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シナリオ詳細

<魔女集会・前夜祭>追憶モンタージュ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●とある男の酔い話
 なあ、こんな噂を知ってるかい?
 中心街より北北東、ちいとばかし古びた煉瓦の道を何百ほど進んだ先の赤い屋根さ。そこを曲がって、ただ目印の通りに進むだけなんだが、これが厄介のなんの。
 何でかって? そう急かすな。
 目印は山ほどあるんだが、見つけられるのは片手で数える程って話。干からびた井戸、妙に眩しい青と白の小さな花畑、獣道に沿って植えられた紫の蕾……。
 フィルムみてえに連なってる癖に、知らずと道をそれちまって気付いたら振り出しさ。
 でもなあ、ちゃんと辿り着けたらイイ思いが出来るってんだよ。おれのダチがそう言うんだ。
 そいつは人生が変わったって言ってたね。しがない字書きだったが今や、ほれ。大人気作家ってわけだ。
 はー、おれもあやかってみたいねえ。ま、どうせ怖がりのあいつのことだから、大変な目に遭って記憶もあやふやなんだろうがな。
 ん? つまりはよ、『そういうこと』にしたかったのさ。こーんなウマい話があるかよ!
 ほら、飲もうぜ! 次はおめえの番だぜ。

●夜の誘い
 酒場と言えばイレギュラーズのたまり場である、ローレットのあの場所を思い浮かべるだろう。がやがやと人の声がぶつかり合って形を失い雑音となるのは酒場ではよくあることだ。
 とはいえ、全ての酒場がそうあるわけではない。一般にバーと言えばちょっとおしゃれで静かにお酒を楽しむ社交界のような空気があるし、居酒屋と言えばジョッキをぶつけて泡立った発泡酒を一気に喉に落とし、燥ぎ倒すような賑やかさを持つ。
 その場所特有の空気は、集う人間に始まり、構築する家具や音楽、作り上げる主によって作り上げられる。
 ――さて。
 ここ、Bar Phantomは幻想のとある場所に存在する、深い霧に覆われたバーである。響くアンダンテのリズムは時に駆け足の兵隊になり、時に気ままな野良猫になり独特のテンポを刻んでいた。自由気ままに思われる音たちも、全てとある魔女の支配下にある。
 夜(ナハト)をご存じだろうか。比較的友好的な魔女たちが大半を占めるひとつの魔女の集団だ。ワルプルギスという魔女の名の元に集まった魔女たちは、不定期的に彼女のしらべを受け、指定された場所に集まって集会を開く。その集会の日以外は十人十色、皆気ままに過ごしている。
 このバーは、その夜に所属する魔女の一人がオーナーを務めていた。名をスフィ・シェーント。『物語の魔女』を冠する小さな魔女だ。
 ようく耳を澄ませてみれば、ペン先が紙をこする微かな音がBGMに混ざって聞こえてくるだろう。スフィはオーナーとは名ばかりで、客がいようがいまいが真白の書を前に筆を執っている。むしろ、客がいるのなら筆を執る、と言ったほうが正しいか。
 彼女は物語を愛している。本とは世界だ。それがどんな物語であろうと、スフィは慈しみ記憶する。これまで百と幾ばくか、もう数えるのをやめた程に生きたスフィはたくさんの書を読み、そして自らも編んできた。
 しかし、それだけでは物足りない。予想できうる展開――それもそうだ、書き手が自分の物語は、スフィの知識の中から選択されて未来を紡ぐ。これでは一人遊びだ。
 スフィはこれまでも、これからも、たくさんの知らない物語を聞きたいと願っている。知らない話は心を満たし、書き手たる誰かの傍にいられるような気がした。
 この酒場は、スフィの願いを叶えるのに格好の場所なのだ。
 この日、客は二組であった。それぞれ離れた場所に座り、どちらも互いの肩を寄せて内緒話なんかしている。給仕のすべてを生み出した幻に任せているスフィは、少し奥まったところで相も変わらずペンを執っていた。
 本日の物語は、異なる二人のラヴストーリー。ただ甘ったるいだけじゃあない、隠し味にスパイスの利いた、ちょっと危険で道徳に反する物語だ。まあ、簡単に言えば不倫とか浮気とかそんな感じである。スフィにとって、そこはほとんど重要ではない。どういう経路でそうなったか、"秘密"の為に何をしたか、というところに興味があった。
 互いに勤めるお店の引き出しに手紙を入れて交換している、なんていうくだりで、ふとスフィは物語を描く手を止め霧深い窓の向こう側を見た。
「もうじき、始まるのねえ。楽しみだわ」
 客の声が愛を囁きあうくだらない話し声に変わったところで、物語の魔女はいつかの集会を思い返していた。あの場所にはスフィの知らない、楽しい物語がやってくる。それに今回はオマケまでくっついてくるらしい。
「こんな機会、そうそうないのだわ。精々楽しませてほしいものね」
 そう言うスフィの手元には一通の手紙が届いていた。薔薇の封蝋の底には、夜の魔女だけが読める魔法の招待状が眠っている。ワルプルギスより――この一文が示す意味を、スフィはようく知っていた。
「早くあたいをあの場所へ連れてって頂戴。退屈も遅参も許さないのだわ」

