シナリオ詳細
再現性東京2010:或いは、オー・マイ・ラブ…。
オープニング
●まるで雷に打たれたかのように
落雷。
雷に打たれたかと錯覚するかのような衝撃。
その名を世には“恋”と呼ぶ。
少年の名は“神崎 匠”とそう言った。
ある日、部活帰りの彼はとある少女と遭遇した。
そう、遭遇である。
まるで鬼か妖怪にでも遭ったかのような表現ではあるが、匠にとってそれは冗談でも誇張でもない。
艶やかな黒髪と、華奢な体。雪のように白い肌。
人形のような容貌に、薄く浮かんだ微笑み。
桜色の唇が、小さく何かを囁いた。
少女の視線の先には、空を舞う一羽の小鳥。
空を舞うその小鳥を見上げ、彼女は何を呟いたのか。
少女のことが気になって、匠は翌日もその翌日も同じ時間、同じ場所を訪れた。
夕暮れ。
太陽が沈むころ。
繁華街の片隅にある小さな公園。
けれど以来、匠は少女と会えないでいた。
会えない間、匠は少女のことを考え続けた。
どこに通っているのだろう。
どんな声をしているのだろう。
彼女の趣味は何なんだろう。
彼女は今、何を考えているのだろう。
足のサイズは? 体重は? 性格は? 性癖は?
思考の渦に飲まれているうちに、数時間が経過していることもざらだった。
彼女の着ていた制服は、私立希望ヶ浜女学園のものだ。
けれど、の前で張り付いていても結局少女には会えないまま。
「もう一度、彼女に会いたい。あって、想いを伝えたい」
そう決意した匠は、噂に聞いた情報屋へと相談に向かう。
これまで貯めた、なけなしのお年玉を手に。
●応援する恋路
「というわけで、皆さんの力を貸してほしいのです」
そう言って『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はイレギュラーズの顔を見回す。
歴戦の戦士たちに、果たして恋の応援が出来るのか。
そんな不安は確かにある。
けれど、ある程度の戦闘力を求めることには理由があった。
「匠くんが恋焦がれている少女“真庭 香織”さんは命を狙われているのです」
命を狙われてる。
その一言を聞いて、その場に緊張の気配が満ちた。
「香織さんは、つい最近富豪の親御さんを失い多額の遺産を相続したのです」
彼女を人質にとれば、多額の身代金を手に入れられる。
そう考えた者がいるのだろう。
「命というか身柄です? でも、きっと生かして帰すつもりもなさそうなのです。犯人は香織さんの親戚と言う噂もあるですけど」
真偽のほどは定かではない。
けれど、誘拐犯たちの人数も多く、組織だった動きをしているのだという。
そのため香織は、ここ最近学校の行き帰りは自家用車で送迎されているらしい。
ゆえに匠は、以来香織に会えていないのだ。
「誘拐犯より先に香織さんを誘拐して、匠くんに会わせてあげてほしいのです」
きっと、それと同時に誘拐犯も行動を開始するだろう。
匠少年の告白まで、誘拐犯の動きを抑える必要がある。
「誘拐犯たちは全部で15名。うち1人“黒井”と呼ばれる男はなかなかの実力者のようなのです」
曰く、黒井という男はどこかで武術を身に付けているらしい。
ほかのメンバーたちは武器として拳銃を持っているのだが、黒井は銃剣を獲物としている。
「【出血】と【毒】には注意するのです。それから……」
と、ユーリカはテーブルの上に地図を広げる。
「私立希望ヶ浜女学園から大通と繁華街を抜けて橋をわたるです。その先にあるもう一つの繁華街の先に香織ちゃんの家があるです」
匠少年が香織を見かけたのは、2つ目の繁華街の傍だ。
ちなみに匠少年曰く「告白できるなら、場所はどこでもいい」とのことだった。
「ぜひ、香織ちゃんと匠くんを会わせてあげてほしいのです」
と、そう言って。
ユーリカはにこりと微笑んだ。
「ところで、誰か匠くんの手伝いをしてあげられないですかね?」
