シナリオ詳細
再現性東京2010:あたしきれい?
オープニング
●あなたは聞いた:どこでだっけ
さあどこだっただろうか、とんと忘れてしまったよねえ?
だけど話はしっかり覚えてる。それから女の子という生き物は噂が大好きだってこと。
だから、たしか、こんな感じのことをなんとなく知っているような……。
*****
●あなたは聞いた:どうしようもないから
学園長の革靴が乾いた音を立て止まった。校長室で応接用のソファに腰かけていた逢坂ミノルは釈然としない顔のままうなだれていた。
「以上、説明したとおり、『桂木マナ』は記憶喪失。さらに彼女がこれまで生きてきた記録はすべて失われており、『桂木マナ』を覚えているのはもはやこの世にただ一人、君だけだ、逢坂君。これらが怪異の影響であることは明白だ。だが先ほどの説明にあった通り、この街は夜妖(ヨル)を認めない」
「……だから、だからマナに、別人としての人生を歩ませるんですね。街の裏事情を隠すために」
「そのとおり。既に戸籍も改ざん済みだ。桂木君は今後『佐々木マナ』として生きていく」
「……」
「そして今となっては、逢坂君、君も裏事情を知る関係者だ。佐々木君へ接触するなとは言わないが、節度を持って行動してくれたまえ」
「……はい」
「用件は以上だ。言い分はいろいろとあるだろうが、この街で生きていきたいならば時に口をつむぐことも必要だ」
「わかってます。この学園が怪異と戦うための養成所だったなんて」
学園長はミノルを一瞥した。
「なんの力も持たないならば、羊のように生きて行け」
●あなたは聞いた:歪
あたしの名前は佐々木マナ。希望ヶ浜学園高1。うんうん、ここまではOK。
一人っ子で、パパはサラリーマン、ママはブティックのパート店員。家から学校まで徒歩25分、ギリチャリ通アウト。これもOK。
つい先日まで難病で入院してたけど、手術のおかげで復学。うんうん、うん? うん。
……復学以前の記憶がないんだけど、そんなに病院生活いやだったのかな、あたし。
でも家に帰ればちゃんと、白いパジャマを着てピースしてる小さな女の子がいっぱい載ってるアルバムがある。
リビングにはパパとママと三人で出かけた旅行写真が何枚も貼ってあるし、部屋にはお気に入りのぬいぐるみがたくさんあるし、高校入学の記念に買ってもらった万年筆もある。
なんだろう、この違和感。
何かとても大事なことを忘れている気がする。
うーん、まあ、悩んでも仕方ないか。とりあえずこの小テストをやっつけないと。
ところで隣の席の、えーと、そうそう、逢坂ミノルって男子、なんとかなんないかな。気が付くとあたしのこと見てるのよね。視線を感じるの。話しかけたら逃げるし、わけわかんない、正直キモい通り越してこわいんですけど。
●あなたは聞いた:休憩時間の教室
夕方に一人で歩いてるとヤバいらしいよ。
なにそれ、なんの話?
茶髪でちょっと遊んでる感じの女の子に声かけられるって。
ただのウリじゃない?
だけどね、その子、影がないの……。
え、やだー。冗談きついわ。
それでね、聞いてくるのよ。『あたしきれい?』って。
あっははははははは! 古っ! 今時くちさけ女!? ポマードって3回唱えればいいの?
そんなわけないじゃん、むかつく。とにかくそいつと出会ったら逃げるしかないんだって。きれいだって言うと誘われるの。
――じゃあ、あたしと付き合って。
付いていけば異界へ引きずり込まれてー、断るとその場で殺されちゃうんだって!
やだー、こわーい、あっはははは。
あー、ぜんぜん信じてない。最近救急車が多いの、そいつのせいだって噂なんですけどー。
●あなたは聞いた:『あたしきれい?』
放課後、マナは帰り支度をしていた。
友達へ挨拶しクラスを出る。どこか浮ついた空気が廊下に立ち込めている。
今日どこに寄ろうか。
部活めんどくせー。
タニセンの小テストどうだった?
