シナリオ詳細
尊き光よ、奪われてくれるな
オープニング
●
――その光に、喪失を見た。
星月の光さえ届かぬ森の中を往けば、その先に見えたのは無数の蛍の姿。
夢のような光景に魅せられ、わたしは光の只中に足を踏み入れる。
踏み入れて、しまった。
「………………?」
感じた違和感は、些細なものだった。
今朝の献立。明日の予定。ふとそれが思い浮かんでは、即座にそれが分からなくなってしまう。
まるで、「お前はそれを失ったのだ」と、何者かが告げるように。
(……違う。『まるで』じゃ、ない)
喪失は終わらない。
友人の顔、住まう場所、自分が今なぜ此処に居るのか。
過去が消える。記憶が消える。その事実に恐れ、漸く今自分がいる場所が『良くない場所』であることを理解して――その認識すら、数秒の後に光と消える。
「嗚、呼」
恐ろしい。恐ろしい。
失ったことすら理解できず。ただ何も無いこと、それはこれほどに焦燥と不安を掻き立てるのか。
眼前の光は何だ。此処は何処だ。それを思考する猶予は、『その時』に終わりを迎える。
「……あ、かッ!?」
呼吸の仕方すら、頭の中から消えて。
倒れこむ。立て直さねば。四肢はどうやって動かす。否。何故動かす必要があったのか。
視界が痛みと共に滲んだ。零れる涙に、瞬きの仕方すら忘れたのだと――なんだ、まばたきとはなんだ。
いたい。なぜだ。いたいはなんだ。くるしい。いきが。うごかない。なんで。こえ。おと。ならない。たすけて。だれか。だれか。だれか。だれを。だれでも。だって。しぬ。しぬ。だれが。なにが。しぬって、いったい。
「――――――」
こぽ、というおとがきこえて。まっくら。
あれ。おかしいな。
さっきまで、あんなにぴかぴか。してた。のに。
●
「……夢食い蛍」
って名前、ラシイよ? と。
情報屋にその場を任された『龍眼潰し』ジェック(p3p004755)は、自身が誘った7名の同僚へ説明を始める。
依頼をこなす場所は幻想の森林地帯の一角。そこに急遽現れたその昆虫型の魔物は、夥しい数を為して尚、未だにその数を拡大、広大な森林を徐々に支配しつつあるらしい。
「具体的な被害は?」
「マダ、野草取りに来た町人一人。……だけど、ソノ魔物が住んでる場所の付近に町が有るラシイ」
つまり、遠からずの被害は確実と言うこと。
ことの緊急性を一同が理解した上で、ジェックは詳細な説明に入る。
「例の魔物は一切の戦闘能力を持たナイ。ただ、先刻も言った通り、ソノ数と能力が厄介でね」
――曰く、その魔物は『記憶を食らう』のだと言う。
生き物の心を養分にして育つというその魔物は、その餌の知性が高ければ高いほど、よりその相手に集る性質を持つらしい。
「さらに言ウト、その記憶は幸福なものであればあるほど、優先的に奪わレル傾向にあるって話だ。……態々、その喪失感を味わワセながらね」
「………………」
知性のない昆虫に形容する言葉ではなかろうが、趣味が悪い。
ともすれば幸福な記憶の喪失に対して、強すぎるショックを受ければ依頼の達成を考えるどころでは無くなることも推察できる。最悪、狂乱状態になった仲間に攻撃される可能性だって。
「対処方法はあるのか?」
「先ず、全部を倒スノは無理だ。数が多すぎる。
だから取れル策は一つ。群れを統率シテイル王様を倒すこと」
ジェックの話によれば、討伐する『夢食い蛍』の群れの中には、全体の行動を管理する一匹がどこかに存在しているらしい。
魔物の群れは基本的にその個体に従うだけの存在らしく、その一匹が絶えれば群れは自ずと崩壊していくだろうとのことだ。
だが、その個体は外見上の区別は他と全くつかないらしい。それをどのような手法であぶりだすかは、特異運命座標達の腕一つにかかっているのだと彼女は言う。
「兎に角数を減らして群れの動揺を誘ウカ、非戦スキルやギフトでアタリをつけて賭けに出てミルか。
何れニせよ、長期戦に陥れば陥るほど、こっちは不利にナル。その辺りの速攻策か、或イハ対策を講じた上での長期戦覚悟かも考える必要が有りソウだ」
一通りを説明した彼女は、自身のマスク越しに、五つの日用品をちらと覗く。
嘗て、自身が在った世界の数少ない残滓。そこに在る確かな思い出を懐古して――それを奪われまいと、覚悟を決めた。
「人から奪ッタ記憶(モノ)を虚飾に、自分を光らせる虫なんて願い下げダヨ。
サア、アタシ達で『お邪魔虫』を駆逐してやろうジャナイ?」