- 再現性東京2010:或いは、オー・マイ・ラブ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月14日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●それは世界を変えたもう
橋のたもとに集う人影。
年齢も性別も異なる彼らは、誘拐犯だ。
正確に言うのなら、誘拐犯に扮したイレギュラーズたちである。
「間の悪いこと、だ。馬の代わりに、恋路の邪魔者を、蹴飛ばして、来よう」
『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)視線は遠く。
こちらへ迫る黒い車両は、今回のターゲットである【真庭 香織】の送迎車であった。さらに、香織の乗る車両から一定の距離を保って、1台のワゴン車が走行していた。
それを見て、エクスマリアは瞳を細める。
ワゴン車に乗る男たちこそ、香織の身柄を狙う〝本物の〟誘拐犯に他ならない。
誘拐犯たちの乗るワゴン車が、男の前を通過する。黒い装束に、人形を抱えた長身痩躯。彼の名は『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)、そして人形の名は章姫といった。
「わかるわかるぞ。一目惚れ、雷に打たれたような衝撃。まさにその通り、俺も章殿と出会った時に世界が輝いてみえたからな」
「えへへ、照れちゃうわ! 応援してあげましょうね鬼灯くん!」
「ああ、さぁ舞台の幕を上げようか」
香織の乗る車両とワゴン車の両方が橋に入ったのを見て、鬼灯は地面を蹴り跳んだ。
帰路に着く香織の前に、数名の男女が立っていた。
その中心に立つ、黒いスーツにサングラスをかけた長身女性……『地を這う竜』マリア・ドレイク(p3p008696)は声を潜めて香織に問うた。
「貴女を狙う誘拐組織の捕縛を計画しています。そのためには、貴女にご協力をお願いしたいのだけど、頼めないかしら?」
マリアの纏う雰囲気は【インスタントキャリア】の効果もあってか、まさに本職の刑事かSPのようだった。
香織はしばしの逡巡の後「必ず捕えてくれるのなら」と、マリアの提案を受け入れた。実際のところ、香織もいい加減にストレスの限界を迎えていたのだ。どこに行っても誰かの視線。四六時中、誰かが傍にいる生活。
友と遊ぶ時間も取れず、自宅ではまるで軟禁状態。両親の残した財産がいかに多額であろうとも、代わりに自由を失うのであれば、そんなもの欲しくはなかったとさえ思う。
大金を残すくらいなら、父と母が生きていてくれた方がよほど良かった。
否、それが……それこそが、何よりの幸福なのだと香織は知った。
「それで、私はどこで誘拐されれば?」
送迎車に乗り込んだ香織とマリア、そして運転手は言葉を交わす。
マリアは此度の作戦について、およその想定を語って聞かせた。
「ところで、つかぬことを聞くのだけれど……貴女、知らない人から告白されたらどう思う?」
「……はぁ?」
マリアの問いに返って来たのは、実に訝し気な表情であった。
地面を揺らし、土の拳が突き上げられた。
急ブレーキを踏み、香織の乗った車両が停車。扉の傍へ、エクスマリアと『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)が駆け寄った。
その様子を遠目に眺めエスメラルダ・クペード(p3p008856)は、発動していた土の拳……【アースハンマー】を消失させた。
ゆっくりと橋の途中の植え込みの陰から立ち上がり、エスメラルダは視線を周囲に走らせる。アースハンマーの出現による混乱か、橋の数ヵ所では急停止した車が多数。大きな事故には至っていないのが幸いか。
混乱の中、マリアとアシェンが香織を抱えて駆けて行く。
「青春と言うのかな、私はそういうの、覚えてはいませんが……」
仲間たちの背を見送って、視線は後続のワゴン車へ。香織が誘拐されたと見たのか、ワゴン車は急加速し3人の後を追いかけていく。
