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シナリオ詳細

再現性東京2010:演劇部の怪~お涙ちょうだい~

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●演劇部の話
 その日、体育館に悲痛な叫び声が響いた。
「お願い! お願いだからこの人を連れて行かないで……っ!」
 寝台で横たわる男性に縋りついて泣くのは、すっかりやつれた様子の女性だ。そして彼女を心配しているらしき女性のグループが、後ろで顔を見合わせ、何事か囁きあっている。
 寝台掛も男性の真白き服も構わず掴んでは握りしめ、握りしめては拳を解いて撫でるようにさすって、女性は嘆く。
 神様へ乞う彼女の声は、カラカラの喉から搾り出したおかげで掠れていた。
 そんな彼女の名を友が呼び、従者らしき人々は「お嬢様」と控えめに呼びかけていく。
「っ、お願いよ……私から、生きる意味を奪わないで……」
「彼との想い出を胸に生きていけるでしょう、貴女なら」
 あれっ、と不意に声があがった。舞台下で劇を眺めていた女子生徒のものだ。
「ストップストップ! 今のセリフ誰が言った?」
 指摘を受け、素に戻った役者一同が顔を見合わせる。
 声のした方を振り返るも、いつもそこにいるメンバーがきょとんと佇むばかり。
「安西たちの声じゃなかったですよ先輩」
「聞いたことない声だった気がするけど。なんか変わったアドリブだったし」
 生徒たちが次々と集まり、確かめ出すのを見て、やがて舞台下の女子生徒が唸った。
「まあ誰でもいいや。ただアドリブ入れるなら言ってね。よし、もっかいやろ」
 彼女が手を叩き鳴らし、ステージにいた生徒たちは元の立ち位置へ戻ろうとする。
 そのときだ。ガラガラと大きな音を立てて、何かが落下してきたのは。
 直後、演技とは異なる悲鳴が館内を地鳴りのように伝っていく。
 それが静まる頃になって、生徒たちは理解した――ステージに照明器具が落ちてきたのだと。理解した途端、ざわめきが感染していく。あのまま演技を続けていたら、数人は直撃を受けていたと想像してしまったおかげで。
「お、おい……ちゃんと点検したんだろ、照明」
「したさ! 当たり前だろ!」
「じゃあなんで全部落ちてんだ、こんなことあんのか!?」
 彼の言う通り、照明バトンに取り付けたはずの照明器具は、すべて無残な姿でステージに転がっていた。
 こうして演劇部の練習は、謎の事故により中断されてしまったのだ。
 照明を落とした犯人の姿もないままに。

