シナリオ詳細
<月蝕アグノシア>貴女が語った英雄譚
オープニング
●だから、さようなら。
とばりの森の中を飛び回る。巨大なキノコの傘の下をくぐって、恐怖に負けて振り返った。
キノコを粉砕して敵は迫る。先ほどより距離が縮まっていた。喉から悲鳴を吐き出す余裕もなく、必死で翅を動かす。
隣を飛ぶもう一匹の妖精を見た。彼女はカンパニュラより体力が低く、長時間の高速飛行は大の苦手だ。かくれんぼもあまり上手じゃない。
でも誰にでも優しくて、いつもにこにこしていて、花冠を作るのは本当に上手で、カンパニュラも『こんな騒動』が起こる前に一度、気に入りの人間に彼女に作ってもらった花冠を届けたことが――、
「メディウム!?」
上ずった声で彼女を呼んだ。
急にとまったメディウムはカンパニュラに背を向ける。『猟犬』と『顔のない人間の男みたいな邪妖精』がすぐそこに迫っていた。
「なにしてるの!」
「行ってください、カンパニュラ」
肩越しにちらりと振り返って、メディウムは笑う。泣きそうな笑顔だった。
メディウムの桜色の長髪が暖かな風に揺れる。
「逃げられないです。これはだめ。だから、行ってください」
「ばかなことを……っ」
「貴女は英雄を知っているのでしょう!」
初めて聞くメディウムの鋭い声に、カンパニュラは身を震わせた。
英雄。
人間の世界で魔物に襲われたとき、自らを救い『あの子』の元に届けてくれた者たちを、カンパニュラはそう称してメディウムに語ったことがあった。
そして今、その『英雄たち』は大迷宮を踏破してこちらの世界を訪れている。
「私を置いていけなんて言いません。私が耐えている間に連れてきてください」
でも、とカンパニュラは縋りかけて唇をかみしめた。
このままでは二人とも助からない。言い合いをしている時間もない。
理解しているから、怯えを小さな体の内側にぎりぎりのところでとどめてメディウムは言い放った。
「行って!」
悔しさと申しわけなさと絶望感に湧いてきた涙を、カンパニュラは乱暴に拭う。
「絶対、助けるわ!」
メディウムは背中を見せたまま、頷くだけだった。
カンパニュラは羽ばたく。約束くらいしなさいよと心の中で叫びながら。
メディウムは対峙する。一匹も通すまいと心に誓いながら。
「ばいばい、わたしのお友だち。
貴女が語る人間たちが、きらきら生きるその人たちが、貴女と同じくらい、私は大好きでした」
●血と涙と春風
人間よりも背丈のあるキノコ、木漏れ日を作る緑豊かな木々。甘い花の香り。
吹き抜ける空気は柔らかな春の気配を帯びていて、景色は明るい。
いつもなら穏やかな気持ちで眺められる風景が、今は恐ろしくて仕方ない。大きなものがたくさんあるということは、きっと姿を隠せる場所が多いということだ。
「メディウム……っ」
誰よりも優しくて慈愛に満ちた素敵な友だちは、自分のために勇気を振り絞ってくれた。カンパニュラを逃がすためにあんなことを言った。助からないと分かっていて。間にあわないと分かっていて。
嘘をついたと――メディウムはきっと、思っていて。
「いいえ、いいえ! 素直な貴女が嘘をつくはずなんてッ!」
立ち塞がったものに勢いよくぶつかってカンパニュラは後ろに飛ばされそうになる。温かななにかがそっとそれを阻んでくれた。
目を回しながら顔を上げ、思わず呼吸をとめる。
「大丈夫か?」
重傷の妖精を気遣う瞳。
人の姿をしたもの。
その背後にいるのもまた、戦うためにこの地に訪れたイレギュラーズだ。
「たす、けて」
考えるよりも先に唇が動いていた。震える手を自分がきた方向、メディウムがいる方へと伸ばす。
「助けて、『英雄たち(イレギュラーズ)』!」
両の目から大粒の涙をこぼしながら、妖精は叫ぶ。
- <月蝕アグノシア>貴女が語った英雄譚完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月15日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
