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シナリオ詳細

<夏の夢の終わりに>彼女が教えてくれたこと

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●冬の精
 ひねもす寒さは解けもせず、ほら貝のかたちをした巨大な階段室へ満ちていく。
 物言わぬ氷の女が歌う。周りに浮かぶ赤子なき揺り籠へと、やさしい子守唄を。
 けれど赤子は笑わず、泣き声をほら貝階段に響かせるばかり。
 かの泣き声に応じたらしき邪悪なる妖精たちが、けたたましく笑いながら七色に揺らめく手すりや壁へ、ほら貝越しに波動をぶつけていく。分厚く頑強なる貝の壁も、少しずつ破片が散らばり、外の麗しい景色や空を透かすそこに、ひびを入れていく。
 あまりにも乱暴な妖精たちの悪戯をよそに、凍てついた女は唄う。

 ――ねむりなさい。
 冬の底よりもつめたい優しさに抱かれ、ねむりなさい。

●情報屋
「おしごと。妖精郷アルヴィオンに冬が来た」
 穏やかな口振りだがイシコ=ロボウ(p3n000130)の話には当然、穏やかでいられない続きがある。
「草木も花も凍った。猛吹雪も珍しくない。未曾有の災厄」
 妖精郷が極寒に閉ざされた原因はわかっている。
 魔種たちによって『冬の王』と呼ばれる邪妖精の力が解放されたためだ。
「女王の救出、エウィンの解放。着実に君たちは魔種を追い詰めることができた」
 だからこそ魔種一行はより力を求め、急ぎ、そして野望を果たした現在、妖精城アヴァル=ケインへと撤退したのだ。しかもかれらは大量の魔物を従え、籠城の姿勢を見せている。厳冬と呼んでも差し支えがない寒さの中、城攻めを行うのは困難を極める。だからこそ今回もイレギュラーズの力が必須だ。
「私からお願いしたいの、コンクって呼ばれてるほら貝型の階段室」
 コンク――ほら貝を縦に置いた形の、吹き抜けの階段室だ。壁際を沿う形で階段が螺旋状に築かれている。
 しかもそこはほら貝型。ひとつ階を上がるごとに幅も異なり、天井へ近づくにつれ部屋も尖っていく。
「各階から行けるフロアの制圧は、後。先ず、階段室を手中に収める」
 ほら貝階段室から繋がっている扉は閉ざされており、敵が占拠している間は開かない。
「アヴァル=ケイン自体、人間サイズ。階段も普通に大きい」
 壁は分厚いのに空や外が透けて見え、外側も内側も、陽の光が通るため虹色に輝いている。
 階段の幅はそこそこ広いが、駆け上がるにしても下るにしても窮屈を強いられそうだ。手すりがあるとはいえ落下にも注意が要る。
 コンクにも無数の邪妖精が蔓延っているが、かれらを率いているのは冬の精――冬の王から産み出された魔物だ。
「冬の精、階段のずっとずっと上の方にいる」
 揺り籠を連れて子守唄を口ずさみ、深い眠りへ誘う女の精。言うまでもなく、耳を塞ぐなどしても歌は届いてしまう。
「敵は厄介。でも、ここ制圧できれば後がだいぶ楽。大事。だからお願い」
 念を押すように告げたイシコは、イレギュラーズに後を託す。

