＜狐の恋路お遍路＞祭り囃子に誘われて

オープニング

●夕立が降るのは狐のせい
　晩夏、徐々に暑さも和らいでくる頃。
　秋雨前線の影響もあってか、その世界は今日も雨だった。人間の女学生と天狗の女学生が、傘を差しながら通学している。
「最近雨ばかりだねー」
「ねー、降ったり止んだりを繰り返して、嫌になるったら」
　そうぼやきながら、二人は学校への道のりを行く。と、人間の方が何かを思い出したように人差し指を立てた。
「あ、雨と言えばさ。知ってる？　堅川の神使さんの話」
「なに？　まさかまた失恋したとか？」
　その言葉に、天狗の方が呆れ顔でため息をつく。堅川稲荷の恋多き神使さんは、つい数ヶ月前にも大失恋して雨を降らせたばかりだ。
　まさか懲りずに、また恋に破れたのかと思いきや。人間の女生徒がにっこり笑って人差し指を動かす。
「ビンゴ。こないだの稲荷神社での夏祭りあったでしょ。そこでわたあめの屋台を出してたお兄さんに一目惚れしたんだって」
「で、玉砕した、と……今度はなんでそうなったの？　まさかまた既婚者だったとか」
　もはや既定路線、と言いたげに肩を竦める天狗の女生徒。その言葉に人間の女生徒は首を振った。
「そうじゃなくて、もっと悲惨……ゲイだったんだって、そのテキ屋さん」
「うーわ……」
　明らかになる事実に、天狗の女生徒はげっそりと肩を落とした。それは、報われない恋過ぎる。
　実際、堅川稲荷の周辺は篠突く雨が降り続いていた。ざんざ降りの中で、『恋多き』堅川・竜胆は涙に暮れていた。
「うわぁぁぁぁん……なんでいつも私の恋はこうなのぉぉぉぉ……！！」

●事件に呼ばれるのはそういう定め
「最近はそんな風情もないけれど、夏の夕方ごろに振る雨は『夕立』って言ったんだって……ふあぁ」
　境界案内人、『雑踏の黒猫又』稲森・千河は毎度のように派手にあくびを零しながら、その場の特異運命座標を見渡した。
　彼女の案内する世界の季節は、夏から秋に移り変わる頃。暑さは和らぎ、秋雨が降っては晴れてを繰り返し、だんだんと秋らしい気候になってくる頃だ。
　それで雨が降るというならまだいいのだが、どうもそう言うことではないらしく。千河が困ったように耳の付け根を掻いた。
「うん、うちの地元、また最近雨がちでねー。聞いたら、堅川稲荷の神使さん、また失恋したんだってさ。だから、皆にはまた行ってもらって、慰めてもらいたいのよ」
　その言葉に、何人かの特異運命座標が納得したような表情を浮かべる。
　梅雨の時期に彼女が案内した、堅川稲荷の神使の失恋話。慰めなだめ、それで晴れ間を取り戻したわけだが、どうやら懲りずにまた恋愛して、破れたらしい。
「あふ……神使さんはまた、神社の境内で雨に濡れて大泣きしてる。最近は夏って気温でもなくなってきたし、そのままじゃ風邪を引いちゃうかもしれないし……ま、何とかして雨を止ませてほしいの。神使さんが泣き止めば、雨も止むから」
　千河もあきれた様子で、あくびを発しながら説明を続ける。稲荷神社の周辺で降り続く雨は、ある種堅川・竜胆のギフトのようなもの。彼女が泣き止めば、雨も止むのだ。
　豊穣を司る稲荷神にとって、自由自在に雨を降らせられる能力は重要だが、それを別のトリガーで発動させてしまってはどうしようもない。なんとかして泣き止んでもらわねばならないだろう。
「今回の恋はねー……んー……破れるべくして破れたというか。アタック仕掛けたお相手が同性愛者だったらしいのね。いくら神使さんが魅力的な女性だろうと、恋愛対象にはならなかったってわけ。その辺も踏まえて、慰めてもらえると嬉しいかな」
　その言葉に、何名かの特異運命座標がため息を零した。それは、前回の話以上に勝ちの目が薄い。
　そう言う相手なら、既にパートナーとなる相手はいるだろうし、そのパートナーに竜胆がなれる事は無いだろう。なんとかして、惚れた男性のことを忘れさせなくてはならない。
　そこまで話した彼女が、あくびを噛み殺しながらポータルを開く。開いた先の世界はいつも通り自然も文明もごっちゃ混ぜ、激しく雨が叩きつける音が聞こえてきて。
「じゃ、準備はいいかしらー？　それじゃ、よろしく頼むわねー……ふあ」

