シナリオ詳細
クロワッサン・フィエーブル
オープニング
●満ちては欠けて
一面に闇をぶちまけた頭上のキャンバスに星は瞬く。
何処かの世界と同じように、多くの世界と同じように――この世界でも最も身近な衛星(つき)は格別の存在感をもって眼窩の光景を見つめていた。
「幸せだった……」
血を吐くような声は少ししゃがれている。
少年の――少女と見紛うばかりの美しい風貌には余りに不似合いなその声は強過ぎる感情と、事ここに到るまでの眠れぬ夜の疲労の全てを内包しているかのようだった。
「……幸せだったんだよ……」
目の前の『彼女』を見つめるその目は血走っており、その光は凡そ常軌を逸していた。
正気と狂気の狭間に揺蕩うような――現実と幻想の境界を旅するような。美しい在りし日と、既に失われた今を茫洋と彷徨うような。彼の眼が映す『彼女』の姿は揺れている。
「お前のせいだ!」
頭を掻きむしるようにした彼は滾る憎悪を隠そうともせず吐き捨てた。
「お前のせいだ! お前のせいだ! お前のせいだ!!!」
壊れたスピーカーのように憤懣やるかたないその感情を、己でもコントロールする事の出来ない怒りを吐き出す彼は『あの時』と同じだけ、まるで幼さを爆発させている。
「お父さんが落ちたのも、お母さんが落ちたのも……」
熱病に浮かされたようにぶつぶつと呟く彼はこれまでに数限りなく眺めた悪夢のワン・シーンを今改めて脳裏に思い浮かべていた。凍り付いた声は警告を届けず、幾度伸ばしてもその手は絶対に届かない。分かり切った結末を繰り返す映像(セピア)はあの悪意めいた声を『聴いてしまった』その時から、彼を捕らえて離していない。
「……どうシテ、そんな目で見るノ……?」
狂熱めいた劇場で彼の感情を浴びる少女が――ジェック (p3p004755)が口を開いた。
「……どうシテ、キミはそんなに怒っているノ?」
ジェックの声には自身にも分からない程の憐憫が籠っていた。
理由さえ分からない既視感。心の根底に流れる僅かな懐かしさ。その匂い。
「お、落ち着いてなの!」
「似てる……から、ですかしら?」
焔宮 鳴 (p3p000246)が声を上げた一方で、御天道・タント (p3p006204)が――彼女にしては酷く静かに――呟いた。外れないガスマスクに隔てられたジェックの素顔を見る事は出来ない。故にタントがそれを直感したのは、彼女が特にジェックと親しい人間だったからと言えるかも知れない。
理由はまるで分からない。
だが、単なる事実として確かに少年とジェックは奇妙な程に似ており、不穏の塊のような気配に唇を引き結ぶしかないジェックもまた――それは確かに感じ取っていた。
「大変な現場に来たみたいね。そりゃ、相手が『魔種』だもの。分かっていたけれど」
そう、白薊 小夜 (p3p006668)の言う通り目の前の少年は『魔種』である。ジェックを含めた八人のイレギュラーズは、ローレットの調査により判明した確かな情報を頼りに魔種の潜むという或る森の廃屋を訪れた。当然その理由は世界にとって不倶戴天の敵である魔種を撃滅せんというものだ。
しかしながら、事情はまるで分からねど――確信的な予感ばかりは否めない。
(正直、余りいい臭いはせんな)
含みを帯びた小夜の口調も、リュグナー (p3p000614)の肌をピリピリと突き刺す魔的な勘も、二人が幾ばくか外れて欲しいと思わずにいられない不吉に違いない。
唯の強敵ならば承知の上だ。
危険ばかりは覚悟の上だ。
しかしながら、これは――この有様は。
事実上打ち捨てられて長いのか、『前触れなく生活感が突然に絶えたかのようにも見えるその場所は、長い年月の経過で荒れ果てている。ヒビの入った写真立ての中では幸せそうな家族三人が笑っていた』。
嗚呼、最悪だ。
――少年の顔は写真の中の幼気な少年と重なる。
そして、何より。彼の肩に手を置き、優し気に彼を慈しむ母の顔は。
全く、ジェックを大人びさせたようなものなのだから――
「……っ……!」
『可能性』を察したErstine・Winstein (p3p007325)は息を呑む。
