PandoraPartyProject

シナリオ詳細

雨音伝いて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 助けなければ。
 早くしないと。
 死んでしまう。

 けれど、僕には雨を降らす事しか出来ない。
 動かす事も。できずに。
 ただ、雨を降らせる事しかできない。
 僕のせいなのに。
 何も出来ない。何の役にも立たない。

 お願いだよ。助けてほしいんだ。
 助けて――


 赤い和傘が沿道を往く。
 カラコロ下駄を鳴らしては、立ち止まり天を仰ぐ。
 小さな指先が傘の下から出て、手のひらに雨を受けた。

「今年は雨が多いですか」
 傘の中から声がする。
 知り合いでもない人物に声を掛けられ村の青年――伊助は飛び上がった。
 分厚い雲が空を覆い、普段より不気味な空気の村はずれ。
 山街道へと続く道で突然話しかけられたのだ。驚かない筈が無い。
「あー……」
 恐る恐る様子を伺っていると和傘がくるりとまわり、中から美しい少年が出てくる。
 この辺りでは見ない顔だ。隣の村から来たのだろうか。
 それとも噂の神使という者たちだろうか。
 雨音が傘を打つ音というものは独特の心地よさがある。
 この少年もそれを聞きたかったのだろうかと伊助は思った。

「そうだな。まあ、雨が降らねえと作物が育たないからな」
「でも、鬱陶しでしょう? 雨が降るの」
 何処か遠くを見ている少年に伊助は首を振った。
「俺は雨が降ってるときの音が好きだな」
 その言葉に少年はパッと顔を上げ、水色の瞳を嬉しげに細める。

 ああ――なるほどね。

 伊助は納得した表情で少年の顔を見た。
 この美しい少年は『雨降らし』という妖怪なのだろう。
 雨を連れてやってくる傘を差した少年の話は、村の大人が読み聞かせてくれた御伽噺だ。
 いでたちは普通の子供。けれど、その雨を讃えた瞳は透き通り、まるで美しい宝石の様だという。

「……雨が多いのは、僕が降らしているからなんです」
「へえ。有り難いことだ」
「驚かないんですか? それとも、僕が子供だから世迷い言と思っていますか?」
 伺うような少年の瞳。こうして何度もあしらわれたのだろう。
 可哀想にと伊助は眉を寄せた。少年に近寄って目線を合わせる。
「いいや。信じるさ。お前さんは『雨降らし』だろ?」
 青年の優しい声に雨降らしの少年はこくりと頷いた。
 同時に少年の表情が縋るような色に変わる。
 村の子供が、言い出しにくい事を言うのと同じような、じれったさ。
「どうした? 何かあるのか?」
 山の中に住み、あまり人前に現れない雨降らしが村の傍まで来た理由。
「困った事があるのか?」
「あ、あの……僕じゃどうしようも出来なくて」
 和傘を持った指先が、ぎゅっと握られる。
 今にも泣き出しそうな瞳が、伊助を見つめていた。

「――助けて、ください」

 振り絞られた声。少年の手が伊助の袖を掴む。
 その雨の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
 涙はきっと恐れだ。
 人と妖怪。相容れぬ存在に弱さを曝け出し助けを求める怖さ。
 それでも、願う思いの強さが、制御しきれず溢れて涙となっているのだ。
 伊助は雨降らしの頭をそっと撫でる。
「大丈夫。俺に任せろ」
 子供が泣いて縋るならば、大人の男として助けないわけにはいかないのだから。

 ――――
 ――

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい」
 流れる雨音の中に嗚咽が聞こえる。
 伊助の視界が赤く染まり、耳鳴りが響いていた。
「なあに、お前さんのせいじゃないさ」
「でもっ……」
 真っ赤に染まった手の平で雨降らしの頭を撫でる。

