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シナリオ詳細

<禍ツ星>誰をかも 知る人にせむ 高砂の

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 太鼓の音。笛の音。人々の談笑。その奥からは波がさざめく音。
(煩わしい)
 それは苛立つように足を踏み鳴らす。嗚呼、足音さえも煩わしい。只人よりほんの少しばかり優れた耳は色々な情報を世界から与えられる。
(煩い)
 あまりにも多いそれらは、それにとって苛立ちの原因でしかなかった。苛立ち体を動かせば、自らからも音が出て苛立ちが増す。負のループだ。
 何故人々は、世界は音を出さなければ生きていけないのか。無音でいいではないか。何か困る事でもあるというのか。そうだ、無音で良い。どうしても音を出さずにいられないのならば、それを殺す他ないだろう。
 人を殺し、楽器を破壊し、世界を滅亡させる。そうすれば自分とて音に煩わされることはない。
 良い案じゃないかとにんまり笑い、次の瞬間には飛び込んできた音にまた眉根を寄せる。その耳には既に耳栓がされているのだが、何の意味もなしていないらしい。
 ひとまずはここら一帯の全てを破壊することにしよう。そうすれば、多少はマシになるはずだから。



「──あらぁ、蹴鞠のお兄さんやないの」
 その声を聞き、日向 葵(p3p000366)は渋面を浮かべた。振り返ればそこには和装に身を包んだゼノポルタの女性が立っている。
「サッカーだっつーの」
 そう返せば彼女、一華はくすりと微笑んだ。嗚呼、これは聞いていない。聞いているようでありながら聞く耳を持たないという奴だ。
「アンタ、こんな場所に来てたっスか。この前は全然違う場所で会ったっスよね?」
「ふふ。今日はこっちって風が言うとってな」
 風につられて来てしまったのだという彼女の言葉がどこまで真実なのかわからないが、少なくとも彼女は目的意識なく気ままに動いている。それが風のようだと称すのであれば、あながち間違いでもない。
 不意に一華が歩み寄り、閉じた扇子で葵の顎を掬った。
「ねえ? 蹴鞠のお兄さん」
「だから蹴鞠じゃ──」

「あちらに悪う方がおるんよ。この雰囲気、このままだと壊されてしまうんやない?」

 ひそり、と。顰め、風に攫われてしまいそうな声量で告げられた言葉に、葵は目を丸くした。その様子に一華はにっこり笑う。
「……どういうことっスか」
 低い声で問いただしても彼女は答えない。いや、答えられないという方が正しい。『楽しい方の味方』をモットーとする彼女が何ともできないからこそ、イレギュラーズたる葵に声をかけてきたのだ。
「うちにできるんは、お兄さんにイイこと教えてあげるだけよ」
 彼女の言うイイことは真実葵に、イレギュラーズに、ひいてはローレットに対して良いことだ。葵はローレットの活動目的を聞いた彼女の言動を思い出す。
 ローレットの味方に付き、故意的な損害好意や情報を与えないと宣言した彼女。その思惑は全てを悟るなどできないが、あの宣言を信じるのならばこの情報も正であり、彼女の示した方向には『悪い奴』がいる。
「ほな、またね」
「あ、おい、」
 まだ聞けるなら、と踵を返した一華に手を伸ばした葵だが、2人の間を雑踏が阻む。それが止んで向こう側を見ても彼女の姿はない。
「……どういうことだ……?」
 ぼそりと呟いた葵。その結果を知るのは、そう遠くないことだった。



 金属の塊を壊した。
 中にいた子供は踏み潰した。
 遊んでいた男女を捻り殺した。
 水の中を泳いでいた魚はひっくり返して窒息死させた。
 しかしやはり窒息死はさせない方が良い、と思ってそれ以降はやめた。どの生き物でも死ぬ間際にはより一層煩く鳴いてみせる。そんな暇もなく魂を天へと送った方が双方のためにもなるだろう。
 そうして辺りの全てを破壊して回っていたソレは、しかし安寧がくることはない。夏祭りはそこそこの規模で行われているようで、たとえ1区画を潰したとしても音が止まない。耳が鋭く音を集めてくるのだ。
(次はあっちか)
 この一帯に大して戦える者もいなかった。次の区画も同じだろう。きっとその次も、その次も──非常に退屈な作業ではあるが、自らの安寧のためには仕方ないことだ。
 果たして、安寧など来るのだろうか? 考えたソレは是とも否とも思えなかった。この世界が続く限りは否であるし、いつか滅ぶ運命も今やどうなっているか分かったものではない。
 なぎ倒し、或いは魔力で以て辺りの生存者を魔物へ転じさせるソレは人の形を成していた。屈強な男の姿をしたそれは風の気配を纏っており、どことなく精霊種にも似た何かを感じるだろう。
 けれどもその本質は凶悪にして邪悪。魔種のように生きとし生けるモノを狂わせるそれは、肉腫(ガイアキャンサー)と呼ばれる者だった。
 不意にその耳へ複数の足音が飛び込んでくる。1、2、……5より多いと把握した時点でソレは数えることをやめた。どれだけいようと関係ない。『多くの煩わしい存在が来る』と知っていれば十分だ。