- 尊き光よ、奪われてくれるな完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年06月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「俺、記憶無くしたことねえからよくわかんねぇけどよぉ~」
夜半。
陽の光が鳴りを潜め、応じて人々も夢に溺れる時間帯。その場所は、昼日向のように眩く。
「どんなに辛くても……忘れちゃいけねぇ記憶ってのが人にはあるとおもうぜぇ~?」
――無数の蛍が舞う幻想的な光景の中で、『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)が呟いた。
美しい光景だった。これが本当に只の蛍たちに因るものであったのなら、それはどれほど良かったことか。
「記憶を食らう、ねぇ。生憎私、ガードがゆるそうに見えて固いのよぉ?」
ふわりと笑う『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)とて、此度、その瞳には確たる意志が宿っている。
当然だ。今回彼らが相手するこの蛍たちは――彼女の言う通り、生き物の記憶を奪い、糧とする蛍なのだから。
「記憶とはその人が今まで歩んできた足跡だ。
どんな道を通ったか、何処に寄ったか。走ったか、歩いたか。足踏みもあるだろう」
『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)が、自身の得物『蔦纏う刀』を鞘から抜きながら訥々と語る。
眼前の光景を眺めるようにして、その実狙うべきただ一匹を入念に探す彼の視線に気づいた者はどれほどいただろうか。
「それを奪われるのは悲しい。俺は嫌だね」
永きを生きた自身の記憶ならばとも思う反面、それに悲嘆する知り合いの顔を想えば、それもまた難しいかと苦笑しながら。
「これまで培ってきた経験や思い出が失われる喪失感……恐ろしいものだ」
相対する敵、その習性への嫌悪を語る仲間たちに対し、『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)はそれによる結果に恐れを抱き――同時に、「だからこそ」と、これ以上の被害を防ごうと決意する。
強者が居並ぶ世界、高みを目指し続けるもの達が続くセカイに於いて、常人のような感情を、思いを未だ失わぬ稀有な素質は、それ自体が尊いものであると、彼は気づいているだろうか。
「記憶、記憶か──俺にとっては苦い事の方が多い記憶だが。
それでも、これまで俺が背負って来た記憶だ。易々と忘れる訳にはいかんな」
「召喚されたコトを忘れ、この鮮やカナ世界をあの灰色の世界だと思い込んだアタシは……さぞかし滑稽ダロウね。
デモ、大丈夫。何があっテモ……この銃だけはアタシを絶対忘レナい」
或いは、忘れじと自らに、或いは他者に刻み付ける者も。
『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)、そして『鎮魂銃歌』ジェック(p3p004755)の二人が、自身の片手に筆で書きこまれた文字――「蛍を倒す」「虫を散らす」を見て、それをお守りのように、もう片方の手でそっと触れた。
「……最も重要とするのは『目の前の蛍を倒す事』これのみ」
そして、喪失を恐れぬものが。
「その為なら今現在私の芯となっているもの。『遍く全てを守る事』すらも失おう」
『戦神凱歌』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)が、自身の短槍を、其処に掲げられた旗を見て、力強く頷いた。
そこに在るのは、自身への絶対的な信頼。何を喪おうとも、自らが座すことは無いだろうという。
失うことを恐れるがゆえに、自身を鼓舞するリゲルとは対極に位置する彼女の堂々とした立ち振る舞いに、蛍たちも何かを感じ取ったのか、遂に忙しなく動き始めた。
「オーッホッホッホッ!
さぁ、こんな悍ましい虫はぴっかり退治致しましょう!」
――眼前の特異な脅威に対して、何時もと変わることなく高々と笑うのは『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)だった。
それは彼女の自信か、或いは記憶が失われる未来への虚勢か。
それが何方であろうとも……彼女の仲間たちは平時と変わらない彼女に、彼女を呼ぶ声に、一抹の安堵と、勇気を覚えながら――終ぞ、戦いを開始する。
●
――×××! サンタさんからプレゼントが届いていたぞ!
