シナリオ詳細
<傾月の京>ウグイス廊下の死闘
オープニング
●暗闇
「てめェ等なにもンだぁ!!」
豪剣は誰何と同時に繰り出された。
豪華な屏風を砕くように破壊しても速度は落ちず、後ろに潜んでいた闇色の何かを深々と切り裂く。
どさりと転がる音と、鮮血と糞の臭いが高天御所の片隅に漂った。
「隊長、拙いですよっ」
豪剣使いに比べると控えめな剣を持つ八百万が、外に聞こえないよう小声で必死に進言する。
「これ多分」
「馬鹿野郎気を抜くな」
豪剣が旋回する。
1本だけで庶民の生涯年収は必要そうな柱が斜めに切断され、その陰にいた黒衣の男に致命傷を与える。
その懐から、縄でぐるぐる巻きにされた子狐妖怪が必死の表情で顔を出す。
「あんな気配の奴はろくでなしだ。間違いなら俺の首で謝罪すらァいいのよ」
残心を忘れず、利き腕だけで大きな刀を保持してもう一方の手で短刀を取り出し鋭く振るう。
小動物妖怪の首から腹にかけて縄が両断される。
小さ妖怪は恐怖に耐えきれず、無傷のまま気絶した。
「ええそうでしょうね。最悪なことに今日は満月だ」
月見には最高。
そして、呪いをしかけるにも最高の機会だ。
「隊長、こっちにも妖怪が……おいこら助けるから暴れるな」
小柄な猫股が、部下の手によりこちらは普通に縄を外される。
「こいつぁ、生け贄を捧げる種類の呪いですかね。妖怪を生け贄にしたら何を起きるんだか」
「隊長の言うとおりにろくでもないことだろうよ」
「おい」
それまで最も騒がしかった豪剣使いが目を見開いたまま動きを止めた。
「来たぞ」
早く動き、滅茶苦茶に振る。
隊長の技術があって始めて何かを絶てる大雑把な刃が、闇の中から襲い来る何かに引っかかってその速度を落とす。
「見えなかった!?」
「こいつ等使い捨ての暗殺者じゃないぞ。まさか暗部かっ」
隊長には及ばなくても並の達人程度には使える部下達が、黒ずくめの連携に翻弄され追い詰められていく。
「廊下へ飛び込めェっ!!」
踏めばウグイスを思わせる音が鳴る、ある意味名所である。
高位の者しか通過を許可されず、高天御所外縁部の警備を任されるこの面々には一時的に侵入する許可も出ていない。
「ここなら足音は聞こえるッ」
ケキョケキョ小さく鳴る足音を捉え、速度を最優先にした斬撃を放つ。
黒衣の不審人物は相変わらず速い。
しかし腕一本で警備隊の長まで成り上がった彼女には及ばず、左の太股の骨を断たれて廊下から転がり落ちた。
「糞が」
戦士としては再起不能かもしれないが手当すれば命を助かるはずなのに、外に落ちた人影から命を気配が消えた。
情報漏洩を防ぐために自死したのだ。
「七扇直轄の暗部だとォ? 何が起きてやがる」
これほどの技術と武力と覚悟を兼ね添えた暗部となると、七扇直轄部隊『冥』しかあり得ない。
ひょっとしたら外の国にはあるのかもしれないが、わざわざ大海を渡って可能性はほぼ0だ。
鮮血が散りウグイスの廊下を穢す。
平時なら始末書では済まないが、今は何より生き延びることが最優先だ。
「野郎共気張れ。絶対にここで食い止めろォ!!」
絶望的な状況で豪放に振る舞うのは、思ったよりずっと大変だった。
●助けを求めて
「はやく逃げるにゃ!」
「助けてくれる人探すのっ」
猫股と子狐がいがみ合いながら駆けている。
「人間を助けるって馬鹿なのにゃ? それともあの大女に惚れたかにゃー?」
童話に出てくる悪い妖怪のごとく嫌らしく笑う。
「うん」
子狐は平然としたものだ。
「でもそんなことより、普通に逃げたら君も僕もあの人もみんな死んじゃうっ」
『冥』は強い。
妖怪捕獲時に消耗しているのに、不利な地形に誘き寄せられても凄腕剣士を圧倒する直前なのだ。
しかも足も速い。
調査能力は一度我が身で味わった。
猫と狐が必死に逃げても、間違いなく追い付かれて捕まえられる。
「にゃ。たしかにそうにゃ。でも……」
人間なんて信じられない。
飼い猫として可愛がられていた昔を思い出し、猫股の目が暗くなる。
イレギュラーズと遭遇する、1分前の出来事だった。
