PandoraPartyProject

シナリオ詳細

兵士は朝日を拝めない。或いは、乙女は神に祈らない…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●救済の乙女
 鉄帝国のとある荒野。
 その一角にある朽ちかけた砦がこの物語の部隊である。
 血と汗と土の臭いが立ち込める中、駆け回るは十数名の女性たち。
 揃いの白衣に身を包む彼女たちは“白き獅子団”と呼ばれる医師の集団であった。
 血の流れる戦場に赴き、彼女たちは命を救う。
 鉄帝国も、ノーザン・キングスも関係なく、戦場に散り行くそれは「1人ひとりの命」に過ぎない。
 それが獅子団のリーダーである女医師“フロイライン”の口癖だった。
 白衣を纏った小柄な女性だ。罅の走った眼鏡に白い長髪。顔色は青白く、目の下には濃い隈が浮く。
 疲労困憊といった様子の彼女はしかし、ここ数日の間、休むことなく怪我人たちの治療を続けてるのであった。
 彼女を突き動かすものは、幼きころに戦火に散った妹に捧げた1つの誓い。
「救える命はあまねく救う。己の命が尽きるまで」
 それが、何よりも守りたかった妹の命を救えなかったことに対する贖罪なのだ、と。
 そう告げる彼女はいつも、寂しそうに笑っていた。

 砦に運び込まれてくるのは、傷を負った兵士たち。
 時刻は夕暮れ。
 血に塗れた兵士たちに鉄帝国もノーザン・キングスの区別はない。
 皆が同じ血を流し、同じように苦しみ悶え、息絶える。
「またです、フロイライン。この方も、そちらの兵士も、皆同じ傷……」
 医師が連れてきたのは、意識を失った兵士である。胸から肩にかけての大きな傷。
 周辺の皮膚は黒く変色している。
 獣の牙か荒い刃物で抉られたように、広い範囲にかけて皮膚が失われていた。
 傷口の中に蠢く影が見えた……それは無数の線蟲だ。
 その線蟲のせいで、治癒のスキルによっては傷を癒すことができないのだ。
「外科処置でしか治療できないのが厄介ですが、時間をかければどうにか……」
 額から伝う汗を拭ってフロイラインはそう呟く。
 その目の下にはくっきりと濃い隈が浮かんでいた。体力の限界が近いのだろう。
 事実、次々と運び込まれる兵士たちの対処に追われ、フロイライン以外の医者たちは既に外科処置を行えるほどの体力、集中力が残っていないのだ。
 患者の数は既に50を超えている。
 そしてその数は、これからもさらに増えるだろう。
「フロイライン1人では、到底対処が間に合いません。蟲の付いた者は諦めるべきではないでしょうか」
 医師の1人がそう告げる。
 噛みしめた唇からは血が流れていた。彼女とて、本当は目の前で苦しむ兵士を見捨てたくはないのだ。
「蟲の付いていない者だけを治療すべきでは……」
 あまねく命を救うことを信条とする彼女たちに突きつけられる“命の選択”
「それでは駄目です。救える命はあまねく救う。そう、約束したんですから……」
 けれど、フロイラインの努力むなしく彼女の目の前で兵士が1人息絶えた。
 兵士が死亡すると同時に、その身を突き破り大量の線蟲が溢れ出す。1匹1匹、蟲たちを処理してフロイラインは次の兵士の治療にかかった。
 そんな時だ……。
「こいつら……駆除出来るはずだ。俺も蟲にやられたが、薬を飲んでいたからか、寄生、されずに済んでいる」
 そう言ったのは、大怪我を追ったノーザン・キングスの兵士であった。
 曰く、彼らの拠点にある試作品の“栄養剤”が蟲の駆除には効果的なのだという。
 戦に出る直前、それを飲んでいたこの兵士は、おかげで蟲に寄生されずに済んだらしい。
「フロイライン、よかった。奇跡ですよ、これは。あぁ、神よ、ありがとう」
 胸の前で手を組んで、医師は神に感謝を捧げる。
 けれど、フロイラインはそれを止めた。
「神に祈っても軌跡なんて起きませんよ。彼らを助けられるのは私たちの努力のみ……それに、蟲の溢れた戦場を抜けて誰が拠点に薬を取りに行くんです?」
 

