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シナリオ詳細

おやすみ。妖刀

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 妖刀もいつかは朽ちる。
 なまくらと化した刀は鞘から抜かれないまま、この場に封印されたことも忘れ去られた。
 始まりの絶望も、積み重なった悪行も、何もかもが薄れて消えようとしていた。
「おやすみなさい」
 幼い声がする。
 優しい響きが消えかけの残滓に染みこんでいく。
「おつかれさまでした」
 身を任せれば安らかな眠りについたまま破滅する。
 だがそれがなんだというのだ。
 既に破滅したものにとっては、安らぎを与えてくれる救いの手でしかない。
「ずっといっしょにいます」
 鞘の上から撫でてくる小さなてのひらに、妖刀は一切反抗せず受け入れる。
「せかいがきえるまで、わたしがいっしょにいます」
 純正肉腫により、新たな複製肉腫が誕生した。

●なまくら
「本当になまくらですわね」
 自身も魔剣であるガレトブルッフ=アグリアは、古びた妖刀を無造作に取り上げた。
「かえしてくださいっ。そのひとおやすみ中ですっ」
 見た目は幼子である純正肉腫がぴょんぴょこ跳んで取り返そうとする。
 身体能力は強烈でも技は素人同然なので、歴戦のウォーカーであるアグリアは片手間でガイアキャンサーをあしらう。
 そのまま封印の間から出る。
 封印を忘れても武の研鑽は怠らなかった一族が、一人残らず……安らかな寝息を立てている。
「趣味が変わりましたの? これ、一応複製肉腫ですよね?」
 妖刀を鞘から抜いて、睡眠中の女剣士をつつく。
 肉どころか皮膚すら切れていない。
「そんなつもりは、ないのですが」
 ねむりと名乗る肉腫は、細く幼げな両手を組んで小首を傾げた。
 涼しげな秋の風が静まり返った庭を吹き抜ける。
 肉腫による眠りで最低限の活動も止めてしまった花々が、枯れてもいないのにぽとりぽとりと地面に落ち、微かに残った力がねむりに吸い込まれた。
 数日放置すれば、複製肉腫である彼女達も同じ末路をたどる。
「神使のかたたちを眠らせたいとはおもっています!」
 殺害を宣言しているのに表情に陰りはない。
 穏和に見えても世界を滅ぼすため誕生した存在なのだ。
「きっと」
 体温のない、けれどどこまでも柔らかな肌が艶を増す。
 善悪の基準が人間とは異なる瞳に、夢見るような光がたゆたう。
「よろこんでくれるとおもうのです」
 イレギュラーズの死の瞬間にも同じ表情を浮かべると確信し、アグリアが静かに笑みを浮かべていた。

●最後の目覚め
「槍衾を組め。寝た奴は引きずってでも後ろに下げろ」
 イレギュラーズほどの力はないとはいえ、京の治安を維持してきた者達は素人にやられっぱなしになるほど甘くはない。
 装備を揃え、地形を活かし、数十人を投入してねむりを追い詰める。
 恐るべき頑丈さを備えたねむりは、いくつかのたんこぶを作っただけでまだ戦える。
 が、このままだと誰一人道連れに出来ずに負ける。
「あの複製達、殴られただけで元に戻ってしまいますからねぇ」
 アグリアは高みの見物だ。
 包囲部隊から見えない位置で、ねむりの抵抗を興味深げに眺めている。
 どんな心変わりがあったのかは知らないが、ねむり製複製肉腫は以前よりかなり弱くなった。
「紫電と戦うときに肉壁にするつもりだったのですけどね」
 このまま見捨てるかと冷酷な判断を下しかけたそのとき、状況が激変した。
 ねむりが布団の上に安置していた妖刀から瘴気が噴き出す。
 床の間に飾られていた具足が瘴気に侵食されて新たな複製肉腫へ変わり、刀身はなまくらのままの、しかし全盛期の力を取り戻した妖刀を鮮やかに構える。
 足捌きもまさしく達人で、一呼吸分の時間でねむりを追い越した。
『最期の戦はそこな女怪へ捧げよう。いざっ』
 一太刀。
 ただそれだけで槍衾の穂先全てを斬り飛ばす。
『鍛え方が足りぬなぁ』
 元槍衾の間から突っ込んで来た武者を蹴りつける。
 武者は後続と元槍衾を巻きこんで転げ、いくつもの悲鳴が生じる。
『クカカカ、何という僥倖!』
 妖刀は目の前の男女を見ていない。
 依頼をうけてこの場に急行するイレギュラーズだけを警戒している。
『時間があるなら仕えても良かったが』
 死に至る眠りにあった刀身は崩壊寸前。
 手足として酷使される具足も、妖刀が要求する動きに耐えきれずに罅が入り始めている。
『斬れるならそれで十分よ』
 歓喜の中で、最後の相手を待ち構えていた。

GMコメント

■成功条件:純正肉腫の撃退、または撃破。
 撃退の場合、大きなダメージを与えていると次の戦いで有利になります。

■ロケーション:屋敷
 武家屋敷っぽい建造物、のほぼ残骸。
 治安組織対ねむりの戦いで、特に玄関周辺が崩壊しています。
 ねむりの被害にあった人達は全員、治安組織によって救出されています。
 隠し部屋に妖刀が1本封印されていました。
 瀟洒だった庭は、枯れていないのに何故か全滅しました。

■エネミー
●忘れられた妖刀
 力を完全に失う直前に、純正肉腫「ねむり」の影響を受け複製肉腫として再生しました。
 イレギュラーズに対して最期の戦いを挑みます。
 なまくらな刃で槍を複数斬り飛ばすほどの使い手で、回避も巧みです。
 しかしHPは高くなく、毎ターンHPを自動損失します。
 ・なぎ払い 【物近列】
 ・蹴りつけ 【物至範】【飛】
 ・連続突き 【物近至】【連】【必殺】

●純正肉腫「ねむり」
 最近発生したばかりのガイアキャンサーです。
 素直で愛想は良いですが、極自然に死を振りまきます。
 命中と回避はとても低く、判断能力も外見相応です。
・ぱんち   :【神至単】【Mアタック600】【ブレイク】
・おつかれさま:【神至単】 対象に強い干渉を行い肉腫に変えます。イレギュラーズは抵抗失敗時にパンドラを消費することで肉腫化を回避可能。