- <傾月の京>ウグイス廊下の死闘完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月03日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●闇中の光
猫股の毛が逆立った。
あの恐ろしい隠密達より強い気配が、その気配を一切隠さず光りながら向かって来たのだ。
「神使だよ、助けにきたよ」
柔らかな光を放つ『Remenber you』ハルア・フィーン(p3p007983)が、隠れている2匹の前で立ち止まる。
愛嬌があって頼り甲斐があり、だからこそ2匹は怯えて震えている。
捕まる際に『冥』に騙され、手酷く扱われたのだ。
「子狐と猫股ではないか。珍しい組み合わせだのう」
『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)が遠慮無く距離を詰め、小なりとはいえ妖怪である2匹は全力で逃げ出した。
「すまないね。話を聞かせてくれるかな」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が一歩前て行く手を遮る。
避け様のない、かすめただけで魂魄まで消し飛ばされる攻撃が来ると本能で感じ取ってしまい、2匹は全く同時に降参のポーズをとった。
「攻撃するつもりはないよ。君達は巫女姫とやらの一派ではなさそうだからね」
ゼフィラは戦いの音が聞こえる建物に、嫌悪を滲ませた視線を向ける。
魔種が内部にいる勢力が表だった実力行使を開始したのだ。
ローレットのイレギュラーズとしても、ゼフィラ個人としても放置は出来ない。
「あの」
イレギュラーズが『冥』の敵であることを理解して、2匹は2匹を逃がしてくれた人達を助けてくれるよう頼む。
なお、言い終えたときにはイレギュラーズの姿は小さな妖怪の視界から消えていた。
●真打ち登場
「退け賊共!」
『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)が力強く踏み込むと、廊下の床板がホケキョォッ!! と鳴いた。
「釈明は引き渡された先でするんだな」
廊下にいる黒ずくめは5。包囲されている八百万より数は少ないが八百万達はもうぼろぼろだ。
エイヴァンの挑発に引っかかった賊2人が鋭い刃を振り上げ、丁度そのタイミングでエイヴァンの口元に粉の入った袋が叩き付けられた。
ふん、と鼻を鳴らす。
この程度効きはしないが不愉快ではあるのだ。
「温い」
高速の踏み込みからの刺突を分厚い大盾で受け止める。
魔性じみた技の冴えにより衝撃が腕の骨まで届く。
しかしエイヴァンは眉を動かすことすらなく、盾を切っ先ごと押し込み黒ずくめの腕にダメージを与える。
「本気を出したらどうだ」
牙を剥き出しにする。
熟練の隠密にして暗殺者にとって攻撃の好機であるはずなのに、膨大な冷気を吐き出す盾に邪魔されるイメージしか持てない。
「それとも、それが全力か?」
不敵に笑うエイヴァンの勢いに押され、隠密達が無意識に一歩下がっていた。
「お待たせしました」
片目を白い薔薇で隠したハーモニアが柔らかく微笑んだ。
そこそこ重要な場所の警備を任されている八百万達は対ハニートラップの訓練も受けているのだが、訓練が全く役に立たないほど『冷たい薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は見目麗しい。
形の良い唇から紡がれる歌声は雪の様に冷たく儚い。
そして、気を抜けば魅入られてしまいそうなほど美しい。
ラクリマに誘惑の意図は皆無で、依頼遂行のため、魔種勢力に属さぬ者の救護を行っているだけだ。
内臓まで達した傷を瞬く間に修復し、術の効果が切れる前に皮膚まで癒やしてみせる。
「戦うなとは言いませんが無理はしないように。感謝している猫と狐が泣いちゃいますよ?」
死の間際から引き戻された八百万が呆然としている。
ラクリマは気にせず次の重傷者の手当にとりかかり、そんな彼の白い肌に炭が塗られた刃が迫った。
「――我ら神使、助太刀します」