 自分の見立てが甘かっただけの話。
 先遣隊として、少年と山に入った伊助は穢れとなった怨霊に深い傷を負わされた。
「伊助さん……! しっかりしてくださいっ」
「大丈夫。穢れは神使様たちが祓ってくれる」
 後から来るイレギュラーズはきっと強いのだろう。
 じきに追いついてくる怨霊も倒してくれるに違いない。
 けれど今、自分達の力ではどうしようもないのだ。
 二人で死ぬわけにはいかない。せめて雨降らしだけでも生きて返す。
 その思いで伊助は重傷を負いながら、此処まで駆けてきた。
 しかし、それもこの辺りで終わりなのだろう。
 出血と痛みに意識は途切れかけ、何処を歩いているのかも危うい。

「だから、はやく此処から、離れるんだ……、くっ」
「嫌だ。伊助さん怪我してる。このままだと死んじゃう!」
 泣き腫らした瞳が伊助を見つめる。
 まるで青年を守るように雨音がザァザァと強まっていく。

「助けて。誰か。助けて……っ!」

GMコメント

 もみじです。怨霊退治やっちまいましょう!
 相談期間は5日です。さくっと行きましょう。

●目的
 怨霊を退治する

●ロケーション
 雨の森の中。狭い洞窟の前に怨霊が集まっています。
 洞窟の入り口は激しい雨に覆われ、怨霊が近づけないようです。
 足下はぬかるみ、鬱蒼と茂る木々に行く手を阻まれるかもしれませんが、フレーバーなので戦闘には問題ありません。

●敵
○土澱の怨霊×15
 土に染みこんだ穢れが浄化されずに澱んだもの。
 意志という意志は無く、生きるものに憎悪を向けます。
 人間でも妖怪でも関係なく襲って来ます。

 至近~遠距離の神秘攻撃を行ってきます。
 毒属性がつきます。

●NPC
○『雨降らし』雨月(うづき)
 森に暮らしている雨を降らせる妖怪です。
 日照りの多い雨期には人里に現れて雨を降らせてくれる心優しい妖怪。
 洞窟の入り口に豪雨を降らせ、来る者を拒んでいます。
 伊助を守ろうととても必死です。

○『勇敢な青年』伊助(いすけ)
 山間の村に暮らしている青年。
 お人好しで子供に好かれるタイプです。
 卯月を守る為に瀕死の重傷を負ってしまいました。

●ポイント
・戦闘中は問題ありませんが、あまり長引くと伊助の命が危ないです。
・雨降らしは気が立っているので、優しく声を掛けてあげてください。
 そうすれば、洞窟入り口の雨は弱まります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 雨音伝いて完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月30日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
シグレ・ヴァンデリア(p3p006218)
紫灰簾の徒
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
一条 夢心地(p3p008344)
殿
カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾

リプレイ


 さらさらと振り続く雨は何処か重たく。
 曇天の空模様はスモーキィグレイに染まっていた。
 じくりと痛む傷を擦り『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は空の雲を見つめている。
 山の中腹に掛けて雨脚の境界線が在るように見えた。
 普通に歩くよりも進みが遅いのは覚悟の上。
 鬱蒼と茂る木々の合間に見える山。足下は山を登るにつれてぬかるみ険しくなっていくのだから。
 それでも涙雨の助けを求める声はミルヴィの心に届いているから。
 ミルヴィは隣の『新たな可能性』カルウェット コーラス(p3p008549)へ視線を送る。
「うん。まちがってない、おもう」
 カルウェットの声にミルヴィは頷いた。
「みんな! こっちで方向あってるからそれぞれの探し方で急ぐよ!」
「ん。雨月、守りたい気持ち。ボク、わかる」
 ピンクの瞳は純粋に輝いて前を向いている。生まれたばかりのカルウェットにとってこの世界は未知のものばかりだ。それでも、失う怖さを知って守りたいと願う心が灯った。
「だから、お手伝い、するぞ。ボクに出来る、することは、精一杯」
「うん。ありがとね」
 ミルヴィは偉いとカルウェットの頭を撫でる。

