シナリオ詳細
父と子
オープニング
●邪知暴虐の男爵
幻想国内のとある村。
のどかで小さなこの村を治めるのは、村の光景に到底似つかわしくない容貌の男爵。
眉間に深く刻まれた皺、世の中全てを睨めつけているかのような鋭い眼光、灰色の髭から見え隠れする薄い唇。
男爵の名は、モンタン・シャンバ。
シャンバ男爵に仕える使用人たちは勿論、村の者や隣村から商売に来る者たちも、皆彼の暴君ぶりに長らく恐れおののいてきた。
男爵は自分の意に沿わない使用人にはその感情の赴くままに折檻を加え、一方的に暇を出す。
男爵の機嫌を取り損ねた空気の読めない商人は村での商売を禁じられ、つまみ出された。
これまでそうして男爵の「犠牲」になった者たちの数は、はてさて如何程か……。
そんなシャンバ男爵がその地位を脅かされなかったのは、この村が辺鄙で他の貴族諸侯らが歯牙にも掛けなかったから。
そして、こんな邪知暴虐の暴君でも商売に関してはそれなりの知識とノウハウを持っており村に適度に豊かさを維持させていたから。
●盲目の暴君
シャンバ男爵には息子と娘が1人ずついた。
息子・シャルルは死別した先妻との子で、シャンバ家の正統な後継者だ。
勤勉で眉目秀麗、人当たりも良く皆に好かれるまさに好青年。
父の後を継ぐ自覚を早くから持っていたシャルルは、政治や経済について深く学ぼうと寄宿制の学校に入り今も勉学に勤しんでいる。
男爵も「過ぎた息子」と周囲に自慢する程、彼を誇りに思っていた。
しかし……男爵は「正道」を見失う。
離れた所にいる息子よりも、同じ邸に住む娘に情が深くなるのは致し方の無い事なのかもしれない。
後妻との間に出来た不肖の娘・マチルダに男爵は家督を譲りたいと思うようになってしまった。
幼少の頃から贅沢三昧で散々甘やかされて育ったマチルダは、残念ながら全てにおいて「不肖の娘」そのままだ。
まともな考えの持ち主なら、誰もこんな娘に家を継がせようとは思わない。
ならば、何故男爵はマチルダを跡継ぎにしようと考えているのか。
正確には、男爵はマチルダの許嫁を自身の後継者にしたいのだ。
マチルダの許嫁・ノーマンは貴族ではないが、若いながらも一代で財を成した商人だ。
男爵はマチルダ可愛さとノーマンの商才欲しさに、2人の婚約を許し家督さえも譲ろうとしている。
そうなると、男爵にとって、そしてマチルダとノーマンにとってもシャルルの存在は「目の上のたんこぶ」になる。
ノーマンの口車に乗せられ、マチルダにねだられ、完全に人としての「正道」を見失った男爵は、即決した。
シャルルを消すと……。
●弱気な使用人の覚悟
シャンバ男爵家に長らく住み込みで仕える使用人・ロイはこの日も市場から仕入れた物資を荷馬車に積み男爵邸に戻ってきた。
彼の仕事は、日々市場と男爵邸を荷馬車で往復し命じられた物資を仕入れてくる事だ。
ロイは仕入れた食品や骨董品を慎重に荷下ろしすると、伝票や領収書を持ち急ぎ足で男爵の部屋に向かった。
そう、今日の仕事はまだ終わらない……彼にはこの後、もう1件大事な――彼にとっては心浮き立つ嬉しい――仕事が任されているのだ。
ロイが伝票片手に男爵の部屋のドアをノックしようとしたその時。
「お義父様、此度は私の口利きもあり良質な品を仕入れてございます。半分はこちらに運ばせておりますが、もう半分は直接例の者共に売りさばいておきました」
部屋の中から、男爵にそう話すノーマンの声が聞こえてきた。
「さすがだなノーマン、仕事が早い。……して、手筈通りに事は進んでおるのか?」
「ええ……万事、滞りなく。この後、頭の悪い使用人が何も知らずにホイホイと迎えに行くでしょう」
「そうか……これで我がシャンバ家は安泰だな」
その後、男爵とノーマンの不気味な笑い声をドア越しに耳にしたロイは、数秒その場に呆然と立ち尽くしていたが、はっと我に返る。
……彼は気付いてしまったのだ。
