シナリオ詳細
<傾月の京>狂い燃えるような
オープニング
●豊穣郷カムイグラ
海洋王国から海を越えた東の新天地カムイグラ。
複雑に思惑が絡み合うこの地にて、魔種とそれに共謀する者が大がかりな呪詛『大呪』を企てているという。
既に数多の呪詛が蔓延し被害を受けていたこの地に『大呪』が齎されれば、その影響は甚大なものとなるだろう。
『大呪』を阻止すべく、イレギュラーズ達は魔種である『巫女姫』が御座す宮中、高天御所を目指す事となる――。
●煙の魔種を殺(アイ)す
『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)がイレギュラーズ達に依頼を持ち込む方法は、実はかなり危ない橋を渡っている。
彼のギフト『アイの証』。対象を「心からアイする」誓いを立てる事で、対象への追尾能力を得る力を利用しているからだ。
彼の言う『アイ』は実に多くを内包するのだが――。
「ふふ、うふふふ。あははははは! アハハハハハハ!!」
夕陽を背にイレギュラーズ達の前に現れた彼は、明らかに尋常ではなかった。狂ったように一人で笑い続けた彼がようやく少しだけ落ち着きを取り戻したのは、高天京の東の果てに満月が昇り始めた頃だ。
「うふふふ、すみません、嗚呼、これは、このアイは。ふふ、く、ふふふふ! 『呪<アイ>』だなんて、なんて、羨ましい! アッハハハ!
なんて、禍々しくて、愛おしい……」
恍惚とした表情で未だ想いを馳せながら、彼は笑いを堪えて説明に努めた。
「実は、あまり時間が無いのですよ。『大呪』が執り行われるのは満月の夜……つまり、今夜のようで。我(わたし)達はこれから『大呪』が行われる御所を目指す訳ですが、それを阻むものがあるのです」
彼が見たのは煙を纏っていた魔種。
男の形(なり)をしていたが、あれは男装だろう、と。
彼女の煙は限りなく薄まる事で不可視の空気となって広く空間を満たし、その場にいるだけで相手を内から呪縛する恐ろしい能力だ。
もちろん、魔種の能力はそれだけではないだろう。彼女自身も近くに手勢を控えさせていたという。
「そのような彼女達に、巫女姫は何を命じていると思います? 『神使の捕縛』、ですよ」
神使(しんし)とは、カムイグラの言葉でイレギュラーズを指す。力尽くでもイレギュラーズを捕まえさせ、何かに利用するつもりのようだ。
「巫女姫が求める楽園に、一人でも多く必要なのだとか。ああ、でも。あちらが捕縛を優先するあまり手加減する、という事はないと思いますよ。どうぞお気を付けくださいね」
ではそろそろ参りましょうか、とイレギュラーズ達を誘い微笑むチャンドラ。
「我(わたし)、狂おしい程の強烈なアイは大切に扱いたいのですよ。
殺(アイ)して、差し上げないと」
向かうは高天京、その中核。高天御所の宮中にて敵を待つ煙の魔種。
『大呪』の成就を、阻止せよ。
●燻る想いを煙らせ満たし
更級 智泉(さらしな ともみ)。
烏帽子を被り、太刀を佩いた男性貴族の姿をしているが、靄のように煙を纏い続ける彼女は女性の魔種だ。元は煙の精霊種であった。
『反転』がいつだったか、もはや覚えてはいない。
その契機自体は覚えているが、今となっては知る者もなし。
しかし、巫女姫の思いに心酔するようになってからは、まるで生まれ変わった心地だった。ゆらゆらと寄る辺なき身であった己が、彼女こそが煙の立つべき焔だとさえ思えた。
だが、それは、無いのだ。有り得ないのだ。巫女姫が、その心に留め続ける一人は既にいる。
それが憎い。羨ましい。慕わしい。恋しい。愛しい。哀しい。妬ましい。腹立たしい。憎い。恋しい。愛しい。恋しい。愛しい。
湧き上がる焔の如き想いを、煙に燻らせてまた放つ。
神使を待ち受けるは御所の中庭。己の煙は屋外であろうと留まり濁り続ける。
控えさせた肉腫達も合わせれば、手勢は十分だろう。
「……巫女姫様」
昇る月が沖天へ向かう。同じ月を君も見ているだろうか。
もし、見ているのなら――