●彼女に教わったこと
 せわしく移した眼の先で、怒りに囚われた浮遊する揺り籠が、怒り狂い迫ってくる。揺り籠にも精神があるのかと不敵に笑いながら、女は剣を構えた。握り締めれば沸いて来るのは、熱い何かだ。
(それが勇気だよ利一さん!)
 内側から響いたのは、声というよりも意思だ。肯い、彼女は揺り籠が間近で飛ばした雪晶を斬り払う。氷の残滓が辺りへ散らばり、階段のそこかしこに落ちているほら貝の破片と混ざった。踏めばしゃくりと音を立てるそれらは、アルベドが戦った証でもある。
「ん? なんだ、下の方が……」
 俄に賑やかさが増した。自分たちのいる場ではなく、遥かな下層から。
 見下ろすにしても、床はあまりに遠く判別しやすい状態ではない。だからアルベドは下方へ気を取られることなく、目の前の邪妖精や揺り籠たちを睨みつける。ただ微かに、ほんの僅かに届く誰かの声を靴裏に感じながら。
「ルアナ、ここが正念場だよ」
 胸の内へ語りかけるアルベドの言葉は、ふふ、と小さな笑い声に紛れた。
(そうね、来てくれたの、イレギュラーズかもしれないし)
 ――ああ、やはりルアナは知っているのか。
 イレギュラーズとの邂逅を未だ果たせていないアルベドには、どんな気を纏い、どのような音を起こすのがイレギュラーズなのかは分からない。分からないが、ルアナが言うならば間違いない。
 心なしか、左胸の内側がほこほこと温かい。きっと、イレギュラーズが来たとルアナが喜んでいるのだ。
 命の終わりまでもう時間はないと、アルベドは知っている。なればこそ。
「……また会いたかったはずだよね、君は」
 そう呟いたアルベドに、えっ、とルアナが不思議そうな声を出す。
 しかしアルベドはすぐさまかぶりを振り、邪妖精へと斬りかかった。
「とにかくこいつらを倒そう。ここでやらないと」
 為損じることは許されない。妖精郷は滅亡させないと、ふたり意を決したからこそ、ここにいる。
「やればできる!」
(うん! やればできる、だものねっ!)
 それはルアナが利一から――アルベドの素となった彼女から教わり、アルベドへ教えた魔法のことば。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 階段室の制圧(=敵の殲滅)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 コンクと呼ばれるほら貝階段(吹き抜け)での戦闘です。
 敵は上層から下層まで万遍なくいて、アルベドと冬の精は最上層にいます。
 冬の精は、アルベドを倒すまで下へ降りてくることはありません。

●敵
・冬の精×1体
 眠りを誘う歌声は遠・扇に届き、歌に侵された者は意識を失い倒れます。
 体勢不利、呪縛、足止め、暗闇付与。歌声自体にダメージはありません。
 近距離にいる対象には、冬の吐息を吹きかけることができます。
 吐息は、ダメージに加えて凍結とブレイク効果があります。

・揺り籠×3体
 冬の精の配下。常に冬の精の周囲でふよふよ浮いています。
 泣き声が氷の結晶に代わり、冬の精に向かう場合は回復を。
 それ以外へは、ダメージとAP吸収を。中距離単体技です。
 冬の精を倒すと、揺り籠は自然消滅します。

・邪妖精×20体以上
 ナイトキャップをかぶり、青白い顔をしたピクシーみたいな妖精たち。
 ほら貝を吹くと、勇ましい音が衝撃波となって中距離単体へダメージ+飛。
 また、邪妖精同士で集まって連携する傾向にあります。
 正確な数が不明なぐらい多く、動き回っていて厄介です。(増援はありません)

●NPC(味方)
 自我を持った『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)のアルベド。
 フェアリーシードにされた妖精ルアナと共に、妖精郷のため決死の覚悟で戦っています。
 彼女たちは、アルベドがどんな存在かを理解しています。
 状況が状況なので、アルベドから合流してくれることは無いでしょう。
 フェアリーシードの妖精は、ルアナという10歳程の少女。
 故郷で大事な『涙密の運び手』を任された彼女は、当時プレッシャーに苛まれ、自信を喪失していましたが、イレギュラーズとの出会いにより成長を果たしました。そんな彼女も、今回はアルベドと共に戦う道を選んでいます。
 だって、イレギュラーズと約束しましたから。今度、妖精郷を案内するって。

 それでは、ご武運を。

  • <夏の夢の終わりに>彼女が教えてくれたこと完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月30日 23時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
サイモン レクター(p3p006329)
パイセン
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標
只野・黒子(p3p008597)
群鱗

