PandoraPartyProject

シナリオ詳細

明日を見たかった

完了

参加者 : 6 人

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オープニング

●問答
 苦しんででも生かす事は、正しいのでしょうか?

●解は何処に
 毒を流した。
 井戸に一滴、飲めば死に至る猛毒を。
 毒を流した。
 であれば当然皆死に至る。小さな集落であればこそ水源は限られ、皆ソレを飲む。
 喉を潤す為に、毒と知らず。
 私は、毒を流したのだ。

「なんという事を――なんという事をしたのだ――」

 教会。十字の像在りしその下で、影は二つ。
 一つは神父。口を震わせ驚愕に顔の色を染めて。
 一つは騎士。口を真一文字に硬き表情を携えて。
 嘆く。
 神父は嘆く。よもや目の前の騎士が、まさか……
「神父様――お別れの時です、お世話になりました」
 皆を、殺すとは。
 もはや集落に生きたモノはおらぬ。ここにいる二人以外は全て死者。物言わぬ骸。
 馬鹿な――何故――どうして――様々な思考が高速に。しかし、至るべき結論は。
「これは、不正義であるぞ」
「承知しております」
「承知しておきながらなぜ成したか!」
 激怒の感情。

 天義とは正義の国である。
 善き事をせよ。
 善きであれ。
 不正義を成すな。
 悪に染まらず清く生きよ――

 それらに反する大罪である。誰の目から見ても明らかな――
「しかし神父様。成せねばただ只管に苦しみが続くだけでした。あの、嘆きの彼方にあった病人たちは」
 騎士は言う。集落に住まう者達は限界であったと。
 少し前……この集落は複数の魔物に襲われた。それは決して大規模な襲撃と言う訳では無く、農作業用の鍬や斧で撃退できる程度の勢いであった。結果として負傷者は出たが重傷者という程の者は出ず、後に件の治癒を行うための神父と警護の騎士一名が派遣され村の様子を暫く見るに留まった。
 事態が急変したのは数日後だ。魔物と戦い負傷した者達が苦しみ出したのだ。
 結論を先に言おう。毒である。
 魔物は遅効性の毒を持っていたのだ。巡るのが遅いが、一度症状が出始めれば猛毒であり数時間から半日程地獄の苦しみを得た後に――発狂する様に皆死んだ。そしてそれは感染するのか、やがて負傷していなかった者達にも出始めて……
 神父は懸命に治癒術を行使したが、それは苦しみを長引かせるに過ぎなかった。
「神父様――苦しんででも生かす事は、正しいのでしょうか?」
 騎士は言う。集落に住まう者達は限界であったと。
 それは慈悲だったのか? 有効な薬が何かは分からず、治癒魔法ではどうにもならぬ猛毒。近くの街に助けを求めるにも、この集落は僻地であり……毒の事が分かる者が来ても、調べている間に手遅れになる可能性しかなかった。
 もう皆、苦しみだしていたのだから。発症してしまって、いたのだから。
「馬鹿な。それでも、やるなら私がやるべきだったのだ……」
 神父は項垂れる。騎士の言葉に――上手い諭しを述べる事が出来なかった。
 正しかったのか? 間違っていたのか?
 もしかすれば抗体を上手く得た者がいたかもしれない。
 もしかすれば奇跡的に助かる者がいたかもしれない。
 未来は決して分からぬ。しかし騎士は殺したのだ。全てを等しく、全てを自らの手で。
「神父様、お別れの時です。
 少し前……私は症状が出ていた者の血を浴びました。感染したかもしれません」
 そして、騎士は繰り返す。お別れの時だと。
「どこへ往く」
「山奥へ。死すならばせめて人のおらぬ所へ」
「ならぬ――せめて正義の裁判を受けよ。それが為した責任である」
「なりません。感染していて街に行けましょうか……それに、やるべき事があります」
 集落の者の話では逃げた魔物が一匹いたという。毒を持つ個体と、同じ魔物が。
 まだ終わっていない――もしかしたら逃げた方向に巣でもあるのかもしれない。
 ならば死ぬ前に成すべき事がある。
「必要ない。奇異なる毒でもいずれ解析されよう。お前がするべきは街へ行くことで……!」
「――おとうさん」
 騎士が、兜を脱ぐ。
 神父の眼を、まっすぐ見据えて。
「不出来な子供で――ごめんね」
 駆け出した。
 もはや振り返らずに扉を開けて、後ろより響く想いの総てを無視して。
 最期のお役目を果たすべく森の中へと駆けてゆく。
 人を殺した。無辜なる民を殺してしまった。
 例え心中に如何なる心算が在ろうとも許されてはならぬのだ。
 こんな私が騎士であろうか――私はただの、不正義者。

