シナリオ詳細
<幻想蜂起>ハント・トゥ・ハント
オープニング
●すべては善意より
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演は、レガド・イルシオンに不穏な空気をもたらしていた。荒んだ心は、乾いた藁束と何ら変わりがない。
どちらも、ちょっとしたきっかけで燃え上がるものだ。そして、一度燃え上がると取り返しがつかない。
たとえ、幻想貴族を相手取って武装蜂起することがどれだけ愚かしいことだと分かっていても。激情に燃え上がった人々の感情は抑え込むことを許さない。
そして、嘆かわしいことに。幻想貴族たちは『恨まれ慣れている』。一部の幻想貴族にとっては、恨みを受けることを望み、ここぞとばかりに民衆を文字通り槍玉に挙げてしまうことを望む者も、少なからず居るだろう。
『幻想大司教』イレーヌ・アルエはその辺りを十分に懸念していた。だからこそ、レオンが、ローレットが間に割って入り、当座の解決を進言してきたことは喜ぶべきことだった。
そして、幻想貴族のなかでごくごく一般的な範囲で悪徳を嗜むディラック卿の所領の市民達が、蜂起の機運を高めていたというのは非常にまずい事態であることを彼女は理解していた。
時間の猶予はあまりない。彼女は修道女を呼びつけると、ローレットへと渡りをつける準備を始めた。
●悪意に勝る歯車はなし
「お忙しいところお呼びだてして申し訳ありません。ですが、取り急ぎ皆様には動いていただきたかったのです」
イレーヌとお付きの修道士と対面し、イレギュラーズは表情を固くする。彼女の身から吐き出される威圧感は、敵意ではない。だが、目的のためであれば多少の無理を辞さないだろう、ということだけは理解できる。
「皆様には、ディラック卿……男爵位にある方ですわね。彼の所領で蜂起しようとしている市民の方々を逃してほしいんですの」
つまり、幻想貴族おかかえの軍と対峙せよということか。だが、貴族と市民との橋渡しをしようと申し出たレオンの顔を潰すことになるのではないか? イレギュラーズの一人は、尤もな問いを投げかけた。返答は、うすく刻まれたイレーヌの笑み。
「問題ありませんわ。皆様がイレギュラーズだと気付かれなければ問題なくことは進みますの。こちらで、行動するに際して3つの条件をお出しします」
つまり、イレーヌはイレギュラーズの身分を偽装する策あり、と。とんでもないことを言ってのけたのだ。
「ひとつ。こちら側から修道服をお貸しします。飽くまで皆様は『人道的観点から市民を救う聖職者』である体を崩さなければいいのですわ」
服装の指定。その下に何を着ようが自由であると付け加えられれば、装備に制限をかけられないであろうことは分かる。
「ふたつ。出来る限り刃のついた武器は控えていただきますわ。こちらは、努力義務。何とでも言い訳はききますものね」
前言撤回。武器に関しては強制ではないにせよ、『努力義務』を求められる。可能な限り意向に添え、ということだろう。無論、無理に用立てる必要はあるまい。
「最後に。出来る限りディラック卿の私兵の命は奪わないこと……ことがうまく運べば、双方の犠牲が少ない内は丸め込むこともできますから」
こちらも努力義務だが……武器の制限より、ある意味難しいかもしれない。殺すな、とはまたお優しいことだ。相手は全力で殺しに来るというのに。
「私兵戦力はさほど多くありませんわ。幸い、卿は市民の蜂起を鎮める兵員をある程度絞り込んで差し向けることをお考えであると考えられますから。ただ、指揮官や幹部級の騎乗槍兵の練度だけは侮れませんわね」
最後に、とイレーヌは付け加え、イレギュラーズを見据える。
「兵が絞り込まれた理由、ですけど……差し向けられるのは、市民の肉親や血縁関係者、所領出身者が中心ですのよ」
……なるほど。殺すなとは、そういう。
「以上ですわ。詳しくはそちらの者から説明いたします。ご武運を」
- <幻想蜂起>ハント・トゥ・ハント完了
- GM名三白累
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年05月09日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●闖入者、あらわる
