PandoraPartyProject

シナリオ詳細

霧中の少女

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「ああ、いらっしゃい。それにおかえりなさい」
 イレギュラーズを見てにこやかに微笑んだ麗人は、彼らへソファに座るよう促す。『おかえりなさい』というのは近しい存在たるMeer=See=Februar (p3p007819)やSperlied=Blume=Hellblau (p3p007964)へと向けられたものだ。
「改めてこの隠れ宿《polarstern》の女将、Rifflut・Februar(リッフルート・フェブルアール)と申します。先日は依頼を受けて下さってありがとうございました」
 女将としての顔を一瞬見せたRifflutであったが、Meerからの言葉にいくらか素の様子を見せる。
「お父さん、この前のあの子なんだけど……」
「ああ、今日のお願いはその子の事なんだ」
 頷くRifflut。Meerのお父さん発言にラグラ=V=ブルーデン (p3p008604)は目を瞬かせる。他の者は前回の依頼で知っているが、何度見ても男には見えない女将だ。
 Meerの父、Rifflutはかつて霧笛の魔女と呼ばれていたことがある。Rifflutはとたんに不機嫌になるが、ギフトと容姿を利用して悪質な遊びを繰り返していた頃の名だ。今となっては宿の経営者に収まっているが、先日『霧笛の魔女の再来』とも呼ばれる事件が起こることとなる。その犯人こそがMeerたちの言うあの子──セイレーンである。
「他人に不慣れみたいでね、なかなか宿の従業員とも馴染めないみたいだよ」
 かつてのRifflutと同じように歌声で船乗りを惑わしていたセイレーンだが、そもそも惑わすつもりはなかったようだ。Rifflutの姿に驚き、そして事の顛末に表情を暗くしていたと言う話を聞くとセイレーンも1人の少女なのだと思わされる。
「とはいえ、このまま保護するだけというわけにもいかない。そこで、先日に引き続きお願いなんだけど──」
 あの子と過ごしてみてくれない? とRifflutは美しい笑みを浮かべた。

 セイレーン、というのは本当の名前ではない。というのも、セイレーンと呼ばれる少女に名前はないらしい。物心ついたころには1人で海を揺蕩っており、海藻などを食べたりして生き延びていたのだと言う。時には座礁した船から物を集めたり、転覆した船から服を頂戴したり。そうして小さな島に出た少女はその見た目から迫害され、海へ戻ったのだと言う。
「嫌われてはいないんだけど、怯えられちゃってね。きみたちならもう少し良いかもしれない」
 少しでも少女の心がほぐれるように。さらに言えば──この宿で働けるように。その素質も一緒に見極めて欲しいとRifflutは告げ、軽くウィンクした。
「折角見つけた面白……役に立ちそうな人材だもの。それを逃すほど道楽女将じゃあないんだよ?」
 さあ、この先の部屋だよと。Rifflutは奥にある部屋へイレギュラーズを促す。その先からは扉越しに小さく歌声が聞こえてきているようだった。

GMコメント

●すること
 少女と交流を深める

●隠れ宿《polarstern》
 海洋にある秘境の宿です。多種多様な海種の従業員がいます。
 皆おおらかで明るく、てきぱきと働いています。
 少女に関しても特段嫌な感情は抱いていません。Rifflutはセイレーンへ宿で働かないかと誘っており、今回おためしで業務に入っても丁寧に教えてくれるでしょう。

●セイレーン
 前回の依頼で捕まった『霧笛の魔女』と呼ばれるセイレーン。勿論魔女の名は人々が勝手につけたものであり、セイレーンはその名前すら知りません。本当の名前はなく、付けてくれる近しい人もいませんでした。
 非常に世間知らずで内向的。けれど人を嫌っているわけではないようです。
 腕だけ人の肌、それ以外は鱗に覆われた姿がコンプレックスで髪を顔の方へ垂らしています。人を見ると怯えますが、逃げ出すほどではありません。
 イレギュラーズに何か誘われれば、恐る恐るながらもついてくるでしょう。何かをさせたい時は一緒にやってあげると良いかもしれません。

参考:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3312


●NPC
・Rifflut・Februar
 Meerさんのお父さん。お父さんなんですって。隠れ宿の女将です。
 大体の事は彼に言えば口添えしてもらえるでしょう。セイレーンに関して宿で働かないかと声はかけているようですが、なんだか渋られているようです。

●ご挨拶
 ご発注ありがとうございます。愁です。
 セイレーンがこれからどのように進んでいくか、全ては皆様次第です。
 より良い方向へ進めることを祈って、プレイングをお待ちしております。