このあいだ先輩がさあ……。
聞こえてくる雑念をすりぬけ、マナは下駄箱へ向かって歩いていた。けれど、気づいた。気づいてしまった。自分の背後を、誰かがつけてくることに。振り向くと、逢坂が見えた。青白くこわばった顔で、手には女物の日傘を持っている。ぞっとしたマナは走り出した。逢坂も無言のままついてくる。
(なにあいつ、なにあいつ!?)
下駄箱を通り抜け、廊下を走り、非常口からグラウンドへ出たところで逢坂に捕まった。黄昏に染まった校庭は不思議とだれもいない。
「なによ、離して!」
「いいから足元を見て。絶対に声を出しちゃダメだ」
いやに冷静な声を聞いて我に返ったマナは、おそるおそる自分の足元を見た。ない。影がない。
だけどね、その子、影がないの……。
え、やだー。冗談きついわ。
それでね、聞いてくるのよ。『あたしきれい?』って。
マナの脳内でどこかで聞いた会話がノイズ交じりに再生される。呆然としていると、逢坂は日傘を差し出してきた。
「これをあげる。とりあえずこれ使ってしのいで。暑いから不審がられることはないと思う」
でないと君が街に消される。真剣な口調の逢坂。なにかが臨界点を超えたマナは逢坂の胸倉へつかみかかった。
「なによこれ、何が起きてるの? わけわかんない、どういうこと!?」
「僕にもわからない、けど、最近影なし女の噂が広まるにつれて、佐々木さんの影がどんどん薄くなっていくのに気づいた。でもどう伝えるべきか迷ってるうちに……」
『ねえねえ』
突然横合いから声をかけられ、ふたりは飛び上がらんばかりに驚いた。
『あたしきれい?』
誰もいない校庭に、切り取った写真を張り付けたように少女が立っていた。少女はマナにそっくりで、太陽を背にしているというのに影がなく、どことなく色あせて見える。
『ねえねえ、あたしきれい? きれいになったよ? たくさん食べて自信も付いたの。ねえねえ、聞いてる?』
モデルのようにきれいな姿勢でこちらへ歩いてくる少女。恐怖に肩を震わせながら、マナは叫んだ。
「あ、あんた何よ。何者なのよ!」
『あんたには話しかけてないんですけど』
煮えたぎった悪意を露骨に表したかと思うと、少女はミノルへ猫なで声をかけた。
『ねえねえ、あたしきれい?』
やわらかな栗色の髪が風に流されて、白い肌の上を滑った。
「……佐々木さん、逃げるよ」
『させないよ、ミノル』
ミノルはびくりと体を震わせた。それは記憶の中にある彼女の声音と同じだったから。だが相手は怪異だ。殺意の塊だ……。鉄の意志で未練を振り払い、ミノルはマナの手をとった。逃げ出そうと反対側へ一歩踏み出した途端、立ちふさがるもう一人の姿。
『ねえねえ、あたしきれい?』
ふたりは後ろを見、前を確認した。鏡写しのようにまったく同じ姿の少女が二人、挟み込むように立っている。マナが乾いた笑いをこぼした。
「は、ははっ、なにこれ。化け物?」
『化け物なんて、あたしはただミノルに会いに来ただけなのに』
『ミノルもうれしいよね、そうよね』
マナはぎょっとした。3人目の少女が現れたからだ。ミノルは顎を引いて隙を窺っている。
「佐々木さん、こっち!」
一瞬の間隙を縫い、ミノルはマナの手を引き走り出そうとした。だが半分腰を抜かしていたマナにその準備はできていなかった。足がもつれ、ふたりはグラウンドの固い砂利の上に身体を投げ出した。
『だめだよミノル、浮気はさ』
4人目の少女が膝へ両手をのせてふたりを覗きこんだ。
うふふうふふふ。少女たちはミノルへとろけるような笑みを投げかけ、てゆうかあんた、と、マナを睨み醜く顔をゆがめた。
『なんであたしのものに手を出してんの?』
●あなたは聞いた
そうそう、なんかそいつ、『かつらぎまな』って名乗るらしいよ。
- 再現性東京2010:あたしきれい?完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月07日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「ミノル! マナ!」