●ここが地獄じゃあるまいし
「依頼の内容は、可能な限り多くの兵士を救うことだ」
 と、そう告げたのは『黒猫の』ショウ(p3n000005)だった。
 彼の語る話はこうだ。
 砦には“白き獅子団”と呼ばれる医者の集団が詰めている。その数は全部で13名。
 また、50を超える怪我や毒で動けない兵士たちが所狭しと地面の上に寝かされていた。
 兵士たちの中には既に死した者もいるが、それを移動させる暇もなくその場に安置されたまま。
 死体のうちいくつかは、内側から蟲に食い荒らされて酷い有様であった。
「砦には兵士たちを襲った蟲の怪物が迫っている。1体1体は大した強さじゃないが、2体ほど強力な個体がいるらしい」
 蟲の怪物の姿は様々で、人や獣に似たものもいれば、ボールのように塊っただけのものもいる。
 その体は線蟲の集合体であり、中心部に核となる“巣”があるそうだ。
「蟲に巣食われて死亡した兵士たちも、線蟲を駆除せず放置していればいずれ“巣”に変えられるんだろうな」
 そうなる前に線蟲を駆除するか、兵士の身体ごと燃やし尽くす必要がある。
 あるいは、ノーザン・キングスの拠点に保管されているという“栄養剤”が線蟲駆除に効果的との情報もあった。
 もしもその薬を回収できれば、このままフロイライン1人に治療を任せるのに比べ、3倍以上は多くの兵を救えるだろうか。
「もっとも薬を取って帰ってくるのにはそれなりに時間がかかるだろうな」 
 およそ10~15、状況によっては20ターンはかかるだろうか。
 また、拠点までの道中にも蟲はいるため交戦が必要となる場合もある。
「都合20体ほどの蟲が砦へ向かっているそうだ。砦への侵入を許せば、大惨事は免れないだろうな」
 つまり、とショウは状況を整理する。
 必要なのは、フロイラインの治療が終わるまで砦を守り抜くことだ。
 治療が終わる……それは「全員を救う」ということではない。
「医療の心得があればフロイラインの手伝いもできるだろう。可能なら手伝ってくれ、とのことだ」
 多くを救いたいのなら、外科手術を行う者や“栄養剤”を取りに行く者も必要となるだろうか。
「それと、線蟲たちについてだが……」
 蟲たちの攻撃には【毒】が、巨大蟲の攻撃には【疫病】と【猛毒】が付与される場合もある。
 そして厄介なことに、蟲たちは必ずしも全個体が同時に襲って来るとは限らない。
 散発的な襲撃に対応するため、戦闘時間が長引くことが予想されるのである。
「まったく、そんな状況でよくもいままで持ちこたえたものだ」
 なんて、言って。
 ショウはフロイラインを讃えたのである。

GMコメント

●ミッション
・“白き獅子団”による兵士たちの治療終了まで、砦を蟲の襲撃から守り抜く。

●ターゲット
・線蟲兵×20
線蟲の集合体。
大量の線蟲が寄り集まって人や獣などの姿を取って活動している。
鉄帝国とノーザン・キングスが争っている戦場に突如現れ両軍をほぼ壊滅に追い込んだ。
現在、砦へ向けて進行中。砦に襲撃をしかけるつもりだろうが、全個体が一斉に襲って来るとは限らない。

線蟲:物至単に中ダメージ、毒


・線蟲将×2
一際巨大な線蟲たちの集合体。
通常の個体よりも頑丈で好戦的。

線蟲(強):物中単に中ダメージ、疫病、猛毒


・フロイライン
医者の集団“白き獅子団”のリーダーを務める女性。
戦火で妹を失って以来20年、医療に携わり生きてきた。
彼女は命を救いたい。
兵士であれ、平民であれ、貴族であれ、貧者であれ、区別なく目の前でそれが失われようとしているのなら手を差し伸べずにいられない。
現在、次々に運ばれてくる線蟲に寄生された兵士の治療中。
現在の“白き獅子団”には外科的な手術を行えるのは彼女しかいない。
また、依頼達成には必ずしも必須ではないが下記要望があげられている。