  • 霧中の少女完了
  • GM名
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年09月29日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
フェスタ・カーニバル(p3p000545)
エブリデイ・フェスティバル
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
Meer=See=Februar(p3p007819)
おはようの祝福
Sperlied=Blume=Hellblau(p3p007964)
『霧笛の魔女』の弟子
霧裂 魁真(p3p008124)
陽炎なる暗殺者
ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)
星飾り

リプレイ


 奥から聞こえてくる歌声は紛れもなくかのセイレーンだろう。こうして聞けば只々美しく、可愛らしい声だ。『キス魔(風評被害)』フェスタ・カーニバル(p3p000545)は思わず顔を綻ばせる。
 ──だが、それは突然ふつりと止んでしまった。
「あれ?」
「気づいたのかもしれません」
 『『霧笛の魔女』の弟子』Sperlied=Blume=Hellblau(p3p007964)は以前会ったセイレーンを思い浮かべる。あの時は事情や理由を聞く間も無く、畳み掛けるように暴き立て引っ立ててきてしまった。女将は怯えられてしまったと言っていたが、それも無理からぬ事だろう。それが例え、あそこにいる事が誰にとってもマイナスだったとしても、だ。
「怯えたままじゃ大変だよね」
 折角の出会い、どうにか力になりたいとフェスタ意を決して扉を開く。覗き込んだイレギュラーズたちは──再び「あれ?」と困惑することになった。
「あ、いた」
 『要塞殺し』霧裂 魁真(p3p008124)が覗き込み、視線を巡らせ示した先は扉の死角になるような角。長い髪を垂らしたまま丸まっているとどこぞのモンスター……いや、毛玉のようである。それは魁真の言葉にびくりと跳ねた。
「どうも、私です」
 そこへ『星飾り』ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)が遠慮なく覗き込み、毛玉は再びびくりと跳ね上がる。ラグラがじっと見つめていると、その髪の隙間から瞳が見えた。
「……ワタシ、さん?」
「いや、そんなわけ」
 改めて名乗り直したラグラ。仲良くしてほしいと言われても、特別媚びたり合わせたりする必要はない。あくまでマイペースに普段通りでいるだけだ。
「こんにちは! ねえ、また髪を避けてもいい?」
 隣から覗き込んだフェスタに、セイレーンは以前も同じ言葉を投げかけた少女だと気づいたらしい。頷くとフェスタは優しく髪を避けた。お次はハグだ。セイレーンはスキンシップに慣れていないようで──というよりは、自分にそんなことを言い出す者を見た事がなかったようで──非常に困惑した中、けれどフェスタの柔らかな雰囲気もあってか首は縦に振られた。
「あ、僕もいい?」
 『里帰りで鮫殺し』Meer=See=Februar(p3p007819)がキラキラと目を輝かせて言うものだから、セイレーンはさらに困惑を深める。流石に宿でも彼女の扱いには慎重なところがあったのだろう、とSperliedは対照的なMeerとセイレーンを見て思わざるを得なかった。
(……これも全て、あの人の掌の上ですかね)
 先ほど送り出した女将の姿を思い浮かべ、思わずSperliedは苦笑いを浮かべる。しかしその間にも3人の和気藹々とした雰囲気は止まらない。
 フェスタが自らのギフトについて話すと、セイレーンはまじまじと彼女を見つめる。その唇から徐に『キス魔』などという単語が出てきてフェスタは目をまん丸にした。
「えっ!? ち、違うよ! それは風評被害ー!!」
 慌てるフェスタに思わずくすくすと笑うMeer。セイレーンは違うの? とでも言いたげな表情で。フェスタはどうにかこうにか弁解し、その額にハピネス・キスを贈る。
「僕はメーア。セイレーンちゃんはお名前がないんだよね? どんなお名前なら欲しいかな?」
「呼べる名前がないと不便ですからね」
 Meerの言葉にSperliedも頷く。
 格好良いもの。可愛いもの。綺麗なもの。瞳や髪の色から取っても良い。あまり重荷にはならないような、それでいて大切にできる名前になると良いのだが。
「同じ女性がつけてあげた方がいいんじゃない……って思ったけど、男性の方が多いんだよね」
 魁真が見渡しても、女性といえばフェスタとラグラの2人。性別不明はどちらに数えるべきか。
「考えてくれた人に合わせるよ」
 『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)は皆を見ながら肩を竦める。名付けとは軽いものではないし、思いつく人がいてセイレーンに異論がないのであれば世界から否定する要素はない。
「名付けセンスはないが……うーむ……」
 どうにか候補を出してやりたいと『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は唸り、やがて『ドゥーチェ』という名を挙げる。導くという意味の言葉を少し崩したものだ。
 決めるのは自分だと告げるエイヴァンに、しかしひとつだけではとMeerも首を捻らせる。
「うちはpolarstern、北極星だから……Milchstraßeちゃん、なんてどう?」
 それは天の川を意味する言葉らしい。何故と首をかしげるセイレーンの鱗にMeerは目をつけていた。光源を受けてキラキラ光る鱗。光源の色が違えばまた違うように煌めくのだろう。それがまるで天の川のようだと思ったのだ。
「自分でも考えてみるといいかも! なりたい自分とか、憧れとか」
 Meerの言葉に考える素振りを見せたセイレーンだが、そうすぐに案が出て来るわけもなく。やがて小さく頭を振ると、もう少し考えさせてほしいと呟いた。
「勿論! その間にこの前はあんまり聞いてあげられなかった話、いーっぱい聞かせて? 僕たちはセイレーンちゃんの話を聞いて、手助けをするために来たんだ!」
 それは宿のことでも良いし、外のことでも良いが──Meerとしては宿で働いてくれたら嬉しい。一緒に歌えたらとても楽しいだろうから。
 セイレーンも歌は好きなようで、けれどそれなら歌い手にという言葉には表情を曇らせてしまう。何か決め手を削ぐ理由があるらしい。
(ここに勤めてくれれば、2代の『霧笛の魔女』ってことで宣伝……いや、やめよう)
 その様子を眺めていた世界は目を閉じ、その考えを振り払う。言わぬが吉。誰にとは言わないが、怒られそうな気がした。
「それじゃあ、自分で宿を見てみない? これからのことをどう考えてるのか、聞かせてもらうのはその後でどうかな!」
 大切なのは本人の意思、本人のやる気。見て、知った上での思いが聞きたい。セイレーンはMeerの言葉におずおずと頷いたのだった。