 愛馬タシロの蹄に茶色い泥が纏わり付いたのを認めて『殿』一条 夢心地(p3p008344)は「とおっ」と勢い良く飛び降りた。『闇之雲』武器商人(p3p001107)が持ってきたペテロ・ヘイストを口に含めば術式が身体を駆け巡る。これでぬかるみに足を取られる事も無いだろう。
「そのままついて参れ」
 タシロへと向けられた言葉。大人しくパカリパカリと、マゲにタコが出来るほど聞いた蹄(←GM渾身のギャグだぞ)を鳴らしてタシロは夢心地の後を追う。
 賢い馬である。
『\殿! 後ろ! 後ろ!/』
 何処からともなく声が聞こえた。それは森の木霊か或いは天の啓示か。
 カルウェットの直感は夢心地の足下に向けられる。
「あぶない!」
 その声に逸早く動いたのは『星の巫女』小金井・正純(p3p008000)だった。
 夢心地の手を掴み、足下が崩れる前に手繰り寄せる。
 彼の足が離れた瞬間、そこからぬるりと地滑りが始まり木々を浚っていった。
「間一髪って所ですねぇ」
「恐ろしや」
 簡易飛行をしているとはいえ、木々の直撃を受ければそのまま連れて行かれる可能性もある。
 回避するに越したことは無いのだ。
「これだけの雨を降らせるなんて」
 分厚い雲に覆われた空には星なんてありはしない。正純は眉を寄せて肩を落とした。
 雨の妖怪に思う所がない訳でもない。しかし、きっとこの雨は彼の涙なのだろう。
「はやく拭わねばなりませんね。頑張りましょう」
「そうじゃな」

 先行するのは『紫灰簾の徒』シグレ・ヴァンデリア(p3p006218)の雀だ。
 その行く先を守るように『ハニーゴールドの温もり』ポテト=アークライト(p3p000294)の呼び掛けた精霊が風の傘を雀に与えている。
「助けてなんて言われちゃったら、助けない訳にはいかないわよね」
「ああ、雨月も伊助も必ず助けてみんなで帰ろう」
 雨降らしの悲痛な声はポテト達の元に届いていた。
 精霊達や木霊、植物達。雨降らしの恩恵を受けた者達が彼の助けをイレギュラーズに伝えたから。
 ミルヴィやカルウェットの力で大まかな場所の目星はついている。
 後は其処までの道のりが分かれば助けに行けるはず。
「精霊たち。この付近で大雨が降っていて、怨霊がいるところを知らないか?」
 泣いている子を助けたい。その気持ちは精霊たちも同じなのだろう。
 先行するシグレのファミリアを誘導するように導いていく。
 足下を見れば、二人分の足跡も見えた。
「二人とも無事に帰れるよう頑張らないと」
「うん。手遅れになる前に急がないとね……!」
 シグレの声に『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が応える。
 アレクシアもミルヴィや武器商人と同様に傷を負いながらこの場所に立っていた。
 ぬかるみに足を取られぬよう風の術式を纏っているが、風を蹴る時の痛みまでは拭えない。
 雨は服を濡らし身動きすらしにくいような状況で。
 それでも、傷を押してここまできたのだ。
「だってねえ、妖怪からの依頼とは、また珍しい……からねえ」
 口元に袖を当ててヒヒと笑う武器商人。不思議なオーラを纏う彼の影に、そろりと何か小さな手が這ったような錯覚を覚える。幼子の笑い声も何処からか聞こえてくるのは気のせいだろうか。
 怖がる可愛いコの声が聞こえるようだ。
 助かりたい。助けたい。折り重なる慟哭が聞こえるようだ。
 武器商人は三日月の唇で笑う。
「いいとも。それをキミが望むなら!」
 彼の声は森の雨音の中で響いていた。


