シナリオ詳細
ミセス・ロウの数奇な選択
オープニング
●
しなやかで長い指。雪のように白い肌。唇を彩る血のように赤いルージュ。
ミセス・ロウという幻想貴族は、淑女としての色香と少女の如き無垢さと貴族らしい礼節を併せ持った非常に稀有な存在であった。
『であった』のだ。少なくとも、彼女は表立って他者に指弾されるような悪徳を働いたことがない。命じたことがない。尤も、『彼女の意見を最大限理解し尊重する』家人が糸を引いたのであれば話は違うのだろうが、少なくとも彼女は、貴族としての体裁を保っていた。
彼女に仕える執事長は、その辺りの機微をよく理解していた。実に見事に、彼女の若々しさの秘密を守ってみせた。ゆえに、ミセスも彼も手を汚さない『とても素敵なやりかた』を実践してみせた。
――『シルク・ド・マントゥール』の公演に足を運んだ彼女が、正確に言えば『彼女のドレスの切れ端が張り付いた四肢』が見つかってからしばらく経つ。ローレットに依頼が持ち込まれたのは、彼女の行方を案じる声が流れ始めた頃であった。
●
「『シルク・ド・マントゥール』の公演は楽しかったかい? 俺は見に行かなかったけど、評判は聞いてるよ。……公演当日から今に至るまで事件だらけでメフ・メフィートが騒がしいってこともね」
『博愛声義』垂水 公直(p3n000021)は隈の浮いた目元を隠さずに資料を広げ、イレギュラーズに本題を切り出した。前置きは短く、本題は早々に。どうやら、事態は切迫しているようだ。
「スラム街で、襲撃事件が多発している。巧妙なことに、これは『殺人事件』じゃないんだ。死人はいない。非常に猟奇的だけどね。犠牲者は今日まででなんと6人。公演日の夜から今日までで、だ。はっきり言って尋常じゃないペースだよ」
資料に目を通せば、『猟奇的』という理由もわかるというもの。被害は身体欠損。手、指、足、関節はいうに及ばず、目、皮膚の一部、臓器の一部にまで及ぶ。そこまでの欠損があって命を落としていないのは、犯人が高度な医療技術を持ち、死なない程度に肉体を奪い、殺さないよう丁寧に手を加えているということにほかならない。
「犯人は、幻想貴族『ミセス・ロウ』の執事長……以前、ユリーカさんが依頼書を受け取った御仁だね。彼であるという話だ。目撃情報からそう断定されているのだけど。ちょっと妙でね」
ミセス・ロウとは、以前『ちょっとした護衛』をローレットに依頼した幻想貴族だ。疑わしき点は多々あれど、確証がないゆえにその『実態』を追求されることのなかった貴族。そして、先日、両手足が発見されたとしてちょっとした騒ぎにもなっている。
「彼女の両手足は先日、路地裏で発見されている。でも、彼女の死体を見た人もいなければ、屋敷の中に通された人もいない。今もって扱いは『行方不明』だ。けど、被害者の1人は確かに『ミセス・ロウの声を聞いた』と証言している。妙だよね、執事長が間違いなく怪しいのさ。……今回の依頼は彼女の友人だった貴族からの依頼だ」
猟奇事件を止めよ、という依頼だろうか? ミセス・ロウの身柄の確保? 問いを重ねたイレギュラーズに、公直はいいや、と首を振った。
「執事長とミセス・ロウの生死は問わない。2名の所在を確認し、その貴族のもとへ送り届けて貰いたい。犯行前、犯行後の別は問わない。仮に犯行後で、被害者が証言を行える状態であれば、情報伝達の手段を……或いは口止めのために命を断ってほしいと仰せだよ」
もちろん、目撃者もだ。そう言って追加の資料を……執事長とミセス・ロウの資料を広げた公直の目に、人間らしい光はなかった。
●『実態』
一定のリズムで歩く老紳士の目には感情がない。両手には人間の尺骨を使ったであろう大ぶりの白いナイフ。腰に備えられた革製のポーチは、恐らく隠蔽工作のための小道具か。
背後から響く水音を振り切るように向かった先で、目に留まった老人の喉にナイフを当て、見事な手際で声帯を抉り取る。吹き出すことを忘れた血が傷口から滴るのを待たず、老紳士はその傷口を乱雑に縫い止め、ショックで震える老人を蹴り飛ばす。
「……お嬢様。もう我慢なさることはございませんよ」
尤も、貴女が我慢を覚えたことなど一日もありませんでしたが。老紳士――執事長はミセス・ロウ『だったもの』に目を向けた。両手足が奇妙な肉塊に覆われ、血で顔を濡らすみっともない姿のソレを。
- ミセス・ロウの数奇な選択Lv:3以下完了
- GM名三白累
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年04月11日 23時10分
- 参加人数8/8人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●淑女の嗜み
長生きはするものではない、と老人は説く。
早死はもっといやだと少女は嘆く。
女性の道理として、美を保ったまま生きながらえることができるなら、と望む者は少なくない。
鶏も牛も豚も鹿も魚も野菜も果物も、果ては真偽の定かではない異形のモノさえも、少女から淑女へと至った彼女を満足させてはくれなかった。
愛する者を得てなお昂ぶる欲求の変節には、彼女自信すら気付かなかった。
そして彼女が『それ』に目覚めた理由は、余りにも――同情を誘うものだったのは笑い話、なのだろうか?
