シナリオ詳細
<巫蠱の劫>蛇の道は蛇
オープニング
●民部省重役、荒籠手 伸成を防衛せよ
「これは一体、どういう状況でしょう……か」
非常に大柄かつ強面な男が、重く響く声で述べた。
目を細め視線だけを動かし、語尾だけに一拍おく特徴的なしゃべり方は荒籠手という男の特徴である。
「見てわかんない? 狙われてるんですよ、荒籠手サン?」
指にくるくると小さな蛇を巻き付けて『そこから一歩も動かないでね』と呼びかける八百万の少女。
いや、外見で年齢を判断するのは早い。幼い顔立ちに似合わぬ大人びた目で、少女――姫巳(きみ)は地面にドンと足を踏みならした。
すると白いミルクのような水たまりが生まれ、その中から大蛇が召喚される。
「これでいいんだよね? おじょーちゃん?」
「あなただって小さいでしょ?」
鞠を手に、高貴な身なりをした少女が荒籠手のそばへ寄り、『後は任せるね』といって手を振った。
そんな彼女たちの周りには――。
「ヨコセ……」
「ヨコセ……」
「肝、ヨコセ……」
干からびたカッパのような妖怪が無数に現れ、取り囲んでいた。
カムイグラではそう珍しくもない妖怪『日照河童』だが、しかし不思議と彼らの姿は半透明にかすんでいる。
「これが、呪詛の『忌』……か」
姫巳は振り返り、手をかざした。
「そういうわけだから、よろしくね。ゲンスケ、ママ! ローレットのみんな!」
あなたは姫巳と共に身構え、日照河童たちとの戦いを始めたのだった。
●
ことの経緯を、まずは説明せねばなるまい。
夏祭りの折りに頻発した肉腫事件は豊穣国内に波紋を呼んだが、時を同じくして高天京の京内に禁忌の呪術が流行し出していた。
妖怪の一部を切り取って呪術媒体とすることで、特定の相手にあやかしを放つというものである。これによって生まれた死者は数知れず、それは政治中枢である宮中内にまで及んでいた。
宮中内は政治ゲームの中心地である。『死んだら誰かが喜ぶ人間』などごまんといる。複雑に絡み合った派閥や利権や出世諸々の利害関係はたとえ十年来の友とて信じられないほどの闇が渦巻くこともザラであった。そう行った意味では、呪詛騒ぎによる疑心暗鬼は市民の比ではないといっても過言ではないだろう。
特に金がらみの民部省は他者から恨まれることも多く、蹴落とし合いも横行していたことから呪詛による被害を立て続けに受けていた。
「で、誰がやったのか突き止めろって! ねーねーママー! いいでしょいいでしょー! 手伝ってよいいでしょー!?」
椅子に腰掛けキセルをくわえる瑞鬼 (p3p008720)の周りをぐるぐるまわって頭を擦り付けていた。
蛇の求愛行動みたいなムーブに、どうやらたまたま同じ依頼を受けたらしい咲々宮 幻介 (p3p001387)は軽く驚いていた。というか、幻介に限らず他のイレギュラーズたちも若干驚いていた。
「瑞鬼殿……お主、子供が……?」
「なんじゃ。子供の一人や二人誰にでもおるじゃろお?」
わざとらしく髪をかき上げ、首をかしげてみせる瑞鬼。
「『誰の子か』が気になるのかぇ? そうじゃろうそうじゃろうのう。なにせわしとおぬし、花火の夜にあんなに熱烈に――」
「ちがう! 拙者なにもしてないでござる! というか拙者秘蔵の酒をこの鬼にまきあげられただけでござる!」
わたわたと腕を振り回す幻介。この人もっとクールで渋いサムライキャラだった気がする、と思っていた仲間は和みついでに微笑んだ。
「ふふ、安心せい。落ちていたのを拾った子じゃ。親も知らぬし」
「何行ってるのあたしのママはママだけだもんねーママねー!」
瑞鬼に抱きついて高速でぐるんぐるん回転する姫巳。
幻介は咳払いをし……そして、すぐそばに立っていた童女へ振り返った。
「で、こちらは?」
「じょーほーてーきょーしゃ?」
自分でも分かっていない口ぶりで返す姫巳。
童女は笑い、幻介へ数歩あゆみよった。
