シナリオ詳細
<巫蠱の劫>結んで、開いて
オープニング
●宮内省のカノジョ
「きゃあっ」
重い荷物を持って歩いていた精霊種の少女が一人。
イレギュラーズたちはふと、荷物の多そうな精霊種を助けてやったのかもしれない。
あるいは、通りすがっただけだろうか?
「ふふ、ありがとうございます。宮内省の方も、最近は忙しくて。私も下働きとはいえ、なかなか大変でっ!」
彼女の名前はヤマメというらしい。
八重歯がかわいらしい精霊種だ。ぱたぱたと良く動き働く彼女は、どうやら宮内省で働いているらしい。
「えへっ、といっても、下っ端の下っ端ですけどね。
ああ、私も鬼人種の皆さんみたいに力持ちだったらいいんですけどっ! もしかして、神使様たちも力持ちだったりするのでしょうか?
えっと、とにかく、ありがとうございました。ではまたっ!」
●(数刻前)
「また一人死んだか……」
南無南無と手を合わせる通行人。
「こうなりゃ、上も下も関係ねぇな……」
「ああ、これで五件目だっけな」
「今、カムイグラの京では呪詛が大流行ときたもんさ」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は柱に深くもたれかかる。
日陰に身を沈めるように。その姿はさながら黒猫であろう。
「なんたって呪詛だからね、……上の者もおちおち安心しちゃいられない。いつ寝首をかかれるかとびくびくして、護衛をたっぷり雇ってる。
ここで君たちに調べてほしいのは、宮内省の下の方で起こってる連続呪殺事件の犯人さ。なんたって、……おっと、食べ物を食べてたらゴメンよ。
”忌に腹を食いちぎられる”という被害者たちの殺され方は同じなのだけれど、被害者たちに共通点がない。困ったことに、殺されて当然な奴もいれば、どうして、と首をひねりたくなるようなものもいる。
誰が犯人なのか突き止めて。できれば証拠も挙げて、凶行を止めるというのが今回のオーダーさ」
●ヤマメの一日
「ふんふんふふふーん♪」
いつも通りの日課。
宮中中の衣装を集めてごしごしと選択桶で洗う。
冷たい水の手がしびれるようで、それでも自分のお役目は大切なものだとヤマメは思っている。
衣装一つとっても、上下の身分で違ってくる。これを間違えば大目玉だ。宮では、ひんしゅくを買いかねない。
毎日が似たようなことの繰り返しだけれど、ヤマメはとても満足していた。
昼になればせわしない配膳の用意。
これひとつだって、宮ともなれば上下に確たる規則があって、気の抜けない仕事だ。腕をどこに配置するか。かざりをどう置くか。季節の花をどうやって添えるか……。気を抜けない仕事なのだ。
間違えば即刻お暇を言い渡される、なんてこともあるくらいで……!
下働きにはほんとうに重労働だ。
呪殺事件で人が減っている今は、なおさら。そう。
夜になったら、ようやくひとやすみ、といきたいところだけど……これがまた大変なのだ。
いつも通りの呪詛は、一日だって欠かせない!
カラスの妖の脚に、五寸釘を打ち込む。
ぎゃあぎゃあと耳障りな鳴き声はどこか他人事。
やっぱり鶏を絞めるときとは違う。
不愉快な感触で手のひらがぬるぬるする。
「天女様! どうですか? ……ああっ、ありがとうございます!」
散らばった羽はちょうど犠牲者の数。
●はい、私ですけど……
――ここらで呪いがあったらしい。
「知ってますか? 最近流行りの恋愛成就のおまじない。
カラスの羽根に曼珠沙華を添えて月夜に願うと、天女さまの声が聴こえるそうですよ」
――また一人亡くなったそうだよ。
「えっ、そうですね。最近物騒ですよね。
皆様も気をつけてくださいね」
――苦悶の表情を浮かべて、可哀想に。
「ええ? でも絶対に安らかでしたよ?