●ガレトブルッフ=アグリア
 物騒な魔剣。
 特定の相手と決着をつける好機がない場合は、基本的に前に出ず雑にねむりを援護します。
 危ないと判断すると早めに撤退しようとします。
 本気を出せば、現時点のねむりより強いです。

■他
●包囲部隊
 これまでの戦いでぼろぼろです。
 可能な範囲でイレギュラーズからの要請を受け入れます。

●ねむりの複製肉腫
 弱いものは複製肉腫化されても弱いままで、比較的容易に元に戻ります。
 元々強かったのが複製肉腫化されると、元に戻るのは難しいでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • おやすみ。妖刀完了
  • GM名馬車猪
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月25日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (10人)

ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)
魔法騎士セララ&魔法銃士マリー
カイト・シャルラハ(p3p000684)
鳥種勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
黒星 一晃(p3p004679)
黒一閃
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
戦神護剣
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の巫女見習い
紅楼夢・紫月(p3p007611)
呪刀持ちの唄歌い
黒影 鬼灯(p3p007949)
零れぬ希望
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
晋 飛(p3p008588)
倫理コード違反

リプレイ

●妖刀
「なるほどな」
 具足どころか皮鎧すら身につけていない『黒一閃』黒星 一晃(p3p004679)が、悠然と歩きながら鯉口を切る。
 屋敷を囲む兵が一晃に気付かないまま恐怖で身を震わせる。
 彼の佩刀はとある妖刀の偽打だったらしいが、一晃と共に戦いを繰り返し数多の血を吸い、今では見ての通りの力を獲得している。
『おぬし』
 具足を操る妖刀の気配が曇る。
「いかな業物といえど飾られるだけならば鉄の塊と相違ない」
 一晃は殺気も戦意も妖刀に向けていない。
「死に刃鳴咲かせようとは、妖刀なれど全くもって同意せざるを得まい」
 屋敷の奥を一瞥するときも、常に妖刀の体と意識を捉えてはいる。
「だが俺の贋作はもっと別の物に向いているようだ。あちらの女───より強い魔剣を斬りたいとな」
 肉腫と妖刀に面倒を押しつけるつもりだったガレトブルッフ=アグリアが、諦めて自分自身でもある魔剣を引き抜いた。
「剣と剣士以外は眼中になしかい?」
 一晃とは別方向で着物を着こなす『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は、修めた技の深さに比べて雰囲気が柔らかだ。
 しかしなまくら妖刀は勘違いしない。
 凶器も利器も自在に創り出すものの気配を感じ取っている。
「へえ」
 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が口角をつり上げる。
 刃の鈍さの奥に、無数の悲劇を他者に強いて血と涙を啜った魔の気配を感じ取ったのだ。
「さぁさぁ、平伏せ! ざんげの時間の始まりよ!
 高らかに宣言する。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしない!」
 勇壮で可憐な戦装束が風を孕み、秋奈の足が地面を蹴った。
『名は忘れた。刃で以て名乗りとしよう』
 妖刀は門前に留まり秋奈達を引きつける構えだ。
 素晴らしく速くそして正確な緋い刃を、見事見切って反撃のなまくらを繰り出す。
「あはっ、これ躱すんだ」
 包囲部隊の槍をダース単位で斬ったなまくらが秋奈の喉に迫る。
 秋奈のメイン武器である長刀は攻撃直後であり、防御にまわそうとしても間に合わない。
 しかし喉を隠すマフラーに触れるよりも速く、緋い短刀がなまくらを横から打って秋奈から突き放した。
「刀ってのは使われるための武器なのよ? だめじゃあないか! 動いてちゃあ!」
 長刀が翻る。
 なまくらで受けて損傷するか、なまくらを振るう具足にひびを入れられるかの判断を強いる一撃だ。
『女怪には悪いが、楽しませて貰うぞ』
 かつて豊穣を荒らした妖刀が、生涯最期にして最大の敵達との戦いに没頭し始めた。
「後々の事を考えたら肉腫を討つのに集中すべきなんやけどなぁ」
 『呪刀持ちの唄歌い』紅楼夢・紫月(p3p007611)の声の響きは音楽的ですらあり、間延びした語尾も聞く者の耳を楽しませる。
「護衛が案外に強い」
 足を止める。
 なまくらの動きの癖を見抜く。
 無造作に振るった斬撃は、十数メートルの距離も具足の急加速も無視する。小さいけれど深い亀裂を具足となまくらへ刻み込んだ。
 血は流れない。しかし元より少ないエネルギーが傷口から漏れ、中空へ融けていく。
「ほななー」
 紫月は足音軽く屋敷の奥へ向かった。
『女怪が狙いか』
 舌打ちの代わりに具足を鳴らし、なまくらは秋奈という魅力的過ぎる敵から距離を取ろうとした。
「あんた等は援護だ。ねむりって肉腫には絶対に近付くなよ!」
 無骨であるのに機能美を感じさせる戦闘機械から、『朱の願い』晋 飛(p3p008588)の声が響く。
 高度魔法文明世界製のパワードスーツ型兵器は飛という操縦者を得て初めて混沌の脅威に対する力を持つ。
 一見乱雑で乱暴な急旋回。
 装甲ごと飛を貫こうとしたなまくらな剣先を装甲の厚い箇所で受けてダメージを局限する。
「悪ぃな、お邪魔したかい?」
 予備の火砲を切り離して足下に落とす。
 もとは最下級の兵器でしかないがAG(アームドギア)が手で挑発すると、余程鈍い相手でもイラッとする。
『武略を用いるのは当然。邪魔をするなら切り捨てるがな』
「声が乱れてるぜ。やれるもンならやってみなぁ!!」
 なまくらは戦いを知っている。
 飛や秋奈による挑発に耐え、ある程度の被弾を覚悟し移動速度を優先する。
「どこに行くつもりだ?」
 多数の金属槍が地面から生えて槍衾を形成する。
 なまくらにとっては最悪の障害物だ。
 自らの速度が牙を剥き、既に自己の一部と化した具足に複数の穂先が突き立つ。
 なまくらは自らを振るって槍衾を切り裂き前進を継続しようとする。だが思うような速度は出ずねむりの元まで行けない。
 錬の手のひらから大量の式符がこぼれ落ちる。
 まるで意思を持っているかのように地面に広がりなまくらを半包囲して、主である錬の号令を静かに待つ。
「もうもたないだろう」
 錬の目は、妖刀はなまくらと化しただけでなく内部も痛んでいることを見抜いている。
 極一部の例外を除いて、長年手入れされなければこうなってしまうのだ。
『一働きするには十分だ』
 なまくらな刀で兜割が可能な腕の持ち主だ。
 正面から戦うなら、凄腕とはいえ純粋な前衛ではない練にとっては難易度が高い。
 鍛冶師の目が妖刀の底を探る。
 何が出来て何が出来ないのかを妖刀以上に正確に把握する。
「俺の槍衾は先程よりも激しいぞ? 全力を出し合おうじゃないか」
 式符が地面を吸い上げて新たな槍を創る。
 一見陶器にも見えるが強靱さは並みの鉄を上回っている。
 そして、なまくらにとっては最悪なことに、穂先全てに出血を強いる仕掛けが施されている。
 なまくらの本体で穂先を避けて斬り飛ばす。
 しかしわざと穂先の位置を揃えぬ槍衾により、なまくら刀に小さくそして浅くない傷がつけられる。
 地面に落ちた穂先は、肉を抉るのではなく敵の武器を破壊するための形をしていた。
『よもや剣士ではなく鍛冶が一番の脅威とは』
「へいへーい! 私だって脅威でしょーっ」
 秋奈の声は軽いが攻撃は重くて速い。
 刃が触れる寸前に体を捻って直撃を避けはしたが、かすめただけで深刻な被害を受け具足から異音が生じる。
『最期は勝ちで終わるつもりなのでな』
 妖刀は、仮にこの場のイレギュラーズに勝てたとしても崩壊する。
 もともと妖刀としては消滅寸前だったのだ。
 複製肉腫化した今の戦闘力も、蝋燭が消える寸前の明るさに似ている。
 だから自らの死の回避よりねむりとの合流を優先する。
 合流を邪魔する練を、最大の脅威と認識していた。
「なるほど」
 練の気配に冷たいものが混じる。
 純正肉腫ねむりの脅威を上方修正し、確実にこの場で仕留めるべきだと判断した。
 体は熱く、思考は冷徹に、磨いた技を曇らせずに行使する。
 再度展開された槍衾が、回避を得意とするイレギュラーズ並みの動きをする具足を囲む。
 なまくら妖刀への直撃を避け、具足で受けようとしているが無意味だ。
 武器の鍛冶に精通した練は具足の壊し方も良く知っている。
「足止めして削り切る。お前に対して最も有効な戦い方だ」
 返事は強引な突撃だ。
 残り少ないエネルギーの過半を削られることを覚悟し練を仕留めるつもりだった。
「だぁっ!?」
 割り込んだAGの表面に火花が生じる。
 刃としての能力を失ったなまくらが、強化された装甲を断ち割って飛の体まで届く。
「はっ、中々つれぇ状態だがよ」
 骨には届いていない。
 思考を乱そうとする激痛に耐え、飛は不敵に笑って妖刀の進路を遮る。
「やっぱこういうの乗り越えてこそだろ? こっから乗り越えようぜ! なぁ!」
 やれるならやってみろ。
 オレはオマエの上をいく。
 飛の熱烈な宣言が、ほとんど時間の残っていない妖刀の心に火をつけた。
『我は』
 技が冴える。
 遠くまで目が届く。
 イレギュラーズの猛攻を過去最高の足捌きだけで不発にさせ、崩壊寸前のなまくらで槍衾を刈り取り異界の装甲を抉る。
『この期に及んで腰が退けておったか!!』
「これが本気かよっ」
 予備動作無しの高速斬撃の進路にAGの両腕を割り込ませる。
 装甲は刃に耐えたが衝撃波が突き抜け、AGに張り巡らされたセンサと飛の体が悲鳴をあげる。
「いいぜ、来いっ」
 AGはスクラップじみてぼろぼろであるのに、一歩も引かずに前線を維持していた。
『ぬ』
 言葉になる前の声が具足を通じて漏れる。
 脅威である槍衾とAGに気に注意を向けすぎてしまった瞬間、秋奈の位置が一歩分変わっていた。
 圧倒的な速度は長いマフラーを地面につけさせない。
 包囲された上での死角からの精緻な一撃は、具足の装甲に本来の機能をほとんど果たさせない。
 具足と妖刀に、致命的な亀裂が生じた。

