シナリオ詳細
Requiem for Gear Basilica
オープニング
●最後の手紙
惨劇が鉄帝を踏み荒らしてから半年ほど過ぎた。
暴走した巨大要塞型古代兵器『歯車大聖堂(ギアバジリカ)』の爪痕は、多くは新たな人々の営みに上塗りされて消えてゆく……しかし、歯車仕掛けの脚が踏み潰した木々は。住まう者を喪った村は。愛する者を亡くした心は、全てが過去を忘れたわけじゃない。
だから……郵便配達人『ラストレター』ジャン・アステルの噂を聞きつけた者たちは、藁にも縋る思いで依頼する。
ジャンの二つ名でもあるギフト、『ラストレター』。死者への手紙を最期を迎えた場所に届ければ、白紙の便箋に返信が綴られるのだ。
そう――“最期を迎えた場所に届ければ”。
届けられるのは、死者が息絶えた場所が判る時だけだ。それが判らなければ遺族がどんなに望んでも、ジャンには何もしてやれない……彼は、とある老夫婦から託された手紙を配達鞄の中から手に取った。どこの軍に配属されたかまでは判ったが、その後の足取りが掴めぬまま訃報だけが届いた孫グリゴーリーへの手紙を。
ジャンはしばらく手紙を眺めた後に、再びそれを配達鞄の奥へと仕舞い込んだ。
幸いにも彼にはこんな時、調査を依頼するための伝手がある。『辻ポストガール』ニーニア・リーカー(p3p002058)の伝手を通じてローレットに依頼して……老夫婦の孫の最期を解き明かさなくては。
●最愛の孫へ
『あの日、貴方が「これで兵士として魔物らから人々を守れる」なんて胸を張りながら出て行った様子を、二人は昨日のことのように憶えています。それは両親を魔物に食い殺された貴方にとっては、さぞかし当然のことだったのでしょう……でも、私たちは貴方を笑顔で見送りながらも、貴方まで息子たちと同じ目に遭うのではないかと不安で仕方がありませんでした。もしもあの時私たちがその気持ちを我慢しなければ、貴方まで命を奪われることはなかったのではないか……それが私たちの心残りです。
貴方の訃報を伝える軍からの手紙には、貴方が勇敢に古代兵器に立ち向かい、本望の死を遂げたと記されていました。でも後に聞いた話では、同じ村に派遣された兵士たちは皆、一人残らず殺されたそうじゃないですか。
軍は兵士の戦死の遺族に告げる時、必ず「彼は勇敢だった」と語ります。本当はどれだけ恐怖に怯えていても、誰一人としてその時の様子を見ていなくても、兵士を個人から英雄に仕立て上げてしまいます。
けれども私たちにとって貴方は、いつまでも可愛いグリーシェニカのまま。貴方はあんなにも勇ましく出て行ったけれど、本当に本望の死だったのか、そういうことにされてしまっただけなのではないかと心配です。
本当は、貴方が生きている間に訊ければよかったのでしょう……貴方の覚悟を折ってしまうのではないかと恐ろしく、これまで言い出せなかったのを赦して下さい。
でも……今だからこそ教えて下さい。貴方が何を思って戦ったのかを。何を願いながら逝ったのかを』
- Requiem for Gear Basilica完了
- GM名るう
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月10日 22時10分
- 参加人数6/6人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
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参加者一覧(6人)
リプレイ
●沈痛の村にて
幾らかの民間の立ち並ぶ小ぢんまりとした村は、慎ましい清貧さを思い起こさせた。
雪の跡ひとつない、真新しさを放つ家々の壁。足跡や轍が深いぬかるみを作ることのない、真っ直ぐに伸びた大通り。
