PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<傾月の京>野分けの心

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●月満ちる夜
 やにわに地を蹴り、鬼人種の青年は槍で花を裂いた。それだけに留まらず、石燈籠を迷いなく蹴り倒す。燈っていた灯りがひとつ失せ、地面へまろび出た火の芯を踏みにじった。じゅ、と鈍い音を立てて火が消えれば、闇も深まる。夜の底で青年は、壊せ、壊せとぶつぶつと繰り返し、徐に社を見やった。
 風が騒ぎだす。重たい風が、青年の元から解き放たれるや否や、花を撫で、墓石に触れ、土の上を走り――辺りに在る命を病苦で侵す。病に罹って苦しむのは、人ならざるものも同じだった。花は枯れ、石はひび割れ、土は腐り、いつしかすべてが崩れていく。
「壊せ……壊せ……グッ、は……ハハ、はハハ!!」
 青年は時おり苦しむ素振りを漏らしながらも、狂人のように笑いながら頭を掻きむしる。一頻り笑ったのち、思い出したように息を吸ってみると、どっぷり浸かっていた暗闇が喉の奥へ流れ込んで来る。暗くて重い狂気の闇が、彼の眼を、心を、ますます侵していく。
 そばでは、散れ、散れと繰り返しながら、牛車が緋き彼岸の花を轢いていった。女の顔をつけたそれが駆け抜ければ、轍が大地を歪ませる。肉体を切り刻まれた苦痛から逃れるように、恨みが滾るまま暴れ回っては、折れた花の上を何度も何度も行き来して。
 夜空との境界を示す黒ずんだ木々の輪郭は、かれらを見つめることしかできなかった。
 まるで哀れむような悲しげな闇を帯びて、ずっとずっと、見つめることしか。

●依頼
 情報屋を通して「依頼したいという者が待っている」との一報を受け、イレギュラーズは依頼主が指定した宿を訪れた。蔓延する呪詛ゆえか、その噂が絶えぬためか、宿は驚くほどひっそりしている。
 イレギュラーズの対処によって被害も軽減されているが、それでも辺境から京を訪れる者は減っているのだろう。
 そんな宿の一室で、彼らはとある人物と出会う。
 宵の空を思わせる髪が揺れた。気配すらなく座していたのは、十代半ばに見える少年だ。彼はゆっくり瞼を押し上げ、イレギュラーズを一瞥した。依頼内容を聞きに来たとイレギュラーズが名乗ると、彼の口端も緩んで。
「私は兵部省に勤める者。名を千颯(ちはや)という」
 千颯――そう名乗った少年は、淡々と話し出す。
「事態は既に知っているものとして省く。急ぎ此岸の辺へ赴いてもらえるだろうか」
 此岸の辺。黄泉津に存在する穢れの地だ。
「此岸の辺の死守。それが貴殿らの任だ。すべは問わない」
 死守というからには、苦しい戦になる可能性を彼は想定しているのだろう。
 何せ京では、強大な呪詛が行われようとしている。その余波か、はたまた禍々しい気配に呼応してか、周辺では異様な気配も濃くなりつつあった。町を呪詛により生じた獣が闊歩するなら、外を呪詛により生まれた怨念が漂うなら――もしくは、そうした隙を狙って動くものがあるなら。
 千颯の言葉通り、此岸の辺にも魔の手が伸びる可能性は、充分すぎるほどある。
「一晩。一晩だ。月が眠るまで守り抜ければ、峠を越せるはずだ」
 軍事を司る兵部省の人員は、次から次へと発生する事態に対応するため、既に足りていないそうだ。
 ただでさえ妖などが蔓延っているというのに、呪具や呪詛騒ぎで出払い、または呪詛をかけられ負傷し――そして今回の『強大な呪詛』の件。連なり重なった様々な出来事によって、手を離せぬ者が殆どなのだと千颯は言う。
「よからぬ者があれば撃退し、此岸の辺が荒らされることのないよう」
 言いながら、千颯が一度だけゆっくり瞬く。
「戦う以上、多少は止むを得ない。だが破壊の限りを尽くされることは絶対に避けたい」
 そして彼は、多くを語らぬまま言いくくる。
「好い報せを期待している。……では、失礼する」
 そう告げて、依頼人はイレギュラーズを残し、一足先に宿を後にした。

