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シナリオ詳細

<夏の夢の終わりに>寒極図書館

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 イレギュラーズの活躍により、エウィンの町は開放され、妖精女王ファレノプシスも魔種たちの手から無事に助け出された。
 だが、妖精郷を取り巻く悪意の糸は未だ解れぬままだ。
 町を追われた魔種たちは、妖精城アヴァル=ケインへと撤退し、籠城の構えを見せていた。

●真冬の妖精城へ
 邪悪なビクトリーブラックから囚われの司書妖精さんたちと、妖精さんの大切な本を取り戻すために……もっともっと人を集めなくては。
 ローレット競技場の管理運営責任者であるダンプPは、ひょうひょうと鳴く寒風に負けぬよう声を張りあげた。
「みなさーん!! 是非、是非、困っている妖精さんたちのために、お力添えくださいませ」
 声の強い調子に鉄玉子の表面を覆っていた雪の結晶が砕け、ダイヤモンドダストとなって風に運ばれていく。
 やがて、キラキラと光り流れていく氷片に惹かれたのか、数名のイレギュラーズがダンプPの前にやって来た。
「お集まりくださり、大変ありがとうございます。さっそくでございますが、これからアヴァル=ケイン城内にある図書館をみなさんの手で解放し、妖精さんたちの大切な本を一冊でも多く回収して頂きたいのでございます」
 依頼主はアヴァル=ケイン城内にある図書館で長らく司書をしていた妖精二人だ。
 彼らはいまどこに、と問われたダンプPは自分の右目を指した。
「こちらにおられます」
 ダンプPの右目がすっと透明なガラス状になる。そこに羽を持った小さな人影が二つ写り込んだ。
「外はものすごーく寒いので、妖精さんたちには中で暖をとってもらっています」
 どーなっているんだお前の体は?
「これ? これは殻でございます。Pちゃんの上着とズボン兼コントローラで――というのは、今どーでもいいことなのでございます!!」
 なぜか逆切れしながら、ダンプPはイレギュラーズに図書館の様子と、そこに巣くう邪妖精の説明を始めた。
「妖精さんたちのお話ですと、城の図書館は非常に広く、妖精郷に関するありとあらゆる書物が収められた高い書架が迷路上に……そこはまさしく豊かな『本の森』だったそうでございます」
 それが今や、何もかも凍てついてしまっている。邪悪なビクトリーブラックが支配する図書館は、監獄、もとい寒極の図書館に変わってしまっていた。
「図書館に閉じ込められている司書妖精さんたちは四人。魔種たちが城に攻め込んできた時は、最奥にある未分類の書架群で本の分別をされていたそうです。たぶん、そこでビクトリーブラックたちに見つからないように、お隠れになっているはずです」
 ダンプPに助けを求めた二人の司書妖精は、図書館の受付口にいたらしい。けたたましく笑いながら駆け込んでくるビクトリーブラックたちに驚いて、慌てて図書館から逃げ出していた。
「ビクトリーブラックというのは質の悪いイタズラで人々を困らせる邪妖精、黒くて小さなゴブリンの一種でございますよ」
 攻撃力は高くない。ただ、かなりの数が図書館に入り込んだようだ。集団で襲われると苦戦するだろう。
「未分類の書架群には、積み重なった本の奥に司書妖精さんたちの小さな休憩所があるそうです。そこでお昼寝用のブランケットに包まって、暖をとって下さっていればいいのですが……みなさん、事は一刻を争います。よろしくお願いいたしますでございますよ!」
 ダンプPの殻の中から、二人の司書妖精が頭を下げた。

●ビクトリーブラックの乱痴気騒ぎ
 邪妖精だからと言って、とりわけ寒さに強いわけではない。
 図書館に押し入った彼らが真っ先にやったのが、つめてーぇつめてーぇいいながら体温で解凍した本を燃やすことだった。
 どうにかこうにか暖をとることに成功すると、ビクトリーブラックたちはさっそく遊び始めた。書架から凍った本を引き抜いて、雪合戦ならぬ氷本合戦を始めたのだ。
 たまに火にあたりつつ、高い書架(もちろんキンキンに凍っている)の迷路を駆け抜け、時には書架を蹴り倒し、相手が怪我しようが死のうがお構いなしに凍った本を投げつけあった。
 数を半分に減らした頃、ビクトリーブラックたちは突然、氷本合戦に飽きた。
 しばらく火を囲んで大人しくしていたが、腹が減ったのか、食べ物を探し始めた。彼らは数体ずつのグループを作って、図書館の奥へ奥へと進み、外へ逃げ出そうとしていた司書妖精たちを見つけた。
「み~ぃつげた」