「カイト先生!」
太陽を背に8人の人影が走り寄ってくる。それがイレギュラーズだと、ミノルにはわかっていた。
『何よもう、邪魔はさせないんだから』
まつらぎまなの足元から、闇が生まれて広がっていく。
「急がないと! 逢坂さんと佐々木さんが連れ去られる!」
『目指せ!正義の味方』蔓崎 紅葉(p3p001349)は砂利を蹴立てて走るスピードを速めた。
「どういうこと。マナ君の失った記憶が……想いが形を取った? ……理由を考えるのは後回し! まずは助けなきゃ!」
ゴールデンブラウンの髪を揺らし『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は、一歩でも近づけと願いながら足に力を籠める。異界の闇は広がっていく。その中に倒れている人影を認め、彼女は小さくうなった。
日に焼けた肌に無造作ショートの赤毛、青いパーカーの上から学生服をひっかけている『水神の加護』カイト・シャルラハ(p3p000684)は「飛べりゃあな」とぼやいた。
「走るってのは馴染みねえからいまいちだ。けどまあ、何か面白そうな状況だな! 女の子たくさんから言い寄られてよ! 羨ましいぞコヤツめ! ……相手が相手じゃなければな!」
闇の範囲はさらに広がる。それがちょうどきれいな円を描いた瞬間、イレギュラーズたちは飛び込んだ。
「ヨルにモテてしまってもうれしくないのですよ。ミノルさんも、自分からヨルの事件にかかわりに行ってしまったせいで、もしかしたらそういう物を引き寄せるようになっちゃったですか?」
『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)の問いにミノルはとまどっていた。
「怪異を引き寄せるようになったかはわからないです。だけど、こいつがあのバスと関連しているなら、この『まな』はたしかにマナの記憶の欠片だ」
「それなら、何度でもお手伝いして助けるのがイレギュラーズなのですよ!」
メイは踏み込んだ異界をざっと見回して、興奮に横髪をぴんと跳ね上げた。
『策士』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は腕を組んでまなたちを威圧的に見据えている。と、思ったら小さく息を吐いてミノルへ視線を移した。
「異界にシェイプシフター……ん? ドッペルゲンガー? どちらにせよ、大変だな?」
私には怪異の差すらわからないのにとひとりごちる。だが相手が何者であろうとやることは変わらない。そう思い直したリアナルは己の意識を外界へ広げた。策士の二つ名が示す通りの天才参謀。その鋭利な思考は誰にも邪魔できない。
『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)はミノルたちを見、まなたちを見てよくわからないなあという顔をした。
「ううん、夜妖にもいろいろなのがいるのね……この子の能力はなかなか派手ねえ。でもまぁ……人に迷惑をかけているのだもの。大人しくしてもらわないと、ね?」
そう言って彼女は長いまっしろな髪をかきあげた。さらさらと滑り落ちていくかすかな髪の音が、異界の中で一服の清涼剤となって皆の耳を潤す。
『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)がロビン・フッドの弓を大きく振った。畳みこまれていたそれがガチャンと硬質な音を立てて本来の姿を取り戻す。普段の陽気な現国教師とは打って変わった表情、口元にニヒルな笑みを乗せたままカイトはミノルを見やり口を開いた。
「さーて、中々に罪深いことになっちまったなァ。『警句』を覚えてくれてたのかもしれねェが、お前の持ってる『力』で対抗しようとしたのは評価してやるよ」