1・ノーザン・キングスの拠点から“栄養剤”を回収してほしい。
2・外科手術や治療の経験、知識、技能を持つ者は、線蟲除去を手伝ってほしい。


●フィールド
鉄帝国のとある荒野。
崩れかけの砦が舞台となる。
時刻は夜。つい数時間前に日が暮れた。
砦には50名ほどの動けない兵士と、13名の医師たちがいる。
うち20名ほどが蟲に寄生された状態にある。
荒野に遮蔽物は存在しない。
荒野には救助されていない兵士や、線蟲兵がいるかもしれない。
砦から鉄帝国、ノーザンキングスの拠点までの距離はそれぞれ400~500メートルほど。
ノーザンキングス拠点には線蟲駆除に使える“栄養剤”が保管されている。

【およその位置関係】

     ▲砦


    荒野     ▲鉄帝国拠点 

 ▲ノーザン・キングス拠点   

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 兵士は朝日を拝めない。或いは、乙女は神に祈らない…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月19日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)
キミと、手を繋ぐ
DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)
ゲーミングしゅぴちゃん
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者

リプレイ

●状況開始
 鉄帝国のとある荒野。
 荒れた地面には血の痕跡に、散らばる薬莢。
 夜闇を切り裂き飛ぶフクロウが「ホォ」と鳴く。
 フクロウの後を追いかける人影が2つ。
「救うことを諦めないと云うのでしたら少々無理して参りませうか」
「大丈夫でありますよ。栄養剤を無事回収するであります」
 『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)。そして『マム』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)だ。

 壁に吊るした松明に『シュピーゲル』DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)が火をつける。
「持久戦は得意とするところです。松明の灯に引き寄せられるかは未知数ですが……やらないよりはマシでしょう」
 そう呟いた彼女の頭上で、ランタンの明かりが揺れていた。彼女の使役する電子妖精である。
「……来ましたね」
 SpiegelⅡの見下ろす先……暗がりの中から何かが姿を現した。
 黒く蠢く不気味な体。無数の線蟲で構築された人型は出来の悪い前衛芸術のようでさえある。線蟲兵と通称されるその生物こそ、荒野を地獄に変えた元凶だった。

 荒野の砦に、横たわるのは無数の兵士。鉄帝国の者も、ノーザン・キングスの者も区別なく、誰もが傷つき、苦悶の声をこぼしている。
 兵士たちの中にはすでに息絶えた者もいた。その遺体は運び出されることなく、ずっとその場に残されている。兵士たちの手当てに当たる医者の数は13名。
 “白き獅子団”と呼ばれる医師団だ。
 1つでも多くの命を救う。
 それを成すのは神の奇跡などではなく、ただ我ら医師の技術と努力によってのみ。
 “白き獅子団”の代表を務める女性、フロイラインの言葉である。
「軍属時代の技能を生かせる日が来るとはね……フロイライン。貴女の志に敬意を」
 傷つき呻く兵士の腹部にピンセットを差し込みながら『雷光・紫電一閃』マリア・レイシス(p3p006685)はそう告げた。
 そんな彼女の隣では、白髪の女医、フロイラインが同じように兵士の傷口から何かを引きずり出している。
「敬意など……救えなかった命の方が多いので。ですが、えぇ……お手伝いには感謝します」
 そう言ってフロイラインは、指の先で引きずり出した何かを潰した。それは黒く細い蟲。兵士たちを死に至らしめる寄生生物である。
「こちらはお任せしますね、マリアさん。命を救う手助け、微力ながら一助になれば……私自身に医療技術がないので、外からの侵入は防いで見せます!」
 2人に深く一礼を送り『放浪の剣士?』蓮杖 綾姫(p3p008658)は踵を返し歩き始める。後頭部で1つに括った長髪が歩みに合わせて左右に揺れた。
 