先頭を歩んでいた『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)の手のひらに落ちた傷だらけの妖精が、掠れた声で懸命に叫ぶ。
「助けて……、助けて英雄たち――イレギュラーズ! メディウムが、あの子が!」
「カンパニュラさん……っ!」
以前関わった妖精の無残な姿と訴えに、『妖精譚の記録者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)はうろたえた。イレギュラーズは妖精カンパニュラが示す方向に険しい目を向けてから、視線を交わらせる。
「せっかく前に一度助けてやったというのに」
グレンの手から『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)が妖精をとった。気だるい顔と仕草ではあったが、その実、傷に触れないよう注意が払われている。
「作戦通りに」
「分かったにゃ」
先に行けと顎で示した世界に『リグレットドール』シュリエ(p3p004298)が即座に承諾を返して駆け出す。
「助けに行ってきます、だから、あなたも今は自分を大事にしてください」
「絶対に助ける」
誓うリンディスとグレンにイレギュラーズは各々頷き、メディウムの窮地を救うためにシュリエの後を追った。
「また、あえた、わね」
「静かにしていろ」
残った世界は背後からの奇襲を防ぐために大樹に背を預け、瀕死の妖精に治癒を施す。
「あいつにゃ!」
限界まで高められたシュリエの視力が、凶悪な口に小さな体を咥えた紫紺の狼を見つけ出す。
九体の狼と紳士らしい身なりの邪妖精が凄まじい速度で接近するシュリエに気づき迎撃態勢をとろうとしたときには、すでに戦闘用ドールは自らの間合いに標的を捉えていた。
「そいつを離せにゃ犬っころ!」
純白の着物の下でシュリエの右腕の紋様が光り、振り下ろされた拳による光撃が的確にデナの首に衝撃を与える。
「がっ」
たまらず口を開いたデナの牙は妖精の体を貫いていた。
最速で伸びたシュリエの手がデナから妖精を引き離そうとする。獲物をとられてたまるかとデナは口を閉じかけ、
「させないよぉ!」
前方に向けられた『la mano di Dio』シルキィ(p3p008115)の両手から幾条もの雷が放たれる。うねる電気の蛇が周囲の数体のデナごと妖精を咥える狼を感電させた。紫紺の邪妖精たちの叫びがとばりの森に響く。
「とったにゃ!」
鋭い牙から妖精を引き抜いたシュリエが全力で後退する最中、リンディスの治癒が妖精の傷を塞いでいった。
追いすがろうとしたデナが再び雷電の蛇の制裁を受ける。
「一息で殺すならまだしも。死ぬか死なないかの瀬戸際で残して……、捕まったら電池扱い、だっけ」
片腕にクマのぬいぐるみを抱えた『墓場の黒兎』ノア・マクレシア(p3p000713)がチェインライトニングを放った手でフードをさらに引き下げた。
「苦しいのがずっと続くのは、許せないから。デナさんたちにもなにか事情があったのかもしれないけど、ダメ、だよ」
「オオン!」
咆哮したデナがノアに向かって疾駆する。
その爪が少女の体を捉える寸前、割って入った騎士盾が攻撃を防ぎ直剣が狼の鼻先を縦に裂いた。
「死の運命をねじ伏せて救い出すことも、助けることも、実際荷が勝ちすぎる」
血糊を払ったグレンにとって、『絶対に助ける』というのは嘘に等しいものだ。状況を見ればいよいよメディウムの救出が手遅れであることが浮き彫りになってくる。
「でもな、できないことはできないなんてリアリスト気取るほど、諦めもよくないもんでな」
「ああ。俺たちが力をあわせれば、成せないはずがない!」
凛と叫んだ『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)の保護結界が周囲に広がる。
