シナリオ詳細
ブランデーシャーク(30年物)争奪戦
オープニング
●酒飲み達
潮の中に木の香りが混じった。
「ブドウのブランデー30年物だとぉ!?」
「ブランデーシャークかっ!」
絶望の青に挑み、そして生きて帰った船長達が騒いでいる。
高い技量と強靱な精神を兼ね備えているはずなのに、今この瞬間は単なる酒好きにしか見えない。
「おかしらぁ!」
「ばっか他の船に聞こえるだろ。どこだ、どこにいる」
「へい、10時の方向の……へい、あそこで」
「よし良くやった」
海種の船長がにやりと笑って見張りを褒める。
この匂いの源はブランデーシャークだ。
水棲なのに上陸して貴重な果実を根こそぎにする危険なモンスターであり、食らった果実の一部を体内で熟成する独特な性質を持つ。
つまり生きているブランデー樽だ。
「うひょー!」
あの戦場でも沈着冷静だった顔が緩みきっている。
「こいつは30年物だぁっ。おいお前等逃がすんじゃねぇぞ。こいつぁ一生に一度飲めるかどうかのっ」
船が揺れてうわずった早口が中断される。
熟練船長の船の針路を妨害する形で、同水準の、つまり海洋の中でも上位に位置する船が加速して追い抜いていた。
「貴様なにしやがる!!」
「獲物は早い物勝ちよぉ。お前は10年物でも仕留めてろっ」
うへへと品無く笑う船長は、洒落者として知られているはずの壮年船長である。
どちらの船長も、酒飲みであった。
「負けるか」
「諦めなぁ」
海洋という同じ旗を掲げているのに双方容赦が無い。
だって10年物がすごく美味しいのだ。
30年物なんてもう、沈めてでも奪い取るという気になる。
なお、ブランデーシャークは弱くはないが弱い魔種よりずっと弱い。
狙う人間が多すぎて、結果として逃げ切ることが多いモンスターでもあった。
●依頼
「何がどうなっている」
鋼鉄船の鉄騎種船長が困惑している。
この船もまた絶望の青の生き残りだ。
ようやく最低限の修理が終わり、鉄帝に戻る前に海洋の船から航海術の指南を受けていたはずだった。
「海洋の風習でしょうか」
鉄帝軍人としては知性派の副長も困惑している。
頼りになる戦友2隻がいきなり加速して争い始めたのだ。
困惑もするし反応にも困る。
「ここからなら単独で港まで戻れるが……」
船長が唸る。
あれを放置していいのだろうか。
「死ね青いの!!」
地獄の炎っぽい赤色が一方の船を襲う。
「お前が死ね赤いの!!」
青色レーザーっぽい吹雪が押し返し、船と船の中間付近で爆発が発生し大きな波を引き起こす。
あの戦いでなら通常攻撃同然でも、今のような平時なら必殺技とか戦術級とかそういう感じの大技だ。
巻き込まれた10年物シャークが力尽き、ぷかりと木製樽型の腹から浮かんで流される。
そしてようやく、鋼鉄船の面々にも状況が伝わった。
「船長、これは!」
「うむっ」
10年物を回収した鉄騎種達が目の色を変えた。
「なんと味わい豊かな」
「ちょっと全部飲まないで下さいよっ」
軍務中ではなく有志による訓練中なのでいつもより緩い。
「しかし拙いですな」
副長がアルコール臭い咳払いをする。
鉄帝船が参加した演習で海洋船が沈むというのは外聞が悪い。最悪の場合、外交問題になりかねない。
「我々があのサメを全て仕留めてしまえば」
「いやそれも拙い。この船では樽を壊さずサメだけ倒すのは無理だ」
1基だけ生き残った砲塔を一瞥する。
全長10メートルを超える30年物を仕留めるだけなら不可能ではない。
足を引っ張り合う2隻を無視して目標に先回りして、当たるまで砲弾を撃ち込めばいつかは沈む。
だが樽は確実に壊れて中身は海に消える。
怒り狂った2隻が襲いかかってくるかもしれない。
「とまあそいう訳だ。イレギュラーズの諸君、赤青のじゃれ合いが殺し合いになる前に、あのサメ型モンスターをどうにかしてくれ」
ブランデーシャークが全力で逃走し、精鋭海洋船2隻が殴り合いながらシャークを追い、その後ろをこの船が追っている。
「酒が手に入ったら持ち帰っても……駄目かもしれん」