簡単すぎる方程式。
解かせない心算が無い程『お誂え向き』の舞台は、世界を覆う悪意の体現であるかのようだ。この世界を統べる何者かの意思が存在するとするならば。月より高いその場所から今夜を望み、演出する者がいるとするならば、それはきっと。
「引き寄せられたと言うべきか。仕組まれたと言うべきか。
運命というものは、余りにも性格性質の悪いものだな?」
「……そうねぇ。悪魔ねぇ、間違いなく」
エクスマリア=カリブルヌス (p3p000787)の眉が歪んだ。
アーリア・スピリッツ (p3p004400)の艶やかな唇が憂鬱を吐き出した。
ギラギラと殺意に燃える目の前の少年は恐らく――『まともな会話が成り立つ程の理性を残していない』。幾重にも重なった絶望のカーテンは最早取り除ける隙間は無く。仮にそうする余裕が許されたとしても、不可逆の反転はこの世界に慈悲を残すまい。
故に。
故に――この話は、もう御仕舞だった。
どれ程の皮肉を描こうとも、この邂逅にハッピーエンド等有り得ない。
「どうしてだって? どうしてだって!?
笑えるね。笑うしかないでしょう? 気が狂うような夜を何度も何度も積み重ねて――そうして出会って、引き合わされて。あなたはまるで罪を知らない。理解しない。
この世界に地獄を生み出した――優しかった父を殺し、母を殺した……
それで知らない顔で僕に尋ねる。これはまるで喜劇じゃないか!」
幼児化したかのような少年の口調が、不意に大人びたものへ変わった。
爛々と輝くその目は変わらず――依然彼が狂気の海に呑まれている事を証明している。
饒舌なる彼は口角をにたりと歪め、哄笑する。
「――アハ!」
場違いなその顔はやはり奇妙にジェックに重なった。
月は満ちれば欠けるもの。月は永遠に戻らない。
細く、細く。必死に目を凝らして、見えるのは哀しい位の三日月(クロワッサン)。
「知らないなら教えてあげる。僕はジェイド。ジェイド・アーロン。
あなたの弟。あなたに全てを奪われた――『哀れなあなたの弟』だ!」
――銀の弾丸(ことば)は少女の小さな胸を撃ち抜く、呪い。
- クロワッサン・フィエーブル完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年06月20日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●三日月の夜I
禍福は糾える縄の如し――
絡み付いた宿命は時に酷い舞台を用意するものだ。
一方的な宣告、一方的な呪い、一方的な断罪――
「そんナ……そんナ風に言われてモ……分からナイ、分からナイヨ!」
――その後に響いた声は酷く混乱し、酷い衝撃の色に満ちていた。
『決められたいたかのような偶然』は三日月の夜に二人のメイン・キャストを求めていた。
彼方、血走った眼で目前の『姉』を睥睨するジェイド・アーロン。
此方、吐きかけられた『弟』からの呪いに元々青白い肌は更に血の気を失くし。狼狽しながら尚も何かを呟く『スナイパー』ジェック(p3p004755)。
ローレットの依頼で魔種討伐に訪れたジェックを含む八人はまさにこの夜『運命』に直面している。
……真偽は不明である。実際の所、イレギュラーズに全てを判断する材料はない。
しかしながら重ねられた状況証拠、ジェイドとアーロンの反応、姿形を見るからに。どうやら二人は異父姉弟であるらしい。廃滅の世界よりこの混沌にやって来たジェックと、この混沌で生まれ落ちたその弟。現場の廃屋に幸福の残り香さえない事。ジェイドが酷く狂気に染められている事を鑑みれば、救いがない事だけは簡単に分かった。
「……大丈夫か、は我ながらの愚問だな」
「ジェック、貴様のいつもの減らず口も、いざ減ってしまうと物足りぬな」
「マリアは、元気なジェックの方がずっといい」
蒼褪めて平静を失うジェックを見た『黄金の髪』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が己の言葉を己で否定した。応じる『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)も「同感だ」とマリアと同じ苦笑いを浮かべている。