 確かな殺意を持って住民を殺戮した悪魔である。

 あぁ。
「騎士になりたかったなぁ」
 『騎士』は言った。
 つい先日、見習いの身から昇格し聖騎士へと至ったばかりの――17歳の少女は。

GMコメント

 貴方達はとある神父より依頼を受けました。
 天義の山の中に入り、後述する魔物を必ず撃破してください。

■依頼達成条件
 悪魔(魔物)『カルドバス』を見つけ、全て撃破する事。

■戦場
 天義東部カラクロッサ地方の山奥。
 街からは離れており、僻地と言える場所です。時刻は昼。
 今の所天候は安定していますが、なんだか雨が降りそうな気配も……

 深い森が広がっています。神父からの話によると、普段は魔物の出現も確認されない平穏な地だとか。カルバドスはどこからかやってきたか、突然変異の如く発生したのかもしれません。
 それ故に通常の動物とは違う足跡や、気配を感じる事でカルバドスの位置(もしくは巣)を発見できるかもしれません。

■魔物カルバドス×5
 外見上は蜘蛛の様な姿をしている魔物。
 サイズは大型の犬ぐらいでしょうか。体内を巡る血には毒が流れています。
 基礎的な能力はあまり強くありません、が。毒を撒き散らし相手を弱らせてから捕食する傾向があるようです。偶然人里に降り、人を襲おうとした事が全ての始まりでした。

 なお、この中の一体にだけ腹に白い膜の様なモノがあります。
 これは『卵』です。シナリオ開始以降、ある一定の時間が経つと孵化が始まります。
 子供が生まれた場合、子供も含めて全て撃破してください。大量に生誕します。

 孵化する前に、卵を焼くなり(卵のHPを0にすれば)纏めて倒す事は可能です。
 なおカルバドスの毒は一般人には強力ですが、パンドラを持つ皆さんにはさほど心配はいりません。

■ミーシャ・クリストファー
 最近聖騎士になったばかりの新人にして17歳の少女。
 来月、18歳の誕生日を迎える予定でした。
 能力としてはバランス型。攻も守も纏まって安定した力を宿しています。

 魔物『カルバドス』撃破の為山奥へと侵入。
 住民から聞いていたカルバドスの姿と、逃げた方向からの情報を元にある程度『この辺り』だろうと当たりを付けて魔物を探している様です。

 ちなみに、カルバドスの毒に発症しています。
 シナリオ開始時点で痛みが始まっており、もはや猶予は幾何もありません。
 彼女は自身の生命を掛けてカルバドスを倒すつもりです。

■神父
 依頼人です。使い魔を用いてローレットへ手紙を。依頼の内容は『騎士の捜索とカルバドスの撃破』……ですが騎士ミーシャはもう助かりません。カルバドスの撃破を果たしてください。それで依頼は達成とみなされます。

 幸いと言うべきか彼は毒に感染していません。
 幸いと、言うべきか。

  • 明日を見たかった完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月24日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談7日
  • 参加費---RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
マギー・クレスト(p3p008373)
マジカルプリンス☆マギー