 兵士たちを襲ったそれは、線蟲たちの集合体であったという。
 それは傷口から兵士の体内に侵入し、体を内から喰らい、増える。
 けれど、しかし……。
「ははははっ! 聖都神殿騎士ハロルドここに推参、ってなぁ!」
 その攻撃は『聖断刃』ハロルド(p3p004465)の纏う障壁を貫くことなく停止した。獣のような笑みを浮かべたハロルドは剣を薙いで線蟲兵の腹部を抉る。切られた線蟲がぼろぼろと地面に零れたが、新たに内から溢れた線蟲によって傷はすぐに塞がった。
「ちっ……ダメージが通ってるのかどうか、分かり辛いな」
「関係ナイよ、そんなこと。こっちに向かって来てるムシ連中はゼンイン潰す! 一匹たりとも通さないよ!」
「あぁ、分かってるよ!」
「なら、何もモンダイないね!」
 シッ、と空気を切り裂く音は、拳によって奏でられた。
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の振るった拳が、線蟲兵の頭部を砕く。飛び散った蟲の体液がその銀髪を黒に濡らした。
「えぇ、砦の防衛役として出来る事をしましょう!」
 そう告げたのは男の名は『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)。手にした大検を大上段に振り上げると、彼はそれを力任せに振り下ろす。
 頭部を裂かれた線蟲兵が、ボトボトと蟲を地面にこぼしつつオリーブへ向け飛び掛かる。

●救うための行動
 光輪が少女の体を包む。
「おいで、もう一人のシュピーゲル(わたし)」
 手足の先から順番に、少女の体を鋼が覆う。黒を基調とした装甲姿こそ、SpiegelⅡの本来の姿であった。
「本機体――動作正常」
 ドクン、と鼓動の音がした。機体と少女の意識がリンクし、脚部のバーニアに火が灯る。
「目標、正面敵性体(フロントマーカー、ユニット、セット)――交戦、射撃始め(エンゲージ)!!」
 人型機動兵器SpiegelⅡ、起動。

 地面を削りSpiegelⅡの機体が駆ける。
 土煙を巻き上げながら線蟲兵へと急接近。その頭部に手を添えた。
「何で知覚認識してるか不明ですが、どうやら回避は苦手な様子」
 エンジンが回転数をあげていく。
 余剰の熱を排気しながらSpiegelⅡの巨腕がうなる。駆ける勢いもそのままに、彼女は線蟲兵を背から地面に叩きつけた。
 衝撃波。地面が砕け、土砂が散った。
「目標――活動継続――くっ」
 体を構成する線蟲の大半は、先の一撃で潰れていたが、それでもそいつは生きていた。ずるり、とSpiegelⅡの腕に線蟲が巻き付き、関節部へと潜り込む。
「…………」
 バチ、と空気の弾ける音が鳴り響く。
 回路を傷つけられたのか、SpiegelⅡの腕関節で火花が散った。

 線蟲兵の伸ばした腕に爪先を乗せ、綾姫は宙へ身を躍らせる。空中で体を捻り、剣を振る。線蟲兵の頭部を斬り裂き、綾姫はその背後へ着地。
 立ち上がる動作に乗せて、背後へ向けて剣を薙ぐ。延ばされた線蟲兵の両腕を、半ばほどで断ち切ると、一瞬さえもそちらを見ずに次の獲物を目で探す。
 身もだえる線蟲兵の背後から素早く駆け寄る銀の影。
「音や振動に反応してるみたいだね。ユウドウにリヨウできそうだ!」
 地面が震えると錯覚するほどに強い踏み込み。
 閃光と共に振りぬかれたイグナートの拳が、線蟲兵の胸部を打った。
 紫電を纏った高速の拳打は、正しく線蟲兵の巣を打ち砕いたのだろう。結束を失い、地面に零れる蟲たちはあっという間に力を失い死んでいく。
「イグナートさん、先日はお世話になりました。ところで1つ、手伝っていただきたいことがあります」
 遠くへ視線を向けたまま、綾姫はそう囁いた。綾姫の視線を追って、イグナートもまた“ソレ”の姿を視認する。
 荒野の先から砦へ迫る黒い影。肥満体の男のようにも、あるいは動く巨岩のようにも見えるそれ……線蟲将がそこにいた。