リプレイ


 開戦を報せるかのように、ほら貝が吹き鳴らされた。
 邪妖精によって止まず奏でられた音色は、戦う者たちを衝撃波で叩く。腕で目元を庇った『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が、波の余韻が残る内から駆け、気高き銀で、妨害する群れを真一文字に薙ぎ払う。
 邪悪なる者たちを四散させれば、螺旋階段の行く手にも間が生まれる。
 そこへマルク・シリング(p3p001309)の閃光が走った。強烈な神聖の光が邪妖精たちの身を削り、未来が拓かれたその一瞬。蠢く敵陣にぽっかりできた穴へと『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)が飛び込んでいく。後尾を担う『ハニーゴールドの温もり』ポテト=アークライト(p3p000294)から力を得て。
 上層から微かに降り注ぐ音は争いにより生じたものでしかなく、誰もが先を、上を望む中で階段室を見渡しながらポテトは思う。
(急ぎたいけど、真っすぐ移動出来ない分、時間がかかって大変だ)
 上へ、上へ。段を踏み越え、皆一様に壁際を駆け登れば、靴音の勇ましさに邪妖精たちが反応する。きゃたきゃたと楽しげに間近へ寄ってきた一体を、利一は衝術で弾いた。跳ね飛んだ妖精は吹き抜けへ放り出され、そこを『パイセン』サイモン レクター(p3p006329)が撃つ。
 混戦の真っ只中で構えたライフルは、狙い過たずかの妖精と、そして周囲で飛び回る翅音へ驟雨を降らせる。仲間を避けた弾丸の雨は、酷寒の階段室でも燃え尽きることを知らない。
「そう簡単に殲滅されてはくれねぇか」
 サイモンは口端をあげた。制圧射撃を試みても、容易く落ちはしない。だが翅音は着実に鈍っている。
 仲間が拓いた段差を踏み越え、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が不浄なる気を清めていく。ひとつ息を吐く度、到来した冬の恐ろしさを痛感した。
(妖精郷をこのままにしておくなんて、できないよ)
 想起したのは、あの穏やかな春の都。千にも万にもなる色彩が咲き誇り、楽しげに歌う春景。
 甦らせなければと滾る情は熱く、そして温かくスティアの両足へ力を燈す。
 燈したばかりの火さえ疎ましいのか、あるいは単なる邪気ゆえか、翔け巡る妖精らは彼女たちの意志を折ろうとほら貝を吹く。先陣が斬り払い、スペースを作り、そこを皆で通過する。繰り返すイレギュラーズは戦線を確実に押し上げるが、しかし妖精の妨害も激しさを増した。
 敵を薙いで間もないリゲルたちへ、邪妖精の一群が容赦なくほら貝を向ける。だがそんなかれらへ、蛇のごときうねりで雷撃が喰らいついた。『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)が解き放った雷たちだ。
「さあ、どいたどいた!」
 魔術書は開いたままルーキスも駆けていく。衝撃の波に羽根をもがれながらも、彼女は走った。
 夜もすがら騒ぐ雪風のごとく、階段室は混乱を極めていた。
 そんな中でも『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は動静を探り、頭へインプットしていった。邪妖精たちの挙動を瞬きもせず凝視し、成程、と思わず顎を引く。邪悪ながらも妖精というだけあり自由奔放、規範に囚われず暴れる様は、統率された一団とは毛色が異なる。身近な光景で喩えるなら、何をするかわからない幼子に近い。