 千颯と名乗った少年は、夜へ向け家路を急ぐ往来の隅を歩き、今しがた会った者たちの顔ひとつひとつを思い起こす。
「……特異運命座標」
 口にしてみれば存外、軽い音だった。
 だが来訪者たる彼らの存在が、この国にもたらすものの重みを、彼は感じつつある。
 幾つもの報せを受け、彼らの功績は知っている。だからこそ、この状況下で会いにきた。
 果たして、彼らはどう動くのか。
 彼らがこの地を侵す存在ならば、屠るのみ。だが、もしも……。

 ――私のすべきことは、今も昔も変わらない。だからこそこれは、賭けとなろう。

GMコメント

 お世話になります。棟方ろかです。

●目標
 此岸ノ辺の死守

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。敵情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●戦場
 此岸ノ辺が戦場です。森に囲われ、普段は静まり返った神秘的なところ。
 社や石燈籠がある他、彼岸花がそこかしこで咲いていて、小さな墓石が点在。
 イレギュラーズが到着する頃にはもう、現場に敵がいます。
 オープニングでは「一晩」と言っていますが、敵を殲滅した時点で戦闘終了です。(戦闘終了後も念のため、見張りは継続する……という流れを想定)
 敵が残り続ければ、本当に一晩戦うことになるでしょう。
 それと、大地や植物、建造物といったこの地を構成するすべての要素があっての『此岸ノ辺』です。以下の「備考」もございますので、目標到達はもちろんですが、敵による被害はできる限り抑えるよう、お願い致します。

●敵
・セツ(複製肉腫)
 純正肉腫の干渉により肉腫となった、セツという名の鬼人種の男性。
 元は善良かつ戦いにも慣れた人物でしたが、感染後は悪意の塊に。
 素早い反応と強靭な精神をもった、病魔の風槍術士。
 攻撃方法は二種類。
 一、野分。病苦の暴風を、中距離までのどこかを起点として広域に起こす。
   体勢を崩して狂気で侵し、また確率で肉腫自身のBSを解消。
 二、風車。遠くまで飛ぶ風車を突き刺し、相手の体力を吸収。苦鳴あり。

・朧車(呪獣)×5体
 呪詛で媒介として切り刻まれた妖。牛車の妖怪『朧車』に似た外見です。
 元はそこまで強くないのですが、呪詛に用いられたことで強大な力を得ました。
 速くはありませんが巨体で、やたら体力のある敵。
 上記5体は初期配置分です。時間経過で何処からともなく増援が湧きます。
 増援は、肉腫が倒れるか撤退すると出現しなくなります。
 攻撃方法は二種類。
 一、軋音。扇状に遠距離まで届く不快な軋みを響かせる。怒り、ブレイクあり。
 二、車争の遺恨。巨体で自分の周りにいる対象すべてを轢く。反動、致命あり。
 また、全部の攻撃に呪いと呪殺がつくので、ご注意を。

■備考
・当シナリオでは依頼の成否、もしくは此岸ノ辺へのダメージによって、此岸ノ辺に様々な影響が出る場合があります。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。

 それでは、ご武運を。

  • <傾月の京>野分けの心完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月05日 22時51分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
神宮寺 塚都守 紗那(p3p008623)
彩極夢想
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)
日々吐血
フラッフル・コンシール・レイ(p3p008875)
屋根裏の散歩者
柊 沙夜(p3p009052)
特異運命座標

