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シナリオ詳細

化け物鯉退治

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ひらり、ひらり。
 腕を伸ばした幼子が、風に踊る揚羽蝶を追いかけていく。その姿を目の端で追う父親が、釣り糸を垂れているのは大きくて黒い沼だ。
「おーい、お里。それ以上沼に近寄ると、化け物鯉の食われちまうぞ」
 沼には古くから伝わる迷信があった。
 その昔、この沼には人々を襲って喰らう化け物鯉が住み着いていた。ある日、沼の縁で鮒を獲っていた村のこどもたちが化け物鯉に襲われそうになったところを、鬼若丸という鬼人の子がその背にまたがって短刀で刺したという。以降、化け物鯉は姿を見せなくなり、人々も襲われることはなくなったのだが、化け物鯉はまだ生きており、沼の底で密かに復讐の時をうかがっているという。
 父親は作り話だと思っている。こどもたちが底のしれない沼で泳がないよう、怖がらせるための作り話だと。
 現に娘は沼の手前で足を止めると、恐怖に引きつる幼顔を父親に振り向けた。
 ひらり、ひらり。
 娘に追われていた揚羽蝶が、黒く薙いだ沼の上を飛んでいく。
 それでいい、こっちへおいで。そう父親が娘を手招きした瞬間、沼が音もなく、山のように膨れ上がった。
 泡が弾けるように盛り上がった沼の表面が割れ、かっぱりと開いた筒のような口が天に向けて伸びあがる。
「お里!!」
 次の瞬間、揚羽蝶が消えた。
 黒々とした波が腐臭とともに沼の縁に押し寄せ、父親が伸ばした腕のすぐ先で幼子を飲みこむ。
「お里ーっ!!」
 黒い波はあたかも意思を持つ生き物のように、幼子を飲みこんだまま、恐るべきスピードで沼に引き戻った。


 イレギュラーズたちがその村に立ち寄ったのは偶然だった。分岐路で、都に戻る道を間違えてしまったのだ。
 イレギュラーズたちはすぐに、村全体がが暗く沈んでいることに気づいた。道ですれ違うのが、やせ細った老人や女、子供だけということにも。
 不審に思って、たらいで小さな芋を洗っていた老婆に声をかけてみると、村の男たちは近くの沼に現れた化け物鯉を退治しようとして逆に食い殺されてしまったこと知った。
「この辺りの土地は痩せていてのぅ。ろくに作物が育たんのじゃ。わしらは沼で鮒や鯉を釣って生きて来た……化け物鯉が蘇るまでは」
 このままではみな飢え死にしてしまう。老婆はやせ細った肩を震わせて、タライに涙を落とした。
 道を間違えてしまったのは、何かのお導きだったのかもしれない。
 村で一夜の宿を借りうけたイレギュラーズは、その礼にと化け物鯉退治を引き受けた。

GMコメント

●依頼内容
・化け物鯉の撃破

●日時
・昼
・とある村のはずれにある大沼。
 底なし沼とも呼ばれている。水は黒く濁っており、ぬかるんでいる。

●敵 野鯉の化け物
 以下、お里の父親(すでに鯉に食われている)から話を聞いた村長の言。
 ・体長は4メートル以上
 ・真っ黒
 ・ナマズのような立派なヒゲ

 以下、命からがら逃げ帰って来た村の男(すでに死亡)から話を聞いた村長の言。
 ・なぜか鋭い歯があった。
 ・沼の水を意のままに操る。
 ・ヒレを足のように使って、体を半分沼の外に出すことができる。
 ・背中に短刀が刺さっていた。

●その他
 沼に小船の類はありません。
 沼の中は極端に視界が悪くなっています。


よろしければご参加ください。
お待ちしております。

  • 化け物鯉退治完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月26日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)
救いの翼
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
桐神 きり(p3p007718)
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)
通りすがりの外法使い
白鷺 奏(p3p008740)
声なき傭兵
鐵 祈乃(p3p008762)
穢奈