――なんて、憎らしい。
- <傾月の京>狂い燃えるような完了
- GM名旭吉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年10月07日 22時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●胸焦がし狂わすは月光
呪いが満ちる満月の夜。
出立を前に、銀城 黒羽(p3p000505)は一人空を見ていた。
救われない女のことを考えていたのだ。
(強すぎる想いは人を狂わせ、あっち側へと連れて行ってしまう。だが……)
ふと、胸中を過ぎるものに頭を振る。やはりこれは、自分には過ぎるものだ。
(いや、いいさ。ここで止めてやる)
それ以上、考えるのは止めた。想うことを、止めた。
感情を閉じて、干渉/感傷を拒絶して。
道中、『特異運命座標』柊 沙夜(p3p009052)がぽつりと漏らす。
「恋ってうち、ようわからんの。それって楽しい? 悲しい? 嬉しい?」
まだ神使として召喚を受けて一月も経っていない沙夜には、わからないことが多い。そうでなくとも、色恋の類いは摩訶不思議だ。
「恋は人を焼き、愛は人を堕落せしめる。……ボクも理解できないんですよね、愛が人の身を焦がすことも。それほど堕ちるまで愛す理由も、意味も。
其れをたった一人のために捧げる理由も、わからない。ボクという鉄騎種には理解できない」
それが沙夜の疑問への答えになっているかどうか。『黒鉄波濤』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)自身も、よくわからないのだ。
「わからなくていいこともあるのです。愛とは勝ち取るもの。愛とは与え与えられるもの。そして、愛とは堕ちて沈むものである。それが幸せか、破滅かは……当人にしかわからないのですから」
「恋は盲目ともいうゆえに。思いの一途さという物は良くも悪くも厄介だがな」
逆に何かを知っているような『夜に沈む』エリザベート・ヴラド・ウングレアーヌ(p3p000711)に、『餌付け師』恋屍・愛無(p3p007296)が溜息をひとつ。
「ええなあ、そういうんがわかるの。うちもそのうちわかるようになるかもねえ」
ころころと笑う沙夜は、驚くほど穏やかだ。今夜は巫女姫達の大呪が行われて、自分達はその阻止へ向かっているというのに。
『一途と言えば可愛げもあるけど、実際は心が弱いんだろうよ。魔種って奴はみんなそうだ。弱いから強いモノに惹かれる、付け入られる』
「男の姿をしているというのは、そんな女々しい心を誤魔化すためかもしれないな?」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の『虚』と『稔』は、これから出会う男装の魔種をそのように思い定めて。皆の思いを聞きながら、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は興味深そうに笑みを浮かべていた。これほど様々に思いを抱かせる相手は、さて。どのように歪んでしまった者なのか。
「愛だとか恋だとか、もしくはその他か、相手が何を思ってるかは知らねぇが。こっちには用事があるんスよ。力尽くで突破するだけっス」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)はただ、前を見る。彼は沙夜達と同じく、どちらかと言えば恋愛について理解が浅い部類だろう。ただ、今はそうした事象よりも。何を優先すべきかは明らかだ。
「全員、気合入れてけ! 『8人揃って』この場を切り抜けるぞ!」
高天御所の石段を駆け上がる。目指すは月夜の中庭、煙の魔種が待つその場所へ――。
●諦念の煙、無限の刃
石橋が渡された広い池は、静かな夜に水音を響かせていた。月がもっと高く昇れば水面にその姿を映して、さぞ風流な景色になったことだろう。
