PandoraPartyProject

シナリオ詳細

永夜におやすみ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 身勝手のツケが回ってきたのだ。
 見上げれば満点の星月、数日を経て未だ明けぬこの夜は、過日の幻想を見た私を、彼を捕らえたまま、決して放してくれはしない。

 ――両親がね。海洋の伝手で店舗を構えることになったらしいの。だから……

 小さな行商人である両親の成功を、私のような取り柄のない一人娘の恋路で邪魔したくはなかった。
 聞いて、笑顔で送り出したあの人の、去り際に聞こえた微かな嗚咽は、今も私の胸を締め付けている。
 何て醜いと、自分を嘲った。
 流れに抗わなかったのは自分で、望まない選択をしたのも自分で、だのに全てを終えて後、「こんな終わりは嫌だ」と、心が延々駄々を垂れ流している。
 ……だから、取ってはいけない手を、聞いてはいけない誘惑を、私は心に堕とし込んでしまって。
「ならば時間をあげましょう。考える時間、やり直す時間。あなたが何よりも望むものを。
 恋人も、家族も、貴方が醜いと仰るその心も、その全てを思い通りにするために。私は幸福な終焉を何よりも望むのですから!」
 一も二も無く頷けば、その瞬間からこの夜は永遠のものとなってしまった。
 生まれ育った街は夜という名の監獄に閉じ込められ、出ようとした人々は例外なく死を迎えた。
 幾度となく空は見た。どうか夢であってほしいと願いながら。
 けれど、星の位置も、セカイの昏さも、あの時から変化することは一度も無くて。
「――――――は」
 満たすのは罪悪感。呼吸と言葉は笑い声に取って代わる。
 罪を償わんと死を選ぶことすら出来ず、後に残った『できること』は滑稽な道化を、自分を笑うことのみ。
「あは、あははははは、あははははははははは!!」
 終わらぬ夜に怯える人々が、狂気に笑う私を見て可哀そうにと目を逸らす。
 ……本当に哀れなのは何方なのかなんて、最早意味もない問いが、私の最後の思考だった。


「自分の手に余る責任なんて『責任』とは言えないだろ?」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)の言葉に、対する特異運命座標達が考える答えはそれぞれだ。
「こういうのは何ていうのかね。悲劇のヒロインムーブ?」と言うにべもない言葉には流石に苦笑を浮かべつつ、依頼の説明を聞くために訪れた彼らは脱線しすぎた話を戻すため、軽い身振りでショウに話の続きを促した。
「今回の舞台はバルツァーレク領外縁の街だな。此処は貴族よりも商人が占めるウェイトが大きい。
 当然、それに従って流通量も結構なものだったんだが……その一角がある『結界』によって封鎖されちまった」
「『結界』?」
「そう、結界。さらに厄介なことに、結界の内外を行き来できる人間は非常に限られてる。
 領内でも術式に秀でた人間のさらに一握りが、複数の非戦スキルを介してどうにか内部の状況と動向を二、三度確認出来た程度だ」
 ――そこまでの規模と強度を誇る代物を作り上げる術師の存在に、僅か、特異運命座標達は身を震わせた。
「……依頼の成功条件は?」
「当然、結界の破壊。これに対する方策は二種類ある。
 一つは結界そのものに攻撃を加える方法。これは内部からあらゆる攻撃手段を用いて結界の内外における境界線を叩く手法だ」
「いや、内部って……入れるのか?」
 当然の疑問に対し、ショウは肩をすくめながら答える。
「先にも言った術師が総動員して、一度だけ結界に穴をこじ開けるそうだ。
 これは依頼人の譲歩による手配らしいが……次回以降は人件費分程度を『ローレット』に請求されるらしい。失敗したらレオン辺りが頭を抱えそうだな」
 一部の特異運命座標が棒でも飲み込んだ顔になったのは、さておくとして。
「もう一つは……結界の核を破壊すること」
 核?とオウム返しに問うた冒険者たちに、フードの青年は然りと頷く。
「理屈は分からんが、今回の結界はある一人の女性を基点に展開されているらしい。
 その人物に肉体、乃至精神に重篤なダメージが与えられると、結界の強度に揺らぎが発生するって話だ」
 実際、今回の依頼に於いて特異運命座標達が結界の内部に入れる穴を構築できるのも、現時点においてその女性が狂気に飲まれつつあるが故にできる芸当らしい。
「それが、先刻説明した?」
「そう。『YES』ひとつで大量殺人者気取りの、悲劇のヒロイン」
 妙に突っかかる。それを誰かが指摘すると、ショウは再度肩を揺らして言葉を紡いだ。
「この場合の元凶はどう考えても結界の構築者だろう? なのに核である女自身はそのキッカケである自身の言葉をそれと思い込んでる。
 原因の元を辿るってスタンスはどうにも好きになれなくてね。余りにもキリがない」
 ――極端な話、生命なんてなければよかった、世界なんてなければよかったと考えて暴君になることさえ、この世界ならあり得るしな、などと。
 空恐ろしいことを言う情報屋は、「ともあれ」と言って話を戻す。
「後者の手法を取るならともかく――前者で行くつもりならそれなりの障害を考えな。
 結界はある程度の自己防御機能を備えている。外に出ようとしたものは勿論、破壊に移ろうとしたものにも随時状態異常を与えてお前らを妨害してくる」
 予想だにせぬ情報に特異運命座標達が思索を始めれば、ショウはひらひらと手を振ってその場を後にした。
「『簡単な依頼』だ。それと同時に『難しい依頼』にも出来る。
 なあ、イレギュラーズ。お前たちは物語の終わりを望むのか、或いは依頼の達成を望むのか、教えちゃあくれないか?」