●魔剣
 崩れていく屋敷という環境も、飛び抜けた剣士達にとっては野原と同じだ。
「ったく、相変わらずオレ以外に愛想と容赦がないなアグリア……!」
「紫電ったら、そんなに熱く求められると困ってしまいますわ♪」
 『ねむりの憧れ』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)とアグリアは、どちらも最高速で駆けながら間合の読み合いをしている。
 纏う気配も陽と陰、前向きと破滅志向で全く違う。
 なのに双子かそれ以上に似通ったものを感じさせる2人だ。
「自分自身で原因を作っておいて、相変わらずだな」
 紫電が吐き捨てるように言う。
 機動力は互角でも反応速度では紫電が有利だ。
 刃を鞘に収めたまま一瞬で距離を詰め、紫電の体の運動エネルギーと位置エネルギーを刃のそれに変換する。
 隼刃《星落》。
 今の紫電の力を最もよく引き出す技の1つだった。
「紫電?」
 アグリアが眉を寄せて不機嫌を表明する。
 暗黒騎士由来の構えで超高速の斬撃を受けて耐え、反撃の力を紫電の五体にぶつける。
 受けたダメージはアグリアの方が少ない。
 しかしアグリアは、壮絶な侮辱を受けたかのように眉を寄せ体を震わせた。
「何を見ているのです」
「少なくともお前ではないな」
 紫電は目の前の強敵から視線は逸らさないが最重要視はしていない。
 最も戦闘意欲に富んだ妖刀と、放置するばどれほど被害を出すか分からない純正肉腫を討つためここにいる。
「妖刀を壊しに行った秋奈達や、ねむりを倒しに行った仲間のためにも……この先には行かせるかよ!」
「紫電っ」
 冷たい美貌が嫉妬で歪む。
 暗黒騎士であった体と相性が良い感情であり、反撃の効率が一段階向上する。
 元はと言えば紫電から零れ落ち、暗黒騎士の依代に宿った悪意の塊がアグリアの中核だ。
 以前の紫電であれば、決着をつけることを優先しただろう。
「悪いなアグリア、今回は優先順位というものがあるんでなッ……!」
 紫電の一撃は魔剣により受け流される。
 しかしその一言は、魔剣の誇りと感情に汚辱をぶちまけるが如き効果があった。
「紫電ッ!!」
「オレにも守りたいと思える人ができてねッ! 今だ、一晃ッ!!!」
 屋敷の中に満ちる負の気配を魔性の刃が切り裂く。
 刃としての格はなまくら妖刀に劣るかもしれないが、担い手である一晃と複製肉腫化具足の間には天と地ほどの差がある。
「なッ」
 アグリアは油断などしていない。
 紫電の一閃を躱せなかったとはいえ心も体勢も崩さず、一晃に対する警戒も怠らなかった。
 その程度の備えて対抗出来るような相手ではないというだけだ。
「シィッ」
 一晃の唇から鋭い呼気が漏れる。
 『不在証明』の影響を受けかねない力を纏い、1本の妖刀が異界の魔剣へ迫る。
「攻撃のみの男がっ」
 魔剣による防御が遅れた。
 受ければ断たれると直感し、操り人形でしかない暗黒騎士の体と闘気で以て受け止める。
 本来なら反撃の魔剣が一晃に届いていたのかもしれないが、生命力をごっそりと失った身体ではろくな速度を出せず魔剣が宙を切った。
「こうでなければな」
 直後に10メートル以上後退した一晃の胸元に血が滲む。
 反撃の闘気のみで傷を負わされるほどアグリアは強い。
 彼の手にある妖刀も、強くしかも戦い方が噛み合う強敵を前にして猛り狂う。
「強きを圧し折ることこそ我らが修羅道よ。黒一閃、黒星一晃。一筋の光と成りて、彼の魔剣を斬り砕く!」
 一晃が攻撃する間も紫電による圧迫は続いている。
 アグリアの価値観の中心には紫電がいる。
 最も近くに紫電がいるなら意識するしかなく、防御重視の構えをとる紫電を攻めきれない。
 妖刀がまた1歩階梯を登る。
 暗黒騎士としては理想に近いカウンターを加速で上回り、暗黒騎士による防御を許さずアグリアの本体である魔剣に傷をつける。
「今日の所は食らいすぎるなよ、我が贋作。奴を食らいつくすのはまたの機会のほうがいいだろう?」
 一晃は傲岸不遜な態度で、ハイ・ルールである依頼優先を申し訳程度に口にした。
「よくも」
 恥辱が限界を超え、アグリアにとっての優先順位が切り替わる。
 中心に紫電があるのは不変。
 しかしそれ以外は激変した。
「紫電以外が『わたし』に触れるとは」
 魔剣の紅いラインが気配を増し、暗黒騎士の手のひらから全身へ侵食していく。
 筋から骨へ、骨から神経へと広がり続け、暗黒騎士と魔剣との繋がりが深く広くなる。
「許さない」
「口だけが達者か魔剣よ」
 速度も威力も一晃が上。
 アグリアの迎撃は負傷の分速度が落ちていて、なのに技の冴えは明らかに増した。
 魔剣が妖刀を受け流す。
 暗黒騎士の腕が衝撃で揺れるが、これまでと比べると被害は軽微だ。
 一晃が舌打ちを1つ。
 反撃の魔剣が一晃が後退する速度を上回り、手首に小さな……しかし剣士としては無視出来ない傷を負わせた。
「なまくらの真似か。健全ではあるが」
 つまらぬと吐き捨て、嫉妬と憎悪で狂った魔剣を見下ろした。