今夜に限っては、そうなった時には手遅れであるが。
「明るい時なら、池の魚も見えたことでしょうね。満月の下の戦いというのも、絵になって良いですが」
くふふと笑みを零す四音。彼女は自分のカンテラに照らされた庭の景観を称えながら、視界に一人を捉えていた。
「一度だけ尋ねよう、神使。お前達が急ぐのは巫女姫様の元だろう。私と戦う時間も惜しいのでは?」
烏帽子に太刀を佩いた男の装いで、女の声が問うた。
「私としても、お前達に割く時間は惜しい。戦わずして、求めるものが得られるなら。それが一番速いのでは?」
「何だ? まさか見逃すなんて言わねぇよな?」
葵が訝しんで尋ねると、女は僅かに開いた扇子で口元を覆う。
「命は取らない。ただ、武器を棄てよ。我が煙を肺に満たせ。その引き換えであれば、巫女姫様の元へ案内する事もやぶさかではない」
互いにとって、それが一番損害が少なく、且つ目的を果たせる。
一見魅力的にも聞こえる提案だが――。
「それで役者のつもりなら、下の下どころか落第だな! その姿、言葉、そして恋心にも! 何一つお前の意思が感じられない」
一笑に付したのはStarsの『稔』だった。
『命は取らないが、無事で済ますとは言ってない……結局はそうだ。本当のところはさぁ、長いものに巻かれた方が気楽だってだけじゃねーの?』
『虚』としても、真剣に問い返す。
この女の言葉は、交渉の体をした見え透いた罠だ。結局は、彼女の主にのみ都合の良い方向へ運びたいだけの。それが、彼女にとっても『安泰』であるから。『恋』などという人間味のあるものではない。堕ちた魔種とは得てしてそういうモノであるから。
『違うっていうなら、ド派手に証明してみせろ!』
「私は元より煙。燃え盛る焔になれはしない。焔のない場所には立てない……それを長いものに巻かれる、と言うのなら。私は否定しない」
『虚』の挑発も淡々と肯定すると、女は音をたてて一息に扇子を開いた。
「尋ねるのは一度だけだ。そちらにその気が無いのなら、この更級智泉。力尽くでもその身、巫女姫様の元へ」
それが合図だったのか、静かだった中庭が俄かに騒がしくなる。人型の肉体から歪に刀剣を生じさせた魔物――肉腫の集団が現れたのだ。
「来るぞ! 構えろ!」
葵が警戒を呼び掛け、いよいよ戦闘態勢に入る。開けた場所よりは障害物のある場所へ、そして智泉と名乗った女魔種から肉腫を遠ざけるため、イレギュラーズ達は庭の木立へと移動する。
「巫女姫への愛。憎愛もまた愛だけど、それを焦がし続けたらきっと何れ、何もかも燃えて散ってしまうのですよ。それとも、もう既に燃え散った残り香が貴方なのでしょうか?」
一瞬振り返ったエリザベート。その問いに、智泉は開いた扇子を舞うように翳した。
「私は焔でも、焔にくべられる薪でもない。初めから何を残すこともない煙だ。でも……お前を巫女姫様に献上することはできる」
ふわり、と。見えない何かがエリザベートの髪を撫でた。彼女だけではない。全てのイレギュラーズ達を、等しく。
それから間髪入れず、4体の肉腫達が手から生じた刃を振り翳しエリザベートを狙ってきた。
「そこ! まとめていくっスよ!」
それを許さなかったのは葵のパーフェクトバウンス。強力な蹴りから放たれたシュートは、一筋の赤い流星となって仲間達の間を縫いながら的確に敵のみを打ち抜いていく。
エリザベートに敵を近付けまいと、沙夜もそれに続こう、として――違和感を覚えた。
「なん、やろ……? 体、急にだるぅなって……」
「さっきの変な風ですかね。大丈夫、ご安心を」
魔力を放出しようとした沙夜の腕がうまく上がらない。それを見た四音が安堵させるように声を発すると、沙夜も見る間に体が軽くなっていく。
「……お前は、私が直接落とそう」
「そう仰らずに。ひとつボクに教えてくださいませんか」
沙夜の腕が上がらなかった原因――不可視の呪縛の煙を打ち消してしまう四音に次の狙いを定めた智泉の前に、文字通り壁の如くヴィクトールが聳え立つ。