リプレイ


 正しいか、正しくないか。
 それは人に――或いはこの国に永遠に纏う命題である。
「正義かー、よく聞く言葉だけど、ねぇ?」
 本当に、心底まで考える事は少ないと『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)は呟く。
 正義。ああほとほと耳に入って来る事が多い単語だ。
 しかしその意味を――葛藤が行われる領域で真に考えた事があるのは幾人いるのだろうか? 少なくとも、ミーシャさんはそれをすごくすごく考えて……
「今のようになったんだよね……良い事だったのか悪い事だったのかはわかんないけど」
 傍目には『悪い事』にしか見えない手段を。
 それでもと行った彼女は――不正義なのだろうか?
「……どちらが正しいんだろうね?」
『それらを判断するのは我らではない』
 ……簡単に答えが出せるような問いではなさそうだ。複数の苦しむ声を聴いた者が、思考の果てに絞り出した結論なのだから。『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は己が神と短い会話をしながら――前へと進む。
『例えればこれは天災。或いは理不尽というべきものだ。彼女自身の行いが齎した故の苦しみではなく、ただ、偶々目の前に転がり込んできたモノ……かような理不尽など何処にでも転がっているだろう?』
 どの道、もう救いは僅かしか残っていないだろうと神は紡ぎ。
 心の惑いをしている暇もないのだと。
 ミーシャとやらも苦しんでいる最中。魔物とやらが新たな生を紡ぐ前に事を済ませねばならず。
「ああ。行こう、行こう。もはや救いは一つしかないのなら、もはやどうにもならないのなら」
 前へ前へ。『月光』ロゼット=テイ(p3p004150)は口角を上げて。
 彼女は教えを思い出す――傭兵なら仮面の作り方ぐらいは心得て然るべき、動揺は邪魔だと。
 心を見透かされれば不利につながる。表情の端を掴まれれば引き摺り剥がされる。
 だから大丈夫だ。今までずっと、練習してきた。
 如何なる場に遭遇しようとも――
「ははは」
 ヒビすら入らぬ仮面を纏い、笑みを見せる。
 天を仰げば曇天模様。遠くに鳴りし雷鳴の気配が、雨の予感を。

「……結末はもはや変えられず、ですか。
 何故……神を信仰し、聖騎士を目指した結末がこれでは……」

 報われません、と。『小さな決意』マギー・クレスト(p3p008373)小さく声を。
 彼女がしたことは正しくないのかもしれない。
 如何なる理由があろうと、毒をもってその生を終わらせたのは――彼女の所業だ。
 けれど。
 村人を苦痛から救いたい想いは、いけない事だったのでしょうか?
「それ以外に……救いはあったのでしょうか?」
 もし。もしマギーが、彼女が同じ状況になっていたら。
 どのような決断を下していただろうか。
 『する』にせよ、『そのままにする』にせよ、決断しなければならなかった。
 想像するだけで喉の奥が渇く。目を逸らし、思考を逸らして見なかった事にしたくなるかもしれない。きっと答えを出す事は――少なくとも今は出来ない――
「でも彼女は答えをだした」
 そして最期の時を迎えようとしているのだと。
 『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は頬に雨粒を感じ。
「そして今、最後にして最後の務めを果たそうとしている……
 そんな彼女に対して……どうか輝ける終局をと願うしかない。そんな我が身が天義の騎士とは」
 非力なものだなと、自嘲する。
 彼はイレギュラーズにして可能性を紡ぎし者。しかしその手は世界の隅々にまでは伸びないのだ。
 彼が出来るのは、伸ばせる所に手を伸ばすか、或いは少しでも良い結末を齎すのみ。
 ――また遠くで雷の音が鳴った。
 どれ程望んでも時間はない。どれ程望んでも結末は変わらない。
 駆ける。山の中を、どこまでも。駆ける。危険たる魔が潜む、山の中を。
 探るのは気配――敵意を感じる探知の術によって敵を探すのだ。それは自身に向く敵対心を感知する故、まずは自身の存在を知らしめねばならない。故、なら、ば。潜むような足の音は不要であり、気付かせる為に邁進する。
 隠密不要。慎重不要。ただただ望むは。

「ミーシャさん――助太刀致します!」

 ただ清らかなりし最期をと『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は望む。
 深紅の瞳が世界を見据え。
 その双眸がこの物語の終焉を捉えるまで。


 ミーシャ・クリストファーが握る剣は震えていた。
 それは恐怖ではなく、毒が彼女を蝕み激痛を齎している故。
 それでも果たすべき責務があるのだと力を振り絞る――そこへ。