●カフェ・ローレットにて
「……稽古中に役者が増えてるんじゃないかって噂よ」
 カフェに集ったイレギュラーズへ、噂の内容を話したのは『オネエ口調の仕立て屋お兄さん』夕凪 恭介(p3p000803)だ。噂そのものは彼が偶然小耳に挟んだものだが、どうにも気になって仕方がなく、情報を求めていた。
 近くの席で情報屋の少女イシコ=ロボウ(p3n000130)がこくりと頷く。
「増えたその声の主、照明を落とした犯人。悪性怪異……夜妖<ヨル>」
 悪性怪異、ヨル。希望ヶ浜に巣くう、モンスターとも呼べる存在。
 しかし演劇部での出来事は事故に留まり、役者の人数についても単なる噂として囁かれている。なにせ希望ヶ浜に住まう人々は、日常を脅かすナニカから目を逸らすのだから。
「ヨル、八体いる。演技でおびき出してほしい」
 イシコが調べたところ、悪性怪異のヨルが現れるのは、涙を誘うためのシーンだけ。
 所謂『お涙ちょうだい』のシーンが多い演目ほど、ヨルも混ざりやすいのだろう。
「怪異の方が泣かせにくるんじゃなくて、涙を欲しているって感じかしら?」
 首を傾いだ恭介に、イシコも肯い、イレギュラーズも顔を見合わせた。
「ひとの涙が好き。糧になる。そうした理由で涙につられて出てくる、のかも」
 あくまで想像だとイシコは念を押し、怪異の性質について話を始める。
「戦ってる間、ずっと演技して。素のまま攻撃しても、殆ど通用しない」
 正確には、攻撃は通るものの威力がかなり減退してしまう。
 演技をしながら攻撃を行えば、いつもと変わらず通じる――という少々ややこしい性質で。
「もうひとつ。本気の涙だ、って感じるとヨルの動き、ちょっと止まる」
「「本気の涙?」」
 恭介を含むイレギュラーズたちの声が重なった。するとイシコはまたしても首を縦に振る。演劇とこれっぽっちも縁のない少女には、例を挙げるのが難しいのだろう。少しだけ、考えるような間をあけて口を開く。
「迫真の演技、とか。演技じゃなくなるぐらいのめり込んで泣く、とか」
 ヨルだけでなくイレギュラーズも見入ってしまいそうだが、狙ってみるのも悪くない。
「ヨル、みんなの演技に合わせた姿と攻撃、してくる」
 イシコが続けたのは、ヨルの攻撃手段についてだ。
 イレギュラーズの役と演技次第で、ヨルの見た目も攻撃方法も変わってくる。ヨルの行動を想定し演じるもよし、とにかくこれを演じたいから演じるという思考もよし、本人が望むかたちで演じるのが適切だろうと、イシコは付け足す。
 全員でひとつの演目を行う必要はない。個々で思い思いに演じるのが動きやすいはずだ。反対に、数名でテーマや設定を決めて合わせるのも、それはそれで良い連携に繋がるだろう。そこはイレギュラーズ次第となる。
 ちなみに、素に戻りさえしなければ、演技の質を問わずヨルは反応してくれるらしい。演劇未経験、あるいは下手だと思っている人でも勇気を振り絞って挑んでほしいとイシコは言った。もちろん無理強いはしない。
 他、演技をする上で必要なものといえば衣装や小道具になるのだが――そこで恭介が笑みを傾けた。
「かわいい衣装ならアタシに任せて。気分が乗る服を用意できるわ」
 愛らしい服を可愛い女の子が着て喜んでもらうのは、仕立て屋冥利に尽きる。
 もちろん、各々で持ち込める衣装や道具があれば、それを用いて演じるのが良い。見た目から役に入るのは重要だ。
「悪性怪異ヨルを、ぜんぶ倒してきて。……説明、おわり。あと任せる」
 最後にそう告げ、イシコは静かに席を外した。

GMコメント

 アフターアクション、ありがとうございました! 棟方ろかです。

●目標
 お涙頂戴な場面を演じて悪性怪異(ヨル)をおびき出し、演じながら倒す

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は起こりませんが、敵が想定外の演技で反応してくる場合があります。

●ロケーション
 場所は学校の体育館。ステージでもアリーナでも自由にお使いください。
 衣装や道具は演劇部から借りるなり、各々持参するなりどうぞ。
 舞台装置は、演出向きのものはあまり揃っていません。

●敵
・お涙頂戴(ヨル)×8体
 重要な点としては『演じながらでないと、こちらの攻撃が大幅に減退してしまう性質』であること。とにかく演じながら攻撃してください。
 皆さんの演技に応えることが、かれらの攻撃となります。
 一例は以下に挙げていますが、あくまで例。皆さんの役と行動次第です。相対したイレギュラーズに沿って、毎回姿や攻撃方法が瞬時に変わります。そのため、ヨルが常に同じ姿のままとは限りません。
 それと涙はかれらにとってエネルギーなので、涙に触れると回復します。
 ちなみに、イレギュラーズの涙が『本気の涙』の場合、ヨルは勝手に衝撃を受けて動きが鈍ります。ここテストに出ます。

※ヨルの攻撃一例(表記は、イレギュラーズが演じる役:ヨルの攻撃例)
ダンサーや歌手:応援するファンやスタッフを演じ、拍手や声援が攻撃に。
        ライバル役になったヨルは、歌声や振り付けが攻撃に。
処刑台へ向かう人:石を投げつける観衆になるか、処刑人になるか。
嫉妬にまみれた女性:ビンタにはビンタで応えます。
浮気をしている男性:不意に刺されても知りませんよ。

 それでは、演じてらっしゃいませ!