リプレイ


 色付く葉もなき『此岸ノ辺』に八つの色彩が咲く。それらは月夕に照らされ、仄かな白光を帯びた。
 夜寒にも遅れを取らず詰め寄せた悪意の塊を――断つために。
 真闇ではない中ならばと、得物と己へ月明かりを燈して『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)が口火を切る。
「雪村沙月、参ります」
 言うや否や彼女を織り成す色彩は辺を駆け、朧車にある女の顔へ一撃を見舞う。あまりに軽やかな彼女を追い切れず戸惑う朧車も、すぐにぶつぶつと漏らした。潰れろ、壊れろと、恐ろしい音の並びを。
 かの者の呟きが零れる一方、物怖じせず動く者もいた。『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は口角を上げる。子は早寝をするべきと促す大人も多いだろう。けれど今夜は違う。夜通し『此岸ノ辺』を守り抜くのが務めだ。
「さあ、ひとつ皆で悪い子になって……」
 赤々と眼光が光る。闇夜に浮かぶ緋は、美しく艶やかで。
「夜更かしと洒落込もうじゃないか」
 マルベートの双眸が、朧車たちを饗宴へ誘う。
 清かとは言い切れぬ月光の下、闇夜を見通す双眸で『おかわり百杯』笹木 花丸(p3p008689)が深呼吸した。話すら通じない狂わされた魂の数々。退けるのさえ難となるかれらを滅し、辺に平穏を齎さねばならない。そう考えると重圧を感じてしまうけれど。
(任せてもらったんだ。確り果たしてみせるよっ!)
 頬を掌でぺちんと挟み、花丸は鬼人種――セツの眼前へ飛び込んだ。
「セツさん! こんばんはっ!」
 第一に挨拶。第ニに会釈するも、まともな反応はない。
 ふらりと何処かへ行こうとするセツを、少女が阻む。途端に、今まで花や燈籠へ向いていた青年の意識が花丸に定まる。少女は槍の挙動を追い、風の成り立ちを眼前で見た。速い、と痛感する。
 肉腫に感染する前の彼を知らずとも、やり手であったのだと想像できた。だから花丸は意志を固める。
 ――これ以上、何も傷つけさせないと。
 同じ頃、踊りに似た足取りで『特異運命座標』柊 沙夜(p3p009052)が、朧車を捕捉していた。
(神秘的な場所聞いとったけれど……)
 眺め渡せば景勝も、今ばかりは神秘から程遠い。掻き乱すのは何も肉腫や呪獣ばかりではない。
(なんやろねえ、邪僻に障られた思うあの天空は)
 月見に相応しい秋色ではないと、沙夜は睫毛を震わし、疑似生命を創鍛して嗾けた。燐の火を思わせる生命は、境界の曖昧な朧車を惑わせる。黒ずんだ車体から涙とも血とも表しきれない何かが垂れていく。
 朧車は痛みから逃れようと、佇む石燈籠ごと辺りを轢いた。
 その間に方陣を張った『彩極夢想』神宮寺 塚都守 紗那(p3p008623)は、欠伸を噛み締める代わりに、夜気で冷えた土を踏み締める。急な依頼ですこと、なんて笑ってみせる彼女が想起したのは、目覚めの時。
(無理やり起こされて、放り出されて……)
 頬をぷりぷりさせつつ、紗那が編んだのは洗練された治癒の術式だ。それは朧車に囲われたマルベートの身を軽くさせる、重要な一手となる。
 一方、墓守たる『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は、守り保つすべで――賦活の術で仲間を支える。草木に水分が巡るように、温かな陽を浴びるように。四辺の光景が移ろう中でも、墓はずっと有り続ける。幾とせ過ぎようとも、あり続ける。
(墓守 カワリナイ)
 辺にも墓があるのなら、フリークライにとっては守るべき場だ。
(カムイグラが騒がしいとは聞いていたけど)
 結界を展開した『屋根裏の散歩者』フラッフル・コンシール・レイ(p3p008875)が一帯を見渡す。
 想像以上だ。京も御所も異様にざわついていた。町中だけで済むならともかく、辺にまで魔の手が迫ろうとは。自由気ままに散策したいフラッフルにとっては由々しき事態――とも言い切れない。思い入れを深めるでもなくフラッフルはただただ、静寂を求めて彷徨うだけ。
 星狩りの大弓を引き、朧車を射抜きながら考える。
 ひとつ、此処を訪れた理由と成るのは。
(……墓石があるような墓所が荒らされるのは、しのびない)
 多少、そうした心持ちがあったから。
 ――死んでまで騒がしくされるのは、僕もごめんだ。
 やにわに牛車を挫き、騒がしさをひとつ取り除く。
 一部始終を、じっと『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)が見据えていた。
 直後、攻めるべく束ねた気を以ってツェアシュテーラーを翳す。
「巨体で精強、たいへん結構!」
 駆逐を冠した得物が狙うはただ一点のみ。そうして敵陣へ捻じ込んだ槍が、数体同時に砕いていく。車体から破片が飛び散り、怨念纏う女の顔に苦悶が浮かぶ。孤屠が操る槍の前では、いかな獣も塵芥と化すしかない。
「鏖ヶ塚流槍術を受けたこと、誇りに思うと良いでしょう!」
 尤も、誇りも情けも感じ取れぬまま逝くのだけれど――と最後までは口に出さず。
 朧車が押されていく中、セツが駆け巡ろうにも花丸に遮られ望みは果たせない。ゆえに彼は花丸を攻め立てる。時に槍で彼女を裂き、時に病苦の暴風で覆う。だが。
「効かないよ!」
 馨る薔薇が花丸を守り、己が拳が花丸を支えた。宵闇に生き、宵闇を抱く少女の心身を侵すには至れない。痛みだけを彼女に刻んで風は止まる。生じた風と風の合間、花丸が彼に張り付き、制止する。
 壊させないと決めたから、よそへ向かわせない。
(これからを生きる貴方自身の為にも)
 宿した勝利のルーンが、彼女へ希望を燈す夜の底で――風が騒ぎ出した。


