シナリオ詳細
野性の風
オープニング
●皐月からの緊急報告
五月の風が獣を追い立てる。北へ北へと。
クリスタル・マンモス。
それは水晶の如き透明な牙を持つゾウに類する体長3~5メートル程の獣で、冬の前に温暖な南へと群で移動し、夏が近づく頃になると涼しい北へと移動する。
50頭からなる群の移動は最大時速70キロに及ぶもので、全てを薙ぎ倒して走るその光景はただただ圧巻。
希に人や動物が踏み潰されて原型を留めぬミンチとなることもあるが、幸いにして毎年辿るコースは決まっており、移動の時期にコースに近づかなければ問題はない……はずであった。
「それがさ、密猟者が余計なことをしちゃってさ、コースが逸れてしまったんだよ。このまま行くと村が一つクリスタル・マンモスに潰されてしまうんじゃないかな。そこで君達に行って、クリスタル・マンモスの予想進路に先回りし、止めるなりコースを元に戻すなりして欲しいのさ」
『新聞屋』アレックス=ロイド=ウェーバー(p3n000143)はギルドに集まった者達に依頼の目的を伝えると、これがあるイレギュラーズの部下によってもたらされた情報であることを告げた。
その男の名は皐月。黒影 鬼灯 (p3p007949)の部下の忍集団『暦』衆が一人。
彼は主に忠実で真面目な男だが、一つ大きな特徴があった。それは心根の優しさからか、動物に懐かれやすいということ。
ゆえに高価で取引される牙目当ての密漁の噂を聞いた鬼灯の命により、彼が偵察に向かったのが事の始め。
ところが今年この地方は例年より気温が高く、予想に反して早くからクリスタル・マンモスが移動を開始した。
そこで手ぶらで帰れないと密漁者が薬剤を塗布した矢を先頭に打ち込んだが、薬の効果か、それとも痛みからか、興奮した先頭のマンモスは密漁者を追いかけるようコースを変えた。そして密猟者が逃げ果せてもそのままルートを違えたまま行軍を続けているという……。
「クリスタル・マンモスの行軍を知った皐月がこちらに危機を知らせると同時、マンモスの群に同行しているらしい。マンモスの背中にでも乗ってるんじゃないかな? 一応宥めて止めようとはしてくれたみたいだけど、先頭が狂っている限り群れは皆それに従って走るのみなのさ」
『新聞屋』を自称する情報屋は両の掌を上へ向け、「お手上げ」のポーズを取った。
●水晶象の行軍
イレギュラーズがやるべきことは大きく二つ。
一。クリスタル・マンモスの進路に当たる村へ先回りし、万が一に備えて村民を非難させること。
失敗すればその村ばかりではなく、その先の村にまで危険が及ぶ。
二。クリスタル・マンモスの行軍を止めるか、誘導して進路を正しいコースに戻すこと。
クリスタル・マンモスを率いている負傷した先頭一頭の動きが鍵で、マンモスに踏まれれば骨折だけでは済まないから注意が必要。また時速70キロという高速であることや、鋭い水晶の角にも要注意だ。
「密猟者については皐月が顔を覚えているし、とりあえず後日捜索って事でいいから。まずクリスタル・マンモスを何とかして。但し殺すなよ? クリスタル・マンモスは自然環境の変化で数が減りつつある希少種になりつつあるんだ。あ、なお皐月の報告はどうやら正しいようだよ」
アレックスは白黒濃淡で情報精度を見分けるギフト『フェイク・ニュース』を使い、皐月の報告に相違ないと断じる。そして再度注意を促してイレギュラーズを彼の地へと送り込んだ。
孤軍奮闘する皐月を乗せて走るマンモスの群を止められるか、それとも村が踏み散らかせて壊滅となるかはイレギュラーズ次第。
「頭領……この不甲斐ない皐月めの為に申し訳ない……! ああ、落ち着いてくれ、頼む! 向かう先にお前達の安寧の場はないのだ」
クリスタル・マンモスの背の上で皐月が呟く。
行軍を止めるために地方の駐留部隊が派遣されるようなことになればクリスタル・マンモスも傷付く。そうならぬようにと皐月は暴走するマンモス達の身も案ずるのだった。
- 野性の風完了
- GM名八島礼
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年06月10日 22時35分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
