PandoraPartyProject

シナリオ詳細

転魄に乞う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●今
 ――劣ることも、秀でることも、俗人からすれば変わりやしない。

 月がきれいな夜の森で、その人は私を見ながらそう言った。

 ――『他者と違う』。重要なのは其処だけさ。奴らはそれを見つければ槍玉に挙げ、距離を取る。一切の悪意無くね。

 他人が聞けば何気ない言葉も、今の私にとって、それは劇薬にも等しい言葉だった。
 素質が無いと嗤われた。諮る価値すら無いと追い出された。
 だから……それを見返そうと。彼らより優れた者になろうと、一人、抗い続けてきたのに。
 それを意図せず言葉にして零したら、相対する何某かは頭を掻いて、「そいつは悪かった」と小さく詫びた。

 ――けれどね。言葉を翻す心算も無ければ、補うつもりもないよ。
 ――劣ったものが他者と並んでも、其奴らは心の底で相手を蔑むし、他者より上を行けば顕著な嫉妬の対象だ。どこまで行っても、一人であることは変わりない。

 皮肉気に笑った相手は、私に向けて何かを放る。
 両腕にそれを抱き込めば、果たして何重にも布で巻かれた剣が覗いた。

 ――その孤独を受け入れるか、轢き潰すかはアンタの自由さね。
 ――私は『コレ』を手に取る程度の意志を持つ相手に、ちょっとしたキッカケを与えるだけでね。

 布を、解く。
 手にしたそれは片刃の直剣だった。華美な装飾と予め刃引きされた刀身は、それが何者かを斬るだめに作られたものではないのだと一目見て理解できる。
 ……けれど、直観は私に訴えた。
 この得物は確かに『戦うためのモノ』であるのだと。

 ――一本は影に売った。一本は其処等の餓鬼に盗まれた。
 ――残る六本の内、凡そソイツは一番の出来損ないだが……まあ、アンタには上等だろう。

 その人はちらと笑って背を向けた。
 言葉もなく、ただそれを見送ることしかできなかった私に、去り行くその人は「ああ」と最後に呟いて。

 ――一つだけ。衆愚の敵であることをアンタが望んでも、それを理解しようとする馬鹿は何処かに必ず存在する。
 ――靡けば、それはアンタの負けだ。『与えられたもの全てを捨て去る』程度の覚悟は、持っておくことだね。

 告げられた言葉の意味。
 それを唯一人知る私は、瞑目と共に剣の柄をぎりと握りしめた。

●未来
「元はある一人のウォーカーによって伝えられた系統の魔術を継承する、排他的な隠れ里だったのさ」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)はいつもと変わらぬ飄々とした態度で、特異運命座標達に依頼の説明を行う。
 何時もと変わらぬ喧噪を交えた『ローレット』の只中に於いて、男の声は奇妙によく響く。或いは――それはこれから聞く依頼に対する緊張感が故かもしれないが。
「だが、時代を経てその価値観はより歪に変化していった。
 いつしかその里では件の魔術に対する素養が有るか無いかが絶対的な価値を持ち、それが無い者を率先して追放するほどになってしまったみたいでね」
 しかも、それはもともと他世界から伝承された魔術だ。
 適正を持ち得る者は少ない方が道理。今現在に於いても里は追放者を増やし、人口も衰退の一途を辿っているという。
「……それを、里の人間たちは理解しているのか?」
「していなかったらただの馬鹿だが……理解していたとして、今の在り様を変えることは無いと俺は思うがね。
 価値観を固定された人間ほど、変化を嫌がるものだろう?」
 苦笑した情報屋は、「話を戻そう」と言って、特異運命座標達に改めて向き直る。
「その里人が俺たちに依頼を出してきた。内容は『追放者の殺害』だ。
 対象は一人の少女。どうも奴さんらによって嘗て追放された子供が、生き残った上に実力をつけて復讐しようと考えているらしい」
 説明されて、自然の理だと頷く特異運命座標。
 身一つで住処から追い出された人間が生きるためには相応の地獄を見る。それが子供となればなおのこと。
 その恨みを捨て去って自由に生きるのは、余程の聖人でもなければ難しい。
「それについてはまあ、色々あったらしいんだが……其処は後で話そう。
 先にも言った通り、依頼対象の少女は成長の過程で戦う術を身に着け、今では放逐された地に住む獣たちを従えるほどらしい」
 当然、此度の襲撃にはそれらも少女に加勢すると考えていい。
 聞かされた獣たちの数を聞かされて思案する特異運命座標に、ショウは「まだある」と言って、
「その少女、どういった由来かは知らないが、魔種が与えたとされるマジックアイテムを武器にしていてな。
 効果は術式を乱し、或いは肉体を脱力させることで挙動に大幅な制限を齎すものだってさ。単純な殴り合いを考えていると痛い目を見るかもな」
 驚愕と苦悩は同時に訪れた。
 与えられた情報を前に、早くも戦闘に入った際の作戦を思案し始めた特異運命座標達の中で、一人。
「そういえば、先刻言ってた『後で話す』件ってのは、一体何なんだ?」
 そう、問うた。
 或る意味では、それは彼らが聞く必要のない――もっと言えば、聞くべきではない情報であったことなど、当然知る由もなく。
「ああ」と言ったショウは、何時ものシニカルな笑みをより一層深くして、彼らに語り始めた。