●大地を蝕むもの
「とりさんっ!?」
 幼子が目を見開き、ぽかんと口を開けた。
 歯は、これまで何も食べたことがないかのように白い。
「スカイウェザーって言うんだぜ嬢ちゃん」
 『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)が滑空しながらにやりと笑う。
 1.8メートルを超える体格の良さと鷹獣種らしい高速の組み合わせは、御伽噺に出てくる登場人物のように目立っている。
「とりさん?」
 こてんと小首を傾げる。
 目に映るもの全てを目新しいと感じる子供の目をしている。
「俺はカイト・シャルラハってんだ。ずっと大人しくしてくれるなら戦う必要もないんだが……」
 足場が存在しない空にいるのに、槍の穂先は全く揺れない。
「ねむりだったか。アンタ、誰かを眠らさずにはいられないだろ」
 この純正肉腫が持つ気配は独特だ。
 安らかな眠りという形の死を振りまき、即効性こそないが放置すれば大勢を殺す。最低でも数十人単位でだ。
「はいっ」
 悪いことだとは思っていない。
 ねむりにとって、滅びのアークを除く全が滅び去るのが自然なのだ。
 可能なら、己が滅ぶその瞬間まで安らかな眠りを見守りたい。
 その結果多数の犠牲者が出たとしても、ねむりは安らかな眠りをプレゼント出来たことを誇るだけだ。
「だろうな。よしっ」
 カイトは一瞬だけ沈痛な面持ちになるが即座に気持ちを切り替える。
「俺はまだまだ眠くないからな、よく寝るためにいっぱい遊ぼうぜ!」
 カイトの精神と肉体は生き生きとして、闘志に満ちた瞳は宝石よりも美しい。
「はいっ!!」
 幼子が、ただの布を無造作に巻いたままの体で元気に返事をする。
 そのまま跳躍。
 頑張って伸ばした小さな手のひらに、並みの魔種では再現不可能なものが宿っている。
 翼を広げて風を捉え、槍の柄で屋敷の屋根を突いて加速する。
 まともな訓練を受けたこともないねむりの攻撃は、カイトに近づくことも出来ずに空振りする。
 空気に微かに含まれる精気とも霊気とも呼べるものが、手のひらが通過した空間から完全に消えた。
「いいもの持ってるなぁ!!」
「うん!」
 ねむりの機嫌が良くなる。
 魅力的な命が自ら近づいてくれているのだ。
 ねむりという死を選んでくれたのだと無意識に考え全力で歓待しようとする。
 カイトは緊張しているが態度には出さない。
 ねむりの手のひらは紫電達が使う剣技とは別の意味で脅威だ。
 魔力や活動のためのエネルギーが効率よく消し飛ばされる、そんな攻撃だった。
(考えるのは後だ)
 それが何に由来する力なのか、何が出来て何が出来ないか興味はあるが後回しだ。
「ほらっ」
 翼を開き爆発の衝撃波を伴う羽を飛ばす。
「わふっ」
 ねむりは鼻をむずむずさせて、くちゅんとくしゃみをする。
 結構な威力があったはずなのに外見の変化は皆無だった。
「よく遊んでよく食べてよく寝る、大きくなるには全部をやらないとだめだぜ!」
「たべる?」
 んー、と悩むねむりの前で、カイトは危険な飛行を続ける。
 カイトの回避技術は高度であるだけではなくそもそも失敗しない。
 しかし敵であるねむりがクリティカルな成功をすれば当たってしまう。
「届かないならっ」
 ねむりがぴょんと跳ぶ。
 見た目は幼子でも純正肉腫であり、カイトの近くまで迫り死へと至る眠りを押しつけてくる。
 可能性が一部揮発する異様な感覚が、空の戦士を戦慄させる。
「俺はまだ疲れてないぜ、もっと遊ぼうぜ!」
 それでも、カイトは決して顔には出さず引きつけ役を遂行した。
「むきゅ」
 ねむりが涙目になって鼻を押さえる。
 恐る恐る手を外すと、少し赤くなった鼻先を風が刺激しくしゃみをしそうになる。
(効いていない? 否、手応えはありました。目視での負傷の度合いと手応えを総合判断すると……生命力が膨大なだけ?)
 『号令者』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)はそこまで理詰めで考えてから、心に生じそうになった弱気を気合いでねじ伏せた。
「貴殿らも国を、民や家族を護るために戦っているのでありましょう」
 純正肉腫に通用したレールガンを示し、屋敷を包囲することで肉腫という危険を民から引き離す人々に語りかける。
「護るべきモノを傷つける肉腫になり果てたく無ければ、今一度その傷ついた身体を鞭をうって立ち上がれ。武器を取り、吠えよ叫べ、我々はそんなものにならぬと!」
 勝ち目を示し、理想を語り、感情で以て戦意を煽る。
 彼女が使う優れた統帥術は、治安組織としてはともかく軍隊としては2流以下の人々の士気を維持するのに非常に役立った。
(士気の問題はこれで解決。後は)
 ねむりへの直接対処はカイトに任せ、ファミリア経由で上空から戦場を見下ろす。
(他の2つは予想より強い。最低限が撃退。理想は撃破。問題は肉腫の生命力が読めないことか)
 レールガンを構え直してねむりに狙いをつける。
 翼を広げたカイトの10分の1ほどにしか見えないが、ハイデマリーにとっては問題なく当てられるサイズで距離だ。
 カイトが合図を送ってくる。
 ねむりがねむりなりに狙いをつけて、緋色の飛行種に飛びかかる。
 足場のない宙であり、ねむりは前にも横にも避けられなくなった。
「度し難い」
 純正肉腫の人格に対する評価を無意識に口にする。
 もちろん銃口は動かず、恐るべき速度の質量弾を連射する。
「っ」
 初弾命中。鋼鉄製の弾丸は衝撃だけで防具としての役割を果たせぬ布を消し飛ばす。
 次弾以降もいうまでもなく命中だ。
 存在が異様なまで強固な肉腫を一撃で仕留めるには足らないが、体術の基礎も出来ていない幼子を翻弄するには十分過ぎる。
 四肢が明後日の方向を向いて、無防備な腹が衆目に晒された。
「悪いね。君の在り様はキライではないけれど」
 距離をとり銃撃でカイトを支援した『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が急加速する。
 当たれば危険な小さい手のひらを避け、柔らかな肌に魔銃の銃口を押しつける。
「仕事で手を抜くつもりは無いよ」
 機械式義手に仕込まれた加速魔法が連続で発動する。
 霊的にも物理的にも加速された銃弾は光の属性を帯びていて、極薄い腹筋でしか守られていない腹に痛烈な一撃を浴びせる。
 ねむりが自らの意思に反して唾と胃液を吐き出す様はとても無惨で、包囲部隊の中には目を伏せてしまう者までいる。
「なるほどね。うまれた時点でこれほどか」
 衝撃で脳まで揺らされたねむりがゼフィラに手を伸ばす。
「キミは」
 ゼフィラは関節を見て可動域を予測する。
 混乱したから予想外の一撃を放てた、などというねむりにとって有利な偶然は発生しない。
 回避が得意とはいえないゼフィラでもそれなりの余裕を以て躱せるほど、ねむりの攻撃は雑なのだ。
「肉腫であること以外は普通の子だね」
 憐れむでもなく、持ち上げるでもなく、学究の徒としての態度でそう判断した。
「褒められた?」
 ねむりは土と埃にまみれてはいるが苦しげではない。
 傷みに耐えているのではなく、頑丈すぎて鈍いのだ。
「さてね」
 ゼフィラに小さな手のひらが迫る。
 ほんの少しではあるが動作から無駄が省かれていて、このまま攻撃が続けばいつかは当たると肌で感じる。
「評価はしているよ。脅威としてだけどね」
 しかし距離をとってしまえば手を振り回すだけの攻撃など当たらない。
 ゼフィラは魔銃に弾を込めながら次の攻撃機会を待つ。
「運も実力のうちとはいうが」
 なまくらな妖刀も旅人の魔剣も強さが飛び抜けている。
「これも人徳の一種かな?」
 魔剣や妖刀と違って隙だらけのねむりに死角から歩み寄り、一切の容赦も殺意もなく銃弾を撃ち込む。
 その直前にレールガンからの質量弾が小さな体を打ち据える。
 相手の耐久力が桁外れのため外見上の変化は薄らとしたアザがつく程度。
 しかし着弾時の衝撃はねむりの防御を大いに乱し、半分程度は防御できていた攻撃を殆ど無防備に受けることになる。
(おかしい)
 ハイデマリーは次の攻撃の準備と次の次の状況に対応するための準備を同時に進めながら、ねむりについての考察を行う。
(屋敷の庭は枯れていないのに全滅している。生命力吸収の結果でもなく切り刻まれたというわけでもない)
 再度の射撃。
 腕にかかる衝撃。
 相変わらずレールガンの効果は絶大だがそろそろエネルギー切れだ。
(妖刀も魔剣も小手先の技を使う性質ではない)
 滅ぶ寸前の刀と貪欲に成長する魔剣という違いはあるがどちらも強者だ。
 小細工を用いるより刃を振るった方が強いし怖い。
 ハイデマリーの脳裏に複数の予測と推測が浮かんで組み合わされる。
(確率は極小だけど、強すぎる力を扱いきれていないだけということも)
 レールガンを向ける。
 ねむりが次の攻撃も意識した回避行動をとる。
 ハイデマリーが選択したのは単射の狙撃で、弾幕を躱すつもりだったねむりの額に直撃した。
「息が乱れてきたぜ。普段ちゃんと寝てるのか?」
 この戦場で最も長い距離を最も高速で移動しているだろうカイトが、疲れを見せずに鋭角の進路を描く。
「ガイアキャンサーはねむらな……」
 無意識に瞬きする。
 イレギュラーズなら絶対に晒さない隙を晒す。次々に弾と砲が着弾してねむりの命を削る。
「ねむい、かも」
「ヘッ、眠くなってからが本番だぜ!!」
 カイトは強靱な精神で以てケラケラと笑う。
 回避のために心身を酷使し、魔力はねむりから奪って補っても体の損傷は残ったままだ。
 ねむり相手の囮役は、徐々に細くなるロープで綱渡りするよりも過酷であった。