(これは骨が折れそうですね)
 さして困難とも思っていないような表情で、黒子は肩を竦めた。それにしても底冷えしそうな寒さだと、黒子は足から巡る熱を頼りに身体を温めていく。少なくとも、長く居ていい所ではない。
 しかもイレギュラーズを阻む無数の邪妖精は、階段の先、吹き抜け、ありとあらゆる場所にいた。
「反対側から一つ、来ます!」
 妖精を押し返しながら黒子が叫ぶと、すぐさまマルクが向かいの階段へ視線を投げる。
 そして彼は、けたたましく笑いながら飛んでくる個体を――。
「そんな高さを悠々と飛んで、大丈夫かな?」
 ――閃光の熱波で撃ち落とす。
 吹き抜けを越えようとすれば当然、地上から遥かな高みを飛ぶことになる。そこを狙い澄ました。
 落下した妖精を追う敵もいたが、殆どは若者たちへ意識を傾けたままだ。
 ポテトの直感が機を捉え、皆を鼓舞する号令で空気を揺るがす。
「頂まで遠くはない、みんなで頑張ろう!」
 喉から溢れ出た清らかな声が、冴え渡る。響くポテトの声色を背で聞き、逸早く上っていたリゲルが、火球の嵐を起こす。凛々たる寒さに招いた猛き赤は、妖精を成す邪も思考も、一緒くたに焼き焦がすもので。
「さあ、来るんだ。君たちの遊びには、俺が付き合うよ」
 手招くリゲルに苛立ちを覚えた数体が、彼へ群がり出す。
 身命を賭して引き付けた彼の傍らを抜け、利一は悪の権化へ死の凶弾を撃ち込む。
「道を開けるんだ!」
 凶弾が深く強かに敵を貫通していく一方、駆けつけた他の邪妖精が利一へほら貝を吹き鳴らす。強烈な圧縮波により壁へ叩き付けられた。だが彼女はふらつきながらも、やはり両足を緩めない。
 彼女だけではなかった。若者たちは足裏に痛みを覚えようと、波を浴びようとも、上層へ急いだ。
 途端に邪悪なる妖精たちが頷き合い、一緒に悪戯を始める。ほら貝の方向を重ね、標的を揃えて衝撃波で吹き飛ばす――急ぎたいイレギュラーズの想いを察したかのように。
 急けば縦横無尽に行き交う妖精からの妨害も相まって、距離や陣形は乱れやすい。対応に回る皆の立ち位置は、少しずつ散開し始めていた。
「後方の皆さんはもっと前へ! 中衛はこちらに構わず、先陣を追って頂ければ!」
 瓦解しかけた距離感を悟り、黒子が声を張り上げ、後尾の仲間を急ぎ引き上げるべく妖精を散らす。
 仲間を巻き込むと判断したスティアは、代わりに、前をゆく仲間の前に立ち塞がっていた一体を、浄化の炎で焼き尽くす。浄められた敵が灰になって消える頃には、別の一体が飛翔し前線へ迫っていく。
「どの敵もしつこいよね!」
 頑張らなきゃと鼻先を鳴らし、スティアが次なる的を見定めた。
 こうして階段室で響く戦の音が、複雑に絡みあう。邪妖精一行による朗笑やほら貝を使った擾乱が、戦場をノイズで満たす。
「休みなく騒ぐとか、疲れないのかねぇ」
 片眉を上げたサイモンの銃口が、鈍色の雨を生む。
 そうして雨に追い立てられた邪妖精たちを、ルーキスの色違いのまなこが射抜く。
(……手加減する余裕すらないのに)
 上で戦っている者がいる以上、急がねば取り返しがつかなくなるのは明白だ。だからルーキスは細く息を吐き、妖しげな薔薇を招いた。神秘で模られた結晶花が階段上に咲き乱れ、敵の精気を吸い上げる。一体、また一体と邪悪なる精が力尽きた。