「一人分の怨嗟と、大勢の怨嗟と。
 なあ、お前たちは『想い』に重みがあると思うか?」

●昔
「大丈夫だ。怖くないよ。この中に入って、決して物音を立てないようにね」
 里を追い出され、人気のない森をうろつく私に、最初に手を差し伸べてくれた人がそう言った。
「貴方たちは我々を捨てたのでしょう! それが生きていたからと、何故皆殺しにする必要がありますか!」
 追い出された人々で作られた集落で、温かな料理を与えてくれた人の声が聞こえた。
「好きに為さるがよろしい。ええ、我々はあなた方を恨みませんとも。
 恨めばそれはあなた方と同じだ。すべてを無くした我々が心まで堕すことだけは、決してあってはならないのだから……」
 読み書きを教え、少しずつ『できること』を教えてくれた老人の声は、途中で絶えた。

 全ての音が無くなった後、乾草の山から抜け出た私の前には、血と肉と、人だったモノが散らばるセカイ。
 それを見て、私は何の疑問も抱かなかった。
 劣っていた彼らは、優れている里の方々に倒されたのだから。

 ――本当に?

 自分もそうすべきだという問いに、私は否定の答えを示した。
 私は彼らと違うのだと。遅咲きの才は何時か花開く。その為に一人で生き抜き、研鑽を積むべきなのだと。

 ――本当に?

 日々、里の魔術を練習する機会は減っていった。
 仕方がない。一人で生きるためには強く在らねばならなかった。
 集落の大人が遺した、読み書きについて書かれた覚え書きを辿って学び続けたのは、気紛れで、手慰み。

 ――本当に?

 森の獣は倒すのみならず、暴力で支配することも可能となった。
 邪魔するものも無く、後は唯、魔術を学び、里へ戻るだけ。
 ……けど、それならどうして。
 私は、あの人から貰った剣を手に、眼前の里を見据えているのか。
「……違う。私は、魔術がなくとも、優れているから」
 それを認めてほしいから。それだけ。
 彼の魔術が絶対的な価値観だと理解していながら、そう言う私自身は、余人にとってどれほど滑稽に映るだろう。
 それでも、私はそう言うしかない。
 里から追放されて、その事実を認めたくなくて。
 迎え入れてくれた集落の皆をただ拒絶し続けた。そんな私が、今更彼らの仇などと嘯けようものか。
「見てください。里長様。皆様」
 捨てられる前の口調で呟き、手にした剣を高々と掲げる私は、その切っ先を里に突き付けた。
 それに応じ、里へ襲い往く獣たち。併せて、私も其方へと疾駆する。
『月に兎と、蟾蜍』
 数日前、出会ったあの人が呟いた一言をふと思い出し、私は何となく空に視線をやる。
 木々のはざま、見えたのは満点の星月。
「……あは」
 零れた笑いは、何ゆえか。
 判り切った最期を前に、私は尚も力強く、里への一歩を踏みしめた。