(貴様にはまだ手を借りたい依頼が沢山あるのだ、故に――ここで死ぬことは許さぬ)
彼は恐らく誰よりも早くこの状況の『拙さ』を知覚していた。
それは彼の自覚であり、決定であり、危惧だった。
ジェイド・アーロンを名乗った魔種の危険な気配は数瞬前より爆発的に増大していた。彼が茫然自失といった状態でまともに戦えそうにないジェックを狙い撃ちしてくるのは見目にも明らかであり、故に尊大に尊大を重ね――今日ばかりは『本気』にならざるを得ないリュグナーすら『万が一』を考えずにはいられなかった。
「私は、私なりに出来る事をするまでです」
「……その、嫉妬と怒りには身に覚えがあるけれど。
大切な友人であるジェックさんの無事が掛かっているというのなら、同情する余裕すらない」
「ええ、ええ! 大切なジェック様を我々から奪わせはしませんわ!」
珍しくその瞳に、その唇に硬質の色を乗せた『救世の炎』焔宮 鳴(p3p000246)、そして月を呑む『Ultima vampire』Erstine・Winstein(p3p007325)に『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)が凛と頷いた。彼女が断言すれば世界は輝く。後半の言葉――「相手が例え本物の弟であろうとも!」。その部分だけは今は口にはせず。
「ええ。私も大概『月』とは縁深いけれど……
意地悪いわぁ、全く。『一体誰の差し金かしら』。
ジェックちゃんには伝えたい大人の嗜みが沢山あるの、だから君に未来は奪わせない」
頷いた『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の言葉に平素の酔いは無く。
アーリアの引き締まった口調、空気そのもの、
「何者であっても魔種は斬る。
けれど今夜ばかりは――今回ばかりは。癒えない傷も、後悔も残らぬように、だわ。
貴方も私も、それからジェックも」
そして平常揺らぎ匂うかのような殺気を別物に変えた『死角無し』白薊 小夜(p3p006668)の構えこそが、此れより始まる死闘の意味を教えていた――
●三日月の夜II
(貴方には、二つ。私なりに思う事がある。
一つは、大切な友人であるジェックさんを狙う事は許せないという事。
そしてもう一つは――)
『考える事さえ語るに落ちる』。鳴の眺めた世界は黒く澱み、歪んでいた。
「あなたさえいなければ」。
酷く偏執的で、酷く身勝手な呪い――精神汚染が三日月の夜を黒に染めている。
薄き月明かりの下、『それ』は本来常人には抗い難い程の魔性を秘めていたが、少なくとも一瞬で――そう、僅かな邂逅の時間で『ジェックを守り抜く』と決めたパーティには通用しない。極めて高度な精神的抵抗を備えた『全員』はジェイドの異能を見事にレジストしている。
まず素晴らしい準備はこの困難に挑む面々の練度の高さを証明していた。
「――まずはここから引き離せ!」
強い言葉と共にリュグナーはアモンの脊髄を振るう。通ずるかは分からなかったが、彼の影から這い出た無数の赤黒い蛇は今動き出さんとしたジェイドを迎撃するかのようにその動きを牽制する。
「邪魔をするな――!」
多少なりとも自身を阻害せんとするリュグナーにジェイドは刺々しい怒りを噴き出した。
されどそれはリュグナーの――パーティの想定の内だった。
平静と狂気の狭間に踊る彼の『次』は予想出来ない。されどこの状況下において『ジェック以外が嫌われる』のは大いに結構な事だった。
リュグナーが一手奪えばそれだけジェックに『冷静になる』時間が生じる。
八人での魔種との戦い、些か厳しくモノを言えば『ジェックを抱えたまま勝利する』のは覚束ない。まさに先程リュグナーの思った通り『彼女には働いて貰わねばならぬ』のだ。
危急のこの時間――最も困難な状況における時間稼ぎは望む所と言う他無い!