「類は友を呼ぶと言うが、依頼人もなにか良い趣味をお持ちかもしれぬのぅ」
『くるくる幼狐』枢木 華鈴(p3p003336)は、スラム街の中を飛び回る梟を見上げ、追うように路地を駆けていく。
『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)が使役する梟は、闇に溶けるように滑空し、退廃した町並みに目を凝らす。幻想貴族のなかでも特段に厄介な相手……『ロウ(正義)』を冠する者でありながら他者の命に手をかける者を探し出し、首に縄を掛けて引きずってこい、という依頼。
依頼人もまた幻想貴族とくれば、疑わぬ方が無理というものである。
『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)は華鈴達から離れた位置を駆け、勢いそのまま屋根へと飛び移る。身につけたギフトにより音もなく、屋根から屋根へと飛び移る動きは軽快そのもの、悩みのひとつもカンジさせないものだが……その内心で渦巻くのは混沌とした懊悩である。
凶行の報せを受け、解決すべく赴いた。解決策に是非はなく、依頼を受けた以上は投げ出せない。だが、これは余りにも彼が求めた『解決』からかけ離れている。世界はそういうもの、人生はそういうものだと分かっている。そして、彼は聞き分けの良い男だった。ゆえにその依頼を正しく理解した。
……二度と関わりたくはない類の依頼であったが。
「幻想貴族なんてロクなものじゃないですよ」
『狐狸霧中』最上・C・狐耶(p3p004837)は経験則からそう断言する。なべて貴族という生き物に善性は乏しく、彼女自身も来歴ゆえに己の善性を信じていない。ゆえに、悪人の行動原理に則って勘と道理を頼りに貴族とその従者を探す。『犯人は現場へ戻る』という道理が正しければ、彼女が聞き及んだ事件現場のいずれか、もしくはその周辺に現れる公算が高い。
なによりスラム街だ。死んだり、将来的に不自由する者達を量産したところで、幻想貴族にとって痛む腹などどこにもないではないか。
「ミセスはなかなか美人さんなんだって? 一度お目にかかってみたいねぇ」
『影狼』レ・ルンブラ(p3p004923)は誰に聞かせるわけでもなく、そう嘯く。出会った後は死んでもらうのだが。彼のみならず、イレギュラーズは皆、会敵必殺の意志が固い。『生死問わず』ということは、そうでもしなければ確保できない相手、と言外に告げているのだ。
「可憐なる婦人の仮面は脆く腐り落ちたか」
「そこまでご大層なものではない、と思うのであります」
『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)が舌打ち混じりに吐き捨てると、傍らを往く竜胆 碧(p3p004580)がその言葉を拾い上げる。
そも、当の御婦人の姿を見たことのある者は、この面々の中にはいない。噂話に流れる程度の浮名など、幻想貴族には珍しくもなし。もとより、仮面の裏側が腐りきった肉の塊でないという保証を、彼女の正気を誰が保証するというのだ?
