PandoraPartyProject

シナリオ詳細

砂塵に消ゆ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂塵の下
 一発の銃声が、果ての無い空と砂の空間に広がった。
 呆然と仰ぎ見たはずの空は、照りつける太陽が目を焼いて色を認識できない。なんてこった、最期だというのにもう既に真っ白だ。
 駆け寄ってくる相棒の姿を耳で感じる。馬鹿野郎、依頼人はどうした。仕事を果たせない傭兵に意味があるもんか。
 もう声が出ないんだ、分るだろう。どれほど死体を見てきたと思ってやがる、すぐに判断して行動するんだ。
 さあ、行け! 戻れ、金を貰うためにとっとと失せろ!
 俺等が持てる技術は金貨に変わる、支払われた報酬を掴めるのは生き残ったやつの特権だ。
 その為にここに来たのだろう、危険を冒して掴んだ金で生きていくしか無いんだ。
 俺はもう駄目だと分っただろう。あと数分もしないうちに俺は死ぬんだ。
 行け。俺の分まで報酬をぶんどってうまい酒でも飲んでくれ。
 俺が死んでも、世界は回るんだ。誰かが俺のいたところにやってきて、何事も無かったように動いていく。
 約束の酒は、地獄までお預けだ。
 行け、行けよ! ああ畜生、クソッタレ!


●Nobody known
 ――血は金より重くワインよりも濃く、そしてチョコレートより苦い。
 いつ誰が言ったのか忘れてしまったが、この言葉は脳裏に焼け付いていつまでも剥がれない。
 天井へと向けて煙を吐きかけながら『砂礫の鴉』バシル・ハーフィズ(p3n000139)は暗澹たるため息を吐いた。
「ラサへ行って欲しい」
 たった一文、それだけつぶやくと懐から取り出した灰皿で火をもみ消した。
「ある傭兵から一つの依頼が持ち込まれた。先日、護衛の依頼中に狙撃され死んだ相棒に酒をやりたいという話だ」
 なに、単純な話だとバシルは笑った。しかし依頼主も傭兵であるのなら、わざわざ人を雇わずとも良いのでは、なぜ自分の力で行かないのかという疑問がイレギュラーズから上がった。
 まあ詳細を聞いてから決めてくれ、とバシルは軽い口調で依頼の内容を語り始めた。
 場所はオアシスから一昼夜歩いた先にある住居跡、広大な岩石地帯に存在するごく小規模な集落の跡地だという。
 流水によってえぐり取られた岩盤の下手に位置するその場所は、入り組んでいて高低差もある。依頼人の傭兵が商人キャラバンの護衛を引き受けた際に通り過ぎたその場所で彼らは盗賊達に襲撃され、幾らかの荷物と一人の傭兵の命を奪って去って行ったという。
 そして暫くの後、盗賊の噂はぱったりと途切れ、代わりに人々が口にするようになったのは「盗賊に全てを奪われ、死して尚復讐する男」の話だった。
 もしや、と思ったのだろう。その噂の真偽を確かめた後、男はローレットへと話を持ち掛けた。
「その男が望むのは友人との一騎打ち。未練を形にして残した男を完全に“殺す”ため、砂漠のど真ん中に挑むなかなかの阿呆だ。だがその心意気は嫌いじゃねぇ、イレギュラーズの中には俺と同じやつがいるだろうと思って仲介を引き受けた」
 そこに現われるゴーストを10体倒し、依頼人の邪魔をさせないこと。それがバシルが引き受けた依頼の内容だった。
「さて、ここで簡単な計算だ。現われた盗賊たちは10人、ゴーストの数も10体。この数字が意味することが何なのか、少し考えてみると面白い」
 結果として相棒の仇である盗賊の行方は杳として知れず、噂と共にゴーストだけがそこに残った。依頼人の話には語られなかった部分があるものの、それで十分だとバシルは言う。それはこの依頼において、さほど意味の無い情報だ。
 ――執念とは、ときに恐ろしい化け方をするもんだ、と。
「金と命は釣り合わねぇ。金は幾らか捨てられるが、命はおいそれと放り出すわけにもいかねぇからな。結果として商人の素早い機転で被害は最小限に抑えられた――そう評価することも出来る」
 命を冒す危険と引き換えに金を得る、それが傭兵なのだと依頼主は語ったという。
 それだけなら良くある話と聞き流すことも出来ただろう。
「それでも男は行くんだと。友を眠らせ、約束の酒を届ける為に」
 滑稽な話だと思わねぇか、とバシルはため息交じりに笑う。
「さて、ここからは報酬の話と行こうか。分け前は金貨がたっぷり詰まった袋一つ分、好きなように分ければいい。奴さん、この金に手を付ける気がねぇからってまるまるこっちに流すつもりだ。……まあ、この金を貰う資格がねえって言いたいんだろうが」
 手つかずで残すよりは、周り巡って誰かの利益になることを望んだそうだ。
「ネフェルストに着いたらラシェトという男を訪ねてくれ。そいつが今回の依頼人だ」
 依頼人との待ち合わせ場所を書いたメモを渡すと、バシルは新しい紙巻きを取り出した。
「よろしく頼む」
 そういうと、狙撃手たる男は口を閉ざした。