GMコメント

 STの田辺です。以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『追放者』の殺害
・『隠れ里』に対する人的被害が起きないこと

●場所
『幻想』はバルツァーレク領を近郊に置く山々。それらに囲まれた深い森林です。時間帯は夜。
 森林を抜けた山の麓にはある攻性魔術を連綿と伝える隠れ里があり、下記『追放者』は其処を目指して行動しています。
 木々の間隔は広く、月の光が差し込むため、光源は不要。
 ですが、『追放者』、並びに下記『森の獣』はこの森で長い年月を過ごしてきたため、行動に幾らかの補正が入ります。
 シナリオ開始時、『追放者』との距離は20m、『森の獣』たちとの距離は10mあります。

●敵
『追放者』
 宝剣を手にした傷跡だらけの少女です。年齢は恐らく十代後半。
 森林に於ける戦いを得意としており、知性の低い『森の獣』にある程度行動を指示できる能力を培っています。
 戦闘面のポテンシャルはフィジカル系P系スキルと、物理攻撃に偏重したランク4までのスキルを所持。
 また、彼女は行動するごとに誘発する固有P系スキル『月天返し』により、「次の自身の行動順まで任意対象が行う物理・神秘のどちらかの命中判定を高確率で自動失敗させる」ことが可能です。

『森の獣』
『追放者』によって倒され、配下となった森に住む獣たちです。数は20体ほど。
 あくまで知性もない動物であるため、攻撃手段は近接物理攻撃のみ。ただし戦場における補正は『追放者』よりも大きいので侮るのは禁物です。
 自身たちを従える『追放者』が倒された場合、これらは散り散りになって逃げ去るでしょう。

●その他
『隠れ里』
 ある旅人から受け継いだ攻性魔術を神聖視し、連綿と受け継ぐ隠れ里です。人数は50人を切る程度。
 戦場からの距離は100mもありません。
 上記の魔術こそがこの里における絶対的な価値観であり、それを有さぬものを迫害し、否定するものを殺害する狂信者の集団ともいえます。
 そんな彼らをしても『追放者』と『森の獣』達には苦戦すると判断したのか、今回仕方なく里の外の人間、即ち『ローレット』へ依頼しました。
 因みに戦闘面のポテンシャルは低くないものの、物理方面に強い人間が一人としていないため、無傷の『追放者』達を総員で相手取った場合、勝利こそできるものの甚大な被害は免れないでしょう。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 転魄に乞う完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月08日 22時27分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

燕黒 姫喬(p3p000406)
猫鮫姫
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘
マヤ ハグロ(p3p008008)
シュテム=ナイツ(p3p008343)
久遠の孤月
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)
星飾り
Binah(p3p008677)
守護双璧
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