皐月の風を薫風と呼ぶ。優しい風が花や緑の香りを運ぶからだ。
だがクリスタルマンモスの激走はあまりにも本能的で、あまつさえ暴力的ですらあった。
「言うなれば野性の風か。皐月め……まさかマンモスにまで好かれるとはな……」
軍馬を駆りマンモスの群れを追う『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は、群の中に己の部下の姿を見つけて呟いた。
嫁殿……と呼ぶ美しき人形は背に乗りたいと言ったが、激走する野性動物に乗るなど無茶もいいところ。だが部下の能力を信頼すればこその指令もある。
「流星、皐月に先頭の象まで移動して宥めるよう伝えるのだ。無理だけはするなとな」
「承知」
併走する『暦の部下』流星(p3p008041)は頭領の命を受けて玄と名付けた鷹を放つ。真っ直ぐに皐月の元まで飛んでいく鷹を見送ると、最後尾に向かう鬼灯と分かれて流星は先頭へ。そして『闇医者』アクセル・オーストレーム(p3p004765)へと手を伸ばす。
「乗って。アクセル殿は体力を温存した方がいい。貴方は戦いが終わってからが本番だから」
「助かる。象は専門外だが怪我をしているのであれば患者には違いない。やれるだけのことをしよう」
アクセルは持ち前の能力により手数を増やしていたが、走って追い続けるには確かに体力に限界がある。軍人と言っても通りそうなガタイのいい闇医者は、忍の女の後ろに乗った。
そして激走する群の横、流星らと反対の側を走るのは、傭兵や鉄帝に生息する騎獣のパダッセさまに乗る『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)。そして『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)。
「悪いね、重くて機動力が落ちるようなら飛ぶから。それはそうとマンモスって初めて見た。うわぁすごいなぁ! ニンジャ対マンモス、凄い絵面だ。ああ、ごめんごめん。ちゃんと仕事するよ」
「分かってるから謝らんといて。それより悪役となる覚悟はええ?」
無邪気に喜ぶランドウェラもまた機動力を生かし己が脚で併走していたが、今は一旦パダッセさまに便乗している。
何故なら彼らの目的は同じ、マンモスを誘導すること。
「そっちの準備がいいなら始めるぞ」
漆黒の四枚羽根を広げて上空を飛ぶ青年・『Unbreakable』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)が二人に声をかけてから先頭象の前に躍り出る。
その横を流星の鷹がすれ違い大空を舞った。
●
マンモスの進路に位置する村では美しき羽を持つ二人が村へ到着したところ。
一人は先端が黒に近い翼を持つスカイウェザーのカティア・ルーデ・サスティン(p3p005196)。もう一人は青き胡蝶の翅を持つ『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)だ。
「避難先は本来の進路の外側で良いのだよね? 本来の進路と村の間じゃなくて、避難先は本来の進路と反対側、かな?」
「承知いたしました。私は避難先から遠い地域から回り、逃げる通り道の家にも声をかけて回るよう説得いたします。それはそうと、気になることが……」
幻がカティアの耳元でそっと囁く。傍目には秘め事のように見えるが、それは謀り事。
「なるほどね。留意しておくよ」
カティアは頷くと灰色の翼を広げて村長の元へ。幻は住宅もまばらな村の外れ目指し飛び立った。
●
偵察に飛ばした鷹から報告を受けた流星はアクセルに観察したことを伝える。先頭象が受けた傷は怒りを生むに十分なもので、腹にも頭にも脚にも太い矢が突き刺さっている。
「あれでは狂うのも無理はない。如何にぶ厚い皮膚を持とうが痛みはある。興奮状態にあるのは幻覚剤のせいだろう」
その量は恐らく人ならば中毒を起こしかねない程のものであろうとアクセルが予想する。怒りが生む幻覚に本来の大移動の意味さえ忘れてしまっているのだ。
(人の欲が自然の営みを捻じ曲げるとは実に罪深い。その罰を受けるのは自然と共存してきたはずの罪無き人達……こんな悲しみを拡げてはいけない。必ず止めてみせる!)