その車両の天井には既に鬼灯が飛び乗っていた。彼の手元でほんの一瞬、極細の糸がきらりと光る。
白の髪を靡かせながら、アシェンは香織に微笑みかける。
「東京は恋物語が詰まっていて素敵ね!」
人形のような美貌を備えた小柄な少女の微笑みに、香織は曖昧な笑みを返した。チラ、と視線は香織を担ぐマリアへと向く。
「この女の子も……」
「えぇ、私の……私たちの頼れる仲間よ」
「よろしくね、香織お姉さん! 私、やる気なのよ、とても!」
「……そ、そう。よろしくね」
輝くような笑顔を浮かべたアシェンの背負う黒い筒……その正体がライフル銃だと気づいた香織は、ひくと頬を引きつらせた。
橋を抜けたマリアたちの後方へ、1台のワゴン車が迫る。
「こちら側には車が1台……3人います」
Aphoneに向け『放浪の剣士?』蓮杖 綾姫(p3p008658)はそう告げる。数秒の後、返って来たのは「そっちは君がトメテくれ!」という『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の声だった。
直後、何かが壊れる音がaphone越しに響き渡って、綾姫は眉間に皺を寄せた。どうやらあちらも戦闘を開始したようだ。
ため息を一つ零した綾姫は、竹刀袋へ手をかける。
「トーキョーって平和なところだって聞いていたけれどこんなこともあるんだね」
橋のたもとで拳を構えるイグナート。彼の足元には1人の男が伸びていた。
イグナートに相対するのは黒装束の痩躯の男……誘拐犯たちのリーダーである黒井である。橋の傍の路上にワゴン車を停めて、黒井は潜伏していたのである。
舌打ちを零し、構えを取った黒井に向けてイグナートは狂暴な笑みを浮かべた。
空に輝く黄色い太陽。
その光を避け、木陰に座る1人の少年と、長身の女性。今回の騒動の依頼者である【神崎 匠】と、その護衛兼足止め役を買って出た『筋肉最強説』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の2人である。
場所が場所ということもあり、日頃着ている騎士鎧でなくパンツスーツといった装いであった。
「なぁ……本当にここで待ってればいいんですかね、俺? 俺が頼んだことなんだから、自分で彼女を迎えに行った方がいいんじゃないっすかね?」
「ん……いや。先も説明したが、なかなか特殊な状況なのでな。今回の一件は我々に任せてくれ。きっと悪い様にはしない」
「だからって……ここでじっとしていたら、男が廃るってもんじゃないっすか!」
激昂し立ち上がろうとする匠。
だが、その手首をブレンダは掴む。たったそれだけで、匠はそれ以上動けない。
「座っていてくれ。それに……君が行ったところで、足手まといにしかならない」
ブレンダがその気になれば、匠の腕はへし折れる。その事実を察し、匠は渋々座り直す。
ふっ、と短い笑みを零してブレンダは匠の手首を離した。掴まれていた箇所が痺れている。匠の脳裏によぎったのは、密林に住む霊長類の名であった。
こほん、とブレンダは咳払いを1つ。
それから……。
「ところで……た、匠殿は香織殿に告白をするのだよな? 人を好きになる、というのはどういう感覚なのだ?」
なんてことを問うたのだった。
その頬が僅かに朱に染まっているのは、きっと匠の見間違いではないだろう。
●彼らは恋路を切り開く
空気を切り裂く音がした。
放たれるのは握り込んだ拳によるワン・ツー。正確に人体の急所……正中線上を狙った殴打を、黒井は僅かな動作で交わした。その頬を掠める拳によって皮膚が裂け、血飛沫が散ったが、黒井はそれを気にも留めずに腕を振る。
拳を放った直後の一瞬の隙を突いた斬撃。イグナートの胸部に裂傷が刻まれた。
流れる血を手の平で押さえ、イグナートは歯を剥き笑みを浮かべる。
「夜妖以外にも強いヤツが居るなんてウレシイ意外性だね!」