GMコメント

●依頼条件
 ・邪妖精ビクトリーブラックの全滅。
 ・司書妖精四人の保護
 ・全ての焚き火を消す(冬化が溶けた時に火事になってしまうため)

●場所
・妖精城アヴァル=ケイン、城内の図書館。
 非常に広く、ものすごく高い書架が沢山あって、まるで迷路のようになっています。
 どこもかしこも凍りついています。
 ツルツルピカピカ、鏡のようになっています。

 図書館の照明は落ちています。
 明かりはビクトリーブラックたちが本を燃やして作った焚き火のみ。
 要所、要所て焚き火が燃えているので、まったくの暗闇ではありません。

※妖精城アヴァル=ケイン 城とは。
 魔種達が占拠する、城様の巨大な古代遺跡です。
 大きさは人間サイズで、無数の部屋や中庭、地下室等を有しています。

●敵……ビクトリーブラック20体
 邪妖精。黒くて小さな、ゴブリンの一種です。ダミ声。
 最初は50体近くいましたが、氷本合戦で数を半分に減らしてしまいました。
 4体一組になって、司書妖精たちを探し回っています。
 【現身】……自/見た者の『姿』をそっくり真似ます。ただしダミ声はそのまま。
 【噛みき】……物・近単
 【氷本】……物・遠単/書架から本を抜き取って投げつけてきます。
 【氷棚】……物・遠列/凍った書架を倒してきます。

●敵?……焚き火/10箇所。
 最奥の未分類ゾーンを除き、図書館内のあちらこちらにあります。
 すぐに消えてしまわないように結構な数の本を燃やしています。

●NPC……司書妖精、4人。
 ビクトリーブラックたちの乱痴気騒ぎが一時収まった時、脱出を試みました。
 運悪く、食料を探すビクトリーブラックの1グループに見つかってしまい、
 最奥の未分類ゾーンへ戻って隠れています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <夏の夢の終わりに>寒極図書館完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月01日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
ルネ=エクス=アグニス(p3p008385)
書の静寂
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手

リプレイ

●『疾駆の野』
 妖精城アヴァル=ケインの奥。膨大な書物を要する図書館の中に閉じ込められた寒気が、高い天井で蒼い渦を巻いていた。館内のどこかで焚かれている火が、美しくも冷たい渦巻きの腕に反射して、宝石のようなオレンジ色の粒を光らせている。
 『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)は、図書館の入口から天井を見上げ、白い息を吐いた。
「美しい。けど、邪悪だ」
 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は凍った床をしっかりと踏みしめて、ホールを進む。
 左奥に見えているのは貸出・返却カウンターだろうか。高さの異なる台の上に、キノコのランプシェードが倒れている。本が何冊か、乱暴に開かれた状態でカウンター前に落ちていた。どれも凍てついて床に張りついているようだ。
「ひどいな……」
「ええ、まったく」
 応じた『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の声は、固く尖っている。
「随分と、野蛮な魔物が居たようで」
 ドラマ の腹の底では、邪妖精にたいする怒りが煮えたぎっていた。この熱を視線に乗り移らせることができるのなら、今すぐ目の前の書物を解凍したいぐらいだ。
(「……これはしっかりやって、少しでも本の被害を抑えないと、だな」)
 『ただひたすらに前へ』クロバ・フユツキ(p3p000145)は図書館の惨状を眺めながら、改めて決意する。
 入口を入ったところでこのありさまだ。これ以上、本に被害がでれば、妖精も本好きの仲間も、誰も幸せにならない。
『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は、ぐっと顎を引いた。
神経をぴんと張り詰める。周囲から音が消え、周りの景色が薄れていく。全身で敵の気配を探った。
「――いた。ビクトリーブラックを見つけた」
 どこ、と聞いたのは『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)だ。
「本をめちゃめちゃにするなんてもったいないことをするヤツラは、オイラが懲らしめてやる!」
特殊視力を活性化させ、蒼い闇に沈む図書館の奥を凝視する。
「右手奥の書架に四体一組のグループが、左の通路の先に右から左へ抜けていったグループが一つ。あとは遠すぎるのか、感知できないわね。どうしよう……どっちへ行く?」
 『魔法仕掛けの旅行者』レスト・リゾート(p3p003959)は、うふふと笑った。
「二手に分かれて、同時にお仕置きしましょう。ここが元に戻ったら、色んなお話を読みたいもの。さっさと終わらせなきゃ~。妖精さんも助けないとね」
「僕も二手に分かれるに賛成」
 『探究の冒険者』ルネ=エクス=アグニス(p3p008385)が、案内図の前で振り返った。最奥のゾーンの位置とそこへたどり着くためのルートを調べていたのだ。
「司書妖精さんたちがいる最奥の未分類ゾーン『沈黙の海』へは、ここ『疾駆の野』から、左の『飛翔の森』を通るルートと右の『受容の谷』を通るルートの二つがあるようだよ」
 『飛翔の森』は、ドラマ、メリー、レスト、ルネ。『受容の谷』は、ハンス、ゼフィラ、クロバ、チャロロに決まった。
 レストが雲のレースの日傘を開く。
「それではさっそく、悪戯ゴブリンをぶっ飛ばして、妖精さんを助けちゃいましょ~」 
 