私が言うんだから間違いないですよ」
どういうことかと問い詰めたならば。
「え? そうですよ。私がやりました」
- <巫蠱の劫>結んで、開いて完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月14日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●袖触り合うも
思い出にかすかにまぎれる淡い伽羅の香り。
通りすがりざま、ぱたぱたと走る少女から香った匂いは、どこか懐かしいものであった。
『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)は、ふと、籠の中の鳥を思い出す。
今もあの子は、夢を売って生きているのだろうか。
(さよならを告げたから二度と会う事もないだろうけれど)
他人事のようにそう思いながらも、ヴォルペは、少女に話しかけていた。
「ねえ、そこの君。……もしかして、そこで働いてるの?」
●尋問
「突然お呼び出ししてしまってすみません、ヤマメ殿」
「いいえっ、天女様のお話でしたらいつでも大歓迎です!」
『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)にヤマメは溌剌として答える。
天女。
その言動の裏にある齟齬を、いち早く感じ取ったのはユスラ(p3p008637)であった。
雑談交じりに交わされる言の葉の裏に潜んだ違和感。それを手掛かりとして、イレギュラーズは、ここへと至った。
「そもそもの話……「恋愛成就のおまじない」で天女様の声って、関係あるの……?」
「え?」
「天女様から助言を得たとして、それを実行できるのと、したところで上手く行くとは別なわけで……」
ヤマメの語る天女の像と、恋愛成就のおまじないが上手く結びつかないのだ。
呪術に深く通じるユスラであっても、そのようなものは聞いたことがない。
「うーん、そうですね……。……きまった所作を繰り返すというのは大事なことなのです。別にご利益がなくたって、ご飯の時にはいただきますって言うでしょう? それとおんなじですね! 毎日の積み重ねが大事なのです。
あっ、レーゲンさん、もふっていいですか!?」
「きゅう……」
『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)は悲しそうにヤマメを見る。
いい人なのに。今だって、そう思えるのに。
「つまりその行為自体に、明確な意図はないのですね?」
「はいっ。おまじないですから」
「……そこがずっと疑問でありました。今までの事件は明確な意思を持って、「誰か」が「誰か」を呪うというものでした」
ルル家は静かに言う。
「……なんの、ことですか?」
京の都で、異様なまでに、呪詛が流行り出している。
(今回は、……対象が、あまりにも多すぎるであります……)
『全霊之一刀』希紗良(p3p008628)はぎゅっと太刀を握る。
今回の件を先導している輩がどこかにいるのではないかと考えるのは自然のこと。
いや、背後に潜むは、もっと巨大な何か。
妖を使った呪詛など、今まではなかった……。肉腫など、いなかった……。
「今回の呪詛……共通点が見つからないのではなく、ないのだとしたら?」
かつかつと歩みを進め、ルル家はキャスケットをかぶりなおす。
「えっと?」
「呪詛を広める者は豊穣の治安を乱したいのかと思っていましたが、もしかしたら呪詛を使わせる事自体が目的なのではないかと。……下手人は、何も考えず、ただ、毎日のルーチンに従い、決まったことを繰り返す。そうではありませんか?」