GMコメント

 梅雨ですね、水平彼方です。
 今回は傭兵より、いつもより少し変わった形でお届けします。
 戦闘と相棒への贐、二つの場面で構成されます。
 友を送り出す時に、何を思うのでしょうか。是非ともお聴かせ下さい。

●成功条件
 ラシェトが「傭兵の亡霊」を倒す。

●集落跡について
 朽ちた家屋跡が固まって出来た村落跡地。
 天井は崩れていますが、物陰になって死角を作りだしています。

●盗賊のゴースト×10
 この辺り一変を根城としていた盗賊達のゴーストです。どれも無残に切り裂かれたような傷跡が見られます。さほど強くありません。
 剣持ちが8体、銃を持った狙撃手が2体現われます。
 それぞれ剣による物近単の斬り付け、銃による遠物単攻撃を行います。
 狙撃手のみやや離れた位置に潜伏しています。

●傭兵の亡霊
 ラシェトが“殺す”と宣言したゴーストです。少しは名の売れた傭兵でしたが、数ヶ月前に依頼中に命を落としました。

●ラシェト
 相棒が亡霊の噂の出所であると知り、ローレットに依頼を持ち掛けました。1:1の状況であれば亡霊に負けることは無いでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 皆様のプレイングをお待ちしております。

  • 砂塵に消ゆ完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月02日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)
デザート・ワン・ステップ
シュテム=ナイツ(p3p008343)
久遠の孤月
シュヴァイツァー(p3p008543)
宗教風の恋