 ザアザアと激しい雨が降っている。
 滝の如く地面を打つ音は誰も寄せ付けない意志を感じられた。
 洞窟の前には黒靄が澱んでいる。
 ポテトはハニーゴールドの瞳で精霊を見つめ頷いた。此処に自分達が来たことを知らせるため。
 精霊がするりと抜けていけるよう、シグレは雀を怨霊たちの前へ繰る。
 怨霊は生きているものに反応する。ならば、この雀にだって惹かれるはずなのだ。
 雀の飛来に黒靄がぶるぶる震え、空気が変わった。
 怨霊の放つ憎悪が雀の目の前を駆ける。ギリギリの回避。
「っ……!」
 これ以上はファミリアの命が危ないと、シグレは契約を放棄する。
 彼女の機転は功を奏し、ポテトの声を聞き入れた精霊は洞窟の中へ入り込むことができた。
 シグレは肩を撫で下ろす。けれど、これで終わりではない。ここからが、勝負なのだ。
 眼鏡の奥。タンザナイトの瞳は輝きを宿し戦場を見据える。

「助けにきたよ!」
 アレクシアの声が戦場に響いた。
 暗く色を無くした灰の空間に、アレクシアの蒼穹が煌めく。
 赤き術式は彼女が地面を蹴る度に広がり、大輪の花を咲かせた。
 先制の一閃。穿たれた黒靄の怒りはアレクシアに向く。
 足下から這い寄る靄は少女の皮膚を這い、全身を覆うように、首を締め付けるように群がった。
「は……っ」
「穢れの澱かァ、嗚呼、不味そう」
 アレクシアに群がろうと蠢く怨霊を武器商人の声が浚う。
 言葉は通じねど声色や視線は侮辱を表現できるのだ。
「言っちゃえば出涸らしに等しいじゃないかこんなの。食ったとしても何の腹の足しにもならなさそう」
 ニヤニヤと嫌らしく侮蔑を込めた唇は、怨霊の怒りを引き出すのに効果的であった。
 純粋な敵意よりも見下された視線の方がより感情が昂ぶる。

 武器商人とアレクシアの引き寄せから漏れた敵にミルヴィは飛び込んだ。
 輝く双刀を手に戦場を舞うミルヴィの姿は美しく優雅。
 褐色の肌に雨の雫が伝う。
 地面に着いた手としなやかに持ち上がる脚。
 開かれた脚の嫋やかさとは裏腹に、打つかる衝撃は計り知れない。
 ミルヴィは怨霊の気を引く為にわざと衣装をはためかせる。
「ほおら、おいでよ」
 形の良い唇は誘うように開かれた。
「ボクたちは、ちゃんと強いぞ」
「ああ、そうだよ!」
 ミルヴィの後ろからカルウェットが躍り出る。
 一人だけに齎される負担を分散させれば、それだけ道が開ける可能性が上がるということ。
 戦う事すら知らなかった、生まれたばかりカルウェットにだってそれは分かっている。
 だから、どうか。
「安心、して、守るを交代、するとよい」
 豪雨の護りに届かないかもしれない。けれど、カルウェットは怨霊の向こう側、洞窟へ向かって言葉を放つのだ。
 正純は残る敵へと視線を上げる。
 洞窟の前に群がっている黒靄目がけて神経を研ぎ澄ませた。
 地面に足裏を着け弓を構える。緩やかに弓を持ち上げ角度を下ろし引き結んだ。
 弓を押す力と引く力。均等に張られる弦の軋みが雨の音にかき消される。
 されど、離れた矢と共に打たれる弦音は心地よい音色を戦場に響かせた。
 一直線に奔る矢は天狼星の輝きを帯びて怨霊へと飛来する。
「生きるものを憎む? 穢れが溜まればそうなるのも必定」
 可哀想などと言うべくもない。此処で払わねば山が枯れる。捨て置くことなど出来はしない。
 それが星詠みの巫女としての務めであるのだから。

 ――――
 ――

 仲間が開いてくれた道をポテトと夢心地が走る。
「雨月、遅くなって済まない。伊助の状況は聞いている」
 豪雨の封印の前ポテトが中に居るであろう雨月に語りかけた。
「私たちも伊助を失いたくない。怨霊たちは仲間が抑えてくれる」
 だから、怖くないのだと。癒やすためにきたのだと声を張り上げる。
「お願いだ、どうか中に入れてくれ……!」
 されど、雨音にかき消されて中まで声が届かないのだろう。ポテトは眉を寄せ、隣の夢心地を見遣る。
 優雅な所作で頷いた夢心地は雨に濡れた髪を整えながら息を吸い込んだ。
 水も滴る良い男となった彼に突然話しかけられては雨降らしも緊張するだろう。それは仕方の無いことである。そこで夢心地は秘策を考え出した。届かぬならば届く程の声で叫べばいいのだ。
 そこに難しい言葉など要らない。伝えるべくは。助けにきたということだけ。