  • 再現性東京2010:演劇部の怪~お涙ちょうだい~完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月27日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夕凪 恭介(p3p000803)
お裁縫マジック
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ローズ=ク=サレ(p3p008145)
腐女子(種族)
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
九重 縁(p3p008706)
戦場に歌を

リプレイ

●案内
 ≪出演≫
 カノン・フル・フォーレ:『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)
 リュミエ・フル・フォーレ:『ささぐうた』九重 縁(p3p008706)
 クラウス、ディルク:『オネエ口調の仕立て屋お兄さん』夕凪 恭介(p3p000803)

 イレギュラーズ:『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)
         『ミス・トワイライト』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
         『腐女子(種族)』ローズ=ク=サレ(p3p008145)
         『パーフェクトクローザー』楊枝 茄子子(p3p008356)
 傭兵:『月灯のクレケンス・ブルー』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)

 ≪協力≫
 演劇部の皆様
 夜妖の皆様

●第一幕
 迷宮森林で行き倒れていた旅の人を発見したところから、すべてがはじまった。
「外の人が迷い込むのは珍しくないけど」
「今回はいつもとちょっと違うのだわ!」
 暗中で鬼灯が紡げば、章姫も連ねる。
 暗闇の中、野の美、緑の声にくるまれ生きる人々が、深緑へやってきた人物についてざわついているのだ。
「男の人なんだって! どんな人なんだろ、お話聞きにいけたらなあ」
 ローズが続けた声は、より煌めきを増すも。
「リュミエ様が近づいたら駄目だって」
 住人らしい口調で、ブレンダが注意を促す。
 声色も音量も豊かな噂話の後、舞台下手に灯りが点った。
 はじめに繰り広げられたのは、カノンとクラウスによる実に軽やかな応酬。
 なりきる恭介は勿論、メイも場面に相応しい調子で演じていた。
「じゃ、周りの見る目がねェんだな」
 終いに、書き割りの方を向いたままクラウスが言いのけて、舞台の右側へ去っていく。
 見送れずにカノンは額へ手を当てた。
 メイの知る好きとは違う、恋の好き。メイにはまだわからないものだ。けれど生み出した幻影で、じりじりと焼きつける赤き光を纏い、眩暈の振りでぐるぐるする感覚をメイは表す。
「名前を呼んで? 気が向いた時でいいの、そばにいてくれたら」
 恋をしたことのない少女は、どうしようもない恋に溺れていく少女を、そうやって演じた。
「たまに頭を撫でて、今日みたいないじわるをしてくれるだけでよかった」
 たどたどしいながらもメイが結い上げれば、舞台にひとつ影が生じる。内なるカノンを模ったヨルだ。まるで恋に堕ちていくのを手助けするかのように、かの者は楽しげに踊り出す。
 だからメイは、もやもやした苦悩を発散させるかのごとく、その姿を音速の一刺しで突き破った。
「わたし、赤いはしかにかかったの。ひどく素敵な……熱病に浮かされているの」
 言い終えると、カノンに燈された熱の灯火を闇がそうっと包んでいく。破られてまもない夜妖も、また――。

 ふたりのいつもの昼下がりは、先ほどのカノンのシーンよりも遥かに目映く、舞台を飾る。
 アンタが望むならここにいると告げた男へ、リュミエの思う可愛くない台詞を縁が連ねると。
「うるせぇよ」
 リュミエの腕を掴む手に遠慮はなかった。クラウスは――恭介は機を逸さない。
 物語を彼も読み込んできた。衣装を作る間も考え続けた。魅力的に見せる立ち振舞いも心得ている。演劇に関する技巧に優れ、己の感受性をも操る恭介にとって、平静さを損なわずなりきるのはお手の物だ。彼は一言一句、違えない。
「俺は、アンタがどうして欲しいかだけ聞いてんだよ」
 近づけた面持ちにクラウスが刷いたのは、リュミエがどんな紗幕で遮ろうとも揺るがぬ意思だ。
 迷う素振りが縁の目線に出た。物語通りであれば、抱きしめてくれたら考えると言えば良いだけの場面。
 だが、クラウスに対して『思うところ』が出てきてしまい、縁は思いがけぬ言葉でかたちにする。
 行かないでクラウス、と。
 だって想像するクラウスは似ているのだ。とても。誰よりも愛しかった誰かに。
 リュミエの唇が綴る気持ちは、綴り手である縁の心でもあった。
「貴方を……誰にも、譲りたくありません……っ」
 ちりちりと音を立てて焼きつく欲心に、縁は抗えない。声が震え、熱い目頭から雫が流れる。
 すると真っ先に恭介が、舞台に蔓延り始めた悪意を睨みつけた。
「続々とお出ましか」
 クラウスらしい物言いで次なる夜妖の出現を報せ、場面は転換する。