シャークを倒した後は、ひょっとしたら赤青の両船長を相手に争奪戦が始まるかもしれない。
持ち逃げを狙うか、真正面から正々堂々船長達と戦うか、適当に飲ませて酔っぱらわせてうやむやにしてしまうかは、イレギュラーズの選択次第であった。
- ブランデーシャーク(30年物)争奪戦完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年06月25日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●平和な海
空気がガラスめいて固い。
歴戦の猛者ほど味を知り入手の困難さを知る古酒が近くにあり、量が少ないそれを皆欲しているからだ。
「今日はついてるねぇ」
青い海の表層を高速で泳ぐ『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)が、珍しく獰猛さを表に出している。
魂に刻まれた“声”が波や風を通して縁を暗い場所に引き込もうとする。縁は反発するでもなく受け止めた上で流されず、逃げる酒モンスターを猛烈な勢いで追う。
「そろそろ旨いやつをぐいっといきたいと思ってた所だ」
歴史や伝説に残りそうな戦いを潜り抜けた彼でも多少は疲れる。
丁度良いタイミングで現れたブランデーシャーク30年物を仕留めて楽しむ気だった。
「速いね」
海面近くを行く『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)も素晴らしい高速だ。
邪魔する波と風は優れた機動力で突破して、縁と競い合うように3体からなる群れに迫る。
最も小さな個体でも5メートルある。
口も胃も大きく、2人を飲み込んでもまだ食い足りないだろう。
海龍が笑うように、貪欲な悪魔が笑うように殺意がうまれて、多くの農家を泣かせて来たシャーク3体が恐怖で体を震わせた。
縁が気配を隠す。
強者がほんの中力を欠いたような、これまでが虚勢だったかのような急変にシャークが激しく反応する。
殺さなければ逃げられない。
そう直感して3体とも縁に食いつこうとして、先頭の個体が腹に抱えた樽に当たらない位置に掌打で触れられ『気』で以て蹂躙された。
優美な眉が少しだけ動いた。
「活きがいいじゃないか。鮫肉を肴に……なんてのも悪くない」
マルベートが縁を狙うサメをじっと見る。
動き、温度、気配や匂いまで全ての情報を集めて次の行動を読む。
サメは体格に相応しい豊富な生命力を持ち、しかし防御の技術も特殊な攻撃への抵抗力も弱かった。
「毒と熱は当てないよ」
魔槍で突くまでもなく、因果律を歪めることで血に毒と炎を付け足す。
「樽にはだけど」
即死はしない。
ただ、凄まじい勢いで命が失われていくだけだ。
ブランデーシャーク10年物3体は、縁に少しの傷をつけるかわりに、確実な死が待つ戦場に囚われたのだった。
●大騒ぎ
「よーし、漁師としての本領、見せてやるぜ!」
2本マストの小型船『紅鷹丸』が、絶望の青と比べると穏やか過ぎる海を行く。
「おー、はえーはえー!!」
『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)が己の船を限界まで酷使する。
ひょっとしたら『紅鷹丸』より大きいかもしれない巨大シャークが、追われるサメと追う人間の先頭に立って泳いで『紅鷹丸』になかなか追い付かせない。
「皆が目の色を変えるお酒……」
『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)の目が一種冷酷ともいえる色になる。
欲しい。
海の男である卵丸にとって、決して見逃せない獲物だ。
サメの腹のあたりにある小さな樽型突起を目視で確認して、卵丸は大胆に海へと飛び込んだ。
「まて、皆が目の色を変えるお宝、絶対に逃がさないんだからなっ!」
水中行動に長ける彼の前では、波など障害物にもならない。