その身に聖なる躰を宿しながら、続けて問うた。
「……聞いてみたいのですが。それほど苦しいのに、何故愛するのでしょうか?」
「苦しい、とは」
「そうでしょう。焔にはなれないとか、何も残さない煙だとか。諦めたようでいて、苦しそうに見えました」
それを同情と取ったか、疑問と取ったか。智泉が答えを返さないでいると、彼女が狙っていた四音から共感と取れる声があった。共感と同時に、助言のような言葉を共に。
「どうせ叶わないと諦めていては何の進展もありませんよ。叶わずとも踏み出す一歩がなければ。まあ、分かってても足が出ませんよね。分かります」
「知った口を。あの方の心変わりなど、お前が私を倒すより有り得ない」
「おやおや。くふふふ。でしたらそれは、結構脈ありということになりますよね? 私、ここで倒れるつもりは全くありませんので」
四音が挑発して笑む。自分は必ず勝つのだから、それより有り得ない程度なら十分有り得る確率ではないか、と。
まるでその挑発に乗ったかのように、別の2体の肉腫が異なる方向から襲い来る。真の狙いはやはりエリザベートだ。
「エリザベートさん、できるだけ木陰へ」
「あの刃をそのまま受けるのは御免ですからね」
応戦するイレギュラーズ達全員をなるべくスキルで捕捉できる位置取りを意識していたエリザベートだが、自身の身に危機が迫れば回避を選ぶ。近くの木の裏へ四音と共に駆け込むが、足音は迷わず追い掛けてくる。
「おおおおおっ!!」
二人には、樹のシルエット越しに発光する男が見えた。気合の声と共に闘気の鎖を八方へ発するのは黒羽だ。エリザベートを狙う肉腫達を、彼が押し留めようというのだ。
「肉腫は俺が引き付ける。できるだけ長くもたせてみせよう。俺から後ろへは一歩も通さん」
「これはやりやすくて助かる。では手負いのから確実に仕留めていこうか」
ふわりと浮かんだ愛無の『形』が一部変形して触手を生じさせると、縫うように木立を潜り抜け葵のパーフェクトバウンスを食らっていた1体に突き刺した。刺された1体はその場に崩れたが、未だ他の個体があちらこちらから攻めてくる。
しかし、それらは全て黒羽の元へと引き寄せられていく。引き寄せられたある個体は闘気の鎖に縛られ藻掻くことしか叶わず、ある個体は躊躇なくその刃を黒羽へ刻み付ける。それでも、彼は一歩たりとも動かない。反撃に出ることもしない。
『気力の回復なら、いつでも準備はできてるぜ』
「なら、そちらの回復はお任せしますね。体力の方は私が」
虚が気力を、エリザベートが体力を。更に四音が不調を癒す。
三人の癒し手への攻撃は黒羽によって阻まれ、阻まれた肉腫は回復した沙夜と葵、そして愛無が確実に落としていく。怒涛の勢いで刃が攻め込もうと、この布陣は容易に破れそうにはない。
それを破ろうとする智泉の前進は、ヴィクトールが阻んでいる。
「教えて頂きたいのは本心ですよ。だから他所へ目を向けずに、じっくり、マンツーマンで教えてください、ね!」
ふと、記憶にない痛みが蘇る。これは何の傷だろうか。
女にでも刺された傷なのだろうか。誰がいつ、何の理由で。
――記憶にない今となっては、関係のないことではあるが。
●その愛は如何に
「そこ、木陰におるよ!」
手負いの肉腫が木陰から機会を伺っていたのを、沙夜が気付いて対応する。
「壱式……『破邪』!」
放たれた浄化の術は肉腫へ命中すると、その場へ転げさせた。これは命を奪わない術だ。
叶うなら、感染しただけの彼らが元の存在へ戻れるように。
「今度は攻撃に出ましょうか。神気閃光!」
不調の回復の必要が無いとみると、四音が攻撃に出る。これも命は奪わないが、聖なる光で体力を多く奪う術だ。
二人は可能な範囲で肉腫を生かしたまま、その刃を収めさせようとしていた。
背後で他のイレギュラーズ達が奮戦する間、ヴィクトールの戦いも続いていた。
「お前に愛を教える義理は無い。私は苦しんでもいない」