「……ウ……」
「作戦通りに――先に防御に入ります!」
自失のままのジェックをまず庇ったのはErstineである。
驚くべき事に、時間も無く。殆ど瞬間的に通じ、見事な連携を取るパーティの作戦においてはこのErstineと小夜が外への『エスコート』役であった。
(長くはもたないと思うけど、それでも少し位ならっ……!)
謂わば小夜が『固める』までの最初の一手をErstineが受ける格好だ。
「大丈夫、任せて。エルスと……私がジェックの守りよ……意外?
まあ最近の私しか知らない人ならそう思うでしょう、けれどね?
私は天義の戦い、あの冠位魔種を相手にリンツァトルテを守り抜いた女。
『元々見てない』から――つまりは『死角なし』って訳」
『今夜に限った』小夜の守り手とErstineの攻め手を鑑みれば、受け持ちとしてはこれ以上ない程に効率的な『スイッチ』になるだろう。
まだ衝撃の覚めやらぬジェックを予定通りErstineが廃屋の外へと逃がしかけた。
パーティの為すべきは簡単である。
第一に本件の事情に関わらずイレギュラーズは魔種を見逃せる立場ではない。
第二に『ジェイド・アーロンがジェックの実の弟だったとて』彼女をむざむざと殺させるような真似は真っ平だ。
「油断は出来ないな。だが、負ける心算もまるで無いな――」
エクスマリアの無表情は崩れない。
しかし、ほんの僅か。彼女を良く知る者だけが気付く程度に、口元と発された言葉に熱が籠っている。パーティはまるで彼女の言葉に従うかのようにジェックを中心に半円の形を作り出していた。
「私が居る限り、如何なる傍若無人も許しませんわ!」
「そうねぇ。まずは廃屋(ここ)から出ていかないと、ね――」
陣形の内に含むは絶対的な支援役として君臨するタントと、距離戦を得意とし、搦め手に優れるアーリアだ。
アーリアの言う通り強力な魔種であるジェイドに抗するというならば、逃げ場無く敵に有利のある室内空間で戦う等有り得ない選択だった。同時に彼がジェックに執心する以上、ジェックを外に出せば釣り出すのは難しくはない。攻撃集中を逆手に取るならば、烈火のような攻め手たる小夜を久方振りの『防御専任』に置き換えたとて釣りは来ようという事だ。
小夜が倒れねばジェックに届かぬならば『逆に小夜を攻撃の中心に据え置く事が出来る』のだから。
(簡単ね。私が全て『止めれば』いい――)
思考は中々傲慢だが、強敵を好み案外友人想いの剣客は今夜の役に嫌気は無い。
「……あらあら。大した時間稼ぎにもならなかったみたいねぇ!」
パーティの退避から廃屋の入り口を崩したアーリアが、その勢いさえ衰えぬジェイドを見て声を上げた。だが、十分だ。ここまでの動きに一糸たりとも乱れはない。
――果たして、戦いの場は月下に移る。
三日月の夜に相応しく、薄い月光を浴びながら。
「そうか。そうか。おまえは、そいつらもか。
父さんを、母さんを奪って――そいつらもおまえはもっているのか」
ジェイドの凄絶な笑みは歪んだ偏執のままに殺意を深める。
「……ああ、いいさ。どいつもこいつも皆一緒に壊してやる。
僕のように、たった一つも残らないように――!」
泣き笑いのような、顔だった。
●三日月の夜III
「やれやれ、ね。流石に楽は出来ないわ――」
久方振りの『防戦』に小夜は小さく肩を竦めた。
猛りと妖の殺人剣に魅せられて以来、随分と『暴れた』ものだが――今夜は今夜とて『嗜虐的で被虐的な困った女』の眼鏡に叶う。
(嫉妬も怒りも意味が無い事は知っている。だってあの子は……死に際に笑っていたのだから!)
