PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ベン・ベラ。或いは、綺麗な世界…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●きれいなせかい
 きらきらと、ぼくは光っている。
 心は穏やか。
 思考はクリア。
 脳髄を揺らす川のせせらぎ。木の葉のさざめき。
 世界がこんなにきれいだと、どうして誰も教えてくれなかったのだろう。
 あぁ、そうだ。きっと皆、このきれいな世界を独り占めしたかったんだ。
 世界はとってもきれいだけれど。
 人はとっても、汚いから。
 あぁ、あぁ。
 ぼくは優しい人。滅多なことで怒ったりしない。だってほら、心が波打つ度に、脳の奥で誰かがぼくを叱るんだ。
『怒ってはだめ。怒ってはだめ。怒ってはだめ。
 皆はちっとも悪くないの。皆は大人に毒されているの』
 汚い大人が、汚い人が、悪い奴が、善人面した悪党共が。
 寄って集って無垢な子どもを汚すから。
 だから、ほら、きらきら輝く世界の中で、人間だけが墨と泥を塗りたくったみたいに真っ黒。
 それはなんて、悲しいこと。
 それはとっても、かわいそう。
 だから、ぼくは、手を伸ばす。
 きらきらきれいな手を伸ばす。
 そっと、黒を撫でてあげれば、ほら、きれいになったでしょう?
『ありがとう。ありがとう』
 お礼の言葉が鼓膜を震わせ、脳髄に刺さる。
 お礼なんていらないよ。
 ぼくは皆にもきれいな世界を見せてあげたいだけなんだ。
 だから、ほら。
 いつまでも寝てないで、起きて、起きて。
 起きて……そして、君もぼくと一緒に行こう。
 あぁ、歩けないのかな? 
 きれいな世界に戸惑っている? 見惚れている?
 でも、いつまでもここにいては駄目だから。
 ぼくが一緒に連れて行ってあげるから。
『きれいな世界。優しい人。あなたはとっても、良いことをしました』
 そんな声が脳髄を揺らす。
 じわじわ、じわじわ。
 脳髄に、染みる、蟲の群れみたいな、きれいな声。
 あぁ、あぁ。
 ところでこれって、誰の声?

 血だまりの中、蠢く肉の塊が1つ。
『あぁ、あぁ、あぁ』
 ノイズの混じった幾つもの声が重なり響く。
 骨と肉とを捏ね合わせて形成した歪な脚が計6本。
 肥満体の身体から、骨の棘と肉の腫瘍に覆われた腕や脚や誰かの顔が出鱈目に飛び出している。
 その身体は、骨の棘に覆われていた。
 時折、身体の一部が痙攣し肉の塊が血と腐汁をまき散らしながら地面に落ちる。
 ブルブルと震えるその肉は、人の子どもの形をとって肉塊について歩き始めた。
 その肉塊のかつての名は“ベン・ベラ”
 独立都市『アドラステイア』のファザーを務めた男性であり“シュリ・シュリ”の造った“優しい人になる薬”の実験体とされた者である。