リプレイ

●ラシェトという男
 ラシェトは生真面目な男だった。そして同時に不器用だった。
「相棒に酒を……そういうことならば協力しましょう! その約束を守ろうとする心意気、商人的にとっても好感触ですよ?」
 と、アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)が快活に言ったのを見て、一瞬面食らった後寂しそうに口元を動かすとぼそぼそとした声「よろしく」と返事をした。
「その友人ってのは、随分と熱い男だったのかな」
「交渉事は、アイツが殆どやっていた」
 ガスマスクの向こう側、くぐもった声で『宗教風の恋』シュヴァイツァー(p3p008543)は短く、そっかと相槌を打った。
「そういえば、二人はどんな仕事をしてたの? 仕事が無い時ってやっぱり鍛錬してたのかな」
 『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が覗き見える左眼の表情をくるくると変えながらラシェトを見た。
「実践形式で剣を打ち合うことが多かった。勝率は五分五分だったが、僅かに俺が上だった。アイツは分が悪くなるたびに飲みに連れて行かされるのが日常だった」
「いい奴ほどすぐ死んじゃうってね、全く」
「友情って、時として傍から見てる分にはよくわからないヒロイックがあるんだね。そういう非合理さは理解しがたくはあるけど、悪くもないと思うんだ。傭兵向きの性質かはともかくね」
 思い出を聞きながら噛みしめるように漏らしたシュヴァイツァーに対してルフナの淡泊な反応も、ラシェトは聞き入っているようだった。
「友を送る傭兵か」
 『らぶあんどぴーす』恋屍・愛無(p3p007296)は少し視線を下に落とした。
「未だ眠れていないのならせめて手向けを……というのは解る話ね」
「覚悟はしていたとしても、突然別れることになるのは辛いものだ。私もスラムにいた頃は突然誰かが居なくなることは何度かあったからね……」
「この地では珍しいわけでも無かろうが。多少は感傷的にもなるか」
 『月下美人』久住・舞花(p3p005056)と『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)の静かな声に応じる愛無もまた平坦な調子だ。照りつける太陽の下で、暗い紫色は陽炎の中に過去を垣間見た。
 仲間と呼べる数少ない存在を愛無も失った。死体は喰われたか存在せず、遺品は夜盗の類いに盗られたのか残ってはいなかった。今も現場に、そして愛無の胸の裡に未練だけが残ってる。
「故に、これも縁か」
 似た境遇の彼に引き寄せられたのも、目に見えない力が働いたからなのかも知れない。目に見えない、といえば。
「幽霊もまた執着によりこの世に留まり続けるというが……今回の依頼人もまた、執着が強いようではあるな」
 『艦斬り』シグ・ローデッド(p3p000483)が捨てられた玩具達のパーティーを思い出す。塵に塗れた遊んでほしいという一念で世に留まった姿と重ね合わせ、それが求める知であるか「願い」であるか静かに見定めようとしていた。
「因縁の相手と一騎討ちか……私もいつかやってみたいものだ」
 『久遠の孤月』シュテム=ナイツ(p3p008343)は気だるげな視線の中に羨望の光を潜ませてラシェトを見た。
「できるならばラシェトさんの戦いを見届けたいものだが、他の亡霊共の妨害を防ぐために私も一肌脱ぐとしよう」
「友との別れを邪魔する無粋なゴーストは私達が相手をしよう。だからラシェト殿はしっかりと別れを告げてきてほしい。大丈夫、貴方の言葉はきっと届く」
 メートヒェンがスカートの端を持ち上げ、折り目正しく一礼する。
「我が儘に付き合わせるが、よろしく頼む」
 短い言葉の裏に決意と緊張を滲ませた声は、沈みそして僅かに震えていた。