自分がこの後する「仕事」が、とてつもなく不吉で恐ろしいものである事に……。
「……という訳で、シャンバ男爵家の使用人・ロイさんから助けを求められましてね」
ローレットでは、情報屋がイレギュラーズたちに事の詳細を話している。
「ロイさんは今日の夕方、隣町にある寄宿制の学校まで、荷馬車で男爵の息子を迎えに行くように命じられているそうです。幼い頃から見てきた『坊っちゃん』に久々に会えるという事で、その仕事を命じられた時はとても嬉しかったそうなのですが、先程男爵とノーマンの話を立ち聞きしてしまい、2人が坊っちゃんに何かするつもりだと直感的に悟ったらしく……。と言うのもロイさんなりの根拠があるらしいんですよね。ロイさんが今日仕入れてきたのは『調度品』という名目の大きい木箱で、中に何か固いものが入っている事が音で分かったそうなのですが、仄かに火薬の臭いがしたって言うんです。男爵が注文した品なので勝手に開ける訳にもいかず、中身は確認していないとの事ですが……ロイさん、これを猟銃か何かだと思ってるんです。しかも、ノーマンの話ではその半分を直接他に売りさばいている……つまり、坊っちゃんを連れて邸に戻る道中で一緒に蜂の巣にされるんじゃないかと。男爵が娘とノーマンの婚約を認めて随分贔屓にしている事は邸の使用人たちは皆知っていますからね、これまで殆ど呼び戻さなかった坊っちゃんをこのタイミングで食事に誘う事を誰もが訝しんでいたようですし、そういった背景もあってロイさんはピンと来たようです」
続けて、情報屋は現在の状況とイレギュラーズたちに求める事を説明し始めた。
「とはいえ、ここで坊っちゃんを迎えに行かなかったりすればロイさんの首が確実に飛びます。しかも、男爵とノーマンの陰謀に気付いたとなれば、口封じで物理的な意味でも首が飛びかねません。なので、ロイさんは何も知らない体を装い坊っちゃんの住む寄宿舎に向かいました。恐らく、寄宿舎から邸までの道中にノーマンが雇った賊が潜伏しているのではないかと思われます」
そこまで説明すると、情報屋はイレギュラーズたちを見つめ、切実に言う。
「ロイさんは、下手をすれば自分も蜂の巣にされるかもしれない状況なのに坊っちゃんの迎えに行きました。彼は以前イレギュラーズの力添えで一度仕事がクビになりそうだった所を救われた事があると言っていました。だから、皆さんの力を心底信じているんだと思います。その信頼に、応えてあげてもらえませんか……?」
どうか応えてほしい……非力で臆病な使用人の「覚悟」に。
- 父と子完了
- GM名北織 翼
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年05月20日 21時16分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●序
鬱蒼と茂る木々の枝葉が月を陰らす闇夜の山道に、ぼんやりと光る灯火。
灯火の下には、帽子を目深に被り外套を羽織った馭者がひとり。
馭者はマフラーで顔を隠すように覆い、独りごちる。
「……ふん、まさか俺が人の護衛とはな」
馭者は「馭者」らしからぬ鋭い眼光で周囲の藪に気を配りながら馬の手綱を繰った。
(だが、依頼された以上はやり遂げるしかあるまい)
荷馬車の中ではシャルルロイが並んで腰掛けていた。
やけに緊張した様子のロイを見て、聡明なシャルルは沈黙しながらも「自分にはまだ明かせない重大な事実」がこの背景にはあるのだろうと察していた。
そう、シャルルはまだこの裏に隠されたどす黒い陰謀を深くは知らない。
●時は遡り
話は、荷馬車がシャルルの住む寄宿舎に到着した頃に戻る。
「ロイ、元気そうだね……ところで、この人たちは?」
シャルルは澄んだ瞳を瞬かせながらロイの傍らに並ぶ8人を見つめた。
「ロイに護衛を頼まれた」
『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)は言葉少なにシャルルに告げる。