『幻想』に置いて貴族が所領地から私兵を雇い上げるということは、決して珍しくはない。愛着のない土地まで優秀な兵士を連れてくるよりは、郷里愛を餌に一般市民を兵隊に仕立て上げたほうが、いくらか楽。士気もあり統制も取れる彼らは優秀な兵士として、領地のため家族のためと全力をつくすのだ。
‥‥それが仮に家族の何名かを手に掛けるという選択であっても、生まれた地に張った血脈の根はそうそう引き剥がせないものなのである。
「盾の展開は完了しました。あとは押し返すなり、威圧するなり任意に動けましょう」
「……ご苦労」
騎乗兵の1人が、老練の兵に端的に告げる。現況は私兵団による威圧が効果的に作用し、市民達も無理に押し返そうとする気配はない。彼らの中に無理攻めを煽る者、過剰な武装をしている者がいれば状況は厳しかったが、幸いにしてそれらの兆候は見られない。
盾兵に力任せに押し返させるもよし、それで聞かなければは自分達が出ていって威圧に回ることも考慮の上。最悪の選択肢も忘れないが、恨まれるのは避けたいものだ、と老年の騎乗兵は表情を固くした。
卿からの命は反抗勢力を『黙らせる』こと。言明はされていないが『殺してでも』と接頭辞には付くだろう。極論、殺すことはさほど難しいことではない。一人でも殺してしまえば、もう戻れまい。躊躇が許される時間は余りに短い。老年の兵士は、槍を掲げ号令をかけようとし。
「ストーーップ!彼らを傷つけることは、わたし達が許しません!」
突如として現れた『ゆきのはて』ノースポール(p3p004381)の大声に顔をしかめ、槍をゆるりと下ろす。
「お待ちください。その力を振るう前に今一度己の心に問いかけてみてください。これは必要な事なのかを」
続いて現れた『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)の姿に、老兵の表情は曇りを増す。『いかにも』な修道服。だが、無抵抗で矢面に立とうという気はないらしく、各々戦闘の準備を整えている。この場に割って入ることの意味を知らぬ、というわけではないのか。
「……何奴か。ディラック卿の地で狼藉を働くことは許さぬぞ」
「私達の姿を見て何者かを問うだなんて、あんまりですね。わかりませんか?」
『偽りの聖女』プリーモ(p3p002714)はそのあらんかぎりのカリスマをもって民衆を一歩退かせ、聖職者の証を掲げながら宣言する。まごうことなき聖職者、それも相応の地位にあっておかしくない者すら混じっている。盾兵達からは小さな動揺の声が広がった。
「我々は教会の者です。何やら物々しい気配ですが、隣人同士が争う事に何の益がありましょうか。神はこのような不毛な争いを望みはしませんよ」
『斬首機構』パティ・クロムウェル(p3p001340)が慇懃な所作で一礼すると、胸元に手を当ててしっかりとした声で告げる。聖職者としてのカリスマ性は持ち得ぬが、もっともらしい言葉に兵士達は口をつぐむ。
『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)は両手盾を掲げて盾兵の1人正面に立つと、不退転の意志を目に宿し、相手を睨みつける。敵意からではなく、
「あなた方が争おうとしている相手は隣人です。いつも顔を合わせていた人が、明日にはいない。そんな悲しみを背負う必要があるのですか?」
『月下』シレオ・ラウルス(p3p004281)は持ち前のカリスマ性と流麗な所作をもって市民に、そして兵士達にいっときの自制を促す。相争う者達は同じ市民だった者達ではないのかと。なるほど、彼の言葉は正論だ。突如としてなだれ込んだ『聖職者達』の言葉は市民達を動揺させ、得物を握る力を弱める意味では正解であった。‥‥だが。
「神の僕が何するものぞ。ここはディラック卿の寵愛を受ける領土がひとつである。我らは彼の方の礎、彼の方のご意思である。御命を捨てて、この地に根ざした血脈を腐らせる道理は神が赦そうと我ら自身が許せぬ」
老兵はあらためて、腰元に槍を構えた。動揺の声を少なからず発していた盾兵達は電流を受けたかのように声を潜め盾を掲げ、魔導兵達は先程から変わらず、術式の詠唱準備を崩さない。
(どうしても戦わなきゃいけねえんだろうけど……あのじーさん、助けを求めてるのか?)