 ──さて。『竜の力を求めて』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は1人、宿の外へと出ていた。
(まずは……市場か)
 レイヴンは一度は通った記憶を頼りに宿から市場のある通りまで出る。以前より活気があるように見えるのは『霧笛の魔女再来』事件が収まったからか、それとも海洋大号令が達せられたからか。ともあれ、見知った顔を探し出すのは少しばかり骨が折れそうだ。
 人々の間を縫って進むレイヴンの耳には未だ大号令成功を喜ぶ声や、最近事故が少なくなった安堵の声が入ってくる。最もそれが霧笛の魔女のものかはわからないが。
「その噂、詳しく聞かせてもらっても?」
 レイヴンが話の輪に顔を覗かせると、噂話の大好きな奥様方はにっこりと笑って教えてくれる。やはり霧笛の魔女に関する話だったらしい。
「最近はとんと話を聞かなくなったのよ」
「ああ、それなら完全に無害化されたとか。すっかり近海は落ち着いたよ」
 彼の言葉に奥様方は「まあそうなの?」と目をきらめかせる。新しい、気になる噂を見つけた時の目だ。詰め寄られて更なる情報を逆に強請られたレイヴンはそれとなく、けれど噂の域を出ないようにはぐらかしながら多少の詳細を教えてやる。ついでに『秘境の宿』の話も。
 そうして噂を欲する奥様方の手を逃れ、レイヴンはようやく目的の豪商を見つけることができた。向こうも彼を見るなりにこやかな笑みを浮かべる。
「これは、これは! 本日はどうなさいましたか?」
「やぁ。商いの方はどうかな。『霧笛の魔女』が無害化されたそうじゃないか」
 豪商はレイヴンに笑顔でもって応える。どうやら船の被害もなくなり順調らしい。ならばとレイヴンは霧笛の魔女無害化の噂を流してもらえるよう頼む。
「便宜を図れとは言わない。……が、もし見つけたとしても排除しようなどとは思わないことだね」
 そんな気を見せたのなら──イレギュラーズより先にあの美人女将が動くだろうが、ともあれ無事ではすまないだろう。
 前回話しかけた商人の中にはちょうど外へ出てしまっている者もいたが、出来る限りへ声をかけ、根回しを済ませたレイヴンはさらに噂を広げるべく町の方へ向かったのだった。

