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シナリオ詳細

再現性東京2010:くねくねのまち

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●目覚め
 鳴っている。
 aPhoneが鳴っている。
 そのことに気づいたとき、あなた達は見知らぬ公園のただなかにいた。夕日があたりを照らし、世界は赤く染まっている。
 おかしい、とあなた達は直感的にそう思った。さっきまで――あなた達は確かに、町はずれの廃工場に居たのだ。そこに存在した、亡霊タイプの『夜妖』の討伐を依頼されて――完遂した。それがどうして――公園に立っている?
 aPhoneが鳴っている。あなた達は怪訝な表情で画面を覗くと、其れは希望ヶ浜学園の関係者にして、今回の『夜妖』退治の依頼者――『練達の科学者』クロエ=クローズ(p3n000162)からの電話であることに気づいた。
「――つながった! おい、無事か!? 一体何があった!?」
 クロエが動揺した様子で声をあげている。何があった――とは、どういうことなのか。あなた達が確認すると、クロエは此方の無事を確認したことに一瞬の安堵のため息を吐いた後、続けた。
「作戦行動中の君たちを、aPhoneの位置情報通知機能で確認していたのだが――それが急に探知不能になってな。何があったのかと慌てて連絡したのだが――そうか」
 ふむん、とクロエは唸ると、
「おそらくそこは『異界』だ。夜妖が最期の断末魔代わりに、君たちを引きずり込んだのだろう」
 『異界』とは、夜妖が生み出す常とは異なる空間の事だ。有名なフォークロアで言えば、電車に乗っていたら常の路線とは外れ、見知らぬ場所に到達してしまった、と言う『きさらぎ駅』等が該当するだろうか。
「不安がらないでくれ。異界絡みの怪異は結構報告されているから、データが残っているかもしれない……ちょっと待っていてくれよ」
 そう言うと、がさがさと、クロエが何かを探すような音が聞こえた。やがてバタン、とテーブルに冊子か何かを置いたような音が、電話越しに響いた。
「これからその異界を特定する。質問に答えていってくれ……駅は近くにあるか? ……ない。そう言えば、周囲は公園だったな? よし、ならば空に月は二つあるか? 巨大な鳥居はあるか? 祭りばやしが聞こえるか? 近くに家はあるか? その家の表札は『梶ヶ浦』か? ……」
 次々と繰り出される質問に、あなた達は答えていく。その過程でいくつか分かったことだが、ここは住宅街のど真ん中にある公園の様だ。あまりにも不気味ほどに――鳥の声も、虫の声も、人の声も聞こえぬ――静かな辺りには、入り組んだ路地と民家の姿が見える。
 一見すれば、ここが異界だとは信じられない――だが、なにか身体の底から沸き上がる違和感のようなものが、どうしてもぬぐえなかった。
「よし……判明したぞ。タイプGの異界か。そこは比較的安全な部類だ」
 どこか胸をなでおろすような色を乗せて、クロエが言う。比較的安全だというのなら、其れは不幸中の幸いだった、という事だろう。あなた達も、多少は気が楽になったはずだ。
「その公園から東に、トンネルがある。そこを抜ければ、希望ヶ丘の第二山内トンネルに抜けられるはずだ。そこを目指して移動してくれ。安全とは言ったが、何が起こるかは完全に解明されたわけじゃない。現地民が居ても話しかけるな。話しかけられても無視するんだ。それから、まかり間違ってもその異界の物を口にするなよ。自販機だったとしても、どのように変質しているかわからない……」