「……困りましたね」
はにかむヤマメ。
何かの間違いであってほしいと思った。そうでなくても、何か事情があるのなら、手を差し伸べていたように思う。
「此度の連続殺人事件、何か知っていること……あるで、ありますよね?」
希紗良に向かって、ヤマメは。
「はい。私がやりました」
悪びれもせず、けろりと言った。
●決裂
レーゲンの鳩が、上空を旋回する。
あんなことを告白したというのに、馬鹿げたように平和な光景が広がっている。
このまま何事もなかったかのように流せば、何事も起こらないのかもしれない。
そう、思えるほどに。
「きゅっ……!」
レーゲンはヤマメの手を払い、神気閃光を解き放つ。
「きゃあっ!」
「どうしてきゅ?」
「どうしてって、幸せの限界って決まってるじゃないですか。だから、分け与えなくてはならないじゃないですか。レーゲンさんはそう思わないのですか?」
言葉は通じているが、話は通じない。
「ははあ、これはまた面倒な事で」
ヤマメは完全に狂っている。
『宵闇の調べ』ヨハン=レーム(p3p001117)は、もちろん、戦闘の可能性を考慮に入れていた。だからこそ、民間人を巻き込まぬようにこの場所を選んだのである。
イレギュラーズたちは既にヤマメを取り囲み、とり逃さぬように迎撃態勢に入っている。
「罪の意識がないのでやりにくいのですけど、まぁ、無条件に許すという訳にも行きませんね!」
「幸せに総量なんてないっきゅ!」
レーゲンの叫びは悲痛に満ちたものである。
「美味しい物を一人で食べると幸せで、誰かと一緒に分け合うと二倍っきゅ!」
「……ああ、困ったなあ」
「無垢に、心から心酔しているのであれば……その「信仰心」は本物なのでしょう」
『救世の炎』焔宮 鳴(p3p000246)が、閉じた目を開いた。その瞳はまるで別人のように、ヤマメを鋭く見据えていた。
「はいっ、ヤマメは天女様が大好きですから」
「ですが。その行為は到底許容できるものではありません」
「あれ。……どうして? 鳴さんなら分かってくれると思ったのになあ」
「民を襲い、民を呪い殺す信仰であるならば、私はそれを赦すことはない」
鳴ははっきりと、決別を告げる。
「民を護るべき当主であった者として。民へ害為すソレを赦すことはない」
鳴の瞳がすう、と細められれば、紅き火影の指輪が揺らめく。
生み出された炎が、酸素を吸って剣と成す。
「……お仕置きの時間ですね?」
「あははは!」
ヤマメの周りには、怨霊が5体。
出刃包丁の一撃を、希紗良が踏み込み、受け止めた。
多段、繰り出される牽制の突きが、自由に動くことを許さない。
「こちらはキサにお任せくだされ」
希紗良は両手で、太刀を構える。
「そなたたちに恨みはありませぬが、邪魔をするなら斬り捨てるまで」
「神妙にお縄につく気も無いようだし、少しお灸を据えてあげましょうか……!」
ユスラの赤い目が、針のように変じた。
相手の呼吸、体温、その一挙手一投足までとらえたかのように、敵を睨み付けながら神楽鈴をシャンと一振り。
清涼な音が、禍々しさを打ち払うかのように響き渡る。
怨霊がひるんだようにも思われた。
「えっーと、今ならやめてもいいですよ? ホントに戦うんですか?」
「それは無理ってものですよ。ヤマメさん!」
ヨハンが掲げる、高らかな号令。
「ヒトとして罪を償うか、バケモノとして死ぬかだ! さぁ行くぞ! オールハンデッド! 武器構えーっ!!」