 所戻って隠れ宿《polarstern》。その一角ではガチガチに固まったセイレーンがイレギュラーズたちに取り囲まれていた。
「そ、そ、そんな高そうなもの」
「ん? あんたは気にしなくていいよ」
 魁真は知り合いからの贈り物である笹紅を水で溶き、目尻と唇に入れる。容姿がコンプレックスならば化粧してしまえば良いのだ。すっと目尻へ筆で引いてやると、セイレーンはくすぐったそうに睫毛を震わせる。その頬は紅を引いたわけでもないのにほんのりと赤い。小さく笑みを浮かべた魁真はその耳元に唇を寄せた。
「いい子だから我慢して」
 今度こそがっちりと固まったセイレーン。その髪をひと房とったのはラグラだ。長い髪も油でつやを付ければ皆が振り返るだろう。人の腕には日焼け止めを塗ってあげなければ、可哀想なほど真っ赤になってしまうかも。
 そうして出来上がったセイレーンは、当初の印象とは大分異なるものをイレギュラーズへ与えた。
「なかなか美人じゃん。あとでやり方教えてあげるよ」
 満足そうな魁真にセイレーンは口をはくはくと開けたり閉めたり、けれど言葉は飛び出してこない。エイヴァンはふと瞬きをしてSperliedを見た。
「この部屋、鏡はないのか? 自分じゃわからないだろう」
「ああ、ありますね」
 こっちですよと呼ばれたセイレーンは恐る恐るSperliedの後をついていき、鏡を見て目を丸くする。自分でも大層な変わりようだったのだろう。
「海面で、映るのしか……見たことがなかったから。あとは、」
 その後は黙り込む。途端に冴えなくなった表情に、イレギュラーズは誰も詮索しなかった。大方誰かに言われたことを思い出している、とかだろう。
「あのね、見せたくないならそれでもいいと思う。でもうちの従業員さんもお客さんも、ちょっと見た目が違うくらいじゃ驚かないよ?」
「……ちょっと?」
 セイレーンがMeerの言葉へ胡乱げに返す。Meerは力強く頷いた。海には怖いものなど沢山あるし、相手となる船乗りとて厳つい──言い方をマイルドにしている──顔の者ばかりだ。ここ数年でかなり増えたウォーカーだって驚くような見た目の者もいる。
「私もそうだけどこの世界、普通にしてれば気にしない人のが多いよ」
 ラグラは気にするだけ無駄とでも言うようにMeerの言葉へ頷く。セイレーンの姿はあくまで個性のひとつに収まるだろう。もうすっかり美人な海種の1人である。その爪にはフェスタが色彩感覚を生かしたネイルが輝き、女子力の塊と言って良いだろう。それでももじもじとするセイレーンの元へ、外に出ていたレイヴンが戻ってくる。新たな来客に彼女は挙動不審になった。レイヴンは傷ついたと言うこともなく、その様子を眺める。
「ふむ。極度の人見知り、というやつか」
 レイヴンの言葉にふいと視線を逸らすセイレーン。綺麗にされてすぐ自信がつくわけでもないが、ずっとそのままではいられないだろう。
(ともあれ会話か。貴族相手ならチェスでも良かったのだが……)
 セイレーンはおそらくチェス自体を知らないだろう。下手したら娯楽にも疎いかもしれない。物騒な話も避け、それなりに興味を引きそうな話題となると随分絞られてくる。
「……ああ、そういえば"天然海苔弁"を取りに行ったのはちょうどこの時期か」
「天然……」
「海苔弁……?」
 レイヴンの言葉にセイレーンと、ウォーカーのいくらかが興味を示す。流石に海洋の広い範囲で扱われるもの故、この土地この海に縁のあるものはそこまで驚かないようだ。
「そう。混沌世界はアンタが知るよりずっと広いんだ」
 セイレーンが海のどの辺りまで行った事があるか知らないが、あちこちに住まう面白生物の全てを知るわけではないだろう。ウォーカーだけでなく、時として混沌の住民ですら驚かせるのだから。
「皆様、ここへどうぞ」
 Sperliedは銘菓を出して一同をテーブルの周りへ座らせる。落ち着いて話もできるし、宿の名物も味わえる。希望があるなら止めないが、行ける場所がないなら受け入れ先になるのもこの宿ならではなのだ。そのために好いて貰う努力は惜しまない。
「私は坊ちゃんの暴走を止めるのも仕事ですね。……たまに手が負えないので、お手伝いはいつでも歓迎していますよ?」
「僕、そんなに暴走して……ないよ!」
 Meerの言葉に微妙な間が入ったのは何故か。追及する者はいないが、同時にある程度察しがついているだろう。
「接客をするんであれば、まずは自分を知ってもらうのが肝要だ」
 エイヴァンはセイレーンの目をじっと見つめて告げる。難しいことを言っているつもりはない。ただ自らの心を開いて、同じように相手の心も開ければ上手くいくものだ。その方法は何だって構わないが、周りを知っていくこともまたその1つだろう。
「できる事から少しずつだ。焦らずにな」
「……そういやお前、1人でいるのが嫌だったからあんな事やってたんだろ?」
 不意に世界が問う。これでも必死に話題を絞り出した結果だ、唐突になってしまったことは致し方がない。宿で働けば人間関係もできるだろうと言う彼の言葉にセイレーンは視線を彷徨わせる。
「俺は昔そうやって機会を失い続けた男を知っていてな。流石に寂しい人生だなんて感じてたみたいだ」
 内緒な、と人差し指を唇に当てる世界。けれどその話を聞いて前向きに生きてくれるなら『彼』を知る世界にとっては嬉しい事だ。
「ともかく外に出てみては? 折角綺麗にしたんだし」
 ラグラが外を指し示す。なら海へ行こうと告げるのは魁真だ。フェスタが同行を願い出て、Sperliedがフェイスベールを貸そうと差し出す。イレギュラーズの後押しと同行もあってか、セイレーンはベールを受け取ると何人かと共に外へ出て行った。それを残った者は見送り、戻ってくるまでをのんびりと過ごす。夕暮れより前に戻ってきたセイレーンは、出る前よりどこか明るくなったように見えた。