先の守りより一転して攻勢に出たErstineが深々と敵の影を抉っていた。
『嫉妬と渇望』或いは『それに纏わる不幸な事故』――
それはErstineが――大切な友人を守る事を抜きにしても――少し感情的になるものであり。
有り触れ過ぎた物語は有り触れ過ぎているが故に誰かの琴線にも触れるものだ。
戦いは全ての結末を――そう、実に性急に望んでいた。
偶発的に運命的な――そんな死闘は短い時間に激しさを増していく。
パーティは守り、攻め、良く耐える。
ジェイドもまた燃え盛る憎悪を糧に、喰らいつき、苛烈さを増し、パーティを脅かす。
「――いい加減に、倒れてしまえ! 壊れろ、壊れろ、壊れろよ!」
「下らない、余りに下らないですわ!」
執念めいたジェイドの放った粘つく闇を鮮烈なまでの光明が切り裂いた。
酷い他罰と八つ当たりに満ちた恨み言を一喝したのは謂わずと知れたタントだった。
「大体、貴方は両親に――本当に愛されていたのですかしら!
『当たり前』に置いて行かれたのを、逆恨みしているのではありませんの!?」
「そんな馬鹿な事があるか! 母さんは、僕を愛してくれていて……
ただ、どうしてもそいつが。『あっち』に残してきた『そいつ』を忘れられなくて」
(成る程。やはりジェイドが吐露したい心情は――
ええ、精々ジェック様への恨みと両親との愛情位だと思っていましたが)
予想通り、或いはそれ以上に『幼い』ジェイドにタントは苦笑する。
「あら、そうかしら。ジェック様が姉というのが都合の良い妄想だとしたら?
ならばその両親の愛情も貴方の妄想ではございませんかしら!」
「実際の事情は存じ上げませんが──今の御自身を『哀れ』と表現するとは。
些か──いいえ? 大いに『滑稽』と呼ぶ他はありませんね」
普段の彼女からは信じられないような――そんな冷笑を浮かべた鳴が『魂穿チ』の呪術を為す。
タントや鳴の言葉は上手くジェイドを誘導した。引き出された言葉にジェックが僅かに反応した。
「父親を殺した? 母親を?
姉(ジェック)がすべてを奪った? 責任転嫁にも程があります。
余りに見事で滑稽で――この上、笑わせないでくださいな!」
挑発めいたのは鳴だけではなく、続けたリュグナーも同じだった。
「全てを奪われた……か。フッ、貴様は最初から『何も持っていなかった』のではないか?」
「違う! 僕はきっと『そいつ』よりも幸せで、それを『そいつ』に奪われて――」
……戦いながら応じるジェイドの言葉は余りにも語るに落ちていた。
狂気の中に生きる彼は、遠い時間の彼方で『失敗』してしまった彼は。原罪の呼び声と、それ以前より積み重なった自身のカルマと、罪悪感の中を揺蕩っている。
「ねぇ、君。男の子でしょう? お前のせいなんて初対面の女の子にいただけないわぁ。
幸せだったんでしょう? 幸せに決まってるわ。
さっきのあの写真――あんなに素敵だったのに。あなたはずっと素敵でいられたのに」
アーリアの唇(ルージュ)が冷たく哀れんだ三日月を作る。
彼女は新しい父に母と姉――自身を奪われたと思い込んだ妹を思い出さずにいられなかった。
罪を重ねた彼女は眠る。眠っている。どうしようもない位の償い切れない程の重荷を背負って。『眠らせておいてあげる』のがきっと幸せだけれど、アーリア自身割り切れているかと言えば『分からない』。
「――生憎私も執念深い女なの、だから退いてあげない!」
蜜の罠が執拗にジェイドを狙った。ドロドロと粘つく、甘い毒香を漂わせて。
「お前は魔種だ。ならば、その両親もお前が殺したのではないのか?