その号令を旗印に。イレギュラーズたちは一斉に攻勢を仕掛ける。
「幸福の再分配なんて言われても……ああだめだ、狂気に冒されてる人の話を真面目に聞いたところで泥沼なだけだよね」
『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は頭を振った。隠れた長耳がわずかに覗く。
「うふふ」
「恨みはないだよね?」
「ヤマメは、みんな、大好きですからっ!」
「幸せの総量、ね。そんなのおにーさんなら相手が望むだけ注げるよ」
ヤマメの呪術は、ヴォルペの破邪の結界に阻まれる。
あまりにも完成された術は、呪を完全に受け流していた。ヤマメの表情が悔しそうに歪む。
「でも、それって、永遠ではないのでしょう?」
「十分満たしたと思えば次へ行くさ。おにーさんがいなくなっても、一緒にいた時間は「幸せだった」ろう?」
「……好きな人とずーっと一緒にいたいのは、欲張りですか?」
それが望みなら、ヴォルペが選ぶことはない。
ヴォルペはにこりと笑うだけ。
「おにーさんがあげられるのは、今、このときだけ。さあ、おにーさんと遊ぼうか!」
自由な狐は、何物にも縛られることはない。
「まずはこっちでありますね!」
うなりをあげて襲い来る怨霊の刃を、希紗良の太刀が受け止める。希紗良はそのまま踏み込み、太刀を振りぬく。
ポニーテールがひらりと揺れる。
「ヴォルペさん、すぐ行くから耐えてね」
「刺されるのは慣れてるよ!」
ヴォルペはむざむざここで死ぬ気はない。
ヴォルペは軽口をたたきながら、レジストクラッシュを叩き込んだ。
「っ……!」
ヤマメの身体が、ぐらりと揺れる。
ルフナは、身体に満ちるマナを解放した。
「澱の森」。それは不変の、ルフナの場所。変わることのない故郷。ルフナをその場に引きとどめるがごとくにこびりついく。
呪いのようであり、祝福のようでもある枷(つながり)。
傷は戻っていく、元通りに。
「もうちょっと長く遊べそうだね」
「あっ、せっかく斬ったのに! もうっ」
「ゼノポルタを獄人と呼ばない、優しい子だと思ったんだけどな」
「ヤマメはみーんな好きですよ?」
「それはいささか、歪んでるでありますね!」
ルル家のハニーコムガトリングが怨霊をなぎ払う。
●心
人の心は移ろいやすい。
雨垂れ石を穿つという諺のように。
時の流れや人と関わるのに、変わらないでいるのは難しい。
魔種の呼び声が、彼女を狂わせたのだろうか?
水滴がウォーターカッターなら?
堰が切れたように狂気はあふれ出す。
「きゅっ……!」
レーゲンはヤマメを見据えていた。誰にも死んでほしくない。
そして、これ以上罪を重ねて欲しくない。
5人の命は、あまりに重い。
(もし助かっても、犯した事の重さに潰れるかもしれない。あるいはまた複製肉腫になるかもしれない)
けど、可能性は、まだ目の前にあったから。
「それでもレーさんは助けたいっきゅ」
一度心が変わったのならもう一度変わるかもしれない。
「グリュック!」
レーゲンの、ヴィントグロッケが音を奏でる。
幸せを呼び、掴み取る為の音。
その涼やかな音色に、ヤマメは顔をしかめる。
不吉な呪いをはじき返し、レーゲンはまっすぐに飛んでくる。
「レーさんは幸せを分けられる方法を一つ知ってるっきゅ! みんなで飲み会や美味しいものを食べに行くっきゅ!」
狂気の合間。ヤマメの頭をよぎったのは誰かと穏やかに過ごした日々だったのかもしれない。
「……楽しかったなあ」
ぼそりと呟かれる言葉。
レーゲンはぎゅうと手に力を込める。