●其を誘うは脳髄に響く涼やかな声
「ベン・ベラが彷徨っているのは、アドラスティアでも一等悲惨な“廃棄場”と呼ばれる地域だ」
 そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は手にした地図を差し出した。
 受け取った地図に視線を落とし小金井・正純(p3p008000)は首を傾げる。
 地図に記されたその場所は、シュリ・シュリの研究所のすぐ裏手。
 高い塀の向こう側に位置している。
「なぜベン・ベラはこのような場所に?」
 正純の問いにショウは皮肉気な笑みを浮かべた。
「その後の調査で分かったことだが、言っただろう? 廃棄場なんだよ、ここは」
 例えば、残飯。
 例えば、ゴミ。
 例えば、人の死体。
 そういった“不要”とされるものを廃棄する場所がここだった。
 そして、もっともその場所を有効に活用していたのはおそらくシュリ・シュリだろう。
「捨てたんだろ。ベン・ベラが死んだと、そう思ったんだ」
 けれど、しかし。
 シュリ・シュリの予想に反しベン・ベラは命を繋いでいた。
 そうして彼は正気を失ったまま、廃棄場に住まう孤児たちを喰い力を付けたというわけだ。
「どうもこのベン・ベラという男、特異な体質のようでな。この男の血肉が、シュリ・シュリの用いた“優しい人になる薬”の原料だったらしい」
 同僚であったはずのシュリ・シュリに囚われ、生きたまま血を抜かれ、肉を削がれ続けた彼はやがて正気を失った。
 シュリ・シュリは完成した薬をベン・ベラにも投与したのだろう。
 彼女の周囲に、実験体として使用できる大人がほかにいなかったこともあり、正気を失ったベン・ベラは絶好の被験体であった。
 その結果としてベン・ベラの心臓はきっと1度、止まったのだ。
 だから彼は捨てられた。
 そのころには既に、薬の材料となるベン・ベラの血肉を培養する設備は整っていたはずだ。
「用済みになったということですね。ですが、実際にはシュリ・シュリの確認不足か、ベン・ベラは生き延びていた」
「あぁ、万が一べん・ベラを回収されでもしたら厄介だ。“優しい人”を量産されるのも胸糞が悪いからな」
 奇跡的に命を繋いだベン・ベラは今も“廃棄場”をうろついている。
 行く先々で子供を襲い、自身の血肉に変えながら。
 不完全な“優しい人”を量産しながら。
「ベン・ベラや“優しい人”の攻撃には【疫病】や【流血】の追加効果が付与されてる。また、その身を包む骨の【棘】による反射ダメージにも警戒してくれ」
 と、ここまでは既に以前シュリ・シュリの研究所へ攻め込んだ際に判明している情報だ。
 違うのは今回の戦場が、狭い研究所の中ではなく、それなりの広さと障害物の多い“廃棄場”である点か。
「ベン・ベラの生み出した“優しい人”は、骨の棘と腫瘍に覆われた子どものような姿をしている」
 基本的にはベン・ベラの周囲を着いて歩いているのだが、その歩みは遅くまた戦闘態勢に入ると2~3ターンほどで爆散するという性質を持つ。
 そして、爆ぜた際には周囲に【疫病】と【泥沼】の状態異常を与える腐肉をまき散らすのだ。
「それと、廃棄場には子供の死体や、よくわからん肉塊が多く転がっている区画がある。その中に“優しい人”が潜んでいることもあるだろうな」
 戦場となる廃棄場を大きくわけると以下の3区画となる。
 数か所にある死体置き場。
 ガラクタを組んで作られた小屋の並ぶ区画。
 そして、生ごみや残飯などが捨てられるゴミ捨て場。
「研究所の付近が死体置き場。中央区画にガラクタ小屋、その向こうのスラム地区との境付近がゴミ捨て場だな」
 研究所付近やゴミ捨て場付近には、アドラスティアのファザーやマザー、洗脳兵がやって来ることもある。
「出来るだけアドラスティアの連中に手の内を晒したくはない。なるべく迅速に、ベン・ベラを排除して来てくれ」

GMコメント

こちらの依頼は「シュリ・シュリ。或いは、優しい人…。」のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4210


●ミッション
“優しい人”ベン・ベラの討伐

●ターゲット
・ベン・ベラ×1
『アドラステイア』のファザーを務めていた男性。
特異体質であり、彼の血肉が“優しい人になる薬”の原材料となっていた。
現在は正気を失い、優しい人を増やすべくスラムの一角“廃棄場”をうろついている。
肉塊と化した下半身から、骨と肉により混ぜられた6本の脚が伸びている。
上半身は肥満体の男性のもの。
下半身から零れた肉の破片が“優しい人”に姿を変える。
また、死体を吸収しその体は次第に巨大になっていく。