リプレイ


 ありったけの声を振り絞ってクマゼミが鳴いている。
 『声なき傭兵』白鷺 奏(p3p008740)は額に手を当てて雲一つない晴天を仰いだ。日が昇ったばかりだというのに、今日も暑くなりそうだ。
 奏は軽く眉を寄せてぬぐいでうなじを押さえると、足を止めて仲間を待った。
 『狐です』長月・イナリ(p3p008096)たちが、暑い、暑いと口々にこぼしながらやってくる。「昼までに化け物鯉を片づけましょう。沼の周りには日差しを遮ってくれるものなんてないでしょうしね」
 道に迷った末に入り込んだ村で、イナリたち八人のイレギュラーズは一夜の宿を借りた。今朝はその礼にと、村の男たちを食い殺した化け物鯉を退治しに沼へ向かっているところだ。
 鯉の化け物なぁ、残念そうな口ぶりで『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)が零す。
 化け物鯉の体は墨のように真っ黒。沼も真っ黒。
 村の外れまで見送ってくれた村長にそう聞かされて、鯉のぼりのようなファンシーな生き物ものを想像していたカイトは、少しがっかりしたようだ。
「……ま、俺らに見つかったのがきっと『運のつき』って奴なんだろーよ?」
 『救いの翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)は顔の横で翼を振って、圧を持った熱を払った。が、払っても、払っても、熱は体を包み込む。
「もう少し早く村に来られれば良かった。働き盛りの男たちがいなくなる前に」
「まったくだ。このままじゃあの村は……。これ以上もう犠牲者が出ないように、俺たちでなんとかしないとね」
 『鏡の誓い』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)は、むっとするような草いきれに息苦しさを感じながら、足を早めた。
 桐神 きり(p3p007718)も足を早めた。ドゥーと肩を並べる。
「ええ。さすがにあんな状態の村を放置したら寝覚めが悪すぎますしね……」
 きりは老婆から話を聴いた時から、村を助けると決めていた。困っている人たちを見捨てることなんてできない性分なのだ。そこに功名心がないとは言い切れないが。
「それに、伝承に残るほどの鯉っていうのも気になりますしねー」
 それホントに鯉ナノ、と『通りすがりの外法使い』ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)がきりの言葉を受ける。
「まぁ、なんであれ好きにさせれば村の存亡に関わる……。ここで余らが確実に倒さねば、食われた者たちも浮かばれないよネ」
 両手で頬を軽く叩いて気合を注入するヨルの横で、『穢奈』鐵 祈乃(p3p008762)はひくひくと鼻をひくつかせた。
 くさい……。
 ヨルと顔を見合わせる。他の仲間たちも異臭に気づいたようだ。
 村長は臭いについて特に何も言っていなかった。村人たちにとって沼が臭うのは当たりのことなのか、それも化け物鯉が活発に動き出したが故に沼が臭いだしたのか。
 祈乃はなるべく口で呼吸をするようにした。戦いになれば臭いも気にならなくなるだろうが、いまはダメだ。なるべく嗅ぎたくない。口の開きを最小限に留めてしゃべる。
「ばってん、伝説の化物鯉、本当におったんやね。あたしは子供に言い聞かせる方言ち思っとったたい」
 すっと視界が開けて、イレギュラーズの目の前に、見ただけで気持ちが悪くなりそうな沼が現れた。
 タールをどろりと流したような真っ黒い水面から、腐肉のような凄まじい臭いが発している。沼全体が、腐った肉汁で満たされているかのようだ。そういえば、いつの間にか蝉の声も止んでいた。
「化物鯉が本当におったんなら、鬼若丸もおったちことやね」
 奏が真面目な顔でこくりと頷いて同意の意を示す。
 伝承の人物なれば、もう生きてはいないだろう。それでも、伝承が真実であったことに若干興奮する。
 ただ……。
「鬼若丸がここで化け物鯉と戦うた時は、沼もこげん黒うなかったっちゃろう」
 ぐんぐん上がっていく気温と悪臭。不気味に静まる沼。
 戦いを前に、イレギュラーズは早くもうんざりしていた。