まだ、人の部分が残っている。
しかしそれも僅かの間のこと。ヤマメの目は大きく見開かれ、藁人形に呪を結ぶ。
呪印を覆って焼き尽くすように、緋色の炎が吹きあがる。
奏剣『焔火舞』、穿剣『焔月』。連綿と連なる焔宮の呪術を元に新たに編み出された技。双剣の炎が、あたりを夕陽よりも明るく照らした。
鳴が振るう炎の二刀は、刀身がないだけに見切り辛い。まとわりつく炎は消えない。怨霊が繰り出した攻撃が、炎に飲まれた。
鳴の全ては、力持たぬ全ての民の為に。
希紗良を狙った鋭い包丁の一撃が、ヨハンの防備ではじかれる。
展開されるは、ホーリーシールド。
「助かりますっ! ヨハン殿!」
「ええ。お安い御用です」
ヨハンは不敵に笑う。魑魅魍魎の妖怪退治は専門分野ではない。だが、損失を最小限にする対処は可能だ。
「怨霊、怨霊ですか。まるでなっちゃいない。こんな殺意任せの戦術に僕たちが負けるとでも?」
被害を定量化し、演算し、計算される防備点を余すことなく配分する。ならば、いつものことではないか。
希紗良の一撃が、怨霊の顎をを両断する。
「怨霊ならば調伏するのが道理ではありますが……キサにその心得はありませぬ故、御免」
「自らでは止まれないのであろう。止められることで、救われることもあろう」
ユスラの魔力撃が、迫りくる怨霊を撃ち落とす。
カラカラと空を舞う包丁が地面に突き立った。
「はは、楽しくなってきた!」
振るわれる呪を浴び、傷が深くなればなるほど。
ヴォルペは笑う。
どこまでも、声色は優しく、声は甘い。
「ねぇ、天女さまとお会いしたことは? 声だけ聴こえるなんてまるで鳥籠の中で鳴いてるみたいだね」
「天女様は、ヤマメにお力をくださいました」
ヤマメは、うっとりとした表情を浮かべる。
「だから、ヤマメは愛を配るのです。その幸せを、くださいませ!」
「他者から奪ったって幸せになんてなれないさ」
ヴォルペは攻撃を受け止めて、ひらりと直撃をかわす。
「君自身が欲するなら、いくらでも与えたんだけどなあ!」
あふれるばかりの見返りのない愛を、ひび割れた器はこぼすばかり。
怨霊は5体。
犠牲者の数と同じ。ルフナは怨霊を見据える。ヤマメの言う通り、安らかな顔……ではなさそうだ。ブツブツと何か呟いているのは、呪詛か。怨嗟の声か。
はたまた、色濃く残る未練か。
「あれが安らかな顔に見えるの?」
問うルフナ。
「えっ、とっても幸せそうじゃないですか」
「次は誰を狙うつもりだったの?」
「炊事場の子でした。こんど、結婚するんですよ。……ふふふ。ああ、惜しかったなあ。今晩まで待ってくださったら、よかったのに!」
やはり、ただ狂っているのか。
混戦の中、ルフナは、かすかな魔力の繋がりを手繰り寄せる。確かなもの。神奈備は不変の領域。
兄弟の愛は変わらぬもの。
パアン、と、あたりがまばゆく輝いた。
一瞬の閃光、遥かなる爆発。
「おまたせしました。夢見ルル家、ここにありっ!」
超新星爆発を背負った宇宙忍者警察がいた。
●幸せ
「美味しい物やお酒を分け合って幸せになるっきゅ! ヤマメさんの分はレーさんが奢るから行こうっきゅ! レーさん達が勝ったら行くっきゅ! アーンもするっきゅ」
決死のM・MA。
レーゲンが、放物線を描いてヤマメに飛んでいく。
「ふたりで分けたら半分ですよ、レーゲンさん。みんなで分けたら、なくなっちゃいます」
きゅうきゅうと鳴くレーゲンに、ヤマメはほほ笑み、呪術を結ぶ。レーゲンはふるふると否定する。
「美味しい物を一人で食べると幸せで、誰かと一緒に分け合うと二倍っきゅ!