「私がおしえたの。『人を呪わば穴二つ』……のろいはね、倒せば術者に帰って行くのよ」
「だから、次に狙われるのが確実っていう荒籠手サンにはりついて、出てきた『忌』を返り討ちにすれば術者は倒せるしそれを見つければお仕事完了! ね、簡単でしょ?」
「ほう……」
幻介は童女にどこか懐かしさのようなものを感じたが、しかし深く追求せずに話へ戻った。
「つまり拙者らは、現れる『忌』を倒すために呼ばれたので御座るな」
術の内容もおおかたの予想がついているという。
『日照河童』という妖怪の腕を媒体にして行った呪術で、何体もの半透明な日照河童が現れ対象者に襲いかかるというものだ。
日照河童は枯れた湖や塞がれた川といった場所へ恨みがましく現れる妖怪とされ、京周辺の土地を整備するにあたり川を大胆に移したことでよく見かける妖怪らしい。この妖怪自体はさして脅威ではないが……。
「まあ、聞いたことはある」
瑞鬼がカツンとキセルで灰皿を叩いた。
「この呪法で現れるあやかしはあくまで媒体の姿を借りただけのもの。
特徴こそ引き継ぐが、強さはまるで比べられないらしいのう。
なにせこのご時世。どこの役人も呪詛を恐れて護衛をつけているにも関わらず次々と殺されておるのじゃろう? それなりの戦力を整えねば、巻き添えをくって死ぬだけじゃ」
「そゆことそゆこと。だから、ママに手伝ってもらうってわけよ! 完璧でしょ?」
かくして、民部省の重役であるという『荒籠手』という男を護衛する依頼が始まった。
事件が起きたのは荒籠手がいつものように仕事へ出かけようとした時のこと。
玄関先で突如として例の『忌』が出現。
冒頭へと戻るのである。
あえて、もう一度行って貰おう。
「そういうわけだから、よろしくね。ゲンスケ、ママ! ローレットのみんな!」
- <巫蠱の劫>蛇の道は蛇完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月22日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
半透明な妖怪たちに囲まれ、顔を険しくゆがめる荒籠手。
そのそばに立って、鞠を手にした少女は妖怪たちがこちらを扇状に囲んでいることを察した。
「おっと、ここは危ねえ、下がってな。アームドオン!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は胸に装着した鼓をドンと叩くと装甲を展開。ホラ貝のごとき効果音と共に全ての継ぎ目が装甲によって覆われると、銃旋棍『咸燒白面』を抜いて構えた。
「ぶはははっ、予想はしてたが敵の数が多いねぇ。こいつぁ守り甲斐がありそうだ!」
イレギュラーズたちは荒籠手を中心にして周囲を囲むように布陣。
庭でのんびりしていた『咲々宮一刀流』咲々宮 幻介(p3p001387)は声を聞きつけダッシュで駆けつけた。
ザッと土の上をスライドしながら抜刀。
「仕事でござるか。しかし護衛なぁ。拙者、そういうのには向いてないで御座るが……仕事ならやらぬ訳にもいかぬか」
「んー?」
後ろで少女がミョーな笑顔で首をかしげたが、幻介は『なんだろこの子、会ったことあるかな?』くらいに思っていた。ウカツ。
玄関のそばで酒を飲んでいた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)はひょうたんを放り投げ、ゆらりと自分のポジションへとついてみせる。
「ガラではないんじゃが仕事であれば仕方あるまい。姫巳の頼みでもあるしのう。何か隠しておるようじゃし」
「……え、隠してるんでござるか?」
ちらりと振り返り小声で語りかける幻介。
瑞鬼は扇子で口元を隠し、同じように小声で返す。
「姫巳がわしの得手不得手を心得ておらぬはずがないからのう。わし……もしくはわしの近くにおる者に通じたい理由があるんじゃろうな」