 早口でまくし立てるクロエの焦りが、あなた達にも理解できた。比較的安全だという話だが、やはり此処は敵地に違いないのだ。速やかに脱出するに限る。あなた達は公園から離脱する――。
 と。
 公園の入り口に、其れはいた。
 ここからは、全容が良くつかめない。白く細長い、何かタオルのようなものが、地から天に向かって、くねくねと――揺れていた。
「白い……くねくねとした物体、だと?」
 報告を受けたクロエの声色から、血の気が引くのを感じた。
「いかん! そいつを直視するな! 目をそらせ、閉じろ! そいつはおそらく『くねくね』だ!」
 その叫びがあまりにも迫真の声だったので、あなた達は慌てて目をそらした。
「いいか、そのまま直視せず聞いてくれ。『くねくね』は地球世界でも有名だったロアだ。詳細は省くが、とにかくその正体を理解すると、精神がやられる――馬鹿な、タイプGの異界にくねくねだと!? くそっ、報告がない……これだから異界って奴はっ!」
 明確な焦りの色が、クロエからの通話から感じられる。どうやら相当危険な怪異のようだ――が。あなた達は思わず、血の気の引くような光景を目にした。
 そらした視界の端。ゆっくり、ゆっくりと――白いそれが、足を引きずってやって来る。
 背筋が凍る。ずず。ずず。くねくねが、足を引きずる音が聞こえる。それが――一つではない。いくつも。いくつも。
 この時、あなた達はとっさに動いた。外の世界で培ってきた危険判断力が、最も適切であると思われる行動を引き起こした。
 すなわち――武器を抜いて、突撃したのだ。
 眼前に、それはいた。それは、その姿は、縺ソ縺滂シ溘??縺ソ縺。繧?▲縺滂シ溘??縺ソ縺。繧?▲縺溘??溘??縺ソ縺。繧?▲縺溘i繧上°縺」縺。繧?▲縺溘??溘??縺?繧√□繧医∩縺。繧?シ溘??縺ソ縺溘i縺翫°縺励¥縺ェ縺」縺。繧?≧繧茨シ溘??縺翫°縺励¥縲√♀縺九@縺上♀縺九@縺励@縺励@縺励@縺励@縺上?√?縺??√∩縺溘h縺ュ?溘??繧上◆縺励?縺吶′縺溘?√∩縺溘?ゅ∩縺ソ縺ソ縺ソ縺ソ縺ソ縺溘◆縺溘◆縺溘◆縲。
 眼前に壁があった。違う。倒れていたのだ。意識を失った? 数瞬? 数秒? 数分? わからない。ただ、手ごたえはあった。何かを打ち倒した手ごたえ。自分を打ち倒した手ごたえ。胃の腑から胃液が逆流してきそうになる。いや、したのか? 吐きそうなのか? 吐いたのか?
 滅茶苦茶になる思考を無理矢理現実に引き戻しながら、立ち上がる――足元には、白い何かの残骸があった。それを確認している時間はない。ずず、ずず。四方八方から、くねくねがやって来る音は聞こえる。
「倒したのか? くねくねを? 戦闘力はないタイプなのか……いや、そんなことを言っている場合じゃない、走れ!」
 クロエの言葉を聞くまでもなく、あなた達は走り出した。公園を飛び出して、路地へ。ずず。ずず。あたりから聞こえるくねくねの足音。
「いいか、走りながら聞いてくれ。おそらく――可能性(パンドラ)の加護のある君たちなら、少しの間なら、精神攻撃に耐えられるかもしれない……だが、それも何度も耐えられるものじゃないだろう」
 クロエが言う。走る。ずず、ずず。くねくねが追う。
「いいか、君たちならくねくねを倒せる――だが、絶対に限界がある。可能な限り戦闘は回避して、東のトンネルへ抜けろ! 迷ったらナビゲートは行う……必要最小限のくねくねだけ倒して、この異界から逃げるんだ!」
 クロエの声を聴きながら――あなた達の異界脱出行は始まった。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 楽しくみんなで、狂いましょう。