 深紅の瞳を携えた騎士が、彼女の前に現れた。

「えっ――」
「事情は後で! 今は奴らを……討ちましょうッ!」
 力強い瞳には意思が宿っていた。金色の髪が靡き、美しさすら携えていた。
 リディアが抜いた剣には輝きが灯り、それは正しきを標榜する審判の一撃。 
「苦しみを知りなさい……犠牲になった者達の、痛みを。その全てを!」
 全身全霊。一手目から自らの総てをそこへ注ぎこんだ。
 カルバドスの一体の身が揺らぐ――しかしお前ではない、狙うべきは卵を持つ個体。
 孵化する前に仕留めなければならない。一匹でも逃がしてしまう事があれば。
「なんの意味もなくなるのなら……ん、やるべき事をやろう」
『ああ。そうだ、それでいい』
 ティアの魔法陣が戦場を穿つ――それは魔砲だ。
 障害物があろうと関係ない。その光帯は全てを貫通し、全てを焼き尽くすのだ。
「私達の魔弾から逃しはしない」
 一匹たりともと言葉を紡いで。
 仲間やミーシャを巻き込まぬ様に射線を確保する。初手であればまだ敵の攻勢も激しくなく、位置取りもある程度可能だ。尤も、射線確保が困難であれば魔砲以外の手段を取るだけの話でもあるのだが。
「ミーシャ、動くなかれ。少しでも治癒しておこう」
 そして乱入の混乱に合わせてロゼットがミーシャの傷を癒す。
「あ、貴方達は……」
「この者らはイレギュラーズ――とある者からの依頼を受けてここに来たんだ」
 誰とは言わぬが、彼女自身も察するだろう。
 既に交戦していたのか、彼女には傷が幾つか見え隠れする。あまり重傷である様な深い傷は見られぬが……その顔色は明らかに悪い。やはり毒で苦しんでいるのだろう。
「……共にある以上、カルバドスらを逃したりはしない。だから」
 心は折れぬ様に。
「最期まで騎士であれるように」
「……ありがとう、ございますっ!」
 言葉を掛けるのだ。されば彼女の手に宿る力が、ほんの少し強くなる。
 根本的な傷が、毒が癒えた訳では無いが、それは心に強さを。支えを貰ったが故。
 鼓舞せし言葉に嘘はなくロゼットは、あぁ。彼女を想って――未だ『仮面』を。
「君の事情は知ってるが――今は共に戦う味方だ」
 さればその時。ミーシャへと言葉を紡ぎながら天を舞うはカイト。
 空の壁を蹴る。足に込めた力は彼を前へと進ませ。
 強襲。圧をもってカルバドスを天より追い詰めん。それはさながら裁きの如く。
 あぁ、ミーシャが。彼女の瞳がこちらを視ている。なり立ての騎士たる彼女の瞳が。
 ……騎士、騎士か。
「さぁ――呆けてる暇はないよ騎士殿。今はただ、魔を討とう」
「……無論です!」
 地に降り立ち、彼女と共に剣を構え。
 殺意と暴力を向けてくるカルバドス達へと――立ち向かう。
「少し、退いて貰います」
 牙を捌き、突進を退ける。マギーの銃口が奴らを狙い――引き金を絞り上げて。
 集中力を高めたその射撃精度は極まっている。今ならば奴らの足元だけを狙う事も、造作なき事だ。狙い、穿ち。そして観察せしは奴らの『腹』
 卵持ちはどれだ? 必ずいるし、いれば奴らの動きも異なろう。
 お腹を庇う動きや――或いは周囲のカルバドスがその個体を庇おうとするかもしれない。
「……ミーシャさんの最後のお仕事なんです」
 成し遂げる。心残りなど全て打ち払ってみせる。
 その為に――必ずカルバドス達は始末するのだと強い想いを携えて――

「うん。なるべく悔いのないように――ってね」

 直後。朋子が大きく踏み込んだ。
 依然ミーシャの行った事が正しいのか正しくないのか――そしていい事なのか悪い事なのかは分からない。だから、きっと本当の意味で彼女を理解出来るなんてことはないのだろう。
 でも、それでも。きっと少しでもいい結末が訪れればいいとは思っている。
 だから――だからその為の手段として『コレ』だけは必ず成そう。
 ミーシャの手で元凶たるカルバドスを倒せるように。
「手伝うよ」
 未練を果たせる手段か。
 村人たちの敵討ちになるのか――
 地を踏み砕く。力を全て足に集約し、砕く大地の様は正に火山噴火。
 大破壊の一閃をもってカルバドス共を砕かん――無論、扱いは難しい故に踏み込んだのだ。ミーシャを、仲間を巻き込まぬ様に注意しながら奴らを焼き尽くす。紅蓮の舌が這うように、炎の顕現が奴らを呑み込んで。
 されば、いた。その渦から逃れる様に跳躍した個体……その腹に。
「卵持ちだ……逃がさないよッ!」
 白き膜があったのだ。