「護衛……? ロイ、そっちはそんなに危険なのかい?」
「いや、その……は、はい、何と言うか……」
ロイはシャルルの質問に上手く答えられずしどろもどろだ。
そこで、
「最近この辺りが物騒という噂を聞いたロイ様が、僕たちを護衛として雇って下さったんです」
(混乱を避ける為にも、父親が背後にいる事は今はまだ伏せておきましょう)
と『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が助太刀を入れ、
「ええ、確かに最近巷は物騒でしょう? ご自宅までの帰路で何者かの襲撃を受ける可能性がありますから」
と『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が凜とした佇まいで穏やかに後に続いた。
(この後馭者をすり替える作戦まで用意している所を見れば、流石にシャルル様でも不審に思うでしょう。ある程度は私たちのいる理由をお話しせざるを得ないでしょうしね……)
シャルルと仲間たちのやり取りを見ていた『宿主』サングィス・スペルヴィア(p3p001291)は、
「よくある話ってやつよね」
と、シャルルに聞こえないよう秘かに呟く。
『おかげで殺す相手には事欠かないな』
彼女の呪具は不穏に返した。
「いいか、何があっても大人しくしていろ」
一晃は外套をたなびかせ帽子とマフラーで人相を隠すと、幌で覆われた荷台の中に乗り込んだシャルルにそう声を掛ける。
「そう不安がらずに。何も起きねばそれで良し、起きたとしても取り乱されませぬよう、お願いしますね」
アリシスは一晃の言葉を補うよう告げて、荷馬車の後方に回った。
一晃は馭者台に乗り込む。
「……安心しろ。無事に送り届けるよう依頼されたからな」
●時は戻り
ロイとシャルルの対面には、『駆け出し冒険者』シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)が座っている。
彼女が荷馬車の中にいるのは、二人の「盾」となる為だ。
シャルレィスが持参した灯りが照らし出すロイは、黙ってこそいるもののその挙動にはやはり緊張が色濃く滲んでいた。
「そんなに怖がる事ないよ。絶対に守り切ってみせるから」
シャルレィスは時折笑顔を見せ二人――特にロイの方をだが――を安心させようとする。
荷馬車の後方には、腰掛けながら幌越しに外の音に耳を澄ます『リグレットドール』シュリエ(p3p004298)がいた。
(適度に悪い事だけしてりゃまだましだったのに、にゃー。家族に手を出すとはあかん奴にゃ)
後方の幌に最も近い位置にいるシュリエは、持参した灯りが外に漏れないよう黒布を被せ、外で人の声がしないか、金属音や衣擦れが聞こえないかと、優れた聴力で懸命に「人の気配」を探す。
「風の弱い日で良かったのにゃー」
強風では音源からの距離や方向が狂わされる。
聴覚を頼りに敵の気配を探すシュリエとしては、天候に恵まれたと言えよう。
一方、『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は、何者かの敵意を感じ位置を特定出来るよう神経を研ぎ澄ましながら、小動物を召喚し周囲を飛ばせた。
自ら敵意を探すと同時に、小動物と五感をリンクさせる事で索敵に磨きをかける為だ。
更に、荷馬車上空では『魔法少女』アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015)が飛行して周囲の警戒に当たっている。
(自分の子供を邪魔者扱いして、何が「我が家は安泰」なんだろうね。本当に家の事を思うなら、邪魔者扱いするんじゃなくて皆で協力して良い方向に進めようとしたりとか、方法は幾らでもあった筈なんだ。こんなやり方は悲しいし、私だって許せないよ)