●根城
 集落跡に真っ先に入ったのはメートヒェンのファミリアーだった。
「争った形跡はないね」
「こっちもまだ……いや、ファミリアーに反応したみたいだ。四時と十時の方向に不動の気配、狙撃役だね」
 シュヴァイツァーが掴んだ位置を共有しながら、物陰に隠れつつ慎重に距離を詰めていく。敵を視認できる位置まで移動すると、魔剣『ローデッド』へと姿を変えラシェトに携えられたシグが周囲をぐるりと見回した。
「ああ、壁裏に隠れて銃口だけ覗かせている」
「これで大凡の位置は把握できたでしょうか」
「そうだね。後は相棒さんだけだけど……」
 舞花が敵の数をカウントするとルフナが周囲を見回して姿を探す。
「俺が出て行けば……」
「可能性は高いと思います、ラシェトさんの相手ですから! ですがまずは私達の『お仕事』の時間ですね!」
「私たちの力を持ってすればきっとやり遂げられる……が、侮ったり油断したりせず、堅実にいこう」
 シュテムの言葉を合図に、イレギュラーズ達は体制を整えていく。シグはラシェトの元を離れ、アレクサンドラの背に収まった。
「よろしくお願いします! さあ、しっかりついてきて下さいね」
 そしていよいよアレクサンドラを筆頭に、敵陣の中へと駆けだした。敵陣深くまで走り抜けた彼女はくるりと振り返ると、愛想よく笑顔を振りまいていく。
「盗賊の皆様『運び屋サンディ』と申します、皆様にとっておきのお届け物です!」
 突如現われた運び屋の営業スマイルに得物を構える盗賊達、それに対してアレクサンドラは懐から取り出したゴールド袋をちらつかせる。途端そいつを寄越せとばかりに押し寄せる盗賊達を、牽制しながら器用に立ち回るアレクサンドラ。
 魅惑の金色を目の前に色めき立つ盗賊達を睥睨しながら、シュテムは鯉口を切る。
「盗賊のゴーストか……生前に人の持ち物や命を奪っておきながら、今もなお他人のモノを取るしかできないというならば、私がここで引導を渡してあげよう」
 青白い妖気をたなびかせる刀身が閃いたかと思えば、一拍遅れて澄んだ音と共にゴーストを斬った。群がる盗賊たちが押し寄せる中、颯爽と躍り出る淑やかで苛烈な人影が一つ。
「そんな粗末な歓迎で満足できると思うのかい? アレクサンドラ殿を見習うといい。――ああ、すまない。もてなす程のものを持ってなかったから盗むのか」
 岩肌を蹴り上げた勢いのまま蹴りかかると、数名のゴーストの注意を奪って立ち回る。敵陣深くまで食い込んだ襲撃者は、更に牙を剥く。
「……私もまた、怪異の一種なのでな。その通りに動かさせてもらうとしよう」
 剣から人へ、狙撃者を狙う狙撃者へ。派手な立ち回りを続ける二人の影で、シグはシュヴァイツァーが示した方向へとひた走る。壁をすり抜け仲間を狙う銃口を見ると、体から排出した液体金属を剣へと再構成し勢いよく投射する。
「暗殺用の毒剣である。幽霊に効くかは少し疑問ではあるが、試してみるとしよう」
 突如現われた敵に対して碌な反撃を許さぬまま、ゴーストの体に突き立てられた。
 囮部隊がまとめ上げた敵集団を逃がさぬようにと、陣形を整えた二陣が到着したのはその後だった。
 匂いで仲間と自身の距離を確かめていた愛無は、背後でラシェトが剣を柄を握り締めたのを察した。その向こう側に一人の男が立っているのを見つけて、舞花は目を眇めて同じ人影を見る。ルフナが精霊の囁きを聞いてすうっと目を細めた。
 今にも飛び出しそうなラシェトは、しかしその時ではないと思いとどまった。
 それはラシェトがあの日置き去りにした相棒の無残な姿そのものだった。見たくなくても見てしまう、それがお前の見るものだと言わんばかりに目を見開いて、食いしばり、激情を宥め賺して時を待つ。
 ラシェトの視界が不意に陰ったのに気がつき見上げると、ここら一帯では目にかかれない鬱蒼と生い茂る木々が現われた。
 何事かと見てみれば若くしなやかな体を日に晒しながら、幻想種の少年がにこりと笑った。慰めるように、あるいは先達が窘めるように。ルフナは体に満ちるマナを解放し、無骨な岩石地帯に『澱の森』を再現した。
「ラシェトさんは、今のまま彼に斬りかかって勝てるの?」
 暫しの無言。だが一度頭に昇った血が降りるには十分な時間が流れた。
「頼む」
 願うは一つ、叶えられなかった約束を果たすため。
 ――俺とアイツを、二人にしてくれないか。
 そう言ってラシェトは相棒の元へと駆け出した。ルフナの目には変質を嫌う森がラシェトを吐き出したようにも見えたが、それでいいとも思えた。
「委細承知致しました」
 凜とした声で依頼主の声に答えると、舞花は腰に佩いた得物を抜く。風切る音すらなく軽やかに、水面を滑る花の如く駆けていく。
 舞うは一興。水鏡に映る花の如く鮮やかに、水底の月の如く静かに。向けられた敵意など些細なもの、大海に小石を投じたところで何の意味があるだろう。
 凪を体現する舞花の手から、紫電を纏う一撃が静かに振るわれた。
 この切っ先が届く範囲、全て巻き込んで一陣の風を巻き起こす。追い打ちと言わんばかりに愛無の放った杭が直線上に突き刺さる。肌を食い破って侵入した粘液が怨霊の核をじわりと蝕むと、がくんと体が揺れて傾いた。
「決着をつけてきたまえ。贐とは生きている者にこそ必要なのだから」
 依頼人の男は不器用で、だがどこか愛無と似ている。「人間」という生命について学び、傭兵としてあり続けた時間の長さがそう思わせるのか。
「男の友情に手出しするのは野暮よ、ヤボ。そんな奴は俺の刀でひっくり返ってボヤ起こしちまいな」
 歌うようにシュヴァイツァーが柄の先端についたキーホルダーリングに指先を通し、玩具のようにポン刀を振り回す。
「火葬が希望か、そうかそうか」
 ならばお望みのままに。子どもが遊ぶようにぐるぐると回る刃が炎を呼ぶと、巻き込まれるようにして燃え上がった。
「ああああぁあ――っ!」
 イレギュラーズ達が開いた道が閉じぬ間に、ラシェトは吼えながら進んでいく。手を伸ばした盗賊の腕を斬り、払いのけ、他には目もくれずにただただ走る。
 ガスマスクにはめ込まれたレンズの向こう側、立ち上る陽炎に滲んで男の亡霊の姿がぼやけて見えた。