そして彼はマナを見つめた。まなたちはこちらを一顧だにせず、憤怒に燃えた瞳でマナを睨みつけている。
「――たく、『本物』殺しても『王子様』はお前らのモノにはならねぇのになァ」
ぼそりと呟く声は金属のように冷え切っていた。
「また会ったね、逢坂君。君も厄介ごとに好かれるタチかな?」
そう言って『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はくすりと微笑んだ。ミノルとマナを安心させるように。
「あの「かつらぎまな」が、怪異に奪われた彼女の記憶から生まれたなら、それは私たちの手落ちだ。二人を守るのは当然として、取り返せるなら記憶も取り返すさ」
ゼフィラの義手から拳銃が生成された。それを手に持ち、まなたちを照準に入れる。
「さあ、生徒の為に体を張るとしよう」
●
「ハッキリ言いましょう! 見るに堪えない見た目です!」
紅葉はかつらぎまなが動き始めた瞬間を狙い、一直線に彼女へ向けて走った。
「疾風迅雷! くらえぇ!!!! ブルーコメットライトニング!」
アクロバティックな跳躍から稲妻を思わせる飛び蹴り。
『ぎゃうっ!』
「きゃんっ!」
強烈な力がぶつかりふたりは衝撃で吹き飛ばされた。
「あ、くう……」
紅葉は己にかかる負荷に内心驚いていた。血がふとももをつたい、ぽたりと悪意渦巻く地へ落ちる。かつらぎまなは防御技術が低い。それは一撃で大ダメージを与えられるという事であり、同時に棘による反撃がすさまじいということでもあった。
「無茶をするんじゃない」
ゼフィラがたしなめるようにミリアドハーモニクスを謡った。
「そんなことしてもかつらぎまなのターゲットは佐々木君からはずれない。走りにくいフィールドを逃げまわるよりも私の近くにいて回復を受けたほうがいい」
それもそうかと紅葉は思い直し、危うく踏んづけて回るところだった囚われの人々を避けてゼフィラの近くへ寄った。
「アレクシア、頼む」
ゼフィラが合図すると同時にアレクシアがまなたちの合間へ飛び込んでいく。一見無謀にも見えるその行動の後、彼女は利き手を掲げた。小さな魔力塊が彼女の周囲へらせん状に浮かび上がる。それは大きく広がり、満開の赤い花へ変わった。
「ミノル君! マナ君をフィールドの端に逃がして、お願い!」
叫びと同時に放つ力の花。花弁がこぼれ、あたりを赤で埋める。ほろほろと落ちる花弁は炎のよう。地に落ちたとたん燃え広がり赤い花畑を作っていく。それへ分け入った分身は敵愾心も露わにアレクシアへ襲い掛かった。
「アキリエ・ミレフォリウム!」
ガラスのような障壁がその一言で生まれる。分身たちの鋭い攻勢にもアレクシアはびくともしない。ほとんどが障壁によって防がれているのだ。だが一人、彼女に背を向けたままマナを追い続ける影。
「私の呼び声にも反応しない……となれば」
「確認するまでもねぇな、あいつが本体だ!」
赤毛のカイトがマナたちとまなの間へ割り込む。三叉蒼槍の穂先に炎が集まっていく。
「てめえのしてることを、ちったぁ思い知りやがれ!」
焔が舞う。火の粉を吐いて。カイトは三叉蒼槍でまなのみぞおちを深く突いた。ダメージを受けたまなの体から泥細工の棘が吹き出した。カイトの腕が軽く裂けたが、浅い傷だ。問題ない。
「俺ごと狙っちまえ、『俺』!」
「言われなくとも」
念のためと使用したエネミースキャンで、本体がどれかは既に割り出し済みだ。氷のカイトはその手に悪意を集める。漆黒の矢をロビン・フッドへつがえ、狙いをつけたら一気に放った。マナしか見ていないまなへ当てるのは氷のカイトの命中をもってすれば訳もないことだ。たっぷりと失調がその身へ植え付けられたまなは、自身へ刺さった矢を引き抜きそのままへし折った。
『ああん!? さっきからちょこまかとうざいのよ!』
「怪異といえど『女』は怖いな」
カイトは眉をしかめ、二撃目の準備に入った。
