PandoraPartyProject

シナリオ詳細

浪華に眠る

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 白波が砕けて散る。静寂にその存在を誇張するが如く揺らいだ深蒼を見下ろすは天使が笑むが如くの晴天。その海域を絶望より静寂へと顔色を変え、甲板を叩く白光と乱雑に揺らぐ世界から一転した微睡みの海には一つの噂が存在した。

 海洋王国大号令。その前線に身を投じた一人の男がいた。老いて窪んだ眼窩には戦意を滾らせ悲願たるこの海を越えた先の世界を見てみたいとそう願った。世界が決して丸いとは限らない。海の先が何処かに繋がっている訳でもなく、異世界に転げ落ちる可能性だって存在した。それでも男は、 バジーリオは願ったのだ。
 この海の先へ。未だ見た事の無い『新しい世界』へ――
 彼の願いは特異運命座標の活躍で叶ったのだろう。然し、長くを生きた男の命も蝋燭の火が如く吹けば消え去る物。幾度にも渡る大号令での疲弊より彼は常に懇願していたという。
「もしも、オレが死んだら帽子をクイーンズメアリー号へと届けて欲しい。
 オレの先に待っていると云ったクルーと、せめてオレの魂を込めた帽子だけでも届けてくれ」と。

 クイーンズメアリー号。その噂を知って居るであろうか?
 それは嘗ての大号令で出立した一隻の船。多数のクルーを乗せ、あの絶望を冠する海を目指した船だ。
 誰もが笑い話と吹き飛ばした『精霊』の――魂の宿るその船にバジーリオは船長として乗っていた。
 大号令を受け遂に自分もあの荒れ狂う波濤の中へと進む刻が来たのだと腹に命を宿した妻に朗々と語ったバジーリオに妻は微笑んで送り出したという。
「私の愛する人は、海の男ですから」と。淡い笑みを浮かべた彼女に礼を言い、男は船に乗り込んだ。しかし、クイーンズメアリー号は進むどころか微動だにしない。
 ぴたり、と。まるで呼吸を止めたようにその身を固めた船は何かを待つように眠り続ける。バジーリオとクルーはどうした物かと船を調べたが何処にも不調な部分はない。暫く船の点検と整備確認を進めている男の元へと娘が生まれたという吉報が届いた。
 せめて、海に出る前に娘をその腕で抱いてきて欲しいと願うクルーに頷いたバジーリオが船を降りた刹那、クイーンズメアリー号は問題なく海をかき分け進み始めた。
「待ってくれ、メアリー」と男は懇願した。彼も、クルーも『彼女』がバジーリオを陸(おか)に残したいと願ったことに気付いていた。否、気付かずには居られなかった。
「オレもあの海の向こうに行きたいんだ。メアリー。お前と、お前と一緒に」
「いいえ。船長。俺達は先に新世界で、あの海の向こうで待っています。メアリーとなら大丈夫だ。
 この海の絶望が終わって、娘さんが貴方をに『いってらっしゃい』を告げられるようになったなら――」
 幸せに、家族の時間を過ごして.この海が絶望を越えた後に、のんびりと家族旅行でいらしてください、と。


 そして、現在――海洋王国で一つの噂があるとバジーリオは特異運命座標へと云った。
 消息を絶った筈のクイーンズメアリー号が嘗ての姿の儘骸骨の戦士を乗せて進んでいると。
 自身がもう長くないことを知っている。航海に出ることも出来ないこの体だが、せめて、あの日――共に行けなかった自分の思いを連れて行ってくれないか、と。
 そして、待ち続けてくれるクルーと『メアリー』にもおしまいを渡して欲しい。

 ――『この海が絶望を越えた後に、のんびりと家族旅行でいらしてください』

「ああ、そうだな。メアリー、みんな。オレの魂を乗せて一緒に『静寂』を往こう。随分と待たせちまったな……」
 男は目を伏せた。船へ、魂だけでも連れて行ってくれ――只、それだけを、望んでいると。