●『飛翔の森』
 丘のように緩やかにうねった床の上に、天井まで届く背の高い書架が林立している。『飛翔の森』はまさしく森そのものだった。本の森だ。
 ドラマは目薬をさすと、本を収めたまま冷たく凍っている書架に手を当てた。
「これは『ヒノキ』で作られているのでしょうか。それにしてもずいぶんと背が高い……最上段の棚にある本は、脚立があっても届かないような気がします」
 妖精小さな体で、これらの書架を作るのは大変だっただろう。なぜ、自分たちのサイズにあわせなかったのか。
「古き時代には妖精郷に居を構えていたヒトが居たのでしょうか」
 メリーは、さあ、と言った。
 サイズの問題は図書館に限ったことではない。妖精郷にある建物のなかにも、人間サイズのものが沢山ある。
「冬の王が倒れたら、妖精さんの偉い人が教えてくれるかも――あ、ほら。あれを見て」
 書架と書架の間から、オレシジ色の光が風に揺らぐレースのように射していた。
「さっき、通路を横切っていった連中ね。……また本を燃やしている?!」
「ん、まあ。すぐ止めなきゃ~」
 四人は書架の間を、あたたかな光源に向かって進んだ。近づくにつれて、少しずつ空気が湿ってくる。溶けだした氷が水になって流れていた。
「あ、あったか~い♪ じゃなくて……消火よね? おほほ……」
 突如、上からかけられた水に驚いて、火を囲んでいた四体のビクトリーブラックたちが、ぎょっと目を剥いた。突然のことにどう対処していいのかわからない様子で、滴を垂らす本を手にしたまま動かない。
 ルネは、頭の悪そうな四つの黒顔に罵声を浴びせた。
「本を燃やして暖を取るとか意味が分かんない。まだ椅子とか机とかあるのになんで本を? どうせ殺しあって数を減らしてるんだから自分達を薪にしてしまえばいいのに」
「を? おまえがジね!」
 硬直していたビクトリーブラックたちが、一斉に騒ぎ出した。手に持っていた本を、次々とイレギュラーズに投げつける。
「やめなさい!」
 ドラマの手元から、音をたてて大きなシートが広がり、焚き火の上に覆いかぶさった。図書館に来る途中、城の廊下にかかっていたカーテンを引き下ろして持って来ていたのだ。
「ぎゃー。さむい! くらい!」
「なら明るくしてあげる」
 メリーがすっと腕をあげると、指にはめられた指輪がありとあらゆる影をかき飛ばす閃光を発した。
 瞬き一つののち、音もなく、すみやかに闇が戻って来た。ビクトリーブラックたちは明暗の落差に対応しきれず、怯え、痺れたように身をすくませている。
 ドラマは素早く動いた。もっとも近くにいた敵に迫るや、剣を振りかぶる。
「悪いコ、本を燃やすなんて……。私は、怒っています」
 蒼く輝く三日月の刃が高みより滑り落ち、悪意を固めたような黒い体を切り払った。
 仲間の死を肌で感じ取ったビクトリーブラックの一体が、耳障りな悲鳴をあげながら駆けだした。
「――! 書架を倒す気だわ」
 メリーとレストが追いかけようとした瞬間、どん、と鈍い音がした。続けてゴツ、ゴツ、という音。
 ビクトリーブラックが書架にぶつかったのだ。書架はグラグラと揺れて、凍った本を二冊、邪妖精の黒い頭に落とした。
「あらあら、闇に目が利かないのに走るから~」
 レストは鼻と頭を押さえてふらふらと戻って来たビクトリーブラックに、衝撃波をぶつけて倒した。
 闇に響いた断末魔を聞いて、残りの二体が逃げ出す。
「だすけでー!!」
 彼らの行く先に小さく、オレンジ色の点が見えた。他のグループに合流するつもりだ。
 ルネは素早く術を発動させ、逃げ出した二体を毒の霧で包み込んだ。
「レストさん、向こうにいるビクトリーブラックの数は?」
 四体、と声が返ってくる。
 ほぼ同時に、毒にもがき苦しむ二つの影を超えて、凍った本が飛んできた。
 ドラマとメリーが体を張って本をキャッチし、レストが二人の回復をおこなっている間に、ルネは敵の攻撃を分析した。
「二冊きて、二冊。また二冊。休憩……というよりも、投げる本を探している? あ、また始まった。二冊、二冊、また二冊。ドラマさん、メリーさん、前方で本を飛ばしているバカは三体だ。今ならやれる!」
 ドラマとメリーはビクトリーブラックたちとの距離を一気に詰めると、手にした本を投げる暇を与えず、あっという間に二体を片付けた。二人にかかればもう一体も、すぐに片付くだろう。
「さて、残りはどこに……」
 長い耳が氷の軋む音を捉えた。頭よりも先に体が動いた。倒れた書架を、腕を突っ張って支える。
 棚から滑り落ちて来た本が、レストとルネの頭や肩を強く打った。
 書架の裏からひょっこりと、濁ったクスクス笑いとともに顔を出したのは――。
「すごいすご~い、あなた姿を真似るのが上手なのね? ルネちゃん、そっくり~」
「なるほど、本を燃やすだけのことはある。じゃあ、取り敢えず……死ね」
 二人で書架を押し戻すと、ルネ本人の目の前でルネに化けたビクトリーブラックを袋叩きにした。
「あら~?」
 レストが闇に指を突きだす。
「ドラマちゃん、メリーちゃん! 早く戻ってらっしゃい。おばさん、別のグループを見つけちゃった♪」