僅かな光源で強調された闇を、『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)が呼び出した無数の氷刃が彩る。
凶器としても美しい刃は不浄を祓い切り刻む結界を形成し、殺意という邪心を抱く『冥』の者共を傷つけ惑わせる。回復役を狙う作戦など一瞬で破綻した。
もちろんその間もエイヴァンによる圧迫は続いている。
重い傷を負った警備という足手まといが大勢いるのに、『冥』達は足手まといを利用することが出来ずにいた。
「良い鍛え方です」
薄い氷の花が逞しい八百万を覆う。
溶け落ちたときには痛々しい裂傷は消えて、傷跡も薄らとしか残っていない。
「助かった」
警備の隊長は感嘆の息を漏らす。
優れた攻撃術の直後にこれほどの癒やしの術だ。
ローレットの中でも飛び抜けた精鋭であり、他の面々は護衛かと思ってしまった。
「奴等が隠れてるにゃ」
「おねーさん気を付けて!」
妖怪2匹はアカツキからの言いつけを守って廊下から離れている。
警備達の意識はそれなりに、隠密達の意識がほんの微かに2匹に向いた瞬間、闇の中に膨大な魔力が出現した。
弓を引く『聖獣ハンター』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)の構えは美しい。
指の先から頭頂や足の先まで意識が行き渡り、完全な調和を保って矢に巨大な力を注ぎ込む。
高品質とはいえただの矢が、ミヅハの技によって神話の一矢に似た性質を得る。
「まるで止まった的だせ」
つぶやく前に指を離し、指を離す前に命中は確定していた。
『冥』は避けない。
避ける動作は防御の邪魔にしかならないと瞬時に判断。ミヅハの近くの2人が自らの体を盾にして勢いを弱めようとする。
だが無意味だ。
射程が足りれば月すら貫く一撃が、肉と骨を2人貫きもう1人の得物に刺さる。
ケキョッ! と轟音じみた泣き声が、倒れた2人の位置から聞こえた。
「2人とも注意しろ」
にゃともこんとも言わず2匹が逃げる。
刀を射貫かれた黒装束が合図を送ると廊下の上の『冥』の一部が気配を薄れさせる。奇襲を仕掛けるつもりだ。
「ハッ、マジかよ、とんでもない腕前だな」
ミヅハは廊下に割り振る注意力を減らす。
目、耳、鼻が収集する膨大な情報を分析して、斜め後ろから突き出された刃を横に跳ぶことで避けた。
「大した技です」
ラクリマが立ち上がる。
彼を護衛しようとする警備隊長を制止し、広域治癒術へ集中していた力を攻撃用に切り替える。
「ですが」
何を企んでいるから予測は出来るが興味はない。
ただただ、無害な者まで巻き込もうとするのが不愉快だ。
「ここまでです」
複雑な術を使わない通常攻撃が、気配を消して廊下から飛び降り小妖怪を狙おうとした賊を文字通りに貫く。
「神使ってのは、文字通りかい」
大刀の八百万が、イレギュラーズ達の強さと多芸ぶり圧倒されていた。
●無音の戦場
イレギュラーズの攻勢により『冥』の敗北は確定した。
後はどれだけ傷を浅くするか、あるいは勝利の一部を盗み取るかという状況だ。
ウグイスの鳴き声のしない地面を狐と猫が必死に駆ける。
無傷の『冥』が2匹に並走し、気付かれないまま抱き上げて捕縛する寸前までいった。
鉄爪が黒装束を貫通する。
鍛えてはいてもただの腹筋では止められず、固く冷たい得物が筋を裂いて内臓まで届く。
「可愛い依頼人に何をする気です」
イスナーン(p3p008498)の声は聞こえても姿は見えない。鉄爪が引き抜かれて激痛に襲われているのに、本当にどこにも見えないのだ。
彼はカメレオンの獣種だ。
闇と装備にあわせて闇色に変化すると、熟練の隠密の目でも非常に見つけづらい。
黒装束の呼気が乱れている。
速度を威力に変換したイスナーンの一撃は良く効いていて、まともな防御は不可能だった。
イスナーンは逃げ回る2匹をそっと避け、じっくり狙ってから加速する。
それはただ痛いだけではない。
黒装束は思考を乱されるほど頭部を揺らされ、敵味方の判別も出来なくなった。
「間に合った」
闇に負けない光を放ちながら、ハルアは廊下の戦況を感じ取る。
無論目の前に対する警戒も怠らない。
『冥』が空ぶった先の微かな空気の揺れを読み取り、跳躍する。