思い起こすのは過日の記憶。
自分と、最愛の伴侶と、恐らくはもう一人が聖夜のパーティを楽しんでいたあの頃。
満面の笑顔を、覚えている/いた。
燥ぐ声音を、覚えている/いない。
日々の幸福の一頁が、今この瞬間、虫食いのようにボロボロと抜け落ちていって――
「……っ!!」
余りの吐き気に、膝をつきかけた。
戦闘開始直後、スキルを介しながら蛍たちの統率者を探しつつも打ち込んだ流星剣に対し、返す刀とばかりに放たれた記憶の収奪は、それほどの不快感をリゲルに与えてくる。
装備によって精神異常そのものは防げるにしても、それはあくまで副次的な効果の低減に過ぎない。
肝心の記憶の喪失そのものを防げない以上、結局はこの戦いに『制限時間』が設定されていることに変わりはないのだ。
「……俺の苦味を、痛みを奪うな」
そして、当然それは彼だけではない。
行人の心に去来したのは初めての大規模作戦。無辜なる混沌の為、渡世の仁義を謳いながら、幾多の傷を負いつつも仲間と共に倒した『何某か』の記憶。
「それは、俺だけの物だ!
勿体ないから分けてやれないな……!」
自己に対する防御指令を切らさぬまま、正確に蛍たちを多面的に切り裂く姿は個人で完結した重装陣形と同義だ。
本来は癒え切らない流血を伴うその攻撃は、しかし今回の相手に対しては先ず奏功しているとは言い難い。
厄介な、と呟く言葉は、きっと誰にとっても同じ事。
一体一体のスペックは実際の蛍のそれと変わらないのだ。攻撃が命中した箇所の対象は状態異常を与える必要もなく四散するが――生憎、元より群体として動く相手には多少の損壊は度外視されている。
「……嗚、呼。クソ」
酩酊感と共に、ジェックが悪態を吐いた。
銃把の握り方、照準の合わせ方。戦い方の基礎を教えてくれた、グレ――××××の顔が、存在が、急速にぼやけていく。
黄金銃穿。銃弾を槌に見立てた號撃は敵もろとも射線上の草木を塵に帰すと共に、本来在り得ざる運用法を取ったジェックの身体にも並々ならぬ反動を叩きこんでくる。
軋む骨。痛み。記憶の混乱と共に襲い来る様々な衝撃の最中、彼女は仲間から借り受けた絶望譚を強く握りしめては歯を食いしばった。
「酒場でも森でも、やっぱり悪い虫は嫌いね……!」
指輪を嵌めた指を射出台に。魔力を凝縮して生み出した一滴の酒が蛍たちの最中に飛び込めば、刹那、それは破裂すると同時に膨大な量の雷撃となって敵を灼き尽くす。
落とした配下の数は如何程か。指揮系統の乱れは未だ見られず、故にアーリアの直感も違和感を伝えるには材料が不足している。
「――――――ぁ」
それと共に、彼女の瞳からも一滴が零れ落ちる。
僅か数年の幸福。愛すべき家族たちと食べた、あのチョコレートクッキーの味は……果たして、どんなものだったろうかと、彼女は自らに問うて。
「何を……ヘコんで、やがるッ!!」
それに激する者の声が、あった。
平時とは大きく異なるベルフラウの叱咤に、アーリアが、他の仲間たちが屈しかけた膝を再び持ち上げる。
ガングニア。他世界に於いては一柱の主神が有するとされる槍の名を冠した投擲は、虫たちを大きく削ると同時にその得物を所有者の手に立ち戻らせる。
「バラバラのタイミングで別々の場所を狙っても意味ねェだろうがよ! 動きを合わせて全体を狙え!」
――我が父××××と同じ名……面白くはないな。これ以上父に対して詰まらぬ噂を立てられる訳にもいかん――
混濁する意識の中、聞こえた自分の声に頭を振りながらも、それでもベルフラウは槍を振るう手を止めることは無い。
戸惑いは後で味わおう。焦燥などは後で我が身を焼けばいい。
唯、今自らが戦っている相手を逃すことだけは、決してあってはならないと――!