●『受容の谷』
 逃げたビクトリーブラックたちを追いかけて、イレギュラーズは『受容の谷』エリアに入った。エリアの中央が谷のようにへこんでいる。谷の両側の平地には、巨木の切り株のような閲覧用のテーブルがいくつも置かれていた。もちろん、テーブルとテーブルの間に点々とある焚火の周りを除き、どこもかしこも凍りついている。
 チャロロは邪妖精たちから向けられる悪意を感じとっていたが、彼らの居所は把握できなかった。
「敵はだいぶ多かった様だし、逃げるとしたら奥なのかな。とりあえず、火を消そう」
 ハンスの一言で、イレギュラーズは焚き木を消して回った。
「ごめんね」
 チャロロが水筒を傾けると、水がキラキラと光りながら落ちた。ハンスも、本を記した妖精や本を守って来た妖精たちに謝りながら、小樽の水をかけて消火する。
「……全てが終わったら、もう少しだけでも元の姿に近付けてあげたいな」
 じゆうと音を立てて火か消えると同時に、もくもくと白い煙が立ち昇る。天井で渦巻く蒼い寒気に吸い上げられ、薄く巻き取られていく煙が、チャロロたちに綿菓子を連想させた。
 ゼフィラは寒さに震えながら、脱いだコートで火がついた本をバタバタと叩いていた。クロバが焚き火に一閃を叩き入れて吹き飛ばした本の一部だ。
 一冊でも多く、半ば燃え尽きたモノも含めて回収したい。それが叶うなら、いまだに癒えぬ戦いの傷が寒気に疼いても、一向にかまわないと思う。
「しかし妖精たちの城にしてはサイズがほんとうに大きいね。この本たちも、妖精が読むために書かれたものではないのかな……ねえ、クロバ?」
「……俺たちが訪れる以前にも、人間と共存していた時があったのかもな。俺は下を見てくる。何かあったら呼んでくれ」
 クロバは溶けだした水の流れの上を浮遊しながら、書架の谷底へゆっくりと降りていった。
 鏡のようになった書架の背に映る昏い像が、像を反射して像を結ぶ。あっちの像がこっちへ映り、こっちの像があっちへ映りを返す。
(「自分そっくりに変身したヤツがいてもわからんな……」)
 斜め上で自分の虚像が勝手に動いた。
「そこかッ」
 下から上へ、書架の背を渡る自分の姿を追って、クロバは飛んだ。
 逃げる背に肉薄する。
 偽物が振りかえった。
 引き金を絞りながら、ガンエッジを振る。
 闇に雷鳴がとどろき、稲妻が走った。雷刃の軌道を追うように、幾つもの閃光が谷底を駆け上がっていく。
 苦痛を湛えたまま斜めにずれる己の顔が、上から落ちて来た火の玉――燃える本の灯りに浮かび上がった。変身を解いて倒れたビクトリーブラックの体が倒れ、谷底へ滑り落ちる。
 一つ、また一つ。燃える本が降ってきた。その中に時々、凍ったままの本が混じる。上でも戦いが始まったのか。
 急いで戻ろうとした直後、クロバは自分の斜め上を走る自分の影に気づいた。どうやらほかにも姿を写し盗った邪妖精がいたらしい。
「そっちに俺の偽物が――」