「自分よりも弱いものを嬲る狼に、紳士の皮を被った外道め。これ以上妖精たちを傷つけさせはしない。ここで引導を渡してくれる!」
白光を帯びた銀の剣の切っ先が葉の間から覗く蒼穹に向けられ、振り下ろされた。
軌跡に従うように降り注ぐ火球の嵐が紳士風の邪妖精と紫紺の狼たちを襲う。
「『たすけて』と手を伸ばされたのです。ならば掴みましょう。握りましょう」
宝石剣の先にはフィーヴァがいる。ひらりひらりと飛ぶ蝶が邪妖精に鱗粉を纏わせた。
「彼女の目にはボクたちへの信頼があった。友への想いがあった。ならば!」
メディウムがカンパニュラの無事を祈って、自らを犠牲にしたことは想像に難くない。
その選択を強いた敵に、『君に幸あれ』アイラ(p3p006523)は叫ぶ。
「ボクたちはそれを未来へと繋ぎましょう!」
「聞こえているかにゃ!?」
安全域まで下がったリンディスとメディウムを背に庇い、シュリエは未だ目覚めない妖精に呼びかける。
「目を開けるにゃ! 外の人間がここに、いやここ以外にもいるんだにゃ! 見たくないかにゃ!? 見たいだろーにゃ!」
「カンパニュラちゃんも無事だよぉ! 早く起きて会いに行ってあげてよぉ!」
シュリエの隣に立ってチェインライトニングを立て続けに放つシルキィも声を張った。
「起きてくださいメディウムさん……!」
死の域に半身を浸している妖精を引き戻すため、リンディスは癒しの力を与え続ける。
リゲルの剣がフィーヴァの杖を弾き、アイラの蝶が舞った。
グレンの盾がデナの攻撃を防ぎ、ノアの紫電の蛇が縦横無尽に奔った。
シュリエとシルキィ、リンディスは焦燥感に焼かれながら妖精の名を呼ぶ。
戦場に駆けつけた世界は一目で現状を把握、呆れ混じりの声を投げる。
「いつまで寝ているつもりだ」
――彼岸から此岸へと妖精を連れ戻す、可能性の天秤は。
イレギュラーズたちにより、ついに傾けられた。
「……ぅ……」
微かな呻きとともに、メディウムの目が開く。
ときはわずかにさかのぼり。
「大変なことが、たくさん起こってるの」
精霊爆弾を設置し火の精霊に起動のタイミングの指示を出した世界に、巨大なキノコの傘の下に隠れたカンパニュラが言う。
「イレギュラーズのコピーが出たとかいう話か?」
「それに、女王様が捕まったわ」
「らしいな」
ゆえに世界はしばらくこちらにくるつもりはなかったのだ。
「あのね」
「カンパニュラが消えればあのときの労力を徒労に帰してしまうことになる。そんなのは、他の誰が許してもこの俺が許さん」
簡易召喚陣で呼び出しておいた精霊たちに指示の最終確認をし、世界は立ち上がる。
「進路上にたまたまメディウムとやらがいるなら、ついでに助けてやらんこともない。それだけだ」
「……うん」
私たちなんて無視して、貴方たちにとって本当に必要なことをした方がいいんじゃないの?
そんな問いを、世界は放たせなかった。傷を癒してもらったカンパニュラも言わないことにした。
「ありがとう、メディウムを頼んだわ」
「善処はしてやる。傷が開くと面倒だからな。寝ていろ」
妖精の返事を聞いてから、世界は戦闘の音がする方へと向かう。
戦域の外にメディウムを避難させ、リンディスは羽ペンを握り締めた。
「素敵な妖精譚の語り部を、そしてその大切な友人を傷つけて。――貴方たちに綴る未来はありません。ここで、終章です」
怒りに声を震わせても、文字禄保管者の筆致に狂いはない。
巨大な火焔の扇を生み出したシュリエは愛らしい顔に獰猛な笑みを浮かべる。
「食らえにゃ!」
守られている自然は燃え上がらず、痺れていたデナ複数体だけが火を帯びた。
「目の前で女の子が泣いてたら、命を張る。絶対に助けるなんて嘘を真実に変える。奇跡だって起こす――『物語の英雄』ってのは、そういうもんだろ」
シュリエと背中合わせに立ったグレンが片目をつむり、襲撃してきたデナの攻撃を受けとめる。そのまま横に流して剣で鋭い牙が並ぶ口を上から下に貫いた。
「そのままで……」