●第二幕
 魔種と呼ばねばならなくなったカノンが、そこにいる。夜妖が模った偽ザントマンや、手下たちも。
 混戦と化す中、茄子子が喉を嗄さんばかりに叫ぶ。
「キミたちのような輩に負けてあげるほど、私たちは優しくないよ!」
 茄子子は煽りに煽り立て敵陣を興奮させ、味方を鼓舞する。
 本当なら、卑劣極まる彼らへ会長の名の下に制裁を与えたいところだが、会長という肩書はとうに置いてきた。
 とりあえず今日だけは。
 一方、物語でもとりわけ恋愛物にはとんと興味のないリアナルだが、気後れせずいくさばに立っていた。
(まぁ知らなくてもできるじゃろ。戦いに必要なものは、代わり映えせぬし)
 そしてリアナルが生み出したのは、負傷した傭兵という動かぬ幻影。激闘を物語る舞台装置として、幻が舞台奥に横たわる。
「おい、しっかりしろ! 今手当するからな!」
 傭兵らしい振る舞いで、リアナルは幻影へ話しかけていく。仲間たちへの支援だけは、欠かさぬまま。
 その間も、役者として舞台に上がるという落ち着かない感覚が、鬼灯の内で渦を巻く。
(本音をいえば、主役を引き立てる黒衣の方が性に合うのだが)
 想い過ぎりつつも瞼を落とし、無限の紋章を顕す。
「私も頑張るのだわ!」
 活き活きとした章姫の声を励みに、鬼灯の目が開いたときには、売人の刃が眼前まで迫っていて――キィン、と甲高い音が弾けた。
 音が消えゆくより早くブレンダが地を蹴る。いつにも増して身体が軽い。鎧が重いわけではないが、やはりアサシンの軽装と比べれば天と地ほどの差を感じた。まもなく彼女が口数の代わりに揮うは得物。
 勇ましき戦いの記録に綴られたイレギュラーズとして、閃光娘の追走曲で売人たちを――斬り伏せる。
 そしてブレンダの軌跡は光を翔けさせ、その姿を舞台上で輝かせる。
 煌めきの脇で、都会力を上昇させるため、メイは恋に苦悩する乙女を演じたまま蒼き彗星で夜妖を討つ。すると突然。
「クラウスなんて忘れちまえよ!」
 カノンへ剣を突きつける素振りをしながら、ローズが声を張る。チャラい風貌、飄々とした雰囲気を醸し出す男性イレギュラーズとして。選んだ理由は簡単だ。カノンみたいな子、自分が男として現場にいたら口説く。それだけで。
「俺なら、あんたを幸せにしてやる!」
 言いながら、カノンを殺そうと迫るヨルから、少女を庇う。
 混じり気なき殺し文句に、ひゃあ、とメイが両頬へ手を当てて声を零した。
 これが都会の口説き方なのですね、なんて胸中で思いながら。
「今までのカノン・フル・フォーレなんて捨てて、俺の嫁になってくれ!」
「許さんぞおお!!」
 なぜか偽ザントマンが割って入ってきたので、ローズは躊躇なく叩き返しておいた。
 同じ頃、傭兵に扮したリアナルが、戦いを最適化するため仲間へ支援を送り続ける。
「イレギュラーズ! 無理をするなよ!」
 彼女がかける支援は確実に、言葉も控えめに空気を震わせた。救護に回る素振りも兼ねた彼女を、ひとりの傭兵が引き止める。いつの間に紛れ込んだのか――幻ではなく夜妖がリアナルを掴み、場に留めようとする。
「ったく、動けないなら寝てろ!」
 荒々しい傭兵らしく、彼女は怪我人を叩き伏せた。
 未だに売人たちの下品な笑い声はやまない。
 やがて幾人かが、まるで品定めするかのように章姫を見つめ、近づいてくる。ひくりと、鬼灯の眉が動いた。
「そのような目で章殿を見るな!!」
 思わず叫ぶも、敵の挙動は揺らがない。
 鬼灯が軽く咳払いをし、すかさず招くのは――音響や照明を担当する師走が、いつぞや流した涙のかたち。
「何故だ、何故このような酷いことが出来る!」
 皓々と輝く闇の月で、呼びかけに応じた売人らを照らす。
「人を攫い、売り捌くなど……貴様らに誇りは無いのか!」
 鬼灯の月が照らすのは、人の姿形でなくかれらの昏い運命だ。
「人の心が、尊厳が、お金なんかより上な訳ないのだわ!」
 章姫もぶーぶーと訴えかけた。