「いい頃合いですかね」
 ラグラは窓越しに外を見上げ、皆を再び宿の外へと連れ出す。その行き先に気づいたMeerはラグラへ視線を向けた。
「向かうのって縁側かな?」
 答えはラグラの表情が教えてくれる。Meerはふふっと笑ってその後をついていった。イレギュラーズたちもそちらへ向かう中、フェスタがセイレーンの手を取って連れて行く。引く力はしっかりとしているが、彼女の意思を尊重するとでも言うかのように掴む手に力は篭っていない。セイレーンもまた振りほどかないのだから、嫌がっているわけではなさそうだ。
「あのね。私、昔は臆病でネガティブでダメダメだったの」
「……本当に?」
 視線が向けられ、フェスタは苦笑を浮かべる。今の姿からは想像もつかないかもしれないが本当だ。
 『譲葉 まつり』から『フェスタ・カーニバル』へ名前も変えて、雰囲気さえも明るく振る舞って。当然ながら最初は呼ばれ慣れなかったが、時が経てばその違和感も消えていくもの。振る舞いだってまた然り。
「私は元気な笑顔でい続けたから、前向きになれたの。だから──ね、笑って?」
 にこりと笑いかけるフェスタに、けれどまだセイレーンは戸惑いとぎこちなさが隠せない。それでも良いとフェスタは思った。不格好でも空元気でもそれはいつか本当の力になるのだ。
「あ、でも何か嫌な事があったら我慢しないでね! 私たちが助けるから!」
「……うん」
 目を瞬かせたセイレーンに前方から早く早く、と声がかけられる。フェスタはすぐ行くよと返してセイレーンを促した。
 外に出たセイレーンはそよぐ風に目を細める。海に近いが故の潮風、けれども海上でないここではほんの少し違う香りも混ざっていた。
「ほら、霧の中ではよく見えなかったでしょう」
 ラグラの声が一同の視線を空へと導く。同じように顔を上げたセイレーンは目を見開いた。
「きれい……」
「勿体無いですよ、こういうの見ておかないと」
 ラグラが指差したのは無数の星が煌めく天の川。月の光が星を遮らなければ、特にきれいに見えるのだ。さらに耳を傾ければ虫の声と、遠くで響く波の音も聞こえる事だろう。
「ね、キラキラしてるでしょ?」
 Meerがこそっと耳打ちする。セイレーンは頷き、自らの体を見下ろした。最も、星の綺麗に見える暗さでは自らの鱗もよく判別できないけれど──。
「……ミルヒ。Milchstraße(ミルヒシュトラーセ)。この名前が良い。ここで歌ってみたい」
 セイレーン、いやMilchstraßeはそう呟いた。零れ落ちた彼女自身の意思に一同は笑みを漏らす。
「ミルヒシュトラーセちゃん」
 フェスタは彼女にもう一度キスを送って良いかと問うた。もちろん、ギフトが効果を及ぼすことはない。それでも彼女へこれから先の幸せがあるように願いたかった。
 Milchstraßeは頷いて額を出す。フェスタはそこに唇を落として、小さく呟いた。

「──これから先も、素敵な幸運が訪れますように」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ!
 少しずつですがきっと変わっていけるでしょう。
 彼女につきましては関係者として登録頂いて構いません。彼女の道に幸多からん事を祈って。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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