 孵化させぬ。逃さぬ。必ず滅す。
 ミーシャ一人では5体のカルバドスを倒しきるのは難しかったろう――毒もあるのだ。しかしイレギュラーズ達の参戦はその趨勢を一気に覆した。数の上でも有利となり、その鬼神が如き怒涛の攻勢は奴らを追い詰めて。
「んっ――そこ、だね」
 ティアの不可視の刃が、一体の首を両断する。
 卵持ちを庇おうとした個体だ……やはり、そういう行動を取って来るか。
「ですがあと少しです……このまま全部倒しきります!」
 されどその防御すら通す様に討てば問題ない。マギーの射撃は引き続き奴らへと。
 精密なる射撃が次々にその身を穿つのだ。あと少し、あと少しと思考して――

「うぐ、げ、ほ……ごっ……」
「……ッ、ミーシャさん!」

 その時。ミーシャが突如として蹲る。
 口元を抑えた手――その節々からは明らかにおかしい黒き血が流れていた。
 重要な臓器へと毒が到達したか。それとも毒で血の色すら変質したか。
 これ程に至れば、ロゼットの治癒ももはやどれだけ効果があるか。
 リディアが駆け寄り、彼女がカルバドスの攻撃を受けぬ様に立ち塞がって。
「はぁ、はぁ……わ、私の事はもう……」
「ミーシャ! あと少しだ、まだ気を確かに保て!!」
 気にしないでと紡がれる言の葉を、カイトが遮り。
「ここに来ておいて、むざむざ途上で死ぬな! まだ生きろ!!」
「ああそうだ! そうだよ! 奴らを倒す責務を果たす為に――ここに来たんでしょ!」
 振るう剣。朋子の叫び。
 ここで死ねば何のために彼女は毒を盛ったのか。
 ここで死ねば何のために彼女は此処へとやってきたのか。
 全てを無意味にするな。あと少しなのだからと。
「だったらもう少しだけ……目を見開いて!!」
 ――雨が降って来た。
 それでも朋子の勢いは止まらない。粉砕せし大地より紡がれる焔はより猛り。
『ガ、ァ、ァアア!!』
 全てのカルバドスを巻き込んだ。
 燃やす。全てを燃やす。雨なんぞに衰えさせる事など出来ようか。
 身を燃やし毒を燃やして全てを灰に。
 やがて白き膜に炎が取りついて。
 ――内に携えし新たな魔共を一掃していく。
「あぁ……ああ。焼けながらもまだ足掻いているね。カルバドスの生態の厄介さには、驚きを感じるが」
 それでもこれまでだとロゼットは紡ぐ。
 燃えながらもまだ足を動かし生を感じさせている。驚異的な生命力だ。
 このような強さをなぜ天は魔に与えたか――いや。
「……神は気紛れで、公平だ」
 人に味方しなかったからと言って驚くには値しないだろう。
 全ては偶々だ。偶々強い魔物が育ち、偶々近くの村を襲い、偶々このような物語を齎した。
 そこに悪意はなく、ただ生があっただけ。
 人も魔物も自らの子であることに違いがないのであれば……それは尚のことだ。

 祈ってもオアシスが枯れる時は枯れるし。
 移住すれば元の住人と殺しあったりするし、何処にも辿り着けなければ――
 当然乾いて死ぬのだ。

 ごく普通にありふれた事だった。

「……」

 『だから』ロゼットは仮面をかぶるのだ。
 ありふれた事。それでも目の前で確かに在る事に。
 泣きたくなるから。
 見据えた視界の端。燃え盛るカルバドス達を見ながら――ミーシャは倒れ伏している。
 リディアが支えているが、意識も朦朧。口からはとめどなく血が溢れて。
「はぁ……は、ぁ……奴らは……し、にま、したか……?」
「――うん。大丈夫、安心して。見える?」
「うっすら、と……は……」
 近寄るティア。ミーシャの瞳は弱弱しく、もはやこちらが見えているかも怪しい。
 喉に絡む血液が彼女の呼吸を阻んでいる――
 せき込む度に吐き出される血液は、死の証で。
「貴女は最後まで騎士として立派だったと思うよ
 ……次の世界では、誰よりも幸福である事を祈ってるよ」
 故に語るは……最後の言葉。ティアの祈りが彼女に紡がれ。
「……騎、士? わたしは、たしかに、騎士でし、た、か?」
 村人を手に掛け、殺し。贖罪の為にと此処に来た。
 使命もあったが――なにより後ろめたかった。
 そんな私は、騎士と言える、のか。