●成功条件
 『東のトンネル』への到達。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 夜妖討伐の依頼を受けていた皆さんは、その夜妖を討伐した瞬間、異界と呼ばれる奇妙な空間へと引きずり込まれました。
 そこは一見すると田舎の住宅街のように見えますが、この世には存在しない異界です。
 そしてどういうことか――『くねくね』と呼ばれる、見たら精神に異常をきたすという怪異が、皆さんを追って街のあちこちに出現しています。
 皆さんは、このくねくねから逃れながら、東のトンネルへと向かい、異界から脱出してください。
 最悪の場合、救出部隊が出動しますが、怪異の力を借りずに狙った異界に到着することは難しく時間がかかります。そのため最善の結果は、やはり皆さんが自力で離脱することなのです。
 異界は公園を中心に半径5kmほどの円形の世界をしています。道は複雑ですが、クロエの手元に地図があるため、最悪クロエに聞けば迷うことは無いでしょう。
 くねくねを回避し、あるいは撃退し、可能な限り素早く、異界から離脱してください。

●このシナリオの特殊ルール
 このシナリオでは、AP=精神力、として表現されます。くねくねを直視、あるいは戦闘状態に入るたびに、APが減少していきます。
 APが0になった場合、戦闘不能状態に陥ります。EXFの判定や、パンドラ復活は、APが0になった段階で判定されるようになります。
 APが0になった時、あるいは短時間で大量にAPが減少した場合、皆さんは一時的な恐慌状態に陥ります。
 恐慌状態になった場合、ランダム時間の間、恐慌行動をとります。恐慌行動は、例えば恐怖に駆られて逃げだしたり、現実逃避に笑い出したり、幼児退行して泣き出したり、過去のトラウマを思いだして動けなくなったり……様々です。
 恐慌状態になった時、どんな行動をとるのか。プレイングに記載していただけると、楽しいかと思われます。

●エネミーデータ
 くねくね ×∞
 見ると精神に異常をきたすといわれる怪異です。沢山います。間違っても全滅させようなどとは考えないでください。
 見ると精神に異常をきたす、と言うだけあって、希望ヶ浜でもほとんど実態の解明をは行われていません。
 ただ、この異界に存在する個体は少なくとも戦闘能力は皆無で、一般的なイレギュラーズが通常攻撃で1~2度殴るだけでも、脆くも消滅します。
 とはいえ、見るだけでAPがゴリゴリ削られていきますので、可能な限り戦闘は避けましょう。避けられるなら。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

  • 再現性東京2010:くねくねのまち完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年09月09日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
リュグナー(p3p000614)
虚言の境界
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
古木・文(p3p001262)
文具屋
セリア=ファンベル(p3p004040)
初日吊り候補
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
高槻 夕子(p3p007252)
クノイチジェイケイ
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール

リプレイ

●夕暮れの異界で
 走れ、と誰かが言った。
 それが誰の言葉だったのかは、今はもう思い出せない。
 いずれにせよ誰かがそう言った時には、イレギュラーズ達は走り出していた。体の奥底から、侵蝕するように這い上がる忌避の感覚が、一秒たりともこの場に留まってはいけない、と警告を発していたからだ。
「くねくねってなに……!? 見てはいけないとは、難儀な怪異もあったものだね……!」
 『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が思わずぼやく――シキは魔眼を持つ。となれば、その能力は視ることによって作用するわけで、姿を認識した時点で不利を押し付けてくるくねくねが相手とは、相性は良くない。
「く、くねくね! くねくね……あった!」
 走りながらaPhoneをを操作し、くねくねに関してのネット検索を行う『クノイチジェイケイ』高槻 夕子(p3p007252)。夕子は都市伝説考察サイトにたどり着いて、その恐怖感を煽る外観のサイトに目をやりながら、声をあげる。
「正体不明、正体を知ったら精神に異常をきたす……! 最悪あたらしいくねくねになる!? ヤババババ、こんなのがそこら中にうようよいるとか! 練達、こんなのまで再現しなくてもいいし! だいたい、くねくねって田んぼとか山にいるんじゃないの!?」
「わ、わたしもそう聞いてる!」
 『初日吊り候補』セリア=ファンベル(p3p004040)が叫んだ。
「何でこんな町中に……もしかして、呼び寄せられたの?」
「誰に!? って、廃工場で倒した夜妖か!」
 夕子は、そもそもこの異界に来ることになった原因――廃工場の夜妖の存在を思い出した。他愛もない相手ではあったが、最後の最後にこんなトラップを仕込んでいたとなれば、まったく、余計な事をしてくれる。
「とにかく、今は包囲を抜けるしかあるまい……皆、まとまれ。前後を警戒し、中央を可能な限り守って進め」
 『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)の言葉に、仲間達は走りながら簡単なフォーメーションを形成した。前後を警戒し、中央に司令塔を置くイメージの陣形である。相手が此方の精神を攻撃し、その影響で足止めを受ける可能性があるのならば、ダメージを受けた場合には速やかに回復させる必要がある。その回復手がつぶれてしまえば総崩れになる可能性があるため、中央の司令塔は可能な限り前後の人員で守る必要があった。
「戦闘開始……と行かないのが、なんとも調子が狂いますが。しかし、回復手を預かったからには、サポートはお任せください!」
 中央司令塔、回復手の『特異運命座標』ヨハン=レーム(p3p001117)が言った。
 夕暮れの路地を駆け抜ける。周囲には民家が見えるが、人の気配は、生命の気配は、不気味なほどに感じられない。代わりに聞こえるのは、ずず、ずず、と言う何かを引きずるような音。それが、この異界を徘徊するくねくねの足音だという事を、イレギュラーズ達は嫌と言うほど理解していた。
「とにかくっ! くねくねの正体を理解しちゃダメ! 遠くから見る分にはいいけど、間近で見ちゃうと――」
 夕子の言葉。それを遮るかのように、
「正面! 1体だ!」
 リュグナーが叫ぶ。縺ソ縺、縺代◆。路地の先、ふと姿を現した、「白くてくねくねとしたもの」。その姿が否応にも目に映る。縺?▲縺励g縺ォ縺ゅ◎縺シ。縺ェ縺九h縺上≠縺昴⊂。
「ひ――っ!」
 誰ともなく、思わず悲鳴を上げた。途端、身体をかけ登るような、ざわざわとした感覚が走る。それは脳髄を芯からくすぐり、かき混ぜ、ぶちまけるような強烈な違和感。目に映るくねくねの姿、それを認識したが故に発生する、拒絶反応――。
「――しっ」
 鋭い呼気と共に、氷の刃がくねくねを切り裂いた。『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)の斬撃。くねくねがばしゃり、とよくわからないものへと変貌し、地を汚した。
「くっ……」
 少々の眩暈に、冬佳は頭に手をやった。精神に影響を及ぼす相手との闘い方なら、得手があった。しかし、その精神に作り上げた防壁、鋼の精神により安定した平常心の心にすら、湖水に大きな石を放り投げられたみたいに、強い波が走る。
「これは……確かに、そう何度も耐えられそうにないですね」
「兎に角、連続での戦闘と、短時間での消耗は避けるべきだね」
 『文具屋』古木・文(p3p001262)が言う。わずかに遭遇しただけでこの疲労。まともに正面からぶつかっていては、全員がやられてしまうのは目に見えている。
「あうう、気を付けて……でも早く逃げるのですよ!」
 『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)が言った。その身体は小さく震えていて、恐怖と、そしてくねくねの姿を見てしまったが故の拒絶反応と健気にも戦っているのが分かる。
「く、くねくね……なのですか? あのこはとても、危険なのです……よくわからなくても、感覚が……そう言ってるのです!」
 それは、本能的な防御反応だろう。とにもかくにも悍ましく、危険な何かから、身を守るための基本機能。恐怖、忌避と言う強い感情で以って、それから遠ざかろうとする当たり前の精神反応である。
「周囲の確認をしつつ、急ぎましょう。古木さん、スキャンをお願いできますか?」
 ヨハンがそう言うのへ、文は頷いた。
「了解……合わせて、水瀬さんも、周囲状況の把握をお願いするよ」
「ええ、分かりました」
 冬佳はエコーロケーションによる音波反射で、文はスキャンスキルによる敵意の確認で、周囲の状況を探る――果たしてすぐに二人は顔をしかめることになった。
「囲まれている――とはまさにこのことですね」
「あまり何度も見たい光景じゃないね」
 二人が観た限り、周囲にはすでに、多くのくねくね達が集まっていたのだった。