 その足音の主──イレギュラーズは続く惨状に唖然とする。まるで嵐か、台風でもあったかのようだ。しかし残虐な爪痕は凡そ自然災害とは思えない。頭を潰された人間などがそうだ。
 一華による情報を得てとりあえず動き始めたという状態であったが、8人で対処するにはおおごとだったかもしれない。しかし今から増援を待てばこれ以上の被害は免れないだろう。
 強敵の気配をひしひしと感じながら先へ駆けた一同は、とうとう件の男と対峙したのだった。

GMコメント

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●成功条件
 肉腫を撤退させる

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。不測の事態が起こる可能性があります。

●肉腫『ヴィン』
 屈強な大男の姿をしており、その体は風の気配を纏っています。とても短気で、小さな音にもすぐ怒ります。その耳はとてもよく聞こえるようです。
 攻撃力、反応がかなり高く見られます。その他のステータスは不明ですが、祭り会場の惨状からしても侮って良い相手ではないでしょう。
 武器らしい武器は持っていませんが、その体こそ武器となり得ます。

●魔物×たくさん
 肉腫により凶暴化させられた元人間や元動物です。姿かたちこそそのままですが、ステータスは一般人の枠を超えています。とはいえイレギュラーズに及ぶほどではなく、数で押してきます。
 HPに優れており、攻撃力はさほどでもありません。
 自らの身を使ってイレギュラーズをブロック・マークしにかかります。倒せば正気に戻るでしょうが、不用意に音を出して肉腫の反感を買い殺されたりします。

●フィールド
 夏祭り会場。辺りの露店などは悉く大破しており、その残骸により足場は悪いです。
 夕暮れから夜にかかる時間で、時間経過ごとに視界が悪くなっていきます。

●ご挨拶
 愁と申します。
 やべーやつが現れました。これ以上何かされる前にお帰り願いましょう!
 ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

  • <禍ツ星>誰をかも 知る人にせむ 高砂のLv:20以上完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年08月06日 22時37分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
篠崎 升麻(p3p008630)
童心万華