●未読の記憶
「追伸、境界図書館の本を持参すること――という訳で御座います」
 こちらは羽ペンの封蝋がなされた手紙を読み上げ、【『幻狼』夢幻の奇術師】夜乃 幻(p3p000824)が顔を上げる。イレギュラーズ宛に届いた手紙は、どうやら近々行われる夜の魔女集会に関しての依頼のようだ。
 ワルプルギスの夜の魔女は、比較的友好的であり、こうしてイレギュラーズに依頼をすることもある。他にも何通か届いているが、幻が持つ手紙は当人『物語の魔女』スフィから直接渡されたものだ。
 普段から幻でバーを経営しているスフィにとって、相手がイレギュラーズであろうと態度は変わらない。よろしくの一言だけでおつかいを押し付けて、意見や文句を聞く気なんてひとつもないのだ。溜息を吐きたい心地にもなるというものだが、さっさと済ませてしまうに限る。
 彼女からの依頼はこうだ。集会の場所へ行くまでの間、物語を聞かせなさい。
 これほどまでに単純で明快、持物すら存在しない依頼も珍しい。その身ひとつあればこの魔女は十分であると言っているのだ。――いや、ひとつ訂正すると、普段から気になっている場所に行けるやつらが来るんだったらお土産をよこせという、妬みのような羨みのような追伸はあったが。こちらはまあ、気が向いたらで良いだろう。
「幸い、彼女の根城から集会までの距離はそう遠くない様で御座います。戦う準備の必要は在りませんね」
 集会の場所へはスフィの案内で迷うことなく行けるだろう。魔女には魔女の領域がある。人除けのための霧に、夜の魔女が迷うことはないようだ。
 そんなことを気に掛けるぐらいなら、物語のひとつでも聞かせてほしい。
 冠する名に恥じぬ盲目さには、素直に感心といったところか。であれば、こちらも相応の物語を運んでいかねばなるまい。
 聞くところによれば、物語の魔女はフィクションもノンフィクションも関係なく、すべての書を好むという。イレギュラーズであれば自らの体験談が既に壮大な物語になっている者も多いだろうが、それとは関係なく自分で考えたオリジナルの空想物語を語っても良い。いまがチャンスとばかりに自分だけの物語を披露したって構わないのだ。
 気を付けるとするならば、彼女は退屈を嫌うという点だ。スフィが楽しいと感じられればどんなに普遍的な物語でも、彼女は興味津々に聞くだろう。しかし同じ話が続けば飽きもくる。どういった話をするか、事前に軽い打ち合わせぐらいは必要だろう。
 しかしまあ、ようは楽しいと思わせたら勝ちである。あまり難しく考えるものではない。
 色々と考えられるところはあるが、そもイレギュラーズは常識外れの存在だ。その存在自体が既にスフィにとって加点対象になりうるのだから、あまり気負う必要はなさそうである。
「扨て、どの様な話を致しましょうか」
 夜の宴のその前に。イレギュラーズらはどんな物語を紡ぐのだろうか。