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『結界』の破壊

●場所
『幻想』はバルツァーレク領内、その外縁に存在する流通の盛んな街です。
 戦場はそこに展開された結界の内部。時間帯は常に夜ですが、月や街灯が存在するために光源は不要でしょう。

●敵
『結界』
 上記の街で展開された、何者かによる結界です。空間内の時間経過を停止させると同時に、内部から出ようとする者へ妨害行為を行う能力を持ちます。
 規模に応じてステータスは非常に堅固。現在は本エネミーの基点となっている下記『女性』が大きな精神的ダメージを負っているため、若干の弱体化状態にはあるようです。
 以下、能力詳細。

【P系スキル】
・Wish you the best! (戦闘中、PC側のBS抵抗値は0になります)
・Go for it! (PCがBSから回復する際、その数に応じたダメージを負います。呪殺よりも高威力)

【A系スキル】
・Never give up!(神特レ特 『自身の内部』に居る任意対象にランダムなBSを1つ付与します)


 戦闘中、参加者はこのエネミーと常に至近距離の状態にあります。
 ですがPC側が『結界』に攻撃を行う場合、攻撃範囲内に『結界』の内外に於ける境界線を捉えた上でなければいけません。

●その他
『女性』
 街内で暮らす行商人を両親に持つ20代前半の女性です。
 現在は『結界』内の何処かに居ります。時間をかければ見つけるのは難しくないでしょう。
 彼女は『結界』を為す核の役目を何者かに与えられており、彼女の生命を断てば結界は遠からず消滅するであろうことが推測されます。
 これに対する『結界』側の抵抗は未知数ですが、依頼主側は恐らくは抵抗が無いものと判断しました。
 本シナリオの難易度(また、それに応じた報酬の少なさ)は、彼女を殺すのみならば凡そ依頼の達成が非常に易しいため。
 この手段を問わず、『結界』を正面から破壊しようとした場合、難易度は最低でもNormal相等に跳ね上がるでしょう。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 永夜におやすみ完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年06月22日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
ラヴ イズ ……(p3p007812)
おやすみなさい
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
リーシェ=フィル=シトロニア(p3p008332)
銀翼の拳
霧ノ杜 涼香(p3p008455)
流体人間
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き