●敗北
 花壇の石につまずいてねむりが転倒する。
 イレギュラーズを掠めただけで多くの魔力をえぐり取る手のひらが、全く無意味な向きに伸ばされ触れた草を枯れ草に変えた。
「鬼灯くんの術にまだ気付いていないのだわ。……気付いていないふり?」
 章姫は『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)の腕の中で考え込む。
 鬼灯の手のひらで輝く淡い光は、章姫はもちろんイレギュラーズも傷つけずに肉腫のみを苛む。
 戦闘開始直後からねむりが何度も行動失敗しているのも、数割程度は鬼灯の術の影響だ。
「あれほどの包囲だ。気付かない可能性はあるね」
 章姫に対する態度は柔らかで、しかし敵に対する警戒は怠らない。
「熱心に観ているのね。妬けてしまいそうなのだわ」
 頭部の微かな傾きで感情を表現する。
 鬼灯が丹精込めて手入れするだけでは足りないはずの綺麗な髪が、ねむりよりも生命力を感じさせる頬にふわりと触れた。
「ああ、嫁殿」
 抱きしめて愛の言葉を囁きたい。
 拗ねてみせているのは分かるがそれはそれ。
「冗談なのだわ。本当はお茶会に誘いたかったのだけど」
 カオスシード達とは違ううまれ方をした章姫は、ねむりを先入観無く判断出来る。
「でも出来ないのね」
 鬼灯が微かにうなずく。
 人格を破壊する勢いで矯正しても無理だ。闇の中で多くを率い多くに触れた鬼灯はそう確信している。
「とりさん……ねむりさんの言葉がうつってしまったのだわ。緋鳥のひと、そろそろ……」
「ほらこっちだ!!」
 まぐれ当たりのみを覚悟すれば良い手のひら攻撃とは違い、純正肉腫の本能ともいえる干渉能力は非常に危険だ。
 圧倒的な回避技術を持つカイトでも、ひやりとする場面が何度もあった。
「とりさんっ、ぜったいにおいつきますっ!!」
 ねむりは相変わらず不完全ではあるが、一生懸命力を込めることで強い干渉力をばらまくことに成功した。
「おっと!!」
 カイトが気合いと根性で耐えパンドラを温存する。
 そうしている間もあくまで楽しげに、ねむりの意識を誘導する。
 カイトにより制御出来る以上の力を出してしまった純正肉腫が、足を踏み出すのに失敗して激しく転倒した。
 ねむりとカイトが離れる。
 味方を巻きこむ可能性のある大規模術を使うのに十分な距離だ。
 鬼灯と章姫の周囲に砂漠の熱と風が生じ、2人から離れるほど強く激しく変化する。
「鬼灯くんの風を分けてあげるのだわ」
 上空から、固形物じみた熱風の塊が小さな肉腫を直撃した。
 口をぱくぱくさせているのに声が出ない。
 生命の生存を許さぬ砂漠の風が、どんな形であれ生きてはいるねむりを内外から痛めつける。
 足が上がらない。
 すり足で精緻に動くような技術は持っていない。
 呼吸が出来ない。
 辛うじて回避と防御は可能でも、手のひらに力を集めて振るうことも、肉腫としての干渉力を振るうことも出来なくなった。
「力押しが最適解。戦場らしくなってきたでありますな」
 魔力が尽きた体に鞭打ちハイデマリーが駆ける。
 じたばたと殺虫剤が直撃した虫のごとく暴れるねむりを見下ろし、銃口を向ける。
 無防備な首筋に狙いをつけ、淡々とレールガンのよる射撃を繰り返す。
 ねむりはまだ動く。
 戦闘開始直後と比べると気配は弱っているが滅びにはまだ遠い。
 ハイデマリーは肉腫が息継ぎしたタイミングで後ろへ跳ぶ。
 2、3秒後にハイデマリーがいた空間を干渉力が覆い尽くし、何の戦果もあげられずに霧散した。
「後は我慢比べかな」
 ゼフィラの言葉は言霊という形でイレギュラーズの魔力を補う。
 全体では消費魔力の数倍を回復させる凄まじい技ではあるが、ゼフィラ自身は疲労困憊だ。
 まだ生身の右目でねむりを観察する。
 多少体の表面が削れて呼吸も乱れてはいるが、五体満足で戦闘能力を維持している。
「まずは犠牲者を出さずにこの場を収めるのが先決だ。務めは果たすとしよう」
 魔銃を構える。
 約30メートルの距離から、姿は幼児の、しかし幼児ではあり得ない禍々しい気配の中心へ銃弾を送り込む。
 数発では死ぬどころか苦しみすらしない。
 それでも確実にねむりの命を削る。
「寒いな」
 魔力の尽きた体に冬風は辛い。
 ゼフィラは微かに回復した魔力を、自身にも肉腫にも向けず仲間の援護に向けた。
「無邪気な子供やろうと」
 紫月の心身に力みは皆無だ。
「害を成すんなら殺すだけやわぁ」
 紅に染まる妖刀を器用に操りねむりをひっくり返す。
 ねむりは特殊な攻撃も防御も出来ない。壊す対象として人体を熟知している紫月は人型純正肉腫の攻撃も反撃も全て見抜いて安全な位置を確保する。
 ゼフィラから預かった魔力を使い、ハイデマリーがレールガンによる弾幕を張る。
 仰向けで朦朧としたねむりに質量弾が次々に突き刺さり、五体にダメージを与えるだけでなく筋肉による最低限の防御も妨げた。
「怖いわぁ。ほんまに怖い」
 ねむりの死生観は本能レベルから人間とは別物だ。
 だから本当の意味で恐怖はせず、ここまで追い詰められても生を諦めない。
 ねむり本人の視点では、イレギュラーズに快適な眠り(死)を贈ることを諦めていないのだけなのかもしれないが。
「油断だけはせん様に行こうかねぇ」
 起き上がろうとした腕を蹴って地面に倒し、戦闘用の戦技というより斬首用の技術で以て刃を振り下ろす。
 異様な強度と柔らかさを兼ね備えた肌を、紅の妖刀が一文字に切り裂いた。
 紫月のバックステップ。
 激痛という刺激で反射的に放たれた干渉力が、寸前まで紫月がいた空間を満たす。
 ただの庭の砂が波打ち、新たな複製肉腫として立ち上がる。
 崩壊しながら眠りという破滅を拡散する、酷く歪な人の形をした肉腫であった。
 紫月の足取りが半円を描く。
 萎んでいく複製肉腫は道連れも作れず、汚染された空間を少し広げて崩壊する。
「ふふーん」
 ねむりの首筋に斬撃を贈る。
 綺麗な切れ目から覗く首骨に当て、少しずつ、丁寧に切って壊して命を削る。
 純正肉腫の常識外の頑丈さがあっても、ねむりが悲鳴を上げるほどの激痛であった。
「遅かったどすなぁ?」
 紫月が柔らかく笑う。
 その響きが消える前に、大きく跳躍した具足がねむりの至近へと着地した。