 まるで大木がきしみながら倒れていくような音がして、傾斜に立てられていた書架がゆっくりと地滑りを起こし始めた。
 危ないと思った時にはもう飛んでいた。
 クロバは裂けて崩れながら本をこぼし、谷底へ飲み込まれていく無数の書架を見下ろしていた。
 谷の上では、チャロロ、ハンス、ゼフィラを間に挟み、ビクトリーブラックたちが四対四の雪合戦ならぬ、氷合戦を始めていた。飛び交うのは雪団子ではなく、凍った固い本だ。
「これ以上図書館を荒らされては困るよ」
 とっさにゼフィラが結界を張ったため、氷合戦は濃く狭い範囲で行われていた。
 双方の陣営からの流れ本が、結構な量と頻度で三人を襲う。逃げ込んだテーブルはすでに割れて、穴が開き、安全とは言えなくなってきていた。
 チャロロはタイミングを見てテーブルの下から出ると、立ち上がった。
「やめろ! 読めないからって、めちゃめちゃするな! 本にはな……本には、先人の知恵や想いがたくさん詰まってるんだよ!」
 テーブルを飛び越え、本が飛んでくる一方の元へ迫った。その間も、後ろに残してきた二人をいつでも庇えるように気を配る。速攻で倒さなければ。
 蒼い尾を引く彗星がチャロロの横を過ぎ、倒した書架の陰から本を片手に頭を出したビクトリーブラックに激突した。
「ナイスフォロー、ハンスさん!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ声か姦しい陣地に、チャロロは飛び込んだ。盾のように厚みも重さもある大剣を振るう。
 邪妖精たちも持っていた本で反撃してきた。
 三対一。数でみればチャロロが不利だが、いくら体が傷ついても、ゼフィラの天使の歌声がすぐに癒してくれる。それに、ハンスの援護も心強い。これでクロバが戻ってきてくれたら――。
 いつの間にか、ゼフィラの歌声が聞こえてこなくなっていた。流星も飛んでこない。
 振り返る。
 反対側の陣地にいたビクトリーブラックたちが、真ん中の切り株テーブルを襲撃していた。
「がっ?!」
 脇腹に痛みを感じて顔を戻す。
 残りの一体の姿が揺らぎ、チャロロの姿を写し盗る。その横に、凍った本を手にしたクロバがいた。
「そいつは偽物だ!」
 クロバが谷底より戻ってきた。低く滑空して、偽のクロバに体当たりする。
 偽チャロロが逃げ出した。
「こっちは任せろ」
「了解。オイラも偽物、倒してね」
 チャロロが戻ると、ゼフィラがハンスの背に馬乗りになったビクトリーブラックを光撃で倒したところだった。
 ゼフィラの顔は真っ青だ。前の戦いで受けた傷が開いたのか、氷床の上に赤い血が広がっている。
 ハンスは背にのしかかっていた邪妖精の体を乱暴に振り落とすと、膝立ちになった。
「よくもやってくれたね。逃がさないよ、絶対に」
 自分たちの陣地へ逃げかえっていく三体の頭上に、鋼の雨を降らせる。
 鈍く光る鋼の雨粒は、無慈悲なまでにビクトリーブラックの皮膚を突き抜け、肉をえぐり、骨を砕いた。