暴れるデナにノアのエルメスドライブが的中し、敵の動きがとまる。グレンが剣を引き抜いた。
「苦しいままにするのは、ダメ、だから」
それに、とノアはクマのぬいぐるみを撫でる。
「助けを求められたなら、助けられるようになりたい……。それが、正しいよね? 五郎さん」
うん、とぬいぐるみが頷いたような気がするが、きっと気のせいだ。
「早く戦いを終わらせないとねぇ……!」
シルキィのチェインライトニングが踊り狂う。
傷を塞いだとはいえ、カンパニュラもメディウムもまだ安静にしなくてはならない状態だ。一刻も早くとばりの森を抜けさせて、安全なところで休ませたい。
なにより、再会させてあげたかった。
心の傷が不意にきゅっと痛んで、シルキィは唇を少し噛む。
「この戦いは、友を想う妖精たちのために」
ラピスラズリでできた剣が掲げられる。少女の周囲を飛んでいた蝶が一匹、螺旋を描きながら空に向かう。
春の青空が濃紺の蒼穹に染まり、星の海が生まれた。
「痛い目を見たくなければ、早く倒れてください」
アイラの指揮で蝶が降り注ぐ。
流星の速度と鋭さを持つ攻撃がフィーヴァに殺到、邪妖精は六本の杖を振って迎撃しようとするが、ほとんど意味をなさない。
攻撃を受けたフィーヴァがアイラを狙うと見せかけて、デナの爪を剣で受けたリゲルの首に杖を突き出す。
寸前で騎士は頭を振って回避、デナに蹴りを、フィーヴァに一閃を与える。どちらもかわされはしたが、デナと距離をとりフィーヴァの連撃を防ぐという目的は達成された。
敵のほとんどを引きつけるリゲルは、頬から流れる血を拭う間も惜しんで剣を構える。
「俺もこの命と引き換えに、お前たちの動きを封じる!」
星のきらめきを宿した刃が真一文字に薙ぎ払われ、銀閃を描いた。
「……カンパニュラさん、無事……?」
世界の様子を見れば生存はしているのだろうが、現状を案じたノアが問う。リゲルの傷を癒しつつ、白衣の術師は肩を竦めた。
「今のところは」
フードで隠れた顔に緊張を宿していたノアは、わずかに安心して顎を引く。
イレギュラーズの猛攻を受け、デナは数を減らしていく。
残り四体になったところでシュリエは右手で生み出した禍々しく黒い球体をフィーヴァに叩きこんだ。
「死んで詫びろにゃ!」
その一撃を皮切りにリゲルとシルキィもデナから六本腕の紳士に攻撃対象を移す。
デナを回復する術を封じられ続け、いよいよ窮地に追い込まれようとしていることはフィーヴァも理解しているのだろう、六本の腕が苛立たしく動いていた。
「邪魔は、させないよ」
フィーヴァの援護に向かおうとしたデナの生命力をノアが吸い上げる。
「グレンさん!」
「ああ、こっから先は立ち入り禁止だ」
メディウムが隠れている方に進もうとしたデナをグレンが阻んだ。リンディスは戦況を見ながら、仲間たちへの援護を続ける。
優雅に飛んできた蝶が羽ばたきひとつで嵐を呼び、グレンに進路を阻まれたデナを倒した。
「もう二度と、彼女たちに危害を加えることは許しません」
蓄積された疲労と痛みを押し殺してアイラは宣言する。
「おーっとぉ! 動かないでもらえるかなぁ!?」
杖の先から漆黒の霧を生み出したフィーヴァを、シルキィが黒いキューブで包んだ。
さらに世界が虚空に描いた陣から白蛇が躍り出て、紳士風の邪妖精に絡みつき牙を立てる。
「邪妖精、お前の罪はここで断つ!」
冷気を纏ったリゲルの剣が繰り出される。黒いキューブを砕いたフィーヴァの不適格な防御を容易く突破し、腕を一本斬り飛ばした。
憤怒のままに繰り出される攻撃をリゲルが防ぐ。
五本になった腕でフィーヴァはシュリエの攻撃を弾きアイラの蝶を叩き切り、シルキィのキューブを破砕するが、動きは明らかに鈍ってきていた。
「降参してみるか?」
「絶対に受け付けてやらんけどにゃ!」
戦意を失っていない敵に向けて世界は勧告を試み、シュリエがばっさりと切り捨てる。
音を放たずフィーヴァが吼えた。
集中攻撃を受けた邪妖精の腕は三本にまで減り、紳士風の服は見る影もなく、その下の空洞を覗かせていた。