「そも、理由というのは……」
ゴクリと息を呑む幻介に、瑞鬼はまた『さあ?』と肩をすくめてみせた。
(民部の重役を御護りする大切な御役目。拙では役者が不足しているかも知れませんが拙も神使様の末席に名を連ねる者。一所懸命に力を尽くして行きます)
既にそばについていた『寒獄龍図』鬼龍院・氷菓(p3p008840)は武器をとり、油断なく妖怪たちへと構えた。
自分から仕掛けないのは囮や罠を警戒してのことである。
依頼内容はあくまで荒籠手の護衛。極論そばで倒れなければ勝ちのようなものだ。
一方で『デイウォーカー』シルヴェストル=ロラン(p3p008123)はきゅっとネクタイをしめなおし、甲部分に魔方陣を縫い込んだ白手袋をはめ込む。
「護衛任務はキッチリこなすから、どうかご安心を」
そんな彼らのもとへ素早く駆けつける『行く雲に、流るる水に』鳶島 津々流(p3p000141)たち。
津々流は自らのもつ力をわずかに解放し、淡く桜の花弁を散らし始めた。
「派閥とか人間関係とかが絡み合って複雑怪奇な状況みたいだけど、荒籠手さんって人も誰かに狙われてる内の一人、ということだよねえ。姫巳さんによれば」
「けどどーみても、人一人呪い殺すにしては仰々しい上にオーバーキルな呪詛ですね……。やっぱ人に恨まれるより崇められるほーがボクは好きです」
両手をにぎにぎとさせ、軽く準備運動をこなす『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)。
「俺の世界にも妖や獣の肉体や血を使い呪詛を振りまく者たちはいたが……全く、浅はかなことだな」
屋根の上で見張りをしていた『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)が飛び降り、最後に後方を塞ぐ。
「人に酷いことしたら自分だって酷い目に遭うのだわ!」
「その通りだな、章殿。さぁ、舞台の幕を上げようか」
姫巳を含め総員戦闘態勢。
「そういうわけだから、よろしくね。ゲンスケ、ママ! ローレットのみんな!」
日照河童の妖怪たちに囲まれた状態からの防衛戦がいま、始まった。
●
「どうやら召喚霊体のような扱いみたいだし、倒すのに遠慮はいらないよね」
津々流は自らの力を更に解放すると、霊力によって作られた激しい桜吹雪を引き起こした。
庭の果樹をまいて走る、巨大な竜のごとき桜吹雪。河童たちは回避しようと飛び退くも、無数の分流となった吹雪にまかれ霊力に溺れていく。
パチンと指を鳴らすシルヴェストル。
彼の影から無数の蝙蝠眷属が出現し、舞い上がったそばから大きくうねるようなカーブを描いて別方向の河童たちへと襲いかかる。
「こう開けた場所で一人を守り続けるのは不利だ。ひとまず屋内に入って敵の戦力をはかるのはどうだい?」
「いいぞシルヴェストル! その案乗った!」
ゴリョウはフゥンと鼻息荒く大地を踏みしめると、屋敷の玄関口前に現れ始めた河童たちめがけてタックル。
自分の存在をアピールすることで河童たちを無理矢理引きつけると、荒籠手に『中へ入れ』のジェスチャーをした。
「ぶはははッ、こっちの群れは俺に任せなぁ! 中には水かき一本入らせねえ!」
「任せた!」
荒籠手の手を引いて走り出す鬼灯たち。
少女が荒籠手の裾をつまんでついてきた。
「おじさん、わたしこわい」
荒籠手は首と目線だけを動かして少女をみおろすと。
「汚い手で触るな」
乱暴に少女をはねのけ、氷菓とルリをそれぞれにらみつける。
「こんな子供ではなく、あなたたちがそばについてください。私の命は金には換えられません、よ」
「……」
「へえ」
氷菓とルリは荒籠手のある意味堂々とした様子に何かしら思う様子を見せたが、特に口に出すことなく、ころんだ少女を助け起こして共に屋内へと駆け込んでいく。
それを追って駆け寄る河童たちは、ゴリョウの放つ足下への牽制射撃でとめられた。