本当にジェックが姉というのなら、魔種に堕ちた上に姉を殺そうとする――
――何て酷い親不孝者、だ。お前の両親も、これほど報われぬこともない」
「ちがう、それはちがう。僕は、ちがう。そんなつもりじゃ――」
「お前が何者だろうと、今はただの魔種、だ。何も為さず、叶えず、此処で終われ」
アーリアにエクスマリア、柔らかい生身を突く会話はジェイドに隙を生んだ。
エクスマリアによる猛撃――深き虚瞳が容赦なく彼を射抜く。
「その反応。笑わせる。やはり両親を殺したのは――貴様自身なのだろう!」
追撃をかけたリュグナーは言外に「ジェック、起きろ」と滲ませる。
罪を感じる必要はない。混乱する必要も無い。リュグナーはジェックに罪がない事を悟っている。同時にこのどうしようもなく幼い魔種のやるせなさをも理解している。人間には八つ当たりをするしかない――そうする他、心を保ちようがない状況もあるものだから。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」
「……ッ!」
幾度目か猛攻が突き刺さり、戦闘を支えるタントが小さく呻いた。
「駄々をこねて――」
鳴も回復に回り、必死で状況を巻き直すが――ジェイドの圧力はただ、ただ強くなっていた。
崩れる。倒れる。崩壊する――だが、辛うじて一歩手前で踏み止まる!
限界はどちらも近く、どちらかがもうすぐ斃れるのはどうしようもない位の必然だった。
「小夜――!」
「なんて顔をしているの」
震えるその手を止めようと、必死で握ったジェックに血濡れた小夜は微笑む。
「言ったでしょう? 私とエルスさんでジェックを守る、必ず守り抜いてみせるって。
ゆっくり、取り戻しなさい。あと何分だって私は、平気よ」
「――――」
ジェックはその言葉に息を呑んだ。
彼女は、深く考えた。
そう、パーティが引き出し続けた言葉達はもう一つの『物語』を完成していたのだ。
恐らくはジェイドは両親に愛されて養育されていた。
あの廃滅の異世界より混沌に至った『母』は満ち足りた生活を送りながらもジェックを忘れなかった。
同じく心優しい『父』は彼女の痛みを、ジェックへの慈しみを理解する優しい人間だった。
『母』はあの世界に取り残されたジェックを哀れみ、『父』はそれを慰めた。
それだけなのに、このジェイドは。『父』と『母』の愛情を一身に受けながらも、ジェックに向けられたそんな感情すら許す事は出来なかった――
眩暈がした。ジェックの世界を揺らした原初の感情は生々しい。
(それデーーどうしテ。それで私を恨むノ――?)
自分は母に会えないのに。溢れるばかりの愛を記憶してさえいないのに。自分にそんな素敵な父は居なかったのに。知らない人だけど、もし会えたなら――きっと優しくしてくれたのに。
そんな未来は、今あったかも知れない未来は全てジェイドが消してしまった。
不幸な事故で、或いは運命に望まれていた通りに。
仲間達の『献身』はふわふわと足場の無い世界を彷徨った彼女に確かな現実を与えていた。それは彼女に状況の理解をもたらし、やがては靄を消し去る救いになる――
「関係無い」
小夜と同様に深手を負ったErstineは歯を食いしばって言い切った。
「もしあなたのいう、『姉弟』が。
真実でもあなたの妄想の産物であったとしても――この世界がどれ程に意地悪くても!
わたしは、あなたがジェックさんを殺そうとする限り、ぜったい。絶対に、退かないわ!」
――凛と響いたその言葉が遂にジェックの『震え』を今、完璧に止めていた!
物語は終焉に向けて加速する。
「恨んデくれてもいいヨ」
スコープを覗いたジェックの世界は最早微塵の歪みも無い。
彼女の定める狙いはまるでぶれず、揺らがず、ただ直進的に彼女の望みへと向いていた。
――だってアタシはシラないんだ。
優しい家庭も、大事な家族も。無条件に愛される幸福も。
ソレを不幸だと思ったコトはないけれど。今は……妬ましいクライに、腹が立ツ。
アタシが育った環境は。
死にゆく人を見捨てた日々は。
アタシを育てあげた師の背中は。
アタシを友と呼ぶ人の温もりは。
確かにソコにあった幸せを、罪を受け入れられナイ……
我儘なだけの子供に否定されていいモノじゃナイ!