20メートル以上を軽々跳んで、宙から蹴りを繰り出し半回転しての手刀で追撃してみせる。
手応えは浅く、しかしそれは狙い通りだ。
強引に躱したことで『冥』の隠密能力が一時的に落ちた。
「妾はアカツキ・アマギ。今豊穣で話題の神使というやつじゃな。そこの妖怪2匹に頼まれてそなた達を助けに来たぞ!」
アカツキは、ウグイス廊下まで聞こえる大音声で宣言する。
「こちらの手元に灯りがあるとは言え、夜闇の中で隠密を相手にするのは本来ならば難しい。じゃが、場所が一度分かれば話は別じゃ」
左右の腕に刻まれた紋様がアカツキの魔力を増幅して稲光に変える。
「この超聴覚で……そなた達の足音、聞こえておるぞ? 大まかな位置と数は丸分かりじゃ! 雷よ、最も数を巻き込むように敵を穿て!!」
大蛇を思わせる光が音速に近い速度で地上を這う。
荒れ狂う濁流じみた動きで暴れて、黒装束の反射速度を上回る加速で追い付いた。
「む。3人?」
予想より1人多い。
味方の位置は把握しているのでまず間違いなく敵だ。
敵の戦力を上方修正して、アカツキは緊張を解かずに次の術の準備を始めた。
「キミたちが主力か」
ゼフィラが無造作にランタンをばらまく。
修理不能なほど壊れはしないが光が不規則に伸び、廊下から離脱してきた1人と外側を警戒していた2人の一部に光が当たる。
廊下のそれより気配が濃い。
いざというときは廊下の5人を残して撤退する役割の、最も武力を持った3人だった
「さて、キミたちの相手は私が務めようか」
悠然とするゼフィラに敵意と観察の視線が集中する。
黒装束は彼女の行動を誘導し防御を貫くため、煙玉と刺突を手分けして繰り出そうとした。
「キミたちから来てくれるのは有り難いね」
ゼフィラは『冥』の熟練隠密の上回る水準で速い。
状態異常を強いる煙玉を懐から出すよりも早く、抜き身の刃物を腰だめに駆け出すよりも早く、最も近くにいる1人を足止めすることで後ろの2人の邪魔をする。
「まずは1人」
機械式義手が拳をつくる。
全身の部位を使って光速を思わせる速度を出し、足止めした1人の腹へと突き立てる。
黒装束は奇跡的に防御に成功したが、無意味だ。
ゼフィラの技で以て防御をこじ開けられ、ゼフィラの速度で以て巨大な破壊をもたらされる。
既に深い傷を負っていた『冥』が、自死も許されずに鮮血を吐いて地面に倒れた。
「頭」
腹に傷を負った黒装束が発した声は若く、しかし感情は枯れきっている。
危険な戦闘用薬物を飲んだかのように力を回復させ、手持ちの煙玉に自爆目的で火をつける。
「手加減は出来ないか」
明かりにあわせて迷彩をやり直し、捕縛することで情報を吸い取ることを目指していたイスナーンが諦めた。
イレギュラーズとして身につけた技ではなく、前職で身につけ磨いた技を死角から繰り出す。
隠密の体調が万全なら気付かれ躱される展開もあったかもしれないが、精鋭とはいえ死にかけの状態では感覚も体も動かない。
鉄の刃が致命的な部位を断つ。
任務とはいえ罪のないものを多く殺した割には、苦しみのない最期であった。
●ウグイスの悲鳴
黒装束は減り、警備の八百万は幾人も戦列に加わった。
だがまだ勝敗は決まっていない。
イレギュラーズや八百万が1人でも連れ去られたなら、事実無根の罪を着せられ破滅させられる可能性がある。
「足止めに専念しろ。1人でも連れ去られたら破滅だと思え」
床は血で塗れて悲鳴は断末魔と化す。
八百万の隊は隊長が率先してエイヴァンの指示に従い、釣られるようにして部下達も廊下封鎖作戦に参加した。
「勝手が違うな」
ダメージを帳消しにするほどではないがエイヴァンの回復速度は素晴らしい。
また、防御技術抜きでも頑丈な体格を維持しているので己自身は命の危機とは縁遠い。
「廊下にこだわるな。イレ……神使を利用しろ」
エイヴァンは負傷した八百万を背に庇い、盾役と敵拘束役を確実にこなしていた。
「警備隊の皆さんを危険にさらすのは不本意ですが」
地面すれすれから近付く刃を刀状の氷剣で受け流す。
黒装束はそのまま速度を緩めず冬佳の横を通り過ぎようとしたが、流れるような剣筋で妨害されて足止めさせられる。