「おらおらーおまえはここまでだーなのですよ!」
メイがまなの正面に立つ。そのかわいらしい瞳から圧倒的な眼力を叩きつけ、まなの足を止める。
『何よ何よ何よ! 愛するふたりが結ばれるのになんの問題があるってのよ!』
「愛するふたり? とってもロマンチックですけど、この状況のどこがそうなのですか? それにお相手さんはあなたさんはいやみたいなのですよ?」
『認めないから! ミノル! 行かないでミノル!』
まなの両足がずりずりと地を掻くも前進はできない。メイの存在感が邪魔をしているのだ。
『ミノル! こっち向いてミノル……! あの女、許さない!』
メイの体から紫の霧が立ち上る。まなはそれを食らい、自身に受けた傷を癒していく。その時だった。まなの肩が弾け跳んだ。連続でもう一撃。じわりとマナの肩から黒い模様が広がっていく。
「厄介な反射持ちなのに早々容易く回復はさせるわけにはいかないよ」
リアナルのヴェノムジェイルだった。致命と毒を流し込まれたまなはリアナルへ憎々し気な顔を見せるも。メイが「だめなのです!」と動きを止める。
「いいわ、メイ。そのまま足止めを続けていてね」
ヴァイスが四大八方陣を宙へ描く。赤、緑、紫、様々な色に変化していくそれを描きあげると、ヴァイスは中央を手のひらで押した。太いレーザ光が噴射され、まなの体が炎に包まれた。
「あなたがきれいかどうかを判別する術をわたしは持ち合わせていないけれど……自分勝手は嫌われるのではなくって?」
『そんなことない! ミノルはあたしのもの、必ず手に入れてみせる!』
「もう、おいたはだめよ? 人に迷惑をかけてしまう子にはオシオキをしないといけなくなっちゃうもの」
ヴァイスはあくまで微笑を崩さない。余裕の態度というわけではない。人形の彼女は、それ以外の顔を知らないのだ。
ゼフィラはミノルの腕の中にいる佐々木マナを担ぎ上げた。
「逢坂君、いけるか?」
「はい、なんとか」
彼は汗をびっしょりかいていた。皆の戦いの裏でわずかにしか移動していないはず、だがこの異界は一般人にとってひときわ重苦しい空間のようだ。首元を抑え、必死に空気を吸おうとしているマナを、過呼吸になるからとゼフィラは止めさせた。
ゼフィラはふたりを壁際へ寄せて座らせる。
「ここに居たまえ。どうやらあの怪異は佐々木君以外には興味がないようだ。彼女は必ず私たちが足止めしてみせる……が、逢坂君」
「はい」
「悪いがいざという時は頼んだよ」
「もちろんです、ゼフィラ先生」
肩で息をしながらも、なおマナを守る姿勢を崩さずにいる彼にゼフィラは自然と笑みを誘われた。
「では安心して佐々木君を任せよう」
赤い花が咲き乱れている。
アレクシアは自身を炎の権化と化し、分身を引き付けている。
「きれいなきれいなお嬢ちゃんたち。私がいる以上は誰もどこにもやらないからね。付き合ってあげるよ、戦いならね!」
夢幻の景色の中でアレクシアは分身を挑発した。振り下ろされるかいな。鋭い爪。それがアレクシアの頬を傷つけ、血がほとりとにじみ出る。また新たな分身が生まれるも、顕毒の秋花はそれを逃がしはしない。サフランによく似た幻が弾け散る。その毒花は時に永続を意味する。花言葉そのものの怒りにとらわれた少女たちがアレクシアを襲っていた。
「大変そうだな」
リアナルがひょいとアレクシアをのぞきこんだ。そのまま両手を広げる。白い光がリアナルを取り巻き、長い銀の髪が下からの風を受けて大きく広がった。
「天の国の門を開きたまえ。地の底の門を閉じたまえ。私はこの世のすべてが平穏で満ちるを願う。天の御使いよ、聞こえているか。私はこの世のありとあらゆるが平和に収まるを願う」
彼女から起きた白い竜巻が真っ白な雪に変わり、皆の傷を塞いでいく。
「ほれ、連打も辛かろう。最適化されよ。吐息も心の臓も、心根一つまで。雑念は私が殺す。戦いの終わるその時まで」