参加者 : 4 人

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参加者一覧（4人）

リプレイ

●二度目の慰め
「えぐっ、ひぐっ……」
　堅川神社の境内、雨が強く石畳を叩く中、へたり込んで泣きじゃくる『恋多き』堅川・竜胆を鳥居越しに見やりながら、ここに来るのが唯一二度目の『貧乏籤』回言 世界（p3p007315）は傘をさしながら深くため息をついた。
「やれやれ、またか」
　前回から半年も経たずのアタック、そして玉砕。よくよく懲りないものである。そんな哀れな女性に『狐です』長月・イナリ（p3p008096）も悩ましい顔をする。
「同じ稲荷神様に使える狐として、放置しておくのは嫌だからね……まぁ、私の稲荷神様は『自称』だけど」
　『騎士の忠節』アルヴァ＝ラドスラフ（p3p007360）も胸に手を当てて深呼吸をしながら、イナリの言葉に頷いた。
「災難だったね、って言うべきなのかな、惚れた相手が同性愛者だったって」
「あー……うん、その、なんだ……ご愁傷様だった、ってやつだね」
　彼の発言に頭を振るのはノア・ザ・ミドルフィンガー（p3p009034）。雨と涙で顔がぐしゃぐしゃな竜胆をちらと見て、ノアはかぶるキャップをそっと直す。
「どうしたものかな、こういう形での失恋だと、気持ちをまた戻すには一筋縄ではいかないだろうし」
「懲りずに……って言っても、惚れちゃったものは仕方ないよね」
　その言葉に頷いて、アルヴァが額を掻いた。
　ただの失恋とはわけが違うのだ。なんとか相手に振り向かせよう、という方向性は使えない。
「まあ、ともかく話をしてみよう。何かしら、解決の糸口が見つかるかもしれないし」
　そう話す世界が神社の鳥居をくぐる。他の三人も後に続き、竜胆の元へと歩み寄った。