リプレイ


「……貴様らが言う事を纏めれば」
 時刻は、襲撃を予定されている夜を目前にしたころ。
 陽も沈みかけた現在、此度の依頼を請け負った八名の特異運命座標達は、依頼人である隠れ里の代表と会話を交わしていた。
「彼奴等が貴様らの迎撃を抜けて我らの里を襲った場合、その際の獣共は我ら自身で片付けろと、そう言う事だな?」
 或いは、交渉か。
「ああ。里から離れなくてもいいけどさ、迫る獣の迎撃を頼むよ」
「貴方達の側から彼女らに挑んで、不要な被害を出すことも無いでしょう?」
 言葉を返したのは『猫鮫姫』燕黒 姫喬(p3p000406)と『海賊見習い』マヤ ハグロ(p3p008008)。
 今回の依頼に臨むにあたって「成功条件に抵触しない範囲で援護を行ってほしい」と考えていた彼らは、他方が相談を、他方がプライドを刺激するなどといった形で里の人間に接触していた。
 対する里の代表は――憮然とした表情で、ゆっくりと口を開いた。
「貴様らに言われるまでも無く、我々とて無用な被害は好まん。
 その防衛線とやらを抜けて里を襲ってきた獣に対しては、里の人間が総出で倒すことだろう」
「なら……?」
「だが、貴様らに手を貸す理由は、我々には無い」
 言葉を返しかけた誰かに、しかし里の代表は断固たる口調で言い放った。
「これは失礼。ご自慢の魔術は、こうした時には役に立たないものなのかな?」
「特異運命座標。貴様ら『ローレット』が定めるハイ・ルールには『依頼の成功に尽力する』といった項目があったな?」
 問いかけに対して、全く別の方面から話を投げかけられた『銀なる者』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)が、それに対して訝しげな表情を浮かべる。
「確約の保証もない援護に最初から頼る心算の貴様らに、その姿勢が在るとは到底思えん。
 仮に獣共の侵入を許せば、我らの被害が有る無しに関わらず、『ローレット』には厳重に抗議させてもらう」
「……っ」
 説得の方針に纏まりを欠いていた。それが失敗の要因。
 共通の方針に個々のアプローチであたるという手法は、そこに何らかの利益か、或いは交渉する対象がその内容を一顧だにする程度の意識の変革をもたらす必要がある。
 例えば、それは――
「無論、私達は全力を尽くす事を当然お約束致します。
 しかしながらこの里の皆様による強靭かつ美しい魔術が、戦場で放たれる様を是非お目にかかりたいのです」
『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)が並べる美辞麗句を以て、などだ。
 ギフトと非戦スキルを介してまで里の秘術へ賛辞を贈る彼女の言葉は強力だ。一瞥に宿る感情の色が揺らいだのを見逃さず、ライはつらつらと更なる言葉を畳みかけた。
「もしも里に向かう獣が居れば、拝見させてください。神もきっと、それを望まれます」
「そちらにとって俺達が已む無く雇った外様だって言うのは十分に承知している。
 だから、共闘は望めないにしても、互いの領分を護るという保証は欲しい。応えられないか?」
 次いで、『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も。
 自身の言葉がある程度相手方の不興を買うリスクを承知していながらも、生来のポーカーフェイスはその内実を僅かにも顕わにしない。
 双方が見つめ合った時間は十秒にも満たないであろう。ふんと顔を背けた里の代表が去っていくのを見て、特異運命座標らは互いに顔を見合わせる。
「これは、つまり?」
「少なくとも、侵入『だけ』に対するお咎めは許された、んですかね? 被害の方は兎も角」
 ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)の解釈にふうと息を吐いたライは、肩を解すような動作を取って苦笑する。
 ……胸やけがする、などという本音は、胸中に押し込んだままで。
「何にせよ、後顧の憂いは無くなった。後は――」
「討伐対象……彼女だけ、か」
『特異運命座標』Binah(p3p008677)が言葉を継いで、そのまま自身の想いを吐露する。
「迫害する価値が僕には分からないな……依頼は依頼だからこなせる様頑張るけど」
「さて、彼らの価値観が構成されるまでの歴史を紐解けば、その一端くらいは解るかもしれないけどね。
 だが畢竟、依頼を請けた僕たちに出来ることは、その依頼の通りをこなす以外に存在しないんだ」
 リウィルディアの言葉に口をつぐむBinah。それを追うように、『久遠の孤月』シュテム=ナイツ(p3p008343)が言葉を紡ぐ。
「里の非道な行いによる因果応報……ってところかな。
 だが例えそうであっても、騎士である以上命の危機に晒されてる人を見捨てることはできない」
 守り切って見せると、担う『リミットヴァーチュ』に籠める力を強めたシュテムは、そうして仲間たちと共に森の側へと歩を進める。
 既に陽は落ち、薄暮は暗闇へと変じていた。


