PandoraPartyProject

シナリオ詳細

青の砂

完了

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂の嚮導
 乾ききったインディペンデンス・ネイビーの宵闇。
 初夏を迎える若葉の時期であろうとも関係なく砂漠の夜は冷えた風を運ぶ。
 一筋の流れ星が降って。願い事を儚く願った。

 昔もこうして夜空の星を二人で見上げたことがある。
 自分の時間はどんどん進んでいくのに。片割れが時を刻むことはもう無いのだと。
 幾度、涙夜を過ごしただろう。
 その雫を掬ってくれたのは、寄り添ってくれたのは。
 他でもない。この『家族』たち。
 たった一人の半身を喪った悲しみから立ち直れたのも彼等のお陰だから。

「俺は親父達の役に立ちたい」

 少年は曇り無き瞳で彼等に告げた。
 其処に以前までの険しさは無く、年相応の少年の輝きで目を細めたのだ。

 ――――
 ――

 そうして何人もの家族を受入れて来たこの白牛の長。偉大なる父。
 傭兵団『白牛の雄叫び』団長マグナッド・グローリー。
 いくら身体が傷つこうとも、子供達を背負って戦場から帰ってくる気概。
 子供達は誰もがマグナッドの事が好きだったし、彼もまた子供達を愛していた。

「皆、無事か!」
 騒然とする傭兵団の砦の中に、マグナッドの一際大きな声が響き渡る。
 この日、白牛の雄叫びに野盗が攻め入ったのだ。
 丁度、マグナッドと精鋭の戦士達が依頼で出払っていた時の事だ。
 まるで見計らった様なタイミング。
 普段から襲撃に備えて、自分の身は自分で守る訓練を受けている子供達は蜘蛛の子を散らすように安全な場所へ逃げ込んだ。この野盗が練度の高い暗殺者でなければ隠れ通せるもの。
 生存率を高める、生き抜く事に重きを置いた教示。
 それに、この砦に財宝と呼ばれる類いのものは無い。全てお金に換えてしまうからだ。

「もう大丈夫だぞ! みんな無事か!」
 マグナッドは、もう一度呼びかける。
「ああ、チビたちは上手く隠れてたから大丈夫」
 天井の隙間からマグナッドの前に出てきた『ワシャク』キアンはこくりと頷いた。
「キアン……、お前傷だらけじゃねえか」
「時間、稼がないといけなかったから」
 戦える戦士達が『偶然』出払っていたから。幼い子供達を守れるのはキアンだけだった。
 全てを生かす為の代償。そうやって出来た傷跡はマグナッドにも多く刻まれている。
「それよりも、あいつらまた来るって言ってた」
「なんだと」
 キアンの言葉に険しい表情を見せるマグナッド。

 盗賊の定石として同じ場所には二度と入らないというものがある。
 顔を見られているかもしれないし、声を聞かれているかもしれない。
 対策をされてしまえば、盗りにくくなるのは道理。
 無用な戦いをするのはそれ自体が楽しいと思う思考の持ち主。狂人の類。
 もしくは、『白牛の雄叫び』に対して恨みがあるか。その何方かである。

 マグナッドは急いで自室のドアを開ける。
 其処には特徴的な蛇のシンボルが描かれた布が、壁に突き刺さっていた。
「……『嗤笑の蛇』だ」
「親父知ってるのか」
 ラサの宵闇に蔓延る盗賊団『嗤笑の蛇』は狂人の集まりだ。
 金銀財宝自体に価値を見出さず、『大切なものを失って嘆く人の顔』を見る事に悦楽を覚える。
 そんな頭のおかしい連中に目を付けられたのだ。
「何でそんな奴らに」
「そうだな。理由は何個かあるだろう」
 棚に飾られていた筈の争覇の杯が無くなっていること。子供達が誰一人として『死んで』いないこと。
 前者はマグナッドと、彼が頼るであろう二人のイレギュラーズをおびき寄せるもの。
 後者は子供達を殺す事より面白いものを見つけたという証左。
 つまり、たった一人で果敢に立ち向かったキアン自身に目を付けた。
 でなければ、子供達は全員皆殺しだっただろう。
 偶々、依頼で出払っていたマグナッドは血だらけの惨状を見て声を枯らして嘆いたに違いない。
 そういう連中なのだ。快楽主義で他人の嘆きに愉悦する最悪の悪党。