波でわずかに減速した『紅鷹丸』を引き離し、優れた機動力を活かして逃げる巨大サメに追い付いた。
「この身を砲弾に変えて、貫け轟天GO!」
高速回転するドリルを先頭に卵丸が突っ込む。
サメは即座に反応して、ドリルの先端が肌を貫く前に体を捻り角度を変えて骨まで抉られるのを防ぐ。
だがそれでは足りない。
卵丸は肉を数キログラム分抉りながらブランデーシャーク30年物の前に抜け、鼻先を容赦なくつつき回してダメージを与えそれ以上に進路を妨害し加速を防ぐ。
サメが殺意を放ちブレスが追随する。
それは卵丸の体に小さくないダメージを与えはしたが、卵丸の泳ぎを止めるのには全く足りない。
「やるなぁ!」
先を越されたカイトは楽しげだ。
器用に1人で船を操り加速し、片手で三叉の槍を繰り出し卵丸の反対側からサメを攻めて尻尾を斬りつける。
無視するには斬撃が鋭すぎ、サメがどれだけ避けようとしても厚い皮を切り裂かれて流血させられる。
2人の海の男により、特大のサメの速度が徐々に低下していた。
そして、サメ狩りに全く関係無い戦いもまだ続いている。
熱と冷気が互いを食らい、赤と青の神秘的な光が2つの船を彩る。
「……何やってるんだ、あいつら」
演習の責任者として息子に良いところを見せたいという気持ちもあったファクル・シャルラハが青筋を立てた。
「手下が見てる前で怒鳴りつける訳にもね」
海洋軍に手を貸している元海賊ヨナ・ウェンズデーが、新しい義足で鋼鉄製甲板を踏みつける。恐ろしいことに、砲弾にも耐える装甲に義足の痕がついていた。
「ようやく絶望の青攻略が終わったばかりだというのに……元気な人達ですね」
軍に属していない『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)が代弁してくれたので、海洋関係者2人が放つ威圧感が減少する。
「それでこそ海の漢って感じもしますけど……」
良い意味でも悪い意味でも陸の軍人でしかない鉄帝船船長と水夫が戸惑っている。
「ん。演習再開。目標はサメ型モンスター全ての討伐」
マリナは鉄帝船長の隣に立って、船長の了解を得て演説を始める。
海の男は強くあれ。
夢やロマン、そして誇りを忘れてはいけない。
海のように広い心を持て。
「まぁ……私は女なんですが……」
そう付け加えても説得力は薄れない。
マリナには実力があり、その実力を鉄帝船のために使って来たのだから。
「幸いなことに追い風です。流れはこうですね」
鉄騎種達が慌ただしく動いて船の速度を上げる。
派手な交戦をする海洋の隻との距離が、じわりと縮んでいく。
軍人と元海賊が、翼やロープを活かして赤と青の船に乗り込んでいった。
「よしよし、良い子達ね。お駄賃は期待してくれていいわよ」
この海には何故か海鳥が多い。
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が彼等の協力を得ているのだ。
「ヨナちゃんも大変ね」
海鳥の編隊を通して見える2隻の海洋船は、率直に表現してサメ狩りの邪魔だ。
短時間で掌握すると角が立ちそうなのでヨナも手間取っているようだ。
アーリアの視線に気付いてヨナがうなずき許可を出す。
(ここで争ってるとうっかり樽を破壊しちゃうわよぉ、ここはひとつ、手を組んで沢山仕留めた後酒宴はいかが? 今なら私がお酌位するわよぉ)
だからヨナは海洋船の船長と主要な水夫にテレパシーを送り付ける。
海鳥からの情報が届く度に、船と人の行動から甘さが抜けていった。
「話が通ったか」
土竜と蝙蝠を掛け合わせ山嵐の毛を肩に生やしたような、獣種とは少し違った感じの旅人が甲板に伏せている。
重狙撃銃という扱いの難しいものを扱っているのに構えは堂に入っていて、『魔缶喰らい』クラウス・シユウル・ストレイン(p3p008567)の感覚は海中を必死に逃げるサメ(10年物)をしっかりと捉えている。
「さて、ぶらんでー……」
荒廃しきった世界で目にした、過去のチラシを思い出す。