 交戦が予定されるポイントに到達した特異運命座標らが待機する時間は、然程かからなかった。
 さわさわという風の音、りいりいという虫の声、それに交じって、微かな――本当に微かな、足音が。
「……っ?」
 終ぞ姿を現した少女が浮かべた表情は、先ず困惑。
 だがそれも……相対する八名が有する装備を見れば、逡巡は消え。
「判断が速いね。手強い相手になりそうだ」
 歎息するリヴィルディアが神気閃光を展開すれば、それに灼かれた獣たちの足並みが僅かに乱れ――
「退けとは言わないわ。轢き潰す」
「……その意気や良し」
 ぐいと飲みほした酒瓶を投げ捨てたマヤが、カットラスを高々と掲げ名乗りを上げる。
「我は海賊マヤ・ハグロ! 恐れを知らぬ無法者ならばかかってくるがいいわ!」
 言葉と共に、獣たちが散開。
 初動に於ける前衛方の攻撃誘導は奏功し、確かに総体のうち幾許かを引き付けることに成功するが、その挑発を避け得た敵が前衛陣を抜ける。
「……ああ、お前か」
 そして、その牙が向かう先。
 冒険者たちの内、後衛に属する者の選定を終えた追放者の少女が、感情の無い瞳でそれだけを呟いた。
 指笛が鳴る。それと共に食らいつく獣たちに表情を歪めたリウィルディアの周囲を、しかし流星と魔弾が貫いて。
「ああ……まだ大人にもならない少女を寄って集って殺せなどと」
「そうは言いますが、私ほどじゃないにしろ才能ありますよ、彼女」
 まったくもって「何時も通り」なセカイを嘆く体のライに、ふんと鼻を慣らしたラグラが応えた。
 心臓たる獅子。ラグラが見た星の輝きの模倣は集中した敵の殆どを撃ち貫き、消耗した個体をさらにライのマジックミサイルが叩く。
「……一つ、聞いてみたいんだが」
 同様に、アーマデルも。
 熱情を込めた舞踏を以て、手にした剣を振るい確実に獣を一体一体打ち倒しながら、その口調だけは平坦なままで。
「この里で暮らす資質も、適正もお前には無かった。だからお前は追放された」
「……それが?」
「いや、その存在も、そして現在に至るまで積み上げてきた業(もの)も否定されれば、お前には何が残るのか、ってな」
 自らの生まれを、その疎外を。
 今眼前に相対する少女と同じではなくとも――その近しさゆえに、彼は「先達」へと問いを投げかけた、が。
「――――――ハ」
 二次行動。単体攻撃しか有さぬ身で複数の獣を切り裂く彼へ、返されたのは嘲弄で。
「『私は何も失っていない』」
「………………」
「『誤解があっただけだ。遅咲きの才だっただけだ。
  だから、里の方々は戻ってきた私を温かく迎えてくれるはずだ』」
 ――ぎし、とBinahが拳を握った。
 何処までも。
 これは彼女にとって、「利己的な帰還」であらねば成らないのだと、どうしようもなく理解した。
 間違っても、「自らを慈しみ、庇い、死んでいった人々の敵討ち」であってはならないのだと、彼女は自分に戒めているのだと。
「……君がそんな身勝手な心算なら、僕たちは尚更通せない」
 その意図を汲んだ彼が、俯きかけた面持ちを上げて声を返す。
 獣たちの数は確かに特異運命座標らにとっては脅威ではあるが、名乗り口上を介する前衛陣が三人体制で臨む以上、現状に於いてそれほどの瑕疵を与えてはいない。
 其処に焦れた隙を狙うのが、「彼女」だ。
「よう、お嬢さん。ちょいと踊りに付き合っておくれよ!」
「……っ、次から次へと!」
 姫喬の宝刀が、少女の宝剣とぶつかり合う。
 硬質な音が響く。力でねじ伏せようとした姫喬の足を払った少女が、残る支点となった剣を巻き上げの要領で撥ね上げた。
 残るはがら空きになった胴体――本来なら。

「よくも磨いたもんだ。そんな剣でさ!」

 姫喬が、空を踏んだ。
 天躯脚。中空で翻った身体に瞠目した少女は、しかしそれも一瞬、迎撃よりも離脱を選ぶ。
「――その力を、もっと他の場所で役立てる気はなかったのか?」
 だが、シュテムがその後を追った。
 捕らえ、離さない。移動を封じた彼が言葉だけの説得を取って、彼女の注意を引こうと苦心する。
「復讐なんて虚しい。何より、君を護り死んでいった人たちに申し訳が……」
「お前の透けて見える程度の嘘よりは価値があるわよ。私の『帰還』もね」
 言うが早いか、剣戟。
 固めた防御の上からにも、彼女の巧手は良く響く。柳眉を険しくするシュテム。
 それは、自身の負傷、不利に対してだけ向けられたものではなく――
「……唯一発の銃弾では、変えられないものもあると。
 そういうこと、なのでしょうか?」