●狂気
 走る。走る。走る。とにもかくにも、走り続けるしかない。イレギュラーズ達は、可能な限り遮蔽物の多いルートを検索し、そこを駆け抜けた。見ることがトリガーなのである。であるならば、可能な限り相手を見る事の無いルートを進んだ方がいい。
 縺ァ繧ゅ↓縺偵i繧後↑縺?h。夕闇の路地を行くイレギュラーズ達の神経は、少しずつ、確実に摩耗していった。石臼で、頭をゴリゴリと削られていくような感覚。縺?▲縺励g縺ォ縺ゅ◎縺シ、真綿で首を絞められるような感覚。いずれにせよ、長々と味わってまともに済むようなものではない。
 縺ィ繧ゅ□縺。縺ォ縺ェ繧後?縲√i縺上↓縺ェ繧後k繧。縺?▲縺励g縺ォ縺翫↑縺倥↓縺ェ繧阪≧。縺壹▲縺ィ縺壹▲縺ィ縲√>縺」縺励g縺ォ縺ゅ◎縺シ縺。
 其れでも、幾度かのくねくねと遭遇し、撃退しながら、少しずつ、でも確実に、東のトンネルへと向かいつつあった。陣形の作成と、消耗した人員を適宜入れ替えて先に進む作戦は、実際に功を奏していたといえるだろう。一行は道程を確実にクリアしつつあった。
 だが……前述したとおりに、イレギュラーズ達の精神ダメージも、決して軽いものではなかったのである。
「異界……現実の空間から位相のずれた、近くて遠い隣り合う向こう側という所ですか……」
 冬佳の言葉に、
「まずい、かもだね……」
 周囲をサーチしながら、文は爪を噛んだ。がり、と血の味がする。昔は考え事をするときに、よく爪を噛んだものだ……こんなふうに。こんなふうに。こんなふうに。ちのあじがする。がりがり。がりがり。このままどこまでかんでいけるのだろうか。つめを。ゆびを。てを……かみくだいて……。
「やめろ! 古木!」
 リュグナーは慌てて、文を羽交い絞めにして、その口元から指を抜き取った。爪どころか、先端が歯で抉れた親指は、酷い傷口を晒し、鮮血が次々と溢れてくる。
「だ、大丈夫、ぼくは、ぼくは大丈夫だ! これは古い癖だから、むかしはよくつめをかんだ、だからだいじょうぶだから、はなして、大丈夫。僕は正常だ……ぼくは、ぼくは!」
「いかん、ヨハン! すぐに治療を頼む!」
「は、はい!」
 ヨハンは慌てて態勢の立て直しを図った。とにもかくにも、傷ついた精神を正常な所まで引き上げなくてはならない。魔力すら帯びるヨハンの号令の言葉が、何とか深淵から文の精神を救いあげる。
「――っ」
 シキは思わず息をのんだ。封印したはずの感情が、その蓋をこじ開けて悲鳴を上げるかのような感覚……仲間が狂気に陥るということは、これほどまでに神経をすり減らすものか。加えて、いまだにずず、ずず、と四方から聞こえるくねくねの足音が、余計に恐怖を呼び込んでくる。
 一人が壊れれば、そこから狂気は伝染し、決壊していく。
「う、うう……うああああああああん!!!!!」
 メイもまた、限界を迎えていた。たまらず座り込み、大声で泣きじゃくる。頬を朱く染め、止めどなく涙を流すその姿は、もはや限界まで精神を酷使し、幼子に戻ってしまったかのようだった。
「もう、やーなのですよぉぉぉぉぉ!!!! メイ、お家、おうちに帰るのですよ! うわーーーーーん!!!! とかいなんて、都会なんて、こわいのです!!! やだ、やだ、やだぁぁぁぁぁっ!!!!」
「メイっち! 大丈夫! 大丈夫だし!」
 がば、と夕子はメイはを強く抱きしめた。そのまま頭を優しく撫でる――だが、それは落ち着かせるためと言うよりは、自身が落ち着くためのようにも見える。まるで、ベッドの上でぬいぐるみを抱きかかえているかのような、そんな光景。