優しい手:物中単に大ダメージ、流血、疫病


・“優しい人”×2~
ベン・ベラによって生み出された怪物。
骨の変質した棘と肉腫に覆われた子どもの姿をしている。
言葉らしきものを発することはあるかもしれないが、そこに意思は伴わない。
動作は鈍く、非常に痛みに弱いようだ。
※2~3ターンほどで爆散し、死亡する。その際【疫病】と【泥沼】をまき散らす。
※攻撃すると【棘】により反射ダメージを受ける。

慈愛の爪:物至単に中ダメージ、流血、疫病

自爆:神近範に小ダメージ、疫病、泥沼


・警備員(洗脳兵)×??
アドラスティアに所属する洗脳された子供たち。
銃火器を装備しており、命中率の低い中距離からの通常攻撃を行う。
マザーやファザーに統率されており、廃棄場の外周を偵察しているかもしれない。


●フィールド
アドラスティア下層、スラム街。
直径1キロほどの“廃棄場”と呼ばれる区画。
数か所にある死体置き場。
ガラクタを組んで作られた小屋の並ぶ区画。
生ごみや残飯などが捨てられるゴミ捨て場。
主に以上の3区画から成っている。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ベン・ベラ。或いは、綺麗な世界…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
杠・修也(p3p000378)
壁を超えよ
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
九重 竜胆(p3p002735)
青花の寄辺
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)
小金井・正純(p3p008000)
ただの女

リプレイ

●そこは綺麗な廃棄場
 アドラスティア下層、スラム街。
 “廃棄場”と呼ばれる区画を進む8人の男女。周囲から向けられる淀んだ視線。
 廃棄場に住まう孤児たちのものだ。彼らは物陰に潜み、何かに怯えるかのように息を殺して生きている。
 この場所で、命の価値はそこらで売っている家具にも劣る。彼らはそんな自身の境遇を正しく理解しているらしい。
「精霊たち、ベン・ベラの居る場所を教えてくれないか? 人であった、悲しい肉塊だ」
 腐臭の混じる風が『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の髪を優しく揺らした。一時、風の音に耳を傾けたポテトは「あっちか」と呟き進路を変えた。

 視線の先で何かが爆ぜた。
 飛び散る肉塊。病魔の混じった黒い血液。
 “優しい人”と呼ばれる、アドラスティアで生み出された怪物が息絶えたのだ。
「……2度と“優しい人”などという怪物を生み出さぬために、ここで終わらせましょう」
「ベン・ベラに優しい人、か。あんまりこういうのを野放しにしておきたくはないな。さっさとベン・ベラを始末して終わらせよう」
 口元を手で覆い『星詠みの巫女』小金井・正純(p3p008000)は押し殺すようにそう言った。思いのままに言葉を吐けば、罵詈雑言が止まらないかもしれいからだ。
 一方で『Unbreakable』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)は爆ぜた肉塊を注視している。先ほど死んだ“優しい人”は、廃棄場を彷徨う怪物“ベン・ベラ”によって変異させられた子供の馴れの果て。
 それを理解するからこそ、目を背けるわけにはいかない。
「……既に正気を失っていたとはいえ、彼奴の所業は今でも腹が立ちます。罪なき子どもを、あんな……」
 そう呟いた『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は、眉間に皺を寄せた怒りの形相。
 直後に「らしくない」と、普段通りのにやけた表情を取り繕うが、その身に纏う不機嫌な気配だけは消えない。
「近くにベン・ベラがいる気がするわ……でも、待って。隠れて」
『一刀繚乱』九重 竜胆(p3p002735)の指示に従い、一行は物陰に身を潜める。
 そんな彼らの視界の端に、銃火器を構えた子供が1人立ち入った。アドラスティアの教えに思考を支配された“洗脳兵”だ。
 何かを探すように、洗脳兵は廃棄場を進んでいく。
 その姿が一行の視界から消える、その直前……。
 バクン、と。
 地面から飛び出した赤黒い肉の塊に、洗脳兵は飲まれて消えた。