 後方、ライの身体が傾いだ。


 特異運命座標達の戦術は、偏に「優先順位」を重視して取られている。
 初動で姫喬とマヤ、シュテムが追放者へと挑発を行い、残るBinahが森の獣を中心に攻撃誘導。怒りを付与された追放者が足止めされている間に、残る森の獣たちを後衛陣が主体となって各個撃破していく、と言うスタンスである。
 追放者を敵方に於ける一番の脅威と判断した特異運命座標達にとって、この戦術は確かにベターである。固有スキルによって誰かの挑発が失敗に終わっても、残る二名が役目を入れ替わり、追放者に動く隙を与えない。
「余計な妨害要因」を全て取り除いた後は、残る追放者の少女に攻撃を集中させればいいだけの話だ。そう考えていた。
 ……問題は、「実際のところの一番の脅威」が何方なのか、である。
「ラグラさん!」
 地に伏した、否、伏しかけた身を運命が繋いだ。
 踏みしめた足に力を込めて立ち上がるラグラに声を掛けつつ、リウィルディアがミリアドハーモニクスを他の仲間に打ち込み、その負傷をある程度回復させる、が。
「……負傷の度合いが酷すぎますねコレ」
 こっちが本命かー、と髪をかき上げたラグラの前には、未だ十を大きく上回る数の獣たちが。
 要するに、そう言う事。
 並外れた技量と、所持するマジックアイテムにより、特異運命座標達は獣たちの側が本命であることを見抜けなかったのだ。
 これは特異運命座標達にとって一つの癌だ。元々獣たちへの対応班は単体攻撃を主軸とするものが多いために長期戦に陥りやすい。
 先にも言った三人態勢での名乗り口上は数の多い獣たちに対しても奏功していたが、それは「現状」――いわば戦闘開始から精々中期に渡るまでの事だ。
 経過時間に対してそのダメージは蓄積される。元々このパーティは回復役による援護のラインが殊に細いため、こうなるとどうあってもリウィルディアの単体回復では手が足りなくなってくる。
 それをラグラがサポートするようになれば、貫通属性を持つ彼女の攻撃手段が減ることで更に戦闘が長期化する。
 こうなれば手数の多い方に軍配が上がる。
 運命の克己を経て尚、ライが倒れた。更にアーマデルが。
 森の獣たちを直接引き付けていたBinahや、彼同様合間の攻撃誘導を行っていた姫喬を除けば前衛陣には余裕があるものの、怒りの付与を抜けた残りの敵だけでも後衛陣は大きく崩された状態になっている。
 リーダー格である少女への速攻ではなく、森の獣の殲滅から入る長期戦を選んだこと自体は悪くない。
 ただ、そのアプローチに穴があった。それが現状の苦境を指し示す原因となっている。
「……『雑魚を倒した後に相手してあげる』だっけ」
 戦闘中、自身を抑えるマヤが発した言葉をそらんじて、追放者が荒いだ息で、それでも確かな足取りで呟く。
「それで、結果は?」
「……認めましょう。確かに、私たちは見誤ってたわ」
「そう。なら特別に聞こうかしら。退く気は?」
 ぎり、と奥歯を鳴らして、マヤが朗々と叫び返す。
「――――――無い!」
 倒れた仲間の犠牲は無駄ではなかった。
 追放者の側も、長い戦いの間で従える獣を大きく欠いている。それとて、数頭は未だ立ち続けているが。
 少女は――海賊の言葉に初めて、苦笑じみた表情を浮かべる。
 襲い掛かる森の獣。カトラスで切り伏せ、精密射撃で次々にその身を貫くマヤの手が、地に倒れ伏す音と共に漸く止まった。
「……ここまで頑張れるなら別な道もあったはずなのに」
 敵を倒したことに対する意識の空白。その隙を縫うように。身を朱に染めたラグラが攻撃と共に呟いた。
「結局貴女は暖かな思い出を捨てられなかったんですね。与えられた愛と、抱えていた宝物を傷つけられたことが許せなかったから」
「御高説痛みいるわ。駄々をこねる餓鬼には、貴方達の言っている意味がちっとも分からないけれど」