「あ~、ったくよぉ」
戦闘が経過してから一定の時間が経過している。
身体には些少の傷すら認められない特異運命座標達も、しかし受けた被害は甚大と言って変わりない。
「付け焼刃の通信教育じゃ、これが限界ってかぁ!?」
以下に記憶を乱されようとも、平常心で。そう心がけていた千尋の口調にも、最早殺気は隠しきれていない。
ロボと共に戦った。イルカと戦ったしゴリラとも戦った。挙句の果てには寿司すらも相手にしたことがある。
他人が聞けば笑い話だ。馬鹿馬鹿しいと言われるだろう。
それでも――この記憶だって、自分が自分であるための大切なピースなのだと、彼は。
「……『お前を倒す』。今だけは、それ以外の全てをそぎ落としても構わねえ」
仲間たちと同様、自身の掌に書かれた文字を見て、千尋は笑う。
「それ一つをクリアすれば、皆の記憶も戻ってハッピーエンドってなもんよ!」
奪われることに耐え続けた。耐えた結果を、御覧じろ。
Top Down。打ち込んだ拳撃は――四発。
群体が大きく乱れる。乱れて……瞬間、一際大きく煌めく光が。
「っ!!」
ベネディクトがそれを逃さじと、必死に追いすがりながらも……即座にそれを覆い隠す幾百の蛍により、再び姿は見えなくなってしまう。
「……覚悟の上だ」
数の多さは承知している。気息を整えて構えた剣が、しかし未だ切っ先に震えを残していることを、騎士は――否、只の青年は、気づかない。
喪われていくものがあった。その事実もまた、今彼の中で一つずつが失われていく。
――戯れに自身を産み落とした父親への憎悪、そんな彼を愛し続けた母親。
友誼を結んだ仲間の国と争うこととなったが故に、それを自身の手で殺すことを強いられた彼の日の落陽。
終わりない戦争に摩耗していく彼の心に刻み付けられた、死に行く同胞たちが遺す故郷への想い。
何よりも。
自らに、戦う術を。
生きるために必要な多くを教えてくれた、大切な師匠の顔もまた、光に包まれては溶けていって。
「……殺してやる」
呟いた言葉は、凡そ普段の彼からは決して発されることのないそれ。
「許さんぞ、殺してやる……!
俺自身はどうあっても良い、だが──俺から彼らの死を奪う事だけは何人たりとも許されん……!」
H・ブランディッシュ。持ち前の力技に加え乱撃を叩きつけるそれは、最早狂戦士のそれと相違なく。
それでも、その一撃が。
その一撃が、戦況に確たる変化を齎した。
――微かな希望と、大きな絶望を伴って。
●
「消極的だ」と、思わなかっただろうか。
防御や回避手段はほぼ無く、有るのは無尽蔵と言える数に任せた耐久性のみ。それすら何れは統率している王様虫を露見させれば即座に潰える。
記憶を奪われることによる状態異常も、精神系の状態異常を防ぐ装備や、ベルフラウのような付与スキルの効果で長らく防ぐことは可能――否。
そもそも、その錯乱は副次的な効果だ。
彼ら、蛍たちが取る行動はあくまで記憶の収奪のみ。それに魅了と狂気を伴うのは、記憶の喪失に対して「奪われた側が勝手に」混乱に陥った結果の話。
ならば、この敵は警戒するに値しない弱者に過ぎないのか?