「あぁ、酒のことか。生きてるうちに酒が飲めるたぁアッチにいたときにゃ想像も出来なかったな」
海洋の2隻が、アーリアからの情報をもとに導かれてサメを追い立てる。
「んじゃ、お仕事なんで『きっちり』『しっかり』『確実に』仕留めていこうかね」
言葉は軽く、行動は的確だ。
体から無駄な力を極限まで抜いて、落下する羽毛より小さな力で引き金を引く。
三つの遠隔子機がエネルギー収束させ、長大な銃身も活かして加速させる。
空気も海水も存在しないかのように貫いて、分厚い皮膚と強靱な肉を持つサメの背を貫き胸に抜けた。
「敵は尾びれを庇った。守りは予想より薄い」
敵能力の予測を修正して第二射。
今度はエネルギーの一撃に己の精神力を注ぎ、負傷したサメの尻尾を抉り海水を浸入させる。
「逃げるか」
3体のサメが、別々の方向へ逃げようとしていた。
「坊や達、まだ終わっていないわよ」
士気が高い帝国水夫が見惚れてしまうほど、アーリアの投げキスは華やかで鮮やかだ。
「うぉっ!?」
水夫だけでなく船長も驚き声をだす。
甘いキスが甘美な紅い花吹雪を呼び起こし、呪いとしても強力な呪縛で弱った個体を縛る。
「援護を頼む」
『エアリアルホッパー』陣雲(p3p008185)が単身で敵勢に突っ込む。
何もないはずの宙を蹴って加速と方向変更を行い、白兵戦しかできないとはいえ頑丈かつ大量な牙を持つサメに危険なほど近づいた。
「……っ」
陣雲が牙を蹴って手足を食いちぎられるのを防ぐ。
体格差がもたらすダメージは大きく、足だけでなく全身の骨がきしむ。
だが10年物も陣雲を突破できない。
突破できないということは、クラウスとアーリアの攻撃が届く場所に足止めされるということだ。
「その程度の攻撃ではな」
陣雲が傷つき海に血の臭いが混じる。
しかし少々傷ついた程度では陣雲は止まらず、命の危険にはまだ遠い。
シャークのヒレを掴んで太い体へ組み付き、至近距離から威力に特化した拳をめり込ませる。
サメの胸が凹み、大きく開いた口から空気と血が漏れた。
「隊長、艦砲の射程内です!」
「よし! ……意見は?」
「減速。当たれば樽が割れます」
マリナとの短いやりとりの後、鋼鉄船が急減速を始める。
減速しないと死にかけの個体が船体にぶつかり、腹の樽ごと砕ける可能性があった。
「これぐらいならもう手慣れたものでごぜーます」
鉄帝船の面倒を見たことがある海洋人なら、多かれ少なかれ感じていることかもしれない。
「うおー、海に逃がすかー酒おいてけぇー」
棒読みで言うマリナは直接は攻撃しない。
非常に優れた賦活の力を格闘戦闘中の陣雲に向けて、サメによるダメージを上回る治療を施し続ける。
「了解。酒を置いていかせる」
陣雲がヒレを離して胸側にまわる。
突き出た樽は、蒸留酒10リットルを蓄えた上で安全に保存する大きさだ。
「遅い」
サメが食いつく前に倍速じみた速度で樽の周囲を抉り、樽を切り離し、サメから離れる。
体内に残っていた呪いに新たに打ち込まれた呪殺に反応し、止めを刺されたサメが海の底へ沈んでいった。
●争奪戦のはじまり
縁はピンチであった。
10リットル樽が、水中戦闘の邪魔をしている。
片手を塞がれた状態で器用に蹴りを繰り出し、拳の跡が目立つサメの首を蹴る。
生存に必要な箇所を蹴り潰し、沈む前に樽をもう1つ回収はできたが、両手が塞がりこれ以上はちょっと厳しい。サメに勝つだけなら簡単だが酒を守りながらだと大変なのだ。
「ヨナちゃんだって、このお酒チャンスは逃したくないでしょ! お酒の為、手を貸してもらうわぁー!」
「分かったわ。……何してんだい、鉄帝の連中に無様なところを見せるんじゃないよ」
船が連携始めてイレギュラーズと10年物に追いつく。
鉄帝船も協力して10年物の樽回収に行い始める。
「海賊さんも競争といこうや! 一番多く仕留めた奴に一番少なかった奴が奢る、なんてのはどうだい?」
「アタシも含めて仕事中でね。そこまで言うなら腕を見せてくれよ?」
軽口を叩かれたクラウスが不敵に笑う。
「見せてやるさ」