怒りと悲しみ、そして決意を湛えた夜空色の双眸を黒き紗織物の下に隠し、流星は軍馬の手綱を取る。
疾駆には矢を振り落とさんとする意味もあるのだろうと、動物と心を通わせることの出来る流星は考えた。
「皐月殿と協力してせめて矢だけでも抜いてくる。後は頼む」
先頭に追いつくと流星は象の脚に飛びつき、組技でしがみつく。アクセルは代わって手綱を握ると象の背から背へと移動する皐月に向かい叫んだ。
「抜けそうなら矢を抜いてくれ! 抜くときの激痛で振り落とされないよう気を付けろ!」
「承知」
アクセルは軍馬を蹴飛ばされないぎりぎりまで足下に寄せると、ギフト『絶対診療領域 リュフヤベルグ』を発動。如何なる環境下においても清潔な空間が保たれるそれは、患者のバイタルを知覚できる効果を持っている。
極めて興奮状態にあるものの命に別状なし。適切な処置を施せば後遺症も残さず治療可能な範囲と読んだ。
だがアクセルの力が及ぶのは医療行為まで。次第によっては戦闘に及ぶのもやむを得ないが、象をこれ以上傷つけたくはない。ましてや村人を患者にしたくはないとアクセルは仲間達に命運を託した。
●
フレイの目にもそれは怒りと混乱で冷静さを失っているのは明か。爆走状態で治療行為の困難さを鑑みて先にコースを逸らすことを最優先する。
「怒れ! 俺はここにいるぞ! さあ、俺に付いて来い!」
フレイの羽ばたきが黒雷を呼ぶ。一天俄に掻き曇り、広野に轟くは黒い稻妻。
怒りの感情を煽り立てるフレイを敵と認識したマンモスが彼の後を追う。だが爆走するマンモスは直線でしか走れない。だからマンモスの視界から外れぬように、徐々に軌道をズラすよう試みる。
しかし軌道を修正しようとするわずかな間に長い鼻がフレイの脚を叩き、衝撃で落ちかけたところを鋭い牙が襲う。フレイの太股を牙が抉り、血が大地に降り注がれる。
「くっ、これしき! 覚悟のことだ」
また突き上げられて腹に大穴が開く間一髪を救ったのは、派手な爆発音と同時に飛び散る星。パーティーに使う星夜ボンバーだ。
「肝はフレイでいいけどね、でも密猟者って一人じゃなかったと思うし、君が死んだらダメだって」
決死の囮作戦を敢行するフレイにランドウェラが微笑む。いつもと変わらぬ笑みは彼の考えなどお見通しと言いたげ。
「そうやね、先頭の子ォなんかは目に映るもの全てに攻撃的になっとんのかもしれへんけど、逆に怒りだけ煽る結果になるやもだし、ここは一蓮托生、連携しとかんと」
ブーケもまたおっとりと眦の下がった目を細めて庇い立て無用と笑った。
「ああ、分かった。踏まれるなよ」
「そっちも牙に気ぃ付けてな!」
白い翼のスカイウェザーの一族と白き枝のハーモニアの一族、その合いの子として生まれてきたフレイはこの黒い髪と翼とを忌み嫌われてきた。おかげで心身共にタフに育ち、子ども時代の劣等感は己の信ずる正義の道を進む原動力なっているが……。
(俺はまだどこかで昔を引きずっているのか……。だが今は仲間がいる)
見下ろせば黒い髪を荒々しい風に靡かせたブーケとランドウェラがいる。
ブーケは幼い頃に親を亡くして親戚の間をたらい回しになったと聞く。人懐こく見えても相手に踏み込まれぬようのらりくらり。
そしてランドウェラにいたっては黒髪ばかりかオッドアイというのもフレイと同じ。異世界に生きた誰かに似せられて作られた模作という話。
(楽して儲けようとする密猟者をしばくんは後回し。ほんまはあんまり大きな声出すんは苦手やけど。今回ばかりはわがまま言うてられへん)
ブーケはフレイだけがターゲットにならぬよう、煌めく洋墨で牛が興奮するという真っ赤にパダッセさまを塗って目立たせ、極力逃走する密猟者に見えるように轟音に負けじと声を張り上げる。
「こっちにもおるで! こっちこっち!」
衝撃の青が当たった地面は土埃を上げ、コースを正そうとショウ・ザ・インパクトで横からの衝撃を与える。さながら追走を阻止するための目眩ましか何かのように。
「さあさあ、僕の妖精達。頑張っておくれ。フレイにだけ攻撃がいかないように牙の邪魔してくれる?」
ランドウェラもまた契約を交わしたブラックドッグという伝承の妖犬を呼び寄せる。又の名をヘルハウンド。死の先触れと伝わるそれは道に迷った子どもや死者の魂を案内するとも言われている。