けれどもそれらがそうである理由に思い至ったのならば、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の手許は自ずと祈りの形を作る。
こういった出来事だってあっただろうことを、承知はしていたはずなのに。
愛する息子を失った老夫婦の嘆き。家族ばかりか友も、土地も、村全てを失った人々の痛み。
彼らが失ったものを取り戻してあげることなど、できようはずもないけれど……せめて、老夫婦の願いが叶うよう。村人たちの悲しみが癒えるよう。ヴァレーリヤには手を尽くしてやるほかはない。あの人が――反転せし聖女アナスタシアが今もかつてのように生きていたならば、必ずやそれを望んだはずだから。
奇妙で愉快なアコースティックギターの音色が、不意に消沈した村じゅうに響き渡った。
楽しい調べに誘われ現れたのは、まずは好奇心旺盛な村の子供たち。次に、たしなめるために出てきた女たち。誰もが『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の物乞いのような姿に眉を顰めて、けれどもすぐに、飯事で使う泥のように次々と姿を変えてゆく曲調に感心し、女たちが戻って来ぬことに痺れを切らしてようやく出てきた男たちさえもがいつしかギターの演奏に聞き入っている。
「あんたたちは旅人か。よくぞまあこんな何もない村まで足を伸ばしたもんだ。本当に……何もかもなくなっちまった村に……」
女司祭と乞食という、いかにもクラースナヤ・ズヴェズダーらしい組み合わせの来訪者たちへと、ひとりの男が声を掛けてきた。
その言葉の途中で男は何かを思い出したような表情を作り、どこか悔悟らしい感情をその表に浮かべたが、一介の“泥人形”に過ぎぬマッダラーには、その心の内を真に理解できたなどという傲慢は抱けない。万の言葉を尽くしたところで、表面をなぞることばかりが精一杯だろう……だから。
彼は男に答える代わりに、演奏を止め、一度大きくギターの弦を掻き鳴らした。
一転、始まるのは嵐のようなプレリュード。勇壮で、勝利を予感させ、信念と希望こそ我らに光をもたらすのだと物語るような曲。
(俺などが何を語ったところで、彼らを納得などさせられるまい)
それが彼がこの曲を選んだ理由だ。
(第一に、語るべきは俺ではないのだから……この村にいる彼らこそ、証言者であり語り部なのだ。俺が紡ぐのは村人たちの詩だ――絶望を乗り越え、一から村を築いたこの村の人々の)
思い出す勇気を。悲劇を伝える英断を。嘆きを越えて立ち上がる、今を繋いだ名もなき英雄たちの詩こそがマッダラーの演奏だ。
今は亡き彼らの名を歌え……そして、その上に生きる者たちの未来を物語れ。それがこの歌を選んだ意味だ。
……だから、勇敢な調べに身を委ねた人々は、一人ひとりに聞き辛いあの日のことを訊ねて回るヴァレーリヤに対しても、少しずつながらもその重い口を綻ばしはじめた。
「忘れたい記憶であるということは、重々承知していますの」
演奏に紛れるように声を掛けてきた男に囁けば、男は複雑そうな顔を作りはしたが拒みはしなかった。
ただ……その表情の中に感じられた、どこか遠くを見つめるような眼差しは、大切な家族を、あるいは恋人を、友人を――もしかしたらその全てを――失った、何もできなかった男のものであったと、ヴァレーリヤは後になってもふと思い出す。
せっかく時とともに薄れていった悲しみと涙を、再び掘り返してしまうのではないか。だから本当にそうしていいのかさえ彼女には判らない……でも、だからこそ教えてほしいとヴァレーリヤは懇願するのだ。