「ええ。私としても、今更同情や憐憫で翻意できるとは思っていませんし」
 ――ただ、不思議だな、と。
 里を追放されながら、しかし里と決別できなかった者たちへの疑問を、追放者の少女は瞑目で以て答えた。
「……僕には何もできない」
 その様に、思わずBinahの声が零れた。
 前衛の中でアーマデルに次いで負傷の大きい彼の身体は、今も自らが引き寄せた獣に削られ、抉られ続けている。運命の消費すら疾うに過去の話だ。
 それでも――否、今にも倒れそうな、現在(いま)だからこそ。
「唯、願うだけだ。君と、君を大切にしていた人たちの幸福を」
「……」
 一瞬。
 彼女の口が「バカみたい」と動いたように見えたのは、彼の気のせいだったろうか。
 ……獣の交差に、その彼も何れは倒れる。
 それを、少しでも遅らせようと。今なお回復を止めないリウィルディアの身体は、枯渇しかけた気力に汗を流しながら、しかし止まることだけは決してない。
「彼らの風習は間違っていたかもしれない。本来ならここでこの村は滅んでいるべきなのかもしれない」
 ――けど、僕らはもう、選んだ後だ。
「だったら」
 答える少女が、宝剣を構え直して、言った。
「もう、言葉は要らない」
 唯、此処で死ねと言って、迫った。
 ブロックし、それをさばき続けてたシュテムも限界が近い。数を主とした森の獣たちは確かに敵方の本命であろうが、こと一対一で戦えば彼女のスペックは個々の特異運命座標達を僅かながら上回っている。
 防具の隙間を縫って、柔らかい皮膚に差し込まれた感触。拭きだした血が運命の介助もあって一瞬でふさがった。
「騎士で、ある以上……!」
 それでも、未だ少女は止まらない。
 矢継ぎ早に繰り出される剣に、シュテムも軈て膝をつき、そうなれば彼女を止めるものは数少ない。
 だから、全ては今に注ぎ込む。
「最後の最後まで付き合うよ、この燕黒姫喬が!」
 集中を兼ねた姫喬の五月雨が、少女の肌を血まみれにしていく。
 ち、と舌打ちした少女もそれに応え、切り返した剣の腹で姫喬の腕を砕く。
 苦悶の声。その隙にシュテムを狙う彼女の挙動が、しかし止まる。
「何をしてでも目的を達成するッ! どんなに血で、怨嗟で濡れようと!」
「お前……!!」
 振り払われるのは、一瞬。
 その一瞬をこそ、しかし、必要とした者が居る。
「――撃てえぇええッ!!」
 ……ラグラの銃弾が、そうして確かに、少女の胴を貫いた。


 ――誰もかれもが、地に横たわっていた。
 息の有る無しは、分からない。それを気にする余裕もない。
 並みいる敵を切り伏せて、ただ、目指すのは一つの場所だけ。
「……さとおささま」
 集落の中でも、一際大きな建物を訪れて、私はそう呟いた。
「わたしを、みてください」
 建物の中に居た者が喚きたてる。撃ち込まれる魔術によって、血に染まる私の身体は更に大きく拉いで。
 ――だけど。
「あなたがすてた、わたしです」
 腕が吹き飛ぶ。足が千切れる。
 それを構わないと、一つだけの足で跳んだ私は、最も求める人の胸に飛び込んだ。
 其処へ、手にした剣を差し込みながら。
「ねえ、さとおささま。みなさま」
 胴に空いた穴から漏れ出す血液は、気のゆるみと共に更に加速した。
 欠損した身体から零れるそれと併せて、最早私は数分も保たないだろう。
 ……それでも。
 それでも、私は、構わなかった。
「わたしは、ゆうしゅう、だったでしょう?」
 せめて、笑いながらそう言って。
 私の意識は、其処で途切れた。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)[重傷]
あいの為に

あとがき

ご参加、有難うございました。

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