警備の長が苦痛を我慢する。
冬佳のように敵を抑え込むことで負傷者を守ろうとして、自分自身を守れず狙われる対象になった。
「巻き込まれたくないやつは伏せろ!」
ミヅハが矢を番える。
初撃の破壊力は未だに印象が鮮やかで、黒装束は露骨に警戒し、大刀の八百万の顔も結構綺麗な顔を引き攣らせる。
「弓の技は一種類じゃないぜ?」
神秘の技の代わりに混沌に来る前に身につけた技を使う。
競技として洗練されたアーチェリーは戦場でも通用する。
より正確に表現するなら、ミヅハが使いこなして通用させている。
矢は回避の起点である爪先に突き刺さる。
下っ端でも『冥』である黒装束は命を捨てる覚悟で矢ごと爪先を破壊し回避を継続。そのタイミングで第2の矢に胸を貫かれ、大量の血を吐いた。
「アンタは……」
最期まで自身の命を惜しもうとしなかったことが、とても悲しく感じられた。
逃げる背中を冬佳が追う。
『冥』に立ち塞がることになった元負傷者の八百万は弱く、防御と足止めだけで精一杯だ。
追い付かれると判断した賊が振り返る。
冬佳は真正面から斬り合うつもりはない。
射程を活かして先手をとる。清冽なる穢れ無き水を刃の如く固め刀の届かない距離から撃ち出し命中させる。
捕獲のための術でもあり、もう黒装束は羽で撫でられても倒れてしまうほど弱っている。なのに、殺意に変化はない。
「降伏する気はないようですね」
黒装束は離れた距離にいる冬佳を警戒し、エイヴァンによって厳重に守られた負傷者を確認し、本人達は隠れているつもりの2匹を遠目で見る。
そして、奥歯を砕いて中の劇薬を破片ごと飲み込んだ。
火花が散る。
命と引き替えにした加速と刺突も冬佳の氷剣により防がれる。
冬佳はもう一度不殺の技を使おうとして、迷いがないというより迷いを捨ててしまった隠密をどう扱うべきか迷った。
「もらうぞ」
黒装束の胸から巨斧の刃が生える。
エイヴァンの一撃が、既に死を選んでいた隠密を最低限の苦痛であの世へ送る。
「いえ……ありがとうございます。迷ってしまいました」
「若いんだ。まだ割切ってしまう必要はないさ」
エイヴァンはそっと遺体を寝かせ、頭巾の下の目を閉じさる。
最後の1人は、捕縛しようとする警備隊を嘲笑うかのように自害を成功させていた。
●『冥』
濃い血臭が感覚を狂わせる。
常人なら死んでもおかしくない量の血を流しているのに、その黒装束は刃と共に風の如く駈けた。
「さすがじゃのっ」
躱したつもりなのに、アカツキの胸部防具が薄く斬られている。
わずかでも前傾していたり、または膨らみが豊かであれば流血と激痛で大きな隙を晒してしまったかもしれない。
「じゃがっ」
両腕の刻印が本領を発揮する。
種別としては炎、実質としてはビームである破壊光がアカツキの両腕を彩る。
「これは躱せぬであろ!!」
手足が届く距離でも朧気にしか認識出来ない隠密へ、恐るべき精度と速度の破壊光を向ける。
炎の制御に集中するアカツキの額に汗が浮かび、『冥』の一員は体を壊しながら速度と回避を維持する。
「っ」
布が焼ける音と臭いがして、光が黒装束の脇を抉って貫通した。
ハルアは逃走を警戒して瞬きもしない。
彼等は自分自身を手にかけることもいとわない。
だから脅威で、だから負けられない
ときに手を血で汚しても自分自身を大切にしなければ他を幸せに出来ないことを、ハルアは既に知っている。
血の臭いがさらに濃くなる。
ハルアによる傷口を押さえる余裕もない『冥』が、血を失いすぎて呼吸を乱す。
アカツキとは別種の光が黒装束に届く。
ゼフィラの拳を『冥』は悪運と偶然に助けられて転がるようにして回避。
だがその回避方法では次の攻撃を躱すことなど不可能だ。
ハルアは血臭に混じる煙を『気』で以てレジストする。
それと一連の動きとして滑り込むように接近。黒装束の巧みな防御が存在しないかのように拳を突き込んだ。
「あなたがいたことは、忘れない」
無感動な瞳が微かに揺れる。
それが心の動きか生理的反応が分からないまま生気が抜けていく。
「そこを押さえてくれ」
ゼフィラがハルアの協力を得て『冥』を拘束しようとする。