少し威力を落とした、虹色の軌跡を描く光を生き残りの10年物に命中させる。
仕留めるには威力が足らず、しかし逃走の意志を奪うには十分な一撃だった。
「獲物は残り1つ」
マルベートが器用に樽を抉りとり、海洋船に投げ渡してから30年物を追う。
「赤尻尾だろうが青眉だろうが関係ねえ、魚を捕まえるのは漁師の仕事だぜ!」
カイトのテンションが上がっている。
ビームにも見えるブレスを飛び越え、僅かな予備動作を見抜いて空飛ぶシャークアタックを横移動で回避する。
遠くの船で、ファクルが顔には出さず感動していた。
「海に輝け超新星……スーパーノヴァ!!」
カイトに集中しすぎて隙を晒した30年物が背後から襲われる。
肉が削られ海水が濁り、しかし辛うじてまだ生きている。
傷口から大量の血を流しながら、海底へ全力で泳いで包囲からの脱出を試みた。
「逃げられると思っていたのかい?」
ディナーフォークを模した魔性の槍が、強靱な皮膚を貫通して鋼より固い頭蓋に突き刺さる。
マルベートは敢えて止めを刺さず、槍を引き抜く動作で肉を引きはがし神経を逆撫でする。
「臭いは別として命はなかなか」
尽きる寸前のサメの命は、だからこそ燃えさかっている。
肉を食らって命を繋ぐという本能が、サメを駆り立てマルベートを襲わせる。
だがその攻撃は直前の攻撃と比べても雑過ぎて、彼女が半回転するだけで回避される。
巨体の勢いは衰えず、海面に迫りそのまま水上へ飛び出す。
真新しい傷と古い傷が、元は滑らかだった表面をびしっりと覆っていた。
「撃ぇ!!」
慎重に狙いを定めた砲が吠え、10メートルの巨体の背びれや胴部を文字通りに削る。
銃や槍や毒や雷や呪いやドリルが、腹の樽を除く全てを貫き30年以上生きたシャークを死に近づける。
もう目も見えない。
サメは、最後に残った力で樽を押し潰そうとして、その前に胸元の何かを奪われたことに気付く。
「こんなに小さい物とはな」
陣雲が10リットル樽を胸元に庇って水面から海中に消える。
海洋船に乗る船長も有力者も人質ならぬ品質が消えたことで本気を出す。
膨大な火力がサメに直撃。サメは心臓まで心臓まで砕かれ海の底へと沈んでいった。
●ほろ酔い
初めて飲んだ酒は味が複雑で、不味さは皆無でも理解に時間がかかった。
気づいたときには、体全体が普段より熱く感覚がふわふわしていた。
「卵丸、お酒に弱くなんかないんだぞっ……酔ってなんか、酔ってなんかいないんだからなっ」
「少年」
「酒は楽しむものよー!」
アーリアとヨナに酔った卵丸を捕獲して座らせ、水と炭酸水とジュースのグラスを目の前に並べる。
酒飲みだからこそ、楽しみ方もよく知っていた。
「アンタ等手が止まってるよ!」
「了解ですヨナ姐さんっ」
得意な温度は違ってもどちらも熱操作を得意とする船長達が、暴走に対する罰としてサメ肉の調理を担当している。
「鉄帝の皆さんも、ほらぁアルコール消毒で傷を治して! 10年物は皆で分け合って、勝利の美酒といこうじゃない」
仮に参加した者にもしなかった者にも、手に入れたばかりの10年物が振る舞われる。
卵丸を酔わせたものと直接比べれば多少は劣る。
とはいえ、利き酒で10と30を見抜ける者は少数のはずだ。
その少数である縁はグラス越しに温度を測って、適温のタイミングで口元へ運ぶ。
「当たりだな」
サメの血や肉の香りが一切ない。
まずは鼻で香りを、次に舌で味を確かめ、五感に結びつけられた記憶が浮かぶのを感じ取る。
「いやー、一仕事した後の一杯ってのは沁みるねぇ」
海洋における大事件も、一段落のはずだった。
「30年ものっていうと……もはや私が生まれる前ですね……なんだか歴史を感じます……」
マリナが空の樽を興味深そうに両手で確かめている。
本当に細かな所まで見ると、なんとなく生物素材っぽいところがある。
「教導役殿、よければこちらを」
鉄騎種船長が大きな瓶を運んで来る。
酒が苦手な乗組員に飲ませるための、特別な日ための100パーセント葡萄ジュースだ。