 駆け上がる。息せき切って、遥かな高みへ。
 あそこにいる。あそこで戦っているのだ。上げた足が重たい。段を飛び越して着地した足裏が熱い。戯れる邪妖精の軍勢を払い、落としながら極寒に閉ざされた地を駆け上がった矢先、衝撃波の山脈が襲来する。
 邪悪なる妖精たちの奏でた大寒波が、イレギュラーズを階下へ転がり落とそうとした。
 飛ばされず耐え抜いたリゲルが先駆けて道を切り開き、避けた妖精を利一が撥ね飛ばして続く。ルーキスも転がったものの、片腕の羽を広げて痛みを分散し、身の回転を活かして着地する。ポテトが背を支えたこともあり、延々と転がり落ちる事態にはならなかった。
「危ない危ない」
 一息だけ吐ききってから、仲間を追う。
 その間、スティアのもたらした終焉が敵へショックを与える。氷結の花でが散る世界で、隙を狙った邪妖精が吹き抜けを活かして上へ飛んだ。ちょうどそれを目撃した黒子が叫ぶ。
「下方より二つ、前線へ向かいました!」
「「了解!」」
 報せた黒子の声に、利一やリゲルたちもまた大声で応じた。
 直後、ほら貝が歌う。放たれた波動に押しやられ、利一が足を踏み外し――。
「っと!」
 危うく落下しかけたものの、咄嗟に身体を転がし難を逃れた。
「……ふう、間一髪だ」
「よかった」
 慌てて駆け寄ったマルクも胸を撫で下ろし、攻勢へ戻る。
 刹那、邪妖精の悪戯で壁へ激突したばかりのルーキスが、すかさず書から解いた術式を編み上げ、雷を起こす。
(悪い妖精たちに、驚く暇なんて与えないから)
 手早く雷光を連ねれば、撃たれた妖精たちがふらつく。
 しかし尚も懲りず飛び立とうとした邪妖精を、サイモンが蹴飛ばす。ライフルを掲げた彼は、衝撃の波に呑まれ強か打った背を摩りつつ、喉を開く。
「っし、次の掃討タイムだ、いくぜ!」
「そうだね、大掃除といこう」
 サイモンが喜々として声を張り、マルクが答える。直後、サイモンはしの突く雨で、一帯の妖精たちから悲鳴を生み出した。そしてマルクが連ねた殺さずの光は、邪妖精たちのバランスを崩し、地へ落とす。
「ゆっくり寝ていてほしいな」
 別れの挨拶も、そっと零しながら。
 ――未だ終わらぬ戦いの音。上方のものだけを黒子が拾い上げるのは、そう難しくない。嫌な声ほどよく聞こえてしまうなど、以前は珍しくもなかった。
「攻撃、上方の敵へ届く所まで来ております!」
 確かに見えている。だが見えているから近いとは見誤らず、黒子は皆へ伝えた。
 そんな黒子の様相を、遠くからこの階段室を占拠する首魁――冬の精がじいっと見つめていて。
 赤子の泣き声が聞こえてきた。だが邪気を伴う喚きは、イレギュラーズではなく、別の誰かへ与えるためのもの。
(あれは……俺のアルベドか!?)
 利一にとっては、目を瞠る光景だった。同じ姿をした、真白き人物がそこにいる。
 一方、黒子は立ち止まり、周囲を見渡していた。
(やはり乱戦になっていましたか……それなら)
 手土産をひとつ。
 己が命を媒介に、邪魔な妖精たちから平静を根こそぎ奪う。
 極寒の地において頭に血が上るというのを体言した数体が、黒子めがけてほら貝を吹く。
「……させませんよ」
 黒子の呟きに覚悟が乗る。揺り籠と冬の精。かれらと対峙する者の邪魔は、決してさせまいと。
 おかげで邪妖精から阻まれることなく、先ゆくスティアが統率者との距離を詰めた。揺り籠の泣き声や氷晶を間近で浴びながらも、どうにか冬の精よりも奥へ――階段の更に上へ突破して。脇目も振らず為したスティアの行動に、しかし冬の精は興味を示さない。
 かの者が気にしたのは、敵情把握と仲間への的確な指示を重ねてきた、黒子だ。
 怒りに囚われずいた邪妖精を斬り伏せるリゲルや、揺り籠へ仕掛けた利一に目もくれず、女はふわりと前へ動く。
「いい子。もうねんねの時間ですよ」
 するりと、冷えきった指先が黒子を撫でる。その囁きは氷の息だ。凍りつくことはなくとも、躯の芯まで染み入る女のつめたさが、彼に突き刺さる。しかし崩れゆく黒子の内側、どこかで燻る生命への執着が――彼を奮い立たせた。
「……申し上げたはずですよ。させません、と」
 黒子の返事に、女はうっそり微笑むばかりだ。
 その間、マルクは天の徒がもたらす救済をアルベドへ施すことが叶った。
 まだ足りないと判断したポテトも、アルベドへ癒しを分け与える。
「ここからは、私達も一緒に戦うぞ!」
 ポテトの一声に、真白きアルベドは利一の顔でそっと微笑んだ。
「ルアナ、君の……会いたかったひとたちが来たようだ」
「ルアナ……? まさか君の核は……」
 覚えのある名を口にしたアルベドへ、マルクが思わず尋ねる。
 アルベドという錬金術の成果により誕生した命の構造も、かれらの置かれた状況も、マルクは痛いほどよく知っている。もちろん他のイレギュラーズも。