GMコメント

 リクエストありがとうございました。
 お久し振りです。祈る雨と書きまして、キウと読みます。
 物語は旅の途中から始まります。集会へと向かう道中での一幕をお楽しみください。

●成功条件
 スフィを楽しませる
 物語の概要を抑えておくのがコツかもしれません。

●『物語の魔女』スフィ・シェーント
 齢百よりずっと上くらいの小さな魔女。掌の上に乗っかる程度のサイズです。
 物語を聞く際には配慮してあげるといいかもしれませんが、あからさまだと多分不機嫌になります。たぶん。
 楽しい話が好き。つまらない話も物語である以上は聞くが、話し終わった後につまんないわねと素直に言うタイプ。
 詳しくはこちら。
 https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1073927

●事前情報
 ワルプルギスによってダンジョン化された道を行きますが、身の危険はありません。
 迷いの霧を抜け、路地を進み、途中森に入り、集会所へ到着します。
 語るにふさわしい場所の希望があれば、きっと道中にあることでしょう。スフィは物語を一層楽しめる事に関して寛容です。
 時間帯は夜。月の登り始めの頃合いです。

●情報精度【A】
 曰く、あたいの物語は他の誰にも邪魔させやしないのだわさ、とのこと。

●おまけ
 追伸の内容はほんのおまけです。スフィの機嫌がプラスされるのでちょっとぐらいつまらない話でも楽しんでくれるようです。
 なかったからと言ってマイナスになるようなことはありません。

  • <魔女集会・前夜祭>追憶モンタージュ完了
  • GM名祈雨
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年06月17日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シルフィア・カレード(p3p000444)
リベリスタ
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ジュルナット・ウィウスト(p3p007518)
風吹かす狩人
ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで
シルヴェストル=ロラン(p3p008123)
デイウォーカー
月待 真那(p3p008312)
はらぺこフレンズ

リプレイ


 Bar Phantomの周囲に立ち込める迷いの霧は、来る客の選定を担っている。それはイレギュラーズであっても例外ではなく、冷たい霧が頬を撫でる感触をそれぞれが感じていた。
「……ふん、ちゃんとあたいの為に用意してきたってとこかい」
 くだらぬ話であればたとえ請負人だろうと蹴飛ばす心算のスフィではあったが、どうやら霧は彼らの足止めにはならなかったようだ。
「シェーント様の物語狂いにも困ったもので御座いますね」
「物語の魔女に手土産ひとつないとはいい度胸だわさ」
「ふふ、ええ、ですから皆お持ちいたしました」
 さてさて、これより始まるは一夜の語り。どんな物語が飛び出すのやら。