「これで終わりだ!」
「――――!」
リゲルの剣が人体であれば心臓にあたる位置を突き刺し、ついにフィーヴァが無音の無念とともに倒れる。
蝶を従えるアイラの目がデナを映した。
「あと少しです」
「どこかの英雄譚らしく、大団円を迎えようぜ」
「ここまでくれば、負けない、と思うよ……」
敵の数は残り三体。デナを相手取っていたグレンとノアもフィーヴァの打倒を見て、油断こそしないが勝利の光を見た。
「手こずらせてくれたな」
「全くだにゃ!」
深く息をついた世界にシュリエが心底からの同意を返す。
リンディスはメディウムが休む葉陰をちらりと見た。
「ですが、この三体を倒せば……!」
「わたしたちの勝利だよぉ!」
「早く迎えに行ってやらないと」
もうひと頑張りだとシルキィは両手に雷を這わせ、リゲルもさらに気を引き締める。
「オォォォン!」
傷を負った紫紺の狼はそれでも、撤退ではなく『敵』の討伐を選択する。
迎撃するイレギュラーズから白蛇と紫電の蛇が躍り銀閃が放たれ、蝶と火炎が乱舞し治癒の光が灯った。
●
保護結界が解かれた、戦場だった場所にノアは立つ。他のイレギュラーたちは二手に分かれ、カンパニュラとメディウムを迎えに行っていた。
妖精たちにこの光景を見せないため、少し離れた場所が合流地点になっている。
「デナさん、フィーヴァさん……」
彼女は耳を垂らして目を伏せる。
心からの、弔いの姿勢だった。
「どうか、亡くなったあなたたちも、天国へ行けますように……」
敵だったとはいえ、『オトモダチ』に地獄をさまようほどの重罪はないのだと。
ノアはしばし祈る。
「カンパニュラ!」
「メディウム……っ!」
とばりの森内の合流地点で、妖精たちの涙交じりの歓喜の声が響いた。
両者ともに飛ぶ力は残されていないため、カンパニュラは世界の、メディウムはリンディスの手の上で抱擁を求めて両腕をさまよわせる。
面倒くさそうに世界がカンパニュラをリンディスの左手に預けた。
「ごめんなさい、わたし、貴女に嘘を」
「嘘なんかついてないわ!」
こぼれる涙を乱暴に拭って、カンパニュラが顔を上げる。メディウムもつられて周囲を見た。
「にゃ」
「物語の英雄――だったか?」
気さくにシュリエが片手を上げ、グレンはキザな笑みを見せる。
「そういえば自己紹介の暇もなかったねぇ」
「初めまして……。イレギュラーズ、だよ」
あははとシルキィが頬を掻いた。ノアはクマのぬいぐるみを緊張気味に抱き締める。
「もう大丈夫だよ。怖い魔物たちは、もういない」
「お二人の勇気に敬意を。そして、ボクたちを信じてくれたことに、感謝を」
手をとりあう妖精たちの気を休ませるため、リゲルは柔らかく微笑んだ。アイラの言葉にカンパニュラが首を小さく振る。
「こっちこそ、イレギュラーズに感謝するわ。メディウムを助けてくれてありがとう」
「皆さんの雄姿、ずっと見ていました」
表現しきれない感動をそれでも表そうとするように、メディウムは口を開閉していたが、やがて照れたように首を縮めた。
「その、かっこよかったです」
「ね? 物語の英雄でしょ?」
うん、とメディウムが頷く。
白衣に手を突っこんだ世界が辺りを見回した。
「森の出口までの案内はできるな?」
「ええ」
「ついでに安全なところまで連れて行ってやる」
「えっ」
「まーた襲われでもしたら大変だからにゃあ」
未曽有の危機に陥っている妖精郷アルヴィオンを想い、シュリエは伸びをする。傷が痛んで顔をしかめた。
「護衛するよぉ」
「お任せください」
ふんわりした笑顔でシルキィは力こぶを作って見せ、アイラは大きく首肯する。
妖精たちは顔を見あわせた。
イレギュラーズを『妖精郷を助けるためにやってきた貴重な戦力』だと認識しているがゆえの逡巡が生まれる。
「道中、新しい妖精譚を聞かせてください」
優しくリンディスが申し出た。以前のことを思い出して、カンパニュラが頬を緩める。
「いいね。俺も君たちの話を聞いてみたいな」