 肥満体の上半身。
 腐った皮膚と脂肪に覆われ人相さえも判別できない。
 その下半身はまさに巨大な肉の塊。よくよく見れば、人の手や足、顔といったパーツが溶けて混ざり合っているのが分かる。
 肉塊から突き出た6本の脚は昆虫のそれに酷似している。もっとも、その材料は骨と肉の混合物だが。
 吐き気を催すほどに醜悪な外見。とはいえ、元は彼も人間だった。
 シュリ・シュリと言う名のアドラスティアのマザーによって実験に使われ、人としての在り方を失ってしまった哀れな怪物。それこそが“ベン・ベラ”という怪物の正体だ。
「なんというか、死んでまでこんなことになるとは哀れではあるな」
「うん。利用されるだけされて捨てられるというのは悲しいね。とはいえ、悪い事もしてそうだから因果応報なのかな……」
 拳を構えた『壁を超えよ』杠・修也(p3p000378)がまず真っ先に駆けだした。その後を追う『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はベン・ベラに続き現れた“優しい人”へと視線を向ける。
「政治と宗教はヤッカイだね。どう見繕っても人道的じゃない体制なのにカイニュウ出来ないなんてさ」
 戦場を駆ける銀の風。『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は左右の拳を顔の横に揃えると、一直線にベン・ベラ目掛けて突き進む。

●きれいな世界
『きら……きら』
『きれい。おほし……様』
 ぼとり、ぼとりと。
 ベン・ベラの身体から子供が落ちた。骨の棘に覆われた身体。皮膚には夥しい肉腫。
 性別さえも判然としない“ソレ”の名は“優しい人”。
 ベン・ベラの血液を他者に注ぐことにより生まれる怪物だ。
「全く……シュリ・シュリという存在を知れば知るほど胸糞が悪くなりますね。若しくは、これがアドラスティアの標準ですか? 冗談ではありません」
 ヴァイオレットの瞳から、感情の色が消えうせた。
 心を押し殺さなければ、嫌悪の言葉が雪崩のように溢れてしまう。
 視線の先にはベン・ベラの前に立ちはだかる3体の“優しい人”。うち1体の足元に、ヴァイオレットの影が巻き付く。
『ぎぃぃぃぁぁあああああああああああ、いいいたいいい!!』
 金切り声が響き渡った。
 それは優しい人の零した悲鳴。
 耳を塞ぎたくなるほどに悲痛な叫び。痛みに弱い優しい人を救う術は、その命を終わらせる以外に存在しない。
 その事実がヴァイオレットをさらに一層不快にさせた。

 黒い影が飛翔した。
 剣を構えたフレイは優しい人の頭上を飛び超えベン・ベラへと肉薄。閃光を纏った斬撃が、ベン・ベラの顔面を深く抉った。
 飛び散る鮮血を避けながら、フレイはベン・ベラの背後へ着地。
 ベン・ベラはフレイを追って踵を返した。
「よし、かかった。戦いやすい場所に誘導するぞ」
 ベン・ベラの攻撃を捌きつつ、フレイはその場から離れる。
 ベン・ベラは新たに産まれた“優しい人”をその場に残し、フレイの後を追いかける。
 優しい人も、親であるベン・ベラの後を追いかけようと1歩を踏み出し……そこでピタリと歩みを止めた。
「おっと、待って待って。ほらほら、君たちはこっちにおいで!」
 リィン、と戦場に鳴る鈴の音。
 魔力を帯びた旋律はスティアが発生させたものだ。優しい人たちは、スティアへと視線を向けると一斉に彼女目掛けて移動を開始。
 その横を、仲間たちが駆けていく。