空中に放たれた赤い目を持つ黒犬はフレイ共々マンモスの前を行き、マンモスの牙がフレイに向かう度に邪魔をする。だが黒犬達はまぼろしのようなもの。
(僕はあの犬たちと同じ、本来此処にいないはずのものを形にしただけ。でもさ、オリジナルとは違う生き方したっていいんだよね)
ブーケと共にショウ・ザ・インパクトを放つと衣服で隠した下の右腕が痛む。オリジナルと同じ痛み、唯一オリジナルの存在を感じさせるそれにイラつくと、振り切るように技を放つ。
「そろそろ緑の抱擁でフレイを癒しといたらどォ?」
パダッセ様の手綱を取るブーケが見上げると、フレイが傷を増やしている。
ランドウェラは飛行能力を発揮して飛び立つと、優しい緑の光がフレイを包みこんだ。
「悪い、恩に着る。さあ、もうひと頑張りだ!」
フレイは仲間の助力を頼もしく感じながら徐々にコースを変えていった。
●
「俺の声は届いているか? 痛かったな、だが医者が来たぞ」
先頭象の頭では移動してきた皐月が矢を抜き、少しでも落ち着かせようと声を掛け続ける。薬によって制御を失った象に根気よく。それは脚と腹の矢を抜く流星の存在から意識を逸らす意味も持っていた。
「痛いだろう、苦しいだろう、憎らしいだろう……だが今は耐えてくれ。医者を連れて来たんだ、まずは安全なところへ行こう」
流星は矢を抜いた箇所がアクセルのギフトで清潔に保たれるのを確認すると、しがみついたまま象に語りかける。爆走する象が聞いてなかったとしても、それでもその心に寄り添いたかった。そして怒りを鎮めて欲しかった。怒りのまま村を踏み躙れば、負の連鎖で罪無き村の人々を同じ理不尽で苦しめることになるから。
「強引ですまない。だが真の悪は矢を射た者だ。罪人は必ず裁いてみせる。だから今はどうか……!」
流星は象を宥めながら村を回避して日が落ちる時を待ち続けた。
●
最後尾の鬼灯は、土埃立つ中、象の軍団が少し軌道を変え始めたのを見て仲間と部下とが務めを果たしたことを知った。
「よくやってくれた。だが油断は禁物」
『村は広いからまだ完全に村を避けた訳じゃないもんね! ちゃんと誘導しないと大変なことになるのだわ!』
「その通りだ、嫁殿。先頭がコースを変えてもそれが分からず直進するものもいるかもしれないからな」
鬼灯は忍形劇『如月』によって魔糸を鎖鉄球に変え、じゃらじゃらと振り回し最後尾の象がはぐれぬよう、牧羊犬の真似事をして行く手を見守っていた。そして疾走する象の爆音と鎖の音が響く中、落ちぬよう大事に胸に括った嫁殿と会話する。
彼が嫁殿と呼ぶのはただの美しい西洋人形。
嫁殿の可憐な声色は覆面に隠れた腹話の術。
だが彼の目にその人形は持ち主を失い一人淋しく誰かを求めているように見えた。
だが彼の目にその人形は置かれたまま一人囚われ逃げたがっているように見えた。
だから救い出し、連れ帰った。
所有して時折愛でるだけの持ち主ではなく、片時も離れず慈しむ伴侶となって慰めるために。
「む、一頭そのままのものがいるな」
『戻さなきゃ! はぐれちゃう!』
「承知だ、嫁殿」
鬼灯ははぐれ象を群れへと戻す。一人はぐれて淋しい思いをしないように。
その心のありよう、気の配りようが多くの部下に慕われる所以である。
●
「クリスタルマンモスがこちらに向かってるから! 早く東側に非難を!」
カティアは絶妙な慌て具合で街の中心部を目指して飛行する。
彼の考えはこうだ。冷静に行動して避難して欲しいが、危機感が感じられなければ信じて貰えず、急いでも貰えなさそう。一人一人事情を説得して回る時間が惜しいからといって支離滅裂になって理解されないようじゃ意味がない。
だから根は真面目なのに猫被りして普段は何でもないふり、気のないふりをする彼は、いつもとは逆に慌てたふりをしたのだった。
「あと二・三時間で到達するから村長さんからも急いで指示出して貰えますか? 村長さんから話して貰った方がスマートに進みそうだから」
街の有力者に強力を取り付けたカティアだったが、こんな事も考えていた。
(マンモスの大群が押し寄せるなら、地鳴りとか地響きがしたり、鳥や動物が逃げてくるとか、何かしら異変が感じてたりするんじゃないかな。地震が起きる数日前に鳥が大群で飛来したりするよね?)