屋内に入ったところで安全であるとは限らない。
いやむしろ、河童たちが空間から染み出たかのように突如現れたことを思えば安全地帯などどこにもないだろう。
氷菓は『SADボマー』の安全装置を解除すると、玄関口から入ってすぐの通路めがけて投擲。
待ち構えていたかのように現れた河童たちを先制攻撃によって吹き飛ばした。
「先へ」
「待ってください。やり残しがいるようですよ……」
ルリは拳をぐっと握りしめ、術式によるセーフティーを解除。どころか逆に利用して、豪快なパンチによって霊力圧を発射した。
爆発を生き延びたやや大きめな河童が、こちらへ飛びかか――る途中で命中。ギャアという鳴き声とともに高級そうな掛け軸へと激突。潰れてとびちっていった。
引き裂かれておちる掛け軸。それを見て、荒籠手は顔をしかめた。
「壊さないように倒せないのですか。あなた程度の庶民ではこの掛け軸を弁償できません、よ」
「……」
拳をグッて振り上げようとしたルリの肩をたたいてなだめる鬼灯。
かわりに章姫が耳元で囁いた。
「くるわよ。前方通路に五体」
「素晴らしい、章殿」
鬼灯は魔糸を鎖鉄球モードへチェンジするとボーリングのパワースローの勢いで投擲。
現れたばかりの河童をぶち抜くと、今度は鎖を掴んで大回転をしかけた。
周囲のふすまや坪井や壁がことごとく壊れていき、荒籠手が悲鳴をあげる。
それによって跳ね飛ばされたり転倒した河童たちへ、姫巳は召喚した大蛇をけしかけて破壊していった。
「き、姫巳さん……どういうつもりですか……」
「まあまあ。命はお金に換えられないんでしょ? 安いものじゃない」
振り返り、にぱあって笑ってみせる姫巳。
手鞠の少女もなぜだからころころと笑っていた。
「荒籠手さんこそ余計に動かないほうがいいかも。まだまだ来るよ。ゲンスケ、ママ!」
姫巳が鋭く呼びかけると、同時に飛びだした幻介と瑞鬼が絵画の描かれたふすまを切り裂きながら突進。隣の大広間で待ち構えていた河童たちへと攻撃姿勢をとった。
「拙者とて、ただ遊んでいただけでは御座らぬ……此処で面目躍如させて頂くと致そうか。
さぁ――咲々宮一刀流の剣の冴え、その身でとくと味わうが良い!
咲々宮一刀流――羽前椿!」
抜刀と同時に残像分身した幻介が河童たちを一斉に切り捨てていく。
その中央を突き抜けるように走った瑞鬼が、ひとまわり大きな河童へ掌底を打ち込んだ。
「なんとまぁ……面倒な仕事を持ってきたものじゃ。あとで灸を据えてやらんとな」
瑞鬼の掌底をくらった河童は吹き飛ばされ、壁を突き破って野外へと転がり出た。
「ほう。これは随分と歓迎されたものじゃのう」
穴ごしに屋外を見てみると、更に大きな河童たちが力図よく地面を踏みならしながらこちらをにらみつけている。
刀を収め直した幻介と共に、野外へ堂々と出て行く瑞鬼。
「どれ、河童の陸遊びに付き合ってやろうか?」
●
額縁ごと砕けた幻想絵画を踏みつけながら、荒籠手を壁際に押しつける鬼灯。
「きさま、それは海洋王国から送られた高価な――」
「黙ってそこに立っていろ荒籠手殿。死にたくないだろう?」
鬼灯は口元を隠す布に人差し指をたてると、その指をくいっと折り曲げた。
すると広間に次々現れた河童たちがあらかじめ仕掛けられていた魔糸に絡め取られて浮きあがり、あべこべな方向に身体をねじ曲げ『ぞうきん絞り』と化した。
「津々流殿、デカいのは任せたぞ。シルヴェストル、貴殿はどうする」
「もう少し壊――倒したくなってきたかな」
指先を小さなナイフで切ると、一滴の血を足下へおとした。
すると畳の上に巨大な魔方陣が連鎖展開。身動きのとれない河童たちを部屋ごと焼却していった。
識別魔方陣によって『電子レンジ状態』を免れていた荒籠手に、弾けた河童のしぶきがかかる。しかししぶきがかかったそばから、かすむように消えていった。
「倒したそばから消えていくとは。掃除が楽でいいね」