「――アタシに血の繋がった家族はイナイ」
……アタシにも家族がいたなんて。
「――アタシに母親なんてモノは存在しない」
バカな人。アタシのことなんて忘れてしまえば良かったのに。
「――キミは、アタシのオトウトじゃない」
愛されて育った、哀れで愚かなアタシの弟。可愛い、アタシの弟。
「――今ココで、アタシがキミを終わらせてアゲる!」
それが、アタシが『家族』にしてあげられる、最初で最後のことだから!
――放たれた銃声はまるで泣き喚く少女の声のようだった。
最初で最後の『姉弟喧嘩』はジェイドの眉間に小さな穴を開け、彼を血の線の下に横たえる。
「……ゴメン。アリガト。デモ、アタシは――やっぱり、外さなかったヨ」
三日月の下での泣き笑い。
そんな夜――役目を果たしたとばかりにジェックのマスクは落ちていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
宣告通りとは言え、遅れました。
すいませんでした。
かくてジェックさんのマスクは外れました。
良きエピソードになっていれば幸いです。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
スケジュールがどうしようもないので色々特殊です。
以下詳細。
●依頼達成条件
・ジェイド・アーロンの撃破
・ジェックが死亡しない事
●ロケーション
とある森の廃屋及びその周辺が戦闘場所です。
最初は室内ですが、それ以降は流動的。
室内は動きが限られる為、数の多いイレギュラーズに不利です。
●ジェイド・アーロン
何某かの呼び声を受け反転した魔種。
(PC視点で)真偽は分かりませんが、自称ジェックの弟。オープニングの情報と、何より彼自身の容貌が示す通り、それを名乗るに足る何らかの事情は感じられます。
非常に不安定な精神状況にあり、意思疎通は比較的困難です。
情報が欲しい場合は上手く話を進める必要があるでしょう。
魔種と化している為、かなり強烈な戦闘能力を持っています。
又、非常に優先的にジェックを殺しに来ます。邪魔する者も殺します。
全ての能力が非常に高く、特に命中とEXA値に優れます。
以下、攻撃能力等詳細。
・精神汚染(ターン開始時、全員抵抗-20で抵抗判定。失敗時、狂気)
・執念(ターン開始時、ジェイドは中確率でBS回復し、HPを大回復。ジェックはダメージ)
・粘つく闇(神自範・虚無2・Mアタック200・暗闇・苦鳴)
・僕と同じに(物至単・致命・魅了・恍惚・必殺・連)
・EX クロワッサン・フィエーブル(神自特レ・不明)
●特殊ルール
この戦いにおいてジェック (p3p004755)さんは非常な精神的打撃を負っています。
ジェイド・アーロンより適切な情報を引き出し、その上でジェックさんが(何かいい感じのプレイングで)精神的にこのプレッシャーを乗り越えられない限り、ジェックさんの行動全てに大きな負荷(マイナス修正)がかかります。また敵はジェックさんを集中的に攻撃してきますのでご注意下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●返却スケジュールについての重要な備考
このシナリオの返却は運営状況・諸事情によって遅延する可能性があります。
必ずそうなる訳ではありませんが、予めご了承下さい。
このシナリオはキツめのハード相当で判定します。
優しめのハードではありません。キツめのハードです。
どういう事かというと足りなければ容赦なく失敗にします。又、他の人はともかくジェックさんの死亡危険度は相応に高いと考えて下さい。
メタ情報ですが
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/441
が参考になるでしょう。バックボーンとシナリオ的難題を解決しつつ、純戦闘をきちんとこなして下さい。幸運を祈ります。
以上、宜しくお願いいたします。
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