 その近くで、お涙頂戴へブレンダが次に贈るのは、赤き剣と青き妖刀による双撃で。
「貴方が人を浚うのなら、私はそれを止めるため戦いましょう……」
 商売の卑しさを顔に刷いたかのような男へ殴り掛かり、ぐらついたところを二刀で刻む。
「貴方が誰かを傷つけるというのなら、私はそれを……絶対に許しません……」
 物静かながら憤りを秘めた口調で、ブレンダが告げる。
 伝えた相手は既に事切れたものの、舞台に響いた声は物語を綴るひとつとなって、心身に染み渡った。
 面白い、とブレンダは思う。
(誰かを演じる、というのは中々に)
 ぞくぞくと沸き起こる感覚は、武器を握るブレンダの両手に熱を流し込んだ。
 ふと、甘く切ないバラードが、どこからか聞こえてくる――縁の声だ。
「ここが正念場だよ!」
 茄子子の叫びは絶えずこだまする。
「キミたちの傷は私が治すから、目の前の敵に集中して!」
 彼女が築いた雰囲気に重ねるべく、リアナルも腕を掲げた。イレギュラーズの戦い振りに感化された傭兵として、自らへ強化を施し、士気の高揚を見事に演出する。いくぞ、と掛け声と共に迸る魔力で敵を死へ蹴り落とした。
 矢継ぎ早に別の個体へ迫るのは。
「エッフェンベルグの男を舐めるなよ」
 クラウスの、そしてディルクの決まり口上を乗せて、恭介が見えざる運命の糸で夜妖を切り裂く。
 不意に鬼灯の大音声が轟いた。
「さあ、熱砂の精霊よ! 誇り高き傭兵に加護を!」
「加護をなのだわ!」
 章姫も真似をした。すると前触れなく砂嵐が敵の元へ踊り出て。
「かの鬼畜生共を、熱砂の重圧で圧し潰せ!」
「こんな酷いこと、もう終わりにするのだわ!」
 想いのごとき重みで、狂おしい愛のごとき圧で、ヨルが呑まれていく。華やかな大技を決め、章姫の衣装まで拵えてもらえて良かったと、鬼灯も満悦そうだ。直後、別の敵による仕返しとばかりの一撃に見舞われるも、すかさず茄子子が癒しを届けてくれた。
 咲き誇る笑顔と弾ける声音。茄子子の持つそれらが、天上から舞い降りる天使のように、戦場へ光を注がせた。
「立ち上がれイレギュラーズ!ㅤまだ倒れる時じゃないよ!」
 応援歌のような調子で、茄子子は繰り返す。
 そして、彼女の治癒を受けた役者たちが集中切らさず演技を続ける様を一望し、想い馳せる。
(舞台は心をひとつにするのが、大事だからね!)
 クェーサードクトリンたる茄子子の声援は、じわじわと仲間を支え、敵を追い詰めるためのもので。
 傍ではたと立ち止まり、ローズは物思う。
(もしかして夜妖って……寂しいのかな)
 人のいる場所を求め、現れているような。何気ない思考ではあるがしかし、ローズは攻勢を鈍らせない。
 寂しいなら寂しいなりに、方法があるはずだと。そう教えるように――。
「もう戦いなんてやめようぜ」
 ヨルではなくカノンへ笑いかける。声と違う方角へ一撃を叩き込みながら。
 そしてローズはこうも思うのだ。もし。もしもこうして口説くカノンが男だったら。
「可愛い子はな、幸せになる権利があるんだ」
 たとえばそう。閉ざされた世界で恋をし、飛び出して、帰れなくなってしまった少年へ。
 今という時代を生きる男性が、心を手向けて開かせたなら。
(こんなに素敵なお話、他にある!? いいえ無い!)
 前触れなく、ローズの双眸から堪えきれない高ぶりが零れた。
 刹那、男の姿をした夜妖の足取りが覚束なくなり――好機をブレンダは見逃さない。お涙頂戴へ瞬く間に迫り、二振りを翳して。
 そこへ、直感によるクェーサーアナライズを茄子子が贈った。
「さぁ、この悲しい戦いに終止符を打とう!」
 片目をぱちんと瞑り、笑顔で見届ける彼女に、ブレンダが首肯する。そして。
「これで終わりです……終わりにしましょう」
 全身全霊を以って、悪性怪異の源を破壊する。
「悲しくて、永かった戦いは……ここで潰えるのです……」
 彼女が過ぎ去った後に残るのは、駆け抜けた英雄の轍のみだ。