「とっとと始めようか」
 カイトはレーダー能力を発動させて、沼の周囲を調べ始めた。過去はともかくここで何らかの一般的な能力が使われたことはないようだ。
 化け物鯉が沼の外に体を乗り出したときの距離を計算して、カイトは沼から少し離れた場所で待機することにした。
 ミューイが沼に近づく。
「普通の沼なら深くても五メートル程度だけど、さすがにもっと深そうだね。ぜんぜん水の中が見えないけど」
 化け物鯉は大人か縦に二人寝転がったよりも長い、と村長は言っていた。四メートル近く、いや体長はそれ以上ある可能性がある。それだけの大きさがある鯉が潜むには、最低でも十メートルぐらいの深さはあるだろう。
 ミニュイは翼を広げて空へあがった。
 村の男衆を瞬く間に食い尽くしたことからしても、化け物鯉はかなり腹をすかしているに違いない。沼の底で眠るヤツの上を飛んで、自分たちの存在に気づかせる。
(「広さもそれなりにある……周りは竹やぶ。翼を休める木はないか」)
 気を取り直して沼の上をゆっくりと旋回する。
 沼のほとりに苔の生えた杭をみつけた。ずっと昔、沼に舟を浮かべていた頃があったのだろう。小型船を置くならあそこがよさそうだ。繋いでおけば、化け物鯉に波を起こされても流されることはない。
 小型船を杭につなぐと、ミニュイはまた空へ上がった。
 化け物鯉を水面近くまでおびき寄せられたなら、あとは沼辺で音を立てれば自分から顔を出すはずだ。そのまま沼の外へおびき出し、まな板の上の魚よろしく捌いてやる。羊のムーさんを模した、かわいらしいまな板の上で。
 おとり役を買って出たイナリは体の周りに破邪の結界を張った。
 投げ込むのに手ごろな大きさの石を手に取り、風が吹くたびにふるふると寒天のように揺れる黒い水の際まで進む。ミニュイの影が過ぎていく下で救い上げるように腕を振り、石を沼に投げ込んだ。
「念のため、私の影を沼に入れておきましょう」
 十分距離を取ってから、沼に脛まで漬かった幻影を作り出す。石が起こした波紋と音を、幻影が立てたと思い込んでくれたなら――。
 沼の水がぬっと盛り上がり、黒い山を作った。
「きたぞ!」
 カイトは糸を引きながら弾ける黒い山へ、鮮やかな虹の尾を引く小さな流星を飛ばした。
 腹周りがドラム缶より一回りほど大きな鯉が、黒い王冠の中から星屑を零しながら頭を上げ、口を開けてイナリの影とその後ろにいた本体を飲みこもうとする。
「はぁ、実際に見ると大きかね」
 祈乃は巨大な鬼の拳を固めると、挨拶の代わりに化け物鯉のエラを叩いた。僅かに口が横へ逸れる。
「イナリ殿、この隙に!」
 ヨルが死霊の矢を飛ばして化け物鯉を怯ませている間に、大黒天をその身に降ろしたイナリは、黒霧を纏う怒りの化身に覚醒していた。