リプレイ


 結局、彼女らの間で共通しているのは「悪人は誰?」の一点だ。
「とても悩む様な事があった時、時間が欲しいと思うのは当然の事です」
『流体人間』霧ノ杜 涼香(p3p008455)は、現在仲間たちと共に、幻想内のとある町で展開された結界を前にしている。
 昼日向に在りながら黒々と広がる半球体に穴を開けるべく、依頼人子飼いの魔術師が集まっては何かの工作を続けているのを見ながら、浮かべる表情は焦燥や悲哀ではなく――苛立ちに近いであろうか。
「誰が原因かは知りませんが、そこに漬け込む様にしてこんな事件を引き起こすなんて……!」
 そう。此度、この町に展開された結界は、ある一人の女性を核として組まれたもの。
 入る者を拒み、出る者を殺す。あからさまな悪意の顕現を押し付けた者は、情報屋曰く、それを核である女性が願ったからだと、そういう罪悪感を強く植えこんだらしい。
「まあ、ここまで大掛かりな結界を作る奴だ。人の心を惑わすのも容易いことなのかもしれんね」
 当然、それが許されるはずもなければ、そのたくらみは早期にて打ち破らせてもらうが、と。
『こむ☆すめ』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が、自身の得物、『胡蝶の夢』の具合を確認しつつ呟く。
 説得を他に任すことにした彼女は、唯自身の役目を完遂することに注力している。仕事に感情を入れこまない彼女のスタンスは、他の人物にとっては薄情に思え、或いは他の人物にとっては頼もしい仕事人気質と言えた。
「んー……たった一回の身勝手でここまでなるこの子は、ちょっと可哀想な気がします」
 しにゃとか、常日頃から身勝手ですし。誰に憚らずそう公言する『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)には、仲間たちは若干の苦笑を零しもするが。
「突っかかるような言い方をされていたけれど……
 ショウさんは、結界の核となっている女性へ、『あなたは悪くない』と仰っていたのよね」
 こくん、頷いてそう呟くのは『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)。
「私も、この人が、死で償わせるような悪人だとは思わない」。続けてそう言う彼女に対して、少なくとも特異運命座標達の意見は一致している。
「……誰かを犠牲にして終わらせるなんて絶対に嫌。
 それがどんなに大変な選択だったとしても私は諦めない!」
「右に同じ、ね。いつだって、恋する乙女は報われるべきなのよ!
 愛する人と見る星空は、いつだって美しく輝いて見えるもの。あたしだって……ああ、いえ」
 決意を、高らかに。『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に対して、若干忘我しつつも『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)もまた同意を返す。
「結界内では明けぬ夜が続いてるとか。……永夜、とでも呼ぶべきか」
『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)の誰ともない呟きに、ぴくりと、反応したのは誰であろうか。
「望まぬ選択を強いられた者を見過ごせるほど、妾たちは臆病にはなれぬものよな?」
「強いられた、ね。確かに、この解決を『選んだ』僕らと、彼女は対極だ」
 苦笑を浮かべた『銀翼の拳』リーシェ=フィル=シトロニア(p3p008332)が、そう言って他のものと同様、眼前の結界を屹と睨んだ。
 多くの命を、多くの心を、こんなものが奪い、壊し、悲劇の坩堝となって鎮座している。
「――光を、取り戻そう。
 この地に住まう人々の為に、何よりも、彼女の、未来の為に」
 その言葉が、きっかけ。
 ばちん、と言う音が響く。その方向を見れば、黒々とした半球体には、人ひとりが通れそうな穴がぽっかりと空いていて。
「……ご武運を!」
 叫んだのは、結界に穴を空けた術師の一人だ。それを確認した特異運命座標達もまた、迷うことなく穴を通り抜け、夜に閉ざされた街への侵入を果たす。
 ――『夜明け』達が、それぞれの戦いを開始する、その瞬間だった。


 声が、聞こえるのだ。
 最初は明けぬ夜への困惑。その次は『外』に出ようとした人が死んだときの悲鳴。最後には、出られない場所への焦燥と狂気が綯い交ぜになって。
 ごめんなさいと何度言ったとて、そうして失った命が戻ってくることなど有る筈も無いのに……ただ、することが無いからと、その無力を埋めるための材料に、贖罪を浪費し続けて。
 ああ、こういう時はどうすべきだろう。泣くか、笑うか、それとも、何もしなければいいのかな。