「伊助に会いたいのじゃが! ……いーっすけ!?」

 戦場に夢心地の声が響き渡る。
 \駄目だこりゃ!/
 タシロは――そんなこと言わない。
 ともあれ夢心地の声は入り口を閉ざしていた豪雨を緩める事に成功した。
 泣いた子を落ち着かせる為には、衝撃も必要だろう。
 雨を抜けて洞窟の中に入れば、ぱちくりと泣き腫らした目をポテトと夢心地に向ける雨月が居た。
「捧腹絶倒ギャグは気に入ってくれたかのう?」
「ぁ……」
 夢心地とポテトの姿を見、声を聞いて。雨月はようやく助けが来たのだと理解した。
 途端にボロボロと目尻から涙が零れ落ちる。
「良く伊助を守ったな」
「たすけて」
 ポテトは雨月の懇願に大丈夫だと頷いた。
 彼女の周りに光の若葉が芽吹き出す。それはゆるりと伸びて花を咲かせ、癒やしの息吹を溢れさせた。
 ポテトの回復はみるみると伊助の傷を塞いでいく。
「はっ、ぁ」
「伊助……!」
 飛びついた雨月の頭を撫でて、伊助はポテトと夢心地に視線を向けた。
「神使様」
「伊助、雨月を守ってくれて有難うな」
 突然の礼に伊助は目を丸くする。
「お礼を言うのはこちらですよ。助けにきてくれて、ありがとうございます」
 はっきりとしゃべれる程まで回復した伊助にポテトは微笑んだ。
 カバンから取り出した豚汁を持たせ、ポテトと夢心地は踵を返す。
「それを食べて大人しく待っておるのじゃ」
 人間の身体は外見から分からない部分で損害を負っている場合があるのだと夢心地は伝う。
「一見何でも無いように見えても。実は大変な状態になっている……なんてことも珍しくはないからの」
 だから、此処からの戦闘は何が何でも短期決戦。
 ぐっと刀の柄を握り夢心地は戦場に走り出した。


 戦場は湿気を多分に含んだ黒い霧で覆われる。
 シグレは戦場を見渡し眉を寄せた。
 ポテトと夢心地が洞窟の中から出てきたということは、ひとまず伊助の命は大丈夫なのだろう。
 されど、油断はならないという事は理解出来た。
 応急処置的に傷を塞いでも身体の中では毒が回っているかもしれない。
 シグレは武器商人へと群がる悪霊どもに向けて走り込む。
 腐り落ちた茨の檻。ぬかるんだ地面を割って悪意と悦楽の死滅結界が顕現した。
「ヒヒ、これはすごいね」
 シグレの檻の中に囚われた武器商人は口元を隠しながら含んだ笑いを見せる。
 地面から突き出した呪いの棘は彼を避けて、怨霊のみを捕え花の糧とする。
 シグレのラヴィアンローズは黒靄の血を啜り。雫伝う黒き薔薇を咲かせた。
「っ……」
 大きな対価の代償はシグレの生命力。
 軋む身体に息を吐いて、それでもシグレは視線を下げたりはしない。
「では、我たちもがんばろうかナ、ねえ?」
 武器商人の影からゆるりと何かが這い出す。
「可愛い"このコ"たちは何でも好き嫌いなく食べるからね」
 小さな無数の手がザワザワと広がっていた。
 黒い靄よ黒い影がゆるり舞うように回り出す。
「頼政の弓矢を持たぬキミらじゃ、射掛けた矢も折れるばかり」
 黒い塊は混ざり合い。怨嗟の悲鳴と子供の笑い声が戦場に響けば、骨の折れる音が木霊した。
「さぁさ、トラツグミの声を聞きながら」
 肉を食み。骨を貪って。嚥下する音は不気味。
「ヒヒヒヒヒ!!」
 重なるは武器商人の嗤い声。楽しげ嬉しげに揺れる。