「あなた、わざとやっていませ――」
「不可抗力じゃないかなあ」
津々流は松の木がならぶ庭へ出ると、両手を剣に変えた巨大河童へ手をかざした。
彼のそばで震える少女。
津々流はそっと手をかざし、少女を庇うように立つ。
「いい加減にしなさい。美術品はともかく、そんな子供どうなってもいいでしょう。私の価値に比べれば、いや今割れた壺ひとつの価値にも満たないはずで、しょう」
とがめるようににらみつける荒籠手を、津々流はあえて無視した。
「……いくよ」
津々流に秘められた力を最大解放。巨大な桜樹の幻影がそびえたち、威嚇していた巨大河童はそれに一瞬だがひるんだ。
それが、命取りとなる。
津々流の放った桜吹雪が巨大河童をとりまき、もがいて逃れようとする河童を存在ごとかきけしていく。
「ゴリョウ殿。荒籠手殿のそばへ」
「おう」
幻介はゴリョウと交替し、引きつけ役をチェンジした。
敵が数ではなく質で攻める傾向にかわったためである。
しかしそのすれ違い際。
「動向に注意されたし。良識のある者とは、とても言えぬ故」
「『子供を突き飛ばす役人』、だからな」
巨大河童が腕を大砲のように変化させ、空圧弾を乱射。
ゴリョウはそれに対し両肩から巨大に展開した増加装甲によって防御。
感情探知によって河童の敵意をサーチしようとしたが……。
「こいつら、感情がねえ。まるで自動でうごく操り人形だぜ」
「呪詛ってそういうもの、なのでしょうか?」
ゴリョウのそばについて防衛のかまえをみせるルリ。
一人で河童たちの猛攻をうけていたゴリョウの傷をいやすべく。
手刀をかまえ。
ゴリョウの後頭部斜め四十五度にスッと狙いをつけ。
「――せーの」
「まった!?」
「遅いです」
ゴッていう鈍い音と共にゴリョウの後頭部に手刀がたたき込まれた途端、彼の脳にたまった疲労感が取り払われ肉体へすさまじい勢いでエネルギーが循環。ブーストされた代謝によって傷がみるみる塞がった。
「普通のハイ・ヒールです」
「普通の!?」
一方、幻介は跳躍によって壁を蹴り、三角飛びで巨大河童の上をとった。
「咲々宮一刀流――唐竹」
豪快な斬撃で敵を左右真っ二つにする幻介。
そのまた一方で、氷菓は両手をのこぎりにかえて切りつけてくる巨大河童を一人で請け負っていた。
鋭い剣さばきによる『剣魔双撃』でのこぎりの腕を切り落とし、返す刃の『フレンジーステップ』で的確に破壊していく。
「死んだ振りをする妖がいないとも限らないとも思いましたが……」
死ねば消える仕組みは便利ですねと、氷菓は剣に血のひとつもつかぬのを見た。
そんな彼女へ襲いかかるさらなる巨大河童たち。
武器を構え直し、氷菓は持ち前の器用さと冷静さで攻撃をさばいていった。
「楽しそうじゃのう。どれどれ、わしにも一匹よこせ」
瑞鬼はそこへ混ざり込むと、巨大河童の一体へと身体を斜めに向けた。
だらんと両手をさげ、リラックスした姿勢で首をかしげてみせる。
河童は奇声を発しながら瑞鬼の首めがけて鉤爪を繰り出すが、まるで霧でもつかむかのようにすりぬけていった。
否、気づいたときには河童の背後に移動していたのだ。
「かっかっか、河童程度にやられるわしではないぞ?」
「――!?」
慌てて振り払おうとするも、また瑞鬼は背後へ。
混乱した河童がおもわず普通に振り返ったその時、額にツンと指があてられる。それだけだ。
それだけで、途端に河童がその場からかき消えた。ボウッと綿が燃え上がるかのように。
「さて……河童掃除は終わったかの。姫巳?」
にっこりと笑って振り返る瑞鬼に、姫巳はピイといって背筋を伸ばした。
●嘘と罠
とりあえず。
鬼灯は『何か隠してそうだから』という理由で直接姫巳に質問することにした。
「足環を見せてやろう。綺麗だろう? 俺の部下をイメージした物なんだが」
「えへへ、私も気になるのだわ! ねぇ蛇さん。教えてくださらない?」