悲嘆を抱えた老夫婦を救うことができるのは、同じ悲嘆を知る者たちでなければならないと。他者の悲嘆を克服する手助けをすることで、彼ら自身も救われるのだと。
「それならば……村外れのヴラジーミル老を訪ねてみるといい。奥方とともに森で歯車兵器に遭遇したヴラジーミル老は、この村で最初の犠牲者の夫でもある……彼は今も、あの呪われた日に囚われたまま、戻ろうとしない。惨劇の記憶に一矢報いるものとも言える貴女がたの願いは、彼にとっても願ったり叶ったりのものだろう……」
●軍の知る事実
重厚長大を美徳とするゼシュテル鉄帝国の基地には、今日も新兵らの鍛錬の掛け声が響いていた。件の村の部隊に限らず、あの事件、さらにはその後の絶望の青攻略により軍にも多くの犠牲者が出たが、今では再び同じ悲劇を起こさじと奮起する者たちや海洋との軋轢を一旦は勝利に近い形で解消したことに奮い立った者たちのお蔭で、この通り再び活気が戻っているのですよと『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)の伝手の少尉は語る。
「なるほどな。なんつーか、当時のことはあんまり触れられたくないもんだとばかり思っていたが……」
「個人的な話に限れば、そういった者も多いでしょうね。ですが軍というのは、人が死ぬくらいは当たり前の場所ですよ。何も好き好んで兵士を死地に送ろうというわけではないが、この程度で不機嫌になっていては、いざという時に役目など果たせないでしょう……それに、随分と我が軍にお力添え下さったお嬢さんの頼みでもあるわけですから」
「……それもそうか」
白い目で見られることも覚悟でこの場所を訪れたカイトにとっては、少尉のその言葉はどこか心の荷を下ろしてもらったようにも感じさせられた。一方……彼の隣を歩いていた『辻ポストガール』ニーニア・リーカー(p3p002058)は、少尉のもうひとつの言葉のほうにどきりとさせられる。
「えっと……会ったことありましたっけ?」
「いいえ。私自身は存じていませんが、面会の申し込みに当たって軍の記録を当たってみたところ、件の事件でも、その後の廃滅竜の事件でもご活躍だったとのことでしたので」
ニーニアが肩を並べて戦った鉄帝軍を仲間だと思っていたように、鉄帝軍も彼女を仲間と認めてくれた――だからこその少尉の言葉だと思えば、ニーニアはどこか誇らしさを感じずにはいられなかった。同時に……背筋を正さぬわけにはゆかない。何故なら、だとすればこれから行なうことは、いち郵便屋としての責務、いち特異運命座標としての依頼という以上に、まさしく仲間への慰霊に他ならないのだから。
「こちらです」
ひとつの応接室に通されたカイトとニーニアの前には、幾らかの書類が並べられた机がぽつんと鎮座していた。
「内容柄、お見せできる資料はあまり多くないことをご容赦下さい……黒塗りの部分も多いですが、他の部分だけでもお二方のお役に立てるものとは考えております」
その中の1枚をつまみ上げ、じっとその片隅を見つめるニーニア。残酷な『戦死』の文字と二階級特進で終わった経歴表の左上の隅には、強い意志を込めた瞳でこちらを見続ける、若者の顔写真が掲載されている。
「複製させて貰いてェんだが」
「そう仰ると思いましたから、そのままお持ちいただける形にしております」
カイトが問えば、少尉は答えた……それから、何か追加で必要なものがあればご準備しますと付け加えてみせたから、だったら、とカイトも改めて依頼する。
「そうだな……じゃあ、件の部隊はここの分隊なんだろ? 異動前のグリゴーリーを知ってる奴がいたら紹介してくれ。ああ、命令として呼びつけるまでする必要はねぇ、それだと辛くても無理に思い出させちまうかもしれねぇからな」
