いなんだよ! ひきこォ!」
 仗助はがむしゃらにつっこんでいく。
「見れもしねえツラしやがって、その髪で隠してるつもりか! クソが!」
 ひきこさんが再びサトルを振り回す。まるで聞きたくない言葉から距離を取ろうとしているかのように。仗助の大盾に再びサトルが叩きつけられる。その直前、仗助は盾を放り出しサトルの体へしがみついた。
「サトルがいったい何をした! こんなになるまでひきずりまわすこたァねェだろ! おまえにゃ許せないことかもしれないけどよォ! やりすぎってもんだろうが!」
 もう既に全身の骨が折れてしまっているのだろう。妙にぐんにゃりしたサトルが涙の向こう、にじんで見えた。
「仗助君!」
 無謀なほど距離を詰める仗助に、ラクロスが思わず静止の声を上げる。
 ひきこさんからサトルを奪おうとする仗助、サトルを奪い返さんとするひきこさん、壮絶な力比べが始まった。
(畜生、なんて力だ。サトルを持っていかれそうだぜ)
 それでも離すつもりはなかった。仗助はずるずると引きずられながらもサトルから離れない。いらだちに駆られたひきこさんがサトルの腹や脛を狙い蹴りを繰り出す。
「ぐおっ、ごあっ! っ痛!」
 骨にひびでも入ったのだろうか。仗助の動きが鈍る。ひきこさんは勝ち誇ったように仗助の腕からサトルを引きずり出そうとした。
 その瞬間、銀の砲弾がひきこさんの腕をうがった。
「今だ、仗助! 思いっきり奪い取ってやれ!」
 葵が叫んだ。戻ってきたボールをがっしりと受け止め、狙いを定めて次の攻撃の機会をうかがう。
「オレたちがフォローに入る! サトルは任せた!」
 助走をつけ、定位置にあるボールを全力で蹴り飛ばす。それは死へ誘う一撃と化してひきこさんの肩を狙い打った。
 大きく体勢を崩したひきこさんの影から、伸びあがるように汰磨羈が姿を現し、怒涛の勢いで攻め立てる。
「いい加減、そのようなふざけた真似は止めにして貰う」
 刃よりもなお鋭い視線を投げつけ、汰磨羈は右に左に切りはらう。啾鬼四郎片喰の長い刃が穢れた血に濡れ、切っ先がひきこさんの両目を切り裂いた。
「グガアアアアウ!」
「ふっ、その程度で逃げ帰るようなタマではないのだろう? 知っているぞ」
 汰磨羈はさらに追い打ちをかける。銀の刃で兜割りをしかけるも、すんでのところで避けられる。正中線へ浅い傷を作られ、ひきこさんが地獄の底の亡者のような呻きを絞り出す。
「まだまだ、これからだから! 都市伝説解体ショーはね!」
 ワルツが利き手を突き出した。中指のネイルからあふれだす赤い糸が全身を血で染めたように絡みつく。己の魔力を引き上げた彼女はCauterizeをかまえた。相手を撃ち抜く、その殺意を銃弾に変えて。
「いけっ!」
 ライフリングを通って吐き出される銃弾が光を帯びる、それは射撃というよりもミサイルだった。魔力をこめた弾丸がひきこさんの側頭部へ命中する。
「ゲエエアアアアウウウ!」
「うっそ、まだ生きてんの。普通の生物なら即死なんですけど」
「夜妖だもんね」
 操が颯爽とした足取りでひきこさんの射線を遮る。
「後ろにいかれちゃ迷惑だからね。というか、そんなになってまで他人様に迷惑かけて恥ずかしくないの?」
「ゴアア!」
 ひきこさんは仗助へ執拗に攻撃を加えていた。操はその隙に肉薄し、接近戦を仕掛ける。全力で殴りつけ、蹴り飛ばす。それでもなおひきこさんがサトルを手放すことはなかった。
「その執着をもっと前向きな方向へもっていけばよかったのに……」
 操は一抹の寂しさを胸に隠し攻撃を続ける。
「そろそろ離してあげちゃァどうだい、その子もきっとそれを望んでいるよ」
 武器商人が両の目尻をなぞり、うっすらと紅を刺す。それだけですさまじい眼力を手に入れたそのモノはすぐに攻勢へと入った。くるりと回るたびに銀河の星屑が溢れ、そのモノの周囲を漂う。くるりくるり、それが頂点に達した時、武器商人はひきこさんを指さした。輝きが弾け魔光閃熱波の奔流がひきこさんを襲う。
「無様に乞う喉もなくした哀れな存在。あのコの瞳を憂させる腕は千切ってしまおう。あのコの前に歩いていく足は消し炭にしてしまおう。我(アタシ)の気に入りに手を出しかねないモノは――握りつぶしてしまおうね」
 語尾に薄ら笑いが続く。
 ラクロスはその謡うような声に鳥肌を立てた。かぶりをふってひきこさんへ集中する。相変わらずひきこさんは暴れまわり、特に被害の大きい仗助はぼろぼろだった。それでもなおサトルへしがみついている。
 内心で仗助へ敬意を表しながら、ラクロスはひきこさんへ魔剣を突き付けた。
「ねぇ、君はいじめられていたそうだけど。まさか『そんな』理由で子どもを殺して許されるとでも?」
「……」
 ひきこさんは答えない。しかし次の瞬間、真っ赤な目がラクロスを射抜いた。涼風のごとく受け流しながら、ラクロスは確かにその目に怒りがあることに気づいた。
「本当に『その程度』の理由で人を襲ってるのかな? 『たかが』個人の恨みで何をやっても許されると?」
(いじめられていたことを軽く扱われて怒らないヒトはいない。生前の恨みに引きずられているひきこさんならと思ったけれど、当たりだったようだね。……王子様からはかけ離れているけれど、ごめんね。君を止めるには甘い言葉じゃダメなんだ)
「ガッ! グアッ! ガアッ!」
 仗助とサトルを奪い合いながら、ひきこさんは器用に片腕だけでラクロスを害そうとしてくる。そんな軽い攻撃がラクロスに届くはずもなく、彼女は二振りの魔剣でひきこさんの攻撃を華麗にしのいだ。
「だいたいいじめられていた君にも原因があるんじゃないのか? それを棚上げしているだけなんじゃないのかい?」
 ラクロスの振るう弁舌が名乗り口上となってひきこさんへ痛烈に響いた。ひきこさんがラクロスへ体を向ける。
 その瞬間、苦痛に満ちていた仗助の体が軽くなる。
「勇気ある君。人を助けるのは良い子だよね。幸運を君に」
 アイザックが両手を突き出し、仗助の近くにプリズム柱を突き立てていた。癒しを受け取った仗助は再度、猛然とサトルへ組み付いた。
「うおおおおお、おっしゃあああああ!!」
 ついに仗助はサトルを奪い返した。もはや何も案じることはない。仲間が攻撃を畳みかける。
 ワルツが狙いを定め、いちばんの急所であろう顔面へ向けてマジックミサイルを打ち込み続ける。
「このっ! 倒れなさいよ! このっ!」
「仗助が根性を見せたんだ。私も全力で応えねばな?」
 汰磨羈の大太刀がひきこさんの胸をぱっくりと割る。
「やっと両手も空いたことだし、ちょっと”プロレスごっこ”でもしようか?」
 操が背後からスープレックスを仕掛ける。ちょうどいじめっこが弱い子を相手にするように。
「恨んでくれていいよ。関係ない子に八つ当たりするくらいなら、今あんたをいじめたあたしを堂々と恨みなよ!」
「そうっスよ。その腐れた根性、オレたちに見せてみろ!」
 葵がハードランチャーで恍惚を付与した。
「次はもっと無害な夜妖になっておいで、そんなのがいるのかは知らないけれど、ヒヒヒ!」
 灼熱の銀河の濁流がひきこさんを飲み込んだ。