「こっちも意外……ってか、予想外だよ。俺ら以外にも誘拐組織がいたなんてな」
カウンター気味に放たれたイグナートの拳を銃剣で受け流しながら、黒井は短く舌打ちを零す。
橋の上で吹き荒れる、熱気を孕んだ激しい砂塵。誘拐犯たちの乗っていたワゴン車は、それに襲われ停止した。
砂塵に圧迫されるワゴン車から這う這うの体で逃げ出した誘拐犯たちは、橋から逃げるマリアの後ろ姿を見た。
そして、マリアに担がれた状態で運ばれる香織の姿も……。
「お、追いかけるぞ!」
「おう! っても、車はねぇぞ?」
「俺らの車がないだけだ。繁華街に控えてる奴らにも連絡入れろ!」
怒鳴るように言葉を交わす男たち。
その眼前に音も立てず鬼灯と章姫が降り立った。
「この熱砂の重圧を伴う砂嵐、抜けられるものなら抜けてみろ」
「ごめんなさいするなら憲兵さ……じゃないのだわ、おまわりさんのところに行くだけで許してあげるのだわ!」
右腕に章姫を抱えた彼は、そっと左の手を前へ。その手の上には、ごく小規模な砂塵が渦を巻いていた。
砂塵が吠える。
逃げ惑う誘拐犯たちの前に土の拳が現れた。
「またかよっ!」
怒鳴ると同時に誘拐犯は足を止め……。
「他人の恋路、を邪魔するような、野暮は、よせ」
男たちの耳朶を震わせる、静かなそして美しい声。
背後を振り返ってみれば、そこには褐色肌の少女。どこかぼんやりとした眼差しで、彼女……エクスマリアは男たちを睥睨していた。
「子供……いや、こいつも誘拐犯か!」
先頭に立つ男の1人が懐から銃を引き抜いた。
けれど……。
「うっ!?」
どこかから放たれた衝撃……それはエスメラルダの魔弾であった……が、男の手から銃を弾いた。血の滲む手を押さえ、誘拐犯は苦悶に喘ぐ。
彼らの知識にない攻撃手段に戸惑ううちに、エクスマリアはすぅと小さく息を吸い込む。
紡がれるは“絶望の歌”
嘆きを、悲しみを、そしてあまねく悲劇の言葉を彼女は旋律に乗せ語る。
「う……ぐぅぅ!?」
頭を押さえ、呻く男たちを見てエクスマリアはコツリと1歩を踏み出した。
「橋のうえには、まだ何人か、残っているな。エスメラルダ、橋を封鎖、できないか?」
目の前にいた数名が意識を失ったことを確認し、次の獲物を探しに向かうエクスマリア。
そんなエクスマリアの肩に、ほっそりとした白い指が乗せられる。
背後を振り返ったエクスマリアの前にいたのは、困ったような表情をしたエスメラルダだ。
「窮鼠猫を噛むともいうので、あまり退路を断ちすぎるのも逆効果かも……と思うのですが」
「ん……そうか。では、見つけ次第、ということで」
「はい。それと、逃げ遅れた方がいれば安全な位置に誘導したりという事はやっておきたいですね」
なんて、短く言葉を交わして2人はそれぞれ動き始める。
空を切り裂く剣戟の音。
綾姫の放つ一閃が、誘拐犯の手にした銃を切り裂いた。
かと思うと、くるりと身体を反転させるて背後から迫る別の男の顔面に、剣の柄を叩き込む。綾姫と男たちが相対するは狭い通りの中央だ。
男たちの退路を塞ぐようにして、タイヤを裂かれたワゴン車が横転している。
「人の恋路を邪魔する奴は私に斬られて反省してください!」
鋭い視線。
ともすると、視認できるのではないかと思えるほどに濃密な闘気。
剣の冴えも上々で、綾姫の士気も高揚している。
どこかの誰かの恋を応援しているのだという認識が、彼女のテンションを高くしているようである。
「ここは絶対に通しませんよ! もしも彼女たちを追おうとする方がいれば、優先して斬ります!」
かちゃり、と剣の唾が鳴る。
銃を手にした男たちは、綾姫の気迫に気圧されて思わず1歩後ろに退いた。
地面に膝を突いてしゃがんで、アシェンはそっとライフルの引き金に指を乗せた。
繁華街の中央通り。野次馬たちや通行人でごった返すその道を、1台のワゴン車が走る。
通行人も野次馬も、邪魔をするなら引き殺そうという勢いだ。