GMコメント

 日下部あやめです。部分リクエストありがとうございます。
 せめて、最後は共に海を行けますように。

●成功条件
 ・幽霊船の発見
 ・骸骨戦士の討伐

●クイーンズメアリー号
 通称をメアリー。精霊の船、魂の宿った船と呼ばれました。船長バジーリオの相棒でしたが、嘗ての大号令の際に『彼を陸に残す事を選びクルーと出立した』そうです。
 美しいエメラルドグリーンの船体は最早錆び付き、幽霊船と呼ばれる様相をして居ます。それでも、嘗てのように、魂が宿ったかのように悠々と進んでいます。

●骸骨戦士*8
 クイーンズメアリー号の乗組員。船長の到着を待ち望んだ彼等の成れの果て。
 絶望の青の影響を受けて怨霊化しています。どうか、望まぬ怨霊化から解放してやって下さい。
 倒すことで骨がからり、からりと転がります。ずっと、待っていたのです。
 メアリーは彼等を解放して欲しいと願っているかのようです。

●バジーリオ
 老い先短い海洋王国の老兵。クイーンズメアリー号の船長を務めていましたが、メアリーの意図か偶然か、娘が生まれ、彼が船を降りるまで船は動くことはありませんでした。
 巷では大号令に怖じけ付いた男と不名誉な呼び名を得ていましたが、大号令を無事に完遂したらメアリーの元へ行くと決めていたようです。
 最早、その命の灯火も潰える刹那、共にメアリーに乗ることは出来ずとも。
 せめて、メアリーと共にあったときの帽子を、自分の魂を届けて欲しいと願っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

それでは、どうぞ、宜しくお願いします。

  • 浪華に眠る完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年10月20日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費200RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
※参加確定済み※
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
※参加確定済み※
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
※参加確定済み※
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
※参加確定済み※

リプレイ


 浪華は美しくも舞う。波を掻き分け静寂を進むのは八人のイレギュラーズを乗せて進む船である。
「出来ればバジーリオ殿本人も連れていきたいところだが……」と、口にしたのは『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)。クイーンズメアリー号の船長であり此度の依頼主である男はその命の先ももう短く、航海には耐えられないという判断が為されている。その事情を鑑みれば、致し方は無いが――屹度、彼が望むように『彼女』だって望んでいるだろうとエイヴァンは手にしたバジーリオの帽子を眺めた。
 大号令。絶望の青の向こうに遙か新天地を求め、航海を続けた海洋王国。その美しき青き海の歴史を見続けた辺境伯が娘、『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)にとっても馴染み深いその出来事は今や『過去』となった。絶望と呼ばれ荒れ狂った海もその形を潜め静寂を欲しいものにしていた。それも特異運命座標の活躍のお陰であるが――『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)はその胸中に渦巻く思いを嚥下出来ないままで居た。
(……正直に言うと、端っから諦めてたのさ、俺は。
 大号令が何度繰り返されようが、どうせ今回も駄目だろう。
 廃滅の呪いを受けちまったのも……ま、多少驚きはしたが、今更長生きしたいなんて虫のいいことを言うつもりもねぇ、ってな)
 皆、同じであっただろう。夢だ、なんだと口にすれどもその先に待ち受けるのが死であることを誰もが認識していただろう。だからこそ『彼女』はバジーリオを陸(おか)に置いていったのだろう。
 そう思えど、自身の抱く諦観は此度には関係は無いと認識している。そして『自分がそう思っていた』事を口にする気も無かった.告げれば「嫌なお人」と『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)は唇尖らせ起るのだろうから。
「『メアリーさん』……お船に、おなごの名前がついとるのね、どんな美人さんかしら」
 唇に音乗せて首を傾いだ。船は女性だと、誰かが言っていた。もしも凱旋が成功していたならば貴婦人の如く飾り立てられるのだろうか――そして、そっと其処には愛おしい船長の帽子が乗る。
「……まるで昔の恋人との逢瀬みたい、少し妬けてしまう。
 でも、今日は愛だの恋だのとまた違う……もっと違うお話なんやろうね。その帽子もバジーリオさんの心も、必ずお届けさせて頂きましょ」
 家族愛、恋人、そんな言葉を無数連ねても屹度彼等を表す言葉はない。その様子を眺めながら『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は陸でバジーリオと交した言葉を思い出す。

 ――キャプテン・バジーリオ。船員やメアリーに伝えたい言葉、娘の名前。なんでもいい。
 きっと、向こうで語らう時間はあるだろう。
 だが、メアリーに伝えるなら、今だろう? レディを待たせ過ぎるのは、紳士じゃないな。キャプテン。