「ヘラオス! ちゃんとそこで待っててね」
 自身の幻獣へ声を掛けてミルヴィは怨霊へと向き直った。
 数は減ってきてはいるが、油断は出来ないだろう。
 チリリと怨霊が動く。それは僅かばかりの差異だったのかもしれない。
 けれど、ミルヴィの赤い瞳はそれを逃さなかった。
「洞窟に行くつもり?」
 黒い靄が移動するより先に、ミルヴィはその身体を割り込ませる。
「この先には絶対行かせない!」
 洞窟の中には重傷を負った伊助と雨月が居るのだ。死ななくて良い命が其処にあるのだ。
 そして、それを救える力がミルヴィにはある。
「そんなの、全力で行くしかないでしょ!」
 黒い靄に取り付いて、離さないミルヴィの猛攻。
 曲刀は怨霊に隙を与えず、じりじりと確実に切り刻んでいく。

「伊助、死にそう? ……そんなことない。ボクら、助ける」
 カルウェットの声は洞窟の中の雨月に届いて居た。
 助けるから。だから泣かなくて良い。雨を零さなくていいのだと懸命に語りかける。
 怨霊の攻撃も痛くなんてない。こうして自分が耐えることで仲間が攻撃をしてくれるのだ。
「落ち着いたら、お話、しようね。雨月は、守る心強い、知ってるから。
 きっと、ボク、雨月、好き。なる、できる」
 カルウェットはピンクの瞳を細め微笑む。未来への約束を懸命に紡ぐのだ。


 曇天の雲の隙間から、陽光が差し込む。
 洞窟の入り口に滴る雫が煌めいて落ちていった。
 戦場に立ちこめた黒い靄は祓われ、跡形も無く消えていた。
 イレギュラーズは勝ったのだ。

「よく耐えました、よく我慢しました」
 雨月の頭を撫でて正純は微笑む。
「貴方の雨が、涙が、彼を救ったのです」
 雨を降らせる事しか出来ないと嘆いた雨降らしが。その雨で伊助を守る事ができた。
 目に涙を一杯に溜めた雨月が正純の言葉に眉を下げる。ぽろりと零れる雫を正純は指先で掬い上げた。
「誇っても、いいと思いますよ」
「うぅ」
「……誰かの役に立つって、難しいよね」
 アレクシアは雨月の肩を抱く。雨降らしの力は戦いには不向きであろう。
 けれど、誰かの役に立つということは、戦うことだけではない。
 日照り続く村を救った事があっただろう。村人の笑顔と感謝を受けただろう。
「あの村には御伽噺が伝わっていた」
 それは、伊助が雨降らしを無害な妖怪だとすぐに信じられるぐらい優しいもの。
 雨降らしが築いてきた信頼の証。多くを助けたしるし。
「だからさ、もっと自分に自信を持ってよ。誰かを笑顔にできる力なんて、羨ましいくらいなんだから!」
 アレクシアの言葉にポテトが頷く。雨は恵みにも災いにもなる。
「雨月の雨は伊助を助ける恵みの雨だった。良く頑張ったな」
「本当によく頑張ったネ……後は任せて」
 気が抜けてふらつく雨月を支えるミルヴィ。
 イレギュラーズなら安心して任せられると思ったのだろう。

 雨月と伊助を乗せた、タシロとヘラオスの足音が木々の中に響く。
「うむ、雨も上がり良いお天気じゃ!」
 夢心地の声に空を見上げれば。スイカ日より――葉っぱの隙間から覗く青は煌めいているのだ。
 帰ったら、秒速で食ってやれ。

成否

成功

MVP

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾

状態異常

カルウェット コーラス(p3p008549)[重傷]
旅の果てに、銀の盾

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 小さな身体を精一杯張った貴方にMVPをお送りします。
 またのご参加おまちしております。

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