 とても永くて、熱くて、かなしい。そんな物語にも終わりが近づきつつあった。

●第三幕
 痛みに喘ぐ暇など疾うに落として、カノンは息を切らし、上手で立ち止まる。さして広くない舞台でも、決死の逃走は全身で表せた。喉が乾いて仕方がなく、それでもカノンは――メイは、揺らぐ炎の名を声で模る。
「放っておけばいいじゃない! わたしなんて、どうせ……っ」
 叫びは掠れ、砂がざわつく。カノンに纏わり付いた砂は、一向に離れようとしない。
 『熱砂の恋心』において、これからの一言が意味するものを誰もが知る。知るからこそ皆一様に、固唾をのんで見守る。
 恭介も短いがゆえに難しい台詞へ、力でも情感でもなく、慣れすぎた演技のまま音を篭めた。
「待たせたな」
 啜り泣くカノンにもはや首を振る余力すらなく、瞼を落とすだけ。
 クラウスの素振りをしてみせたディルクが、その華奢な命――ではなく砂と化してメイを包みかけていた夜妖へ、終端を贈る。
 砂が掻き消えた後に残るのは、瞑目した少女のみ。浮かべた笑みはあどけなくも、寂しさからは遠いものだと観劇した誰もが讃えるだろう。そんな演技をメイはしてみせて、ひとつの熱砂が、静かな夜で眠りに就いた。眠る姿を見守った恭介の視界が、なぜだか少し、霞んで映る。
 そうして、上手は完全なる真闇に閉ざされた。
 余韻が尾を引く中、次に灯りが映したのはリュミエが佇む下手。深緑を連想する書き割り幕が風に揺らぐ中、寂しげな音と覚られぬよう強く踵で地を踏み、過去はつま先で蹴って、今日をゆく。リュミエという人柄を、縁が解釈した結果で。
 そして終いに独り、口にするのだ。
 ――うそつき、と。
 行き場なき情を、縁は手に篭めた。破れそうなぐらい手紙(ゆいごん)を握り、リュミエの気持ちを露わにする。
 やはり似ていた。似過ぎていた。だから腹の底から込み上げるものが、リュミエとしての熱と、縁としての熱とで混ざり合い、わからなくなる。あやふやなまま彼女が号泣したところで、漸く幕が閉じていく。
 どこからともなく、拍手が聞こえたような気がした。