●妖刀の最期
『仮初めでも主君は主君。身柄は貰うぞ』
 傷だらけの具足が文字通りの全力で蹴り飛ばす。
 小さな体がボールか何かのように高く飛び、見えなくなってからどさりと音が聞こえた。
 具足の両足は着地の衝撃で変形している。
 妖刀は自らの自壊すら利用しイレギュラーズの攻撃を寄せ付けないが、目に見えて動きが悪くなる。
 ふう、と息を吐いた紫月が後退しつつ刃を繰り出す。
 斬殺という結果を押しつける、逃がさじの殺人剣だ。
 どれほど高度でも回避術では防げない。
 具足の装甲に大きな亀裂が生じると同時に、なまくら妖刀本体に致命的なひびが刻まれた。
「かんにんえー」
 後は放置するだけでひびが広がりなまくらが砕ける。
 紫月は微かに黙礼し、純正肉腫という手柄首を追った。
「最後に自身を掬ってくれた者へ捧げるか、貴殿は義理堅いのだな。もう少し早く出会えていたならば連れて帰りたかったが」
「ねぇ、刀さん。今あなたは幸せなの?」
 鬼灯と章姫が問いかける。
 最期の言葉を聞く態勢だ。
『分からぬ』
 人の世にとって害でしかない妖刀は、暖かな感情も思いも理解不能だ。
 ただ、最期の瞬間まで戦い抜けるという確信だけがある。
「すまん、通してくれ」
 飛の機体が走って来る。
 刀で切られた痕がいくつもあり、動力部から微かな異音まで聞こえる。
「お前さんの最期の全霊の一撃、勝負してみてぇ」
 最低限の応急修理が終わっただけの装甲を示す。
 屋敷の外にいる部隊が聞けば飛の正気を疑うだろう言葉だ。
「やっぱりな、誰しも最期の戦いって奴ぁすっきりやりてぇもんよ。ま、同じ戦い続けたクソの好って奴よ」
 声は穏やかでも瞳がぎらついている。
 壊す武器である妖刀と武器を生み出す飛で方向性は全く異なっていても、身に秘めた激情は似通っていた。
 具足が上段に構える。
 黒いAGは、身振りでカウンターを宣言した上で妖刀の最期の一撃を待った。
 具足がみしりと鳴る。
 担い手だけでなく自身も使い潰す一撃の予備動作だ。
 妖刀は、会話能力も思考能力も何もかもを消費し、加速する。
 装甲が砕け、左のグローブが斬り飛ばされて右のグローブも指が2本潰される。
 それらの破壊を終える前に、刃は内側から壊れて砕け散る。
「カッ、そういう、武器だったか」
 残ったグローブから新たな武器が現れる。
 特別な要素などどこにもない、純粋に斬るためだけの刀だ。
 かつて妖刀がそうであった刃が、残った具足を兜から面頬、胴、佩楯に至るまで切り裂く。
「真の武人って奴ぁ負け戦の時程輝くっつぅが……テメェから受けた刃の鋭さと熱さ……元の世界にも中々いねぇよ」
 我ながら無茶をしたと思うが満足している。
「楽しかったがお前の相手はもう勘弁な……」
 鮮血混じりの咳をして、AG諸共その場に倒れた。
「血を綴る妖刀であろうと使い手のために限界以上に力を出し尽くした、それは誇るべきことだからな」
 錬は慎重に地面を調べる。
 戦いの中でするには隙が多すぎる動きで、地面に落ちた柄を丁寧に拾う。
 刃は根元しか残って折らず、なかごも半ば消えている。
 既に、刀ではなく鉄くずだ。
「……安らかに眠れ」
 豊穣の治安組織が気付いてゴミとして処分する前に、練はそれを相応しい場所へ連れ去るのだった。