 フラッフルの番えた矢は、過たずに標的を射る。仲間との距離をはかり、立ち位置を都度変えて、かれは良夜に一筋の光を翔けさせていく。
(分かっていたとはいえ硬いね)
 倒れた敵もいれば、矢で風穴があこうとも止まらない牛車も残存していて、フラッフルが思わず唸る。
 ――残る獣は三体だ。
「フリック 怒ッテル」
 面差しは変わらずとも、フリークライの声色に滲む変化が朧車を怯ませた。
「執拗 花 踏ンダ。轢イタ」
 フリークライは弱っていた朧車を、召喚した樹のうろへ放り込む。
「コノ一撃 花々 嘆キ 知レ」
 樹は獣を養分に自然へ還っていく。呪獣が垂らした末期の歎きや悲鳴と一緒に。
 いつしか石燈籠の佇む場へ沙月は立っていた。呪獣の車輪が勢いよく回り、沙月を襲おうと迫る。
(ここで避けては灯火がまたひとつ……或いは、近づけば)
 考えた瞬間、足が動いていた。あえて牛車へ突き進み、ぶつかってきた車を押しのけ、ふうと息を吐く。
(此岸ノ辺。ひとではないものを守るというのは、難しく思えます)
 とはいえ、成すべきことに変わりはなく、沙月は地を蹴った。
 芒の彩りがぽっかり浮かぶ月を映えさせ、人の眸も心も吸い上げていく情景。それに似た力を燈し、彼女は流麗な所作で目を惹き、終わりを齎す。静かに、ただ静かに朧車を砕いた。
 一晩、此岸ノ辺を守ること。そう依頼人は口にした。
 花丸も口にした。するとなるほど容易く聞こえる響きだと思わず喉で笑い、そして。
「っ、させないよ!」
 仲間へ近づこうとしたセツを止めた。何度も止めてきた。
「セツさんが元に戻ったら、悲しむってわかってるから!」
 花丸の叫びに、セツの眉間のしわがより深まる。
 彼女たちの後ろ、マルベートの両腕が軽やかに双槍を扱く。フォークの穂先が狙い澄ますは、朧車の眉間だ。
「散れ、壊れろ……ギッ、ェァァ……ッ!」
 呪文のごとく繰り返した言葉を黒炎が遮り、走った苦痛が悲鳴へと変えさせる。
 恨みがましく車輪が唸り、巨体を振り回す。迫撃するマルベートが弾かれるも、宿してあった魔雷纏繞が牛車へ苦痛を分け与える。
「客人と痛みを分かち合うのも、悪くないよ」
 マルベートが来客の相手をしてきたおかげで、幾分かセツとの対峙も幾らか楽になっている。
 その分、彼女に圧しかかるものも強大だ。
「フ、フラッフルくーん! やばばですの!」
 癒しの気をマルベートへ送った紗那が、跳ねてフラッフルを呼ぶ。
「やばば……? わかった、善処しよう」
 聞き慣れぬ音に首を傾げたフラッフルは、すぐさまマルベートに縋り付く苦痛を打ち払った。
 刹那、野分が吹き荒れる。けれど孤屠は穂先を地面へ突き刺し、風に煽られぬよう耐え抜いた。しかも白梟の加護が彼女にはある。風が止んだ瞬間、踏み締めた彼岸の土も連れて彼女はセツへ近付く。
「流派は違えど、貴方も槍の使い手」
 ならば自分と彼は、似た得物を握る同士。柄を握る掌にも、開いた喉にも熱が滾って。
 だから彼女は只管に青年を槍で突き、そして払う。
「こんな病人一人倒せないで何が槍術士ですか!」
 孤屠は一定の間合いを保ったまま、セツへ訴えかけた。
 血を吐き、血を流して対峙する孤屠の様相は、儚げに見えても頑とした意志の元に築かれたもので。
「貴方の技はそんなに濁っていましたか!」
 訴えに空気がひりつく。
「槍……グ、ググ……私ノ、技……」
 僅かにセツの挙動が揺らぎ――そのときだ。どこからともなく朧車が現れたのは。
「皆、増援が来よったよ!」
 沙夜の声が凛と通ると。
「増援、ですね。お任せください」
 沙月が遅れてきた牛車へ急ぎ駆けつける。沙月の一閃が輝けば、一方で沙夜の浮かべた微笑に月明かりが這う。銀糸が透けてさらさら踊れば、穢れを破り弔う聖なる術式が、牛車の外装をみるみるうちに溶かしていった。
(ここ、壊させるわけにはいかないわあ)
 皆が『向こう』に戻るための場所だから。沙夜が『あちら』へ行くための所だから。
「うち、まだ全然遊びに行っとらんのよ」
 破邪の力が染み渡り、車体についた女を浄めていく。
 浄化されていく個体に目も呉れず、別の朧車が駆け抜け、大地を歪ませようとした。
 そこへフリークライが張り付く。
「ガァ、轢け、轢断せよ……!」
 突き進めなくなった獣は、言と動を違えその場で轍を刻む。凄まじい力で車体がフリークライを震わせるも、彼の身は決めた場から押し出されない。彼の意志は、深まる夜にも決して損なわれやしない。
「ン。此岸ノ辺 守ル」
 悍ましい形相の女へ告げるも、呻きが届くのみで朧車は応じない。
 かの者を抑えながらフリークライがちらと後ろを振り向けば、そこには。
「大丈夫 フリック ツイテル」
 一輪の彼岸花へ、彼はやさしく声をかけた。