 ――その時、ひらと白がよぎった。

「……藍ノ舞・水天晴矢」
 その『舞』が続いたのは、何分ほどか。
 恐らくは舞の名と思しきそれを呟いた虹彩異色の少女が、ちらとこちらに視線を向ける。
 その視線から、私も見惚れるように目を離せなかったから。
「初めましてじゃな。妾はアカツキ。ちょいと話を聞いてはくれぬかのう?」
 それが、私に向けられた声だとは気づかなかった。



 女性が顔を上げる刹那、特異運命座標達は――ラヴは、ふわりと彼女を抱きしめた。
「もう、大丈夫よ」
「……あなたは、だれ」
「『Love is a cucumber』……あら、気分を害した?
 冗談よ、どうか、貴方の呼びたいように呼んで頂戴」
 金の髪をした痩身の少女が、小さく微笑んでそう呟く。
「……だいじょうぶって、なにが」
 リアナルのギフトの効果もあったのだろう。狂気から僅かに這い出た女性は、辛うじで意図を為す言葉を口にする。
 ――夜は明けない。外には出られない。失った命も、疾うに帰らない。
 何もできない。そんな今に、いったい何の保証が存在するというのか、と。
「なら、『何かができるなら』、貴女は本当はどうしたかったの?」
 其処に安堵を覚えながら、けれど、未だとスティアが畳みかけた。
「貴女は本当は、どうしたかったの?」
「……彼と、一緒になりたかった」
 けれど、それはできない、選べないのだと、女性は返す。
 新しい生活を始めようとする二人の力になりたかったのは本当だし、未だ婚姻も結んでいない彼となら、今別れれば互いの経歴に瑕がつかないという打算もあったのだと。
 逡巡。それに対する言葉を一瞬だけ堪えたスティアは、けれど意を決して彼女に言った。
「……その後悔こそが、この夜が終わらない理由じゃないかな」
「っ、なら――なら! 私がこの想いを持ったこと自体間違いだと、貴方はそう言うの!?」
 スティアの言葉に、半狂乱になる女性。
 反応は予測出来ていた。それは違うと、そう言いかけたスティアより早く、声高に叫んだ女性が――リアが、居た。
「貴女が悪かったことはただひとつ、臆病すぎて縮こまっていたってだけよ。
 自分の中で抱え込んで、閉じこもって、向けられる想いに目を向けないなんて……駄目よ! 駄目駄目よ!」
 女性は瞠目して、それに次いで反駁しようとした。赤の他人が訳知り顔で何を語ると。
 けれど――リアは、どこまでも真っすぐ彼女の目を見て。
 対し、女性の側は目を逸らしてしまった。それは自らの『負け』なのだと、心の底で理解しながら。
「前を向きなさい! 彼と、両親に向き合いなさい!
 その為の切っ掛けを私たちが作る。結界は、必ずぶち壊すわ!」
 告げられた言葉に、女性が唖然とする。
 修道服を着た線の細い彼女が。否、たった八名の、女性しかいない一群が、あれほど多くの人々を殺した夜を破壊するというのだから。
「……君は自分のことを取り得のない娘と言う。
 しかし、ご両親も、君の彼も本当にそう思っておるのかのう?」
 最初に彼女へと声をかけた童女が、アカツキが、ほろりと笑みながらそう言った。
「君は素敵な人じゃ。ご両親の栄達を望むその優しい心根は誇るべきものだと妾は思う。
 だからこそ――素敵な女性には後悔せぬ選択をして欲しい」
「何、を」
「……この事件は、君一人だけではなく君にその結界を植えた『誰か』が引き起こしたこと。君もそれは、薄々思っているのではないかな?」
 問い掛けに、震えた。
 頭を上げる。他の面々と同様に女性を見据える騎士然としたハーモニアは、リーシェと述べる彼女は、「何故それを」と表情で問う女性に、微笑みながら首を振る。
「もちろん頷いたことへの責任はあるかもしれない―だけれど、それは君だけで抱えることではないよ。
 その『誰か』への責任は、いつか僕らがとってくるから――約束してほしい。この夜が明けたなら、君の大切な人たちと、もう一度話し合うことを」
 終わらせることを願うなら、僕らの手を取って。
 そう言って、リーシェが手を差し伸べた。
 求められ、故に応じようと。伸ばそうとしたその手が……しかし、あと少しのところで停止する。
 見えない壁でもあるようだった。指先程度の確かな距離は、けれど、やはり女性が拭え切れずにいるままの恐れが故に、その先を掴めなくて。
「罪があーだ、償いがどーだ言うんであれば彼氏さんと逃げちゃえばいいんじゃないですか?」
 ――煩悶の最中。突然、余りにもあっさりとした口調で爆弾が落とされた。
 女性が目を向ける。しにゃこは、桃髪のブルーブラッドは小首を傾げながら言葉を続けた。
「一回身勝手したならもう何回でも同じですよ。逃げた先で幸せになれるかも解らないですけど。
 少なくとも何もしないよりはマシなはずです……ってゆーか、しにゃが思うに、『何もしない』からここまで状況悪くなったんですけど」