「うん……。この国のことも、女王様のことも、もっと、知りたいよ」
リゲルが明るく賛同し、ノアも微かに首肯した。アイラが妖精たちから躊躇いを拭い去る。
「恐れずに、顔を上げて。この森を抜けてしまいましょう」
「できるだけ安全な道でな」
連戦などやっていられないと、世界が釘を刺した。
「まー、話してたらすぐに着くんじゃないかにゃ」
「楽しい道のりになりそうだねぇ!」
シュリエとシルキィは気楽を装う。警戒を怠るつもりはないが、緊張が続く道中では妖精も息が詰まるだろう。
戦闘後で敵の気配もないので、ある程度は本当に楽な気分であったりもする。
「お望みとあらば、こっちの世界のことも話すぜ?」
グレンの申し出にメディウムの目が輝いた。
仕方ないわね、とカンパニュラは興味と楽しみが隠し切れない顔で、澄ました態度をとろうとする。
「安全なところまで運んでくれる?」
「もちろん」
妖精たちとイレギュラーズがとばりの森を進む。出口の先、北西の方はまだ安全らしい。
憧れの向こうの世界の人々に桜色の髪の妖精は終始、はしゃいだ様子だった。
二回も助けられた元気な妖精は友だちとイレギュラーズが話をしているのを見て、ときどきこっそりと涙を拭いていた。
妖精の強がりを見なかったことにして、弾む会話を楽しんで。
そのうちに――一行は戦闘の跡が方々に刻まれたとばりの森を、抜けた
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
これはいつか貴女が語った英雄譚。
これは私がこの目で見た英雄譚。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
ほんの少し前に目の前でお友だちが引き裂かれて死んじゃったの。
●目標
・敵の討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●シチュエーション
エウィン周辺、とばりの森の一角です。
巨大なキノコが群生していたり木々が生い茂っていたり、光る花が咲いていたりするとても幻想的な森です。
皆様が現場に駆けつけたとき、メディウムはほぼ死んでいます。
デナの一頭に咥えられた状態で、その鋭い牙はメディウムの体を貫通しています。
また、皆様に助けを求めたカンパニュラも瀕死の重傷を負っています。
●敵
フィーヴァとデナ。どちらも邪妖精と呼ばれ、妖精たちに恐れられる魔物です。
どうやら、妖精を狩ってどこかに連れて行くよう命じられている様子。
・『フィーヴァ』×1
デナを従える邪妖精。
黒づくめで顔のない人間の紳士のような見た目をしているが、腕は六本ありそれぞれの手で短杖を握っている。
通常攻撃は至近距離の【連】。デナを治療する術も持つ。
他にも【暗闇】【呪い】を付与する攻撃を持つ。
EXA、防御技術、命中高め。攻撃力は低め。
・『デナ』×9
紫紺の毛並みを持つ狼のような邪妖精。
鋭い牙と優れた聴覚・嗅覚を持つ。体長は1メートル半ほど。
通常攻撃に【流血】。
他にも【体勢不利】【怒り】を付与する攻撃を持つ。
体力、回避、物理攻撃力高め。ファンブルが少し高め。
●NPC
・『カンパニュラ』
以前、迷宮森林を訪れた際に門が壊された挙句、魔物に襲われていたところをイレギュラーズに助けられた妖精。
メディウムに「あれが物語で見た英雄なのよ!」と語って聞かせた。
(参考シナリオ『一杯のミルク、一枚のクッキー』ですが、読まなくても参加していなくても大丈夫です)
・『メディウム』
度々、迷宮森林に脱走しているカンパニュラから人間たちの話を聞くのが好きな妖精。運動が苦手で内気。
本当はこちら側にきている人間たちの姿を見たかったけれど、それより大切な友だちを逃がすことを優先した。
皆様のご参加をお待ちしています!
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