智泉が居合の如く瞬時に太刀を抜いて収めると、ヴィクトールの体に浅くはない傷が刻まれた。その傷は既に幾筋にも及んでおり、一方で聖躰の棘が智泉にも傷を作っている。
耐久に優れるヴィクトールはそれだけの太刀を浴びても微動だにしないが、それは体力に優れる智泉も同じ。むしろ、既に気力が心許ない分――この戦いで劣勢なのはヴィクトールだ。
「……心変わりが有り得ないと、断言できるほど。その愛が報われない事が……わかっているのに。それは苦しいだけなのに、何故……愛するのですか。憎むくらいなら、愛さなければよろしいでしょうに……」
あるいは。愛さなければ、生きていけないのでしょうか。
堕落させる愛とは何で、人を焼く恋とは何なのでしょうか。
問いを続けるヴィクトールに、智泉はしばらく沈黙する。その間にも肉腫達が葵のボールに打たれ、四音達の浄化の術を浴びる様を耳にすれば、静かに答えた。
「彼の者を恋い慕う巫女姫様のお姿をこそ、私は焦がれたのだ。何をするにも彼の者のことしかお考えでない。あの者の為にこのような大呪まで……」
――妬ましい。恨めしい。憎らしい。
そこまで求められることが。
――羨ましい。労しい。愛おしい。
そこまで執着できることが。
「あの方からの想いは得られない。でも、あの方への想いを捨てることはできない。それが寄る辺なき煙(わたし)の焔であることは揺らがないのだから!」
「やはり厄介なものだな。魔種の恋情ともなると」
突如、巨大な蟹の鋏がヴィクトールの背に持ち上がる。肉腫との戦いに見切りをつけた愛無が加勢に来たのだ。
「恋屍様! そちらは」
「間もなく片付く、よく頑張ってくれた。ここから反撃といこう」
突き刺すように地上へ落とされる巨蟹掌。智泉が咄嗟に鞘ごと抜いた太刀で防ごうとも、鋏が圧倒的物量で圧し潰し握り潰す。
「寄る辺なき煙の焔、か。確かにお前らしいと認めるよ」
ひらり散りゆく白き花弁。稔が掌に息を吹きかければ、甘く蕩ける香りが花弁と共に飛んで行く。
「強い者どころか、強い者への自分の『思い』に依存する――自己完結する煙だとはね」
相手が気力を奪う太刀を扱うなら、こちらは気力を奪う花弁を操るまで。パーフェクトフォームによって完全な集中力を得た稔の花弁は、過たず智泉へ届き纏わりついた。
「大丈夫ですか! この状態でも立っているのは流石ですね」
ヴィクトールに合流したエリザベートがスーパーアンコールを施す。これで体勢はほぼ整った。
「……肉腫達はどうした。殺したのか」
「あんまり余裕なかったっスからね。殺すのも已む無し、ってつもりだったんスけど」
少し遅れて追いついた葵の脇には、月光に反射する銀のグローリーミーティアSY。彼と共に沙夜と四音が現れれば、その口角がニヤリと上がる。
「オレ一人ならな。元に戻せるなら、戻してあげた方が気分いいっス」
「ここでのことは、わぁるい夢。起きた時には元どおり、いうのん。ええやろ?」
数で追い詰められた智泉。無論、数だけで肉腫達を打ち払ったのではないことは、彼らの分断作戦を見ていれば智泉にもわかることだった。
「口だけではなかった、か。なるほど認めよう。でも」
智泉の身体を濃い靄が囲い、拡がっていく。吸っても咽るようなことはないが、異様に空気が『重い』。
「このままでは退けない、退くわけにはいかない……巫女姫様から預かったこの場所を、何の戦果も無く明け渡すなど!」
彼女の執念を表すかのように、拡がった靄はイレギュラーズ達に纏わりつきその自由を奪う。
「あら、皆さん動けませんか。今治しま――」
「お前だけは逃さない!」
超分析を始めようとした四音に、智泉の刃が襲い掛かる。己の煙の効果を散々打ち消してきた彼女を、智泉はイレギュラーズの中で最も忌々しく感じていたのだ。
「通さん!!」
その刃を、黒羽が割り込んで受ける。気力と共に流れ出る血潮を気に留めることはない。
「アンタをここで止める。どんな理由があろうと」
「急がずともお前も後で殺す。邪魔をするな!」