少尉は黙って頷いて、それから以前の部隊では先輩だったという軍人イワンの名を挙げた。新たに現れた案内役に先導されてイワンの元へゆき、事情を伝えたのならば、彼は悲しむどころか懐かしむように、昔の出来事を語ってくれた――。
「あいつはな、眩しいほどに真っ直ぐな奴だったさ。力を誇示することこそ鉄帝軍人の誉れと考える俺たちとは違って、金にも、酒にも、そればかりか名誉にさえ興味ねえ……望むのは、1体でも多くの人里に害を為す魔物を狩ることだけさ。上官にゃ、栄光ある鉄帝軍人を一介の狩人に貶める気か、なんてよく罵られてたね……そのせいであいつは、ド田舎の村の駐屯隊に左遷されたわけだ。マァ、狩人じゃ手に負えない魔獣がよく出るってのが駐屯の理由だったそうだから、あいつからすりゃ願ってもない異動だったろうがね。
だからなぁ……あいつなら真っ先に歯車兵器に立ち向かっていったことだろうよ。だが、あいつは決して後先考えずに突っ込む奴じゃない。俺と同じ部隊にいた時からずっと、誰かが勇気を振り絞ったならば誰もが同じことをできるって信じて、自分がその『誰か』になろうって心に決めてる奴なのさ……」
●奇妙なる傷跡
軍での調査結果を『白ヤギコピー』ルコ=ロココが村へともたらしたのは、村の特異運命座標たちがいつでも出発のできる用意を整えた朝のことだった。いくら先輩権限を行使されたとはいえ普段はラサを活動の場とするルコがこうして郵便屋の先輩に当たるニーニアやジャンを手助けしているのには、やはり彼女も同じ郵便屋として、依頼に思うところがあったからなのだろう。
「ニーニアさんはもうちょっと調べてから来るらしいッス! ウチは村で待ってるのでお気をつけて~」
そんなルコの見送りを受けて、馬車で木々の間を進む特異運命座標とヴラジーミル老。手入れする者がいなくなり、鉄帝の短い夏を謳歌する下草に支配されかけているかつての村へと続く細道を見つめていた老人の内心は、果たしていかばかりのものであったのだろうか?
今、ジャンの懐には本来のものとは別に、老人が妻へと宛てた謝罪の手紙が忍ばされていた。歯車兵器の鉄の腕に囚われた妻を森の中に置き去りにして、村に逃げ帰ってきてしまったヴラジーミル老。彼にとってもあの事件はいまだ終わっていない――そしてこれからもそうあり続けるのだろうと、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)は想像してしまう。
「そうだ……俺がこの辺りにいた時に、その木の陰から化け物みたいな機械が顔を覗かせたんだ!」
老人が喚いた場所は延々と続く破壊痕の途中のことで、老人がそうしなければ村の先のどこまでを調べねばならなかったのかすら判らなかったろう。
最初は妻と揃って逃げたという老人が、ある場所で唐突に立ち止まる。そこでジャンが手紙を取り出して真新しい便箋と共に添えたなら、老人は見る間に眼を見開いて、堪えきれずに嗚咽しはじめた――しばらく独りきりにさせてほしいと懇願する彼を妨げることは、何人たりとも許されるまい。
だから特異運命座標らには、改めて本命の調査を始める機会が訪れていた。老人の証言を地図の中に描き込んで、歯車兵器の大まかな速度を算出すれば……『海賊見習い』マヤ ハグロ(p3p008008)の脳裏には、攻めてくる歯車兵器と迎え撃つ鉄帝軍が、どの辺りで戦いを始めたのかという想像図が浮かび上がってくる。
「ありました……泥の中に新しめの薬莢が埋まりかけていました」
オリーブが見つけたものはまさしくこの部隊で使われていた形式で、ちょうどマヤの予想した通りにこの近辺で両者の交戦があったのは間違いのないようだ。
その時……軍人たちは何を思ったのだろう? その軍は脅威から村を守るため……だが軍人たち自身は誰のために死んだのか?