リプレイ


 それは言葉で言い表せるほど生易しいものではなかった。
「おいおい、ふざけんなよ……!」
 『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)は元凶たる存在の方へ向かいながら吐き捨てる。腰元で揺れる夜光虫のランタンが照らすのは悪路だ。一際大きな残骸をショートカットせんと升麻は飛行石を握りしめ念じる。地面を蹴った足は風を纏い、ふわりと緩やかに浮いて残骸を乗り越えた。
 視線を向ければ上から潰されたようにひしゃげた露店が。
 視線を巡らせればおびただしい血の跡が。
 視線を凝らせばぐちゃぐちゃになった肉塊が。
「まるで、人の形をした災害だな」
 災害、災厄。そんな言葉が合うのだろう。空から舞い戻った『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は顔を顰めながら視線を前へ向ける。その首元にかかった黄金色の石の首飾りは仄かにジョージの視界を補助してくれていた。その視界で見渡しても見えるのは露店の成れの果てと、ヒトのそれ。しかしふとジョージは目を瞬かせる。
「……静かだ」
「シズかだね」
 『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)がその言葉に頷いて、それから首を傾げる。災害にも匹敵するような強さを誇る存在がいて、なぜここまで静かなのだろうかと。
 しかしその疑問は程なくして解消されることとなる。
「あの男か」
 夜目を利かせた『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)が前方に1人の男を視認する。普通の男も見えるが、その佇まいは祭りに紛れられるようなそれではない。
「これだけの惨状なんだからナミのアイテじゃないのは明らかだね!」
 イグナートは道理だと言うように頷く。その表情がどこか高揚しているように見えるのは気のせいではないだろう。ここまでの惨状を作り上げた存在がようやく目の前に現れたのだから。
 男はずっとこちらを見ているようだ。刺さるような視線は遠くからでも感じられて、相手がすでにこちらへ気づいていると容易に知れる。
「周りにいるのはヒト……いえ、もうヒトではありませんか」
 『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は男の周りにちらほら立っている人の形をしたものや、動物の形をしたものに目を止める。この惨状の中で生きているなどとは思えない。元凶たる男の前で無事である、とも。
 最初に動き出したのは操られた者──魔物たちだった。遠方からこちらへ群がって来ようとする様は壁のようで、男はただ後方からそれを見ている。
「んじゃそろそろこっちも……ってぇ!!」
 そう呟いた『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)に容赦なくレッドスティング──蜂が針を突き立てる。ドーピング作用のあるそれを刺したレッドスティングは満足したのか、それとも死地を探すためか。夜闇のどこかへと消えていってしまった。
 一方の葵は針に呻きながらも自身の覚醒を知る。そして声を上げた先ほど、一際あの男からの視線が刺さったことも。
(声? ……いや、音か?)
 ただ視線を向けたなどと言う易しいものではなかった。相手にも何か事情があるのかもしれないが──生憎と、事情もワガママも聞く気はない。イレギュラーズはあくまでヒトの味方としてここに立っているのである。
「全員! これ以上の被害は何としてでも止めるっスよ!
 射程に入ってすぐさま反応した葵が無回転シュート放つ。けれども射線へ割って入るようにした魔物がそれを受け、ボールは勢いよく跳ね返って葵の元まで戻ってきた。どさりと座り込んだ魔物に肉腫の視線が向いた、次の瞬間。
「……え?」
 魔物は『肉腫によって』潰された。肉腫が手を開くと赤黒いものに濡れ、遺体となった残りの部位は地面へ崩れ落ちていく。唖然としたイレギュラーズへ肉腫が何かを呟いたが、あまりにも小さく聞き取れない。何と言ったのか頭が考え始める前に男もまた動き出す。物凄い勢いで肉薄し、葵の方へと。
「っ、やっぱオレか!」
 近づけばかなり大柄な、筋肉質な体を持つ男だとわかる。その太い腕が振り下ろされ、葵は咄嗟にガントレットで受け止めた。あまりにも鈍重な攻撃は、衝撃だけでも踏ん張った足が後ろへ押されていく。
 これをまともに受けた人間はひとたまりもないだろう。しかし──男が引きつけられてくれるのなら僥倖。
「あちらだ」
 ジョージの見つけた場所は、どうやら広場のような場所であったらしい。露店が残骸と化した今でもそこそこにスペースが空いており、同時に魔物たちが乗り越えられないようなバリケードとなっている。
「使えるモンは使っていかねぇとな?」
 升麻は追いついてきた魔物へ名乗り口上をあげ、ジョージも同様にして肉盾を食い止める。あとは捕まり動きを封じられないよう、目的地まで急がねば。
 ジョージが視線をくれれば、要警戒対象であった男にヘイゼルが触れている。離れたそこを結ぶのは赤い糸。
「私、豊穣の夏祭り楽しみにしておりましたのに」
 お前のせいだと示すような視線と、男の視線が近くで交わる。男はヘイゼルの言葉に思い切り眉を寄せた。
「……煩い。煩くて叶わん」
 より間近であるからか、男の声もしっかり聞こえる。意思疎通するだけの能もあるらしい。彼の言葉にヘイゼルはすっと目を細めた。
「そうですか。なら、これも?」
 手にしていた棒切れでこんと露店の残骸を叩く。あっという間に顔をしかめた彼は、どうやら表情も人間らしいようだった。
 次の瞬間、手近にあった露店の支柱を握った男がそれを振り回す。支柱だけでなくそこに繋がる諸々を引きずっているが、そんなことは露ほども感じさせない速度だった。しかしヘイゼルもまた機敏に地を蹴り、宙を舞って回避する。
「当たらなければどうと言うこともないのですよ」
 含み笑いをする彼女は音をわざと立てながら走り出す。追いかける男へ迫るのは『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)の太刀とも呼べるような剣だ。
「いくッスよ! 雪の型──雪上断火!」
 灯火を少しずつ削り取っていくかのように、幾度もの剣筋が閃いた。その合間に大打撃を食らわせんとイグナートが肉薄し、ヒトで言う急所へと拳を叩きつける。反応良く見を翻す男に纏わりつくのは、人形操る見えない糸。切り裂き、締め上げるそれは『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)のものだ。
「……聴覚過敏という奴か」
 ヒトの中には通常より聞こえすぎてしまう者がいるらしい。小さな物音も大きく聞こえ、通常の音量であればそれは爆音にも聞こえることだろう。
『これ以上酷いことをする前に、おうちに帰ってもらうのだわ!』
「ああ、そうだな」
 腕の中の少女に鬼灯は頷く。生きている以上、心臓は鼓動を刻み、人は音とともに生きている。切っても切り離せないそれを、利己的な理由で消し去ろうなど許すわけにはいかない。
「本当に”静か”になりたいならその首をふっ飛ばしてもらえれば簡単なんだがなぁ???」
 クロバがガンブレードで切り掛かりながら男を煽りに煽っていく。武器から放たれる爆炎も、クロバの言葉も男にはことさら煩わしく感じるだろう。
 そうこうしているうちに一同は目的の場所まで到達し、追いかけてきていた魔物にジョージと升麻がガードされる。ギリギリ誘導しきれたと言うところか。
 鬼灯は視線を男へ向けると、見えない糸を揺らした。