 やがてアルベドは、ああ、と静かな声で頷いた。
「彼女が私の心臓なんだ」
 心臓――アルベドを生かし、アルベドと共に生きるため埋め込まれた、フェアリーシード。
 敵を押し返した利一が、ふとアルベドを振り返る。
「……お前も、この妖精郷を守ってくれるのか」
 アルベドへ降り注ごうとした結晶の苦痛を、代わりに受けながら。
「ここまで耐えてくれてありがとう」
 するとアルベドが、ふっと吐息で笑ったのが彼女の背に伝わる。
 アルベドとフェアリーシードの協力。そういうこともあるのかと、目の当たりにした事実をポテトが静かに嚥下する。
 しかし冬の歌声は、そんな心身を蝕む。言語として模られぬ唄が、脳を揺すり、眩む視界の中でルーキスは頬がひくつくのを感じた。
(流石に……キツイ)
 魔力が枯渇せぬよう順序は抜かりなく守っているが、それでも渇いた喉が全身の疲弊を訴えてくる。急ぎルーキスは、悪夢の底へ落とすための弾丸を標的へ撃ち込む。
 後ろではサイモンが、気合いをライフルへ装填していて。
「さて……とことん撃ち尽くすぜ」
 排除対象は取り巻きだ。激しい雨脚が過ぎ行けば、妨げとなっていた妖精たちが鈍る。
 しかし我を取り戻した邪妖精は、飽きるほど耳にしたほら貝の音で、サイモンを壁へめり込ませた。咳込んで彼が崩れるも、駆け寄ろうとしたポテトを挙げた片手で制す。大丈夫だと、暗に告げて。
 仲間たちの奮戦が続き、アルベドの様子を看ていたマルクの口調も、微かに早まる。
「ルアナ、もう少しだけ、頑張れるかい?」
 問い掛けは種たる少女へ贈ったものだが、返答はアルベドの首肯によって為された。
「必ず帰ろう。また春になったら……君と一緒に涙蜜をまた、運びたいな」
 彼の言葉に、覚えたての笑顔でアルベドが頷いた。
 よし、と笑みを咲かせてマルクは戦線へ戻る。傷ついた仲間たちを、癒すために。
「……君は、彼らとたくさんの思い出を紡いできたんだね、ルアナ」
 見送るアルベドの呟きは、誰にも掬わせぬまま消えていった。
 そのときだ。スティアが胸いっぱいに息を吸い込み、そして。
「こっちだよ、冬の精!」
 二色の瞳に光が宿り、終焉の花嵐を呼ぶ。
 敵の気が逸れている内に、ポテトの淡い唇がクェーサーアナライズを告げ、天使の福音で階段室を飾る。
「みんな一緒に、勝利を掴むんだ!」
 巨大なほら貝の内側を、未来の展望で満たす。言葉は、音は、力に換わる。
 ポテトの声援を受け、揺り籠めがけてリゲルが凍てつく星剣の舞を手向けた。
「君は冬の中で眠り続けるんだ。いいね?」
 囁きと共に、泣きじゃくる揺り籠をひとつ完全に黙らせた。二人の邪魔はさせないと、二人の笑顔を守るためと、リゲルは矢継ぎ早に次の揺り籠へ狙いを定める。
 彼の後ろでは、追い縋ってきた邪妖精を倒し終え、サイモンが呟く。
「ッ痛ぇ……ま、こんなところだな」
 だが、不穏の気配は間近まで迫っていた。
「下から生き残りの邪妖精がくるよ!」
 リゲルと共にいた妖精フォルトゥーナが叫ぶ。奈落へ招待された邪妖精たちが、今になって上層へ辿りつこうとしていた。
「後ろは僕らが!」
 空気も読まず乱入する邪妖精へ、マルクの魔が破壊を呼ぶ。
 続けて、暴虐の紅玉で渇きを潤していたルーキスも、残存妖精たちへ雷蛇を解き放った。
「まだまだこれからさ」
 片目を閉ざし前線の仲間へ告げ、踵を返す。
 決して広大とは呼べぬ、ほら貝階段の上層。その前線では、氷の結晶に揺らいだばかりの利一が、拳に纏わせた歪業を揺り籠へ流し込み、終わりの時を織っていた。軋んだ籠が朽ちゆくのを、冬の精に見せ付ける。
 一方で、スティアと黒子の目線が重なった。目交ぜしたのち黒子は揺り籠の、スティアは冬精の間隙をついて段を蹴る。黒子が揺り籠へ突きつけたのは――光と熱を奪うすべだ。
 静穏に紡いだ一手で、赤子に恙無い眠りを贈る。消滅という名の眠りを。
 直後、女の吐息が黒子へ圧しかかった。すぐにアルベドが冬の精に向き直り、身構える。
「大丈夫、私達なら『やればできる』!」
 傍で利一がそう呼びかけ、二人並んで歪脈の脅威をかの者へ知らしめた。
 すると、生き残りの邪妖精を片し終えたルーキスの魔弾が続き、女の動きを覚束なくさせる。
 そしてマルクが己を基軸に、場を聖域として築くのを頼りにして、破壊衝動に身を委ねたリゲルが敵の懐へ飛び込んだ。一撃。たった一撃に威力を上乗せできれば充分だった。だからリゲルの眼差しには一切の淀みがなく、剣舞が冬精の肌を砕く。
「ねむりなさい」
 凍てついた女はそれでも唄う。声色で慈愛の音を孕みながらも、若者たちの命へ厳冬の景色を与える。
 だからスティアが冬を刈り取るため、花を舞い散らす。
 はらり、はらりと戦場で雪の華が踊る。冬の精の命が、氷の花によって絶たれた瞬間だった。