 矢を番え、弦をきりりと引き絞る。
 その矢に纏う魔力は膨大。
「これ以上“優しい人”を産み出される前に、早急に潰してしまいましょう」
 正純の放った矢は、魔力の軌跡を宙に描き疾駆した。
 まるでそれは流星のように、狙いたがわずベン・ベラの頭部へと命中。
 悲鳴を上げ、上体を揺らしたベン・ベラの背後に2刀を構えた竜胆が迫る。
『うぅぅ。きたない、きたないい』
 顔を濡らす血を拭いながら、ベン・ベラは逆の腕をがむしゃらに振った。その手が竜胆の胸部を穿つその寸前、閃く2本の刀により肘と肩とを抉られる。
「後の先から先を撃つ……邪三光、どうかしら?」
 ベン・ベラが怯んだその隙を突き、竜胆はその腕を蹴り背後へ飛んだ。
 入れ替わるようにベン・ベラの懐へと潜り込む影が2つ。
「ドコを殴ればダメージ入るのかワカラナイ生き物だけど……とにかくぶん殴って行くよ!」
「まあ、ぶっちゃけ気色悪くて直接ぶん殴りたくないんだけどもな」
 雷光を纏うイグナートの拳が、渾身を込めた修也の拳が。
 ベン・ベラの両脇に突き刺さる。
 ぶるん、とその巨体が震え、裂けた肉の隙間から腐った血が溢れだす。
 その傷をかき分けるようにして、ベン・ベラの中から何かが外に這い出した。血と粘液に覆われた小さな子供。
 皮膚を覆う骨の棘が、ベン・ベラの身体を傷つける。
「あ……?」
「しまっ……」
 沸騰するように子供……優しい人の肉体が泡立つ。
 ぼん、と鈍い爆ぜる音。
 飛び散る血と肉片、骨の欠片を体に浴びてイグナートと修也は踏鞴を踏んで後退る。
 顔を覆う肉片をイグナートが手で拭い去った、その瞬間。
『きたない、きたない』
 振り抜かれたベン・ベラの拳が、その顔面を打ち据える。

 正純の放った矢が、ベン・ベラの額を穿つ。
 よろけたベン・ベラにフレイが迫り、その背を剣で斬り付けた。
 2人がベン・ベラを相手取っている間に、負傷したリゲルと修也の元へポテトが駆ける。
 その手に握った指揮杖を、彼女がすいと宙に泳がす。
 杖の先端を追うようにして、ゆるりと宙に燐光が流れた。
 淡い光は暖かく、修也とリゲルの傷をじわりと癒す。
「治療はこれで良しとして……ベン・ベラの動きが妙だな?」
 視線をあげたポテトはそう呟いた。
 フレイに斬られ、正純に射られながらもベン・ベラはどこかへ移動しようとしている。
 その進路の先をちらと一瞥したポテトは「あぁ」と、ベン・ベラの目的を悟った。
 進路の先には子供の死体。
 どうやら、死体置き場が近いらしい。