 さあ、舞台の幕開けだ。



(姿がそのままな分、ちとやりづれぇ)
 升麻の体は召喚によって『組み立てられた』。文字通りの奇跡を伴って生まれたのだ。これまでと異なる体に未だ違和感もあるかもしれない。けれどもそれを嘆き、だからできなかったなどという言い訳にしてはならないのだ。
「こいよ。俺が相手してやる!」
 集まってくる魔物たちは皆ヒトや動物の形をしている。視界を覆い尽くすような敵を集めて攻撃に耐えながら、海の波を思わせる霊波動が升麻から起こった。
「少々手荒だが──許せ」
 ジョージも零れ落ちそうな敵視を一手に引き受け、妖刀を勢いよく旋回させて暴風域を作り出す。動かさせないように立ちはだかってくるのなら、動けるようになるまで斬り倒すまで。敢えて容赦をしない攻撃は、けれども彼らの命を奪い去ることなく意識だけを刈り取った。
 しかし、それでも未だ魔物は溢れ続ける。魔糸を脚甲へと変えた鬼灯は、音もなく駆けて魔物を蹴り飛ばした。軍用サイリウムが静かに揺れる。どこにいようとも鬼灯は忍の者だった。
 一方の男──肉腫はヘイゼルに煽られながらも暴れまわっていた。その耳を目掛けて葵がシュートを叩き込む。
(脳みそ揺らすついでだ、鼓膜ぶっ壊してやるっス!)
 鼓膜を破れば一時的とはいえ、聴覚は落ちるだろう。煩わしい音がなくなれば撤退するかもしれないし、そうでなくとも脳震盪が起こせれば一瞬の勝機も見える。
 激しく動く男の首元へガンブレードを迫らせたクロバは爆炎を噴かせ、多彩な型で攻め立てていく。晩鐘の音(じゅうせい)は容赦なく男を攻め立てるが、当の相手も決して守勢ばかりではない。悪意を持って音を鳴らすヘイゼルに素早く手を上げる。死を間近に見るような攻撃を、しかしヘイゼルはパンドラの力を以て切り抜けた。男の拳はその先に合った露店の残骸を更に細かく砕く。
「破壊が齎すものなど、より大きな煩わしさだけでせう」
「……が、……ねば……る」
 遠ざかったことで男の声が聞き取りづらくなる。彼からしてみれば至って普通の声量に聞こえるのだろう。自らの傷を癒したヘイゼルは仲間たちが戦いやすいように再び位置取り、男へと向かった。
「サスガのオテナミだね! 出来るもんなら再起不能にしておきたいところだけど、」
 難しそうだ、とイグナートは素早い突きを放つ。硬い肉体、俊敏なる動作。仲間を信じていないわけではないが、それでも目の前の男は圧倒的な強さを持っている。
「でも、着実に押してるッスよ!」
 軽やかに艶やかに、色の異なるツインテールが動きに合わせて華麗に舞う。鹿ノ子は決してイグナートのような火力型ではないけれど、勘所による手数の多さはそこらのイレギュラーズに負けていない。塵が積もれば山となるように、少しずつを確実に詰めていっているのだ。
 たん、と音を立てて着地する鹿ノ子。砂を踏む音、風を切る音、様々な音を出しながら肉腫の反応を伺う。
(本当に小さな音は気にならないみたいッス……?)
 そこへ不意に新しい音が響いて、はっと鹿ノ子は振り返る。魔物の増援──ではなく、味方の増援だ。
「待たせた」
「行くぜ。後悔させてやんよ!」
 升麻が目にもとまらぬ速さで突っ込み、そのスピードで空気の刃を作り出す。触れれば斬れるような勢いに、さしもの男も血を流した。ジョージもまた肉薄すると嵐の前兆を思わせる格闘術で攻め立てる。それらの攻勢は撃退だけでなく、その先までもつかみ取れそうなほどで。
(撃破できるならそれに越したことはない)
 クロバは駆ける。例え油断ならない相手と言えどすべきことはいつもと変わらないのだ。オーダークリアするため、イレギュラーズはハイ・ルールに則って尽力するのみである!
「周りを壊しても静寂はないのですよ。それとも、海の波すら鏖殺出来ると考える低能なのです?」
 傷だらけになりながらもヘイゼルは男の意識をこちらへ繋ぎとめる。決して、誰にだって向かせるものか。そう思いながらも彼女は確実に押されていて、振りかぶられた拳を見上げた瞬間、思わず視界がブレる。
「──鉄騎のコブシが敵を打つ! 絶招・雷吼拳!」
 その拳は拳によって制される。地面を割らんばかりに踏みしめたイグナートは、彼の視線が向いたことにニッと笑みを浮かべた。
 怪力に任せて暴れまわる男をイグナートが相手取り、危なくなればジョージが庇いに割って入る。その間にもイレギュラーズたちはすさまじき猛攻を見せ、葵が放った力強く真っすぐに飛んだシュートが男の側頭部を強打した。
 小さく舌打ちした男はそれこそ皺が取れなくなるのではないかという程深く眉を寄せている。けれどもようやく聴覚が鈍ったか、イレギュラーズたちが音を出しても目に見えて反応が薄くなった。
 見えない糸が男を取り巻き、一気に締め上げんと引かれる。強靭な筋肉でその糸を阻む中、鬼灯は諭すように口を開いた。
「生きていても貴殿に安寧は訪れぬ。自らの命を絶つならば、或いは」
『それが嫌ならおうちでお昼寝すればいいのだわ!』
 鬼灯たちの言葉に男は何かを小さく呟いた。その表情は自嘲的に歪んだ笑みを浮かべて。