それもまた、否である。
「……っ、逃走……!!」
最初に、それを叫んだのは誰であろうか。
食らうに十分な量の記憶をため込んだからか、若しくは急速に減りつつある群れに危機を感じての本能的な行動か。
何れにしても、群れは逃走を始める。自らを制止しうるものが居ないと理解してか、或いは知らずか。
スキルによる妨害、身を盾にしたマークやブロックが意味を為さないのがここで効いてくる。
何よりも――特異運命座標は、こうした万一の事態に対する備えを取っていない。
「っ……巫山戯やがれ、クソがァ!」
叫ぶベルフラウの手に、槍は無かった。
蛍たちは、彼女から自らの得物諸共記憶を奪っていた。「憎い親父の旗」を投げ捨て、素手で戦い続けていた彼女は、急速に距離を取る相手に射程を取れず、一方的に追い縋るだけの状態となっている。
「……今が幸せでない訳ではない。嗚呼、そうとも」
誰ともなく呟く行人は、跪き、頭を地に向けている。
傍から見れば、それは呆けた老人のように見えて――それでも、彼自身が「そうではない」と、自らに確信を持てるのは。
「それでも、俺の過去は、それを幸せだったと言えるのは、俺しか居ないんだよ――!!」
「虫を散らせ。王を見つけて倒せ」――手の甲に、ペンで書かれた言葉、もう一つ。
『空を観よ』。彼自身の根幹に深く刻みつけられた、唯一つの刀術の教えが。
奔る。距離を取る虫たちに一瞬だけ追いつけた。
それを無駄にはしないと、恐らくは最後のH・ブランディッシュが、蛍たちの数をさらに大きく損なって。
「……! 群れ後方上部、他に比べて大きいわよ!」
叫ぶアーリア。何故そうするのかは、最早彼女自身忘れてしまったけれども。
だって、きっとどこかに居たのであろう、自分の家族はもう思い出せない。
×と、×と、××となった人。海洋に居た頃の確かな思い出は、最早光に包まれ奪われていて――嗚呼、否。だからこそ。
「……イイ女は、少しくらい苦い記憶がスパイスよ」
――だから、食べさせてあげない!
愛しき二つ星と名付けた術技が、そしてリゲルの炎星―炎舞がそれを追う。
「……『あの人』を」
――乏しかった表情が変化していくのは、蕾が花開くのを見ているようだった。
「『彼女』が教えてくれた願いを、それを護りたいと思った俺の想いを奪うなんて、認めるわけにはいかない」
――騎士であった彼が、愛する人を守る唯人に成れた。戦う意義を其処に見出せたことは、きっと、彼にとっての最大の誇りで。
「俺は騎士だ。『大切な人』を護り、父シリウスの願いを引き継ぎ、未来へと生きる!」
――故にその志を、誰にも折らせはしないと。
赤い豹が群れを食った。赤い火球が群れを焼いた。
故に、後一手が。
それさえ届けば、すべては終わるのに。
「あーくそなんだ、もう何もわからねえが……ヤババってヤツかね、これ」
「待、て……!!」
射程の関係上、距離を取り始めた相手に追い縋る手段は、千尋には無い。
ベネディクトはその限りでないにしろ――予想以上に長期化した戦闘は、彼の唯一有する遠距離攻撃すら放てないほどに、その気力を消耗させ切っていた。
だから、これが、終わり。
「……ネェ、アタシは」
銃を握り、敵に照準を合わせるジェックが、しかし。
――わたしは、どうして、これのつかいかたをしってるの?
それを撃つ意味を、喪失しているから。
遠ざかる光に、叫ぶ誰かの声。
軈て、光は消えるのだろう。そうして、彼らは全てを奪われたまま、只変える場所も忘れ、放浪し続けるしかないのだ。
……そう。
「我が父は──太陽は何処?」
『彼女』が。
御天道・タントが、この場に居なければ。
●
記憶は、常に逆戻し。
先ず想起するのは、「せんぱい」と自分を呼ぶ、大切なひとの声。
人の血を吸い、陽光に灼かれる身でありながら、それでも寄り添ってくれたあのひとのこと。
それが、ぷつりと途切れて、わたくしは涙を零しました。
次に、今もわたくしの傍らに居る、大切な友人たち。
ガスマスクの××××様、お酒が大好きな××××様、白銀の騎士である×××様や、飄々としながら、決して折れない芯を通した××様。
それらも、ぽろぽろと剥がれ落ちては、思わず口から嗚咽が零れて。
そうして、最後に。
どこまでも残酷で、どこまでも慈悲深い、この世界に訪れてからの全てが、泡のように。
……総ては暗闇の中。
残ったのは弱きを強いられた矮小な体と、光無き異世界に居るという事実だけ。
ならばもう、この存在に意味は、と。
言いかけた自らに、心の奥で、そうではないと叫ぶ声がしました。
ふと、自らの手を見やり、其処に文字があったことに気づきます。
書かれたのはたった一字。けれど、唯それだけが。「私」にとっては。
――"蛍をやっつけますわ!"