「わー綺麗おしえちゃうおしえちゃう――ってもー! そんな軽い話じゃないの! からかっちゃだめ!」
鬼灯をぺちぺちやって笑う姫巳。
一方で荒籠手は怒りの形相で震えていた。
「ローレットの皆さん。私にこのようなことをして、ただで住むと思っています、か」
これはもしかしたらまずいのでは。
などと思った氷菓だが、依頼人であるところの姫巳は余裕そうだった。
「宜しければこの護衛任務を完遂した際にでも事情を御聞かせ下さい」
「んー、どうしよっかな?」
立てた指を顎にとんとんとやる姫巳……の両肩を、瑞鬼が後ろからがしりと掴んだ。
「嘘をつくなら嘘をついているということすら察せられるなと教えたはずじゃが?」
「ぴいっ!?」
「政治の世界に放り込めばはかりごとが上手くなるかと思ったが、まだまだじゃの。
おおかた……狙いは荒籠手への『返し』じゃろ?」
「……は?」
話を横で聞いていた荒籠手が、急に自分の名前が出たことで眉間に皺を寄せ口から血を吐いた。
……血?
戦闘を終え湯気を噴き出しながらアーマーパージしたゴリョウがぺちぺちと腹や胸をたたいて涼んでいたが、突然の吐血にぎょっとして二度見した。
そして気づく。荒籠手の腹から半透明な剣が突き出ていることに。
もとい。現れた半透明な日照河童の腕が貫いていたことに。
「な……ぜ」
更に周囲へ大量に現れた日照河童が荒籠手ひとりに群がり、肉体をバラバラに引き裂いていく。
悲鳴
その様子に反射的に身構えるルリ。
だが姫巳はなんてことはないという顔で手をかざし、ルリたちに手を出さないようにサインをだした。
姫巳の示すとおり、河童たちは荒籠手を一通りバラバラに引き裂くと、地面に溶けるように消えていった。
「「返し、だ」」
と、囁いて。
一連の流れを見届けて、津々流はぽんと手を叩いた。
「なるほどね。『なぜ荒籠手さんが狙われるって分かったのか』が気になってたんだ。
仮に呪詛をかけられたとしても、それを素直に告白するのはただの自殺行為だしね。
もし調べがつくとしてもその頃には終わってるってパターンなはずだ。そうでもないと、これまで大量に犠牲者が出たことと矛盾するし」
「どういうこった?」
目をテンにしたゴリョウに、瑞鬼がキセル片手に答えた。
「呪詛をかけられたのは荒籠手ではない。むしろ奴は、『かけた側』じゃ。
はじめから不自然じゃったろう? なぜ護衛の現場にわざわざ『その少女』がおる」
「ん、エッ?」
言われて気づいたという顔で、幻介は少女へ振り返った。
にっこりとだけ笑っている、鞠の少女。
「うん。かけられたのは私だよ。けど、『この姿』だったからかけた本人も気づかなかったみたい」
「ほ、ほう……つまり、呪詛をかけた相手にアタリをつけた時点で、検証のために罠にはめた、ということでござるか。なんともまわりくどい……」
幻介はため息をつき、この依頼を押しつけてきた姉のことを思った。
「理由も話さず厄介ごとをおしつけてくるんで御座るもんなぁ。そんな感じだから、嫁に行くのも遅れるで御座――ン?」
少女が消えた。
否。超高速で幻介の背後に回り込み、後頭部を鷲掴みにしたのである。
それも、彼の姉咲々宮 彩柯へと変身して。
「誰が行き遅れですって?」
「アッ姉上ェ!? 拙者の小屋の管理をしていたはずで――イタタタタ!! 助けてシルヴェストル殿!」
「僕の店へのツケを返してくれたらね」
「ゲーンースーケー!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」
京中へ響き渡る悲鳴。
シルヴェストルは息をつき、そして彼女たちの『計画』を思った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――依頼達成
●余録:報告書『ママへのはんせいぶん』より抜粋、および要約