「ああ、だから『次はお前だ!』て言ってたのか」
「そういう事だ。だから……」
「だったら、打って出るしかないだろ、親父」
 キアンの真っ直ぐな瞳がマグナッドを見上げていた。
「……いや。今の話聞いてたか? お前」
 マグナッドは大きな手でキアンの傷に薬を塗り込めていく。
 きつく包帯を巻いて傷口が開かないように結んだ。
「自分の居場所は自分で決める。誰かに奪われるのはもう嫌なんだ」
 逆らえない暴力に怯え、尊厳は踏み躙られ。生きるために他人の命を奪った。
 苛立ちと喪失感。自責と後悔は、何度少年の心を焼いただろう。
 それでも立ち上がる魂の輝き。強さに嗤笑の蛇は悦喜したのだ。

「……分かった」
 長い沈黙のあと、マグナッドはキアンの頭をガシガシと撫でた。
「厳しい戦いになるぞ」
「分かってる」
 意志は揺るがない。強い眼差しは曇らない。
 ならば。
「あいつらにも助けて貰うか」
「ラノールとエーリカか」
 この戦いは自分達だけで解決するには厳しいものがあるだろう。
 今は遠くで暮らす『兄』と『姉』を呼び寄せるのは気が引けるが。
「家族は助け合うもんだ」
「……親父」
 血は繋がらなくとも。信頼しているから。困った時は手を差し伸べるから。

 二人へ向けた手紙を括り付けた伝書鳩が、朝焼けの空に飛んでいった。

GMコメント

 もみじです。ご結婚おめでとうございます!
 こちらの依頼はエーリカさんの名字が変わる前のお話を想定しておりますが、どちらでも対応できますのでお好きな方を選択して下さい。

●目的
 盗賊団『嗤笑の蛇』の討伐
 争覇の杯の奪還
 エーリカ、キアンの生存

●ロケーション
 ラサ共和国ルイーダ砂漠にある遺跡。
 嗤笑の蛇のアジトです。足場灯りに問題ありません。
 上手く乗り込み、大広間で戦闘が始まった所からスタートです。
 頭領のボスを倒せば争覇の杯は手に入ります。

●敵
○『嗤蛇』ワリード
 盗賊団『嗤笑の蛇』の頭領。
 他人の不幸や嘆きが何よりの好物。根っからの悪党。
 小賢しい戦術を使ってきます。
 剣技を得意とするトータルファイター。

○『蛇瞳』ジブリール
 嗤笑の蛇副団長。
 快楽主義で楽しめるからこの盗賊団に在籍している。
 鉤爪での攻撃を得意とするトータルファイター。

○団員×6
 剣で闘います。そこそこ強いです。

●味方
○『白牛』マグナッド・グローリー
 傭兵団『白牛の雄叫び』の団長。
 巨大なハンマーを軽々と振り回し戦場を駆けます。
 強い戦力です。

○『ワシャク』キアン
 もうすぐ12歳になろうとしているブルーブラッドの少年。
 妹を失ったその日から、瞳により強い炎を宿した。
『生き抜く』。たったひとつの願いを胸に。
 俊敏でそこそこ強いです。

○『白牛の雄叫び』の団員×6名
 傭兵団の中核を担う精鋭部隊。そこそこ強いです。
 近接攻撃2名、盾役2名、回復1名、遠距離攻撃1名の役割分担をしています。
 雑魚の敵団員を相手取ります。

●ポイント
 キャラクター的には厳しい戦いですが、戦闘メインでもセリフ心情多めでも大丈夫です。

  • 青の砂完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月12日 22時10分
  • 参加人数2/2人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(2人)

ラノール・メルカノワ(p3p000045)
夜のとなり
エーリカ・メルカノワ(p3p000117)
夜のいろ

リプレイ


 何れだけ望もうとも、手に入らないものがある。
 いくら夜の星に祈ろうとも、叶わぬ願いがある。
 消え去った命の前では、望みも祈りも願いも等しく無価値だ。

 夜の帳に星が降る。
 橙の光が松明の焔に揺れていた。
『濃紺に煌めく星』ラノール・メルカノワ(p3p000045)は赤い瞳を上げる。
 その目が捕えるは遺跡の中に蠢く人影。盗賊団『嗤笑の蛇』の根城だった。
 ラノールが育った傭兵団『白牛の雄たけび』は、奪われた者たちの集まりである。
 家族を奪われ孤独となった者達が寄り添って、新たな家族となったもの。
 乾いた砂漠で、雑然としたスラムで、鬱蒼とした森で。絶望や苦しみの中で死を願った者も居ただろう。
 けれど、其処に差した光は。温かなぬくもりは。掛け替えの無い希望だった。
 ラノールに生きる意味を教えてくれた、未来への望みを抱かせてくれた。
 彼だけでは無い。白牛の元に集められた『子供達』全員が同じ思いを胸に秘めている。
 だからこそ。二度も奪わせたりしない。
 大切な居場所を。家族を。
 青年は拳を握りしめる。許せぬ蛮行を止めるために。