「──興が削がれた。お前たちのいう通り、『帰る』としよう」

 より鮮明に聞こえたのは、彼自身が鼓膜を破られたことで声量を上げたのか。最初から最後まで聞き取れたのはこの邂逅の中で初めてかもしれない。
 しかしそんなことを考えている暇はなかった。魔物たちが押し寄せてきたのだ。それを引き寄せるも、重なった疲労に膝をついたジョージはなお毅然と前を向く。
 先ほどまではばらばらと群がってくるだけだった魔物が、今度は大波のようにイレギュラーズへ迫ってくる。周りの残骸で魔物たちが侵攻してくる方向を狭めたためにイレギュラーズもまた逃げ場がない。大して痛くもない攻撃だが、こちらは手負いだ。力尽きる前に掃討せねばならない。
 魔物たちの大波、その向こう側へ消えていくヴィンを葵は睨みつける。倒しきれない、撤退させるしかないのが自分たちの現状だ。ならば再戦する時のため、その一挙一動までも記憶に刻み込んでやろうと言わんばかりに見つめる。
『──ほな、よろしくね。蹴鞠のお兄さん』
 ふとゼノポルタの彼女の声がしたような気がして、葵はきゅっと眉間に皺を寄せた。思い出している場合ではないのだけれど、それでも思い出してしまったのだ。
(ったくどうすんだよ、『蹴鞠のお兄さん』が伝播したら……)
 何処にとは言わずもがな、ローレットである。今度会った時には再度きつく言っておかなければならないだろう。
「だから、こんなところで最後に負けられねぇ」
 あの肉腫は『興が削がれた』と言っていた。撤退させたのならばイレギュラーズの勝利だ。あとは無事に帰還するだけ──この分厚い肉の壁を突破するだけである。
「さあ、行くっスよ!」
 シルバーのサッカーボールを地面に置き。葵は流星を描くが如く、思い切り且つ計算しつくしたシュートを放ったのだった。

成否

成功

MVP

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー

状態異常

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)[重傷]
旅人自称者
ジョージ・キングマン(p3p007332)[重傷]
絶海
篠崎 升麻(p3p008630)[重傷]
童心万華

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 相手は撤退していったようですが……まあ、この世界に彼の休める場所はないでしょう。

 またのご縁をお待ちしております。

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