アーンしてもらうとさらに倍率ドンで無限大っきゅ!!」
どぉんと、レーゲンの体がヤマメにぶつかった。
「……ヤマメさんに死んでほしくないっきゅ!」
「私も、レーゲンさんに死んでほしくなかったなあ」
向ける呪術は混沌のもの。
「大好きです。だから、死んでくださいね」
澱む殺意。
「まだ眠るには、早い時間ですね」
呪術に対抗するように、鳴は、静かに術を結んだ。
ひび割れのような、息苦しい違和感が収まる。
治術『魂癒シ』。対象者の魂を癒す事でその肉体をも癒していく術である。
「っ、その空気、ほんとに、嫌いだなあ……!」
「そなたは何のために呪いを撒くでありますか? 呪えばいつかは呪われる。知っているでありましょうに」
「天女様の祝福ですよ? 分け与えれば、いずれは皆に回ってきます。天女様は、天高くにいらっしゃるの。素敵な羽があるのよ」
「話しになりませんね」
ユスラの魔力撃が、最後に残った怨霊を屠った。
「ヴォルペさん、まだいける?」
「十分さ」
ヴォルペの傷を、ルフナが拒否する。
元通り、何事もなかったかのようになる……。
「倒れなければいい。立っていればいい! そうすれば!」
「僕がカバーできる」
ヨハンの天使の歌が、再生を奏でる。ヨハンの言葉を、ルフナが引き取る。
まだ、続けることができる。
「汝は、何を望んでいる?」
うわごとのように繰り返される、意味のない言葉の羅列。だが、ユスラは絡まった糸を紐解くように相手を分かろうとしていた。
「え?」
「『恋の』おまじないであろ? 天女の声なんぞを聞いて何とする?」
「……」
ほんの一瞬だけ、はたと動きを止めたのはヤマメであった。
「思い出すがいい、汝がそれに頼ったということは、好いた者がいたのじゃろう?」
「あ、ああ……ああ……」
「幸せとは、他者を呪って増やすものではない。努力して掴み取るものじゃ……」
「あああ……っ!」
好きな人がいた。
刹那、ヤマメは人らしい感情を思い出す。ほんの一瞬。
決して好いてはいけない人だった。
だから。
天女。天女。天女様。天女様のせいにしていれば嫌なことを考えずに済んだ。
導きに従って、幸せになりたいと思った。なれないなら壊そうと思った。
そうすれば肉腫であるまま、狂った人として死ねたのかもしれない。
「思い出したくなかった、こんなの!」
ひたすらに殉教者であったヤマメの声が不意に人間らしい悲痛さを帯びた。
「! ヤマメ殿!」
「まあ、単純な説得で改心……とまではいかないようですが。反省はしてもらいたいところですからいいでしょう。人にもどったなら、殺意には、乗れない!」
ヨハンのトライスペル・ロトが輝いた。
楽にするなら殺してくれとでもいうかのような誘い。
決死の一撃の代わりに、晒された喉元。
それでも。
「罪を償って生きていく事が大事なので。そう簡単に始末するわけにもいかないのですよね」
ヨハンが選ぶのは、聖なる盾。
●後始末
こちらを殺そうと動く相手を、倒す方がはるかに楽だったろう。
「でも、助けたいっきゅ!」
レーゲンのブレイクフィアーが、ヤマメをこちらへ呼び戻す。
ルフナの鎮守森が、あたりを静寂で満たす。
「あ、あ、……怒って、ますか? 怒って、ますよね」
「まぁ怒ってますよ、ヤマメ。あなたに人の命をどうこうする権利はありません。
天女だか肉腫だかにもです! 命や幸せの総量など損得勘定できるものではないのです!」
「そうっきゅ! 幸せは、人それぞれっきゅ!」
ヨハンのクェーサーアナライズの号令は、あるべき救済のために。
「自分の犯した罪と向き合えっ!!」
「っ」
ヤマメの右手が、喉元を抑える。
「てんにょさ」
喉を肉種が覆いつくしていく。
首がへし折れそうになる、その刹那。
背後。
音もなく。
ルル家の、這い寄る混沌が口を開けていた。
乙女の秘密。服の裾から暗器のように伸ばす黒い霧状の触腕。相手を突き刺すように絡みついて、逃げることをユルサナイ。
歪な天女の招きを、塗りつぶすかのような混沌は拒否した。
●大罪人
「けほっ……」
「多くの民を護るため、私は憂いを排除せねばなりません」
「助から、ないっきゅ?」
「……」
鳴は刃を振り下ろす。深く肉腫と癒着したヤマメの右手が、ぼとりと落ちる。
「逃がさぬ!」
ユスラの一撃が、逃げる肉腫を捕らえていた。
じたばたと暴れる肉腫が、鳴の炎によって、黒くくすぶって朽ちてゆく。
「あとは、本人次第でしょうか」
償いきれるものではないだろう。だが……。
「げほっ、げほっ」
息も絶え絶え、ヤマメは生きていた。
「その恋愛成就のおまじない、ヤマメ殿に教えたのは誰ですか?」
ルル家はかがみこみ、ヤマメの瞳を覗いた。
「その者こそが、真に裁くべき者なれば!」
ヤマメは、うつろな目で宮中を見ている。
懐から、こぼれた一枚の鴉の羽。
「……鴉の羽に曼珠沙華か」
ヴォルペは、ふと、呟いた。
伽羅の香り。
レーゲンの鳩が戻ってくるのと交代で、烏が一羽、飛び去っていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
これ以上の犠牲者を出さず、ヤマメも頻死ではありますが、助かりました。
あれっ、助かる予定ではなかったんですが……!