 聞こえる音は兵士の呻く声ばかり。
 血と臓物の臭いが満ちたその空間は、さながら地獄の淵の有様。
 そんな中、黙々と手を動かすマリアと、そしてフロイラインの姿は、死を目前にした兵士たちの目にきっと天使のように映ったことだろう。
 たとえ、治療の甲斐なくその命を終えることになったとしても。
 最後の瞬間まで、彼女たちが手を尽くしてくれたという事実。
 それだけで、彼らはきっと救われた。
「……なんて、そんなわけあるはずがありません。死の間際に、微笑んでいるなんて、そんなの嘘だ。私は、私たちは救えなかった。手を尽くしたなんて、死者に対して何ら言い訳にもならない!」
 死した兵士の骸を抱き、フロイラインは言葉を零す。けれど、彼女が涙を流すことはない。たとえ噛み締めた唇から温かな血が滴ろうとも。
 遺体を仲間の医師に任せ、彼女は次の患者のもとへ。
 そんな彼女にマリアは努めて明るく告げた。
「大丈夫! 私の仲間達は皆頼れるすごい奴らさ! きっと薬を持ってきてくれる! ここを守り切ってくれる! いざとなったら私も出陣しよう! だから諦めてはいけない! 皆で生きて帰ろう!」
 その瞳は赤く充血していたけれど。
 悔しさに噛み締めた唇からは、血が零れていたけれど。
 守ること。そして、救うこと。
 それが彼女の胸に抱いた戦う理由であるのなら。
「1人でも多く救ってみせる!」
 弱音の1つも口にすることは許されない。

 気合一声。
 オリーブの放つ斬撃が、線蟲兵を真っ二つに斬り裂いた。吹き出す黒い体液を浴び、纏った鎧が斑に染まる。何度も斬った。何度も殴った。線蟲兵が立ち上がらなくなるその時まで、ただがむしゃらに、目の前の敵を打倒した。
 頬を抉られ、腕を裂かれ、脇腹を食い破られてなお、オリーブはしかしただの1歩も後退しない。彼が後退してしまえば、砦の守りが薄くなる。
 ひとたび防衛ラインが下がれば、なし崩し的に線蟲兵の進行を許すことになるかもしれない。
「残念ながら! 自分に毒は、効きません!」
 腕に巻き付き皮膚に食いつく蟲たちを、逆の手でつかみ力任せに引きはがす。
「はははは! いい覚悟だ! そうだ、その通り。俺たちの役割は壁役だ!」
 そう叫ぶハロルドもまた、額から血を流している。付与された【ルーンシールド】は確かに物理的な攻撃を無効化するが、けれどしかし術の切れた一瞬を見逃すほどに線蟲兵も甘くはない。
 絶え間ない波状攻撃は、確実にハロルドの体力を削る。もっとも、先に倒れるとすればそれはきっとオリーブだろう。そう判断し、ハロルドは発煙筒へと手をかけた。
「どうする? レイシスに救援を求めるか?」
「っ……いえ。それより、あちらを! 誰かが向かって来ます! 線蟲兵を減らしつつ、支援に行きます!」
 目の前に迫る線蟲兵を大剣のひと振りで斬り捨てて、オリーブは遥か遠くを見やる。
 なるほどそこには、確かに走る誰かの姿。どうやら数体の線蟲兵に追われている。
「よし! 行ってこい。こっちは俺が受け持った!」
 オリーブを送り出したハロルドは、そう叫ぶなり線蟲兵の最中へ向けて飛び込んだ。