鉄騎種達は30年物では良が足りなさすぎるので10年物をジョッキで、マリナは通常サイズグラスで乾杯する。
何も話していないのに自然に笑みが浮かんで笑い声が響く。、
マリナは大きな声は出すにグラスを傾け、ふと気になって空樽から漂う匂いと比べた。
「ブドウが材料でも全然違いますね」
アルコールが無くても悪くない感じだ。
毒に強くうわばみかもしれないマリナは年齢を理由に酒は飲まず、酒は香りだけを楽しんでいた。
「美味しい酒は皆で明るく飲むに限るね」
マルベートは若く見えるのに、グラスを傾ける様がとても似合っている。
「殴り合いも起きないのは驚いたけど」
30年物はイレギュラーズと船長格以上に。
10年物は水夫達へ。
今の所、暴動じみたものは発生していない。
「騒ぎが起これば刃傷沙汰だ。宥めさせた」
ファクルは顔色を一切変えないまま、空になったグラスを置く。
「なるほどね」
船乗りには酒飲みが多く、酒のとりあいは殺し合いに発展する可能性があった。
「できたぞー!」
かなりの武力を持つはずの船長2人が、高速で仕上げたサメ料理を並べる。
「待ってた!!」
現在19歳でアルコール自粛中のカイトが、大皿の1つを確保し甲板に座り込む。
多少の揺れでは酔いなどしない。
きつめに味付けされた野趣あふれる肉を、高速かつ丁寧に噛んで嚥下する。
「これっ」
味付けの中に今日嗅いだ覚えのある匂いをみつけた。
青と赤の船長が、にやりと笑って親指を立てる。
アルコールを飛ばしていても分かる、香りの良さだった。
「ふふ、美味しいブランデーを鶏肉に漬け込んで焼くと絶品なのよねぇ……」
上機嫌のアーリアが料理に気付いてカイトをからかう。
「んぐっ」
カイトが喉を詰まらせる。
酒への興味を料理で誤魔化しているので既に3皿目だ。
ちょっと、腹が大きくなっている。
「やめてくれよ、サメにも散々狙われたんだし」
傷らしい傷もないカイトが肩をすくめ、アルコールで柄が悪くなった水夫達が笑う。
食べた分はその日のうちに消費さえ、翌日には普段の体型を変わらなかった。
「あ? 盃が乾いてるじゃねぇか。ほれ、もっと飲め」
クラウスが水夫に絡んでいる。
酒を飲んでいるのに料理の消費量はカイト以上で、荒っぽい水夫が心配するほどだ。
「それってこいつより臭いのかい?」
完璧に密閉されているはずなのに不吉な気配を漂わせる勘を指1本でくるくるさせる。
水夫は納得した顔になり、10年物を有り難く注がれ一息で飲み干した。
「いけるじゃねぇか。ほれ食え食え」
椀にどさりとつみれを追加する。
過酷な世界に生きたクラウスにとってはご馳走以上の存在だ。
それで腹一杯になると自然と気持ちも上向いて、他人に勧めることが多くなる。
「ったく、これじゃ最初の一杯以外に俺が飲む暇ねぇじゃねぇか……。笑っちまうぜ」
汁ごと肉を流し込む。
「あぁ、うめぇなぁ……」
太陽の光が、目に染みた。
「……なるほどな」
陣雲が動きを再開したのは、量にして小さじ1杯分口に含んでから数分後だった。
嗜好品という単語の意味が本当に理解できた気がする。
物質的には生存に寄与しない、けれど精神的には膨大な栄養になり得る味だ。
「高く売れる訳だ」
前の世界でも同種の存在を見たことはある。
飲む機会などなく、微かな香りを嗅ぐ機会すらなかった。
「さて、どうしたものか」
誰はばかることなく、グラスを揺らして色合いと香りの変化を楽しむ。
この一杯は、陣雲が勝ち取った陣雲だけのものだ。
複数の強い感情が心の中で渦巻き、けれど忍びらしく顔には出さななかった。
「うー、ひどい目にあった気がするぞ」
卵丸は薄らと上気して、男女関係無く目の毒だ。
「飲んでいれば慣れるのかな」
グラスに残った30年物の雫を眺め、熱い息をこぼしていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
15年物の香りを記憶から掘り起こしながら書いたリプレイです。おさけだいすき。
GMコメント
サメ!