 陽の光を通した階段室の壁が、虹色に輝く。
 煌めきの中で彼らは言葉を交わし、掲げた手と手を叩き合った。もちろん、アルベドも一緒に。
「二人が諦めないでいてくれたおかげだ」
「共に戦えて嬉しいよ」
 アルベドと、そして心臓にいるルアナへ、ポテトとリゲルが並んで語りかける。
 こちらこそ、とゆっくり頷くアルベドを前に、体調を看ていたマルクは唇を引き結ぶ。
 ここにいる誰もが分かっているのだ。『アルベド』という生き物の末路を。
「……二人はどのような道を選ぶつもりかな?」
 臆せず問うたのはスティアだ。真っ直ぐな視線と共に聞かれれば、アルベドもふっと笑うしかなく。
 その面差しを前にしてルーキスは感づいた。だから彼女は、片手をひらりと泳がせて言う。
「後はこちらの仕事だ。長い間、お疲れ様」
 長い間――ルーキスの言葉で、アルベドが嬉しそうに眦を和らげる。
 そして内なる妖精と何事か意思を交わし、アルベドはゆっくりかぶりを振った。
「ありがとう、ルアナ。ごめん……こうするつもりだったんだ、ずっと」
 生まれ出ずる悩みなど、アルベドは疾うに超えていた。
 そうして言い終えたアルベドが仰ぎ見た先にいるのは、戦友たちで。
「……イレギュラーズ」
 ほんのりと緩んだ双眸には、色も光もない。ただ。
「ルアナを、妖精郷を……頼んだよ。大丈夫、やればできる」
 それは夏の夢の終わりに、彼女が教えてくれたこと。
 すっかり伝え終えたアルベドは、癒して間もなかった傷口を自らこじ開け、抉る。俯く彼女の表情は、感じている苦痛はイレギュラーズから窺えない。見せないようにして彼女は、左胸からそっとフェアリーシードを取り出し――皆へ差し出そうとした時にはもう、動かなくなっていた。
 崩れゆく彼女を利一が抱きとめ、フェアリーシードを皆で受けとる。冷えきったアルベドの面差しは実に安らかで、利一は言のひとつも落とさず、ただただ彼女を抱えていた。そしてリゲルと共にいた妖精フォルトゥーナが優しく種を開くも、ルアナは泣きじゃくっていて話すらできそうにない。

 あまりにも短く、あまりにも長かったひとりのアルベドの物語は、
 安らいだ冬の終わりに、こうして幕を閉じた。

成否

成功

MVP

只野・黒子(p3p008597)
群鱗

状態異常

なし

あとがき

 激戦、お疲れ様でした。

 ご参加いただき、誠にありがとうございました。
 またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。

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