「それじゃあ夜の始まりに、ボクからとっておきを」
 そう言って『Ephemeral』ハルア・フィーン(p3p007983)は一冊の本を持ち出した。どこか不思議で独特の力を宿す図書館のもので、スフィの興味はあからさまにそちらへ向いた。
 始まりは夜。波の音が鼓膜を優しく打って子守唄のように聞こえた。幼い頃、誰もが聞いた母の歌声にも似た波音は、ハルアの心にじんわりと沁みていく。
「召喚される前のこと、あまり覚えてないんだけどね」
 それでも、確かに暖かかったのを覚えている。
 歌のままに眠りについて、けれども目が覚めた時、どうしてだか手に一房のススキを持っていた。ささやかな風に葉は揺れ、零れるような小さな花は誇らしく咲う。
 大事なものに思えた。胸いっぱいに満ちる感情を、郷愁と名付けても良かったのかもしれない。
「でも、そのススキを売ってほしいって人と会ったんだ」
 語るハルアの視線は落ちる。スフィのための物語ではあれど、ハルアもまた思い返していた。
 あれは一度きりじゃあない。いつか、あったような言葉だ。覚えていないはずのいつかを想い、無自覚に紡いだ言葉をなぞる。
「お金になんてしちゃいけない、これは何にも代えられない大切なものだ……」
「……それで、あんたはどうしたんだい」
 続く言葉に詰まっていると、スフィの声が耳元でした。
「ボクは、いつかの時は尋ねてあげなかった言葉を、伝えたかったんだ」
 ほしいといったあなたに、きっと助けてって悲鳴をあげていたあなたに嫌いだからじゃあないんだと、届いてほしかった。
 それで、終わり。
 どこか不満そうに唇を尖らせるスフィを前に、ハルアはくすくすと笑う。
「続きも結末も、いろんな秘密も残ってるけど、そういう物語も悪くないでしょ?」
「ふん。……及第点だわ」
「ありがと」
 傲慢な魔女は終わりならばと次へと旅立つ。渡りやすい背の丈を見つけたスフィは『ハラペコ狼』月待 真那(p3p008312)の肩へと移動した。
「次はあんたの番だわさ」
 直前まで悩んでいた真那は、ポーチから真那色のインク瓶を取り出した。筆を執ることも多いスフィには一目見てそれがインクであるとわかる。
「変わった色をしているのだわ」
「ふふっ、やろ? これ、どんな風に作ってもらったと思う?」
 思い出話からインクを作ってもらったんやと続けば、魔女は穴が開くほど瓶を見つめた。
 煌めくインクは移り変わり、真夏の海のブルーであったり、宝石に似たグリーンであったり、思い出から出来た事も納得してしまう色をしていた。
「私の宝物なんやぁ♪」
 語る真那の声は弾んでいる。
 インク屋『パレヱド』の店主は、どうやら人の思い出――つまり、物語からインクを生み出している。物語の魔女ならば一度は訪れてみても良いかもと言えば、スフィは何やら羽ペンを滑らせていた。
 あれは真っ赤な行灯が並んでいる通りの先の和風なお店。同じところには存在しない、奇々怪々なインク屋だ。
 ……と、そこまで話したところではたと気付く。じとりと見つめるスフィの瞳と出会えば、慌てた様子で口ごもった。
 そう、なんでも物語とは言えど、これではただの情報だ。
「ごめんごめん! じゃあ、このインクの元になってるお話を始めよか」
 前置きはこのくらいにして、と含みを持たせた真那はにんまりと口の端をあげる。いよいよ真打かと思われたが、飛び出たのはこんな言葉だ。
「この前行きつけの飯屋さんで大食いチャレンジ大成功したんや! えっへん!」
 ……。
 沈黙が真那の胸を刺した。
「ちょお、聞いてえなあ!」
「その話、長くなる? あたいは忙しいのだわさ」
「ひどい!」
 どうして大食いからこの色が生まれたのだろうかと、心底思った。