『楽花光雲』清水 洸汰(p3p000845)、そしてノースポールは老兵の毅然とした態度に視線を向け、わずかに表情を歪めた。助けを求める声。心理的なそれも拾い上げる異能は、間違いなく兵隊達、そして上官であろう老兵の心中が穏やかならざるものであることを嗅ぎ取った。
表情は固く視線は引き絞られた弓のように張り、槍先から吐き出される敵意は誰であろうと貫くだろう。……子や孫であっても。
本当にそれを望んでいるかどうか、というのは関係ない。『彼らは幻想貴族の私兵なのだ』。戦わずして戦場を捨てることは出来ない。神の甘言に耳を貸してこの場をやり過ごし、いずれ訪れる最悪の未来を甘受するわけにはいかない。少数の血を以て贖罪とせねばならない。
決意と呼ぶにはあまりにも凄絶なそれを槍の穂先に向け、老兵は再度、号令をかけんとする。
「こっちに! 逃げるのは手伝うよ!」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が呆然とする市民達の背後から現れ、退路を確保すべく人々を誘導する。老兵の号令一下、騎乗槍兵達は散開し、魔術師達は術式を解き放つ。
盾兵達の進軍を受け止め、イリスは彼らが本気であることを十二分に理解した。……尤も、彼女は盾兵を相手にする気なぞ端からないのだが。
「神様のお声や、身内なんかよりも、ディラック卿の命令の方が大事なのかよ!?」
「――愚問を弄すな小僧! 貴様がどこの馬の骨かは知らぬが、目の前で好きに振る舞われてよしとするほど臣下の礼とは甘いものではないのだ! 槍隊構え! あの小僧含め『神の使徒』とやらを蹴散らせ!」
洸汰には老兵の言葉の意味はわからない。それがどれだけ重い束縛なのかもわからない。だが、一つだけ正しいことが目の前にある。‥‥形はどうあれ、矛を交えなければ納得させられぬものもある、と。
彼の言葉は近場の兵隊達を挑発するに十分なものだった。騎乗槍兵が陣形を組み、盾兵が列を崩さず、洸汰を狙うべく進んでくる。望み通りの展開では、ある。
それが、正しい意志のやり取りであるかは大いに疑問が残るが。
「仕方がありません……神は言いました。言ってわからん者は蹴り転がせと!」
威降は身構え、騎乗槍兵へと向かっていく。彼の奉じる神がどれほど暴力的だというのかについては……あえて深く問う話題ではないように思われた。
●義に殉じるということ
「止まらないというのなら、力づくでも止まってもらうまでです! それは神が望むところではないと、何故分かっていただけないのですか!」
「くどい! 止めたいのであればその得物でもって止めてみせよ!」
パティのメイスと騎乗槍がぶつかり合い、互いの姿勢を大きく崩す。突進の勢いは槍兵が上、一撃の重みはパティが上。攻撃の精度は、当然ながらパティが大きく上回る。
弾き飛ばした勢いで傍らを抜けようとする動きを逃さず、再度メイスを振るって追いすがる。槍兵は機動力を捨て、槍を振り払うことで彼女を弾き飛ばそうとするが、彼女はあろうことか槍を持つ手に組付、その動きを制しようとした。
さすがに、その動きは予想外であったのだろう。とっさの対応が遅れるが、その状況を打破すべく割って入ったのは盾兵の1人だった。されるがままにはしない、ということか。厄介極まりない、とパティは歯噛みした。
「チィッ、小癪な……そこをどけ! 貴様等に情けをかける道理はないぞ!」
「出来ません。市民の皆さんをどうしてもを傷つけというなら、私達は全力で皆さんを止めます」