 ――無意味とか、無駄とか嘆くより。「何かをしよう」って、思いましょうよ。

 その言葉が、女性の脳天に大きな衝撃を与えたことに、しにゃこは気づいただろうか。
 再び、女性が正面に視線を向ける。
 リーシェから伸ばされた手はそのままだ。彼女は、それを今度こそ強く掴む。
 その心の中に、恐れは消えない。彼女が今特異運命座標達たちを信じたのだって、きっと現状維持に未来が無いからと言う、単に『マシな方』を選んだだけのただの打算。
 けれど、それで良いのだと。
 それこそが、今と、これからに必要なのだと、彼女たちは頷いたのだ。
「それじゃあ、あとはこの結界を壊すだけですね!」
 努めて明るく、涼香は結界から女性を守るように立ち、その装備を展開する。
 得物、術式、何れも守ることに特化されたそれらは、彼女が望む未来へ辿り着くために手に入れた願いへの一助。
「彼女には、恋人さんや家族さんにも、これから素敵な未来が待ってるんです!
 その助けになるためなら、いくらでもこの身を盾にして彼女達を守りましょう! 大丈夫です、スライムですから少しは丈夫なので……!」
「同感だな。少しでも役に立つのなら、未完の舞でも踊ろうて」
 一番最初に彼女へ出会ったリアナルは。美しい舞を取った巫女服の女性は、からりと笑いながら『夜』へと告げる。
「尤も、このリアナル・マギサ・メーヴィン。貴様に送る舞は先刻より優しくないぞ?」


「に、してもっ!」
 与えられた痛苦を堪えつつ、荒いだ言葉でリアが叫んだ。
 戦闘が開始されてからどれほどの時間が経っただろうか。スティアと併せて状態異常と怪我の回復を行う彼女たちの身体は、他の者たちと同様に負傷が激しい。
 通常の戦闘ではこうはならない。回復手や支援担当は敵からの攻撃を受けない位置で味方の万全をフォローするための存在である。それは自身が倒れることが戦局の瓦解に繋がることを理解しているが為に。
 だが、特殊なレンジと、此度の戦闘においては殆ど無限とも言える射程を前にすれば、安全圏と言える場所はほぼほぼ存在しなかったのだ。
「あの子の恋人と両親……残念だったわね」
「はい。命があったことは勿論、喜ばしいことでしたが」
 付与された状態異常を、破邪転成によりリア同様回復するスティア。
 が、敵がもたらす回復の反動によってその身に衝撃が走る。覚悟の上と回復をさらに重ね掛けした彼女の脳裏に浮かぶものは、目の前の敵への対処ではなく。
 ――「それはできない」
 数日の閉鎖空間に疲弊しながらも、きっぱりと特異運命座標達の誘いを断った、両親の言葉だった。
 ――「私達だって、あの子には元気になってほしい。その為に幾千の言葉だって重ねてあげたい」
 ――「けれど、もしあの子が心を取り戻したうえで、貴方たちが結界を壊せなかったら」