 あはは、と死に際に立っているとは思えない程に男は快活に笑った。そうだそうだと幾度も頷いて娘の名前は『マリー』だと告げた。『彼女』の名を模した愛らしい名前であると男は笑う。
「キャプテン。クルーに、船に慕われた貴方は、偉大な方だ。憧れるよ。その姿に、敬意を表する」
 だろう、と笑った男の顔を思い出す。帽子に託されし思い、と唇に音を乗せ『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)はドレイクの帽子を深く被り直した。
「……確かに預かりました、バジーリオさん」
 ウィズィの紫苑丸は愛おしい人の色彩が並を走るために流星の如く煌めく様子を伺うことが出来た。静寂の海図はあの海での航海を上塗りし更に落ち着いて走るために整えられたモノだ。
(あの決戦に先駆け、幾度と無く挑み。私という人間を大きく育ててくれたこの海。
 私は、この海とは…喧嘩もしましたが、今やマブダチです。迷う筈もありません……なんてね)
 小さく笑うウィズィの傍らで目を凝らし、そして花束を胸にした『浮草』秋宮・史之(p3p002233)はあの大号令と比べれば落ち着き払った海をその双眸に映す。彼等にとっては行き過ぎた時間、越えた難関であったその場所に、まだ囚われた者が居る。
「……船長も船員も船も、逝くべきところへ送ってあげようじゃないか。
 それがあの大号令を越えてきた者のできることだろう。無念を晴らしてみせる」
 唇に音を乗せた。クイーンズメアリー号の出没地域を聞き取り、海図へと照らし合わせる。バジーリオを伝手に『船』と『彼等』を迎えに行くと告げた史之の元には沢山の手紙や贈物があった。
「自分と使い古されたキセルだ」
 そう、と指先で贈物をなぞった『祖なる現身』八田 悠(p3p000687)は目を細める。クイーンズメアリー号がそうであるように、そしてこのキセルや沢山の贈物、想い出の品がそうで在るように――「大切にされた物には魂が宿る」
「何処かで聞いたことがあるような伝承だよね。それだけ、そういうことが起きているんだろう。
 魂が宿るならばつまり、それは生きているということだ。故に死があり、弔いもあって然りだろう」
 だからこそ、彼女に相応しい『最期』を――そう願うように悠は目を伏せた。