イリスは槍兵の一撃をわずかに逸らし、間合いに踏み込みながら盾を支点にして足払いの要領で蹴りを放つ。いかに軍馬とて、馬であることに変わりはない。強烈な一撃を受けた痛みから暴れ狂い、馬上の兵士を振り落とさん勢いで身を振るう。しかしそこは腐っても兵隊、というべきか。馬の制動で戦闘がままならぬことはあっても、無様に落馬して腰を打つ愚をおかすことはなかった。
「落馬しないのは立派ですが、無理をしているのでは? 止めるべき相手を止められずに馬と踊るなんて、世間が見たら何と言うか……」
イリスは、己の判断に誤りがないことを悟る。騎乗兵のポテンシャルは馬の状況に左右される。馬の背移動に手間を取られれば戦闘もままならない。……つまり。
「皆さん、馬を狙ってください! 馬が暴れれば彼らは動けず、馬から降りれば彼らは市民を追えません!」
「そうしたいのはやまやまなんだが、傷つけると歩けなくなるのはな……」
シレオは突きこまれる槍を拳で捌きながら、軍馬と視線合わせようとする。彼のギフトは動物に対しては特に有効だ。訓練された軍馬相手に『なつかせる』ことができるのか、と真偽半ばで行使したそれは、軍馬の動きを止め、シレオに対する敵意を奪い去った。……もしや、ディラック卿は軍馬の調教に然程注意を払っていなかったのだろうか?
「な、おい、動け、何をしている!」
騎乗兵は突如としてシレオにすり寄った軍馬に焦り、手綱を引くが焼け石に水だ。若い兵士にとって想定外は致死毒に等しい。
ついで襲いかかる拳の勢いを、不安定となった馬上で捌けようはずもない。あわれ、落馬の危機を救ったのは盾兵の介入と、飛び来たった遠距離術式の連携だった。
盾兵が騎乗兵を抱えて後ずさると、魔導兵が連続してシレオに魔術弾を叩き込む。軍馬の生存などお構いなしだ。
「おいおい、それはないんじゃないか‥‥!?」
慌てて術式を避けたシレオは、あろうことか軍馬の手綱を掴み、ひらりと飛び乗って大きく距離を取る。戦場から引き離した軍馬がなおも彼にすり寄るが、彼は手でそれを制すと兵士達目掛け駆けていく。騎乗兵の足止めは出来る。問題は、数と威圧感で攻め立てる盾兵をどう相手取るか。それに尽きる。
「なんでアンタ達は、家族相手にそんな武装なモンで襲いかかれるんだよ!? オレには分かんねえよ!」
洸汰は手にした『エクスカリバット』を振り回し、近付く盾兵を当たるを幸いに殴り飛ばす。蹴りとバットの殴打を組み合わせた戦術に殺傷力はなく、勢いまかせの攻撃であることは明らか。それでもイレギュラーズとしての能力の高さが十分な威力を生み、盾兵達に浅からぬ傷を与えていく。
問題は、彼が引きつけた盾兵の数が圧倒的多数であるということだ。各々で連携を取り、被害を最小限におさえ、四方から攻撃を集中させる戦術は、いかに彼が回避にすぐれた熟達の戦士だとしても回避し続けるには限度がある。打ち込まれ、押しつぶすかのように振り下ろされる盾の連打は彼の守りを削り取り、着実に傷を重ねていく。
洸汰の必死の問いかけに、盾兵達は応えなかった。だが、彼の耳には痛いほどに『救いを求める声』が響き続けている。頭をわらんばかりの勢いで。否、あるいはすでに彼の頭部は度重なる殴打によって血をしとどに流し、割れている……といえるのだが。
「分からずともよい。神の寵愛とやらは我らの迷いに答えることはなかった、ただそれだけを覚えて冥府を彷徨うとよかろう。若き聖職者よ」
血でかすんだ洸汰の視界に、老兵の声が響く。あるいは慈愛すら感じる声は、槍とともに振り下ろされようとして。
「違う……違う! 聞きたいのはそんな言葉じゃない! じーさんの本音をきかせろよ!」