「騎士って、どうすれば騎士だろうな」

 不安の泥の中にいる彼女へと、カイトが声を。
 騎士とは如何なる定義の上にいるのだろうか。
 見習いが終われば騎士?
 国に認められれば騎士?
 家柄? 実力? 肩書き? 経歴? 実績?
 ああそれも騎士だが、僕はそれだけではないと思っている。
 騎士は。天義の騎士は『護る』ための騎士だ。
 誰かを守りたい。
 何かを護りたい。
 ――苦しみから解き放ちたい。
「そのために剣を取ったら」
 その為に行動したなら。
「それはもう何かの、誰かの、騎士だと思うんだ」
 だから。

「君はきっと、確かに騎士なんだ」

 例えそれが望まれないことでも。
 例えそれが倫理から遠く離れていても。
 例え、この手で、大切な人や家族を殺しても、ね。
 どこかの誰かが何を言おうと、間違いない。君は『騎士』なのだ。
 そうである、べきなのだ。
「なぁそうだろう――騎士、クリストファー卿」

 ……ほんのりと、彼女の表情が和らいだ気がする。
 言葉による反応が見られないのは――もはや限界が近いからか――
「毒の苦しみから解放するのは慈悲だ。今の君は、村人たちの気持ちが分かる筈だ。
 誰よりも、何よりも」
 故にロゼットも言う。今の彼女なら、分かる。分かる筈だ。
 それは勇気のいる事。とても辛い事。誰しもが選ぶことは出来ない事。
「――だから君は立派だった」
 心に纏う仮面の奥底で。
 紡いだ言葉に衣は着せなかった。
 ただロゼットはありのままに――彼女を想ったのだ。
「……どうか楽に、ね」
 あたしに出来たのは敵を倒す事。
 でも。それでも……ミーシャさんが楽になればと、朋子は呟き。
「ミーシャ・クリストファー……誰かを想い、誰かの為に動いた騎士よ……願わくば私も……」
 故に、リディアは剣を抱く。
 既に救えぬ命であるならば、せめて痛みから、苦しみから救いたい。
 それが……せめて。未熟ながら『同じ、騎士として』
 真っすぐに、命を見据える。
 されば、もはや淀み続けるミーシャの世界に映る、確かな深紅の色。
「……ぁぁ」
 貴女はまだそこに居てくれているのですね。
 私はまだ一人ではないのですね。
 胸に、ほんのりと感じた何かの感触――そして閉じられる瞼と己の世界――
「貴女のような立派な騎士になりたいと……そう、思います」
 果たす介錯は戦乙女の加護を纏いて。
 彼女の世界が安らかである様にと。
 ……雨が降る。
 皆の体温を下げ、そしてリディアの瞳が深紅から碧色へと。
 ミーシャ・クリストファー。貴女の行いがこの国にとってどうだったかは知りません。
 天義という国の考え方。成した事は善ではないと言われるかもしれない。
 ただ、仮に。そうだとしても、それでも――

「――貴女のその心だけは! 間違いなく、誰よりも、清らかだったよ……!」

 ――ああ、やっぱり私は、未熟だな……
 最早動かぬ彼女を前にして、リディアは思う。だってどれだけ我慢しても。
「――涙一つ、止められないんだから……」
 頬を伝い、目尻に浮かんだ水滴は。
 雨の雫か心の欠片か。
 混ざり、分からず。それでも……
「……あの。カイトさん、あの……」
 さればマギーが不安そうにカイトを見つめる。
「ミーシャさんは、この後、どうなってしまうのでしょうか……?」
 力尽きてしまったミーシャ。父の所へ返すのは難しいのだろうか。
 力尽きた後も、もし罰を受けるなら――ここで眠らせた方が――
「……心配ないよ、マギー」
 カイトの心は決まっていた。マギーの視線には優しく微笑みを返し。
「神父の下へ、返そう」
 誰も異を唱える事はない。
 毒だけの感染だけは防ぐように、何がしか手は打とう。
 ……それだけで良い。仮に彼女がこの後裁かれるのだとしても。

「天義の騎士、クリストファー卿が護ったのだから」

 そう全部。全ては片付いたのだから。
 悪なりし毒を撒き散らす魔物を、彼女が討ち果たしたのだから。
 ……守ろうと誓っていた。彼女の名誉を、彼女の在り様を。

 止まぬ雨。
 降りしきる水滴の嵐に何もかもを流そう。
 ――もう毒は、決して出回らないのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 きっと彼女は――救われた事でしょう。

 ありがとうございました。

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