 一行は途中、路地に入ったところで休憩をとる。筆を執りたいスフィの希望だった。
 その手が止まりがちになった頃合いに、『リベリスタ』シルフィア・カレード(p3p000444)がスフィの隣に座る。
「そろそろ次の物語が必要かい?」
「おや、気が利くのだわ」
 シルフィアによって紡がれるは、ここではない彼女の世界の物語だ。
 そこには、ローレットのような組織が世界を守るという目的に向かって走り続けていた。語るシルフィアはどこか懐かしむように目を細める。その瞳には、きっとあの日の情景が映されていたことだろう。
「これは、アタシがまだ小娘だった頃の話サ」
「あたいにしてみりゃ、あんたもまだ小娘だわさ」
 そんな軽口が返ってきて、シルフィアは思わず軽快に笑う。そういえばもう百をも越える魔女だったか。これからするのは、目の前の魔女とは違う『魔女』の話だ。
 世界の不条理にすべてを奪われ、嘆き、もう戻らないものを奪い返そうと壊す道を選んだ魔女。何も背負わぬ者とは一概に脆くも強い。平気で人を騙して見せるし、なんだって利用した。
 ふ、と煙が空を泳ぐ。
 死線の最中で救いの光を見出せば、誰だってあがいてしまうものだ。冷静になってみれば選ばない手だったとしても。
「小賢しくも生き残ったバカが、やらかしちまったのさ」
 後の惨状は想像通りだ。いや、それよりも遥かに酷いものだった。外の神サマというのは激しく、強く、殺し奪い消し飛ばす。生き残ったほうが奇跡というものだった。
「アタシだってほら、このザマさ」
 そこにあるのは朽ちた翼。もはや飛べそうにない姿だ。
「皮肉なモンだね。それで、世界は平和になっちまった」
 理由は明白。くゆむ葉巻の煙が、空へと溶けていった。あとには何も、残らない。
「これが、アタシの物語」
「なかなか使えそうだわ」
 一人の人生を変えた物語だっていうのに、スフィの感想はそんなもの。再び肩を竦めたシルフィアは、礼もなく次へと旅立っていくスフィを見送る。
「次はアンタ」
「ふむ、おじいちゃんの物語を聞いていきなさるカ」
 それならばと語る物語は『風吹かす狩人』ジュルナット・ウィウスト(p3p007518)その人と、故き友との歴史である。土産にと持ち込んだ『穢れた姫と純粋な魔王』の本を手渡せど、スフィの眼差しは本よりもジュルナット本人へと向けられた。
「彼との出会いは、そうだネ。こんな夜更だったカナ」
 あれは生まれから79年と少し。狩りに出掛けたジュルナットの前にいたのは兎だった。勿論、狩人が狙うのは眼前の敵。しかして偶然と不運は重なるものだ。
 弓を引き、いざや撃たんとせし時に響いた轟音は、獲物を逃走させるに充分だった。瞬きした次の瞬間には、別ものが居座っていたというわけである。
「おじいちゃんは激怒した。おじいちゃんは腹が空いていたのであるナ」
「……聞き覚えのある文節だわさ」
 そんな冗談を交えつつ。
 彼を狩る気は毛頭なかったジュルナットと、狩られるつもりはない友は、それはそれは大喧嘩をしたそうな。
 一期一会という言葉もあるが、縁は切れずに続くこととなる。減らず口は絶えず、下世話な話もたまにして、背を預けたふたつの姿がローレットにあった。
「楽しかったネ。途中、ひとり増えてナ。賑やかだったヨ」
 それから十数年。時が経てば誰でも変わるもの。
 ジュルナットを残し結ばれたふたりを、不思議な心地にはなれど純粋に祝福した。どうしてそうなったかをスフィは聞きたがったが、ジュルナットも全てを知る訳ではない。
「アンタはそれで良かったのかい?」
「さてネ。腑抜けた顔を見ていたら、まあ、そうだネ」
 それから穏やかな時間を過ごし十数年。
「お前サン、物語に出てくる物には興味あるカナ?」
「勿論だわ」
「そうかいそうかい。これはおじいちゃんの物語でもあり、友の物語でもあり、こいつの物語でもあるさナ」
 友から買った黒生地の手袋は、今でも思い出と共に遺っている。