意識が断ち切られる直前、エクスカリバットの輝きとともに洸汰の声がひときわ大きく戦場に響く。槍を弾かれ、怪訝な表情を見せた老兵は、盾兵が一人、文字通り蹴散らされたのを視界に収めた。
「自分じゃ止まれないなら理由になってあげるよ。安心してかかってこい!」
威降の慈悲深き一撃が盾を弾き飛ばし、その一人の動きを止めたのだ。突然の乱入に盾兵達は戸惑いを隠せない様子だが、それでも陣形を立て直し、ふたたび威降へと殺到する。
それらを軽業師のように押しのけ、老兵の元に一直線に向かう姿は‥‥ノースポールだ。『シュエピナ』の脚甲が槍と撃ち合い、激しい火花を散らす。
「彼らを傷つけて、誰が得をするのですか!? よく考えてください! 歯向かうから? それでも知り合いに武器を向けるなんて、あんまりです!」
「……言葉を弄すな。その決意の輝きを以て我らを止めてみせよ」
ノースポールの訴えに、老兵が応じる。冷徹さを失わぬまま、荘厳とすら思える声音で静かに槍を構えた。周囲では騎乗兵は次々と戦意喪失に追い込まれている。盾兵も少なからず被害を被った。その状況をいたましく思いはすれど、彼は止まらないのだろう。……一刻も早く、決着をつける必要が遭った。互いの命を賭けてではなく、戦う理由をくじくことで。
●
市民は着実に撤退を進めつつある。……その裏には、焔の適切な誘導と対処が貢献していたことも大きいが、プリーモの決死の献身が奏功していなかったとは言えまい。
騎乗兵達の士気は相当に高かった。少なくとも、彼や仲間の説得を柳に風と受け流す程度には、訓練と統制に裏打ちされた『信念』があったのだろう。
幸運だったのは、彼の持つ過度なカリスマと『神の詐術』とでも呼ぶべき演説技術の相乗効果で市民側の戦意を千千に打ち砕いたことである。その言葉がなければ、撤退は今少し遅れていたに違いあるまい。
……言葉で兵士を止まらぬならば、力づくで止めるしかない。威嚇術による足止めは、騎乗突撃で弾き飛ばされながら行うには不利が大きかった。仲間が軍馬を狙う有用性を説かなければ、騎乗兵を通してしまっていてもおかしくはなかった。
結果として。彼は倒れ込む軍馬に巻き込まれる形で深い傷を負い、騎乗兵もろとも行動不能となってしまったのだが。それでも一人を足止めし、軍馬が倒れたことで追手の接近を阻んだことは、不幸中の幸いと呼ぶべきだろう。
「大丈夫? 歩ける?」
焔の問いに、少女は顔で力強く頷き返す。彼女よりなお小さい子供を背負う母がいる。不自由な足を杖で支える父がいた。自らの足で断たねばならぬという義務感と、目の前の闘争の空気に挫けそうな心との均衡は、そのギリギリのところでイレギュラーズの活躍によって食い止められる格好となったのだ。
自らのために身を投じる人の姿。互いに支え合いながら進む市民。そしてそれを誘導する優しき声は、少女の心を支えるに十分な要素だった。
追手の接近は遅々として進まず、それに追いすがる形で仲間が足止めに向かっている。十分な距離を取るまであと少し。
最後の希望を形にするため、焔は市民達を背に前へ出た。軍馬もろとも、障害を排除しようとした魔導兵の術式をトンファーで受け止め、弾き飛ばしながら彼女は確信する。
もう争う必然性はない。イレギュラーズの役割は終わろうとしている。
彼女は即座に狼煙を上げる準備に入る。今まさに命を燃やす仲間のために。
「逃げ切りましたか……!」
パティは遠くからあがる狼煙を確認し、盾兵の足元へとビー玉をばらまいた。連なって襲いかかろうとした盾兵達は、意外な行動に対処できずに次々と転がり、倒れていく。