 足元を埋め尽くす生ゴミや残飯。
 異臭の漂うゴミ捨て場にて、数体の“優しい人”とベン・ベラが叫ぶ。
「あぁ……このような不幸は好みではありませんね」
 そう呟いたヴァイオレットの額が割れた。
 顕わになるは、第3の瞳。
 ぼんやりと光る色は紅。
 まるで血のように……その紅はどこまでも鮮烈。
 ヴァイオレットの足元で、影が波打つ。それは地面を這う蟲の群れにも似ていただろうか。
 ざわりざわりと範囲を増して“優しい人”とベン・ベラの身体を飲み込んだ。
 少なくとも、彼らにはそう言う“幻覚”が見えているはずだ。
「分かってるとは思うが……私たちがベン・ベラ達にしてやれる優しさは、深い眠りに就かせることだけだ」
 優しい人たちから射出された骨の棘が、ヴァイオレットの褐色肌に突き刺さる。
 流れる血をそのままに、戦闘を続けるヴァイオレットへポテトがそっと手を翳した。
 淡い燐光が彼女の傷を治癒させた。
「予想通り……本能に従って死体を探しているようね」
 リィン、と鳴る鈴の音に呼ばれ“優しい人”たちがスティアの方へと1歩進んだ。
 優しい人とベン・ベラの距離が離れた隙を突き、竜胆、イグナート、修也が接近を開始。けれど、その瞬間に2体の“優しい人”が爆ぜた。
 飛び散る肉片を浴び、竜胆がぐらりと姿勢を崩す。
「くっ……ベン・ベラを抑えないといけないって言うのに」
 体に纏わる肉片を、荒い手つきで竜胆は剥がす。
 優しい人の体液を浴びた竜胆の皮膚は、火傷でも負ったみたいに爛れていた。
「時間を掛けたらその分敵が増えて面倒になるぞ!」
「タイミングを合わせて終わらせましょう」
 フレイの構えた剣に、黒いオーラが纏わりついた。
 時を同じく、魔力を籠めた矢を正純は弓に番えて弦を引き絞る。
「今っ!」
 そう叫んだのはポテトであった。
「疾っ!」
 フレイが剣を振り下ろす。漆黒の閃光が地面を割って、ベン・ベラに迫る。
 閃光と同じ軌道で正純の矢も宙を疾った。
 ベン・ベラが防御のために両の腕を顔の前へと掲げるが……。
「やらせナイ」
「喰らっとけよ」
 懐に潜り込んだイグナートと修也の拳が、その太い肘を殴りつける。
 ミシ、と骨の軋む音。潰れた肉片と血が散った。
『ァァアア……アガ』
 がら空きになった胴と首に、斬撃と矢が突き刺さる。

●汚れた世界にさよならを
 ベン・ベラの振るう拳がフレイの胴を打ち据える。
 地面に叩きつけられたフレイの背をベン・ベラはその巨体で踏んだ。ミシ、と骨の軋む音。
 フレイの口から血が溢れる。
『きれいなセかい。きれいに、なろう。いっしょに、きれいに。きらきら、きらきら』
 肉に覆われくぐもった声でベン・ベラが告げる。
 その脚の先端が、フレイの背を突き破り皮膚を穿った。
 血を零しながら、フレイは無理やりに体勢を変える。
「あぁ、くそ……まだ自我が残っているのか?  色々と後味が悪いな」
 一閃。
 フレイの振るった剣がベン・ベラの脚を斬り落とす。
 その隙にフレイはベン・ベラの下から這い出した。荒い呼吸を繰りかえすフレイの元へ、1体の“優しい人”が歩み寄る。
 その巨体が膨れた瞬間、間に割り込んだのはスティアであった。
 その身の周囲に展開させた術式で、爆ぜる肉片や血飛沫からフレイを庇う。
「ぐ……誰かが傷つく所はあまりみたくはないからね」
 血に濡れたまま、スティアは笑う。
 その鼻から、つぅと一筋血が垂れた。
「2人とも下がって。すぐに治療をするからね」
 燐光を纏うポテトに促され、フレイとスティアは後方へ。
 代わりに前へと駆けだしたのは竜胆だった。
 振り下ろされたベン・ベラの腕を掻い潜り、その懐へ2本の刀を叩きつける。
 深く切られたその腹から、ボトリと肉片が地面に落ちた。
 ぶるぶると震え、子供の形を形成する肉片に竜胆は刀を突き立てる。
 肉塊から撃ちだされた骨の杭が、竜胆の肩に突き刺さる。
「眠ってなよ」
 腐り落ちる肉の塊を一瞥し、彼女は静かにそう告げた。
 