●優しい言葉
「やあ、お嬢さん」
「ふえ」
　傘をさしかけ、まず竜胆に声をかけたのはノアだ。降りかかる雨が無くなったことに気づいた彼女が顔を上げ、声をかけてきた女性の存在に目を見張る。
　ノアの緑の瞳と、竜胆の水色の瞳が互いの存在を映す。
「遠目に見ても凄い泣き方をしてたからさ、ちょっと気になってさ。どうしたのこんな所で泣いちゃって」
　突然の優しい言葉に、ぽかんとする竜胆。そこに世界が遅れてやってきた。
「よう、堅川さん」
「え……あ、あー、覚えてる、夏の時分にビスケットくれた人！」
　ハッとした表情で彼を指さす竜胆だ。忘れられていなかったことに安堵しながら、世界は小さく口角を持ち上げる。
「覚えていたなら幸いだ……で、またなのか」
　その言葉に、しょぼんと耳を伏せる竜胆。尻尾もしゅんとしているが、雨に濡れて最初からしょぼくれていた。
「うぅっ、そうなのよう、あんなにいい人が男同士で好き合う人だなんて、なんでいっつもこうなの私の恋……」
　再びさめざめと泣き出しながら、男運の悪さを愚痴る竜胆だ。
　失恋はこれが初めてではないのだ。それこそ「また」と、町の噂に上るくらいには。余程男運の悪い星の元に生まれてしまったのだろう。そんな彼女の傍にアルヴァが屈みこんだ。
「辛いよね、分かるよ」
　同情するアルヴァの隣に立って、和傘をさしかけるイナリが竜胆へと声をかけた。
「ねえ竜胆さん、その男性の方って、そんなに素敵な殿方だったのですか？」
　厳密には違うが同じ神に仕えるもの、敬意を持って話しかけると、竜胆はぽつりぽつりと話し始めた。
「うん……気風が良くて、堂々としていて、笑顔がとても眩しくて……すごく、男らしい人だったわ」
「そう……素敵な男性だったんですね」
　イナリの好意的な言葉に、竜胆は素直に頷く。お相手と見定めたその相手は、本当に心の底から好青年だったのだろう。ノアもふっと息を吐きながら慰めの言葉をかける。
「恋だの愛だのはあまり縁が無かったから深くは言えないけどさ、最初からチャンスが無かったってのはそりゃ心に響くだろうね」
「落ち込んだ時、そこに誰かが居てくれるだけで救われることがある。気が済むまで、僕たちに話してくれればいいよ」
　深呼吸を挟みつつ、言葉を選びながら話すアルヴァも頷いた。
　四人の優しさを受け取った竜胆が再び泣きだした。涙を流すまま、言葉も吐き出していく。
「うぐっ、そうなのよう、前のも前ので私に望みなんてなかったけど、今回なんて望みがないのに加えて勝ち目もないじゃないのよう」
　泣いて、愚痴って、また泣いて。心の中に溜まった想いを吐き出す竜胆を、四人は頷き、相槌を打ちながら見守っていた。
　愚痴は解決を求めるものではない、共感を求めるものである。ただそこにいて、聞いてもらうだけでいいものなのだ。聞く方にも相応の忍耐は必要になるけれど。
　やがて気持ちが楽になってきたのか、雨も随分小降りになってきた。
「いくら私が御使いだからといって、えぐっ、出来ることと出来ないことはあるのよう」
「まあ、そうですよね。神使だからって、なんでも万能だってわけではないのですし」
　空に視線を投げながら、イナリが竜胆へと共感を示す。同じ稲荷神の眷属だからこそ、実感もあった。
　だが、ここだ。彼女の気持ちが落ち着いたことを見計らい、イナリがびしっと指を突き付ける。
「でも、泣いて立ち止まっているだけでは、何も見えません。もしかしたら神社を出た先の道に別の運命の男性が居るかもしれません、何気なく入った店の中に運命の男性が居るかもしれません。可能性なんて地雷原の様なもの、何気ない日常を進んでいたら現れる物なのです」
「うぐっ……それは、確かにそうだけど……」
　イナリのきっぱりと、しかし優しく突き付けた言葉に、竜胆が言葉に詰まる。
　彼女の言う通り、出逢いなんてどこに転がっているか分からないものだ。地雷原とは言い得て妙である。項垂れる竜胆の肩に、ノアがそっと手を置いた。
「とりあえず、今は泣くなら思いっきり泣こう。悲しいなら悲しいと誰かにぶちまけて。私が聞いておくからさ」
「うん、泣きたいときは泣いて泣いて、うんと泣いちゃおう」
「ふえぇ、ありがとう……うぇぇぇぇ」
　もう片方の肩にアルヴァが手を置くと、竜胆は再び声を上げて泣き始めた。
　しかし雨は強まる様子がない。これを乗り越えれば、解決の糸も掴めるだろう。