無様の一言であるが、効果は十分。踵を返して逃げ出すパティを追うには、その重厚な盾は逆効果となったのだ。
「これ以上の争いは、互いに無意味です。……皆さん、引きましょう!」
同じく、狼煙を確認したノースポールは、近くにいた仲間に呼びかけつつビー玉をばらまいていく。威降はビー玉にくわえて胡椒まで投げつけ、咳き込む盾兵達から逃げるように退いていく。
イレギュラーズがばらまいた多数のビー玉は鈍重な兵たちの足取りを止めるには十分すぎ、のこっていた騎乗兵も、軍馬でそれを踏破することはままならない。完全に、彼らのペースにのせられた格好となったのだ。
「……これでは言い訳のひとつも立たん。してやられたな」
馬上から落ち、大の字になって倒れ込んだ老兵は遠くに聞こえる騒ぎを耳にしつつため息をつく。
ここまで完膚なきまでにやられたのだ。これを手加減した、とはディラック卿も言いはすまい。互いの面子を守る形で、盛大に頬を張られたということだ。
……大司教殿の采配は、この上なく皮肉な形でディラック卿の横面を殴り倒す形になった。あるいは、彼の影響力も落ちることだろう。イレギュラーズの勝利である。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
なんというか、ハイ。ビー玉とか胡椒で逃げ出すとは思えず、流石に笑ってしまいました。
戦闘は撤退自体が市民の人数も多く、数の暴力で苦戦も免れず……だったものの、概ね上手く言ったと思います。
逆に、激戦だったからこそ兵士達の言い訳も立つしディラック卿による私兵の練度を教会側が盛大にひっぱたく結果となってよかったのではないでしょうか。
MVPは多数の盾兵相手に倒れかけても踏ん張ったあなたに。
あなたがいなければ、もう少し危険水域に達していてもおかしくありませんでした。
GMコメント
エブリバディセイ蜂起。言ってみたかっただけですが語呂がわるいのでした。
●達成条件
市民脱出までの間、ディラック卿私兵の足止めもしくは無力化、ないし敵戦力の沈黙。
●蜂起市民
ディラック卿の統治に、というよりは『幻想』そのものに強く不満を抱く人々。
放っておけば槍の錆になってしまうでしょう。脱出までそう時間はかかりませんが、うまく誘導する必要があります。
●ディラック卿私兵(騎乗槍兵)×5
私兵のうち、騎乗槍の扱いに長けた面々。場上での機動力は5~6。副行動で移動した際、至近攻撃は『ランスチャージ(近・物・飛)』となります。
一撃辺りの威力とクリティカルが高め。
●ディラック卿私兵(盾兵)×20
私兵のうち、大型の盾を持つ手合い。盾で攻撃を逸らす技能に長け、防御技能が高め。騎乗槍兵と連携して行動する。
シールドストライク(至近・物・ブレイク)使用。
●ディラック卿私兵(魔導)×2
私兵のうち、魔法を用いる者。回復はもとより行わず、遠・超遠の神秘攻撃による嫌がらせを中心に行う。
※なお、私兵はすべて何らかの形で市民とのつながりがある者が多いです。
●戦場
人通りの少ない街の中央大通り。ここから市民全員を逃すとなると結構な時間を要するかもしれない。
魔道士は市民を狙うことはしません、最も警戒すべきは騎乗槍兵ではないかと思われます。
●情報確度
Aです。
記載された情報を超えて敵が変則的な攻撃をすることはありません。
また、皆さんが足止めしている間に後方から、という懸念も言うほど激しくはならないでしょう。
取り敢えず人助けです。
ご参加、お待ちしております。
Tweet