「今更焦らなくてもいいのは君も同じだろう。そもそも、天守閣から離れたこんな場所を任されるくらいなら……元から『その程度』なんだろう?」
靄の影響を受けなかった愛無が、再び生じさせた鋏を振り翳すと智泉に振り下ろす。鋏に比べれば小さな身体を挟み込むと、その場から放り投げた。
「元から、さして重用もされていない。いつでも切り捨てられる蜥蜴の尾。それゆえに、重要な情報も知らされていない……そんなところか」
「……それ、の。何がいけない……」
投げられた先でなお、智泉は立ち上がる。
「切り捨てられることで、主を生かせるなら。巫女姫様の、役に立てるなら。それの、何がいけない……!」
『駄目だこいつ。自己完結もここまでくると言葉が通じねーな!』
「実際にどう思われてようと、無関心だろうと。いっそ迷惑だろうと関係なさそうだからね」
忠義も愛も、それが相手を顧みない一方的なものであれば、却って迷惑でしかない。
だが彼女は相手からの好意を求めていない。好かれる必要が無いのだから、迷惑だろうと関係ない。
再び反魂香の花弁を見舞いながらStarsの『二人』が共通して覚えたのは、『傍迷惑』という感想だった。
「迷惑、などと……あの方の害になることはしていない。害する者を許しはしない。私、は……!」
「自分にそのつもりが無くても、っていうのはあるんスよ。思い込みって怖いっス」
背後からの声に智泉が向き直った時、葵の右脚からハードランチャーが炸裂する。鞘で直撃は防がれたものの、確実に『入った』はずだ。
更に畳み掛けを、と沙夜が術の準備に入った時だった。
「私は、あの方の迷惑など……!!」
更に濃厚な煙を撒いて、智泉の姿が見えなくなる。煙が消えた時、智泉の姿は中庭のどこにも見当たらなかった。
今、この場に倒すべき敵は存在しない。
討伐こそ逃したが、イレギュラーズは――この中庭での戦いに勝利したのだ。
大呪を阻止するため戦いに必要な、貴重な勝利を得たのである。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お待たせいたしました。皆さん揃っての勝利おめでとうございます。
精神的ダメージが大きかったようですね。
煙に巻くように逃れた彼女は何処へ消えたのでしょう。
GMコメント
旭吉です。またHARDです。
多分智泉さんはかっこいい系。
●目標
更級 智泉の撃退あるいは捕縛
●状況
秋の満月の夜。
カムイグラの都、高天京(たかあまのみやこ)の中央。
広大な高天御苑の中にある高天御所の中庭が舞台。
整えられた樹が生い茂る中に鯉が複数泳ぐ大きな池があり、人が2人並べる程度の石橋がひとつ渡されています。
照明は建物側の篝火程度です。
●敵情報
更級 知泉(さらしな・ともみ)
烏帽子に太刀と、男性貴族の格好で振る舞う女性魔種。
広域に呪縛効果をもたらす不可視の煙と、
近接距離では封印・恍惚効果をもたらす靄のような煙を使います。
太刀での攻撃には物理ダメージ+AP吸収効果が付きます。
直接体力を減らす手段には乏しいですが、APを積極的に減らしてくるようです。
HPすごく高い。
叶わぬ想いを煙りに変えて燻らせる。
刃の複製肉腫×10
暴れる刃の魔物と化した複製肉腫(純正肉腫から感染させられ肉腫へと変じた者)
個体ごとの能力は高くはありませんが、APが低いキャラを優先して回転する刃で狙います。
殺さずに戦闘不能にすれば肉腫から戻れる可能性も。
こちらの生死は【シナリオの成功度合いには含みません】。
皆様の気持ちの問題です。
●Danger! 捕虜判定について
このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合も同様の状態となります。
敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。
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