●決着
 勝負は決まった。
 使うつもりのなかった切り札を使って一晃に手傷を負わせ、紫電相手を追い詰めたとこにねむりが飛んできた。
「っ」
 憤怒と恥辱で思考が赤熱する。
 負担の大きすぎる戦闘に耐えきれず、魔剣を構えた体が痙攣を始める。
 アグリアはねむりを無造作に持ち上げ、能面のような無表情で屋敷を囲む白壁の上に跳躍した。
「恨まんといてー」
 暗黒騎士の背中から血が噴き出した。
 命中と回避に特化した今のアグリアには致命的な必中攻撃が、恐るべき切れ味で繰り出されたのだ。
 回避能力を無理矢理引き出された体は疲弊している。
 担い手からの出血量はすぐに危険な量に達した。
「アグリアちゃーん! どことなく紫電ちゃんみがある魔剣のアグリアちゃーんっ!!」
 秋奈が器用にダブルピースしながら走って来る。
 イレギュラーズ主力がいる屋敷側からではなく、戦士としては未熟な大勢が包囲する外側からだ。つまり、退路が消えた。
「可愛い剣士の私ちゃんがここにいるよっ!!」
 騎士の奥歯がぎしりと鳴る。
 秋奈は自然体のまま緋い長刀を構えて跳躍する。
「ねむりちゃんもそろそろおねむの時間だよ、だからもう、おやすみ」
 肉腫と魔剣を同時に断つだけの威力は、十分にあった。
「頭領! 奥方も!」
 屋敷の正門から伝令が飛び込んでくる。
 その正体を鬼灯は知っている。
「冥、最低7、西側です」
 忍びである彼は国家の精鋭隠密達との交戦で傷ついていた。
「危なっ」
 止めを刺す前に、秋奈が鋭角的に進路を曲げて振り返りざまに剣を振るう。
 イレギュラーズの弓使いには及ばなくても一般的弓兵を上回る矢が、リーチは短くても速度は圧倒的な刃で破壊され背後に転がる。
「ちょっとー!」
 抗議する声は軽く、弓を構える男女に向ける目は鋭い。
「包囲部隊指揮官の護衛に向かえ。虚報で同士討ちを強いられると面倒だ」
 鬼灯が指示すると忍びが包囲部隊へ向かう。
 単独で冥複数を相手に戦う事は難しくても、情報の流れを確保し包囲部隊をもたせるだけなら可能なはずだ。
「鬼灯くん」
「俺は嫁殿が最優先だ。出来る範囲の手は打つが……」
「アグリアちゃん伏兵ー? ちょっとずるくない、ねぇ、ねぇっ!!」
 一度不意打ちを凌げば後は簡単だ。
 秋奈は左手で矢を数本まとめてつかみ取り、不意打ちのつもりの矢を肘の一撃で押し折る。
「魔剣殿」
 冥がうながす。
 アグリアは舌打ちというには殺気が籠もりすぎた音を立て、ねむりの小さな体を放り投げた。
「まけんさん?」
 ねむりが気絶から回復する。
「別に嫌いではなかったです。好きに生きたいなら精精気をつけて」
 アグリアは最後に強い視線を紫電に向けて、冥やねむりとは別方向に走り人の波の中へ消えた。
「こらー、ねむりちゃんを置いてけー!!」
 秋奈は強く、明るく、華やかだ。
 追いかける様は喜劇めいていて、純正肉腫の首をかけた追跡劇が行われていると包囲部隊に思わせない。
「邪魔!」
 剣を使わず拳で一撃。
 一般的な基準では凄腕である隠密が気絶し街路へ倒れた。
「もう滅茶苦茶やわー」
 紫月が剣の域を超えつつある剣技を使う。
 攻撃力を捨てて隠密と回避に特化した隠密に命中。
 しかし彼等は自らの意識を全く重視せず、傷の浅い者にねむりを渡して逃げ続ける。
「お前達、何をしているっ!!」
 何も知らない兵士達が秋奈を制止する。
 戦うなら100人でも蹴散らせるが殺すのはさすがに拙い。
 事情を話しているうちに、純正肉腫は高天御所に運ばれていった。