 大上段から振り下ろされる拳によって、イグナートの身体は地面に倒れた。
 どちゃり、と。
 生ゴミの潰れる音がした。
 腕を引き戻そうとしたベン・ベラは、そこで「?」と動きを止める。
 見ればベン・ベラの腕をイグナートが抱えるようにして押しとどめているのだ。
「これ以上、オレの見てるところで子供を傷つけるような真似はカンベンしてもらいたいな」
 ギシ、とベン・ベラの骨が軋んだ。
「これ以上変なものを量産し続けないようにきっちりと処理をさせてもらおう」
 両手を組んで頭上に掲げた修也が告げる。
 渾身の力を込めた殴打によって、ベン・ベラの腕がへし折れた。
 全身の筋力を魔力に変換して放つ、修也必殺の大技だ。
 肉が崩れ、血が溢れ、砕けた骨が周囲に飛び散る。
 ぼとり、と肘から先が地面に落ちた。
 片腕を失ったベン・ベラは耳障りな悲鳴を上げてがむしゃらに暴れ回った。その過程で振り抜かれた腕が修也の胴を強く打つ。
 修也の身体が地面を転がる。
 立ち上がったリゲルの拳が紫電を纏う。
 空気を震わす轟音と共に、放たれた渾身のストレート。
 ベン・ベラの下半身を抉る一撃により、さらに2本の脚が砕けた。

 6本の脚のうち、これで3本が切断された。
 その巨体を支えるには、3本脚では不足のようで、ベン・ベラはもはやまともに動けない。
 ベン・ベラ。
 アドラスティアの元ファザーにして、同僚に利用され廃棄場に捨てられた哀れな男。
 その過程を思えば、同情の余地が無いでもないが……しかし、彼自身も孤児の洗脳に関与していたことは明確。
 アドラスティアとは、得てしてそう言う場所なのだ。
 ならば、その結末は……怪物となり、廃棄された彼の末路は因果応報ともいえる。
 綺麗な世界、とベン・ベラが呼ぶそれは、果たして“誰に”とっての綺麗な世界なのだろう。
 この地に住まう子供たちか。
 それともあまねく人々か。
 或いは、ベン・ベラを始めとしたアドラスティアの大人たちか。
 とはいえ、しかし……。
「いえ……もう、そのようなことはどうだって良いですね。星は、邪悪を滅せよと仰せですので」
 そう呟いて正純は、弓に番えた矢を放つ。
 ひゅおん、と風を切る音がした。
「ここできっちりと消えなさい、ベン・ベラ」
 ストン、と。
 意外なほどに軽い音。
 正純の矢がベン・ベラの額を貫いた。

 倒れ伏すベン・ベラの身体をヴァイオレットの影が覆った。
「或いはアナタも彼女の狂気の被害者だったのかもしれませんね。せめて、幸せな夢の中で」
 想起するはシュリ・シュリという名の女の顔だ。
 彼女もまた、ベン・ベラのように怪物と化し……そして、笑いながら息絶えた。
 最後の最後まで、子供たちを“優しい人”に変異させるという自身の行いを正しいことだと信じながら逝ったのだ。
 そして、おそらくはベン・ベラも。
『あぁ、きらきら……もっと、皆に、きらきら、見せて、あげたい』
 苦しくないよう。
 痛くないよう。
 寂しくないよう。
 悲しくないよう。
 うわごとのようにそう呟きながら、ベン・ベラは静かに息絶える。
 シュリ・シュリもベン・ベラも。
 自分たちの行いを、子供を犠牲にするという悍ましき行為を正しいことだと信じていたのだ。
 その事実が、酷くヴァイオレットの神経を逆なでる。
 思わず舌打ちを零しそうになり……。
「いえ………………ヒッヒッヒ、不幸を歓ぶワタクシらしくもない」
 にぃ、と。
 口角をあげた不気味な笑みを浮かべると、影を操りベン・ベラの首をへし折った。
 巨体は一度大きく震え、そして今度こそ活動を終える。
「お休み、悲しい人たち」
 腐り、崩れるベン・ベラの遺体を見つめつつポテトは静かにそう告げた。

成否

成功

MVP

ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ

状態異常

イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)[重傷]

あとがき

お疲れ様です。
ベン・ベラは討伐され、廃棄場には一時の平和が訪れました。
依頼は成功となります。

この度はアフターアクションの提案とご参加ありがとうございました。
お楽しみいただけたなら幸いです。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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