 ノーザン・キングス拠点。
 倒れ伏した線蟲兵を一瞥し、ヘイゼルとハイデマリーは天幕の中へと足を踏み入れる。
 血や肉片の散らばった凄惨な状況。転がっている兵士の骨の傍らに、壊れたライフルが転がっていた。
「最後まで、本陣を守るために戦ったでありますね」
 鉄帝軍人であるハイデマリーにとって、ノーザン・キングスの兵士は敵に他ならない。それでも、軍務に殉じたその姿には思うところがあるのだろう。
 兵士の背後、無傷で残ったクロゼットを開ける。中には今回の目的である栄養剤の箱があった。ヘイゼルと手分けし、それを背嚢へと詰めると2人はそろって元来た道を引き返す。
 そんな2人の背後から、ひゅおん、と風を切る音が鳴った。
「……ぐっ!?」
 背後から肩を撃ち抜かれ、ハイデマリーが姿勢を崩す。後ろを振り返れば、そこにいたのは巨大な線蟲兵だった。
 だとすれば、ハイデマリーの脇を抉った“何か”はきっと、射出された線蟲だ。
「隠れていたか!」
 レールガンを構えるハイデマリー。けれど、ヘイゼルはそれを制止した。周囲を見やれば、荒野の四方から向かってくる線蟲兵たちが見える。
「ここは私が囮となります。ハイデマリーさんは迅速に任務を果たしてください」
「……武運を、祈る」
 短縮した敬礼をヘイゼルへ投げ、ハイデマリーは翼を広げ地を蹴った。上昇するハイデマリーへ向け、線蟲の弾丸が撃ち込まれたがヘイゼルの展開した赤糸によってそれは宙で微塵に刻まれ地に落ちた。
「さぁ、いらっしゃい。私が相手になりましょう」
 線蟲たちの注意を引き付けながら、彼女は薄く冷たい笑みを浮かべてみせた。

●命の灯火
 時間の経過はいかほどだろう。
 しなる鞭が背を裂いた。否、それは線蟲の腕である。飛び散る血が頬を濡らして温かい。
 ほどけた髪が風に舞う。頬を伝う汗……血が混じり、べたつく。
 都合4体の線蟲兵と線蟲将に嬲られながら、どうにかここまでたどり着いた。ヘイゼルの視界、遥か遠くでハイデマリーが砦へ向けて降りていく。
 よろけ、倒れるハイデマリーの脇腹を線蟲将の腕が抉った。喉の奥から血が溢れ、一瞬視界が黒へと染まる。
 意識を失い、倒れてしまえば少しは楽になるだろうか。硬い地面が、まるで柔らかな布団のようにさえ思える。それほどまでに今の自分はぎりぎりで……けれど、そんな彼女の耳朶を擽る誰かの声に、意識は現へ引き戻された。
「あと少しだけ、走れますか? それと、良ければ回復をお願いしたい!」
 声の主はオリーブだ。大剣を盾のように斜めに構え、線蟲将の拳を止めた。
 その身を包む鎧は斑に染まっている。線蟲兵の体液と、彼自身が流した赤い血によるものだ。くすり、と思わず笑みを零してヘイゼルは【パンドラ】を消費し、意識を繋ぐ。
「もちろん。それに、まだ逃げ遅れた兵士たちもいるはずですから」
 できるだけ救ってあげましょう。
 そう呟いて、ヘイゼルはオリーブへ向け回復術を行使する。線蟲兵の猛攻を巧みな剣技で受け止めながら、2人は砦へ向けて進んだ。
 そんな2人の足元に、ボタリボタリと血の雫が滴り落ちる。

 線蟲兵に囲まれて、その猛攻に晒されながらけれど彼は笑みを浮かべて立っていた。
「さぁ、テメェらごときに俺の翼十字が貫けるか!」
 両手の刀を交互に振るい、ただ眼前の線蟲兵の体を刻む。
 何度地面に転がされても、何度頬を打ち据えられても、決して刀を手放すことなくハロルドはひたすらに、線蟲兵たちの注意を自身に集め続けた。
 そして……。
「そろそろか……おい蓮杖! 構わねぇから、俺ごとまとめて吹っ飛ばしてくれ!!」
 線蟲兵の腕に刀を突き立てて、声高々にそう叫ぶ。
 それを受けた綾姫は歯を食いしばり、自身の剣を振り上げる。
 はじめは淡い燐光が……それは次第に輝きを増し、綾姫の剣を中心に魔力の波動が吹き荒れた。鮮烈に光を放つ彼女の剣は、まるで地上の星のよう。
 あるいは、それは雷光の具現か。
 目を開けてはいられぬほどの光の奔流。夜の闇さえ、その輝きは退ける。
「魔剣、解放……!!」
 一閃。
 大上段から振り下ろされた剣からは、解き放たれ魔力の波動が地面を抉り吹き荒れた。
 まさしくそれは、魔砲と呼ばれる一撃で。
 奔る閃光は、高笑いをあげるハロルドごとに無数の線蟲を飲み込み焼いた。
「……ハロルドさんはともかく、彼の刀は無事なのでしょうか」
 額を伝う汗の雫もそのままに、綾姫はそう言葉を零す。