「アグリアちゃんなら無理矢理治療……修復? してすぐリベンジ挑めるかもだけどそんな雰囲気じゃなかったね」
 あの魔剣は自らの望みのためにねむりも巫女姫も利用していた。
 深手を負って紫電を直接狙えず、囮として使っていたねむりも確保されてしまった今、この地に留まる確率は高くはない。
「純正肉腫の負傷の程度は魔剣の数倍だ。半月程度ではまともに動けないだろう」
 ねむりの怪我について聞かれたゼフィラが即座に答えた。
「流れは止まらない。近いうちに全面対決になる」
 鬼灯が断言する。
 表で情報を集めただけで、巫女姫とその対立勢力も確実に衝突することが分かるような情勢だ。
「あないな傷なら、決戦に出てきても囮にもならへん」
 手応えを思い出しながら紫月がコメントする。
 ねむりに何が出来て何が出来ないかは今回の戦いで分かった。
 劇的に成長しない限り、万が一ねむりが回復しても確実に仕留めることが可能なはずだ。
「黒い服の人達、何の目的でお城に連れて行ったのかしらね。鬼灯くんは分かる?」
 鬼灯の腕から降りて会議に参加中の章姫がたずねる。
 視線を意識し、表情の制御に過去最大級の労力を裂きながら、鬼灯は口に出来る範囲の言葉を探す。
「道具として使う気だろう」
 元包囲部隊が現場検証中の屋敷を一瞥し、端的に答えた。

 苛烈な浄化作業で地面に火花を散らせながら、鬼灯の部下が冷や汗を浮かべている。
 紫月は自然体で警戒をしている。
 屋敷跡を行き交う兵士の中に冥が紛れ混んでいたとしても、彼女であれば十分に対抗出来る。
 複製肉腫であれば数体現れても問題ない。
「また1体。あの肉腫、戦士やなしに毒か爆弾なんやろか」
 身振りで兵士を待避させる。
 長年屋敷を支えてきた柱が、妖刀とは別種の瘴気を纏って形を変えていく。
「特異運命座標ならどうとでもできるやろうけど」
 特別な技など不要だ。
 瘴気の濃い箇所に必要なだけ刃を突き入れ、刃を傷つけず、肉腫に最小限の傷だけつけて元大黒柱をただの木材に戻す。
「純正肉腫のろくでもあらへん使い方、いくらでもあるやろうなー」
 高天御所に目を向け、つまらなそうに息を吐くのであった。

成否

成功

MVP

カイト・シャルラハ(p3p000684)
鳥種勇者

状態異常

黎明院・ゼフィラ(p3p002101)[重傷]
夜明け前の風
黒星 一晃(p3p004679)[重傷]
黒一閃
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)[重傷]
戦神護剣
天目 錬(p3p008364)[重傷]
陰陽鍛冶師
晋 飛(p3p008588)[重傷]
倫理コード違反

あとがき

 ガレトブルッフ=アグリアは現在行方不明です。
 純正肉腫「ねむり」は冥により、意識不明の状態で高天御所へ運び込まれました。

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