 傍らの『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)がその指先に触れた。
 握り込められた拳を開き、彼女のぬくもりを受入れる。
 彼女が素直に頼ってくれるようになってから、幾ばくの時が流れただろう。
 かつてエーリカが纏った宵闇の檻は、全てを拒絶して閉ざされていた。
 痛みを与えられる毎に、心は麻痺していく。
 自我を守る為、それが当たり前の事だと自分自身を騙して、生きながらえるのだ。
 生存本能とも言えるそれは、全てのものを水の膜で覆ったような世界との隔たりを見せる。
 宵闇の檻の中から見る世界は鈍く精彩を欠いていた。けれど、同時に少女を守ってもいたのだ。
 その濃紺の中に煌めいたのは、眩い光に満ちた星。
 ラノールがエーリカに向けた言葉、笑顔、ぬくもり。
 それは、彼女にとって唯一の希望(ひかり)だった。夜鷹のひかり。追い求めるべき輝き。
 だからこそ。まもりたい。
 青年が少女を救い上げたように。
 痛みを与えることも、与えられる事も怖いけれど。
 それでも守らなければならない者達ができたから。
 たくさん、たくさんできたから。
 エーリカはラノールの手をぎゅっと握り薄氷の瞳を向けた。

 ――――
 ――

 宵闇の中から現る巨大なハンマー。
『白牛の雄叫び』団長マグナッド・グローリーは猛牛の如く地を鳴らす。
 騒乱は一気に広まり、敵の剣士が刃を抜いた。
 剣が交錯する音が大きくなり、怒号が夜の遺跡に響き渡る。

「父さん! こっちは私達が抑える! キアン、エーリカ、いくぞ!」
「ああ、そっちは任せたぞ!」
 マグナッドに『蛇瞳』ジブリールを任せ、ラノールとエーリカは『嗤蛇』ワリードと対峙する。
 先行してラノールが黒いマントを靡かせ走り込んだ。
 火焔纏いし戦槌が唸りをあげてワリードに降りかかる。
 ジリジリと皮膚を焼く匂いが戦場に立ちこめた。
「チっ」
 小さく舌打ちをしたワリードは剣を引き抜き口元を歪ませる。
 焔光が闇を灼いた。眩い光は同時に影を濃くするということ。
 その影に乗じてバラバラと解けたワリードの剣は、蛇腹の多刃となりラノールの喉元に狙いを定める。
 見えぬ死角から蛇の如く動きで迫った凶刃をラノールは軽々と躱した。
「へぇ。やるじゃねえか! けどな、背中ががら空きだぜぇ?」
 外へと跳ねた蛇腹の刃はラノールの死角を的確に突く。
 けれど、ラノールは逸れに目を向けなかった。
 何故なら。

「ラノールの背中は俺が守る!」

 赤青の短剣振るう『ワシャク』キアンが居るからだ。
 あの時の戦場ではラノールが少年の背を守っていたというのに。
 子供成長は早いものだと、ラノールは口の端を上げた。
「任せたぞキアン!」
 続けざまにワリードを攻めたてるラノールとキアン。
 猛攻というに相応しい剣檄。
 されど、ワリードの口元は歪に歪んだまま。
 何かがおかしいと。エーリカは眉を寄せた。
 じりじりと押しているように見えるのに、何処か不安に駆られる。
 それは、賞賛を送る言葉の中に棘を見るような気持ち悪さ。
 風の精霊は警告を告げる。
「あぶない あぶない」
 空気が澱み、どろどろと肺が解けていくような感覚に襲われる。
 エーリカは毒が効かない。しかし他の仲間は違う。
 辺りに漂う澱みはきっと危険なものだ。
 喉を肺を突き刺すような痛みにキアンは思わず咳き込んだ。
「キアン!」
 息をするのもやっとの顔を上げれば、ラノールが心配そうな表情でこちらに視線を送っている。
 ラノールが巨大なマトックをワリードに振るえば、僅かに澱みが薄まった。
「二人とも口元を覆うんだ」
 ラノールの声に首元の赤いスカーフを引き上げたエーリカがキアンの元に駆け寄る。
 キアンの頭はガンガンと警告を鳴らした。肺から回った『毒』は酸素の供給を阻害するのだろう。
 敵の小賢しい戦術の一つ。瘴気の毒ガスだった。