リアナルは消費の多い仲間へソリッドシナジーを配り、治癒と回復をこなし、かつかつらぎまなへ致命の付与と八面六臂の活躍を見せた。彼女のおかげで魅了にかかっていたメイとカイトが目を覚ます。
「もおー! いいかげんにしてくださいなのですよ!」
メイは幻影で緋翼のカイトの分身を作り上げた。ついでに自分のも作っておく。だがまなは醜く嘲笑いながら哄笑した。
「また来るぞ!」
氷のカイトの声にふたり、防御姿勢をとる。蠱惑的な声がふたりの耳から入り込み、脳髄を掻きまわす。
「ねえねえ、こっち見て?」
砂糖菓子のような甘い声。それは蟻地獄に引きずり込むための誘惑だと二人は知っている。メイは必死で頭を振った。ちょっとぐらぐらする視界を気にせず大声をあげる。
「メイはすごいものはすなおにすごいって言いますけどね、あなたさんのそれは人を破滅に誘うだけです! ちっともすごくないのです!」
言うなりメイはブルーコメットで突撃した。
「あなたさんなんて、ふっとんじゃえなのです!」
まなのわき腹にメイが拳を捻じ込んだ。反射の棘を喰らうもだくだくと血を流す拳を守りながら後ろへ飛び退る。
「そうね。夜妖はしょせん私たちの敵。どんなに美しくともそれは虚飾の美。延ばされた手は切り捨てるのみ」
ヴァイスがラ・レーテの切っ先で地面にぐるりと円を描く。そこからあふれだした光のカーテンに、ヴァイスの走馬燈が流れていく。いや、走馬燈ではない。彼女のありえたかもしれない可能性。それが映し出されている。
「――アバターカレイドアクセラレーション」
ヴァイスが自分にそっくりなシャドウをまとう。そのままかつらぎまなへ向かい、ラ・レーテを振り下ろした。
『あぐっ!』
「どうかしら。呪殺の威力は」
まなは火傷にまみれた腕を掴み、くやしそうに舌打ちする。
「くっそ、空飛んでないからやり辛いな……」
カイトはそう呟いた。
「やっぱ二本足ってのは俺には合わねえや! ええい、面倒だ! 後はどうにかなるだろ!」
みるみるうちに全身が緋色でおおわれていく。ばさり、打ち鳴らされる翼。マナが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。
「こいつでしまいだ!」
カイトの全身がさらに深い緋へ染まっていく。そして動いた。さながら赤い彗星。質量がそのままダメージとなってまなへぶつかる。ごきり、深い音と共にまなの首が折れた。わき腹をこそぎ取られ、片足を引きずり、首まで折れてなお、かつらぎまなの瞳にあるのは佐々木マナだけだった。獣のように咆哮するまなを見てミノルとマナは後じさった。その前に氷のカイトが立ちふさがる。
「その執念だけは評価するぜ、かつらぎまな。けどなあ、ここにどれだけの奴を『拾い集めてきた』んだろうなァ。こんなとっかえひっかえ拾い集めるようなのが、『お姫様』な訳がねぇだろ? その筈だぜ――逢坂ミノル」
カイトの声にミノルはふるえながらも、はっきりとうなずいた。
「最高の恥辱をアンタへやるぜ。何もできず何もなさず、おまえはそこで倒れていけ」
カイトが空いた手でジッポライターを着けた。重い空間の中で小さな炎が揺れる。ふっとそれへ息を吹きかけると、炎は簡単にライターを離れ、煤の凝り固まったハゲタカとなってまなへ覆いかぶさった。痛みは伴わない、そのはずだが、恐ろしいほどの不調がまなを蝕んでいた。
『やめっ! 苦しい! 離せっ!』
「アンタが足蹴にしてきたやつらも同じことを言うだろうなァ」
十分に回復した紅葉がしゃがみこむ。地面へ手を置いてクラウチングスタートの姿勢。
「3・2・1……」
頭の中で号令が鳴る。彼女は一気に飛び出した。
「いま! 私の全てを賭けて! ブルーコメットライトニングVer2!」
地面を蹴り、宙を駆け上がり、上空から強襲。稲妻のように。蹴りが刺さったまなの胸に穴が空く。からっぽの胸の中からは、闇だけがどろりとあふれた。
●