いつかご飯に、なんて日は、やらかしたことの重さに比べればずいぶんと遠いものに思えますが、それでも命あっての物種ですね。
なにやらいろいろと思わせぶりですが、情報の取り漏らしはありませんし、ヤマメが生き残ったことでなにかが悪く働くようなことはございません。
お疲れ様でした!
GMコメント
布川です!
どうして優先参加がついてるんでしょうね。
まあ、ご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
●目標
「ヤマメ」の討伐。
OPでショウが証拠と言っていますが完全に自白しているため、必要ありません。
ヤマメは【複製】肉腫(ベイン)に取り憑かれています。
浸食は深く、助けるのはかなり厳しそうです。
狂気を感じる節すらあり、助けるのが良いことなのかどうか……。
●状況
カムイグラの京では、呪詛による連続殺人事件が起こっていました。
それを調べていた最中、容疑者の一人として宮内省の下働きのヤマメが挙がっていました。
ヤマメに動機らしい動機は見当たりませんでしたが、尋ねてみれば、けろりとしてそれを認めます。
戦闘する気はないようで、とっとと仕事に戻ろうとします。
犠牲者を出すわけにはいきませんので、いずれにしても戦うことになるでしょう。さすがに武器を向けられればヤマメも戦闘態勢に入ります。
さすがに官庁エリアで事を構えるわけにもいかないでしょうから、ほどほど離れていて戦うのには実害のない場所とします。
あるいは何か理由をつけて呼び出しても構いません。
・オプション
上記の状況から、「ヤマメを調べていた」でも良いですし、「偶然知り合っていた」でも良いです。
放置しない限りは行動中に犠牲者が増えることもありません。
●狂気じみた言動など
「天女さまの声が聞こえたの」
「えっと。幸せの総量って決まってるでしょう? だから、たくさん持ってる人から分けてあげないとならないのですって」
「最初はうーんって思ったんですけれど、今はやっぱりそれが正しかったんだなって」
「私、皆さんも送ってあげたいと思っているんです!」
「あなたは幸せですか?」
●登場
ヤマメ
「宮内省は宮中の衣食住・財物その他の諸事を司っています! 地味かも知れませんが、大変な役職なんですよ。えっへん」
精霊種の下働き。黒髪おさげの素朴な少女。非常にはつらつとして快活な少女に見える。5件の連続呪殺事件の犯人であり、この思想について説得などはできない。また、罪悪感もないようだ。
藁人形と五寸釘を振り回し遠距離に単体の強力な魔法攻撃を行う。
怨霊<鬼女>×5
出刃包丁を持った女の怨霊。ヤマメが戦闘態勢に入ると出現。けたたましく笑いながら切りつけてくる。
●その他
・一連の事件はヤマメが犯人で間違いありません。
操られていた被害者である……みたいなことはありません。
ヤマメは「天女様」に心酔しきっているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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