「……皆目、見当がつきませんが」
其処に、答えは有るのだと、私は信じました。
紫髪の女性が声を上げる。他より大きな虫――アレですか。
矮小な体を振るい、か細き、微かな光でそれを焼いて。
一撃では倒れることはなく。あの虫だけは、他の虫とは違うのでしょうか。
――距離は、今なお離されます。今から走っても、最早追いつくことは叶わないでしょう。
ならば、射程距離から逃れるまでの間に、攻撃を繰り返すだけ。
「斯様に微かな光、太陽の娘にあるまじき……」
距離を逆算して、残せるのは一発。
僅か、祈りを込めて――撃ち貫いたそれは、蛍を……倒せない。
「……っ」
倒せなかったのだ――――――一人では。
刹那、それを追う銃弾が、ひとつ。
続けざまの衝撃に、今度こそ王様蛍はその身を四散させた。
瞠目と共に、「私」は、「わたくし」を見るガスマスクの少女に、視線を向けて。
「……マダ、覚えてタンだ」
涙を零しながら、少女は、わたくしに微笑みかけて。
「これカラも、二人で初日の出を見るッテ、約束ヲ」
過日の思い出の言葉を繰り返したジェック様に、わたくしは。
「……ええ。わたくしも、もう忘れませんわ」
夜闇に浮かぶ冷光は、静かにその数を散らしていって。
代わりに見えたのは、朝焼けの光。
あの日、二人でマスク越しに見たそれと同じくらい、鮮烈で暖かな、光だったのです。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
戦闘系のシナリオに於きながら、最も強い思いをプレイングに割いて下さいました御天道・タント(p3p006204)様に、MVPを差し上げます。
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
この度はリクエストをいただき、誠にありがとうございます。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『夢食い蛍:王様虫』の討伐
●場所
幻想内某所に存在する森林地帯の一角です。時間帯は夜。
下記『夢食い蛍』の光を発する性質によって周囲は昼以上に明るく、光源等は必要ないでしょう。
シナリオ開始時、下記『夢食い蛍』との距離は20mです。
●敵
『夢食い蛍:働き虫』
戦場となる森林で数を増やし続けている昆虫型の魔物です。
数は計測不能。1匹1匹のスペックは正しく昆虫相当であるため倒すのは容易ですが、その数が故に群れそのものを討伐することは実質不可能とお考え下さい。
一度交戦状態に入った場合、副、主行動を費やした全力の逃走を除けばこのエネミーから逃れる手段はありません。
以下、能力詳細。
【P系スキル】
・超大型群体(群体全てで1体のエネミーという扱い。あらゆるスキル能力、BSを受け付けず、他者のマーク、ブロック、かばうの効果を受け付けません)
・動揺(被ダメージ時、超低確率で下記『夢食い蛍:王様虫』の位置を特定できます。確率は被ダメージ毎に累積、非戦スキルやギフト、プレイングによって更にその確率は上がります)
【A系スキル】
・夢喰い(XX特 射程範囲内に存在する任意対象の記憶を一つずつ奪っていきます。以下スキル詳細)
└このスキルの命中判定は回避値に因らない特殊判定を行います。
└命中した対象はそのシナリオ中のBS抵抗値を一定値減少させたのち、低確率で「狂気」「魅了」のBSを付与されます。
└このスキルによって付与されたBSは、そのシナリオ中回復しません。
└このスキルに対する回避判定、また命中した際のBS抵抗の減少値は、「失う記憶にプレイングで指向性を持たせる」ことである程度の補正を得られます。
『夢食い蛍:王様虫』
上記『夢食い蛍:働き虫』を統率する個体です。数は1体。
外見上は『働き虫』と相違なく、その統率方法も不明。外的な衝撃(=上記スキル「動揺」)を与えない状態でその存在、位置を特定することは不可能に近いでしょう。
『働き虫』が他者から奪った記憶はすべてこの個体が管轄しており、この個体を倒すことで奪われた記憶は持ち主の元へ帰ってきます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●その他
本シナリオが失敗した場合、奪われた記憶に関しては『ローレット』による魔術的な治療を受けることである程度回復できます。
ですが、重傷状態となった方にはそれら記憶の修復が完全には出来なかったことを意味し、それに伴い田辺から『忘却』の称号をお渡しいたします。
取り戻せなかった記憶が何なのかは、その参加者様のみがわかることでしょう。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
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