かつらぎまなを撃破したとたん、分身は姿を消し、異界は消滅した。後に残された人々をイレギュラーズたちは介抱して回った。幸い命に別状はないようだ。紅葉がaPhoneで救急車を呼び、メイがそれをのぞいてふわあと感嘆の声をあげている。
佐々木マナはずっと頭を抱えてしゃがみこんでいた。隣で逢坂が何かと声をかけるが、震えるばかりだった。
「無理もないか。一般人にはヘビーな体験だろうしな」
リアナルがそう言った。ヴァイスも気の毒そうにうなずき、マナの頭を撫でる。
「ほら、いいもんやるから元気出せ。ついでに俺の姿の事は黙っといてくれよな」
元の学生服に戻った赤毛のカイトは、自分の緋色の羽をマナへ差し出した。逢坂が代わりに受け取り、ほらとマナへ渡そうとする。それに対して、氷のカイトが近づいた。
「しんどいかい、『お姫様』。残念だが今起きたことは全部夢だと……」
「……思い出した。あたしは、桂木マナ」
一同、息をのみマナを見る。
「記憶が戻ったのか、桂木君!」
ゼフィラの言葉にマナは青い顔のまま首肯する。しかし、アレクシアを筆頭に桂木家へ赴くも、そこに桂木マナの生きてきた証拠は見られなかった。どこを探しても、彼女の痕跡は見られない。
「……あたし、佐々木マナとして生きていくしかないのかな」
マナのセリフに返事ができる者は誰一人いなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまでした!
無事かつらぎまな撃破。マナは記憶を取り戻しました。
少々湿っぽい終わりになりましたが、皆さんは健闘しましたですよ。
MVPは八面六臂の活躍を見せたあなたへ。
それではまたのご利用をお待ちしております。
GMコメント
みどりです。
片思いの女友達を人食いバスから助けたらドッペルゲンガーが現れました(ラノベ風タイトル)。
カイト(p3p007128)さんのアフターアクションを基にしたシナリオです。ありがとうございました。
やったねミノル君、ハーレム展開だよ!
さて、皆さんは偶然影のない少女たちがくんずほぐれつ(誤解を招く表現)しかけたところへ出くわしました。NPCを助け、エネミーを倒しましょう。皆さんがそろった時点で、全員が異界へ飲み込まれます。
やること
1)かつらぎまな討伐
2)佐々木マナ生存
●エネミー
かつらぎまな
イレギュラーズには興味がなく、マナを執拗に狙ってきます。
HP特大 防技・回避低 抵抗高 命中高 他もほどほど 一般人には十分な脅威です。
・ねえねえこっち見て? 神特レ R2内無・敵魅了
・ねえねえ遊んでよ? 物超貫 ダメージ特大
・ねえねえきれいになったよ? 神至単 HP吸収中 攻性BS回復中 呪い 体勢不利
・だからこっち向いて… P・棘
・通常攻撃 窒息 毒 火炎 呪殺
分身 初期3体 本体の半分程度の能力 使用スキルは同様 見た目による見分けはつきませんが、こちらはイレギュラーズも狙ってきます。
分身生成 2Tに1度1体が生成される 最大8体
●戦場 異界
まなが作り出す悪意に満ちた空間。大きさは直径100mの半球状。
一度入ると、まなを倒さない限り解除されない。
保護結界と同様の働きをしますが、そこかしこにまなに連れ去られた人(30人程度)が転がっています。
移動とそれに付随するペナルティあり。
連れ去られた人はまなを撃破すると現世へ戻ってこれます。
●他
逢坂ミノル 一般人 人食いバスからマナを救出するため奔走した。ふしぎとエネミーからは狙われない。巻き込まれもない。
・かばう 一回だけ使用可能
佐々木マナ 一般人 イレギュラーズによって救出されるも記憶喪失となってしまった少女。エネミーから優先的に狙われる。
関連シナリオ 読んでおくとニヤリとできるかも
再現性東京2010:とてくあかまえ
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