「残念だけど、私、あなたの餌になりにきたんじゃないの!」
 イナリは四つの禍を持たせた黒霧の腕で、大きく開いた化け物の口を押さえた。ふくよかな顔で知られる大黒天は、もとはと言えば三面六管の戦闘神なのである。
 神託者たるドゥーが杖を掲げ、沼で命を落とした村人の魂とともに厳かな声で絶望の未来を告げる。
「次にその口が食むのは、人々の怨み辛みを固めた苦い死だ」
 ――それはいま俺たちがもたらす。
 ドゥーは霊が滲ませた悪意の楔を化け物鯉の喉奥へ打ち込んだ。
 冥王の外骨格で覆われたカイトの掌から、コキュトスの氷が吹雪く。
「沼は沼でも人食い鯉に相応しいのはコキュトスの沼――落ちろ」
 巨大な口を地獄の門よろしく開いたまま、化け物鯉が一瞬凍りついた。
 冥府のグロテスクなオブジェの前で、奏が銃剣の刃を煌めかせながら死のステップを地に刻む。
 固く結ばれた唇に、死すべき定めのものへ送る言葉はない。乾いた土の上に淡く青い残像を曳きながら、踊る影を刻々と消しては鯉の口にそって並ぶ歯を粛々と壊していく。
 ヨルは再び復讐の書の上に手をかざした。
「さーて、あのデカイのを完全に沼から引き摺り出さないとね。鬼若丸殿の短刀もまだ拝めていないし」
 なにより水中に引っ込まれでもしたら手が出せなくなる。
「ここはひとつ、古傷を探り当てて抉ってやるとしますか」
 書から解き放たれた悪意が、痛みに耐えかねて暴れ出した化け物鯉の体をまさぐり、遥か昔につけられた古傷を探り当てた。
 ドゥーも悪意の長い手を化け物鯉へ伸ばす。
 化け物鯉は立派な髭をぶるぶると震わせた。ぎょろりとした目玉を二度、三度と昏く瞬かせる。両のヒレで地を踏みつけて、大きく体を曲げた。
 尾びれが沼の水を持ち上げて、落とす。
 粘度の高い黒い水がイレギュラーズ目掛けて押し寄せてきた。
「OK、やっと私の出番ですね! 沼の水ごと陸揚げしますよー」
 きりは化け物鯉の顎が下ったところを見計らって、横から汚水を押し流すビックウェーブを起こした。黒と青がぶつかり、まじりあい、高く厚い壁を作って化け物鯉を押し流す。
 が、化け物鯉はまさしく土俵際で意地を示した。
 ヒレを沼の縁にかけて、一旦は空に浮いた巨体を黒い水の中へ戻す。
「……残念。飛び出しませんでしたか」
 どんぶ、と音がして、巨大な黒い水柱がゆっくりと立ち上がった。天高く昇る太陽の底に先端が触れる。
 太陽の熱に溶かされたかのように、黒い水柱がものすごい速さで崩れ始めた。
  ドゥーが叫ぶ。
「離れて!」
 すぐに沼に背を向けて走り出した。そのすぐ後ろを、黒い水が土を削り取りながら追いかけてくる。
 青い波動のお返しは黒い波動というわけか。
 黒い水は沼の縁にいた、イナリ、奏、きり、祈乃の四人をあっという間に飲みこんだ。