マリアと香織を先に進ませ、ワゴン車……誘拐犯たちの相手を、アシェンは一手に引き受けた。
「2人の恋がどうなるのか、好奇心が止められないわ! あぁ、急いであの車を止めれば、ギリギリ間に合うかしら?」
なんて、言って。
アシェンは片方の目をつむる。彼女の【超視力】を持ってすれば、ワゴン車に乗る誘拐犯たちの表情さえも窺い知れた。
「でも、好奇心を少し満たしたら、後はお二人だけにして差し上げるわ!」
ゆっくりと、アシェンは引き金を絞る。
防弾ガラスに罅が走った。
1つ、2つ、3つ、4つ……銃弾の雨が降り注ぐ。はじめのうちこそ、防弾仕様の車内だからと安心していた誘拐犯たちも、その弾丸の数を見れば表情を青ざめさせずにいられない。
「これ……まずいんじゃ!」
と、誰かが叫んだ次の瞬間。
フロントガラスは粉々に砕け、ワゴンのタイヤが破裂した。
●待ちて焦がれてその時は来る
追手がいないことを確認し、マリアは香織を地面に降ろした。
久方ぶりの地面の感覚に、ととと、と香織はバランスを崩す。そんな香織の背を支え、マリアはサングラスを外した。
赤い瞳が顕になれば、思わず香織は息を飲む。
「ん? どうかしたの?」
「いえ……何でもないわ。それより、こんなところまで来る必要があったんですか?」
歩き始めたマリアの隣に香織は並び、そう問うた。マリアはしばし逡巡し、口をもごもごさせている。話す言葉を探しているのだ。
そうしながらも、マリアは周囲に視線を飛ばす。追手を警戒してのことだろう。いざとなれば、その身を挺してでも香織の身を護る心算であった。
それから、しばらくの沈黙の後……。
「ご両親が亡くなったのって……いえ、いいわ」
「……きっと、親戚の誰かでしょうね。仕方がない、とは言いませんけど」
人が死ぬ額なんですよ、と。
香織は小さなため息を零す。
2人は言葉を交わさないまま、ある公園に差し掛かる。
「少しだけ、彼の話を聞いてやってくれない? その先、どうするかまでは関与しないから」
ゆっくりと、戸惑いを隠せぬ表情で香織が公園へと現れる。
それを見て、匠の身体に緊張が走った。そっと彼の肩を叩いて、ブレンダは公園から立ち去っていく。
「結果がどうなるかはわからない……だが君の気持をしっかりと伝えることが大事だと私は思う。その……なんだ……頑張れ」
それは、恋に不得手な彼女から、匠に送る精一杯の激励。
大きく息を吸い込んで、匠は香織へ視線を向けた。その瞳には僅かな不安と好意の色。
覚悟を決めた男の顔だ。
糸に巻かれた男が数名、橋の真ん中に転がっていた。
そんな男たちの周囲を、鬼灯&章姫と、エクスマリア、エスメラルダの4名が囲む。
「一般の方の避難は既に終わっています。どうします? 公園に向かいますか?」
「たしかに気になるな。少し様子を見に……」
「まあ、駄目よ鬼灯くん! 二人だけにしてあげましょ?」
「仲立ちまでは、依頼に含まれても、いない」
なんて、思い思いに言葉を交わし4人は橋を後にした。後のことは、警察が片付けてくれるはず……なんて。
そんなことを考えながら。
通りを駆ける綾姫は、背中に背負った竹刀袋へ手を伸ばす。
この通りを抜けた先ではイグナートと黒井が戦っているはずだ。自分が担当していた誘拐犯を片付け終えたので、そちらの援護へ向かっているのだ。
だが、綾姫の到着はほんの少し遅かった。
黒井の放った銃弾が、イグナートの肩を撃ち抜いた。衝撃に体勢を崩したその隙に、黒井は鋭く斬撃を放つ。
腕を深く抉られながら、イグナートは素早く後退。イグナートの足元は、止まらぬ血により朱に染まる。
失血量もなかなかなのか、イグナートの顔色は普段よりも幾分悪いように見える。けれど、彼は戦意を失わず、むしろ闘争心を高まらせているようにも見えた。
「こんどはこっちから行くぞ! どこまで避けきれるかな!」
空気が爆ぜる。
イグナートの右腕に紫電が纏う。
「なっ……」
紫電に焦った黒井は、咄嗟に銃剣を構え。