 佳宵と呼ぶにはあまりにも禍々しい満月が浮かび、見下ろす世界では炎獄に溺れ、血にまみれた朧車たちが歎いていた。この状況を生んだのはマルベートだ。客人をフォークとナイフでもてなしてきた証で。
 しかし招待者に飽きて逸れる客もあった。一体が紗那めがけ疾駆する。
 緋き花の上を走り、車争の遺恨を刻み付けるべく、かの牛車は巨躯を揺らして進む。
「招待者は私だよ。他の客人へ手を出すなんて、マナーがなってないね」
 車輪へフォークを差し込み割り込んだマルベートが行く手を阻み、吐息で笑んだ。
 彼女に一礼した紗那は、セツへ向き直る。夢で舞う胡蝶のごとく、淡く溶けてしまう煌めきを唇に刷く。
「セツ君。……かつて夢の中で泣いていた貴方は、今はもういないのですね」
 こんなにも強くなった。だからこそ。
「男らしく踏ん張りなさい!」
 諭す彼女へセツは、病魔の風で散らそうとした。だがセツの腕は自由を奪われる。ちぎるのも難しい強靭な蔦が絡まったからだ――フリークライがセツへ手向けた、花の代わりの蔦が。
 セツ、とフリークライが呼べば、血走るまなこが振り向く。
「弔ワレル マダ早イ」
 彼の言に気を取られていたセツへ、孤屠が寄る。
 彼は確かに肉腫だが、純正ではない。ならば。
(コレで戻ってください!)
 慈悲を篭め、石突で狙い過たず胸を打った。
「ガッ、ハ……」
 ぐらりとセツがのけ反り、天を仰ぐ。崩れゆく彼を花丸が咄嗟に抱えて、きちんと確かめるべく鼓動へ意識を傾けた。
 間違いない。せわしい戦場でも聞き取れる。