●道程
 イレギュラーズ達の連携の前に、盗賊の亡霊は為す術もなく次々に倒れていった。
 傷だらけの体は斬られ、貫かれ、或いは痛烈な打撃によって体の形を失っていく。
 シグの目の前で亡霊は倒れ、固い岩にぶつかる前に靄となって消えていった。
「残る一人はそこから十一時の方向だよ」
 シュヴァイツァーが察知した情報を伝えると、そちらへと目を向ける。物質的な障害を超える視界が敵の姿を捉えると、狙いを定めて魔弾を放つ。亡霊も悪夢を見るのかという疑問に興味はあるが、敵そのものにそこまで興味を持てなかった。
 見るなら末期の瞬間でも抱えていればいい。
「ラシェトさんのところへは行かせない、邪魔もさせないよ」
 シュテムがラシェトを追いかけようとした盗賊の足下を攫うと、速くそして正確に斬撃を飛ばす。
「二人にするという依頼なのです。いえ、それ以上に私は願いを叶えたいと思いますから!」
 向けられる敵意ごとダンスを踊るようにして、アレクサンドラは亡霊達を相手取る。注意が逸れたところへと撃ち込まれる牽制攻撃に苛立ちを募らせて、我武者羅に振り回された剣をひらりと躱す。
「おや、気になるかい?」
 メートヒェンは盗賊の注意がラシェトと相棒へ――とりわけ相棒の亡霊の方へと向いたのに気がついた。
「……相棒殿が気になるようだが、私の相手をして貰えるかい。ダンスのお相手が倒れてしまって退屈していたところなんだ」
 そう言いながら放たれるのは一撃の赤、二撃の黒。赤か黒、破滅と死の二択を強いる鮮烈な連打で相手を追い詰めていく。
「悪く思わないでくれ、彼を万全に送り出すのが仕事ゆえ」
 全盛の力を体に漲らせ、全身に粘膜を展開する愛無。無数の眼球を持つ蛇のような姿に変態すると、視線で射すくめた相手は目や鼻、口から血を流してぐずぐずに溶けていく。
 一つ、二つ――。半分以上消えていった亡霊を数えながら、舞花は相棒に剣を撃ち込むラシェトの方を見た。
「なんで戻ってきた!」
 ラシェトではない、聞き覚えの無い声が叫ぶ。よく通る声は彼よりどこか低く、嗄れた声は村落跡に響いた。
 胸と腹に開いた傷跡の、恐らく致命傷であろう傷跡から血を流しながら容赦なく斬りかかるラシェトの剣を受け止めた。
 社交的で話題に富み、よく巫山戯てはラシェトに呆れられていた。
 ルフナが聞いた思い出話をまとめ上げれば、相棒の人物像は人好きのする明るい人物だったのだと分る。
 位置を定め仲間を囲むように故郷の森を展開させると、救いの音色が染み渡るように満たしていく。
「約束が心残りになるくらいなら、いっそここで終わりにさせる」
 悲愴に満ちた声で叫ぶと、息つく間もなく剣を振るい相手を追い込んでいく。
 割って入ろうとする邪魔者はシュヴァイツァーと舞花、二人の炎と雷に焼かれ撃たれ消えていった。
「出来ればラシェトさんと亡霊はタイマンしてもらいたいから。俺は怠慢しないよ」
 明るい砂漠で目を焼くような光が爆ぜる。網膜を焼き切るような激しさに、視界が白く塗りつぶされてしまう。
「これで仕舞いです」
 得物を握る舞花の指先に確かな手応えがあった。骨に這わすようにして刃を滑らせ最後まで振り抜くと、胴を真っ二つに両断した。
 そして、舞花の放つ光が何かに反射してきらりと光ったのをシグの目は逃さなかった。
「お前さんで最後だ」
 地獄のような生の夢もこれで終わり。真っ直ぐに飛んだ弾丸は、かつて心臓が打った胸を貫いていく。瞬きのあと既に亡霊の姿はなく、残されたのは二人の男達だけとなった。
 