おさけ!
シャーク!!
判定は通常通りですが描写は勢い最優先です。
サメが宙を舞ったりチェーンソーが出て来たりしても、あんまり気にしないでください。
●目標
シャークの半数以上の撃破。
ブランデー20リットル以上の入手。
●標的
『ブランデーシャーク10年物』×6
全長5メートルのサメ型モンスターです。
腹の一部が木樽っぽくなっています。1体あたり10リットル。
原料はリンゴやブドウなど様々で、サメの肉の臭いはなく、実によい感じに熟成されています。
水中での機動力は3で、体当たり【物近単】【移】や、噛みつき【物至単】【必殺】を仕掛けてきます。
命中は低め、威力は高め、特殊抵抗は低めです。
今は逃走を最優先に行動しています。
『ブランデーシャーク30年物』×1
全長10メートルのサメ型モンスターです。
10年物にくらべると樽の容量は小さく、2リットルしか入っていません。
味と香りは……30年です!!
水中での機動力は4で、シャークブレス【神遠範】【足止】【泥沼】やシャーク体当たり【物中単】【移】【必殺】を仕掛けてきます。
全ての能力が高いですが、腹の樽部分だけは脆いです。
赤青の船長に怯えており、戦闘開始時点では逃走を最優先に行動します。
●友……軍?
『赤尻尾のジョン』
絶望の青帰りの船長。マグロの海種。
炎系の遠距離大火力技を使います。つよい酒飲み。
『青眉ロルド』個人に対して容赦のない攻撃を行っていますが、相手の船を破壊しないようにする程度の理性は残っています。
『青眉ロルド』
絶望の青帰りの船長。深海魚の海種。
氷系の遠距離大火力技を使います。つよい酒飲み。
『赤尻尾のジョン』個人に対して容赦のない攻撃を行っていますが、相手の船を破壊しないようにする程度の理性は辛うじて残っています。
上記2人の船の乗組員は、どちらも半数程度がベテランで、もう半数は船に乗り込んだばかりの新人です。
船長を応援したりはやし立てたりはしますが、相手船を積極的に攻撃しようとはしません。「それすると殺し合いになっちゃうし」
どちらの船の機動力も変動しますが最大で3です。
●友軍
『鉄帝船』×1
船長も部下もひたすら頑丈な鋼鉄船です。
絶望の海では船を庇ったりもしたので、三角巾で腕を吊ったり松葉杖を使っている人も結構います。
イレギュラーズが操船を手伝っていた時点で機動力3。
戦闘開始後は2より下になるかもしれません。
●シャーク樽についての特殊ルール
【単】であれば、樽を狙わない限り樽は破壊されません。
【貫】だと、気を付けないと狙わなくても当たる可能性あり。
【範】だと、当たって壊れます。
●戦場
1文字縦横40メートル。戦闘開始時点の状況。晴れ。西向きの風。上が北
abcdefghij
1■■■■■■■■■■
2■■■■10■■■鉄■
3■■30■■×■■■■
4■■■■10■■■■■
5■■■■■■■■■■
6■■■■■■■■■■
■=絶望の青に比べると穏やか過ぎる海。
30=『ブランデーシャーク30年物』1体が西へ逃走中。
10=『ブランデーシャーク10年物』3体が西へ逃走中。
×=『赤尻尾のジョン』の船と『青眉ロルド』の船が並走しながらシャークを追っています。
鉄=鉄帝船。イレギュラーズ初期位置。
●EXプレイングでの関係者登場について
今回はコメディ色が強くギャグの雰囲気まであるので、登場を試みる場合はよく考えてからお願いします。
もちろん、関係者の参加は大歓迎です。
赤青船長の船に乗り込んでいたりいつの間にか乗っ取っていたりする展開も、多分OKです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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