 顎の下に左右の拳をそろえて添えて、イグナートは1歩前へと踏み込んだ。線蟲将の胴から伸びた蟲の棘を、上下左右に頭を流して回避する。
 ゼロ距離にまで迫る過程で、一体どれほど同じ動作を繰り返しただろうか。それはいわゆる、ヘッドスリップと呼ばれる技能。
 最低限の動作でもって、ターゲットとの距離を縮めてイグナートは右の腕を引く。
 空気の爆ぜる音がした。
 青くスパークするそれは、ある種の神話に語られる雷神の御業の再現にさえ思えるだろう。
 しかし、後1歩。
 最大威力で鉄騎の拳を打ち込むためには、距離を詰める必要がある。
 そして、その1歩は今のイグナートには遠すぎた。
 けれど、しかし……。
「戦争では人が沢山死にます。しかし、しかし、この戦場は……」
 意味のある死が遠すぎる、と。
そう告げたSpiegelⅡが、線蟲将を背後から羽交い絞めにした。暴れる線蟲兵が胸部装甲を打ち砕く。
 破片が飛び散る、その刹那。
 SpiegelⅡは地面を蹴って高く頭上へと跳んだ。線蟲将の左右の腕は、それにより引きちぎられる。そして……。
「これで倒し切ってやるよ!」
 電光を纏うイグナートの拳が、がら空きになった胴を深く撃ち貫いた。

 友を担いで、ようやく砦に着いた兵士が息絶えた。
 背に担がれた兵士の腹には、大きな穴が開いていた。
 あっさりと、伸ばした手が届く余地さえもなく2人の命がそこで潰えた。
 これが戦場。これこそが死。誰にでも平等に、そしてある日突然、理不尽に降りかかる。
 果たして、それを運命と呼ぶのなら……。
「抗いなさい」
 フロイラインがそう告げる。
「捻じ伏せろ!」
 声高らかにマリアは吠えた。
「「貴方たちの命は、蟲なんかにくれてやっていいものじゃない!!」」
 2人の声が重なった。
 その直後……。
「すまない、待たせた!」
 砕けた砦の天井部から、翼を広げたハイデマリーが舞い降りる。

 栄養剤を摂取し、命を繋いだ兵士たちへハイデマリーはこう告げた。
「武器を取れ! 同胞の命を奪った怨敵を! 宿敵に尊厳なき死をもたらした仇敵を! 諸君らはみすみす見逃すつもりか!」
 否、否とはじめは小さな呟きだった。
 1人2人と言葉は重なり、それはやがて大合唱の波となる。
 鉄帝国の兵士が銃を手に取った。ノーザン・キングスの兵士が這いずりながら外へと向かう。身動きの取れないものは、弾倉を友へと手渡した。叫ぶことさえできない者は、瞳を見開き砦の外に線蟲たちを睨み据える。
「よろしい、諸君。開戦であります! さぁ、蟲どもよ、鉄帝の血を流した報いをうけるがいい!」
 号令とともにハイデマリーは飛び立った。その後に続き、赤雷を纏ったマリアが駆ける。
 怒号をあげて、軍靴を鳴らし、兵士たちが砦の外へあふれ出す。

 東の空に朝日が昇る。
 線蟲兵がただの1匹さえも残らず、駆逐されるまでさほどの時は要さなかった。
 失われた命は多く、そして明日も互いに殺しあう立場。
 けれど、しかし、今だけは。
 所属の別なく、彼らは友の冥福を静かに祈り、涙をこぼした。

成否

成功

MVP

マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
無事、栄養剤を確保し兵士たちの体から線蟲を除去することに成功しました。
また、治療の甲斐もあり本来よりも多くの命を救うことができました。
ありがとうございます。依頼は成功です。

この度はご参加、ありがとうございました。
お楽しみいただけたのなら幸いです。
戦争はまだまだ続きますが、少なくともこの日、この場所で失われたかもしれない命を多く救えたかと思います。
また機会があれば、別の依頼でお会いしましょう。

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