釈然としない思いを抱えながら、アリスは地上での有事即応が可能な高度を意識して警戒を続けた。
「けど、今はあれこれ考える時じゃないよね。ロイさんの為にも護衛を頑張らなきゃ、だよ!」
●敵襲
時折陰る月明かりの中、馬車を進める一晃と荷馬車後方に位置取るルーキスが前方に何者かの敵意を感じ取る。
(まだ離れてはいるが、このスピードで行けばすぐに遭遇するな)
「……1時と11時に、各4体」
幌の中と、直近を移動する仲間たちに聞こえる程度の声で一晃が伝えると、ルーキスも詳細をぼかしながら続けた。
「1も11も装備は遠近2ずつだね」
すると、ここまで荷馬車の速度に合わせ全力で移動してきていた幻も、一晃の顔を照らし人相がばれないよう注意していた灯りを更に一晃から遠ざけるように持ち替え、防御に注力する。
それを聞いたシャルレィスは灯りを消して腰を浮かせると、二人に背を向けるような格好で片膝を付き、さりげなく手を広げた。
(油断した瞬間にズドン、なんてごめんだからね)
シャルレィスと同じく荷馬車に同乗し、道中ずっと襲撃を警戒しシャルルらを庇うようにしていたスペルヴィアも、一晃からの情報を元に幌の隙間から敵の位置を確認する。
「乗り込まれないようにしたい所だけれど……」
スペルヴィアはそう呟きながら改めて馬車内の配置を確認し身構えた。
「2時、10時」
幌の中には一晃が、馬車後方ではルーキスが、それぞれ荷馬車が敵の間合いに接近した事を告げた。
馬車後方に配置のアリシスは襲撃間近を予感しカンテラのカバーを開ける。
直後、大きな銃声が2発間隙なく響いた。
荷馬車を引く馬は銃声に驚き嘶き前足を上げ、突如暴走を始めた。
「くそっ!」
急加速した馬車を何とかしようと一晃は力一杯手綱を引くが、馬たちの興奮は収まらない。
「ひいぃ! 一体何がっ!?」
ロイは顔面蒼白で叫ぶ。
だが、再び銃声が響き馬の悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐに荷馬車は急停止した。
賊の銃が馬を殺害したのだ。
動きを止めた荷馬車はあっという間に8人の賊に取り囲まれた。
荷馬車後方のアリシスが急ぎカンテラに火を入れ周囲を照らすと、既に敵は前衛に剣持ちを出し、その間からは散弾銃の銃口がこちらを睨むように向いている。
だが、賊は知らない。
馭者が「馭者」でない事も、荷馬車の中の標的が厳重に守られている事も。
●反撃
剣を持った賊がその切っ先を一晃の首元に向けながら一足飛びに御者台に接近する。
一晃は攻勢に転じ馭者台の上から賊を足止めした。
「こんなの使用人の動きじゃねぇ!」
賊は攻撃が入らない事に苛立つ。
一晃は敵の突進を封じ、馭者台から飛び降りざまに刀を抜いて斬り掛かるという捨て身の攻撃に打って出た。
賊は一晃の斬撃を剣で受け止め、二人は互角の鍔迫り合いを始める。
すると、その影を散弾銃の銃口が狙った。
「撃たせないよ!」
すかさずアリスが高度を落とし銃持ちを射程内に捉えて遠距離術式を発動させる。
彼女の攻撃が銃持ちのどてっ腹にめり込み、銃持ちは藪の中に吹き飛ばされた。
しかし、その際に水平2連銃身から散弾が暴発、荷馬車の幌に小さな穴を幾つも開けて突き破る。
「ボンボンは蜂の巣だ! ざまぁ見ろ!」
一晃とやり合う剣持ちが叫んだが、荷馬車の中ではシャルレィスが決死の覚悟で護衛対象を庇っていた。
「さっさとボンボン殺すぞ!」
幌の中から呻き声の一つも聞こえない事を不審に思った他の銃持ちは、残りの剣持ちにイレギュラーズたちの相手を任せ、一斉に幌を狙って引き金を引く。
賊の声を聞いたスペルヴィアは、この直後に賊の攻撃が始まると判断、茨の鎧を発動させた。
幌は蜂の巣となったが、その中からスペルヴィアとシュリエが飛び出す。
スペルヴィアはシャルレィスがしっかりと二人を守っている事を確認すると、銃持ちの1人と一気に距離を詰めた。