カティアの予想は当たり、住民もそれとなく異変を感じ取っていた。初対面の若者の言がすんなり受け入れられたのは災害発生の予兆を説いたことが大きい。
「荷物を纏める暇はないからとりあえず着の身着のまま東へ逃げて? 怪我や病気で走れない人はいる? キミ、ガタイいいよね。いざとなったら背負ってでも頼むよ」
カティアは続けて人助けセンサーで取りこぼしのないよう入念に村人を誘導する。その過程で知ったのは象とは別のある「異変」。
カティアが効率良く避難を勧めるその頃、幻もまた村の西側から順に避難を勧告して回っている。小さな子を、それから年寄りをその美しい翅のある背に背負い。
予想通りならばマンモスの到来まであと1時間を切り、村の西側では地響きを感じられるようになってきている。危機が迫っている証拠だ。
「さあ、参りましょう。どうか逃げるのを諦めないで。僕達は奇蹟を起こしに来たのですから」
密猟者に狂わされたクリスタルマンモスの行軍によりこの村は全滅するはずたった。それをイレギュラーズ達が救うならそれは奇蹟のようなもの。
奇蹟に見える奇術にも仕掛けがあるように、奇蹟は仕掛けを積まないと起きない。だから幻は全員の避難を終えるまで繰り返し根気よく一人一人を運んだ。
(奇術には仕掛けがあるように、犯罪には証拠が残るもの。それに気づくか否かの話でございます。ならばそのトリック、僕が看破して差し上げましょう。美しき獣を醜き欲望で狂わせ、罪無き人々に徒なさんとするのは許しがたい所行ですから)
美しさが罪というのならそれは冤罪。己の欲で他者を犯そうとする者の言い訳。
そんなことで美しい者が罪を負わされるのを黙って見てはいられないし、何よりそのやり口が気に入らない。
決して逃げ切らせはしない。そう幻は心に誓うのだった。
●
日は落ちると疾駆する象たちも走るのをやめて休む時がくる。
「待たせたな。疲れただろう? たが休む前に傷を見せてくれ」
アクセルの言葉は流星と皐月により伝えられ、マンモスは今はその身をアクセルに任せている。時が経ち、幻覚剤もどうやら抜けてきたようで、傷もギフトの効果で清潔に保たれ、細菌が入り炎症を起こすのを免れている。
アクセルは手術を行い象を治療したが、先に矢を抜いて貰って良かったと思う。
通訳する彼女らの奮闘は間違いなく象の痛みを柔らげた。尤もアクセル自身も彼らの力が尽きぬよう、密かに仲間の体力回復を試みていたのだが。
「次はそっちだ。随分無茶したな。治療魔術だけでは心許ない。見せてみろ」
アクセルに言われ苦笑する三人。
フレイは言わずもがな。ブーケとランドウェラも爆走で砕かれ飛んでくる石や木片で傷を増やし満身創痍。だがその顔は晴れやかだ。
「やりきったね」
「ああ、ほんまに」
「二人のサポートがあったればこそだ」
黒の三人は顔を合わせると笑い合い、拳をぶつけ合う。
一方鬼灯もまた危険を承知で先頭象から矢を抜き宥めた二人を労う。
「よくやってくれた。お前達のおかげでクリスタルマンモスもまた救われたのだ」
「頭領」
鬼灯の言う通り、もし矢が食い込んだまま、宥めぬままであれば村を守るために象を傷つけてでも止めていた。そうならなかったのは間違いなく二人の奮闘。
だが流星は鷹からの報告で知っている。嫁殿を撫でる鬼灯が、誰も注目していない行軍の殿ではぐれ象を出さぬ努力をしていたことを。
「玄もお疲れ様」
鷹が己の腕に戻って来ると、流星は仲間の軍馬や騎獣をも労って回った。
そして──
「有り体に申し上げます。貴方がたを追いかけてクリスタルマンモスはこちらへ向かったのではありませんか? その傷が何よりの証拠で御座います」
クリスタルマンモスの到来は未然に防がれ、村人の避難は大騒ぎしただけで徒労に終わったかのように見えた。
だが果たして本当に無駄だったのだろうか──否、幻とカティアは避難勧告を行うと同時、密猟者がこの村を訪れていると見て同時に捜査していたのだった。
「何事もなくて良かったと笑えるのはさ、結果論だから」
村の有力者の一人である医者の元で余所から来た怪我人を発見したカティアが言う。
密猟者は村に引き渡し、幻想の法にならって裁きを受けることになるだろう。今後は密猟者に対する近隣の村々の監視も厳しくなるはずだ。
二人は仲間が治療を終えて村へ来るのを待ちながら夜風を浴びる。