死ぬだけなら毒を飲まなくても血管を断たなくても、息を止めてるだけで可能なのだ。
素早く拘束しても時間がかかり、治療にとりかかったときには息も心臓も完全に止まっていた。
「終わったのか?」
八百万達は疲労困憊だ。
最もマシな隊長も、武器を支えに立っている状態だ。
「うん、ありがとう」
ハルアの明るい声が陰鬱な気配を吹き飛ばす。
「この人達の狙いを阻止できたのはあなた達が頑張ってくれたお陰」
真正面から感謝を伝える。
陰惨な戦いを経ても濁らないハルアは、八百万達にとっての救いにもなっていた。
「きみ達もありがとうね」
しゃがんで視線をあわせて子狐と猫股に言う。
素直な狐はもちろん世を拗ねたところのある猫も素直に頷いてしまうほど、ハルアは暖かかった。
「しかし妾、話の通じる妖怪って此方に来て始めて見たかもしれぬ」
アカツキが真上から覗き込む。
「なんだにゃ。お礼はもう言ったにゃ」
言葉は刺々しいが楽しげに尻尾をくねらせている。
子狐がツンデレとつぶやいて猫股にぎろりと睨まれた。
「今回だけでなく言葉は通じるはずなんじゃがなぁ」
低音の小さな炎を猫股の眼前で踊らせる。
猫じゃらしを目にした猫のように、猫股はうっきうきで手を伸ばす。
「うーん、なんでだろ?」
それなりに苦労はしていても人間や魔種の悪意に本当の意味で触れたことのない子狐は、何故仲良く出来ないのか理解出来ない。
「やめるにゃー!?」
声に喜色が混じっている。
「もふっていいですか? いいんですね?」
駄目人間っぽい言動でもラクリマほどの美形がすると熱烈な口説きになる。
美的感覚が人間に近いこの猫股には特によく効いて、ラクリマに捕獲され好きなようにされた。
「あはは、でも良かった」
最も暗い目をしていた猫股が喜んでいるのを見て、ハルアは口元をほころばせていた。
亡骸は警備の八百万達に葬られ、名前のない墓碑が立てられた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お見事です。
GMコメント
背景では陰謀や人間模様が展開されてはいますが、殴って勝てば大丈夫な戦闘依頼です。
●ロケーション
高天御所外縁部にある廊下とその周辺です。
廊下に触れると、触れる強さによってケキョ……とかホーホケキョォオ!!! とか音が発生します。
●エネミー
『黒衣の隠密』×8
七扇直轄部隊『冥』に属する者達です。生存者が8名。
暗視能力を持ち、気配や音を非常に小さくする技を持ち、達人相手に正面から戦える戦闘力まで兼ね備えた強敵です。
必死に逃げ回る妖怪達を捕まえる際に魔力等を消費したため、使える技が減っています。
・斬撃 :【物至単】【必殺】
・牽制 :【物近単】【ブレイク】
・誘導 :【神中単】【無】【怒り】【足止】 命中低め
●友軍
『大刀の八百万』×1
ウグイス廊下とその周辺を警備する隊の隊長です。
攻撃は得意ですが防御は平凡です。
部下を守ることに専念しています。
『各種刀の八百万』×5
1対1だと『黒衣の隠密』に少し劣る程度の腕前です。
2人が意識不明。他の3人も浅くない傷を負い、体調と共に意識不明の2人を守って交戦中です。
攻撃手段は剣のみです。
●他
『ウグイス廊下』
幅4メートル、長さは20メートルを超えます。
警備の警備の八百万達が、中央で交戦中。
『黒衣の隠密』のうち2名が、『ウグイス廊下』から少し離れた場所で新手を警戒しています。
『灯り』
警備の八百万が使っていた灯りは、『黒衣の隠密』により全て破壊されました。
『子狐&猫股』
消耗しているので普段より小さくなっています。
現時点で攻撃能力はありませんが、口は達者で回避とEXFは高めです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger! 捕虜判定について
このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。
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