暗い視界の中で、何故彼女が何の迷いもなく銃持ちの元に突進出来たか……彼女は散弾銃が発砲した瞬間に噴いた炎を見て射撃手の位置を割り出していたのだ。
焦った銃持ちはスペルヴィアに至近距離から発砲する。
散弾は広範に散る前に彼女を傷付けるが、茨の鎧が彼女を致命傷から守り、弾丸を弾く。
弾かれた弾は跳弾となり銃持ちに当たり、腕を負傷した銃持ちがその手から散弾銃を落とした所をスペルヴィアは呪具が循環している脚で蹴り飛ばした。
「まだ、行けるわね」
スペルヴィアは自身の負傷程度を確認し、今はまだ回復術を用いずに他の射撃手が発砲で上げた炎を頼りに転進し攻撃を仕掛ける。
荷馬車後方では、取り囲んできた剣持ちの賊をアリシスが食い止め、荷馬車に接近出来ないよう足止めしていた。
槍のリーチを生かし剣持ちの間合いを完全に制すると、増幅させた魔力を槍に纏わせ強烈な一撃を見舞う。
「生かして帰す訳にはいきませんので」
アリシスと同じく、シュリエもまた前衛に立つ片手剣の賊を1人相手取る。
シュリエに張り付かれ後退しか出来なくなった剣持ちに体術を繰り出し触れると、彼女は容赦なく術式で浮遊させ地面に叩き付けた。
何かが折れるような鈍い音と共に剣持ちはぴくりともしなくなる。
●怒濤の猛攻
剣持ちが2人絶命、アリスによって藪の中に飛ばされた銃持ちとスペルヴィアに蹴り飛ばされた射撃手も戦線復帰する気配が無く、恐らくはそのまま死亡したのだろう。
立て続けに半数の仲間を失い、一晃と戦う剣持ちも互角、残った賊は旗色の悪さに焦りを覚え始めた。
「あの馭者を先に片付けるぞ!」
銃持ち2人はスペルヴィアから逃れるように移動し、剣持ちと連携し一晃に迫る。
銃持ちは射程ギリギリまで後退する者と剣持ちをサイドから中距離援護する者に分かれ、剣持ちは一晃の背後を狙った。
だが、それをみすみす見逃すイレギュラーズたちではない。
「やれやれ何の意図で出てきたんだか」
ルーキスは魔力を増幅させ、
「遠距離から撃てるのはキミたちだけじゃないさ」
と、賊の陣形を再確認し後退した銃持ちに合わせ転進、長射程の遠距離術式で攻撃を加える。
「チッ!」
援護射撃を妨害された銃持ちは紙一重でルーキスの攻撃を凌ぐと、藪に飛び込んだ。
だが、ルーキスは口角を歪ませた。
(隠れんぼだろうと鬼ごっこだろうと好きにすればいいよ)
ルーキスは黒翼狼を出現させる。
「さあ走って、存分に暴れていいよ」
藪に潜んでルーキスに挑もうと距離を詰めたのが賊にとって運の尽きだった。
漆黒の翼狼に姿を変えた殺戮者が藪に突入、程なくして断末魔の悲鳴が上がる。
剣持ちのサイドに回り援護しようとした残りの銃持ちには、アリスが上空から魔力弾を放ち、一晃の背後を狙う剣持ちは転進してきたアリシスが放つ虚無のオーラに包まれてしまった。
「しつこいな、クソッ!」
唯一の銃持ちは駆けずり回りながら銃口を荷馬車に向け、残弾の限り引き金を引く。
「大丈夫、絶対……守るから……」
荷馬車の中ではシャルレィスが盾と鎧を頼りに懸命に銃撃に耐えるが、浮かべる笑顔はどこか引きつり、荷馬車の床にはポタポタと血溜まりが形成された。
「悪いけど、私たちの事を甘く見ないでね」
銃撃の激しさに危機感を覚えたルーキスは銃持ちに魔術書を開き攻撃、その間にスペルヴィアが荷馬車に転進しシャルレィスに治癒魔術を施す。
「もう賊はそう残ってないわ。あと少しよ」
「うん、ありがとう。ロイさんたちの事は最後までしっかり守るから」
銃持ちも剣持ちもイレギュラーズたちの攻撃を受け完全に劣勢に追い込まれていた。
ここで満を持して動き出したのが幻だ。
「豚に雇われた害悪の皆様は、殺処分致しましょう」
ここまで味方が追い込んでくれれば、幻は存分に攻撃に集中出来る。
銃持ちに対し破壊力に換えた魔力をぶつけてダメージを与えると、今度は全速力で回り込み至近距離から吹き飛ばした。
幻が吹き飛ばした先ではアリシスが槍を構え、とどめの一撃を繰り出す。