自らの銃に空包を詰め、天に向けて3発の弔銃を放つマヤ。奮闘むなしく散った戦士らのために、ラム酒を地に撒いて魂を慰めて……勇敢なる戦士たちよ安らかに眠れと黙祷を捧げる。彼らが願っただろう人々の平穏は、必ず自分たちが成し遂げてみせると心に誓いつつ。
が……感傷に浸る時間は今はそれだけでいい。既に消えはじめている戦闘の痕跡を精査しようと思ったら、揺れ動く心は容易くその目を曇らせかねぬようにオリーブには感じられたから。
だから恐らくは誰かが叩きつけられて血で作ったのだろう、折れた木の幹の黒ずんだ跡を見た時も、彼はただ受け容れる……ああ、ここで誰かが命を奪われたのだなと。
……そうして冷静に様子を確かめてみたならば、奇妙な点がオリーブの目には明らかになったのだ。
遺留品はどこにも残っておらず、魔獣が遺体を食い荒らした跡さえも見て取れない……誰かが遺体を連れ帰ろうとした可能性を考えて、範囲を広げ、より村に近い辺りを捜索してみたマヤも、結局は遺体なき戦闘跡を散発的に発見するだけだ。それらも次第に数を減らしつつ、どうやら少しずつ村から離れる方向に折れようとはしたが、最後にはこれ以上の戦闘跡を見つけられなくなった辺りで破壊痕が村へと方向転換している……そこで、最後の生存者が命を絶たれたのだろう。……その時マヤは、何かの気配を感じてそちらに銃口を向ける!
「魔物じゃないよ!? 僕だよ!」
現れたのが村でルコと合流し、破壊痕を辿って追いついてきたニーニアだと知って、マヤは緊張を解いて銃をホルスターに戻した。
「悪いわね。遺留品の類が見つかれば軍に届けて貰ってどれがグリゴーリーのものか調べて貰おうと思ったのだけれど……どうにもロクなものが見つからないわ。もっと捜索の人手が必要かしら?」
肩を竦めて溜息を吐いたマヤ。でも、ニーニアはそれを責めるどころかほっとした顔で、彼女が基地に残って続けていた調査の結果を告げる。
「軍に遺留品について訊ねてみたけど、最低限の回収作業はしたらしい記録はあるのに、ほとんど遺留品の記録は残ってなかったよ……遺体はもちろん、持ってたはずのドッグタグも」
誰かの『大切なもの』を燃料として動いて、攫った者を歯車兵へと変えてしまった歯車大聖堂。その性質を鑑みたならば。犠牲になった人々は皆、もしかしたら――……。
●あの日の追憶
「気象条件により埋もれてしまった、野生動物が持っていってしまったなどするものを加味しても、配備記録と比べて少なすぎる抵抗の跡。結果として歯車兵器を止めることができなかったのですから、部隊は兵器の破壊を諦めて、村から遠ざけることだけを考えて自らを囮にしたと考えられるでしょう……」
戦闘痕から推定した戦闘規模を書き込んだ地図を改めて読み返しながら、オリーブはグリゴーリーらの部隊の戦いぶりをそう評価した。
一切の勝ち目を感じさせてくれない兵器に対し、彼らにできたのはせめて注意を引いて、村に辿り着かないようにするくらいだったのだろう……結局、その試みは上手くゆかなかったわけだが。
イワンの証言が確かであるのなら、“左遷先”であるこの村の部隊は、本来、命を賭してまで村を守る理由なんてなかっただろう。
「なのにそうしなかった理由はただ1つ……彼らに、それでは鉄帝軍人の不名誉であると示した者がいたからでしょう」
遂にオリーブは結論付けて、地図の一角――最初の交戦地点に印をつけた。
「彼が抗えぬはずの運命に一矢報いてみせたことにより、誰もが、それに続かねばと意志を固めた。その際に彼自身も命を投げ打ったからこそ、他の者の意志も同様に強いものへと変わった――ならば、彼こそが、グリゴーリーに違いないのです」
オリーブの推理に基づいてジャンが手紙を供えれば、白紙の便箋に何やら文字が現れはじめた。それが意味するものをニーニアは知っている……老夫婦が祈りを込めてしたためた手紙が、誰にも届くことなく差出人に戻されるという悲しい出来事は起こらなかった、ということだ。そして死者からの返信は……マヤも知りたかったグリゴーリーの想いを、きっと解き明かしてくれるもののはずだ。
「英雄ってのは、こういう埋もれた人々の感情の上で成り立ってるんだろうな……」