 毒耐性の無いラノールが比較的無事で、キアンがダメージを負ったのは身長の差だ。
 少年の呼吸の高さに合わせられた毒。
 つまり、敵はこの根城にキアンが来る事を予想していた。
 単身で乗り込んで来る事は無いという予測も立てていたのだろう。
「くくっ、苦しいだろぅ?」
 ワリードの嫌らしい笑い声が戦場に響く。
「キアン、しっかり」
「ごほ、かは……ごめ、ん。足でまとい、で」
 肺が焼け、喉から溢れた血がキアンの口から零れた。


「くく、あちらが気になりますか?」
 マグナッドのハンマーがジブリールの鉤爪を弾く。
 この攻防戦は戦闘が始まってから続いていた。
 どちらの戦力も互角なのだろう。否、『お互い余力を残したまま』戦っている。
 手加減をしているとはいえ、あの『白牛』マグナッド・グローリーと互角に渡り合える実力。
 その力を持つ者が副団長の地位に燻っている理由。
 マグナッド程の実力が無ければ、到底たどり着けない真実。
 目の前の男はこの状況を『娯楽』としているのだ。
 余興。遊び。享楽。
 死ぬかも知れない等と微塵も思っていない。
 頭領ワリードを制する程の戦力を隠して遊んでいる。

「こいつはとんだ鷹の爪じゃあねえか」
「おやおや、お褒めに預かり光栄。では、あちらがどうなるか、踊りながら見守っていましょうか」
 踊りに誘う紳士のように、ゆっくりと指を開いたジブリール。
「男と踊る趣味はねえよ」
 残念と呟いたジブリールは楽しげな笑みを浮かべ、鉤爪を突き入れた。

 ――――
 ――

 戦場は熾烈を極め、地面にはそれを示すようにブラッディ・レッドの血が飛び散っていた。
 地の理は敵にある。装備も仕掛けも思いのまま。
 一番体力の減りが早いのはキアンだろう。
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら。それでも果敢に立ち向かっていた。
 少年は特異運命座標ではない。パンドラを開けることは出来ない。
 キアンの体力は限界に近づいていた。
「くっくっく。よく頑張ったなぁ! 少年。もうしんどいだろう? 楽になりたいだろう?」
 ワリードの絡みつく様な声が三人の耳に届く。
 得物を弄び追い詰める蛇のように。
 苦痛に耐えている若い輝きが放つ叫びを嗤う嫌悪感を帯びる声色。
 エーリカがよく知っている笑い声。
 彼女を闇の檻に閉じ込めた大人達の嘲笑う声。
 苦しい。ざわざわとエーリカの心の中に黒い手が這い寄る。
 抜け出す事なんて出来ないだろうと指さす声がした。
 再び闇の中に引きずり込もうと檻の扉が開く。
 だけど――

「だめ」

 その闇をエーリカは跳ね除ける。
「みんなを、……『生きようとするひと』を、わらわないで!」
 戦場に響いた少女の声。美しく気高い瞳。
 それはワリードにとって、宝石にも匹敵する価値を示す声だった。
 敵の口元が大きく開かれる。
「あはは! 良いねぇ!」
 湧き上がる瘴気。迫り来る蛇腹の刃。
 ワリードの標的がキアンからエーリカに変わる。
 その機微をラノールは敏感に感じ取っていた。
 敵の移動を妨げるように、巨大なマトックを振るうでは遅い。
 ラノールはその身を、敵の刃の前に晒す。

「どちらも私の大切な私のものだ………触れるなッ!」

 戦場に肉の削げる音が響いた。
 どろどろと赤い血が松明の焔に照らされる。
 赤い瞳はより獰猛さを増し、本能のままに牙をむき出しに、ラノールは吠えた。
 まるで手負いの獣。
 たとえ、この身に傷を負おうとも。痛みが全身を駆け巡ろうとも。
 大切な者のためならば――
 止まらない。痛みなどでは止まらない。
「うぉおおおおおお!!」
 ラノールは雄叫びを上げる。マトックを振るいワリードを押し返す。
 その傷を癒やすエーリカの声。精霊の加護。
 ありったけの力を注ぎ。
「だれも倒れさせない」
 ラノールが振り向かなくてもいいように。キアンが自由に飛べるように。
 エーリカは薄氷の瞳を上げる。

