melancholic sunroom

オープニング

●憂鬱な部屋
　部屋に入るといつも通り彼女は木の根元に腰かけていた。
「やぁ、今日は君にプレゼントがあるんだ」
「どうせつまらないモノなんでしょう？
　ああ、憂鬱だわ。貴方ってどうして毎日私に会いに来るの？」
　ベルベットみたいな真っ赤な唇をすぼめて大げさな不満を吐き出す。
　彼女はいつだって不機嫌だ。
　そりゃそうだろう、かつて素晴らしかった部屋は今はもう見る影もない。
　花壇に残るのはもう枯れ果てた茎ばかりだし、噴水に至っては壊れて澱んだ水をたたえている。
「もちろん、君の事が好きだからだよ」
　僕は行きつけの雑貨屋で見つけた青い花が描かれたオルゴールを差し出した。
　なんだかんだ言って彼女は僕にあまい。
　つまらないモノと決めつけた癖に壊れ物を扱うようにそうっと贈り物を受け取るくらいには。
「暫くここに来れなくなったんだ。
　ねぇ、君。これのネジを巻く度に僕の事を思い出しておくれよ。
　帰ってきた時にもしも君に忘れられてしまったら堪らない」
「いやよ。貴方、私の機嫌を取りたいなら……明日。明日、別の物を贈ってちょうだい」
「明日の夜明けに出発するんだ。
　帰ってきた時は花を贈るよ。この部屋が昔みたいになる様に、たくさん」
　目を潤ませてオルゴールを抱く彼女へ、僕はそう告げるしかない。
　本当は彼女だって分かっているはずだ。仕方ないことだって。
「貴方、プレゼントのセンス最低よ。勿忘草を贈るなんて」
　恨めし気に見つめてくる彼女に僕は微笑んだ。
　きっとプレゼントは大切にしてもらえるだろう。

●極小世界
「新しく発見された世界の調査をお願いしたい」
　ヱリカは集まった特異座標たちの前でそう切り出した。
「発見されたのは極めて小さな世界である。
　規模としても小さいし、容量としても非常に小さい……。
　具体的に言えば、調査して頂く世界は一度に一人しか入る事が出来ぬ。
　二人入れば空気を入れ過ぎた風船の様に弾けて消えかねん」
　ヱリカは広さとしても非常に小さいと付け加え、紙に正方形を描いて見せる。
「いわゆる温室の様な部屋が一室分。
　中央に噴水。四方に木、花壇、物置棚、ドア……そう、出入り口がある。
　このドアの先があるのか否かを調査するのが今回の目的である」
　そこまで言ってからヱリカは眉を寄せた。
「一応ドアを破壊できるか、という事に関しては一通り試してみた。全く無意味であったが。
　また、物質透過等のスキルで部屋の外に出るというのも不可能であった。
　開錠については……そもそも鍵穴がない」
　それから、とヱリカは正方形の温室の花壇のエリアに指をスライドさせる。
「我が最初に入った時はこの花壇に何もなかったのだが、2回目入った時はヒースの花が咲いていたのだ。
　3回目以降の変化はなかったが、もしかすると貴殿らが入るたびに何か変化が起こるかもしれぬ」
　ヱリカは顔を上げると、集めた面々に深々と頭を下げた。
「この調査、情けない事であるが我の手にはあまる。皆様方、どうぞよろしくお頼み申し上げます」

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第2章

第2章 第1節

●憂鬱な部屋
　戻ってくると言って彼が出て行ってからどれだけの月日が経っただろう。
　久方振りに濁りの取れた水面に自分の顔を映して思う。
　醜い姿になってしまった。
　あの人が撫でてくれた肌はカサカサで、豊かだったはずの髪はスカスカになってしまっている。
　こんな姿になって彼は私の事を分かってくれるだろうか。
　姿が変わってもずっと同じ場所にいたら分かってくれるだろうか。

　――イベリスよ。
　お前の様に太陽以外に無関心であればこんな思いはしなくてもいいのだろうか。
　もしくは、初恋の思い出と切り離せれば、希望と言う甘い誘惑に怯えずともすむのだろうか。
　もはやヒースの如き孤独には疲れてしまった。

●2章開始時点の部屋の様子
　何となく憂鬱な雰囲気の部屋。
　光源がなく暗いのですが、明るい場所と同じように物を見る事が出来る不思議空間です。
　壁はなんとなくガラスの様な材質。
　外は雨が降っているようです。時折雷の音も聞こえます。

・出入り口
　ぽつんと壁にあるドア
　鍵がかかっているようでびくともしません。
　攻撃で破壊する事も、物質透過等のスキルやギフトで通り抜けることも出来ません。
　開錠するにも鍵穴も存在していません。

・木
　部屋の天井に届きそうな高さの木が生えています。
　ほとんど枯れかかっていて元気がありません。

・花壇
　現在はヒースと紫のイベリスが生えています。
　土の入った鉢がいくつかありますが、荒れ果てた様子。

・物置棚
　雑然と色々なものが置かれている棚です。
　スコップや肥料等の園芸用品や掃除道具、工具箱が置いてあります。
　蓋に勿忘草が描かれた小さなオルゴールも置いてあります。傍には金色のオルゴールのネジが。

・噴水
　部屋の中央にある噴水です。
　綺麗な水をたたえていますが、水の流れがありません。
　配水管が傍にありますが、バルブをひねっても水が出ません。
　何かが管の中に詰まっているようです。

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第2章 第2節

　激しい雨が天井を打ち付ける音が響いていた。
　遠くには雷鳴。稲光の一つでもあっていいはずだが、ここでは何もかもが闇に沈み込んでいる。
（何だか、寂しい感じがする部屋だね……。
　雨は好きだけど……。何でかな、此処のは少し、切なくなっちゃうな）
　『おもちゃのお医者さん』イーハトーヴ・アーケイディアン（p3p006934）は抱えた兎のぬいぐるみ、オフィーリアを抱きしめる。
　この闇は世界、あるいはこの空間の主の心を映している様に感じられたのだ。となればこの激しい雨は滂沱の涙か。
（あ、この木、元気がないね）
　なにかできる事はと歩き回れば目についたのは温室の隅に生えた木。枝はやせ細り、葉もほとんど落ちてしまっているが……逆に言えば葉が僅かでも残っているならまだ生きているという事。
「待っててね、今お水をあげるから！」
　物置棚に見えた如雨露を取り、噴水の水を汲み上げイーハトーヴは木の根元に水をかけてやる。
　土の上に撒かれた水はぐんぐん吸い込まれて、長い間飢えていたのであろうことが分かる。土全体が十分に湿り気を帯びるまで、ついでに花壇にも水をやればイーハトーヴの額にはうっすらと汗がにじんでいた。
（俺は、植物には明るくないけど……君が元気になることを、心から願ってるよ）
　木の幹に額を付けると、不意に柔らかな風がイーハトーヴの頬を撫でる。
　いつの間にか激しかった雨音は遠く、温室には静穏が戻っていた。

成否

成功