 まだ、バジーリオにとっての大号令が終わっていない。囂々と波を掻き分け進む紫苑の小舟の上で縁はそう感じた。史之の言うとおり『生き残った者の責務』たる者が彼等には存在していた。
(……まったくもって、柄じゃあねぇが)
 それでも、生き残った以上はやるしかあるまい、と。宙泳ぐ幻遊魚を静寂の海へと放つ。行き過ぎてゆく小さな魚を見詰めながらエイヴァンは「メアリーについて調べたが」と海洋王国の資料より得た結果を思い出すように目を伏せた。無数に存在した船の記録の中、その船は貴婦人を着飾るように大事に大事にされていたらしい.それ故に美しく、そして『危険海域』に踏み込まない船であったそうだ。今になってみれば『踏み込まなかった』のか『踏み込めなかった』のかも分からない。メアリーの揶揄うような声が聞こえた気さえしてくる。目を凝らす。蜻蛉はその猫の目で海を眺めてぽつり、と呟いた。
「逢いたい人は此処にいてるんよ、早いとこお姿見せてはくれんやろか」
 古びた船、錆び付いた匂い。探し求めたジョージは目を伏せ、『彼女』へと敬意を表すように真っ直ぐにその躯を見遣る。疵だらけ、幽霊船と呼ばれるに相応しくとも、誇りと愛はまだ霞まぬままか。
「御機嫌よう、麗しきクイーンズメアリー。しばし、待っていてくれ。お前たちに会わせたい人がいる」
 堂々と、そう告げて地を蹴った。イサリビの闘気を揺らし、海洋式の格闘術で堅牢なる骨をも砕くが如く――
「メアリー! 皆さん! 聞こえますか! 私達は……バジーリオさんの想いを届けに来ました!」
 叫ぶように、その声が凜と響いた。船と船。互いを繋ぎ、メアリーの元へと飛び込むウィズィは祈りが如く、その心を、叫びを、勇気の笑顔とし、前を向く。
 無限の力と抱えるための両腕を広げ、肺の奥深くの酸素を吐き出すように声を張った。
「あなたも、あなたも! もう……眠る時間です!」
 一人一人、それがキャプテン・バジーリオを陸へと残して笑顔で去った彼等だというならばウィズィは彼等を祈りを込めて安らぎを与えたいとそう願う。
「かつて、あなた方が守ったある人の誇りを願いを、此処にお持ちしました。
 長い長い苦しみを終わせる、昔を、あの頃のこと……思い出して欲しいんよ」
 祈るように、蜻蛉は纏う強さと決意を揺らがせる落ちる花も流れる水に身を任せ誘われた。
 歌舞くが如く、彩は仲間達を支援する。その身朽ち果て骨となろうとも、胸に抱いた誇りをなくしたくは無いと願う蜻蛉の傍らでクレマァダの歌声が響いた。
「僕らは送り出す側だ、血を流して不浄を撒いてはいけないだろうよ」
 そう静かに。悠は葬送の儀式を滞りなく行うために仲間達を支えるように指先を組み合わせた。形状可変式具現表出型攻勢領域、最も容易に切り離せる『用済み』はどのような声を、どのような顔をしていただろうか。ああ、けれど思い出すことは無い。
 目を伏せて、そして悠は踊るように『仕立て』を整える。
「葬送の儀礼なんだ、相応しい仕立てが要るだろう」
 その仕立てに蜻蛉が重ねたのは祈り。誰よりも時離れるのを願っている一人の少女の想いを、そして『もう待たなくて良いよ、連れてきたよ』を沢山沢山伝えたいと願うように祈りの風を吹かせる。
「……骸になってまで彷徨うのは苦しいだろう。せめて――その苦しみが安らぐことを祈っている」
 葬送の儀式を行うが如く悠は調律を整え続ける。腕を振り上げ迫ろうとする骨達を受け止めるエイヴァンはその巨躯を屈めた。サポート体制を整える。大盾を手に、その身の『棘』でちくりと刺した。
 無欠なる要塞の青年は海洋の民として、そして、国家を護る剣として幽霊船を見逃すことは出来なかった。
 そして、生き残った自分たちだからこそ、その想いを伝えていけるのだと縁は言葉を続ける。バジーリオに問い掛けた。一人、一人、名前がある。生きたその道がある。例え苦難と困難に濡れた道であったとしてもせめて最後は、その名を呼びたかった。レイモンド、シモン、クルール――幾つも、キャプテン・バジーリオは忘れていないと甲板に叩き付けながらその名を呼び続ける。
 ちゃり、と骸骨の首に揺れた船員達の名を表したネックレス。それはこの海に挑むときにと船員全員で遺骸を認識するために付けた者だという。史之は手を伸ばす。
「其れが、君たちの生きた証だ」
 ウィズィとジョージを支えながら、骸達の『命』をその手で摘み続ける。花束を捧げるまでもう少し、苦しみから彼等を解き放たねばならぬのだと史之の手は宙を泳いだ。
(届け)
 願うように。その柘榴の瞳が見遣るは錆び付いた少女の躯。骸と呼ぶに相応しいほどに錆びたその身を船の上に揺らしたクイーンズメアリーは只静かに成り行きを見守っているかのようであった。
 彼女の抱いた苦しみに、恨み辛みを全てぶつけてくれとジョージはその拳を固めた。
「絶望は晴れた! 静寂なる海に、お前たちの魂を解放しよう!」
 堂々たる彼の言葉にウィズィは頷き地を踏み締める。絶望なんて似合わない、この晴れやかな静寂の中で、美しい海を見て、そして微笑みながら逝って欲しい。その行く末が何処にあるかは聞くも無粋だ――航海を行う海の男達は何時だって、夢を抱いているのだから。
「もうお前さん方の航海を阻むモンは誰もいねぇよ。――辿り着けなかったやつらの分まで、思う存分、広い海を見て回ってきてくれや」
 縁の落とした言葉が、静かに落ちた。響いて、そして、海に溶けるようにさざ波が返事を返す。それだけで救われたのだと――そう、胸の奥底より感じて。