●想いを吐き出す
　竜胆が泣き止み、雨が小雨になったところで、世界が持参した鞄を開く。
「さて、散々泣いたところで気分転換といこう」
「ふえ」
　そう言って彼が取り出したのは、某家庭用ゲーム機だ。それと無線のマイクが一つ。ゲーム機の画面には、とある世界では一般的なカラオケ配信会社のロゴが映し出されている。
「これ……カラオケ？」
「カラオケボックスに行ければ面倒でもないが、移動するのは億劫だしな」
「あ、いいね。ここで済むならその方がいい」
　マイクを渡されてきょとんとする竜胆に、アルヴァが笑みを向けた。確かに、歌で失恋を乗り越えるというのは効果的な手だ。イナリも笑って頷く。
「そうですね、自分の想いを歌詞に乗せて吐き出して、そして次の可能性を見つける。そうすればまた先に進めますから」
　そう言いながらも、彼女の後ろには巨大な酒樽と、ワインの瓶が数本。全部、竜胆の気晴らしになればと持って来た一級品だ。
「……これらの力を借りるのも、いいと思いますけれど。奉納しましょうか？」
「うわでっかい……え、えーと、そうね。納めてもらってもいいかしら」
　持ち込まれた品に圧倒されながらも、頷く竜胆だ。この場で開けたら多分、後処理が大変だろうし、飲むのは追々に。
　ノアがゲーム機の画面を操作して、失恋ソング特集を表示させて竜胆に見せた。
「よーし、歌おう歌おう。どの曲歌う？」
「えーとえーと……あ、この曲なら歌える。じゃあ……」
　選曲したのは数年前に大ヒットを記録した邦楽の女性ソロ曲。流れ出すメロディーに、竜胆の耳と尻尾が揺れる。
「貴方はもういない～♪　Lalala～♪」
「ヒュー！」
「いいよいいよー！」
　サビをしっとり歌いあげれば、ノアやイナリが手を叩いて声を上げ。世界とアルヴァも彼女が歌うのを微笑ましく見ていた。
　そうして数曲歌えば、すっきりした顔で竜胆がマイクを降ろす。
「はーっ、歌った……」
「どう、すっきりした？」
「それは間違いないだろ。だって……ほら」
　アルヴァが優しく声をかけると、世界がくいと顎を上げる。
　そうして傘を閉じる彼に倣って空を見上げれば。
「あ……雨上がっていますね」
「本当だ、よかった」
　イナリもノアも笑みを見せる。空は晴れ上がり、雲間から太陽が覗いていた。
　これで一件落着、帰り支度をしながらノアが、神社付きの妖怪を指揮して酒樽を運ぶ竜胆に声をかける。
「ま、今回の話は『仕方ない』ってヤツだね。次にまた好きになれる人を探した方がだいぶマシだよ」
「今回はアレだ、何にしても相手が悪かったとしか言いようがない。もう、歩道を歩いてたら突然車に轢かれたようなものだと思って諦めろ」
　用は済んだとさっさと帰りたい世界も、優しくない口ぶりで竜胆に声をかける。次いで声をかけるアルヴァが、にっこり笑った。
「うん、夕立の後は晴れるって、相場が決まってるから。絶対に次はいい恋ができるよ。だって、竜胆さんは初対面のボクでも惚れ惚れする程、美人だもの」
「え……も、もう、そんなに褒めても加護しか出せないわよ！」
　と、彼の発言は竜胆にはインパクトが大きかったようで、赤面しながらぶんぶん腕を振っている。本当に加護でも授けそうな勢いだ。
　そのやりとりに苦笑をする世界が、口角を持ち上げて空を指した。
「ま、俺達がここまでやったんだ、どうせなら次はもっと素敵な雨を降らせて欲しいものだな。例えば晴れているのに雨が降るなんて面白おかしいのとか、俺は結構好きだぜ」
　彼の指先から、その先の空へ。今は晴れているこの空に、もしも雨が降ったら。
　それが意味するものは。
「……うん、そうね。ありがとう」
　その光景を夢見たのか、竜胆は穏やかな笑みを浮かべながら、そう告げるのだった。

成否

成功

状態異常

なし