● 
 まるでゼリー、いや、柔らかくなった飴の中を切り進んでいるようだ。しかも視界ゼロ。音も聞こえず、呼吸もできない。どちらが上でどちらが下なのかすらわからない。
 奏は恐怖を押さえつけ、あえて手足を動かさずにいた。
 じっと待っていると、右手に何かが当たった。そのまま動かずにいると、また右手に何か当たった。今度はぐっと、手を握りしめられる。
 とたん、頭の中に『私、きりです。奏さん?』という文字が浮かんだ。
 返事の代わりに強く手を握り返えすと、文字が消えた。とても不思議な感覚だ。こんなコミュニケーションのしかたを今まで体験したことがない。
 つづいて左手に何かしなやかで柔らかいものが触れた。こちらはもしや、イナリの尻尾? すいっと逃げて行ったところをみると、自力で泳いで沼面を目指したのかもしれない。
 また頭の中に文字が浮かぶ。
『そのまま動かないでください。では、祈乃さん。お願いします』
 次の瞬間、足の下から大きな手にぐいっと押し上げられた。
 イナリ、そして奏ときり。少し遅れて祈乃が黒い沼面に頭をだす。
「これに乗って!」
 ミニュイは小型船の縄を解くと、四人の方へ押し出した。すぐに飛び立ち、盛り上がり始めた沼面へ向かう。
「食い意地を張るのも大概にしな!」
 口をあけながら再び水面を飛び出した化け物鯉の頭めがけて急降下、強烈な足蹴りを入れた。鋭い爪で無数のひっかき傷をつける。
 それでも黒水を吸い込み続ける口を閉じさせようと、鯉の左右からヨルとドゥーが悪意の手を伸ばす。
「頑張って口を開けても、小型船を丸飲みすることなんてできないのに」
「ほんとうに。バカ鯉だネ」
 化け物鯉は左右から悪意を叩きつけられて口を閉じた。
「その黒い水、封じさせてもらうぜ」
 走って戻ってくるきりたちを横目に、カイトが封印を飛ばす。
「下準備が丹念に行われてる程料理はしやすい、ってモンだ。ぬめりは丹念に取り除かねぇとな」
 イナリは再び大黒天を降ろした。
「ひどい目にあったわ。どうせ泳ぐならもっと綺麗なところがよかった……。沼の水を汚しているのは間違いなくコイツよ。早く出しましょう」
 黒い霧で化け物鯉の目を覆い、苛立たせる。
 化け物鯉は、身をくねらせてもがきながら、沼から這い出てきた。
 先ほどのお返し、と胸に『傭兵王の遺訓』をよみがえらせた奏が、化け物鯉の顔を強烈に張った。小気味よい音が湖面で跳ねて竹林に吸い込まれる。
「そっち、飛ばすよ。どいて、どいて!!」
 きりが気合一発、横手から青い波動を放った。
 ざんぶと波を起こして黒い巨体が陸にあがる。
 ミニュイは上から化け物鯉の後ろに回り込むと、あわてて跳ね戻ろうとする尾に鋭利な羽を刺した。
「短剣を見つけた! 丁度、体の真ん中に刺さっている」
「余が攻撃する」
 ヨルは背中に刺さった短刀を避雷針に見立てると、天より雷を落とした。
 体を痺れさせた化け物鯉をドゥーが放った虚無のオーラが包み込む。
「いまのは……表面的だったね。体の中まで雷が入って行ってない。柄がちらっと見えただけだけど、刃の素材は金属じゃなさそうだ」
 観察していて気づいたことを仲間と共有した。
「金属やなかと? やとしたら、あの短刀で化物鯉ばどうやって大人しくさせたんやろうね」
「抜いてみればわかるんじゃない?」と、みんなの傷を癒しながらきりが祈乃に言った。
「それもそうじゃね」
 祈乃は、たったった、と化け物鯉に駆け寄ると、少し浮き上がっている顎の下に爪先を差し込むと、思いっきり蹴り上げた。
 転がった巨体に飛びあがり、短刀を探す。
「あった、あった。あの短刀ば抜いて、ご供養して、この土地のお守りにしたらよかよね」
 ミニュイも背に降りてきて、一緒に短刀の柄に手をかけた。よいしょ、と息を合わせて引き抜こうとするが、なかなか抜けない。
 暴れ出した鯉をカイトが凍らせる。
「ヒトをその腹に納めちまったことを後悔しながら――考えれなくなるほどに、苦しんで、死んで貰うぜ」
 イナリは布都御魂剣からは雷を、天叢雲剣から炎を吹きあがらせた。
「今までどれほどたくさんの人を食べてきたのかしらね? まぁ、どうでもいいわ、今度は貴方が食べられる時が来ただけよ!」
 二振りの神刀を乱れ打ちし、黒い鱗を剥いでいく。
「抜けた!!」
 短刀を手にした祈乃が、ミニュイに抱きかかえられて背から離れた。
「でも折れちゃった!」
 刃先を残したままの傷から血が流れだし、黒い体を洗い落ちていく。下から現れ出たのは、黄金色に輝く体だった。
「あら、キレイ……」
 化け物鯉は最後の力を振り絞り、黒い水を滝のごとく立ち上がらせた。まだらに呪いが剥げた体で登っていく。
「これは見事な鯉の滝登りだ。いいものを見せてもらった。けど、逃がさないよ」
 ヨルとドゥーが同時に攻撃を放つと、化け物鯉はずるずると体を落とした。
 空を裂いて雷が落ちる中、奏が鯉の背を駆けあがる。全身に天中の陽を浴びて、銃剣の分厚い刃を短刀が抜けた穴に差し込んだ。背を切り開きながら滑り下りていく。
 ミニュイがムーさん印のまな板を目の前にかざすと、化け物鯉は観念したように大人しくなった。
「これぞまさしく『まな板の上の鯉』ね」
 あとは捌くだけ。
 イレギュラーズ全員でトドメを刺した。