一方、そのアリシスの虚無のオーラに包まれていた剣持ちには、
「殺される側になる気分は如何です?」
と、幻が破壊力に換えた魔力を新たに放ち、息の根を止めた。
そして、最後の最後まで粘って一晃と互角の戦いを繰り広げていた剣持ちに、一晃が再度捨て身で踏み込み刀を逆袈裟に振り払った。
剣持ちは大きく深い刀傷を負い、仰向けに倒れる。
「だ、大丈夫ですか……?」
静寂を取り戻した山道で、穴だらけの幌からロイが恐る恐る顔を出した。
だが、そんな彼の背後から静かな気迫めいたものを秘めた声が掛けられる。
「ロイ、それから護衛の皆さん……そろそろ真相を話して貰えないかな」
●坊っちゃんの行く末
シャルレィスが周囲に人がいないか注意深く確認すると、その様子を見た幻が徐ろに口を開いた。
「シャルル様……証拠は不十分ですが、貴方はお父様に命を狙われているようでございます」
「父が、僕を?」
シャルルは複雑な表情を浮かべる。
(変に突いて藪蛇にならないといいけど)
ルーキスは心配げに静観し、そんな彼の隣でアリシスがシャルルを気遣った。
「シャルル様、どうか気をしっかり。まずは素知らぬ顔で用事を済ませましょう」
「ところで、屋敷に着けば当面何とかなる計算って事で良いのかにゃ?」
「そ、それは……たぶん……」
シュリエがロイに確認するが、彼はこの期に及んで未だ頼りない。
話を先に進めようと、幻が簡単に真相を打ち上げる。
「ロイ様がシャンバ男爵とノーマン様の密談を聞いております」
それを聞いたシャルルはロイに視線を移し、イレギュラーズたちと交互に見つめた。
「ロイ……だから君はこの人たちを頼ったのかい?」
「は、はい……」
「家では誰が敵か分からないけれど、ロイさんだけは味方だって今回解ったと思う。どうか、二人で切り抜けて」
二人が忍びなくて、シャルレィスは懸命にシャルルを慰める。
「そうよ、邪魔者扱いをする人もいるかもしれないけれど、同時に貴方を大切に思ってくれている人が貴方の近くにいる事も忘れないで」
アリスもシャルレィスの言葉に続いた。
シャルルはイレギュラーズたちの気遣いに触れ、小さく微笑む。
「皆さん、ありがとう。でも、このままロイと2人で帰っても命の保証は無いかもね。近くで馬を手配するくらいの小遣いはあるから、良かったら屋敷の玄関まで護衛を続けては貰えないかな? 僕が皆さんを急きょ雇ったように装ってそれを見せつければ、父もノーマンも迂闊には手を出せなくなるだろうから」
襲撃の標的であったというのに、シャルルは非常に冷静で先々を見通していた。
「……依頼は無事に家に帰す事だからな」
一晃はシャルルに頷く。
「この銃はノーマンさんが仕入れた物らしいけれど……どうする?」
シャルレィスは賊の散弾銃を一丁拾い、シャルルに差し出した。
「そうだね……今は僕の荷物に紛れ込ませておいて、時が来たら……然るべき処置をするよ」
シャルルの落ち着き払った様子に、幻は安堵の笑みを浮かべる。
「それとシャルル様、ロイ様が怪しまれてはいけませんから、僕たちの事は最近物騒だと噂を聞いてシャルル様ご自身が雇ったと説明して頂けますか?」
シャルルは気遣わしげにロイを見つめた。
「そうだね……その辺は僕が上手くやらないとね」
「坊っちゃん……ありがとうございます……」
ロイは涙ぐみながらシャルルとイレギュラーズたちに何度も頭を下げた。
「それじゃ、私たちはこれで。あとは好きにするといいわ。何かあればローレットにお願いね?」
無事屋敷に到着したシャルルとロイに、スペルヴィアは軽く手を振り去っていく。
一方で、玄関の向こうに消えゆく二人を見送りながらシャルレィスが静かに憤った。
「実の父親が息子を邪魔だと言って殺すなんて、酷すぎるよ。シャルルさんの気持ちを思うと悲しいし、これ以上何も出来ないのが悔しいよ」
(ローレットを頼ってどんどん使って、生き延びてほしいにゃ!)