「見るも無残ってこういうことを言うんスね……」
 葵はアスファルトに寝かされたサトルの遺体に黙祷をささげた。
「被害は出たがこれ以上は出ない、それだけでもまだヨシとするっスか……」
 そうね、と同じくまぶたを閉じていたワルツが返す。
「馬鹿にされたりいじめられたからって、関係ない子を何人も道連れにしていい訳がないじゃない。こんなにしょっちゅう空想上の化け物が具眼化してて、この街の住民もたまったもんじゃないわね」
 ワルツがため息をこぼす横で、仗助ががっくりと膝を折っている。
「サトル、サトルぅ……」
 涙をこらえきれず、男泣きに泣きながら仗助はサトルの服の襟元を直してやった。
(ガキが亡くなるなんて、どうしようもないこともあるけど、それでもやっぱ認められねえぜ……)
 言葉にできない思いを胸に抱き、損傷の激しい体を撫でさすってやる。自分の服が汚れることもいとわずに。
「ちょい待ち」
 武器商人が仗助の肩を叩く。
「我(アタシ)はエンバーミングの心得がある。我(アタシ)に任しちゃくれないかね」
「願ったり叶ったりだぜ」
「そうだな。いいようにされた儘というのは、可哀想だからな……」
 汰磨羈も沈鬱な表情のままサトルの近くに腰を下ろす。小雨はとうにやんでいたが空はまだ暗い。
「『その姿』で迎えを待つなり、自分でいくべき場所にいくなりでは些か居心地が悪かろう」
 武器商人は手早くサトルの体を修復しはじめた。腐乱し始めた組織を切除し、傷口を縫い、肌を整え、カツラをかぶせる。
「魔法みたいね」
 しばらく待つうちに静かな表情の遺体が仕上がった。操は武器商人がこんなこともあろうかと用意していた花束をサトルの周りに並べてやる。
 それを手伝いながら、ラクロスはいたたまれなさげな顔をした。
「無理と知ってはいたけれど、やはりこの子も助けたかったな」
 他人の痛みに敏感なラクロスは拳を胸にあて、悲鳴を聞くことすらできなかった少年に想いを馳せた。
「サトル君は家に帰るのかい?」
 アイザックがたずねる。
「そのとおりよ」
 操が答えた。アイザックはサトルの頭を撫でながら言った。
「安心できる家があるのなら、帰るのが良い子というものだよ。君は良い子でいられるよ」
 カツラがずれ、凄惨な傷口が見えたが、アイザックは特に気にしなかった。

成否

成功

MVP

金野・仗助(p3p004832)
ド根性魂

状態異常

金野・仗助(p3p004832)[重傷]
ド根性魂

あとがき

おつかれさまでしたー!
vsひきこさん、いかがでしたか。
純戦、がんばりました。

MVPはサトルを奪い返したあなたへ

またのご利用をお待ちしています。

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