 祈りは星に。天の瞬きを此処に。
 照らせ。照らせ。道筋は光り輝く希望の星の元に――

「……ラノール、行って!」

 エーリカの声にラノールは目を見開く。
 痛みは嘘のように消え、力が漲った。
 ラノールの一寸先にはキアンの背がある。
 視線を寄越さずとも分かる。これは『白牛の戦い方』だ。
 先陣を切る者が囮になり、戦場で一番戦力の高い者の攻撃を最大限に生かす戦術。
 脈々と受け継がれる家族の絆。
 キアンが一際大きく飛び上がり、敵の視線を遮った。

『愛しき者』と『弟』に手を出そうとしたことを地獄の果てまで後悔させてやろうとラノールは、マトックの柄を握りしめる。
 そうでなければ。
 あの日、薄れ往く命の灯火が『兄を見守ってくれ』と託して逝った意味が失われてしまう。
 大切な『妹』との約束が砕けてしまう。
「お前達のような、奪うだけの卑俗な輩が……」
 マトックは空を切り、唸りを上げる。

「……雄々しき白牛の角を折れると思うなッッ――――!!!!」

 戦場に響き渡る狼の遠吠え。
 突き刺さるマトックの鉄に敵の胸骨は粉々に砕けたのだ。


「キアン、キアン」
「あ……」
 ワリードを倒したあと、その場に倒れ込んだキアンがエーリカの声に目を覚ます。
 この少年は自分達を頼ってくれた。
 他人に踏み躙られた人生を送っていたのに、それでも心を開いてくれた。
 それが、どれだけ勇気の要ることか、エーリカには身に染みて分かるから。
「たよってくれてありがとう。あなたもわたしも、ひとりじゃ、ないよ」
 エーリカの言葉に。キアンは涙を滲ませてこくりと頷いた。
「う、ぅ」
「よく頑張ったな」
 少年の頭をラノールが優しく撫でる。

 盗賊団『嗤笑の蛇』頭領ワリードは捕縛され、実質解体の運びとなった。
 しかし、副団長ジブリールの行方は騒乱の中で闇に消える。
 良い物を見せて貰ったという言葉と共に置き土産のように投げられた争覇の杯。
 一瞬の隙を突いて、消え去ったジブリールにマグナッドは悔しさを滲ませた。

「すまねえ」
「大丈夫だ。親父にとってこれは大事なものなんだろう?」
 ラノールの声にマグナッドは頷いた。
 砂の砦に居たときに、この杯について聞くことは無かったが。
 マグナッドが大切にしている事だけは、子供達の誰もが知っていた。

「よかった。……えと。その、……お、おとう、さん!」

 精一杯振り絞った言葉。父という言葉。
 それを聞いた白牛の眦からこぼれ落ちる雫。
「わ、わ」
「この杯は、俺の父親の形見なんだ」
 それはマグナッドにとって大切なものだった。
 杯を賜ったのは、先代が健在だった頃。嗤笑の蛇との抗争の末手に入れたものだ。

 栄誉の勲章。
 けれど、その代償は先代の命だった。

 当時、勢力を拡大していた嗤笑の蛇を壊滅させ、現在の残党のような形に押し込めた戦いがあったのだ。
 壮絶な戦い。
 戦場となった大地は、赤黒く染まり死臭が漂う死地となった。
 その死闘の中、先代の白牛と蛇の頭領は互いに討ち合い、死亡した。
 だからこそ、マグナッドにとってこれは父の偉功そのもの。
 生き残りのワリードにとってたたき割ってしまいたい呪具だったのだ。

 だから、この戦いで誰も死なずに居てくれて。
 あまつさえ、少女から父と呼ばれ。マグナッドは感極まったのだ。

「さあ、帰ろう――我が家へ」
 マグナッドの声に子供達は頷く。
 薄く白ずむ空には雲一つ無く。
 渇いた風がエーリカの頬を撫でた。
 願わくば。家族が健やかに過ごせますようにと祈りを捧げ――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 またのご参加をおまちしております。

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