 伽藍と音を立て骨が崩れてゆく。ウィズィは唇を震わせた。遠い約束を込められたバジーリオの帽子を掲げ、その背中をぐんと伸ばす。
「バジーリオさんは!」
 彼の名に、『彼女』が反応した気がした。静寂の海に僅かに響いた波音が、まるで一人の少女の嗚咽のようにも聞こえる。
「クルーの皆さんを……そしてメアリーを! 今でも変わらず! 愛していましたよ!!」
 メアリーに帽子を託すために、そっとその帽子を置いた。船が僅かに揺らぐ。『彼女』が生きているようにゆらりゆらりと揺らぎ続ける。
「結果的にどちらが幸せだったかなんざ、俺がどうこう言えるもんじゃねぇが……。
 あの時があって今があるのであれば――決してメアリーや乗組員の行動は無駄ではなかったはずだ」
 エイヴァンはそう言った。共に行けなかったバジーリオ。だが、彼は愛おしい娘に恵まれ、そして更に言えばその血は繋がっていって居るのだろう。幸福の中に生きて、命を全うした。それがメアリーと船員の願いであったならば。
「……そう思ってやることが彼らへ礼儀ってもんだ。
 もう憂うことは何もない。安らかに眠ってもらえればそれで十分だろう?」
 ああ、と縁は目を伏せた。海龍の間で継ぐ秘術、幻影の火玉が指先に揺らぐ。使者を送るための赫々たるその色彩は今は誰の目も狂わせることはしない。
「……クイーンズメアリー号をどう葬るか。
 沈めて水葬とするか、燃やして火葬とするか。そのまま流して乙女の亡骸を晒しては駄目だろうから」
「ああ。けれど、俺は彼女は自身が望む方法を知っている気がする」
 相応しき葬送を。そう願う悠の問い掛けに仲間達は僅かに思案した――だが、と口を開いた縁が呟けば史之も緩やかに頷いた。ジョージは船長室に帽子を届けようと提案した。船長バジーリオが居るべき場所――『彼女』と共に過ごすならばそこであろうと笑みを零す。
「メアリー、聞いてくれ。バジーリオの娘は君の名前からとって『マリー』と言うらしい」
 そう告げる。そう、とその甲板を撫でればどこか懐かしい気配を感じさせた。
「こんなところで命果てるなんて辛かったろうね苦しかっただろうね。船員の皆とメアリー、君へとプレゼントがあるんだ」
 ラム酒、そして花束と持参した品の数々。無数の其れ等を並べて史之は「お疲れ様」とねぎらった。
「バジーリオさんは家族に囲まれて、随分と長生きしたようですよ。でも、最期はあなたと……メアリーと、往きたいんですって」

 ――ずっとずっと、忘れないで居た。何時だって、君を思っていた。

 ウィズィはバジーリオの言葉を口にする。待ち続けてくれた優しい『彼女』を安心させるように。
 メアリーも、バジーリオを愛していた。だからこそ、メアリーとて積もる話もあるだろう。だが、そこに口を挟むのは無粋だろうかとジョージは笑った。
「船に宿るお前も、解放されてもいい……しかし、共に行くのだろう。
 もし、寂しくなった時はいつでも遊びに来い。いつでも歓迎しよう」
 微笑むジョージの傍らで蜻蛉は崩れ落ちた骨に手を合わせ骸を整える。そして、甲板を指先でそうっと撫でた。
「……今までよお頑張りました、船はおなご……ほんまや、こんなん殿方には勤まらん」
 男は何時も待たせるばっかり――そう口にすればぎょっとしたような縁が視界の端に入って蜻蛉はふふ、と小さく笑った。悪戯めいて、唇乗せたその声を続けるように優しく撫でる。
「さぁ、もうこれで大丈夫やよ…行ってらっしゃい、ええ旅路を!」
 船を渡り、彼女の傍で波が立つ。敬礼し見送るエイヴァンとジョージの傍らで蜻蛉は「ねえ」と囁いた。
「彼女、どこまでいくんやろう?」
「……屹度、バジーリオさんにこの海を見せに行くのでしょうね」
 そう微笑んだウィズィは手を振った。行ってらっしゃい、それから――おやすみなさい。メアリー。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度は誠に有難う御座いました。
 とても素敵なお話で、そして皆さんが気遣って頂けたメアリーの心も救われたことだろうと思います。

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