 演目『熱砂の恋心』終幕。

●終演後
「……なんだ。なんだここの夜妖のバリエーション」
 すっかり項垂れてリアナルが息を吐く。
「ふざけた攻撃方法を持つ夜妖、いっぱいいすぎだろ??」
 舞台から下りて、溜めに溜め込んだ本音をぶちまける。言いたくなるのも無理はない。
 演じながら戦うってなんだ。夜妖とはいったい、なんだ。
 考えすぎるとお肌に悪いわよ、なんて恭介の助言にリアナルがまたひとつ溜め息を落とす。再現性東京における「気にするか否か」の尺度は、意外と人によってブレがあるのだと、リアナルはこのとき実感した。
「お芝居楽しかったのだわ!」
「そうだね章殿。観劇する側もいいが、舞台に立つのもなかなか」
 鬼灯よりも一段とはしゃいでいたのは章姫だ。愛らしい章姫はすっかり演劇の虜になっていて。
 そこでふと見上げて鬼灯は気付く。
 照明や音響を担った師走が、懐かしそうに目許を和らげ、体育館のギャラリーから仲間たちを見下ろしていた。
「そう言えば十五番目に付き合ったあの人も演劇を……うう、わかってる、悪いのは俺だ……」
 温かくアリーナを眺めていたはずの師走だが、突然、目頭を抑えて震え出す。
 ――あ。元カノのこと思い出して泣いてるな、あれ。
 察して鬼灯は特に声をかけず目を逸らした。いつものことだ。触れてはいけない。
 滓かに降って来る啜り泣きさえ構わずに、やり遂げた顔のメイが鼻を鳴らす。
「メイ、大人になった気がするのです!」
「大人に?」
 片付け中のブレンダが思わず聞き返すと、少女はのけ反らんばかりに胸を張って。
「まねっこ遊びじゃないプロの世界を感じたのです」
 やりきった顔をするのは茄子子も同じだ。演技と無縁の生活に身を置いていた会長だが、終えてみれば懸念など不要だった。当然だろう、なぜなら。
「会長はプロの世界でも失敗しないからね!」
 言いながら茄子子はメイと並んで胸を張った。
 二人の少女が織り成す微笑ましい並びから離れたところで、縁が細長い息を吐く。ほっとしている彼女へ、熱演お疲れ様、とブレンダが声をかける。ブレンダはそれぞれを労った後、がらんとしたステージを眺めて。
(実際に演じるのは初めてだったが……いい経験になった)
 悲しい物語なのに清々しさも覚えて、ブレンダは口の端をそっと上げた。
「そう! 今度脚本を書いてくるから!」
 突如後ろから必死な声が届く。
 振り向く若者たちの視界に飛び込んできたのは、体育館を訪れた演劇部員に迫るローズの姿態。
「2.5次元作品にしたかったのがあるんだ! 是非、是が非でも演じてほしいなって!」
 ハアだかヘエだか判らぬ曖昧な返事の演劇部員たちに、彼女の双眸は一際輝いて。
「違うの! 私はただ復活した演劇部の演技が見たいだけなんだから!」
 誰に咎められた訳でもないのに弁解が響き渡ったところで、ふと恭介が呟く。
「……熱砂の恋心も夜妖も、ああいう真っ直ぐな想いから来たのかしらね」
 一緒くたにして良いのか分からず恭介は肩を竦めたが、仲間たちも何となく頷いてしまった。

 こうして演劇部で発生した奇妙な物語の幕が下りる。
 涙を欲し、人を傷つけようとした夜妖はもう現れない。
 後日、演劇部の人たちはこう話していた。
 体育館のステージで練習すると、たまに嬉しそうな拍手が聞こえてくる――そんな気がするのだと。

成否

成功

MVP

夕凪 恭介(p3p000803)
お裁縫マジック

状態異常

なし

あとがき

 ――以上をもちまして、本日の公演は終了いたしました。
 どなた様もお忘れ物などございませんよう、今一度ご確認をお願いいたします。
 本日はご来場くださいまして、誠にありがとうございました。
 お気をつけて、お帰りくださいませ――。

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