天香家派閥の使いっ走りとして刑部省へ務めていた咲々宮 彩柯だが、本来の目的である弟の捜索を完了したことで天香家派閥が企んでいた諸々への関与継続を拒否。
その見せしめとして過剰な呪詛による抹殺が計画されたが、それを察知した彩柯は元々内通していた姫巳と結託し『嘘の報告と護衛計画』をたてた。
彩柯を狙った呪詛を荒籠手へのものと見せかけ、全て撃退すると術者に帰って行くという性質を利用した。
姫巳たちの読み通り術者であった荒籠手は『護衛の隙をつかれた』というテイで呪い返しに抹殺された。
しかし真に追うべきは荒籠手ではなく、荒籠手にこれだけの呪詛を指事した天香派役人である。
荒籠手が失敗したことで必ず動きをみせるはず。彩柯と姫巳は、その機を逃すつもりはない……と報告している。
GMコメント
■オーダー
荒籠手をあやかしから守る。
護衛任務中、現れた無数のあやかしから荒籠手を守って戦います。
陣形は自由。というかどういう状態で守っていたかは自由に決めて構いません。
すぐそばに立っていたことにしても、離れた場所から銃で狙っていたことにしてもOKです。
ただし荒籠手の初期位置は固定とし、『馬車に既に乗せていた』とか『荒籠手を上空100mに発射していた』とかはナシとします。更に言うと、どんな追撃や罠があるか分からないのでこのエリアから彼を動かさないのがベストです。
■エネミーデータとフィールドデータ
・日照河童
かぎ爪をもつ痩せ細った河童のようなあやかしです。半透明です。
説明にもあったとおり、雑魚妖怪の姿を借りてはいますが戦闘力は別物。
腕を変形させて凶悪な斬撃や打撃を仕掛けてきたり、圧縮空気を弾丸のように発射するなど割と多彩な戦い方をしそうです。
『しそう』と表現したのは、彼らがどんな戦い方が可能かをまだ判別できていないためです。
数は『いっぱい』です。
個体ごとになんだかサイズが異なり、多分デカいやつは強いんだろうなと察することができます。
なので戦闘力の高いメンバーがデカいのをおさえたり、群れを引きつけたりといった担当分けができるでしょう。
・フィールド
荒籠手の家の前です。前というか、玄関前かつ敷地内です。
結構に広いお屋敷のくそ広い庭の一角にあたります。
戦闘は荒籠手を引き連れながら庭を駆け回ったり家の中を走り抜けたりとだいぶバタバタしながら行うことになりそうです。
これは成功条件とかと関係ないんですが、保護結界とかかけずに家のふすまとか壁とかをバキバキに壊しちゃってもこの際OKです。理由はたぶんリプレイ中に分かります。
■嘘とヒミツ
この依頼には二つの嘘と一つのヒミツが隠れています。
ヒミツ部分に関しては既に開示可能なのでお知らせしておきます。
・ヒミツ:『胡蝶の夢幻』咲々宮 彩柯
依頼人に助言した情報提供者の童女は、咲々宮 幻介 (p3p001387)の姉彩柯がギフト能力によって変身した姿です。
このことを知っているのは高天京内でもごく一部の人間のみで、幻介が再開した際にそれを教えて貰いました。
なので地味に、今回の事件に彩柯が少なからず関わっていることがわかります。
・嘘
OP情報のうち、依頼主である姫巳は瑞鬼含むイレギュラーズたちに二つだけ嘘をついています。
この嘘は暴いても暴かなくても依頼内容に変化はなく、成功条件にも影響しません。もっというとイレギュラーズたちに害のあるものでもありません。
『よくわかんないけどあとで教えてね』というムーブをしてもいいですし、スキルを用いたりして『分かってたけど乗ってあげた』というロールをしても構いません。
一応ですが、OPの文中にそれを示唆する描写を含ませているので相談中に推理して遊んでみるのもいいでしょう。
■■■アドリブ度■■■
ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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