初夏の熱気を孕みながらそれはどこまでも心地良かった。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
このたびはご参加いただきありがとうございます。
「八島さん抱いて」コースだったのでメンツを見て活躍出来そうなシナリオを組んでは見たのですが、私の予想を良い意味で裏切る手の回しようで、見事大成功を収めることが出来ました。
●構成について
誘導パートでは「怒りの感情を煽ること」を表面に、「宥めて落ち着かせること」を裏面的な扱いで書くことで、真逆のアプローチであるにも関わらず相乗効果を生むことになりました。
また避難パートでは避難を進めながらの暗躍が良い具合にシナリオの仕掛けとして機能しました。
大成功となった理由は、大前提として完璧な避難とコース誘導。それに加えて先頭以外の象への目配りと、アフターケアとしての治療、密猟者の逮捕まで上手くいったことが挙げられます。
●描写について
ステータスシートとプレイングを元に、心情や信条を交えつつ皆様の行動を描写させていただきました。
その上でPC同士の絡みや共通性も意識しました。
誘導を試みる3人がみんな黒髪で、みんなして誘導を試みて目立とうとする無茶ぶりまで共通しているとか。
動物と心を通わす忍の二人と、会話は出来ないけど動物をも診ようとする医者とか。
最後尾で誰も注目していないであろう部分まで目配りしながら、語らう相手は人形とであることの意味とか。
同じ効率的な誘導でも端から順に攻めるか、先に影響力の大きい部分から攻めるかで違う理詰めの2人とか。
改めて気にして読まれると個性がはっきり見えてくるかと思います。
●テーマについて
タイトルの「野性の風」の意味するところは、本シナリオで指定のあった関係者・皐月氏に準えたものでもあるし、クリスタルマンモスの爆走のことでもあります。
通り過ぎていく目に見えない季節の風も、イレギュラーズに助けられた人達にとっては残るものもあったのではないでしょか。
PC達それぞれの胸に、そして皆様のご記憶にも残るシナリオになっていれば幸いです。
GMコメント
このシナリオは黒影 鬼灯 (p3p007949)様をはじめとする皆様よりリクエストをいただいたものです。ご指名誠にありがとうございます。
関係者の皐月さんにちなんで(?)、疾走するマンモスの群れを追うシナリオを作らせていただきました。村が潰されるか自分が潰されるか、とにかくピンチなので何とかしてください。
相談は必ずしも必須ではなく、各自思い思いにプレイングを書いてくださって構いません。こちらでいい感じに合成致します。
以下、おさらいがてら補足します。
●依頼の目的
1)クリスタル・マンモスの進路に当たる村へ先回りし、万が一に備えて村民を非難させる。
2)クリスタル・マンモスの行軍を止めるか、誘導して進路を正しいコースに戻す。
(各注意事項は本文を参考にしてください)
●関連NPC
・皐月
黒影 鬼灯の部下。真面目な忠義者で動物に懐かれやすい。群の中の一頭の上に乗っている。無傷。
忍の者としての身軽さ、動物に懐かれやすいという性質を生かして動くことが可能。彼の助力を借りたい場合はプレイングで指定。但し状況上出来ないこともあります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。
但し本文にもあるように、建物の破壊、人や家畜の圧死などが予想されます。対処を終えるまでに幾つかの村が犠牲になりましたという最悪の結末で終わらないよう最初の村で片付けてください。
●舞台
幻想の辺境の草原。その先に畑作や牧畜を営む小さな村がある。
商店や酒場は村の中心部に集まっているが、民家は村中に点在している。
時間帯は晴れた昼間。
皐月が最後に呟いていますが、このまま誤ったコースを進んだ場合、人間社会に被害が及ぶだけじゃなく、クリスタル・マンモス達も傷付いて大変に可哀想な結果となりそうです。
また依頼に対する心情等あれば盛り込んでプレイングを書いてくださいね。
それでは皆様のプレイングをお待ちしております。
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