(口封じは、できるだけしたくないんすけどね……早目に見つけて人払い、ぐらいしか選択肢がないってのは、どうにも)
『破片作り』アベル(p3p003719)は狙撃手の目を以て四周に視線を巡らせ、執事長達の姿を見逃すまいと神経を尖らせる。限られた選択肢、猶予の少ない時間、危険な相手。どれもこれも割に合わぬ要素ばかりだ。それでも、彼はこの仕事を投げ出すことはないだろう。彼がギフトに命じたように、義務は義務として確実に果たすのみだ。
着実に進む時計の針。じわじわと迫る焦燥感。
だが、そんな中にあって状況が最悪に傾かなかったのは、威降を含め複数のイレギュラーズがスラム街を部分的にでも封鎖し、移動領域を確実に狭めていたことが奏功したがゆえである。畢竟、そのバリケードすらものともせずに進んでくるのは、狂人かバケモノかの二者択一。
「失敬。君は……イレギュラーズだね? お嬢様も、君達の肉の味は知るまい」
……ホラ、やっぱりロクなもんじゃねーじゃないですか。
狐耶は己のギフトがもたらした雨の中、対峙した紳士を眺めながら内心でそうぼやく。両手に大振りなナイフを構えた執事長は、隙のない足取りで彼女の逃走経路を阻む。
上空を見上げれば、梟が今しがた通り過ぎたところだった。
来援は遅からず、訪れるだろう。今は執事長を逃さぬことを第一義として行動すべき。宝剣コヤンスレイフを抜き、狐耶の目は、貴族への憎悪と依頼達成への決意で濡れ光る。
●貴人の振舞い
華鈴は、適当な壁に近づかぬように殴り書きながら、雨の中心地へと急ぐ。立て看板がそこいらに転がっていれば別だろうが、スラム街でそれを望むことは厳しかった。乾いた血とか、所在のわからぬ体液には事欠かなかったし、『筆』も見つかるものだ、と顔をしかめながら。
屋根伝いに駆けることほぎとアベルを視界に収めると、大太刀を手を添え、呼吸を整える。次の角、またその次。どこかち合って、斬り合うことになるかもわからぬとばかりに。
執事長の手首がしなると同時に、黒いロープが狐耶を襲う。喉元をぐるりと囲むように放たれたそれが十分に締め上げられるより早く逃れた彼女であるが、僅かに首筋に残った跡はただならぬ力の残滓を感じさせた。
「意識を断ってしまえば楽に済ませられたのだがね」
「生憎と、そういう趣味はないんですよ」
執事長は、至近で放たれた術式を皮一枚の差で回避し、ナイフへと手を伸ばす。速度でいえば狐耶がやや上。行動精度でいえば、執事長が大きく上回る。当てられぬ、躱せぬというほどの隔絶はないが、長期戦になれば難しい。一対一では、敵うまい。
「執事長君、俺はミセスとやらにお目通り願いたいんだ。ご退場いただけるかな?」
「お嬢様に? 面白いことを。もう居られるではないですか」
ルンブラが、執事長の背後から蹴りを見舞う。わずかに身を傾ぎ、クリーンヒットを避けた相手に不快げに目を細め、ルンブラはわずかに頭上を確認する。
「アンタは死んでも構わない、って聞いてるんですが。簡単に死ぬハラはら助かりますがねえ」
アベルが、ナイフごと己の身を叩きつけるように『降ってくる』。執事長はぎらりと目を光らせ、ナイフを頭上へ向けて突き上げる。心臓を迷いなく狙ったそれは、アベルの胸元を裂き、肋骨に阻まれ斥力を生み、衝撃とともに両者を引き剥がす。
「……なァるほど。アレが『ミセス』ってか」
華鈴を伴ってあらわれたことほぎは、屋根の上から戦況とともに『それ』を見下ろした。地面を鳴らし、今にも一同に襲いかかろうとする、それ。
「アナタ、ステキ、ワタシ、ワタシ、ワタシノ、カラダニ」
一振りで壁を叩き壊すほどの両腕、不釣り合いなほど矮小な両足。両腕が胴と足を釣り上げているような、奇怪なバランスの肉体。喉からあふれる声は意味をなさず、しかし噂に違わぬ優美な色をもって響く。
別に、狐耶がアレを見逃していたわけではない。かといって、あちらが自ら襲いかかってきたわけでもない。