カイトの呟きに呼応するかのように、マッダラーが鎮魂歌を奏ではじめた。土くれに電気信号の流れているだけの存在――少なくともマッダラーはそう信じている――の歌は、残留思念に過ぎなくなってしまった犠牲者たちの残滓とも共鳴してくれるだろうから。
それは叙事詩。美化されぬ真実の英雄のための叙事詩……その上に花を手向けたヴァレーリヤの祈りがさらに重なってゆく。
〽主よ、どうか彼らの旅路を照らし給え
彼らの魂が冥府への道で迷わぬように
貴方の元で永久の安息が得られるように
我らが愛した人よ、灯火となりて我らの旅路を照らし給え
墓の上の嘆きのままに、我らが朽ちることのないように
いつか我ら、主の御許にて再び相見えんことを願う
全ては主の御心のままに
どうか我らを憐れみ給え
オリーブは想うのだ。果たして遺された人たちに、事件が終わる時は来るのだろうかと。
その答えは、オリーブ自身にも判らない……けれどもその手助けのひとつが死者と生者を繋ぐ手紙であると、ニーニアは郵便の力を信じている。
●ラスト・レター
『お爺様、お婆様。お二人にそのように想って頂けることを、グリーシェニカは嬉しく思います。恐ろしくなかったとは言いません。逃げ出したくならなかったとも言いません。けれども私は遣り遂げた思いで一杯です……貴方がたの孫は最期まで立派だったのだと、どうか胸をお張り下さい。
確かに、本望ではなかったでしょう。私は人々のためならば命を惜しみませんでしたが、生きればより多くの人々を救えたのですから。
……だとしても、後悔はありません。もし私が逃げ出せば、村のより多くの人々が傷つきました。その後特異運命座標の方々が駆けつけるまでの間、加速度的に被害を増したに違いありません。
お爺様、お婆様。お二人もどうか私を赦して下さい。私は貴方がたが軍人の道を歩もうとする私に心苦しさを感じていると知りながら、軍人として生涯を終えることを選んでしまいました。
同時に……どうか、ご自身を誇って下さい。けれども私はお二人が許して下さったお蔭で、私の望むよう生きて、其れが理由で死ぬことができました。
貴方がたの孫は天命を全うしたのだと、どうかそのように信じて下さい……それが私の、最期の願いです。
最愛のお爺様、お婆様の孫、グリゴーリーより』
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
今回は手がかりらしい手がかりのない中で調査を進める必要があるという、戦闘のない依頼にしては困難な依頼であったのではと思います。しかし皆様は無事に真実に辿り着くことができました。
はたして孫からの手紙を受け取った老夫婦は何を想うのでしょうか……? それはまた別の話。皆様のご想像にお任せいたします……。
GMコメント
グリゴーリーの所属する部隊は、歯車大聖堂が略奪のために放った歯車兵器から駐屯先の村を守るため戦って、一切の生存者を残さず全滅しました。
村人たちも多くが犠牲になったらしく、惨劇を思い出させる当時の村とは別の場所に移住して新たな村を作っているようです……この村で聞き込みを行なったり案内を頼んだりしてグリゴーリーが死んだ場所を特定するのが今回の依頼です。
もちろん聞き込み以外にも、村人たちの口を軽くするために楽しませるなどしたり、遠方の軍に所属する以前の同僚に話を聞いて戦いぶりを推察したり、実際に破壊跡を調べて戦いの全容を把握したりすることも可能でしょう。軍との交渉を行なえば、軍の名簿を閲覧したり、軍で撮影したグリーゴリーの写真を複製することもできます。
この依頼は全員で同じ場所で行動する性質のものではありません。得意分野を活かして手分けすることが肝心です。
なお……死者たちの霊魂は大半が歯車兵器に回収されてしまっています。ジャンのギフトが使用可能な程度に霊魂の残滓は残っているようですが、『霊魂疎通』は困難でしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めです。戦闘になる可能性こそ低いですが、情報収集のやり方次第では、それ以外の不測の事態が起きる可能性があります。
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