 ――「私たちは、貴方たちが『核』と呼んだあの子を、殺すしか方法がない」

 お前のせいじゃないと、頑張れ、諦めるなと言ったその口で、死んでくれとしか言う以外の言葉が無くなる。
 それは、きっと核である女性にとって絶望以上の地獄になるだろう。
「……『嘘をついてほしかった』か」
 穿光。通常光で構築した槍の熱によって敵を討つその業を、炎熱の扱いに長けたアカツキは逆――「熱から光を汲み上げる」要領で形成し、敵を貫く。
 呟いた言葉は、女性の恋人が発したものだ。この結界が彼女によるものだと知らないままなら、きっとこの足は彼女に向かっただろうにと。
 彼らは普通の人間だった。特異運命座標と違い、全てを救うという発想は持ちえない。
 今まで死んだ人々のことを、そしてこれからも死にうる人々のことを考えれば、核である女性一人の犠牲は安易で、最小のものだと考えるのは、凡そ当然のこと。
 無論――女性の身内と言える彼らがそれを行えば、その後に自身の命も散らすことは想像に難くなかろうが。
「仕方ないと思いますよ。しにゃ達だって、ハイ・ルールがある以上、その選択肢は最後まで捨てられないでしょう?」
 打ち込んだ全力の狙撃も相当の数に至る。額の汗を拭いながら返すしにゃこに、対する仲間たちは押し黙るしかなかった。
 悲鳴を上げるようにその星模様を変える結界に、それを鼻で笑ったリーシェは、鼻先ぎりぎりまで至った結界の境界線へと『栄光の手』を差し込み――対象の生命力に逆転を齎す。
「ならば、この結界を僕たちが確実に壊せばいい。それだけの話だろう?」
 瞬間、その身体が業炎に包まれた。
 呼吸すらままならない。皮膚が焼けていく感覚を、しかしものともしない彼女は、尚も立ち続け。
「だから、絶対に――彼女の未来の為に、光を取り戻してみせる!」
「勿論、ですっ!」
 継いで叫んだ涼香も、また。
 純粋なダメージではなく、弱体効果を介して与えられるダメージは涼香にとっても良い相性とは言えない。それでも、彼女は僅かに怯むことすらなく、仲間を庇い続けている。
「この方を生きて解き放ってあげないと……みんな、笑顔になれないんですから!」
 ……結界の強度は、あくまでも核となる女性の精神、身体的な強度によって左右される。
 それを、間接的にとはいえ『補強』した特異運命座標達は、しかし結界の破壊を目前としていた。
「さあ、夜明けは目前だ。互いに気張っていこうじゃないか」
 戦闘開始直後から現在に至るまで、回復手の二人にソリッドエナジーを撃ち続けたリアナルの手に、僅かな余裕ができた。
 二次行動、その瞬間を逃さじと。短刃が、二種の宝石を埋め込まれた太陽の種が、偽りの星月夜を打ち砕く舞を形作る。
 結界が、撓む。
 半球状となったそれが、頂点からへこむように姿を変えるのは、『彼女』が齎す終わりが近いことを如実に示していて。
「――夜を召しませ」
 それが成ったのは、ここまで結界を弱体化させた全員の手腕あってのものだ。
 沈み行く結界にラヴが微笑めば、その様に言葉をぽつりと。
「『幸福な終焉を願う、死の夜』なんて、あまりに――同族嫌悪が過ぎるもの」
 剥離した空から、陽光が覗く。
 その果てで、きっと彼の女性は希望を見出すのだろう。そして、立ち向かうはずだ。両親と、恋人と、己の運命に。
 だからこそ。それを今まで遮り続けた、この夜には。
「おやすみなさい。夢は見ないまま、どうか安らかに」
 二丁の拳銃を、音もなく治めたラヴは、頭を下げて消えゆく夜にカーテシーを贈る。

 ――再び見上げた時。其処には、燦燦と輝く太陽だけが見えていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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