「大丈夫! 生きてるよっ!」

 花丸からの宣言は、仲間たちを奮い立たせた。
 すかさずマルベートが優美なフルシェットとクトーで捌くのは、呪詛により狂わされた妖の命。
(長丁場も暇つぶしに事欠かないなら、つまらない……なんてことにはならないからね)
 マルベートは頬をふくりと上げて饗宴を喜ぶも、朧車は耐え切れず潰えてしまった。
「命の我慢比べには、向かないね。あともうひとつ残念なのは……そうだね」
 朧車が大して美味しくなさそうな点か。
 同じころ花丸もまた、掃討作戦に奮起していた。
「よーっし、思いっっっきりぶん殴るよ!」
 守りに徹していた分、溜まりに溜まったもの全て拳へ詰め込んで、壊すだけの拳で車体を破壊する。悪意を破れば守れるものは多いと花丸も知っているから、殴打に一切迷いはなかった。
 勢いの波を絶やさず、フラッフルが隕石を連想させる一矢で巨大な的を貫く。
 そして沙月も朧車の群れを撫でるように、そうっと触れるように手首を舞わせた。
(死力を尽くしましょう。それが私の務めですので)
 玉響を思わせる音が溢れ、獣がその音に気付いた時にはもう――命も散りゆくだけ。
 矢継ぎ早、彼女は攻撃を連ねた。次なる標的へと神速で踏み込み、朧車が事態を把握するより早く、かれの根幹を打つ。果たして夢か幻か、朧車は判断できぬまま朽ちた。朽ちて夜気に溶けていく。
 そうして最後の一体を前に、息を整え終えた沙夜が魔を迸らせる。
(この朧車、元は無害な妖なんかな)
 呪詛のため切り刻まれ、呪獣と成り果てた妖。考え方によっては、多少なりとも罪悪感を抱きそうだが。
「ごめんねえ」
 沙夜は、はらりはらりと言の葉を散らす。
「うち、皆とはちょっと『歯車』が外れてるんよ」
 違えた歯車は噛み合わず、ただただ沙夜の内で軋むだけ。
 たとえ相手が無害だったとしても、彼女の在り方は転じない。
(昔は昔、今は今。ヒトに仇なす悪いもんは退治せな)
 思いは胸裏へ留めたまま、純一なる破壊の力で哀れな敵を永久に眠らせた。

 お疲れ様、とフラッフルが皆を労って回る。
「見張りは僕がやっておくから、少し休んでくれ。特に引きつけ役だった二人はゆっくり、ね」
 睡眠とは縁遠いフラッフルは、眠気を帯びず佇む。
「はーい。眠くなったらちょっと休むねっ」
 そう言いつつも花丸は、微塵も訪れない眠気を忘れ、天を眺めて過ごす。
 ふと目線を外すと、眠るセツの頭を膝に乗せた紗那の姿がある。実に穏やかな夜の下で、フリークライは墓石の修理や手入れを黙々と続けていた。ふと見やれば、悲しい姿となった彼岸花が映る――彼岸花。花が持つ言の葉は。
(思ウ アナタ 一人)
 はたと手が止まる。視覚部を光らせてフリークライは頷く。
「ン。大丈夫 フリック 元気」
 そう話す彼の肩へ、戦いのため避難していた鳥たちが戻って来る。
「新シイ 縁 デキテルカラ」
 元気を無くした花を自身へ植え替える彼から遠く、離れたところで沙夜が欠伸を零す。
「ふわ……んん、今どれくらいやろ。お月さんはどのあたりかな」
 見上げた直後、近くでマルベートの腹の虫が切なげに鳴いた。
「京に戻る頃には、お店が開いていると良いのですが」
 沙月が逸早く零す。邪気で乱れた町では難しいだろうかと、辺からは窺えぬ景色を想って。
「開店次第、少し豪勢な朝食をとるのも良いかもしれないね」
 マルベートの声は、心なしか弾んでいた。
 冷たく吹き付けていた風も和らぎ、四辺は寂として声もなく。
 こうして神使たちは、終わらぬ夜を超えた。