 整った街道を進むこと数十分。行き止まりかと思いきや、スフィは迷うことなく足を進めた。ぶつかるということはなく、すり抜けて壁の向こう側へと消える。幻想が揺蕩っているだけなのだ。魔女曰く、近道だわさとのこと。
 暫し訪れた静謐は、スフィが図書館の本を読むと言って黙りこくってしまったことから由来する。気ままな魔女だ。
「次はこれでどうかな」
 丁度読み終わったタイミングで、『白夜月』シルヴェストル=ロラン(p3p008123)が新たな世界の物語を差し出した。天災により滅亡寸前まで追い詰められた世界の物語だ。
 本を読むのは後回しにして、スフィは差し出した当人へと目を向けた。視線が交差し、シルヴェストルはひとつ頷いた。
「これは、数百年に一度、一夜しか咲かない花を見に行った時の話だよ」
 伝承の花の事を知ったのは、当時の所属ギルドの倉庫でだった。その資料の量は他と比較にならないほどだ。
 聞けばいつかの時まで保管するとか言うが、シルヴェストルには大層つまらない話に聞こえた。
 誰かが出てくるのを期待するのか?
 その誰かに任せっきりで悔しくないのか?
 明確に湧き出た疑問と猜疑心は、彼の背を押すのに充分だった。
「道中、確かに伝承と言うだけ時間がかかったかな。廃れ始めていたんだろう」
 苦難は多かったが、本筋ではないため大幅カット。スフィはどこか勿体なさそうな視線を向けてはいたが。
 歩む事東に幾千里。深い森の海を越え、その果てに浮かぶ満月を遮るものがなくなる頃。
「……ああ、そうだな。今日みたいな綺麗な月だった」
 空を仰げば、煌々と月が輝いている。
 あの日見た情景は、それはそれは美しいものだった。期待した花が咲いているだけではなく、数多の花びらが風に乗って軽やかに舞い踊る月夜のこと。薄桃の花弁は遊ぶように夜空を泳ぎ、星々に負けんばかりに闇を彩った。
 凛と立つ木はただそこにあり、織りなす飾りを風に揺らしていた。その存在感は、思わず息を呑むほどで。
「ちっぽけな存在だなって、一瞬でも思ったさ」
「さぞ壮麗な景色だわな」
 思いを馳せること数分、ああ、と続けるのは物語の結末。
「数百年というのは、ただの尾鰭。思っていたよりずっと長く持ったよ、その花は」
「なんじゃ、つまらんの」
「はは、でも耳聞こえはいいだろう? 何百年に一度だなんて、ね」
 真実がどうであれ、どうやらスフィはその響きを気に入ったらしい。空を遊ぶ羽ペンが、その文字をしかと刻んだ。
 さて道も半ばを過ぎた頃。誰かの腹がくうと鳴り、置いてきた時間を物語る。
「これでよければいかがかな?」
 そう言ってこんぺいとうを差し出すのは『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)だ。切らすことなく持ち歩いているそれを、スフィは遠慮なく受け取った。
 ついでとばかりに物語の魔女はランドウェラに物語を要求する。当然だろうという態度に、ランドウェラはひとり笑った。
 またひとつ、幕を開ける。
「それは誰かのコピーだったんだ」
 見た目も同じ。機能も同じ。ささやかな傷跡から細やかな色合いまで同じ。ただひとつ違うのは、中身だけ。
 そんな『別人』に求められたのは、殻と同じ人格だ。どこまでも完成主義者の者には別人なんて存在してはならないのだ。
 けれどもそんな世界から今は遠い。思うがまま過ごし、初めて触れるものに触れ、そのコピーは自由を手に入れた。別の個として生きることを世界に許された。
「それはそれは、素晴らしいことだよね。感謝さえしたよ、神様に」
 ランドウェラの語る口は止まらない。スフィにとっては語ってくれる分には大いに結構なので、書き留めながら耳を傾けていた。
「ああでも、ちょっとだけ後悔はあるかもしれないなあ」
「なんじゃ、この流れであるのかい」
「勿論、それを作った存在が今現在のそれを見てどう反応するかってところをさ」
 個を捨てることを強いてきたあいつらが、個を謳歌している現状をよく思うはずがない。あわよくば、苦虫を嚙み潰したような顔をしているのかも。
 どこか他人事に話を終えた後、あっと思い出したように声を出す。
「これ、僕の話だよ」
「今更だわさ」
 呆れたような声が返る。スフィの肩が上下したのを見て、ランドウェラはからからと笑った。
「そうだ、僕もあの話知ってたよ」
 少し前にでた『パレヱド』のこと。こんぺいとうをもう一粒取り出しながら、当時を振り返る。
「スフィだったらどんな話をする?」
「さてね。まずは語ってもらうよ」
 人には語らせるくせに、当の本人は口を閉ざすらしい。