それが、彼のミスだった。
撃ち出された銃弾を、イグナートは拳で軽く撫ぜ、背後へ向けて受け流す。回避行動は間に合わない。お得意のカウンターを放てない。
そのことに黒井が気づいた時には既に手遅れ。
「君のカウンター、かなりのウデマエだったよ!」
なんて、黒井を讃えるイグナート。
顔面を殴打されながら、黒井は思う。
『娑婆で見る最後の景色が、青い空でよかったぜ』
なんて……。
柄にもなく、少しだけセンチメンタルな気分。
そして彼は意識を失い地に伏した。
戦闘終了を確認し、綾姫はゆっくりイグナートへと近づいていく。
「これで誘拐犯たちも全滅ですね。後は香織さんたちの方ですが……告白結果は是非知りたいですね」
なんて、少し早口で宣う彼女は香織と匠の恋の行方が気になるらしい。
ブレンダ、マリア、アシェンの3人は公園の外で待機していた。
誘拐犯は捕えたけれど、香織を家まで送って帰る必要があるのだ。
「誘拐の阻止と告白の手伝いか……前者はともかく、後者は上手くできただろうか?」
と、不安気な表情でブレンダはそう呟いた。
「どうかしらね? 私は恋の行方より、依頼したのは誰なのかが気になるわ」
そう言葉を返すマリア。視線が一瞬、背後へと向いた。
数秒の後、公園から香織が戻って来た。アシェンは香織の傍に近づき問いかける。
「ねぇ、香織お姉さん。お話は終わったの? なんてお返事したのかしら?」
なんて、彼女の問いかけに。
「んー……内緒」
と、どこか悪戯っぽい笑みで、香織はそう言葉を返す。
1人公園に取り残された匠は、地面の方を向いたまま何かを堪えて震えている。
それは失恋の悲しみか、それとも成就の喜びか。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
誘拐犯は逮捕され、匠少年の告白もなされました。
依頼は無事に成功です。
匠少年の恋が果たしてどうなったのか。
そちらは皆様のご想像にお任せします。
この度はご参加ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけたのなら幸いです。
また機会があれば別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ターゲット
・真庭 香織
黒く艶やかな長髪を持つ美しい少女。
つい最近、多額の遺産を相続し大きな家に1人暮らし。
学校と家の行き帰りは車で行き来している。
・黒井
誘拐犯のリーダー。
拳法に似た武術と銃剣を組み合わせた技を用いるそうだ。
回避からのカウンターを主とした戦法を得意とする。
銃剣格闘術:物至単に小ダメージ、出血or毒
・誘拐犯×14
誘拐や殺人を生業とする組織の構成員。
拳銃を武器として使用する。
また、防弾仕様の車を4台所有しているようだ。
射撃:物中単に小ダメージ
・神崎 匠
17歳の高校二年生。
陸上部に所属している。
174センチ。割と顔はいい方と評判。
少々思い込みが激しい傾向にある。
●場所
再現性東京。私立希望ヶ浜女学園から香織宅まで。
を出発し、大通へ。
その先にある繁華街を抜け、橋を渡る。
その先にある2つ目の繁華街を抜けた先にある大きな屋敷が香織の家。
どこかで香織にコンタクトを取り、連れ出す必要がある。
そのタイミングで誘拐犯たちも動き始めることが予想される。
●場所
私立希望ヶ浜女学園。
再現性東京の外れにある女子高。
●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
それも『学園の生徒や職員』という形で……。
●希望ヶ浜学園
再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
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