「お待たせしました千颯さん。良い報せ、でしょう?」
 神使からの一報を聞いていた少年へ、孤屠が告げる。彼女の考える、良い報せ――そこには当然セツのことも含まれている。だから千颯は素直に肯い、辛抱したな、と鬼人種の青年へ声をかける。
 セツはただただ顔を伏せた。
「神使殿には救われてばかりです。面目次第もなく……」
「なに、これより取り戻せば良いだろう」
 千颯の一言に、はっとしてセツが顔をあげた。
「セツさん。次の機会には、ちゃんとした貴方と戦ってみたいです」
 孤屠がそう約束を編めば、セツは再び頭を下げた。
「は。是非とも、お相手を務めさせて頂きたく」
 堅苦しさの抜けぬ青年から視線を外し、千颯は神使たちへ向き直る。
「先ずは任の達成、感謝する。ご苦労だった」
 彼がそう告げたところで、ふふ、と紗那が漸う口と瞼を開く。
「千颯……ふふ、懐かしい響きですの。どうせ視ていたのでしょう? 雑賀」
 新たな響きの名に仲間がまじろぐも、紗那の綻んだ微笑は失せない。
 少年は吐息に笑みを含んだ。
「視ておりましたとも。姉上。……ぼんやりと、夢路をゆく心持ちで」
 やがて彼のまなこは、神使ひとりひとりを辿る。
 そしてフリークライが自身へ植え替えた彼岸花で視線を留め、微かに眦を和らげた。
「この豊穣なる地を乱し、人心を惑わす者は何人たりとも許してはならない。私はそう考える」
 静かに紡いだ少年の眸が、信に光り輝く。
「よって我ら兵部省、これより神使殿の陰日向となろう」
 沙月たちが目を瞠ると、彼は連ねた。
「帝が御座すこの地より邪なる者を排するため、貴殿らの力をお借りしたい」
「えっと、これまでも貸してきたつもりだけど……」
 花丸が素直に話せば彼も頷く。
「報せは受けている。私も然して動きやすい身とは言えぬゆえ、表向きには避けていた」
 動き難い、というのが何を示すのかまでは告げなかったが、神使を見る瞳に淀みはない。
「いいでしょう、乗って差し上げます。特異運命座標として」
 誇らしげに紗那が胸を張る。
 助力を得られるなら特異運命座標としても心強い。だからマルベートたちも首肯した。
 すると少年は背を正して。
「改めて挨拶申し上げる。私は神宮寺塚都守雑賀。兵部卿を務める者だ。……お見知り置きを」
 野分けにも似た心は、神使の活躍により――今ここに定まった。
「……ところで姉上。申し上げにくいのですが、あまり膝を易々と貸すのは如何なものかと」
 雑賀が続けた忠言に、一度は瞬いた紗那だが。
「わたくしの膝は、夢にうなされる皆のものですのよ」
「いえ、姉上そういう問題ではなく……」
 思わず沙夜たちが目線を重ねた。倒れたセツに膝を貸す紗那を、フラッフルたちも一様に目撃している。
 状況を知らないセツだけが、その応酬をきょとんと眺めていた。

成否

成功

MVP

鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)
日々吐血

状態異常

なし

あとがき

 激戦、お疲れ様でした。
 複製肉腫である鬼人種も救出したことで、より兵部卿の信頼を得る結果となりました。
 ご参加いただき、ありがとうございました!
 またご縁が繋がりました、どうぞよろしくお願いいたします。

PAGETOPPAGEBOTTOM