 森というには視界は開け、平地というには木が多い。そんな小道を進んでいけば、時折話し声が聞こえた。集会があるという場所が近いのだろう。
「さて、では僕の物語を聞いて頂きましょうか」
 囁き声に混じって幻が一歩前に出て口上を述べる。恭しく礼をすれば、まさしくショーの開幕だ。
 昔々あるところに、なんていう物語の始まり。世間知らずの娘がひとりおりまして、その娘は真白の色を称えておりました。そんな、とある物語。
 許嫁だなんて、よくある話だ。しかし、真白の人間が許嫁に会ったところで、ただのヒトと捉えるだけ。もう一方の感情など置いてけぼりだ。
 けれど、一滴垂らした恋心が白を染めていく。何度も伝えた愛という色は、純真な娘の心に色を付けていったのだ。一滴一滴降り注ぐたび、娘の心はひどく震えた。
「ああ、そして。無色透明な娘に芽生えたのは、恋という感情で御座います」
 許嫁は娘に恋をした。娘も許嫁に恋をした。晴れて両想いとなった二人を迎えるのは決してハッピーエンドでなかったことだけが悲劇といえるだろう。
 幻の語りはどこか劇的で、聞く者を物語の世界へと引き込んでいく。一人称を定かにしない語りは、聞き手をその立場に立たせるには好都合だった。まるで第三者の、それこそ舞台を形作る奏者のように、幻は言葉を繋げていく。
「それはある日の夜のこと。心中を映したかのような、雨が降り頻っておりました」
 二人の間を遮るように、雨粒は止むことなく地面を叩いた。日に日に強まる恋心とは反比例する大雨を、娘はどんな胸中で見つめていたのだろうか。
 さて、それを知るばかりは娘のみ。
「一緒に逃げよう」
 そう、声がしたのだと、窓の外に許嫁の姿を見つけた娘が言う。手を取り共に歩めばもう自由。一人分の足跡しかない道は、すぐに大雨で流され幻へと消えた。
「――これにて、終幕で御座います」
「うむ。……うむ、後はアンタだけだわさ」
「そうだナ」
 よいしょと幻の掌に腰かけ、スフィは残り一人を指名する。『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)もまた頷き応えた。
「俺が語るのハ、ある魔術師の話ダ」
 打って変わって、彼が語るのは純真など遠い世界の物語。その男の周囲では、殺人や野垂れ死にだなんて日常茶飯事で、平穏こそが異端だった。例外はなく、男の周囲でも人影は徐々に消えていった。
 時と同じくして過ぎる離別は、男の心を少しずつ蝕んだ。丈夫なものも、ひとたびヒビが入れば容易く割れる。長きに渡り響いた罅が、限界を迎えた時だ。
「斯くして、男は死を恐れるようになった」
「孤独はなにより毒だわさ」
「……そうだナ」
 さて恐れた結果がどうなったか。想像に易いかもしれないが、その道中は十人十色に変わるだろう。諦念か、絶望か、あるいは前進か、叛逆か。
 選び取ったのは、反魂の魔術という選択肢だった。学び続けた魔術が朽ちる間際に実を結び、古びた肉体を捨てて魂という存在で自由を得た。
 さりとてハッピーエンドとなるわけもなく、不完全体のそれは人の居ぬ廃墟と同じく風化し錆びて崩れていく。それには器が必要だった。
「名を、『亜屍』」
「屍に次ぐ者かい」
 スフィの独り言には応えずに、赤羽は言葉を続けた。伺う視線に含まれる言外の言葉を、赤羽はあえて見ずに言う。
 亜屍は、有限の器を乗り継ぐ事で生き永らえた。時に獣になろうとも、死にたくないと願った魂がそうさせた。
 しかし不完全には限界がある。それを完全とするための、強き『願い』が共鳴した。
「「死にたくない」」
 ただ、その生物として単純で明確な願いが、とある生物を形作る。
「――ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
「アカバネ、だろう」
「そうだ、『赤羽』『大地』という」


 八つの物語が出揃いて、幾つかの本が並び立つ。スフィはすっかり満腹顔で、上機嫌に筆を滑らせていた。
 どの物語が一番だったかだなんて問いかければ、スフィの機嫌はたちまち真っ逆さまに落っこちる事だろう。
 どれもすべて等しく尊く、貴賤の差などないのだから。
「アンタら、ご苦労だわ。とっておきの物語を、この夜に仕上げてやるさね」
 ワルプルギスの夜は、始まりの時を待っている。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

リクエストありがとうございました! どの物語も楽しく拝読させていただきました。
まるで自身が物語の魔女になったかのような気分で、より皆さんのことを知りたくなりました。

今回は個別の物語でしたので、個別にピックアップして描写させていただきました。
いつかの未来、きっと物語の魔女がすべてを昇華させた物語を描いてくれるのでしょう。
その物語がBar Phantomの本棚に収まるかはさておいて。

すでにある物語を編纂する形となりましたが、お楽しみ頂けたでしょうか。
それでは、良いワルプルギスの夜をお過ごしください。

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