●献杯
 やや力任せな剣筋は、豪放な性格によく合う気持ちの良さがあった。
 癖は嫌という程知っている。
 剣を弾いたあと、決まって胴を狙って撃ち込むのが彼のパターンだ。冷静に距離をとって体制を整えると、すぐさま飛びかかるようにして鍔迫り合う。
 ――分っている。これがラシェトの我が儘だというくらい、嫌という程思い知っていた。
 それでも尚止められなかったのは、殺された恨みで盗賊殺しをしただなんて噂が許せなかったからだ。
 賞金目当てやられた盗賊には同情しないが、それがあたかも彼の所業として語られるのが我慢ならなかった。
 そして何より、彼の死から抜け出せない自分が情けなかった。
 ラシェトの剣が遂に届く。その瞬間ふと和らいだ表情で笑うものだから、やりきれなくなった。
「やっぱり、俺より上手だなァ」
 勝負に勝つ毎に言われ続けた文句を聞くのも、これが最後だ。
「もう寝ておけ」
「そうするよ」
 穏やかな表情のまま傍らに膝をついたラシェトを見て、緩やかに目蓋が降りていく。
「ありがとな」
 その言葉に終ぞ返事をし損ねたまま、今度こそ彼は逝った。
 暫く呆然としていたラシェトはゆっくりとした動作で剣を収めると、一本の酒瓶を取り出して封を切る。
 そこに一羽の鳥を従えたメートヒェンがラシェトへ何かを差しだした。
「辺りを探してみたら、こんな物が見つかってね」
 赤い布地に炎の意匠が縫い止められたそれは、かつて相棒の額を飾ったもの。メートヒェンから受け取ると、握り締め額にこすりつけるようにして顔を覆った。
「……亡霊となった傭兵、彼に自我は残っているのだろうか」
 彼の立っていた場所を見て、舞花はそっと呟いた。もしも死んだ後も自我が残っていたなら、それは……復讐を果たすまでは良くとも、それ以上は唯の地獄。
 何れにせよ未だ晴れぬ未練を祓うのは、ラシェトの相棒としての最後の仕事だ。
「ラシェトさん、彼の墓を作っておいた方がいいだろうか? きちんと弔ってあげた方が彼も喜ぶと思うんだ、何んとなく。もちろんラシェトさんが賛成してくれたらの話だけどね」
「そう、かも知れないな。それなら故郷の方がいいだろう。この先どのみち立ち寄るつもりだった」
 顔を上げたラシェトは改めて酒瓶を手に持つと、彼の立っていた場所に――凶弾に倒れ息を引き取った場所に注いだ。
 最後に残った一口を一息に煽ると、地面に叩きつけて瓶を割る。
 それはもう、ここに戻ることはないと言い切るような潔さだった。
「気分は良くなったかね?」
「わからない」
 シグの問いにやや迷いながら答えたラシェトの表情からは、悲壮感が拭われていた。
「……これで、『先に進める』ようにはなるかね?」
「わからない。だが生きていれば前に進むしかない、きっとそう言うだろうさ」
 そういう男だったよ、と語る表情は穏やかで、昔日を懐かしむように笑っていた。
「ありがとう」
 共に戦ったイレギュラーズ達へ、かつての相棒へ。一番言いたかった言葉をやっと言えた男の表情は悲しく、晴れやかだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ラシェトの無念を晴らす、我が儘な旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
 皆様からお寄せ頂いた思いを目一杯詰め込めるように、と思いながら書き進めましたがいかがでしたでしょうか。
 こんな気持ちかな、というのを想像しながら楽しく執筆させて頂きました。

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