「大丈夫! 大丈夫! 大丈夫! 全部夢だから! ね? えへへへ、えははははは! もーあーしもやだ! でもいいの! ゆめなんだもん! おきたら彼ぴっぴの腕の中にいるの! えへへはははへえあああああああん!!!!!!」
 笑いながら、泣きじゃくるメイと夕子は、お互い抱きしめ合いながら、笑って、狂って、泣いていた。美しくも愛らしく悍ましく恐ろしい光景だった。
「――はあっ!」
 強く、強く冬佳は息を吐いた。引きずられて、自分自身も決壊しそうになるのを、寸前で踏みとどまる。
「セリアさん、あなたは大丈夫ですか……?」
「大丈夫」
 セリアは言った。その目に光はない。
「だって……どうせわたしなんていらないでしょ。だからずっと……ここにいるんでしょ。くらくてせまいここ。だいじょぶ。わたしなんていらない。わたしなんていらない。だからだいじょうぶ。わたしなんていらない。いらない。いらない。いらららららら。ななななななななな」
 ぎり、と冬佳は奥歯をかむ……マズい。皆はもう限界だ。
 一緒になれば楽になれるよ、と、誰かが言った気がした。視界が暗くなる。座り込みたくなる。一緒にこわれて。一緒に踊ろう。くねくねと。くねくねと。
 がん、と冬佳はブロック塀を殴りつけた。落ちそうになる意識を、無理矢理つなぎとめる――。
「シキさん、とにかく、皆さんの介抱を……」
「うん……可能性(パンドラ)の加護もあるから、これも短時間の一時的なもの。少し休憩すればよくなるはずだよ……」
「すみません、お手伝いをお願いします……!」
 ヨハンが次々と魔力のこもった号令をあげていく。少しずつ、仲間達が落ち着いていく。
「どこかで一度、本格的な休憩を取りたいのが本音ですが……」
「かといって、民家に隠れるわけにもいくまい……玄関を開けたらくねくねどもが団らんしていた、など洒落にならんぞ。此処に安全なところなどあるまい」
 うへぇ、とヨハンは唸った。想像したくない。
「それに、視線が鬱陶しいしな……だましだましやっていくしかあるまい。……くそ、視線が……まて? 視線? なんだと?」
 リュグナーがぶつぶつと呟く……マズい、とヨハンは直感した。
「ああ、そうか、この視線は、そうか、あの時の、お前達か、お前達……なぜ、何故……? くそっ、その目で我を見るな! その目! その目だ! 何故……なぜ! 我は、我はお前たちを――」
 がくがくと足が震える。力が萎えていく。恐怖。狂気。恐慌。リュグナーの芯から、抵抗する力が失われていく――。
「リュグナーさん!」
 間髪入れず、ヨハンはリュグナーをぶん殴った。リュグナーの浅く激しい呼吸が、徐々に穏やかなものへと変わっていた。
「まて、我はどれくらい、正気を失っていた?」
「一瞬です……でも、大事に至らなくてよかった」
 はぁ、とヨハンが安どのため息をつく。リュグナーは頭を振って、ふむ、唸った。
「礼を言う……まだ頬が痛むがな。しかし、これ以上の醜態をさらすのは気に入らん。皆が回復し次第、速やかに脱出するぞ」
 イレギュラーズ達は、その言葉に同意した。それから少しの後に、仲間達は何とか動ける程度には回復していた。ヨハンの本音を言えば、もう少し安定するまで休憩したい所であったが、リュグナーの言ったとおりに安全なところなどないし、回復するのをくねくね達が待っていてくれるとも思えない。
 薄氷を履むが如し。しかし安全な道など存在しないのだ。イレギュラーズ達は再び立ち上がり、東を目指して走り出した。