シュリエはそう念じながら玄関周辺の物音や門番の会話に耳をすますが、幸いにも不穏な会話や物音は聞こえない。
一晃も念のため気配を殺しながら周辺を警戒するが、怪しい人影は無さそうだ。
これなら庇う必要もないとアリスもほっと息を吐いた。
後日、シャルルは学校を卒業し、何も知らぬ体を装い再び男爵と共に暮らし始めたが……それはかえって男爵とノーマンにとっては脅威のようで、今もなおその心の奥底が見えぬが故に次の手を出せずにいるらしい。
ロイがシャルルの為にローレットに駆け込む日が再び来るかどうかは、また別の話……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
皆様、この度はシナリオ「父と子」にご参加下さり、ありがとうございました。
そして、大変お疲れ様でした。
お陰様で、シャルルもロイも無事に無傷で帰還、襲撃していた賊も全員撃破出来ました。
依頼を終えたものの、「果たしてこれでいいのか?」という釈然としない思いは皆様抱えられているかもしれません。
これだけ頑張ったのに黒幕の男爵とノーマンは何のダメージも食らわず社会的制裁も受けていないのですから。
ですが、これはオープニングの時点で皆様ぐっと呑み込んで覚悟されていたようで、総じて「果たすべき事は何か」を明確にした素晴らしいプレイングでした。
ひょっとすると、パンドラ復活が全く使用されていない点やご用意頂いたスキルや戦術で描写されていない部分がある事に物足りなさを感じられている方もいらっしゃるかもしれませんが、これは決してプレイングの不備ではございません。
これは、皆様が様々な事態を想定し、万一の事態や相手の出方を考え得る限り考えてしっかり策を練られていた証拠であり、「使わずに済んだ」というものです。
では、採用されそうな部分だけプレイングで提出すればいいかというと、当然それでは不測の事態にどうするかが無い分依頼が失敗するリスクは一気に高まります。
この辺り、流石だなと皆様への賞賛を禁じ得ません。
北織としましては、皆様のプレイングは素晴らしかったと思います。
ちなみに、スキル名が殆ど出てこないせいでもしも「自分のキャラクターが何をやってるのかよく分からない!」と思われたら、申し訳ございません。
どういうリプレイが読みやすくて分かりやすいのか、皆様に喜んで頂けるのか、これからも勉強し精進していく所存です。
シナリオを成功に導いて下さった皆様に、心より御礼申し上げます。
ご縁がございましたら、またのシナリオでお会い出来ます事を心よりお祈り申し上げます。
GMコメント
ご無沙汰しております、マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。
●依頼達成条件
男爵の息子・シャルルが乗るロイの荷馬車を無事に男爵邸まで行かせる。
※現時点ではロイの憶測(的を射てはいますが)ばかりなので、男爵とノーマンの陰謀を暴くだけの証拠は揃っていませんし、簡単に隠蔽されてしまうでしょう。よって、下手に男爵とノーマンの捕縛や糾弾に走ってしまうとロイと彼の家族がこの先危険に晒されてしまいますので、皆様思うところはあるかもしれませんがひとまずシャルルの帰省は成功させて下さい。
※敵の生死は問いません。
●賊について
〈確定している事〉
・人数は8人。
・8人のうち4人は水平2連銃身の2連射式散弾銃を所持、ただし所持弾数は不明。
・残り4人は片手剣所持。
・男爵邸と寄宿舎の間にある山道に潜伏している模様。
・金で殺人や略奪を請け負う事を生業としてきた集団なので、全員そこそこの手練れ。
〈かなりの低確率だが場合によっては起こりうる事〉
・賊に売りさばかれた散弾銃の半分が男爵邸にある為、切羽詰まったノーマンや男爵が何らかの形で使用する(若しくは使用人に使わせる)……かもしれない。
●山道の様子
・男爵の村と隣町を結ぶ道として最近整備されたばかりで、荷馬車が何とか通れる道幅。
・無舗装で小さな凹凸が散見される。
・外灯など照明は無く、頼りない月明かりだけが唯一視界を助けているが、木々との位置関係や流れる雲によって陰る事は多々ある。
・山道と言うだけあって、道の両側は藪になっている。
・村も隣町も元々人口が多くない上に日没状態なので人通りはほぼ無い。
・荷馬車が通れるだけの幅を持つ抜け道や迂回路は無い。
●その他周辺情報
・荷馬車が寄宿舎を出発するのは日没後、よって山道は大変暗く、何らかの対策を取らない限りかなり視界は暗い。
・天候は晴れ時々曇りで時折弱い風が吹く。
・降雨や降雪の懸念は無いが上着を羽織らないと寒い程度の気温。
皆様のご参加、心よりお待ち申し上げております。
Tweet