あちらは状況を正しく認識していないだけ。狐耶は正面の相手以外に気を配る余裕などなかっただけ。仲間達に背を任せられる状況で、初めて認識することが出来る相手だったのだ。
「……なるほど、道理で手足だけ……死体が見つかっておらぬわけじゃな」
華鈴は執事長と切り結びつつそれを、ミセス・ロウだったものを視界に収める。
「会話が通じるようには見えませんが……さて。どうしてあのような醜い姿になったのでしょうか」
「――醜い、ですと?」
ロウの前に立った碧が口にした言葉に対し、執事長の反応は激烈だった。目を見開き、口元を怒りで歪め、ナイフを握る手が白くなるまでに力が入る。
碧ならずも、いずれ誰かが口にした言葉。言外にそう告げても、彼はそう反応したことだろう。
威降が不意をついて斬りかかるが、振り上げた腕が彼の手を先んじて掴み、あらぬ方向へとそらす。追撃がこなかったのは、一対多の状況での取捨選択がゆえか。
自分を襲うよりも先に、狙うべき相手がいる。その事実は、威降にとって……能力上の必然であったとはいえ、自尊心を大きく傷つけるに足る出来事だったと言えよう。
執事長の目は鋭く、構えたナイフの切っ先から漏れ出る殺気はさきの比ではない。だが、口角を僅かに上げたその表情からは、怒りというよりは喜悦のたぐいの感情が透けて見えた。演じているわけでもなし、混じりけなしのそれ。
ことほぎの放った魔力の塊を頭部に受け、大きくのけ反った執事長は、喜びを隠さずにロウへと手を伸ばす。
「お嬢様! 『もう結構です』! ご自由に振る舞いなさい!」
「……ステキ、ナ、コト」
果たしてロウは、執事長の言葉に従うように碧へと剛腕を伸ばす。矮小な足が地を蹴り、不釣り合いな腕が頭上を覆わんばかりに襲い掛かるさまは、とてもではないが躱せるものではない。
だが、碧はいなしてみせた。クリーンヒットを辛うじて防ぎ、掠った腕にひどく重い痺れが残るのを無視して間合いを詰め、前に行かせぬと道を塞ぐ。ポーションでの完全回復は望むべくもないが、無いよりはずっといい。
「この黒星一晃、一筋の光となりて餓鬼を斬る!」
一晃は高らかに宣言し、勢いそのままに執事長へと斬りかかる。確かな手ごたえ。骨に達したと思われた刃はしかし、執事長の指先の動きを鈍らせるには至らない。仲間達の総攻撃をして浅からぬ傷を負いつついまだ健在。優美な仮面の裏が腐っているのは、この男も同様ということか。『手慣れている』のだろう。傷を受けることも与える事も。
「私としてはあなた方のお知り合いに目をつけられたくはないのですよ。一応聞いておきますが、素直に彼とお会いする気は?」
狐耶はアベルを一瞥し、僅かほどにも運を害した兆候が無い事を見て取った。宝剣から放たれた術式は、言葉とともに迷いなく執事長の胸を打った。……はずだ。
「ありませんね。お嬢様は今こそが至福なのです!」
迷いのない声。彼女から視線を切らず、執事長はルンブラへとナイフを放つ。鎖骨の僅か下、腕と首の筋肉の結節点を狙われたダメージは軽くはない。無法の身は、その行いを運に左右されることはない。さりとて、傷の深さはなにより正直だ。
「……チッ」
ことほぎは、バリケードがない経路を縫って歩み来る影を視認する。それが目撃者に、被害者になられたら厄介とばかりに魔力を放てば、短い悲鳴の後にその気配は霧散した。当ててはいまい。当たっていれば、逃げられようはずもなし。
「これは興味本位なんじゃが、奪う部位がバラバラなのはお嬢様の好みなんじゃろか?」
「皆様は、牛なら足や胴回りだけを食らうだけで満足なさるので?」
華鈴は問いかけ、返ってきた言葉に顔を顰めた。聞くんじゃなかった、というのが正直な心境か。しかし、彼は会話が成立する。言葉の通じぬ様子のロウよりは、引き出せる情報がありそうだが……素直に答えるものだろうか?