●脱出
 奇妙な事がいくつもあった。その中でも特に奇妙なのは、あれからだいぶ時間がたっていたのに、太陽が西から一行に動かないことだ。
 永遠に日が沈まぬ、夕暮れの街。それがこの異界なのだろうか。時間感覚がマヒし、それがまたイレギュラーズ達の精神を傷つけていく。
 それから――これは僥倖と言えたが、あれほど対峙したくねくね、何度も見た『正体』を、思い出すことができなかったことも、奇妙な点と言える。それは、精神の防御反応なのか、狂わなかったが故に正体を忘れてしまったのか……原因は不明だが、少なくとも、その正体が脳裏に焼き付いて精神を削り続ける、という事がなかったのは幸いだ。
 やがて、東のトンネルまであと少し、という地点までたどり着く。皆ボロボロだったが、ギリギリのところで崩壊を免れたのは、作戦勝ちと言った所だろう。とはいえ、回復の生命線であるヨハンも、既に限界ギリギリのラインを踏んでいた。
「見えたのです! トンネル……アレなのですね!」
 地獄に仏を見たような思いだろう。メイが叫んだ。とはいえ、喜んでもいられない。最後の防衛ラインという事か、周囲にはずず、ずず、と音が響き、各種のスキャンスキルにも多くのくねくねの存在がうつっている。
「最後です! 無理やりにでも、突破してください!」
 冬佳の叫びに、イレギュラーズ達は、最後の力を振り絞り、駆けだした。縺九∴縺」縺。繧?≧縺ョ? 縺ゅ◎縺シ縺?h。ずず。ずず。包囲するように迫るくねくねたちを、吐き気を、眩暈を、狂気をこらえながら、一気に制圧する。
 やがて、大きなトンネルが、その口を開いてイレギュラーズ達を待ち受けていた。一瞬、二の足を踏みそうになる。果たしてここは、本当に出口なのか? また違う異界につながっているのではないか……?
 だが、信じて進むしかない。イレギュラーズ達は意を決して、トンネルに入り込んだ。
 真っ暗なトンネルの中をかける。ずず、ずず、と音が反響する。
「ここに来る前に倒した夜妖の経験値とかアイテムもくれるべきじゃない!?」
 セリアは叫びながら、背後を一瞬、振り返ると、aPhoneでくねくねたちを撮影した。果たして、写っているのかどうかはわからない。のちの研究のためになればいいと思ったが、下手したらとんでもない呪物になる可能性もある。
 さておき、後ろから追ってくる、ずず、ずず、と言う音も、やがて聞こえなくなった。静寂が暗闇の中を支配する。やがて、前方に光が見えた。無機質な、人工の光である。それが、夜闇に浮かぶ街灯の光だと気づいた瞬間、途端に、周囲に音が溢れた。それは、人の生活の音であり、虫の声であり、鳥の声であり、風の音であった。周囲に満ち溢れる、生命の音。それだけで、ここがまともな世界であるのだ、と、イレギュラーズ達は気づいた。
 トンネルを抜けると、少しばかり緑の多い、山道の風景が目に移った。希望ヶ浜第二山内トンネル。トンネルに彫られた名前を見て、イレギュラーズ達はようやく、大きく息を吐いた。そのまま、全員がその場にへたり込む。
「た、助かったぁ……」
 夕子が天を仰いだ。いつの間にか周囲は夜になっていて、星々がイレギュラーズ達を照らしていた。
「もう、もう……こんなのは、嫌なのですよぉ……」
 目じりに涙を浮かべて、メイが言う。精神は再び限界に近かった。正気を失うほどではないが、泣きじゃくる寸前だ。
「こんな経験は……もう、勘弁願いたいね」
 文がため息をつく。敵地に放り込まれ、徹底的に痛めつけられた。正直、二度は経験したくはない。
「はは……ほんと、とんでもない体験だったよぉ」
 シキがぼやいた。追われる恐怖。パーティが瓦解しかける恐怖。あらゆる恐怖を味わったことだろう。
「だが……こうして戻ってくることはできた……」
 リュグナーも、思わず安堵の表情を見せる。
「貴様の働きのおかげだな、ヨハン……ヨハン?」
 リュグナーが首をかしげた。
 ヨハンは、じっと、じっと、山の方を見ていた。
 山腹に、しろい、くねくねと踊る、何かが見えた。
 ヨハンには、それがよく見えていた。
 くねくねと、くねくねと踊る。
 縺溘?縺励°縺」縺溘?。
 ヨハンには、そう聞こえた気がした。
 ヨハンは絶叫した。

成否

成功

MVP

ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者

状態異常

ヨハン=レーム(p3p001117)[重傷]
おチビの理解者

あとがき

縺セ縺溘≠縺昴⊂縺??

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