「急流の滝を登りきる鯉は、登竜門をくぐり、天まで昇って龍になる……あの髭、体も黒いし、てっきり鯰と鯉の混じりものだと思っていたわ」
 イナリは沼の周りに水穂国の実を巻いた。
 化け物鯉がいなくなった沼の水は、すっかりきれいになった。さすがに底まで見えるほどではないが、それなりに澄んでいる。もう嫌な臭いもしていない。今はやせていても、そう遠からず沢山の実りをもたらす豊かな土地になってくれるだろう。
 ミニュイは鯉の頭を持ち上げた。きちんと倒したことをわかってもらうために、むせに持って帰るのだ。
 だが、この黄金に輝く頭を見て、これが人食いの黒鯉だと思ってもらえるかどうか……。
 身を切り分けていたカイトが、刃物を握る手を止めて顔をあげる。
「ま、よかったじゃねえか。流石に化け物を喰う気にはならねぇが、このキレイな……主の体なら、然るべき『料理』をして食べようって気になるもんだ」
 化け物鯉に食われて命を落とした人たちの供養も兼ねて、村のみんなで食べてもらう。初めから決めていたことに、主の供養と言う意味合いも加わった。
 鬼若丸の短刀を手に祈乃が言う。
「もともと、こん鯉はこん沼ん主やったんばい。それがなして化け物になってしもうたんか。伝承ん裏には何か曰くがあるに違いなか」
「そいえば、背中にあった短刀は何だったんでしょうかね?」
 きりは祈乃の手元を覗き込こんだ。刀身は白い。折れた刃の断面を見ると、うっすらと黄色みかかっている。
「……ハンコ……象牙? でも、素材が骨なら電気を通しそうなものですけど」
 あ、と声をあげる間もなく短刀にヒビが入り、粉々になってしまった。
「なんで……」 
 わからない、と奏が首を横にふる。
 ただ、この沼で二度と悲しい出来事は起こらないだろう。
 奏は鯉の背中から残りの刃先を取りだすと、沼へ投げ捨てた。
 広がる波紋に柏手をうちながら、ドゥーとヨルが沼で命を落とした人々の魂に呼びかける。
「あなた達が教えてくれたことが俺達を助けてくれた。本当にありがとう」
「来るのが遅くなって本当にすまない。キミ達の仇は取った……安らかに眠りについて……」
 ひらり、ひらり。
 一羽の揚羽蝶が沼の上を踊るように飛んで行く。吹く風の中に、愛らしい笑い声が聞こえたような気がした。
「村に帰ろう。皆、腹ば空かせとるやろうしね」

成否

成功

MVP

長月・イナリ(p3p008096)
狐です

状態異常

なし

あとがき

化け物鯉の退治に成功、沼は元の姿を取り戻しました。
いや、以前よりずっと状態がよくなって、村の人々には大変感謝されています。
実りの秋を迎える頃には、冬を越す食料に困らなくなっているでしょう。
お疲れさまでした。

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