●『沈黙の海』
 さっきまでそこにいた邪妖精たちの気配が遠のいていく。
 未分類ゾーンの最奥の休憩所に隠れていた司書妖精たちは、豆本の扉をそろりとあけて、外へ頭を出した。
「い、いなくなって、る」
「さ、さっき、き、聞こえた雪崩のような、おおおお、大きな音は……?」
「さ、さあ。それよりちゃ、チャンスだ。に、逃げよう!」
 歯を鳴らしながら、司書妖精たちはおそるおそる休憩所を出た。寒さが骨まで染みて、体の震えがとまらない。早く体を温めないと――。
「ひっ!」
 目の前に広がる無残な光景に心を痛めていると、蒼い影が覆いかぶさってきた。
 恐怖に喉を詰まらせながら、司書妖精たちは顔を上げた。
「イ……イレギュラーズさんでで、でしょうか?」
 見下ろしていたのは赤と銀の重装甲に覆われた人型のアンドロイドの少年だった。司書妖精たちは、ビクトリーブラックでなかったことにほっとした。
「た、助かった……」
「みづげだ!」
「え?」
 鋼鉄装甲の手が、司書妖精たちを握る。
「おおーい。みんなー、妖精みづげだぞー!」
 しつこく司書妖精たちを追い回していた四体のビクトリーブラックが戻ってきた。
「さむぞうだ。ぶるえてる」
「ねっとうぶろにいれでやろう」
 司書妖精たちは恐怖のあまり泣き出した。
「これをチャロロが見たら、激怒するだろうな」
 ビクトリーブラックたちが、声がしたほうへ一斉に顔を向ける。
 蒼い闇の中からクロバが姿を現した。
 反対側からもドラマ、メリー、レスト、ルネが次々と出る。
「いますぐ妖精さんたちを離して、変身を解きなさい! チャロロ君がここに来る前に」
「……もう来てるよ」
 肩を怒らせるチャロロの後ろに、ハンスとハンスに肩を担がれたゼフィラの姿もあった。
「オイラ、めちゃんこ怒ってるぞ。図書館をめちゃくちゃにして、妖精さんを怖がらせて……」
「きついお仕置きが必要だね」
 ハンスは流星の飛び蹴りを偽チャロロの腕に見舞った。
 緩んだ手の内から司書妖精たちが飛び立つ。
 チャロロが吼えた。
「やっつけろ!」
 

「よく耐えました、もう安心して下さいな」
 ハンスは持参した毛布を広げると、震える司書妖精たちをくるんだ。
「ここから出たら、暖かい飲み物を用意しなきゃね」
 チャロロが温めた手を毛布の上からやさしく添える。
 魔力コンロで湯を沸かしていたレストが満面の笑みを浮かべた。
「ここにあるわよ~。は~い、あったか紅茶♪ あっ、チョコレートもあるのよ~。みんなも休憩しましょう♪」
 後始末をする仲間たちに声をかける。
 とんでもなく広い図書館が元の姿を取り戻すためには、膨大な時間が必要になるだろう。
 湯気に眼鏡を曇らせながら、ルネが独りごちる。
「何にもまして私が痛感したことは、図書館は物語にあふれているという事実。この痛ましい出来事も、物語の一つとして読み継がれていくだろう」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
ぶじ、司書妖精たちを保護。火もすべて消し止めました。
てすが、図書館が元に戻るにはかなり時間がかかりそうです。
でもいつの日にか、利用できる日がきっとくるでしょう。

ご参加ありがとございました。

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