「……コエ」
「声?」
碧は、視界に飛び込んできたロウの乱杭歯から間一髪で逃れると、その口の間から漏れた言葉に目を細めた。意味のある会話、あるいはただの繰り言か。
両腕を振り回し、人ならざる牙すら見せて襲い掛かる姿に理性があるとは思えないが、理性が無いからこそ通じるものも……あるのではないか。
「お前は手慣れている。なぜ、その技能を他に活かそうと思わなかった?」
一晃は不快の念を隠すことなく、刃ごと執事長に叩き込む。その動きに呼応して放たれた威降とアベルの攻め手も、連携の妙、あるいは多対一の道理にて容易に徹る。
命なかば、といったところか。優美な服をしとどに濡らす血に構う事無く、執事長はロープを振るい、叫んだ。
「私の最上の喜びはお嬢様の心を解き放つ事! 私やベッケルだけでは至れぬ『食べる喜び』を与えることこそが我が使命! お嬢様の腕も、足も、『アレ』ではか細すぎた、か弱すぎたのです! お嬢様も私も……こうせよという導きに、内側からの声に! 素直になっただけではありませんか!」
ケタケタと笑う執事長の声が、徐々に力を失って収束する。遠ざかりかけた意識を意地と運命の導きで取り戻したルンブラが、肺に残った空気ごと彼にトドメを刺したのだ。
(美女は美女でも顔だけじゃぁなぁ……『声』なんてもののせいでああなったなら仕方ないか)
ひとり残されたミセスに対し、アベルは哀れみを込めて視線を向けた。得難い美女ではあったのだろうが、ああなっては最早生かしておけまい。
「これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。だから、ここで殺すしかないんだろうね」
威降は表情に苦悩の色を張り付けたまま、腕は使命に忠実に。ロウへと斬撃を繰り出し、その腕に傷を残す。悲鳴にも似た絶叫を耳にしてなお、無意識に刀を握る。
碧と入れ替わる様にイレギュラーズが前へ出る。一同を薙ぎ払うように振るわれる腕、所在なげに揺れる足。それらが執事長のあてがった物であるとはにわかに信じがたい。
だが、それが現実。今彼らに突きつけられた、ただの事実の羅列である。
「こんなものを求める貴族も面倒ですが、それに睨まれるほうがもっと面倒というものです」
狐耶が呆れ気味に口にした言葉が、或いは一同の心境だったのかもしれない。
執事長よりもずっと秀でたタフネスを相手に踏みとどまるのは、経験の浅い一同にとって厄介この上ない相手だったが……深手を負う者は居こそすれ、ひとりの重傷者を出すことなく、スラム街の暗闘は幕を閉じた。
●或る顛末
地面が雨で濡れていたことは幸いだった。流れる血を誤魔化すことができたのだから。
しかしそれでも、異形一体と人間一人を運べるまでに分解するのは面倒だった。肉片を残せば足がつくゆえに、余計に。
……しかるに、彼らは。
迎え入れた貴族の表情が沈痛そのもの、善人の色が濃い相手だったことにこそ驚くべきだったのかもしれない。
あらかじめ知っていたかのように穿たれた穴へと放り込まれた遺体を、その穴の底にあった棺を見た一同に、青年貴族は自嘲気味に笑う。
「友人が身を捧げた女を墓に送れたのは、幸せだった」
本心からか、建前か。少なくとも『今だけは』誠実に見えた顔と言葉の答えを知る者は、土の中に消えてしまった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
人は欲求通りには生きられないものです。
人は本心を他人に語りたがらぬものです。
でも、まあ。執事長の言葉もミセスの呟きも青年貴族の悲哀も、今この時だけは真実と思うべきなのかもしれません。
MVPは諸々悩みましたが、被害拡散を食い止める方策を限られた中で手札を揃えて実行した貴方に。
準備しなければ実行できない、というわけではありませんが、懊悩を含め、その労苦に見合った見返りはあってもいいかなと思います。
お疲れ様でした。
GMコメント
どぎつい話は苦手です。三白累です。
こわいですね。
●依頼達成条件
ミセス・ロウ及び執事長の身柄確保(生死不問)
目撃者及び被害者が居た場合、その排除。手段不問
●ミセス・ロウ
幻想貴族。初出は拙作『ミセス・ロウの奇妙な晩餐』。人に言えない趣味をお持ちだが、権力と仕入れルートの迂回で問題の拡大化を防いでいた。
両手足が路地裏で見つかっており、生死不明。生存は絶望的と思われている。思われていた。四肢に奇妙な肉塊を備えた影を見た、とは目撃者の言。
衣装もしくは顔、その他要素で容易に同定が可能。
●執事長
初出は同上。
両手に持った大ぶりな骨ナイフの他、大小様々な武器(すべて人骨製)を持ち、人の毛髪を束ねたロープとの組み合わせによる遠距離攻撃も可能とする。
至近~近は骨ナイフによる各種攻撃、および髪ロープによる締め上げ(窒息)、中~遠は骨ナイフ+髪ロープによる投擲(出血・Mアタック小)、超遠については溜1による骨ナイフ+髪ロープの超投擲(足止・ブレイク)。
全ての攻撃手段は「単」であり、「不吉」を伴う。
戦闘区域内で「不吉」を被っている人数に比例して命中・回避上昇。
●『肉塊を備えた影』
正体不明の怪物。執事長とワンセットで目撃されているが詳細不明(●『実態』を見れば正体は明らかですが、これはPL情報です)
肉塊による重量攻撃(至近単・ダメージ中~大)、捕食(近単・HP回復小)などが確認されている。
●情報確度
Bです。一部攻撃詳細が不明な部分がありますが、現時点で分かっている戦闘能力を大幅に上回ることはないと見られています。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされますのでご注意ください。
Tweet